お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

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遅れた、遅れた。



優先権「」



スター・シフトの効果発動できなかったのでクロウから遊星に贈り物。
所々と最後の描写を修正。



諸々描写がおかしくなっていたのを修正。

遊星が三回連続ターンエンドしていたのを修正。


RIDE-7 超官+合法ロリ=新世界の神!?

『――――――!!』

 

 (おぞ)ましい雄叫(おたけ)びが旧モーメントの跡地に木霊する。

 深い地中まで突き抜ける円柱状の穴――大空洞からドロドロとした黒い淀みが溢れ出し、地上に氾濫する。

 それは秒ごとに怪物の形を作り出していった。

 流れ落ちるヘドロの中から翼が飛び出し、細い腕がどっしりと地面を掴む。

 持ち上がった頭から跳ねて形を得た四本角に、怪物は赤い双眸を光らせ、唸り声で地響きを起こした。

 ヘドロの翼竜。あえて名づけるとしたら……怪物は、そのような姿をしていた。

 

 虫のようでいて竜のようでもあるこの怪物は、冥界の王と呼ばれる邪悪なもの。

 シティに出現した祭壇。長官邸、跡地。

 空に横たわるコンドルの地上絵や、周囲の家々の光を目指し、冥界の王は四肢を用いて歩み始めた。

 今はまだ、地鳴りや揺れはシティにいる住民達には届いていない。

 だが、この巨大な怪物を直接的に止める手立てがない以上、やがて冥界の王はシティへ辿り着き、人も街も蹂躙しつくし、世界を闇に閉ざすだろう。

 世界の命運は決闘(デュエル)によって左右される事となった。

 

 

「勝負だゴドウィン! 俺達三人で、冥界の王の復活を止めてみせる!」

 

 地上絵へと続く光のふもとにて、赤いD・ホイールに跨る青年、不動遊星がダークシグナーであるレクス・ゴドウィンへと指を突き付けた。

 両隣りに車体を停めるジャック・アトラスとクロウ・ホーガンのその瞳も、鋭く彼に注がれている。

 

「なら、私達が止めよう」

「そう、ダークシグナーと赤き竜の力を得、神となった我と、黒原曜子の二人で!」

「っ!」

 

 手の平を天に、両腕を広げるゴドウィンの隣には、デュエルディスクを構える幼い少女が立っている。

 遠い昔、遊星は彼女の憎しみを真っ向からぶつけられた。罪を償うべきだ、と自覚を促された。

 

 ――いや。

 

 彼女と出会ったのはほんの数分前、それが初めてのはず。

 だというのに遊星は、まるでその出来事が十数年も前の事に感じられてしまって、困惑した。

 

「そもそも曜子、なんでお前までオレ達と戦うんだよ!?」

「君はいったい何者なんだ!」

 

 クロウと遊星の立て続けの質問に、少女は感情の発露を見せず、身じろぎもせずに遊星達を見下ろした。

 凍てつく翡翠の瞳は夜闇の黒に彩られ、考えは読み取れない。彼女はなぜゴドウィンの隣に立ち、彼に協力しているのか。ただダークシグナーであるから……なのだろうか。

 

「私は……人形。人形なりに考えてみた。その結果」

「なに……!?」

 

 ふわりとした声は、ゴドウィンのように拡声されたものでもないのにはっきりと耳に届いた。世界の裏にいようと彼女の声は必ず届く、そう確信させられるような不思議な声だった。

 だがその言葉の意味は、誰にも理解できなかった。遊星達にも、彼らを見守る龍亞、龍可、十六夜アキ、牛尾、狭霧深影(さぎりみかげ)、誰一人として曜子の言葉を上手く解釈できなかった。

 

 それは当然の話だ。牛尾や龍亞、龍可は彼女と面識はあるものの、謎を多く残すデュエリストという認識しかなく、ジャックや遊星にとってはダークシグナーでしかない。

 この世界に来てからまともに人間と交流していない曜子の普段を知る者は、辛うじてクロウくらいのもので、だけどやはり、なぜ彼女が人形を自称するのかはわからなかった。

 

 たしかに彼女は人形めいている。声に抑揚はなく、無表情で無感動で、黒衣の洋服は古道具店にでも置かれたアンティークドールのようであった。それは彼女が操るデッキのテーマも相まって、ますます人形染みた印象を抱かせるが……デュエルをした者ならば、カードから通じてくる彼女の強烈な存在感を刻み受けて、決して彼女を人形だとは思わないだろう。

 

「あなた達三人にはそれぞれ4000のライフ、そして私にはその三倍、12000のライフ。互いにファーストターンは攻撃できない」

『乱入ペナルティ 2000ポイント』

「……私のライフは2000で開始される」

「――異存はありませんね?」

 

 ねぇよ、とは答えられなかった。

 なぜデュエルも始まっていない今、曜子は半分ものライフを失ったのか。

 それをまったく気にする素振りもないゴドウィンに誰もが困惑し……次には、平静を取り戻していた。

 今はわからない何かにいちいち反応している暇はない。

 刻一刻と冥界の王はシティに近付き、同時に滅びも近付いてきている。

 

 D・ホイールが唸る。

 車輪が猛然と回転し、三台は飛ぶようにして地上絵へと駆け上がっていく。

 ホイール同様、運命に巻かれるように彼らの心も闘争心に満たされ、些細な疑問など消え去った。

 

「これが」

「俺達の!」

「最後の戦いだ!!」

 

 

 ――デュエル!

 ――デュエル。

 

 

 四人の声に、常に変わらない曜子の声が重なった。

 

 

「これよりこのフィールドは、スピード・ワールドに支配されます」

 

 祭壇の頂上、儀式のために備えられた特製のデュエル台、いくつかある長方形の窪みの一つにフィールド魔法が置かれれば、衝撃波のような光が地上絵の末端まで広がっていった。

 

「先攻はこの鉄砲玉のクロウ様が貰う!」

 

 ファーストターン。その一番手を引き受けたのはクロウ。

 デッキから引いたカードを手札と合わせ、瞬時に戦略を組み立て、次への布石を組み立てるために動き出す。

 

BF(ブラック・フェザー)-上弦(じょうげん)のピナーカを召喚!」

 

 最初に現れたのは、レベル3のチューナーモンスター。

 単体では何ができる訳でもないが、『BF』は仲間を呼び込み、それぞれの効果で互いを補いあって戦うモンスター達。もちろん一体を召喚して終わりなど滅多にない。速攻のシンクロはクロウの十八番(おはこ)だ。

 

「自分フィールドに存在するのがこのカード以外のBF一体のみの場合、こいつは手札から特殊召喚できる! BF-白夜(びゃくや)のグラディウスを特殊召喚!」

 

 銀に輝く鎧を夜闇の中に煌めかせ、二本のクナイのような短刀を手にした鳥獣族がピナーカに並ぶ。

 

「レベル3の白夜のグラディウスに、レベル3の上弦のピナーカをチューニング!」

 

 一鳴きしたピナーカはその身を弾けさせて三つの光球となると、先行して前へ出て、それぞれが円を描き、緑輪となった。

 その中へグラディウスが飛翔する。

 

「シンクロ召喚! BF-星影のノートゥング!」

 

 巻き起こる風を切り裂き、黒翼の鳥獣が姿を現す。すかさず放たれた剣は回転しながら祭壇へと向かい、ゴドウィンの胸を斬りつけてノートゥングの手へと戻った。突然の凶刃にゴドウィンがたじろぐ。

 

「こいつが特殊召喚に成功した時、相手に800ポイントのダメージを与える事ができる!」

「ぬぅ……!」

「さらにノートゥングが場に存在する時、1ターンに1度までBFモンスターを通常召喚する事ができる! レベル6のBF-漆黒のエルフェンを召喚!」

 

 フィールドにBFモンスターが存在する時、通常召喚を行える上級モンスター。

 漆黒の羽毛が逆立ち、角ばった指が力を込めて構えられた。

 

「オレのフィールドにBFが存在する時、こいつは手札から特殊召喚できる! BF-突風のオロシを特殊召喚!」

 

 赤い袋をくちばしの下につける小さな鳥は、まだこの時代に存在しないカードから現れた。

 当然クロウにこのカードへの疑問はない。なぜデッキに入っているのか、なぜ使いこなせるのか。

 

「レベル6の漆黒のエルフェンに、レベル1の突風のオロシをチューニング!」

 

 空高くから突貫するオロシがその中で緑輪に変わり、飛び上がったエルフェンが星となって通り抜ける。

 

「黒き旋風よ、天空へ駆け上がる翼となれ!」

 

 光が迸った。

 

「シンクロ召喚! BF-アーマード・ウィング!!」

 

 戦闘において無敵の耐性を持つモンスターは、腕を広げて構え、鉄のような羽を動かしもせずにノートゥングの横まで下りた。

 現時点でのクロウのエースモンスター。その凶悪な能力は、一体で戦況を巻き返すだけの力を誇っている。

 

「カードを一枚伏せてターンエンド! エンドフェイズ、墓地の上弦のピナーカの効果で、デッキからBF-二の太刀のエテジアを手札に加える!」

「次はオレだ!」

 

 減速するクロウのブラック・バードを追い越し、ジャックの操るホイール・オブ・フォーチュンが前へ出る。

 前を見据えてカードを引いたジャックは、始めからやる事は決まっていたのか、迷いのない手つきでカードを選択してディスクへと叩き付けた。

 

「手札のレベル4以下のモンスターを捨てる事により、パワー・ジャイアントを特殊召喚する! この時、パワー・ジャイアントのレベルは墓地に捨てたモンスターのレベル分下がる。捨てたモンスターはレベル1のバリア・リゾネーター! よってパワー・ジャイアントのレベルは6から1を引いた数値、レベル5となる!」

 

 肩は緑のクリスタル。膝からは黄色のクリスタル。機械の巨兵は赤のベルトを腰に巻き、力強くフィールドに舞い降りた。即座に隣に円が現れ、召喚光とともに音叉を手にしたチューナーモンスターが飛び出す。

 

「ダーク・リゾネーターを召喚! オレはレベル5となったパワー・ジャイアントに、レベル3、ダーク・リゾネーターをチューニング!」

 

 音叉が打ち合わされ、澄んだ高い音が広がった。ダーク・リゾネーターが弾け、輪となってパワー・ジャイアントを包み込む。

 

「王者の鼓動、今ここに列をなす! 天地鳴動の力を見るがいい!」

 

 燃え上がる炎が肥大し、巨大なドラゴンが炎の壁を切り裂いて現れる。

 これぞジャックの最強エース。

 

「シンクロ召喚! 我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

 

 炎の欠片がざらざらとした魔竜の肌を照らし上げた。

 羽ばたきが風を生み、地上絵の紫炎が揺らめく。

 その威圧は、祭壇の頂上まで届くほどの強大さ。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターン!」

 

 下がるジャックに変わって前に出た遊星は、先のジャックと同じように、引いたカードに目を向けず、じっと祭壇の上を見つめていた。

 どうしても拭いきれない疑問があった。だから彼は、ゴドウィンに問いかけた。

 どうしてダークシグナーなどになったのだ、と。

 

「……」

 

 浮かべていた笑みを収め、一度瞬きをしたゴドウィンは、遊星の疑問への答えを語り始めた。

 十七年前のモーメントの暴走。その際に受け取った、兄・ルドガーの右腕。

 ルドガーは、その体を邪神と赤き竜との戦いの舞台に選ばれた。故に左腕にはダークシグナーの黒き痣が、その右腕にはシグナーの、ドラゴンヘッドの赤い痣が刻まれた。今は淡々と語るレクスの右腕に収まったドラゴンヘッドは赤く輝いて抵抗し、しかし徐々に支配されつつある。

 

「私の兄ルドガーは二つの力に耐えきれず、邪神の力を受け入れる事を選択した。そしてその右腕を切り離し、私に託した。来るべき時に君達シグナーを集め、自身を打ち倒させるために」

 

 最初は兄の言葉に従い、シグナーを集める為の下準備を行っていたレクスは、過去の経験とこれまでの経緯により、再び兄と相対した時……そのデュエルにわざと敗北した。

 死の間際に強く願う事でダークシグナーとなって二つの力を身に(にな)い、神になるために。

 兄が運命に委ねた決着を、自らの手で成すために。

 

ダークシグナー(冥界の王)の力によってこの世界を破壊し、その後、赤き竜の力で世界を再生する! 我が世界を創るのだ!!」

 

 祭壇の上に投影されたレクスの虚像が高らかに宣言する。

 

「ふざけるなゴドウィン! ――お前は間違っている!!」

 

 遊星、クロウ、ジャック。

 言葉は違えど、三人は猛反発した。

 世界を終わらせるなど、そんな事をしていいはずがない。

 守るべき人、この世界に住まう人々、全てが今日、なくなってしまってもいいと言うのなら。

 徹底的に戦い抜き、なんとしてでも止める。傍らに立つ少女諸共打ち砕いてでも。

 

「フン……何を(もっ)て戦うと言うのだ」

 

 抗う事など無意味。

 言外にそう語るゴドウィンに、遊星は顔下に腕を引きよせ、力いっぱい拳を握りしめた。

 あたかもその右腕に刻まれたシグナーの痣を見せつけるように。その強い輝きが敵を打ち砕くと信じているかのように。

 

「俺達仲間の絆だ!」

 

 共に戦うジャック、クロウ。二人だけじゃない。見守ってくれているアキ、龍亞、龍可……みんなの絆が三人を勝利へと導く。

 

「ふ……」

「!」

 

 ふと、過ぎ去る風の中に聞こえた、そっと息を吐くような声は、おそらく黒原曜子の声だった。

 感情がなくとも、表情が見えずとも、声が発せられたタイミングからある程度の意図は読み取れる。

 ……嘲笑されたのだ。絆という言葉そのものを。

 

 地上絵の曲がりくねった道をD・ホイールが通り抜けていく。

 祭壇とは反対の方向へ走る今は、ゴドウィンの虚像も曜子がいるであろう場所も見えない。

 脳裏に浮かんだ、人形を自称する少女の冷めた眼差しを振り払った遊星は、手札の一枚を抜き取ってプレイを始めた。

 

「スピードカウンターが二つ以上ある時、Sp(スピードスペル)-エンジェル・バトンを発動できる! デッキからカードを二枚ドローし、手札の一枚を捨てる!」

 

 一瞬の逡巡。

 手札に目をやっていた遊星は、捨てるべき一枚を決め、デュエルディスクに差し込んで墓地へと送った。

 

「デブリ・ドラゴンを召喚!」

 

 小さくなったスターダスト・ドラゴンのようなモンスターが場に現れ、翼をはためかせて遊星に並走する。

 

「デブリ・ドラゴンが召喚に成功した時、墓地から攻撃力500以下のモンスターを、攻撃表示で特殊召喚できる! 攻撃力0のシールド・ウィングを特殊召喚!」

 

 緑の体と白い翼のシールド・ウィングは、一ターンに二度までの戦闘破壊耐性を持つ。が、デブリ・ドラゴンの効果で蘇生されたモンスターは効果が無効となってしまう。『ファーストターンは互いに攻撃できない』という制約があるため、このまま棒立ちにさせておいても問題はないが……。

 

「墓地からの特殊召喚に成功した時、手札のドッペル・ウォリアーは特殊召喚できる!」

 

 黒い人影が飛び出した。

 黒いヘルメットに黒衣、そして特徴的な形を持つ銃を構えた二重の戦士。その姿は常にぶれ、まるで三人の兵士がいるように見せている。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーとレベル2のシールド・ウィングに、レベル4のデブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 小さきドラゴンが先行して飛翔し、輪となれば、二体が並んで入り込む。

 

「シンクロ召喚! 閃こう竜 スターダスト!」

 

 一筋の光の中から竜が生まれた。

 スターダスト・ドラゴンと酷似した姿は、召喚光の煌めきの中で星のように輝いていた。

 シグナー竜と似て非なるもの。遊星自身、これがなんなのかはわからなかった。

 だというのに疑問も違和感もない。それが一番不思議だった。

 

「ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材として墓地に送られた時、俺のフィールドにドッペル・トークン二体を攻撃表示で特殊召喚する。カードを二枚伏せて、ターンエンド!」

 

 D・ホイールの左右にセット状態のカードが現れ、消える。

 ターンはゴドウィンへ。彼は僅かに笑みをたたえてデッキからカードを引くと、虚像を通して遊星達に告げた。

 

「お見せしよう。二つの神を!」

 

 五つの窪みが縦に二列並ぶデュエル台の盤面、その上部。左から二番目へとカードが置かれた。虹色の光が盤面を走り、いかなる方法でか、モンスターをソリッドヴィジョンとして空中に描き出す。

 

「自分フィールド上にモンスターが存在せず、相手フィールドにのみ存在するこの時、太陽の神官を特殊召喚する!」

 

 浅黒い肌は民族衣装に包まれて、まさしく彼は異民族の神官。手に持つ杖を縦に持ち、暗闇の中に浮かぶ。

 

「そしてチューナーモンスター、赤蟻アスカトルを召喚!」

 

 すぅい、と飛び出して来たのは人の子供程の大きさを持つ巨大な蟻だ。

 チューナーと非チューナーが場に揃った。これから行われるのは一つの事象のみ。

 地上絵の上の三人に緊張が走る。

 

「レベル5の太陽の神官に、レベル3の赤蟻アスカトルをチューニング!」

 

 蟻が飛び、緑輪となって神官を内側へ誘う。

 

「太陽昇りし時、全ての闇を照らし出す。降り注げ光よ!!」

 

 ゴドウィンの目がカッと開き、同時に八つの星を光の円柱が突き抜けた。

 

「シンクロ召喚! ()でよ、太陽龍インティ!!」

 

 陽の輝きが夜闇を照らす。

 丸い円に抽象的な顔。曲がりくねったトゲが円を埋め、古典的な太陽の姿を現している。

 それが本体か胴体か。上下左右から伸びる長い龍の首が、噛み合わせた歯の隙間からシューシューと細く息を吐き出している。

 

「そして、チューナーモンスターである赤蟻アスカトルを墓地から除外する事で、手札より泣き神の石像を特殊召喚する」

 

 召喚光の円から出てきたのは、地蔵サイズの古びた石像だ。太陽の冠を頂きに、広げた両手に持つ石棒を構える。

 

「さらにライフポイントを1000減らす事で、DT(ダークチューナー)黒の女神ウィタカを手札から特殊召喚する」

 

 外套に包まれた不気味な人型が宙へ浮き出す。骨ばった手は異様に長い。

 ゴドウィンはその女神へと手を差し伸ばした。

 

「黒の女神ウィタカの効果発動。このカードはフィールド上に存在するシンクロモンスターのレベルと同じにする事ができる」

 

 四つ首をくねらせるインティの横へ、ウィタカが寄り添う。

 

「太陽龍インティのレベルは8。よって黒の女神ウィタカも8となる」

 

 これで条件が揃った。

 ウィタカの身が弾け、真っ黒な光球となって泣き神の石像に群がっていく。

 

「レベル2の泣き神の石像に、レベル8となった黒の女神ウィタカをダークチューニング!」

 

 黒い光球がその身に接触すれば、石像の内部に二つの光が浮かび上がった。

 誘蛾灯を目指す虫のように黒い光は光球へと突き進み――弾けて、諸共消えた。

 残された六つの闇が石像の残光を砕き、外界へ飛び出していく。

 

「闇に月満ちる時、魔の囁きが聞こえ出す。死へと誘え!」

 

 円になって回転する黒い光球の中心に、闇のような雷が立ち上がった。

 優しげな光が夜闇を照らし、丸い虹が月を彩る。

 

「ダークシンクロ! 出でよ、月影龍クイラ!!」

 

 インティと似た姿は、しかしその色合いからして異なっている。

 燃えるオレンジのインティに、死の冷たさの蒼のクイラ。

 円盤の顔は左側の外周が僅かに欠け、顔の左半分が罅割れているのもインティとは違う。

 

「カードを二枚伏せてターンエンド。月影龍クイラは、そのモンスター効果によりエンドフェイズに破壊される」

「へっ、大袈裟に()んだわりにはもう退場かよ!」

 

 暗雲の中に沈んでいくクイラに、クロウがヤジを飛ばす。

 大型のモンスターを出しておきながら自壊するとは。……おそらくは厄介な効果を持つモンスターなのだと、拭いきれない不安と疑いが胸中に生まれる。

 

「私のターン」

 

 ターンは少女へと回った。

 スピードカウンターが増える軽快な音に合わせてカードを引き抜いた曜子は、それを手札に加えてすぐ別のカードをディスクから伸びる光に置いた。

 

「相手フィールド上に特殊召喚されたモンスターがいるこの時、手札からマドルチェ・パティシューエルを特殊召喚する」

 

 銀のボウルを抱えたパティシエールの少女が祭壇付近に飛び出す。ボウルに浸っていた泡だて器が振り回されれば、雨のようにクリームが降り注いだ。

 その中に、円柱状の影が潜む。

 

「パティシューエルは、自身の攻守を0にする事でデッキから仲間を呼び出す事ができる。デッキよりマドルチェ・コピーフロートを特殊召喚」

 

 透明な容器に満たされた黒い液体。浮かぶバニラアイスが揺らめく。

 

「コピーフロートの効果発動。1ターンに1度、デッキの「マドルチェ」魔法(マジック)(トラップ)1枚を選択して発動する事ができる。私は通常トラップ、マドルチェ・ディザスターバイキングを発動」

 

 祭壇の上から地上絵の隅々にまで様々な洋菓子が浮かび、流れる。

 突然に現れたファンシーな光景に、しかし遊星達三人はD・ホイールを繰り、当たらないように避ける事に必死になった。

 この狭いフィールドで、このスピードで何かにぶつかれば大きくバランスを崩してしまうだろう。万一コースアウトすれば地上までまっさかさまだ。

 

「手札抹殺を発動。全てのプレイヤーは手札を全部捨て、捨てた枚数だけデッキからドローする。四枚捨てて四枚ドロー。墓地の代償の宝札の効果。手札から墓地にこのカードが捨てられた時、二枚ドローする」

「魔法カードを平然と……!」

「あのトラップの効果でダメージはライフを回復するものとなる。ライディングデュエルのルールを逆手にとったな……!」

 

 スピード・ワールド下で魔法カードを使う異質なプレイングに遊星が目を見開けば、ジャックが冷静にそう分析した。

 なぜか減っている彼女のライフが魔法カードの使用により元の4000に戻る。だかこれだけでは終わらない。

 

「ディザスターバイキングの更なる効果。私がライフを回復するたびに相手フィールド上のカードを一枚選択し、破壊する。私が破壊するのは――クロウのフィールドにいるアーマード・ウィング」

「くっ!」

 

 スピードの世界に紛れ込む異物がアーマード・ウィングに迫る。

 ただの洋菓子に見えるそれを腕で払おうとしたアーマード・ウィングは、突如として爆発したホールケーキに困惑し、あっという間に黒煙に呑み込まれた。

 

 ――だが、煙を突っ切ってアーマード・ウィングは飛び出してきた。

 不意打ちでの爆発を受けて傷一つ負っていない。それは彼の体がとても頑丈であるから……ではなく、その身に可視化する程の風の鎧を纏っていたからだった。

 曜子の目が細まる。視線の先は、煌めきを放つドラゴン。

 少女の視線に気づいたのだろう、竜は首をもたげて祭壇を見上げると、低く唸るように吼えた。

 

「――閃こう竜 スターダストの効果を発動した! 一ターンに一度、フィールド上のカード一枚を選択し、このターンの終わりまで破壊耐性を与える!」

 

 腕を広げる遊星が効果説明をすれば、クロウがほっと息を吐く。

 このコンビネーション。これが、絆の力。

 誰かが挫ければ誰かが支える。ゆえに隙はなく、このデュエル、三人が力を合わせれば負ける道理はない。

 

「くだらない。ならその絆を断ち切ってあげる」

 

 曜子は冷ややかな目で遊星を見下していた。

 そこにD・ホイールで並走した時に見せた憎悪は一欠けらも宿っておらず、ただただ静かで、不気味だった。

 彼女の口ぶりからは、あたかも絆そのものを嫌悪するような感情が窺えるのに、実際はなんの感情も受け取れない。

 

「マドルチェ・エンジェリーを召喚、効果発動。自身をリリースし、デッキよりマドルチェ・クリスメイトを特殊召喚する」

 

 淡い光から生まれた天使が手を組み合わせ、同郷の友を呼び出す。

 クリームの塊が落ちてくる。デンデンデンと空中を跳ねてクリームを撒き散らし、ひょこっと中身が顔を覗かせた。

 

「「マドルチェ」と名のつくカードの効果でこのモンスターが特殊召喚に成功した時、私のフィールドにレベル1のクリーム・トークンを二体生み出す」

 

 飛び散ったクリームのうちの二つが命を得たように浮き上がり、フィールドに並ぶ。

 これで曜子のモンスターゾーンは全て埋まった。

 

「マドルチェ・チケットを発動。スピード・ワールドの効果で受ける2000ポイントのダメージは私のライフを回復させ、そしてディザスターバイキングの効果で遊星……あなたのスターダストを破壊する」

「……!」

 

 流れる洋菓子の波が星屑竜に殺到する。

 ()の竜が守護の力を発揮できるのは一ターンに一度まで。よってこの破壊を無効にする手立てはない。

 だが遊星は、自分のモンスターをやらせるだけにはしなかった。

 

(トラップ)発動、シャドー・インパルス!」

 

 クリームパイがぶつかる寸前、光に包まれたスターダストは光球となって夜闇に消えた。

 これはクロウが使うトラップと同じカード。

 

「自分フィールド上に存在するシンクロモんスターが戦闘・効果で破壊された時、同じレベル・種族でカード名の異なるシンクロモンスター一体を、エクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 破壊効果は不発に終わったかのようにみえ、残された残光の中から新たな竜が生まれる。

 

「飛翔せよ! スターダスト・ドラゴン!!」

 

 光そのものの星屑竜が嘶きと共に生誕する。

 広げられた翼からきらきらとした輝きが零れ落ち、地上絵の道に降り注いだ。

 

「いいぜ遊星!」

 

 自分と同じカードを使いこなす遊星に、クロウが声をかけた。遊星も控え目にグッと親指をたてて、笑ってみせた。

 すぐに真剣な表情に戻り、前を向く。

 

 

「マドルチェ・シャトーを発動。ライフを2000回復し、スターダスト・ドラゴンを破壊する」

 

 なんの感慨も抱いていないのだろうか、曜子は淡々とプレイを進め、さらなる破壊をもたらした。

 だがスターダストに破壊効果は無意味。

 濁流が如く流れ込んできたお菓子を羽で打ち払い、スターダストが嘶く。

 

「スターダストの効果発動! スターダスト自身をリリースする事で破壊を無効にする!」

 

 ばっと腕を広げ、遊星が下した指示によってスターダストが光と消える。

 

「……。でも、輝くばかりの絆も消えてしまえば幻ね。……そもそも、絆なんて」

 

 そこで初めて曜子が表情を変えた。少し眉尻を下げて、寂しげに呟いたのだ。

 僅かな感情の発露を目にしたものはおらず、故にその意思も読み取られる事はない。

 

「――いいや、まだだ!」

 

 赤いD・ホイールの横で一枚のカードが立ち上がる。

 同時に空気中に光が集まり、薄い星屑竜の姿を作り出した。

 

「トラップカードオープン! 星屑の残光(スターダストフラッシュ)!!」

 

 最初は弱い光だったが、一秒ごとにどんどん輝きは増し、スターダスト・ドラゴンが本来の姿を取り戻していく。

 星の再生。

 どこまでも幻想的で、力強い光景。

 

「この効果により、俺の墓地のスターダスト・ドラゴンを復活させた!」

「そうだ、遊星! オレ達の絆はどんな事があろうと断ち切れやしねーぜ!」

「ふん……!」

 

 完全に甦った星屑竜の雄叫びに合わせ、勢いづくそれぞれを前に、曜子はどこまでも冷めていた。

 一度二度回避されようが問題は何もない。さらに効果破壊を狙っていくだけだ。

 

「シャトーの効果でエンジェリーはデッキに戻る。さらにマジックカード、二重召喚(デュアルサモン)を発動。このターン私はもう一度召喚権を得る。そして――」

「スターダスト・ドラゴンの効果! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、自身をリリースする事で破壊を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 星屑竜が輝き、辺りは真昼のような明るさに包まれた。

 一際強くスターダストが輝き、波が引くように光が引いていく。

 同時に風の中を漂っていた洋菓子達の一部も消滅していった。

 

 薄暗闇が戻る中で、曜子は遊星の瞳を見つめていた。

 祭壇から地上絵まではかなり距離があるが、この程度ならば髪の毛の一本一本まではっきりと見える。

 だからこそ彼女は、遊星の強い意思の灯った双眸を見て溜め息を吐いた。

 このターン中、いくら破壊効果を使用しようと、彼は……彼らはどんな手段を用いても阻止してくるだろう。そう確信した。

 ――たとえその手段がなくても、もういい。

 単純な破壊では彼らの言う絆を崩す事はできないようだ。

 ならば焼き尽くしてしまおう。人が抗えぬ神の力で。

 

「……まずはパティシューエルの効果を発動。このターン中にフィールド・墓地からデッキ・手札に戻った「マドルチェ」カードの枚数分レベルを上げるか下げるか選択できる。私はエンジェリー一枚分のレベルをパティシューエルに与える」

「レベル5となったか……!」

 

 曜子も新たなモンスターを出すための布陣を整えていく。

 その手腕は外見に似合わない堅実さと豪快さを持っていた。

 

「レベル5となったマドルチェ・パティシューエルに、レベル10のマドルチェ・コピーフロートをダークチューニング」

 

 容器の中になみなみと注がれた黒い液体の中から十個もの光が飛び出し、パティシエールの少女に殺到する。

 避ける暇も逃げる余裕もなく光の体内への侵入を許してしまった少女は、苦悶の表情を浮かべてボウルと泡だて器を取り落とし――内で消し去られた光に、粉々に弾け飛んだ。

 

「果て無き悪夢のずっと先まで、未来永劫踊り続けて」

 

 黒い雷が天を穿つ。

 禍々しい光から人形が生まれ、命が吹き込まれれば、それは悪魔となって誕生した。

 

「――ダークシンクロ。マドルチェ・エビル・バッド・プディンセス」

 

 小さな羽に細長い尻尾。

 口の端から八重歯を覗かせ、堕ちた姫が爪を構えた。

 

「さらにマドルチェ・クリスメイトとクリームトークン二体を生贄に捧げ……」

 

 突如としてクリームと獣が炎に包まれ、蒸発する。

 それは神の威光によってなされた。

 フィールドに姿を見せる前からすでに影響を与えるほどの力がここにある。

 少女の細い指が、なんの変哲もない一枚のカードを挟んで抜き取り、そっとディスクから伸びる光に置けば――()が、降臨した。

 

「ふふ……絆も世界も焼き尽くせ。出でよ、ラーの翼神竜」

 

 太陽が増えた。

 そう錯覚してしまう程の光がフィールドに舞い降り、大きな翼を広げた。

 太陽龍インティの光も、地上絵の炎も霞んでしまう程の炎の明るさ。

 三幻神、その頂点に立つ竜が曜子の前へ滞空し、フィールドを見下ろした。

 

「これは……!?」

「地縛神ではない……!」

 

 直射日光がそこかしこに降り注いででもいるかのようだった。

 バイザー越しに翼神竜を見上げた遊星は、あまりの眩しさに目を細め、やがて耐え切れずに目を逸らす。下手に直視すれば網膜が焼き切れてしまう。そう直感した。

 

「ラーの翼神竜が姿を現した時、私のライフポイントは100になる」

「なにっ!?」

 

 それは誰の驚きの声だっただろうか。

 曜子の身体に光が纏わって揺らめき、同時に神の炎がより猛々しく燃え上がる。

 

「――そしてその差分、9900が神に捧げられ、攻撃力となった」

 

 攻撃力9900。

 それは簡単には越えられない大きな壁だ。

 もっとも相手フィールド上には無敵のアーマード・ウィングがいるため、何もしなければ次のターンにあっさりと処理されてしまうだろう。

 

「カウンター(トラップ)、反応召喚! 相手フィールド上のモンスターの攻撃力が変化した時、オレの墓地に存在するレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する! レベル1のシンクロ・ガンナーを特殊召喚!」

 

 このタイミングでジャックがモンスターを増やした。

 一回目のメインフェイズにのみ、自分のシンクロモンスターを次のスタンバイフェイズまで除外し、相手にダメージを与えるモンスター。

 だがこの局面ではなんの意味もなさない。ならば当然、これは次への布石。

 

「この神を倒す事ができるかしら」

「――へっ。神だかなんだか知らねーがよ、そんなもん飛び越えてやるぜ! ――あの伝説のDホイーラーのようにな!」

 

 神、の部分の発音が常におかしい曜子に、クロウは自身を奮い立たせるように言い放った。情景と尊敬が浮かぶ瞳が神へと向けられる。

 アーマード・ウィングならば、苦も無くあれを処理できる。――はずだ。

 だが、あんな威圧を振り撒く馬鹿げたモンスターがそうやすやすと攻撃を通させるとは思えない。

 何かあるな、とクロウは顔を戻し、次の自分のターン、何をすべきか考え始めた。

 

「……だが、その代償に彼は左腕を失った」

「……?」

「何を言っている……?」

 

 不意に、ゴドウィンが呟いた。

 虚像によって拡声されたその言葉は全員の耳に届き、しかし少々脈絡のない台詞に違和感を抱く。

 続く言葉はない。曜子が静かにデュエルディスクへカードを差し込むだけだった。

 

魔法(マジック)カード、地獄宝札(ヘル・ギフト)を発動。このカードは手札がこの一枚のみの場合に発動できる。デッキからカードを三枚ドローし……二枚伏せる。――魔法カードの発動により私のライフに2000ポイントのダメージが発生し、その数値分ライフを回復。ディザスターバイキングの追加効果でレッド・デーモンズ・ドラゴンを破壊する」

 

 放たれた雷がレッド・デーモンズを襲う。

 だが自身のモンスターを守る手立てなどジャックが用意しないはずもなく、当然のように効果破壊は阻まれる事となる。

 

「トラップ発動! レッド・クリスタル!」

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンを守るように、その身を赤い水晶が包み込んでいた。

 

「これにより、オレのフィールドの「レッド」と名のつくモンスターはエンドフェイズまで戦闘・効果では破壊されない!」

「なら、私はこれでターンエンド。ターン終了時、地獄宝札(ヘル・ギフト)のもう一つの効果が発動する。私は「地獄」と名のつくモンスターを召喚しなかったために3000のダメージを受ける。ディザスターバイキングの効果でダメージの代わりにライフを回復する。追加効果での破壊は……無意味ね」

「――この瞬間、自身の効果でスターダストは復活する!」

 

 幾筋もの光が風に巻かれて集い、美しい姿を取り戻す。

 何度でも、何度でも。

 絆の象徴であるスターダスト・ドラゴンは、幾度破壊の暴虐に襲われようと、跳ね除けて舞い戻る。

 スターダストが自身をリリースして破壊を無効にする効果は『一ターンに一度』などの制限はなく、またこの効果を適用したスターダストはエンドフェイズに任意でフィールドに戻す事ができる。

 よってこのエンドフェイズに限り、曜子が何度効果破壊を狙おうと、そのたびにスターダストがその身を賭して食い止めるのだ。

 

 強く瞬く光の向こうに、遊星は曜子の無表情を見上げた。

 デュエルを通して、確実に彼女の声が届いてきている。

 ……その実力で、真っ向から叩き潰そうとしてきている。そういった強い気持ちを遊星は感じた。

 

 次のターンプレイヤーはクロウだ。

 

「……オレのターン!」

 

 ゴドウィンの言葉の意味を考えていたのだろう、クロウがカードを引くまでには若干のラグがあった。

 が、このデュエルにジャッジはいない。ドローするのが遅かろうか早かろうが問題など無く……()いて言うならば、あまりプレイを遅らせると冥界の王がここに辿り着き、世界を終わらせてしまうくらいだ。

 

「曜子! お前が人形だってのはどういう事だ!」

「…………嬉しくないわ」

 

 どうしても気になったのだろう、クロウが声を張り上げて問えば、彼女は目を逸らし、蚊の鳴くような声――誰の耳にも届く不思議な声――で囁いた。

 

 ……嬉しくない? 何に対しての言葉だ?

 会話のキャッチボールができていない。彼女に答える気はないのだろうか。

 ならばデュエルで聞き出すしかない。そう判断したクロウがアーマード・ウィングに指示を出そうとした時、一瞬、曜子と目があった。

 風の音とD・ホイールの駆動音のみが響く。少しの沈黙があった。

 

「……あなたも人形なのよ」

「――!? どういう事だっ!」

 

 じっと地上絵を見下ろす曜子が囁く。

 疑問を解消するために言葉を投げかけたというのに、結果的に疑問が増えた。

 自分まで人形と言われて反射的に聞き返したクロウに、曜子はすっと持ち上げた手の先、伸ばした指でクロウを指差す。

 それを遊星、ジャック、そして隣に立つゴドウィンへと順に巡らせていった。

 

「あなたも、あなたも、あなたもあなたも。……そして私も、人形」

「どういう事だ。何を言っている……?」

 

 耐え切れず、といった様子で遊星が疑問を吐露する。戸惑いが強い。彼女の今までの言動を思い返してみても、今の発言に繋がらない。

 ゴドウィンが目を伏せ、黙りこくっているのも困惑や戸惑いの要因の一つだった。

 まるで彼は曜子の言葉を当然の事として受け入れているかのようだったのだ。人形である、という事を……。

 

「フン……このジャック・アトラス、貴様の妄想に付き合う気などない!」

 

 そのすべてを虚言と切り捨てたのか、腕を振り払って宣言したジャックは、半ば睨むような視線をクロウに向けた。

 

「クロウ! あのデカブツはオレが引き受ける!」

「ジャック……そうかよ! ならオレは……アーマード・ウィングで、太陽龍インティを攻撃!」

 

 否はない。引き受けると言われたならばそれを信じるのが仲間だ。

 

 ぐんと鋼の巨体が持ち上がり、加速する。

 拳を前へ突き出し、唸る風を突き抜けて一直線にインティへと突撃する姿は勇ましく、これがたとえ神に対しての攻撃だったとしても変わらないだろう。

 

「ブラック・ハリケーン!!」

 

 ガァン!

 鋼鉄と、それと同等の硬さをもつ石がぶつかり合い、反撃に左右の龍が咢を開き、鉄の羽へと噛みついた。

 

「攻撃力の低いモンスターで攻撃するとは……」

 

 アーマード・ウィングの攻撃力は2500。対してインティは3000。本来ならばたとえ1だろうが100だろうが、数字の大きい方が勝つのがバトルにおける絶対のルール。

 インティの顔が眩く輝き、ソーラービームさながらに熱線が発射される。――が、アーマード・ウィングは多少押し返されるだけで、熱を跳ね除けて無傷。どちらも揺るがない。

 

「へっ、アーマード・ウィングは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージもゼロとなる! ――さらに!」

 

 ビシビシと音をたて、欠片を散らしてインティの顔に罅が広がる。それは額に刺さった一本の棘から蜘蛛の巣状に侵食していた。

 

「アーマード・ウィングは攻撃したモンスターに(くさび)カウンターを一つ置く事ができる! その楔を解き放つ事で、このターンの間攻撃力と守備力を0にする!」

 

 クロウの(もと)まで戻って来たアーマード・ウィングに代わり、今度はノートゥングが飛び出していく。

 

「そしてBFと戦闘を行った相手モンスターが破壊されていない場合、手札から二の太刀のエテジアを墓地に送る事で、曜子! お前にアーマード・ウィングの攻撃力分のダメージを与える!」

「……」

 

 BFの矛先はゴドウィンだけでなく曜子にも向けられる。

 ブラック・バードの先端から放出された光が瞬時に祭壇に到達し、小さな体を襲った。光を纏い、よろめくように一歩下がりながらも表情を変えない彼女からは、そのダメージで痛みが発生しているのかどうかすらわからない。

 

「星影のノートゥングで、太陽龍インティを攻撃!」

 

 一定の距離を進んで止まったノートゥングは、手に持つ剣をブーメランのように投げつけた。

 曲線を描いて回転しながら進む剣は、容易くインティを切り裂き、爆散させる。

 ゴドウィンのライフに2400ポイントものダメージが通り、スピード・ワールドの効果でスピードカウンターが二つ減った。

 

「フフフ……太陽に、神に刃向う事は許されぬ事なのだ。――あの時、伝説のDホイーラーは左腕を失う事で嫌というほど味わった……」

「何を言ってるんだ……?」

 

 ゴドウィンは、まるで脈絡もなく……そして、そのDホイーラーの事をよく知っているでもいるかのような口ぶりで語った。

 クロウにその意図はわからなかったが、遊星は勘付いた。思わずといった様子で口にする。

 

「まさか、伝説のDホイーラーは、お前……?」

「なに!?」

「っ、そんな事があってたまるかよっ!!」

 

 その推測にはジャックも、クロウも驚いた。

 サテライトの住民の心の支えとも言えるあの伝説の主が、まさかゴドウィンだなどとは思いたくもない。

 サテライト育ちで、伝説に思うところがあるジャックはもとより、クロウの反発は凄まじいものがあった。

 

「太陽龍インティを破壊したモンスターはその代償に破壊され、相手プレイヤーはその攻撃力分のダメージを受ける」

「っ! スターダストの効果発動!」

 

 ゴドウィンの言葉に目を見開いた遊星は、すかさず傍を飛ぶ星屑竜へと指示を下そうとして、祭壇に淡い光を纏った天使が現れているのに気付いた。

 そのモンスターの出現した位置は、曜子の前……!

 

「私はメインフェイズ1の開始時に手札のエフェクト・ヴェーラーを墓地に送り、スターダスト・ドラゴンの効果を無効にしていた」

「馬鹿な……!」

 

 まさかの後出し宣言に呆然と呟く遊星。

 効果が不発に終わったスターダストが、破壊を止める事も叶わずに僅かな光となって消え去る。

 同時にクロウの悲鳴が響いた。

 

「! ぐわあああ!!」

「クロウ!」

 

 祭壇から放たれた雷がクロウを襲ったのだ。

 2400ものライフが一瞬にして削り取られ、衝撃にD・ホイールが弾む。ギャリギャリと光の道を掻くホイールは小刻みに首を振り、車体は大きく揺れた。

 

「太陽龍インティが破壊された時、墓地にある月影龍クイラが特殊召喚される」

 

 空にたちこめた暗雲から月の光を放つ神が、その身を守備表示である証の青に染めてゆっくりと姿を現す。

 揺らめく四つの龍の呼気に合わせ、ゴドウィンは語る。伝説のDホイーラーが実感した事。それをまるで己が体験した事のように、その口から……。

 

「伝説のDホイーラーは学んだ。運命には抗えないのだ、と。……だがそれは凡人だからだ、下らない人間だからだ!」

 

 声に、徐々に熱がこもっていく。口調は激しく、そしてそこには十数年の間に根付いた暗い感情があった。

 

「運命を変えるためには、人を越え神となる。その時初めて奇跡は起きるのだと!」

「信じねぇ……! オレは絶対信じねーぞ! オレ達の大事な伝説を汚されてたまるかぁ!」

 

 いっそ泣きそうなくらいな否定の言葉を吐くクロウ。だが彼ももう察しているのだろう。あの実感のこもった口振り、そして嘘を吐く意味のないこの場所で、あの台詞。

 伝説のDホイーラーは……。そんなものは到底認められる事ではない。なぜなら奴は敵だ。シティどころかサテライト、この世界そのものを終わらせようとしている大悪人だ!

 そんな奴が伝説のDホイーラーである事を、クロウは理屈の上でも感情の上でも受け入れられなかった。

 

「カードを二枚伏せて、ターンエンド!」

「この瞬間、スターダストは復活する!」

 

 降り注ぐ光の欠片の中、クロウが苦々しげにエンド宣言をするその横を、ジャック・アトラスが通り抜けていく。

 

「オレのタァーン!!」

 

 力強いドローが引き当てたのは、光り輝く一枚のカード。

 赤き竜の痣が最後の抵抗とばかりに眩く輝く。

 

「救世竜 セイヴァー・ドラゴンを召喚!」

「ジャック!」

 

 遊星の声に、ジャックは答えず、ただ目を一瞬やった。

 交差する視線。

 熱い闘志が遊星に伝わった。

 

「見るがいい! レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴンとレベル1、シンクロ・ガンナーにレベル1、救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

 

 召喚光とともに現れた桃色の竜が、天に昇るにつれて肥大化し、そこへ紅蓮魔竜と機械の戦士が飛び込み、包まれ――また別の光となる。

 

「研磨されし孤高の光、真の覇者となりて大地を照らす! 光輝け!! シンクロ召喚! 大いなる魂、セイヴァー・デモン・ドラゴン!!」

 

 神聖な光と淡い姿を持つレッド・デーモンズの進化した姿が露わになれば、月の光など歯牙にもかけない、神と魔竜の睨み合いが始まった。

 

「悪足掻きを……」

 

 ゴドウィンの言葉は、おそらくジャックに向けてのものではない。手中にある赤き竜の痣に向けての言葉だろう。

 

 片や攻撃力9900の神。片や攻撃力4000の救世竜。

 唸り、尾をくねらせ、羽を広げ、お互いの存在を自身の存在で飲み込もうとする威圧合戦。

 どちらも神を越える力を持ち、どちらが勝ってもおかしくない。まさに一触即発。

 その均衡は一瞬にして崩れ去る。

 

「セイヴァー・デモン・ドラゴンの効果発動! 相手フィールド上のモンスター一体の効果を無効にし、その攻撃力を得る! パワー・ゲイン!!」

 

 ズオォ、とデモン・ドラゴンが息を吸い込めば、あれほど猛々しく燃え盛っていた炎があっさりとセイヴァー・デモン・ドラゴンに吸収されていった。

 あとに残るのは神の異能を奪われ、丸裸となって赤い水晶に閉じ込められた無力な神と、その攻撃力分パワーアップし、13900もの攻撃力を得た救世竜だけだった。

 

「バトルだ! セイヴァー・デモン・ドラゴンでラーの翼神竜を攻撃! アルティメット・パワーフォース!!」

 

 デモン・ドラゴンが神へと突貫していく。

 この攻撃が通れば、2600まで回復していた曜子のライフは、11300の超過ダメージを受けて(つい)える。

 曜子自身も塵と消えるだろう。

 だがそれは、あくまで攻撃が通ればの話だ。

 

(トラップ)発動、ホーリージャベリン。チェーンしてカウンタートラップ、マドルチェ・ビターステップ」

 

 彼女は冷静にデュエルディスクのディスプレイに指を押し当て、滑らせるようにして体の横へ腕を伸ばした。赤いカードが立ち上がり――。

 ――直後、爆発が祭壇付近を包む。

 

「…………」

 

 祭壇の横を擦り抜けてジャックの下へ帰還したデモン・ドラゴンの前で――やはりというべきか、曜子と神はそのままで立っていた。

 しかも曜子のライフポイントは9550まで回復している。

 

「ホーリージャベリンは攻撃宣言を受けた時、そのモンスターの攻撃力分ライフを回復するカード。そしてビターステップは私のフィールドに「マドルチェ」天使族か悪魔族モンスターが存在する場合に発動できるカード。三つの中から一つの効果を選んで発動する。私は『自分フィールド上のモンスター1体を選択し、ターン終了時まで選択したモンスターは戦闘・効果では破壊されず、相手モンスターの攻撃力は半分になる』効果を選んだ。よってラーの翼神竜は破壊されず、私への戦闘ダメージも半分となった」

 

 熱と、光。

 赤い水晶に閉じ込められていたラーを襲った力そのものの攻撃は、しかし水晶を砕くのみにとどまった。

 檻から解き放たれた神が嘶く。デモン・ドラゴンは大きく身をくねらせ、もはや神など眼中にないとばかりに沈黙を貫いた。

 

「――カードを一枚伏せてターンエンドだ! エンドフェイズ、セイヴァー・デモン・ドラゴンはレッド・デーモンズ・ドラゴンへと姿を戻す! 甦れ、レッド・デーモンズ・ドラゴン!」

 

 セイヴァー・デモン・ドラゴンが燃え上がり、天を焦がすほど吹き上がる炎の中から紅蓮魔竜が再誕した。

 ターンプレイヤーは遊星へと回る。

 遊星の表情は浮かなかった。

 赤き竜の力が弱まっているのを感じているからだ。

 自分達の切り札、セイヴァーを以てしても倒す事ができなかった。

 本当に、神に抗う事ができないというのか。

 一瞬よぎった弱気に、さらに追い打ちがかかる。

 

「くくく……」

 

 仄かな月の光の中であっても、赤き竜の痣は強い光を放っている。

 ゴドウィンが拳を握り、腕の痣を遊星達に見せつけた時、異変が起こった。

 

「――なに!?」

 

 遊星の右腕からドラゴン・テイルの痣が。

 

「これは!」

 

 ジャックからドラゴン・ウィングの痣が。

 

「痣が……」

 

 十六夜アキからドラゴン・レッグの痣が。

 

「消えた?」

 

 龍可からはドラゴン・クローの痣が。

 

 この場にいるシグナーから痣が剥奪され、ヘッドの――ゴドウィンの下へと集っていく。その太い右腕にあった痣すらも消え、そしてゴドウィンの胸に完全なる赤き竜の痣が刻まれた。

 高笑いを上げるゴドウィンは、すでに勝利を確信している。

 ダークシグナーの力も、シグナーの力も完全に支配下に置いたのだ。もはや彼に敵など存在しない。

 

「我は! 究極の神だ!!」

 

 地上絵全体に響き渡る声に、遊星とジャックは苦々しげな表情をした。

 自分達に力を与えてくれていた赤き竜が奪われると、これほどまで喪失感を覚えるものなのか。

 反してクロウは、元より赤き竜の力には頼っていない。が、力が及ばないことは重々承知していた。

 それでも三人で戦えば――この絆が勝利をもたらすと強く信じていた。

 

「俺のターン!!」

 

 指先にまで力を込め、遊星は渾身のドローをした。

 視線は引いたカードから相手フィールドに移る。

 未知の力を秘めた月影龍クイラ。連続攻撃と破壊効果、そしてバーン効果を持つ闇の姫君。

 そして、攻撃力0の神。

 いくら曜子のライフポイントが大きく回復していたとして、全力で以てあのモンスターを倒せば削り切る事も可能だろう。それほどのポテンシャルを遊星のデッキは持っているし、遊星もそう信じている。

 だが、それだけでは駄目だ。ただ倒すだけでは、きっと駄目なのだ。

 ゴドウィンだけじゃない。曜子の事情も知りたい。そのためには――もっと強く、もっと深く彼女の心を引き出すしかない。言葉と、デュエルで。

 

「Sp-シフトダウンを発動! スピードカウンターを六つ取り除き、デッキからカードを二枚ドロー!」

 

 遊星のD・ホイールがガクッとスピードを落とし、その代償として二枚の可能性が手に渡った。

 スピードカウンターが1まで減る。

 

「ミスティック・パイパーを召喚!」

 

 笛の音色に導かれ、笛吹き男がフィールドへと現れた。

 長く青い髪を振り回し、陽気に横笛を吹く男はこの場に似つかわしくないようにも思える。

 

「ミスティック・パイパーの効果発動! このカードをリリースして、デッキからカードを一枚ドローする!」

 

 遊星の手がデッキトップに添えられ、一拍の後にカードが引き抜かれた。

 

「俺が引いたカードは、レベル1のADチェンジャー! よって、ミスティック・パイパーの効果でもう一枚ドローできる!」

 

 二回目のドロー。

 目当てのカードが引けたのか、遊星の頬が少し緩んだ。

 

「手札のモンスターカードを一枚墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

 淀みない手つきでカードがディスクへ置かれる。

 カウボーイハットをかぶった青い体の戦士がフィールドへと飛び出した。

 腰のホルスターから銃が引き抜かれ、手の内で二転三転と弄ばれるそのさなか、ガンマンの前方にカードが円を描くように現れ、ルーレットさながらに回転し始める。

 

「レベル1のドッペル・トークン二体に、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 さっと銃がホルスターに戻され、クイック・シンクロンは腰を落として構えた。

 一瞬の静寂。

 ぶれる程の速度で引き抜かれた銃は同時に弾丸を吐き出し、一枚のカードを打ち抜いた。

 ルーレットが止まり、その正体が判明する。

 穿たれたカードは――ジャンク・シンクロン。

 

「集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く! 光差す道となれ!」

 

 暗闇にモノアイが浮かび上がる。

 オレンジの装甲が鈍く輝き、細長い手足が大きく伸ばされた。

 

「シンクロ召喚! いでよ、ジャンク・アーチャー!」

 

 一つ目の機械弓兵が姿を現す。

 左手に持つ小型の弓に手を添え、ジャンクの戦士は何もつがえないまま弦を引き絞る。

 

「ジャンク・アーチャーの効果! 一ターンに一度、相手モンスター一体をエンドフェイズまでゲームから除外できる! ディメンジョン・シュート!!」

 

 狙いは、月影龍クイラ。

 ゴドウィンと曜子、両名にダメージを与える道しるべとなるべく、光の矢が放たれる。

 月はそこにあるだけで避ける素振りは見せない。ただ四つ首の龍だけが激しくうねり、威嚇しているだけだった。

 が、無機質な光は有無を言わさずクイラを穿つ。

 ――といっても、刺さりはしない。矢の先端が青い体と触れ合った瞬間、諸共異空間へと引きずり込んだ。

 これにより、ゴドウィンのフィールドにはモンスターが存在しなくなる。

 

「バトル!」

 

 遊星はまず、空に羽ばたくスターダストへと指示を下した。

 

「スターダスト・ドラゴンでラーの翼神竜を攻撃!」

「トラップ発動!」

 

 罠カードの発動宣言をしたのは、曜子――ではなく、ジャックだった。

 

「タイラント・ウィング! このカードは発動後、攻撃力と守備力を400ポイントアップさせる装備カードとしてドラゴン族モンスターに装備される。遊星、こいつをお前のスターダストに使え!」

「ジャック! ……わかった!」

 

 二度強く羽を動かしたスターダストが体を起こし、高く高く嘶いてから攻撃体勢に入った。装備カードの支援を受けて、スターダストの攻撃力は2900になる。

 曜子の場に伏せカードはない。だから攻撃が防がれる事はない――などと、遊星は考えていない。

 彼女ならば、どこからでもカードを発動してくるという予感……いや、確信があった。デッキ、手札、墓地、除外ゾーン……。「マドルチェ」というテーマの爆発力――曜子の力によって創られたカードのパワー――は計り知れない。ゆえに何をしてくるかわからない。手が読めない。

 だからこそ最大限に警戒しつつ、全力で攻めていく。

 

「シューティング・ソニック!」

 

 コォォ、と呼吸音に似た音とともにスターダストの口腔に溜まった光は、破壊のブレスとなって吐き出された。

 地上絵の上を走り、翼神竜の巨大な体を下から上へ削っていく。

 妨害は――ない。翼神竜が発する痛みによる悲鳴だけがあった。

 爆風が曜子の身に及び、ライフカウンターが猛回転。真正直に2900のライフが減って残りライフは6650。そしてスピードカウンターも二つ減った。――もっとも、曜子のデッキにはSpは入っていないし、今はD・ホイールに乗ってもいないのでスピードカウンターは飾りだ。

 

「タイラント・ウィングを装備したモンスターは一ターンに二度の攻撃権を得る! 遊星!」

「ああ! スターダストでマドルチェ・エビル・バッド・プディンセスに攻撃!」

 

 吐き出されるままだったブレスが、スターダストが体ごと首を振り回す事で闇の姫へと殺到した。

 咄嗟に防御態勢をとるプディンセスだったが、100ポイントの攻撃力の差はどうやっても覆す事はできない。やがては押され、呑み込まれていく。

 その中で前へ差し向けた手の平から、死に際の光が放たれた。

 

「バッド・プディンセスの効果発動。このカードと戦闘を行ったモンスターと相手フィールド上のカード一枚を破壊する」

「スターダストはその上をいく! 自身をリリースする事で破壊を無効にする! ヴィクテム・サンクチュアリ!」

 

 眩い閃光がプディンセスの放った光を掻き消した。

 ブレスが途切れれば、両者共が消え――いや、プディンセスのみが場に残っていた。

 

「バッド・プディンセスがフィールドを離れた時、エクストラデッキよりマドルチェ・ダークロード・プディンセスをエクシーズ召喚する」

 

 杖を持つ姫君が不敵に微笑んだ。

 フィールド魔法の効果で攻撃力は3200までアップしている。攻撃力2300のジャンク・アーチャーでは到底越えられない壁だ。

 もとより遊星が次にとる行動は決まっていた。

 

「ジャンク・アーチャーでゴドウィン、お前にダイレクトアタック!」

 

 機械弓兵が空へとその身を浮かび上がらせ、祭壇よりも高い位置で弓を引き絞った。

 矢じりが光となって輝き、鋭さを増していく。

 

「スクラップ・アロー!!」

 

 限界まで張り詰めた糸から矢が放たれ、流星のようにゴドウィンへと向かっていく。

 

「させぬ! トラップカード発動! 栄誉の(にえ)!」

 

 彼を守るように一枚の罠カードが浮かび上がり、回転してその絵柄を見せた。

 カードから広がった黄金の光が矢を消滅させる。

 

「相手モンスターの攻撃宣言を受けた時、我のフィールドにモンスターが存在しない場合、その攻撃は無効となる」

「くっ……!」

 

 そう易々と通してくれないのは、ゴドウィンも同じ。

 強大な敵は曜子だけではない。ゴドウィンこそ優先して倒すべき敵。

 だが曜子も無視できない強さを持っている。

 このデュエル、一瞬でも気を抜けば呑み込まれるのは遊星達の方だろう。

 

「その後、贄の石碑トークン二体を特殊召喚する」

 

 祭壇の上へ被さったゴドウィンの虚像、その胸元に二つの穴が広がった。

 召喚光が溢れ、それぞれ形が違う石像が二つ飛び出てきた。

 明らかにリリースするモンスターを確保するための動き。

 ゴドウィンはこの二体を使い、上級モンスターを召喚するつもりなのだ。

 だが彼の手札はゼロ。次のターン、彼のドローで上級モンスターを呼び寄せる確率はそれほど高くない。

 だが……このカードの効果にはまだ続きがあった。

 

「――そしてデッキから、「地縛神」と名のつくカード一枚を手札に加える」

「!」

「なに!」

「馬鹿な!」

 

 地縛神専用サーチ。

 これによりゴドウィンの手に地縛神が渡ってしまった。

 なんというカードパワーだろうか。それは曜子の扱うカードよりも凶悪さは上かもしれないほどだ。

 

「攻撃を無効にして、トークンを二体召喚した挙句、地縛神を手札に呼び込むだと!? やる事が汚ねぇぜ!」

「当たり前ではないか」

 

 クロウの言葉を切り捨てたゴドウィンは、口の端を吊り上げて笑みを浮かべながら自身の胸へ手を当てた。

 

「夢の世界ならなんだってできるのよ」

「我は全てをこの体に刻み持つ、究極の神なのだから!」

 

 ――!

 浮かぶ愉悦を堪え切れないのだろう、高笑いをするゴドウィンの傍らで、曜子が小さく口を動かしていたのを三人は見逃さなかった。

 そして、耳に届いた声を聞き逃しもしなかった。

 『夢の世界なら』。たしかに彼女はそう言った。

 『人形』だとか、『夢』だとか、正直なところ、三人には曜子の言葉の意味を少しも理解できていない。

 ジャックが断じたように、ただの妄言と切り捨てるのはたやすい。

 だが、彼女の言葉には……その声には、それらすべてをすんなり胸に染み込ませる何かがあった。

 

 夢……人形……。

 この世界は泡沫(うたかた)の夢であると世を(いと)っているのか。

 赤き竜や邪神の闇によって戦い合う自分達を人形だと蔑んでいるのか。

 それが嫌だから、今の世界を壊そうとするゴドウィンに協力しているのだろうか。

 

「――カードを三枚伏せて、ターンエンド!」

「このエンドフェイズ、月影龍クイラはフィールドに戻る」

「スターダストも復活する!」

 

 黒い雲から月明かりが昇り、青い光を放つ。

 星の煌めきが夜の闇の中に生まれ、月と対峙した。

 

「我のターン!!」

 

 デッキトップに掛けた指を勢い良く引き、同時に腕を伸ばしきったゴドウィンは、歓喜を隠そうともせず二体のトークンを見据えた。

 

「我は贄の石碑トークン二体をリリースして……」

 

 笑いが言葉を遮る。

 肩を震わせたゴドウィンは一度目をつぶり、しかし抑えきれない喜びに限界まで目を見開いた。

 

「究極の破壊を(もたら)せ、最強の地縛神! いでよ、Wiraqocha(ウィラコチャ) Rasca(ラスカ)!!」

 

 祭壇の遥か上空に生まれた薄紫の光球は、どんどんと肥大して二つの石碑を飲み込んだ。

 それだけに留まらず、長官邸に現れた地上絵を見るために集まっていたシティの人々や、それを抑えるためのセキュリティ、報道するキャスターなどが次々に魂となって、光球の中で胎動する()へと吸い込まれていった。

 何十何百の人間の魂が地縛神の糧となる。そして、神を復活させる贄となった。

 

 巨大な鳥が影を落とす。

 それは地上絵より一回りも二回りも大きな体を持ち、緩やかに羽ばたいていた。

 神の誕生に呼応し、シティに迫っていた冥界の王が顔を上げた。

 その身から数百の泥を飛ばし、その全てが不気味な鳥の魔物となって一足早くシティへと上陸する。

 地上絵にまで達した魔物は、遊星達の下へ追いすがると、体当たりを仕掛け始めた。

 

「くっ……!」

 

 地上絵のコースはそれほど広くない。左右に避けるにしても限界がある。

 それでも巧みなD・ホイール捌きで魔物達の突撃を避ける三人だったが、長引けば危うい。

 

「儀式はクライマックスを迎えつつある。地縛神の登場に冥界の王も興奮を隠せぬようだ。深い眠りから覚め、五千年の渇きを、君達の血で潤わせてくれと叫んでいるのだよ!」

 

 一種狂気的な笑い声とともに放たれた台詞に歯を噛み合わせる遊星。彼はもう、救いようがない。そう感じてしまった。

 

「――っ!?」

 

 遊星の背に巨大な影が迫る。

 冥界の王から分離した魔物の大きさはまちまちだ。人の頭ほどの大きさのものもいれば、車ほどの大きさを持つものもいる。遊星の背にかぎづめを向けて下りてきたのは、そんな巨大な魔物だった。

 回避行動を取ろうとする遊星の後ろで、魔物がびくりと体を強張らせた、胸から突き出た茨の鞭は……アキのブラック・ローズ・ドラゴンによる攻撃だ!

 シティ中へ飛び立とうとする魔物達は、十六夜アキのブラック・ローズ・ドラゴンと龍可のエンシェント・フェアリー・ドラゴンが協力して撃破にあたった。

 魔物達もそれらが脅威と感じたのか、集い、群れを成して二体のドラゴンに挑んでいき、散っていく。

 コースから魔物が消えた。これで心置きなくゴドウィンとのデュエルに集中できるだろう。

 

「ゴドウィン! 俺達の想いが、絆が、運命を越える!」

「そんな考えでは、いずれ運命に呑み込まれ、永遠に続く赤き竜と邪神との戦いに翻弄され、沈黙するしかない」

 

 だから、ゴドウィンは自身が神となる事で、そんな争いの無い、より良い世界を創造しようとしているのだ。

 

「この夢は」

 

 ゴドウィンの隣で曜子が囁いた。

 それはゴドウィンの激情の添え物に過ぎないような、存在感のない声だった。

 だというのに明瞭で、どこまでも体の中に染み込んでくる。

 

「もはや悪夢なのよ。私に、黒原曜子に……あの子に逃げ場なんてない。そろそろ目を覚ますべきだと、私は思ったの」

「黒原……曜子」

「……嬉しくなんかないってば」

 

 遊星に名前を呼ばれると、彼女は目を伏せがちにしてそっと視線を逸らした。

 感情の浮かばない瞳も、その仕草の上では意味をなさない。彼女は……明らかに、心を動かしていた。

 だがなぜ今そんな態度を取るのかなど遊星にはわかりようもない。

 

「貴様に絶望を見せてやろう。不動遊星……」

 

 曜子の口が次の言葉を紡ぐ事はなく、代わりにゴドウィンが続けた。

 

「Wiraqocha Rascaの効果は一ターンに一度、バトルフェイズをスキップする事で相手のライフポイントを1にする事ができる!」

「遊星のライフを一気に1に……!? 何をふざけた事を!」

 

 ジャックの憤りはもっともだ。

 ライフポイントが初期値だろうが、大きく回復して一万を超えていようが、たった一ターンで1にしてしまうこの効果は、ふざけているとしかいいようがない。

 

「どうだ、味わわせてやる。不可能を! 無力を!! 絶望を!!!」

「…………」

 

 ぽそりと、曜子が何事かをつけたした。そればかりは誰の耳にも届かず――D・ホイールの駆動音に掻き消された。

 

「サテライト育ちのオレ達はそんなもん感じやしねぇ!」

 

 ジャックと遊星よりも前に出たクロウが、今出せる最高速度へと向かっていく。

 

「どんなに辛くても、オレ達は風を切り、前を向いて走る! それを教えてくれたのが伝説のDホイーラーだ!」

「だが、彼は何も成し得なかった」

「違う!」

 

 一転して静かな語り口のゴドウィンに、クロウは一層熱く反発した。

 

「不可能とわかっていても現状を打ち破ろうとするあの人の……! かつてのお前の想いに、オレ達は心打たれたんだ!」

 

 完全に笑みが消えた。

 ゴドウィンはただ、口を引き結び、クロウの言葉を受けるしかなかった。

 十数年、苦悩してきた間もサテライトの人々が自分の打ち立てた『伝説』というものに心動かされ、それを胸に生きてきた事を。

 

「……所詮想いだけでは届かない」

「どれほど強い想いや願いを抱こうと、無理なものは無理なのよ」

「絆を断ち切ってやる! Wiraqocha Rascaの効果発動!!」

 

 風の音に似た鳥の声が祭壇の背後に浮かぶ地縛神から発せられた。

 曜子の声はそれよりも希薄で、まるであってないようなものだった。

 

「届かせる、想いを! トラップカードオープン! ライフ・エクスチェンジ!」

 

 立ち上がる赤いカードに、地縛神が反応する。

 僅かに向けられた黒い鳥の顔を見上げる事なく、クロウは進み続ける。

 

「カード効果で、ライフポイントが変化する時、その効果の対象を自分にする!」

「クロウ!?」

「遊星には傷つけさせねぇ! こいつはオレ達仲間の絆を引っ張っていく存在だ!」

「……。ならばWiraqocha Rascaよ、クロウのライフを1にしろ!!」

 

 苦々しい表情を浮かべたゴドウィンは、効果の対象をクロウへと変更した。

 遊星を庇うその行動、たしかにそれは絆といえるだろう。

 だがそんな事をしても無意味だ。それぞれの敗北を先延ばしにするに過ぎない。

 

「ポーラスター・オベイ!!」

 

 Wiraqocha Rascaがその細長い首をしならせ、大きく息を吸い込む。

 勢いをつけて吐き出されたブレスは、地上絵と同じ紫の炎。

 高層ビルの何倍もある巨体から放たれた息吹は左右にずれた程度では避けられない。

 クロウは、前方に着弾した炎の衝撃に煽られ、前輪が持ち上がるのに車体にしがみついた。後輪までもがコースを離れ、浮遊感とともに体がひっくり返っていく。

 

 ライフが1になる痛みに苛まれ、それから解き放たれた時、クロウは未だD・ホイールに跨っていられた。

 だがそこはもはや地上絵の上ではない。クロウは車体ごとコースの外に投げ出されてしまったのだ。

 

「っ! ライフ・エクスチェンジのもう一つの効果は、ライフが減った場合、相手モンスターを破壊する!!」

「なんだと!」

 

 ブラック・バードが変形する。

 車体後部に折りたたまれていた羽が開き、後部に固定される。風を受けて大きく揺さぶられたD・ホイールは上向きになり、それでもなお落ちていく。

 

「地縛神といきてぇところだが、月影龍クイラをぶっ潰す!!」

 

 アクセルを全開に、D・ホイールが火を噴く。

 燃え尽きるほどの熱で空気を燃やして推進力を得たブラック・バードが空を突き進む。

 さながら、かつてダイダロス・ブリッジから飛び出した伝説のDホイーラーのように、クロウの体はぐんぐんと上昇し、ついにはクイラへと突き刺さった。

 神が光となって砕け散る。

 

「月影龍クイラが破壊された時、墓地に眠りし太陽龍インティが復活する」

 

 ――。

 そうまでしても、この輪廻を断ち切る事はできなかった。

 だがクロウはこのままでは終わらない。太陽光を背に受けながらもデュエルディスクに手を伸ばし、セットカードの一枚を開いた。

 

「まだだ! アーマード・ウィングをリリースして、永続トラップ、BF-アンカーを発動!!」

 

 落ち行く車体の左側にソリッドウィジョンが赤いカードを描き出す。

 その絵柄の中へアーマード・ウィングが光となって取り込まれた。

 

「伝説のDホイーラーのバトンは、俺からジャック、遊星へと引き継がれる! その想いが架け橋となって、あのダイダロス・ブリッジを繋ぐんだ!」

「……!」

 

 風に掻き消されそうなクロウの叫びは、ゴドウィンの耳にしっかりと届いている。だからこそ強い感情や何もかもが余す事なく伝わった。

 シグナーでないクロウに目もくれていなかったゴドウィンだったが、この時ばかりは僅かに目を見開き、祭壇の傍を過ぎ行くクロウへ顔を向けた。

 

「遊星! ジャック! 頼んだぞーっ!」

「クロウ!」

 

 緩やかなカーブを描く地上絵の上を走る二人が見上げる先で、今まさにクロウが紫の炎の壁を越え、地上絵の光に不時着した。

 硬い光の道に激突したはずみでD・ホイールから投げ出されたクロウは、受け身もままならないまま地面に体を打ち付け、そのすぐ傍を火花を上げてブラック・バードが滑っていった。フレームがひしゃげ、翼が折れる。ディスプレイの画面にも罅が伸び、ザァッとノイズが走った。

 

「フン……走れないDホイーラーにターンは回ってこない」

 

 地縛神の力を目の当たりにし、気を良くしたゴドウィンは、彼らの想いを否定すべく口を開いた。

 

「何が伝説のDホイーラーだ、何が絆だ。カードを一枚伏せてターンエンドだ!」

「ゴドウィン、貴様……!」

「私のターン。カードを一枚伏せる。バトル」

 

 今起こった事など見えていないとでもいわんばかりに曜子が淡々とプレイを始める。

 バトルフェイズに入った瞬間、遊星はデュエルディスクを操作し、一枚のカードを立ち上がらせた。

 

「永続トラップ、強制終了を発動! 自分フィールドのカード一枚をコストに、バトルフェイズを終了させる! このカード自身をコストにする!」

「そう……残念ね。ターンエンド」

 

 ダークロード・プディンセスはあくまでバトルフェイズ中に効果耐性を得る効果しか持たない。ゆえに相手が発動する魔法や罠を止める事はできないのだ。

 クロウがデュエル続行不可能なために、次のターンプレイヤーは必然的にジャックとなる。

 冷静な表情の奥に激情を秘め、デッキトップに指をかけたジャックは、スピードカウンターが増える軽快な音に一瞬その視線をディスプレイへと落とした。

 そこに見えたのは、クロウのフィールドに新たに伏せられたカード。

 

「――クロウ!」

 

 それはつまり、動けないと思われていたクロウがプレイを続行した事に他ならない。

 

「まだ……絆は、断ち切られて……ねぇ、ぜ」

 

 死力を振り絞ってD・ホイールの下まで這いずったクロウは、確かにデッキからカードを引き抜き、震えるその手でセットしたのだ。全ては次へ繋げるため。この絆で運命を越えていくために。

 だが、それが限界。外傷こそないが、大怪我を負ったクロウは力尽きたように伏せてしまった。薄く開かれた瞳には地上絵の光すら映っているか怪しい。

 今度こそ、デュエル継続不可能――ジャックがデッキトップにかけた指に力を()めた。

 

「オレのタァーン!!」

 

 感情の赴くままにカードを引き抜いたジャックは、流れるような動きでディスクへカードを差し込んだ。

 

「Sp-シフトダウンを発動! この効果によりデッキから新たに二枚のカードを手札に加える! そしてSp-オーバー・ブーストを発動! これによりオレのスピードカウンターは四つ増え、そしてスピードカウンターが八つ以上となったこの時、Sp-ファイナル・アタックを発動! このターン、レッド・デーモンズの攻撃力を二倍にする!」

 

 連続スピードスペル。

 W・O・Fを光が包み、レッド・デーモンズ・ドラゴンへと一筋の光が伸びていく。

 紅蓮魔竜が咆える。

 それはあたかもジャックの心に感化されているかのような、熱のこもった叫びだった。

 

「これにより貴様のモンスターの攻撃力を、オレのレッド・デーモンズ・ドラゴンが上回った!!」

「だが太陽龍インティは破壊された時、お前のモンスターを破壊し、その攻撃力分のダメージを与える」

「構うものか! 貴様の言う神とやら、我が魂で打ち砕いてくれる!!」

「血迷ったか、ジャック・アトラス」

 

 ゴドウィンは自爆特攻を命じようとするジャックを諭すように、落ち着いた声で語りかけた。

 

「ジャック、君は孤高のキングだ。絆などと笑わせてくれる。他人を頼り、甘え、責任を分散する。そんな絆などで運命に勝つ事はできない!」

「――たしかに、そうだ。オレは孤独だった」

「ジャック!」

「レッド・デーモンズ・ドラゴンで太陽龍インティを攻撃!」

 

 まさかゴドウィンの言葉を真に受けたのか、ぽつりと呟いたジャックは、次にはインティを見据え、今度こそ突撃の指示を下した。

 飛び立った紅蓮魔竜が燃え盛る右手を振りかざす。

 

「アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 開かれた五指がインティの顔面に食い込み、凄まじい熱量と光線を噴出させながらも粉砕する。

 

「ぬうぅ……!」

 

 3000ポイントのダメージを受け、ゴドウィンのスピードカウンターが三つ減った。

 顔を顰め、痛みに耐えた彼は、一転して笑みを浮かべ、ジャックを見下ろした。

 

「君にも受けてもらう、()と同じ痛みを。太陽龍インティの効果発動!」

「スターダストの効果――」

「ここね、(トラップ)発動。ブレイクスルー・スキル」

 

 すかさず遊星がスターダストの効果により破壊を無効にしようとした時、曜子の妨害が入った。

 効果が無効となったスターダストは自身をコストにするために、無意味に墓地へと送られる事となる。

 光の残滓が残る中で遊星は歯噛みするしかなかった。

 

 炎が逆流する。

 レッド・デーモンズが手に纏わせていた炎はいつしかその制御を離れ、暴走を始めた。

 太陽神たるインティの前では、どんな熱も操られてしまうとでもいうかのように反逆し、レッド・デーモンズ・ドラゴンを呑み込んだ。

 

「インティを破壊したモンスターは共に破壊され、その攻撃力分のダメージを相手プレイヤーは受ける!」

「ぐ、くっ!」

 

 インティの効果は墓地を参照する。自動的に元々の攻撃力分のダメージとなる。

 紅蓮魔竜の攻撃力分、3000のダメージがジャックに与えられる。スピードカウンターが七まで減り、D・ホイールが速度を落とした。

 ジャック自身も一度に大きなダメージを受けて身をふらつかせ、しかしスロットルレバーを握り込む事で意識を保ち、背筋を伸ばした。

 

「太陽龍インティが破壊された時、墓地にある月影龍クイラが復活する」

 

 蒼い輝きを放つ月が雲の中から昇り出た。――攻撃表示。四つ首の龍が口を開閉し、牙を噛み合わせて細く息を吐く。

 

「オレはこれでターンエンドだ!」

「エンドフェイズに、スターダスト・ドラゴンが復活する!」

 

 遊星のフィールドに光が集い、星屑竜が甦る。

 そしてジャックのスピードカウンターはオーバー・ブーストの効果で1になり、速度は著しく失われた。

 

「ジャック、君の孤高の精神はまさにキングにふさわしい。しかし、キングでは駄目だ。神にならねば」

 

 ジャックを称えつつも、ゴドウィンは自身の意思を語った。

 それは全てを超越したがゆえの余裕の表れか。

 隣に立つ曜子は何を言うでもなく地上絵を眺めている。

 

「神が、我が、世界を作り上げるのだ!」

「――忘れてもらっては困る。オレはキングではない!」

「!」

「キングの称号、絆、仲間……たしかにオレが捨ててきたものだ! だがすべてを捨てた時、オレはちっぽけなたった一つのものを得た! その想いがあるからこそ、オレはここにいる!」

 

 力強い声で語るジャックの言葉に、興味を示すかのように曜子が前へ出て元キングを見下ろした。

 

「ゴドウィン! 悪いがオレは孤独じゃない! 興味もなかったが、気がつけばうるさい連中のただなかにいる! どんなに否定しようと、絆というものからは逃れる事ができないらしい!」

「ジャック……!」

「それをわからせてくれたのは……! 一人の女の愛だ!!」

「……愛」

 

 ぽつりと、曜子が呟く。

 それはただの復唱だった。ジャックの言葉を繰り返しただけ。

 

「愛って、なに?」

「ゴドウィン! 人は誰も一人にはなれんのだ!」

「愛なんて、ない。だって、あるなら、私はここにいない」

(みな)(みな)、結局はそのような生温い結論に(すが)りつく。だから我が、この高みに到達するしかなかったのだ!」

 

 パン、と自身の胸に手を当て、そう宣言するゴドウィンの横で、曜子はなおも囁く。

 

「子供を一人置いて死ぬ事が愛だとでもいうの? じゃあ絆は?」

「そんな事はない! オレ達の絆で、それを証明してやる! 俺のターン!」

「……私を残していなくなるのが絆?」

 

 彼女の声は誰にも届いていない。それは独り言だから。彼女の中でしか繰り返されない、自分ですらよくわかっていない感情だからだ。

 

「絆も、愛も、きっと嘘なのよ。……ある訳ないの」

「ジャンク・アーチャーの効果により、月影龍クイラを除外!」

「……だって私は、曜子は、そんなの感じた事ないもの」

「ディメンジョン・シュート!」

 

 ギリギリと引き絞られた弓から光の矢が放たれる。

 

「させぬ! トラップ発動! デストラクト・ポーション!」

 

 クイラがその身を砕き、爆発し、糧となって消えてゆく。

 淡い光がゴドウィンに捧げられ、ライフカウンターを急上昇させた。

 

「自分のモンスターを破壊するだと……!?」

「自らのモンスターを破壊し、その攻撃力分のライフを得る。月影龍クイラを破壊……! そして月が沈む時、陽はまた昇る。甦れ、太陽龍インティ!」

 

 蒼い光を放つ月と入れ替わりに赤い光を放つインティが現れた。ジャンク・アーチャーの効果は不発に終わり、どころかより攻撃力の高いモンスターを呼び出してしまった。

 

「これで成す(すべ)はなくなったな」

「カードを一枚伏せて、ターンエンド……!」

「仲間、絆、伝説、愛! 何ができた! 運命に少しでも傷を与える事ができたか?」

 

 悔しげに顔を顰める遊星に、ゴドウィンは笑みを浮かべて腕を下ろした。

 

「運命は我らを嘲笑い、変わる事はない!」

「過去は変えられない。でも夢の世界でなら」

「我は残された道を、この茨の道を進む! 神となる道を!!」

「見つかると思ってた。何かが変わると思ってた。でも駄目ね。もう、終わり」

「我に託すのだ! 我を崇めるのだ! ハハハハハ!!」

 

 高笑いの中に少女の慟哭が混じる。

 そこには悲しいという感情が宿っていた。絶望があった。

 遊星達はそれを感じながらも、しかし返す言葉もなく、ただゴドウィンの虚像を見上げていた。

 

「もうすぐだ。もうすぐ冥界の王がこの祭壇に達し、我が貴様らを生贄として差し出した時、この世界は黄泉(よみ)に閉じる。まずは破壊を以てゼロにする!」

「何がなんでも阻止する!」

「当然だ! 奴の高笑いなど虫唾が走る!」

 

 決意を新たにする二人だが、ジャックの方は場ががら空きだ。ゴドウィンが狙ってくるのは間違いなくジャックの方だろう。太陽龍インティのダイレクトアタックを受ければ、残りライフが1000しかないジャックは敗北してしまう。

 地上絵の複雑なコーナーを曲がり、突き進む遊星達を眼下に置いたゴドウィンがデッキに手をかけた。

 

「我のターン!」

 

 ピーッ。

 スピードカウンターが増え、その軽い音とは反対にゴドウィンから表情が消えた。

 

「ジャック・アトラス。貴様、言ったな? どれ程のものを捨てようと人は孤独になれない、と」

「……」

「だが、それは違う。人は簡単に孤独になれる。それは"死"だ」

「死……」

 

 またも、復唱。

 僅かに笑みをたたえて話すゴドウィンのたった一語を繰り返した曜子は、隣に立つ男を見上げ、それから地上絵へと視線を落とした。

 

「人は死を前にした時、仲間など、絆など無かったと気づかされる」

「……お母さんも、そうだった? だから私を置いていったの?」

「当たり前の事だ。死へ旅立つのはおのれ一人なのだからな」

「……私は、いつも一人だけど……じゃあ、私って……死んでるのと同じなのかな」

「もう一度かつてのジャック・アトラスに戻してあげよう! 死を目前にした絶望的な孤独へ!」

 

 巨鳥が嘶く。

 その黒い波動が紫炎を揺らめかせ、不快感を煽る。

 

「地縛神 Wiraqocha Rascaの効果によりこのターンのバトルフェイズをスキップ! そしてジャック、貴様のライフポイントを1にする!」

「っ……!」

 

 それは死刑宣告に他ならない。

 たとえライフが残っていても、地縛神の攻撃を受けてしまえば、クロウのように倒れてしまうだろう。

 ジャックの体がぴくりと動いた。だが、それだけだった。防ぐ手立てなどどこにもなく、ただ最期の時まで前を向いて走るのみだった。

 

「ポーラスター・オベイ!!」

 

 地縛神が吐き出した紫の奔流が地上絵を走り、避けられない壁となってジャックを飲み込む。

 まるでスコールにでも打たれるかのような濁流の中では、D・ホイールの制御などできるはずもない。

 激しい痛みに気を取られ、気がつけばジャックの体は車体から投げ出されていた。

 

「ジャック!」

 

 ガリガリと鉄を削り、光の道の上をW・O・Fが滑っていく。肩から地に落ちたジャックは転がるように跳ね、D・ホイールのすぐ傍まで弾き飛ばされた。

 肺から絞り出された空気が苦しげな声となって微かに響く。

 

「見よ! 感じよ! 目前に迫った死を、絶望を! 冥界の王よ、ジャック・アトラスを生贄に捧げよう!」

『――――――!!!』

 

 冥界の王は、驚くほど近くにまで迫ってきていた。

 その体から零れ落ちる魔物の軍勢はアキと龍可、ブラック・ローズ・ドラゴンとエンシェント・フェアリー・ドラゴンによって食い止められているが、冥界の王自体を止める事はできていない。

 あと数分もせず奴はシティに上陸してしまうだろう。

 そして今、ゴドウィンの声を聞いた冥界の王が動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。

 その口腔に膨大なエネルギーが集まり、熱線となって発射される。

 

「ブラック・ローズ・フレア!!」

「エターナルサンシャイン!!」

 

 それを見過ごす仲間達ではない。

 地上絵の外でも彼らの仲間は奮闘している。

 光線に真っ向から挑んだ二体のドラゴンの、放たれた黒いブレスと眩い光は冥界の王の光線と拮抗し、押され――爆発させる事で阻止した。

 衝撃と風が地上絵の隅々まで広がる。それこそ、脅威がどれほど近くまで来ているかの証。

 遊星は一刻も早くゴドウィンと曜子の二人を倒さねばならなかった。

 

 地面を掴み、小刻みに震える体を起こしたジャックが指を曲げ、数ミリずつ体を這わせながら声を振り絞る。

 

「遊星……お前に託したぞ……! たとえD・ホイールが走らなくとも、その想いはお前と共にある……!」

「ジャックの言う通りだぜ……たとえライフが1だろうが、オレ達の想いは……10000ポイントだぜ……!」

 

 それぞれの絆は強く繋がっている。ジャックもクロウもそれを証明している。

 ゴドウィンにも曜子にも、その絆は見えていない。

 

「死を目前にして少しでもその恐怖を誤魔化そうとしているのか。カードを一枚伏せてターンエンド」

「私のターン」

 

 曜子が自身のデュエルディスクからカードをドローする。

 ジャックのリタイアにより、デュエルは三対二の構図から二対一へと変わった。状況は遊星が圧倒的に不利だ。だが、遊星には二人が、みんなの想いがついている。絆がある限り遊星は負けない。

 

「墓地のマドルチェ・コピーフロートをデッキに戻し、効果発動。デッキから永続(トラップ)、マドルチェ・ワルツを発動する。そしてチケットの効果でデッキからマドルチェ・エンジェリーを場に特殊召喚する」

「……!」

 

 ふわりとした茶髪の天使が、淡い燐光を伴ってフィールドに舞い降りた。

 

「マドルチェ・チケットの効果で手札に加えるカードは、私のフィールドに天使族「マドルチェ」モンスターが存在する場合、特殊召喚する事ができる」

「だが、お前のフィールドにいるのは悪魔族……!」

「ダークロード・プディンセスは悪魔族だけど、同時に天使族としても扱う事ができる」

「!」

「カードを一枚伏せる。そして、この二体を生贄に捧げ……現れよ、地縛神 Wiraqocha Rasca」

 

 天に現れた光球が光を広げ、姫と天使を飲み込んでいく。

 宙に浮く卵が胎動する。だがそれは、先程の地縛神のように人々の魂を吸収する事はない。

 たった二体のモンスターで満足し、光と共に誕生した。

 巨鳥が重なる。ぶれて、半ば擦れ合ったまま隣り合う。

 

「馬鹿な……! もう一体の、地縛神だと……!!」

「曜子、君も最強の神を使うのだな」

「……。Wiraqocha Rascaの効果発動。このカードの召喚時、自分フィールド上のカードを三枚までデッキに戻し、戻した数×1000ポイントWiraqocha Rascaの攻撃力をアップする」

「違う効果……?」

「私が戻すのは今伏せた魔導人形の夜(マドルチェ・ナイツ)、マドルチェ・ワルツ、マドルチェ・チケットの三枚。本来なら戻した枚数分あなたの手札を捨てさせる事ができるのだけど……」

 

 遊星の手札はゼロ。よってその効果は不発に終わる。

 

「どうやら君の地縛神は大幅に弱体化されているようだ」

 

 ゴドウィンの言葉にこくりと頷いた曜子は、でも、と続けた。

 

「ここは夢の世界だから、私が思い描く通りにカードを書き換えられる。現実じゃただの紙だけど、ここではれっきとした神になれる」

 

 曜子が召喚したWiraqocha Rascaが歓喜の雄叫びを上げた。

 それは本来の能力を取り戻した故か、それともその開放感故か。

 どちらにせよ、これで遊星は危機的状況を迎えた事となる。

 

「真の姿を取り戻したWiraqocha Rascaの効果発動。バトルフェイズをスキップする事で、遊星、あなたのライフを1にする。ポーラスター・オベイ」

 

 首をしならせた巨鳥が紫炎のブレスを遊星へと降り注いだ。

 

「――――っ!!」

 

 全身の筋肉が収縮するような痛みに耐え、炎の雨の中を走り抜けた遊星は、バイザーの中からゴドウィンと曜子の二人を睨み上げた。

 

「どう? 遊星。……痛い?」

「フハハハ、これで三人合わせてもライフは3! 味わうが良い、この珠玉(しゅぎょく)の絶望を!」

 

 痛みや何かでは遊星を止める事はできない。D・ホイールは彼らの想いに応え、走り続けている。

 遊星は沈黙で以て返した。その視線は、自身のD・ホイールのディスプレイへと注がれている。

 

「……俺のターン!」

 

 引いたカードを一瞥した遊星は、冷静に戦況を見極めた。

 今引いたカード、そして三枚の伏せカード。計四枚あっても今の状況を覆せるかは怪しい。なにせ、相手フィールド上には二体もの最強の地縛神が存在しているのだ。

 その上ゴドウィンの無限に死と再生を繰り返すシンクロモンスターも残っている。

 遊星は一人でこの三体の神に立ち向かわなければならなかった。

 

「Sp-エンジェル・バトン! カードを二枚ドローし……手札の一枚を墓地に送る!」

 

 手札増強。だがフィールドアドバンテージも手札アドバンテージも上回られてしまっている。

 今墓地に送ったカード、そして手札に残った一枚のカード、フィールドに伏せられたカードを駆使して戦っていくしかない。

 

「……。ジャンク・アーチャーの効果発動! 一ターンに一度、相手モンスターを除外できる! 太陽龍インティを消し去る!」

「性懲りもない……カウンタートラップ、バイ=マーセの癇癪! 相手モンスターの効果を無効にして、カードを破壊する!」

 

 ゴドウィンの前に立ち上がったカードから放たれた波動が光の矢を消し去り、ジャンク・アーチャーまでもを襲った。

 機械のボディが瞬く間に錆びて朽ちてゆく。機械弓兵は風に撫でられるだけで溶けるように消えていった。

 

「っ……! まだだ! 絆がある限り、俺は決して屈しない!! 墓地に眠るスターダスト・シャオロンを特殊召喚! 墓地のADチェンジャーを除外し、守備表示にする! そしてトラップカードオープン! 奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)!」

 

 スターダストが纏う輝きがトラップの効果によって増していく。

 その輝きの一部がゴドウィンのデッキへと流れていった。

 

奇跡の軌跡(ミラクルルーカス)の効果は、俺のフィールド上のモンスター一体を選択し、このターンの終わりまで攻撃力を1000ポイントアップさせる! その代償として相手は一枚ドローし、スターダストとの戦闘でのダメージは0となる!」

「……!」

 

 星屑竜の嘶きに反応して、インティの四つの首が激しく蠢いた。

 力が逆転したのだと理解したのだ。だが、これを覆す事はたとえ神でもできない。

 

「スターダストで太陽龍インティに攻撃! シューティング・ソニック!」

 

 音波のブレスが太陽を打ち砕く。

 戦闘ダメージこそ発生しないものの、その余波が風を生み、ゴドウィンは片腕で自らを庇った。

 即座に腕を伸ばし、スターダストを指す。

 

「太陽龍インティを破壊したモンスターは破壊され、その攻撃力分のダメージを受ける!」

「スターダスト・ドラゴンの効果! 自身をリリースする事で、カードを破壊する効果を無効にし、破壊する! ヴィクテム・サンクチュアリ!!」

 

 太陽龍が残した光は、星屑竜が放った光に相殺され、空気中へと消えていった。

 だが、すでに墓地へと沈んだ太陽龍までは、その光は届かない。

 

「陽が沈み、月が浮かび、そして陽はまた昇る……。その大自然の摂理は、誰にも止める事ができない! 月影龍クイラを墓地より特殊召喚!」

「それはどうかな!」

「なに!?」

 

 フィン、とカードの発動音が鳴った。

 だが遊星の場に立ち上がるカードはない。

 では、どこに……。

 地上絵の端々まで視線を走らせたゴドウィンは、倒れ伏すジャックの、そのD・ホイールの真横に浮かんだ赤いカードに目を見開いた。

 

「俺はジャックの場から永続トラップ、覇者の席巻(せっけん)を発動! このカードを墓地に送る事により、お前のモンスターの召喚・特殊召喚を無効とする!」

「ジャックの場にセットカードはなかったはずだ……!」

「絆はまだ(つい)えていないという事だ!」

 

 前のターン。

 曜子のターンが終わり、遊星がライフを1まで削られた痛みに耐えている間の僅かな時間。

 D・ホイールに辿り着いたジャックは、クロウと同じようにカードを引き、そのままセットしたのだ。

 遊星は直前でそれに気づいた。だからこそ、こうして繋げられた。

 

 覇者の席巻から放たれた黒い竜巻が月影龍クイラを暗雲の中に沈める。

 これにより、月と太陽の輪廻は断ち切られた。

 

「馬鹿な……!」

「カードを一枚伏せる! このエンドフェイズ、墓地にあるスターダストが復活する!」

 

 光が集い、竜となる。

 スターダストは、この絆が潰えない限り何度でも甦る。

 

「……ゴドウィン! この絆がある限り、俺達は孤独じゃない! 絶望など訪れはしない! お前にもわかっているはずだ!」

「何を言う!」

 

 遊星の真摯な言葉を、ゴドウィンは打ち払った。

 

「完全なる孤独、完璧な絶望……我はその果てに辿り着いたのだ! 人を越えた存在、神にならねば世界をリセットする事などできぬと!」

「遊星。あなたのライフはたった1ポイント。次の私達のターンを乗り切るのは無理よ。……この夢は、ここでおしまいにする」

「曜子……俺が君に言える事は何もない! だけど、終わりにする以外に方法はなかったのか!?」

 

 世界の終焉を望む少女は、きっと相応に幼い心を持っている。

 そこに選択を突き付けるなど過酷すぎる話だ。だが、それで世界を滅ぼしていいという事にはならない。

 

「そもそも、世界を滅ぼすも何もないのよ。……だって、これはただの悪い夢……甘くなんてない、どうしようもない悪夢でしかないの」

「……!」

「夢から覚めるのに、ほんとは理由なんていらない。ただ……ちょっと、期待外れだったから、八つ当たり」

 

 遊星の言葉に口を開き、長く言葉を交わしてはくれたものの、遊星にはやはりその言葉の意味するところは正確に理解できなかった。

 だが、彼女が本気で、しかも軽々しくこの世界を闇に閉ざそうとしているのだけはわかった。

 それは間違っている。この世界は、そんなに簡単に終わらせていいものじゃない。

 遊星は声を大にして言いたかった。もし彼女を絶望に突き落としたのがあの『惨劇』だったのだとしたら、自分には何も言う資格がない。だとしても、どうしても彼女に光を見せたかった。

 

「ターン、エンド……!」

「フハハハ……もはや成す術もないようだ。地縛神 Wiraqocha Rascaに防御など無意味! 不動遊星、お前も奴らの下に送ってやる!」

 

 勝利を確信したのか、ゴドウィンは身を乗り出す程に力強く言い放ち、デッキトップに手をかけた。

 

「我のターン!!」

 

 シュビッと引き抜いたカードをそのまま、ゴドウィンはすぐさま神へと指示を下す。

 

「地縛神 Wiraqocha Rascaで、不動遊星……貴様にダイレクトアタック! デス・シンギュラリティ!!」

 

 地縛神の巨体が風を伴って迫る。

 その圧力がD・ホイールの操作を狂わせ、遊星の体は震えるように左右に小刻みに動かされた。

 ゴドウィンのWiraqocha Rascaの攻撃力はたったの1。だが、遊星の今のライフも同じく1。

 この攻撃が通れば、遊星は敗北する。

 

「――トラップ発動! くず鉄のかかし!」

「!」

 

 D・ホイールを守るように空中に描き出されたカードから寄せ集めのパーツで作られたかかしが飛び出した。

 そんなちっぽけなものなど関係ないとばかりに落ちてきた地縛神は、かかしを押し潰し、ひしゃげさせ――しかし、壊しきれない。

 ボロボロと鉄屑が零れ落ちていくのに、大きくしなった芯だけは折れない。地縛神がその巨体をどれほど前へ進ませようとしても、それ以上動く事は叶わなかった。

 やがて遊星がその体の下を通り抜けようとした時、神は攻撃を諦め、祭壇の後ろへと戻っていった。

 

「くず鉄のかかしは、攻撃宣言を受けた時、それを無効にし、もう一度フィールドにセットされる!」

「……そのトラップがあれば、地縛神のダイレクトアタックは通らない……そう考えているようだが、甘い!」

「私のターン。墓地のブレイクスルー・スキルを除外する事で、スターダストの効果を無効にする」

「墓地からトラップ……!」

 

 静かにカードを引いた曜子が星屑竜を指差し、その能力を封じた。

 狙いは読める。だが抗う術はない。

 

「ライフに2000のダメージを受け、速攻魔法発動。サイクロンでくず鉄のかかしを破壊する」

「くっ……!」

 

 捨て身の魔法で頼みの綱が破壊され、遊星が声を漏らす。

 三度効果を無効にされたスターダストでは防ぐ事も叶わない。

 

「バトル。地縛神 Wiraqocha Rascaでダイレクトアタック。デス・シンギュラリティ」

 

 ゴドウィンの地縛神と位置を入れ替えた曜子の地縛神が、倒れ込むように遊星へと降ってくる。

 攻撃力は3100。ダイレクトアタックだろうと通常の攻撃だろうと遊星のライフを削り切れる一撃。

 

「トラップカードオープン! スーパージュニア対決!」

「……?」

「相手モンスターの攻撃を無効にし、自分フィールド上の守備力が最も低い守備表示モンスターと、相手フィールド上の攻撃力が最も低い攻撃表示モンスターで改めてバトルを行う! その後、バトルフェイズを終了させる!」

「そう……私のフィールドには地縛神のみ」

「俺のフィールドで守備表示モンスターはスターダスト・シャオロンのみ!」

 

 曜子の凍てついた瞳が小さな龍に向けられた。

 同時に地縛神の向かう先もそちらへと変更される。

 

「うわあああ!!」

 

 今度は、先程のかかしのようにはいかなかった。

 地面にぶつかり、風と圧力を撒き散らす地縛神に小さな龍はあっという間に潰され、その余波で遊星のD・ホイールは大きく左右に揺れ動いた。

 グリップから手が滑りそうになる中でなんとか体勢を立て直し、前を見据えた時にはもう、地縛神は祭壇の方へと戻っていた。

 

「……凌ぐんだ。私はこれでターンエンド」

「……」

 

 遊星へとターンが回る。

 トラップカードを駆使し、なんとか再び自分のターンにする事ができた遊星だったが、彼はなぜかカードをドローせず、ターン宣言もしなかった。

 ただ、じっと祭壇を見上げ、曜子を見つめていた。

 

「……?」

 

 小首を傾げる少女に、遊星は一瞬逡巡する仕草を見せた。

 だが目をつぶり、心を決めたのか、次に目を開いた時にはもう迷いはなかった。

 

「曜子」

「……なに、遊星」

「俺に君の事を教えてくれないか」

 

 D・ホイールの駆動音の中に静かに発された彼の言葉は、きっと曜子の中では大音量に響いた事だろう。

 君の事をもっと知りたい。

 場面が違えば、それはもしかしたら、もっと素敵な意味の言葉になっていたかもしれない。

 とはいえ、曜子が感じるそれは恋だとか愛だとかの感情ではない。

 もっと詳しく言えば、それはお気に入りのキャラクターに対するちょっとした心の揺れ動きに過ぎない。

 

「……黒原、曜子、です」

「!」

 

 馬鹿正直に自己紹介を始めた曜子に、隣に立つゴドウィンはぎょっとしたように少女の頭の天辺を見下ろした。

 

「二十六歳。職業はたぶん、タレント……? 趣味は、読書、です」

「……そういう事じゃない」

 

 思わず遊星は心の中で突っ込んでしまった。

 ……いや、口に出してしまっていた。

 表情なくトンチンカンな事を言い出す曜子は、少し不気味で、それ以上にちょっと頭の弱い子に見えたのだ。

 

「……私は、曜子の悪い部分」

「…………」

 

 今度はえらく端的だった。

 つまり彼女は、曜子本人ではないと、そう言いたいのだろうか。

 

「ううん。私は私。でも、曜子と私は違う。あの子は……人間。私は人形」

「それは、どういう意味だ」

「そのままの意味。この夢の中で生きるために生まれたモノ。お守りとか、身代わり人形的な何か……」

「君は人間じゃないのか……?」

「そう言ってる」

 

 コーナーを曲がり、彼女達の顔が見えなくなったので、遊星は顔を伏せがちにして話を整理した。

 夢だとか人形だとか言っていたのはどうやら比喩ではないらしい。

 だとすると、遊星達が生きるこの世界がただの夢だという事になってしまうが……あいにく、彼らには十数年生きてきた記憶があった。

 

「悪いが信じられる話じゃない」

 

 再び彼女達と向き合った時、遊星はそう言った。

 子供に……いや、子供じゃないが、少女にそんな事を言うのはやはり酷かもしれない。

 だがここで優しい言葉をかけたりするのは違う、と、遊星は感じていた。

 

「正直に言うと、私にもよくわからない。だって、この夢は私が知らない事も起きる」

「なら、ここは現実なんじゃないのか。君が夢だと思い込んでいるだけだ」

「違う。私の部屋には未だに眠っているあの子がいる。私が存在する事が、ここが夢だという証明」

「ならばなぜ、断定できない」

「……知らない。でも、関係ない。どうせこの夢からは覚めなくちゃいけないから」

 

 そのためにゴドウィンと共にこの世界を終わらせようとしている。

 なぜだ、と遊星は重ねて問いかけた。なぜ目覚めなければならないんだ、と。

 

「この世界が曜子にとって良い夢にならなかったからよ。……夢も現実も同じ。ここなら……デュエルモンスターズが本格的に行われているここなら、唯一何か得られると思ったのに……」

 

 駄目ね。

 曜子は肩を竦めた。

 

「あの子って、結局動かないんだもの。愛とか、絆とか、そういうの、わからないから……わかってるふりで終わらせて、でも、求めてるのに、ここでもそれは得られなかった。……悪い事しか起きなかった」

 

 少女の言葉は飛び飛びで、理解するには多大な労を要した。

 言葉に抑揚はないのに感情的。酷く不思議な話し方。

 

「……だから、もう終わりにしようと考えたのか」

「そう。この夢の世界じゃ何にも得られない。痛いし、苦しいだけ。だからもう、おしまい。私は彼女を起こす事にした」

「彼女……本当の黒原曜子が起きれば、この世界は……」

「消える」

 

 遊星は、バイザーの奥で目を細めて曜子を睨んだ。

 それが見えたのか定かではないが、曜子はすぐに次の言葉をつけ足した。

 

「――かもしれないし、残るかもしれない」

「わからない、か」

「うん。なんにも」

「そうか……」

 

 ピー、とスピードカウンターの乗る音がした。

 ディスプレイに視線を落とした遊星は、クロウのターンが終了したという表示を見て、それから曜子達の方に視線を戻した。

 

「彼女を変えたいというのなら、君が彼女をどうにかする事はできないのか」

「私は、ほら、ダークシグナーでしょ? 悪い子なのよ、私。……んと、私が現れている間は、彼女は眠りっぱなしなの」

 

 うっすらと話しが読めてきて、遊星は頷いた。

 本物の黒原曜子が『目覚める』には、ダークシグナーである彼女を倒すか、彼女がこの夢を終わらせて現実の世界へと旅立つしかない。

 

「……父さんは」

「……不動博士?」

「っ! …………父さんは、関係ないのか?」

 

 彼女に向けられた憎悪を思い出し、遊星は問いかけた。

 返ってきたのはただ一言。関係ない、とだけ。

 それを聞いて、遊星はどこかほっとした。

 だが次には、それならばなぜあれほど自分を恨んでいたようなのかが気になった。

 

「……あなたが不動遊星だから」

「なぜ、俺が俺であると駄目なんだ。この世界が夢である事と関係あるのか」

「……。あなたが好きなのよ」

「……」

 

 ピー。

 スピードカウンターの乗る音に耳を傾けながら、遊星は少女の言葉を反芻した。

 よくわからないが、なぜか面識のない彼女に好かれていて、そしてなぜか恨まれていた。

 ……おそらくは現実の方で何かがあるのだろう。もしかすれば、現実では自分と彼女は深い中であったのかもしれない、と遊星は考えた。

 

「結局は夢であろうとなかろうと、我のする事に変わりはなく、不動遊星、君もまたその絆とやらに縋り、あがき続けるのだろう?」

「ゴドウィン……」

「さあ、お前のターンだ。冥界の王はすぐそこにまで迫っている! どの道貴様が動かないのならば、この世界は終わる!」

「! そうはさせない!」

 

 ディスプレに遊星のターンだと表示された。それはすなわち、順当にクロウ、ジャックのターンが終わったという事。

 準備は整った。後は全力を出し切り、地縛神を倒すのみ。

 

「ゴドウィン、曜子! この世界を終わらせるというのなら、俺達が止める!」

「達、だと? もはや貴様は一人。ライフポイントも風前の灯火……吹けば飛ぶ存在ではないか」

「違う! 俺には仲間がいる! この絆を断たれない限り、俺が諦める事はない!」

 

 D・ホイールが加速する。

 炎の壁がごうごうと唸り、過ぎ去ってゆく。

 

「ゴドウィン! お前にもあるはずだ! いや、誰にだってある……断ち切れないものが……忘れられないものが、それぞれの心の中に!」

「忘れられない……もの?」

 

 遊星の脳裏に浮かんだのは、写真でしか見た事のない両親の姿と、笑顔と、そこに写るまだ赤子だった頃の自分。

 ゴドウィンが思いを馳せたのは、兄と二人で生きていた時間。

 曜子が思い出したのは、母と手を繋いで歩いたショッピングモールの、広く、賑やかな道。

 

「お前達の中に、大切なものがきっとあるはずだ!」

「……兄さん」

「お前は……お前が本当に望んでいるのは、神になる事じゃない。兄ルドガーとともに運命と戦う事じゃないのか!? ……それこそが、絆というものじゃないのか?」

「…………。」

「遊星。残念だけど、私の中には何もない。何も、ないのよ」

 

 黙りこくってしまったゴドウィンに変わり、一歩前に出た曜子が自身の胸に手を当てて言った。

 彼女は空っぽだ。母が死んだあの日、何もかもが崩れ去り、抜け殻となった。あとは惰性で動き続けてきただけだ。命ある限りという論理の糸が体を操り、失った穴を埋めるための何かを探し求めて徘徊していたに過ぎない。

 

「いや、君の中には、君の母親がいる!」

「……!」

 

 曜子の言葉には矛盾があった。遊星はただその事を口にしただけだ。

 だというのに、曜子は動揺し、瞳を揺らして後退った。

 そんな事、考えた事もなかったし、ないと思っていた。

 だが、何もないという反面、心の中にはいつも母との思い出があった。それは確かだ。

 愛や絆を知らない? 十数年前のあの日、母から注がれていたはずのもの、母と繋がっていたはずの物を知らないというのは……おかしい?

 

「君は、知らないんじゃない。感じた事がないんじゃない。ただ、忘れてしまっているだけなんだ。感じたものを、そして、どう感じるかを」

「……けど、だけど、だ、だったら……私、やっぱり、そんなの、わかんない……」

「誰にでもわからない事はある。だけどそれは、やがてわかるようになれるんだ。時間さえあれば、教えてくれる人が必ず現れる」

「それは……遊星、あなたなの?」

「君が望むなら、そうだ。……だけどそれは、時間が……この世界があるのならの話だ」

 

 この世界がなくなってしまえば、少なくとも曜子はこの世界で愛や絆を思い出す事はないだろう。

 

「!」

 

 唐突に、遊星の左腕に備えられたデッキホルダー、その一番上のカードが輝き始めた。

 白んだ光に目を細め、その意味に気付いて目を見開いた遊星は、ゴドウィンの苦しげな声を聞いて顔を上げた。

 

「な、なにぃ!?」

 

 今まさに、彼の胸から赤き竜の痣が消えていっているところだった。

 そして、それぞれのシグナーの下へ痣が帰還する。――いや、新たに付与される。

 

「ドラゴンヘッドの痣が、俺に……!」

 

 遊星が元々持っていた痣はクロウへと移り、ルドガーの、レクスの下にあったドラゴンヘッドが新たに遊星の力となった。

 

「なぜだ……赤き竜は…………神たる我を選んだのではなかったのかぁ!!」

「違う! 絆を選んだんだ!」

 

 ゴドウィンの慟哭を、遊星の強い口調が塗り潰す。

 

「俺達のこの絆が、運命を越えていく!!」

 

 それは先のゴドウィンの際限のように、されどより強く、遊星の背に集った痣が赤き竜を模した円を描き出した。

 

「俺の――タァーン!!」

 

 最後のドロー。

 全力でカードを引き抜いた遊星は、それを手に持ったまま墓地からカードを救い出す。

 ――引いたカードがなんであるかなど、今さら確認する意味もない。赤き竜が力を貸してくれている。

 

「俺のフィールドにスターダスト・ドラゴンが存在する時、墓地に眠るスターダスト・シャオロンを特殊召喚する!」

 

 小龍が再びフィールドに舞い戻る。細長い体をくねらせ、スターダストの下につく。

 

「そして救世竜 セイヴァー・ドラゴンを召喚!」

 

 空中に空いた穴から召喚光を伴って、桃色の竜が泳ぎ出た。

 

「その、カードは……!」

 

 ゴドウィンが目を見開く。赤き竜の力を強く感じて、慄いたのだ。

 

「レベル8のスターダスト・ドラゴンと、レベル1のスターダスト・シャオロンに、レベル1の救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

 

 空高くまで飛翔するスターダストに、シャオロンが追従し、追ってセイヴァー・ドラゴンが肥大し、その姿を薄れさせながら昇っていく。

 その体はスターダスト達のみならず、D・ホイールに跨る遊星までもを包み込んだ。

 

「集いし星の輝きが、新たな奇跡を照らし出す! 光差す道となれ!」

 

 細い光がセイヴァー・ドラゴンを貫き、膨らみ、世界中に広がる。

 一瞬何もかもが真っ白に塗り潰されるほどの光の中、冥界の王の怒りの声が響き渡った。

 

「シンクロ召喚! 光来せよ、セイヴァー・スター・ドラゴン!!」

 

 そして光が収まった時、遊星はセイヴァー・スターと一体化していた。

 宙に滞空するセイヴァー・スターの背後に、地を揺らして冥界の王が迫る。

 もはや一刻の猶予もない。遊星は瞬時にモンスター効果を起動した。

 

「セイヴァー・スターの効果! 地縛神 Wiraqocha Rascaの効果を無効にする!」

「なに!?」

「そしてトラップカード、トリプルオープン!」

三枚(トリプル)、ですって……?」

 

 曜子が目を瞬かせる。

 どう見ても遊星の、セイヴァー・スターの前に立ち上がったカードは一枚だけ。

 ……いや、先程もこういう事があった。ならば今もさっきと同じ……!

 やはりと言うべきか、ジャック、そしてクロウの下に立つ赤色のカードがあった。

 

「一枚目! クロウが発動したフェイク・フェザーの効果で、ジャックの墓地の通常トラップ、タイラント・ウィングを発動!」

「へへ……」

 

 セイヴァー・スターに力強い風の羽が纏わる。

 攻守は400ポイントアップし、このターン、二回攻撃の権利を得た。

 僅かに顔を上げたクロウが掠れ声で笑う。

 

「二枚目! ジャックが発動したデモンズ・チェーンの効果で、曜子の場の地縛神 Wiraqocha Rascaの効果を無効にする!」

「っ!」

 

 気がつけば曜子の地縛神は黒い鎖に雁字搦めにされていた。これでは攻撃する事も、相手の攻撃を避ける事もままならないだろう。

 

「そして三枚目! 俺の場のトラップ、シンクロ・バトン! 俺達の墓地にあるシンクロモンスター一体につき、俺のフィールドのシンクロモンスター一体の攻撃力を、600ポイントアップする!!」

 

 ジャック、クロウ、そして遊星のD・ホイールから立ち(のぼ)る暖かい光がセイヴァー・スターに力を与えていく。()の竜の声は、歓喜の叫びか。カウンターが急上昇する音とともに、セイヴァー・スターの攻撃力は7800までアップした。

 

「墓地にあるシンクロモンスターは六体! よってセイヴァー・スターの攻撃力は3600ポイントアップ!」

「まさか……」

「――クロウの場の永続トラップ、BF-アンカーを墓地に送る事で、セイヴァー・スターの攻撃力を2500ポイントアップする!」

「っ!」

「攻撃力……10300」

「仲間の絆が今ここに集結する!」

 

 これで、全てのカードが繋がった。

 クロウ、ジャックから遊星に受け継がれたカードの力が、三人に勝利をもたらす。

 

「セイヴァー・スター・ドラゴンで、地縛神 Wiraqocha Rascaを攻撃!」

 

 羽を体につけ、突進態勢に入ったセイヴァー・スターが先端に光を灯し、風の壁を突き破って突撃を開始した。

 重なり合って存在する地縛神へ、赤き竜の化身が迫る。

 

「シューティング・ブラスター・ソニック!!!」

「……! 不動、遊星……!」

「っ!」

 

 呆然と光を見上げるゴドウィンと、かたく目をつぶって体を丸める曜子の二人へ凄まじい衝撃が襲い掛かる。地縛神の爆発によるものだ。二人のライフカウンターが同時に0を刻み、軽い曜子は風に吹き飛ばされ、石壁へ叩き付けられて意識を失った。

 

「うおおおおおお!!!」

 

 地縛神を二体同時に葬ったセイヴァー・スターは、それだけに留まらず冥界の王に標的を変え、速度を緩めないまま、どころかさらに増して飛翔し、赤き竜となって貫いた。

 

 

 

 

 冥界の王の口の中に飛び込んだ遊星は、どうしてか宇宙のただなかに立っていた。

 傍には黒衣を纏ったダークシグナー達……鬼柳やボマーといった消えたはずの存在が倒れ伏していた。……だが、曜子はいない。彼女の話が本当だったなら……彼女は消え、本物が目覚めているのだろう。ここか、現実で。

 

 まるで誰もがただ眠っているだけのような光景に困惑する遊星の前に、ルドガー・ゴドウィンとレクス・ゴドウィンの二人が現れる。

 彼らはもうダークシグナーではなかった。

 そして、悪しき心など欠片も残っていなかった。

 

 邪神との決着をつける。そう言い残した二人は、その直前、遊星にダークシグナーだった者達を託した。

 じき、彼らは目覚めるのだという。

 

「曜子という少女は、シティとサテライトを結ぶ橋のすぐ傍に居を構えている。彼女の事も、頼む」

「ゴドウィン……」

 

 レクスとルドガーは互いに顔を見合わせると、頷き合い、どちらからともなく遊星に背を向けて歩き出した。光の、ずっと向こうの方まで。

 

 

 こうして、ダークシグナーとシグナーの戦いは人知れず幕を下ろした。

 ダークシグナーだけでなくシティやサテライトの人々も、この事件の記憶を代償に生き返り、平和な日々を送り始める事だろう。

 

 

 ――本物と称された曜子は、といえば。

 

 

「……ん」

「! 遊星、この子、そろそろ目が覚めそうよ」

 

 ベッドの傍らに座り、本を読んでいた制服姿の十六夜アキが、吐息とともに身動ぎした少女を覗き込み、それから背後に声をかけた。

 背の低いテーブルを布巾で拭いていた遊星は、少し体を傾けて曜子の様子を窺い、わかった、と頷いた。

 

 ……憧れの人に甲斐甲斐しく世話をされているとは露知らず、曜子は夢の中で一人、人気のないデパートのベンチに腰掛けて、足をふらつかせ続けるなんて夢を見ていた。

 

「んん……」

「大丈夫かしら……」

 

 アキがその顔を覗き込めば、煩わしげな声とは裏腹に、彼女の寝顔は穏やかだった。

 良い夢でも見ているのかもしれない。

 ふと、アキは布団に置いていた自分の手に暖かいものが振れるを感じて手を見下ろした。

 

「あら」

 

 曜子の小さな手が、アキの手をひしっと握っていたのだ。

 それが可愛らしくてくすくすと笑みを零す彼女は、知らない。

 目の前の少女がとっくに成人しているだなんて事は。

 

 

 目覚めの時は近い。




TIPS
・「走れないDホイーラーにターンは回ってこない」
回ってくる

・スピード・ワールド
スピードカウンターの計算にどれほど苦しめられたか
妖怪1足りないが三回発生した

・曜子「嬉しくないわ」
名前を呼ばれるのが嬉しいらしい
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