お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

8 / 9
デュエルなし。
もやもや。


RIDE-8 夢+現実=みらいいろ

 

 広くて、大きな、ショッピングモール。

 三階の、端っこ。服屋さんと定食屋さんの間。

 小さな、細長いベンチに腰掛けた、幼い頃の私。

 私は、かれこれ数千時間はお母さんを待っていた。

 あんまりにも戻ってこないから、ひょっとして別の場所に行っちゃったのかなって思って、モールの中を歩き回ってみたり、外に出たり、病院に入ったり、お仕事してみたりしたけれど。

 やっぱりショッピングモールの、定食屋さんかお洋服屋さんに入ったんだって思い直して、ベンチまで戻ってきて座る。

 しばらく足をふらつかせて時間を潰し、体を左右に揺らして二つのお店の中を覗き込もうとしてみたりする。

 がらんどうだ。

 どっちも、どこも、空っぽ。

 誰もいないし、私だって、ほんとはここにいない。

 私はもう、ここにはいられない。

 

 ごう、と風が燃える音がした。

 赤い熱の塊が二つのお店の入り口を押し退けて、雪崩のように飛び出してくる。

 私は、そっと左手を差し出した。握った手の、薬指だけをちょこっと出して、指切りの形。

 ここで待っていてね、って言ったお母さんに、私は約束をお願いした。

 必ず帰ってきてね。良い子で待ってるからね。

 お母さんは、約束を破ったりしない。

 だからたとえこの建物がなくなって、別のものに変わっちゃっていても、きっとここに帰ってくると信じている。

 

 体中が溶けそうなくらいの暑さに包まれて、私は目をつぶった。

 

 

「んぁ……」

 

 がく、と体が揺れるのにはっとして目を開ける。

 喉から絞り出た声はすっごく間抜けなもので、私は薄ぼんやりした頭で『一人暮らしで良かったなあ』とか考えながら、ベッドから投げ出されている左足をゆーらゆーらさせた。

 歪んだシーツが太もものうらっかわをくすぐるのが、こそばゆくも気持ち良くて、薄目を閉じてその感覚に集中する。

 

「…………」

 

 ぷるるっと体が震えた。

 ……起き抜けに変に動いていたから、下腹部が刺激されてしまったらしい。

 いかん、いかん。このままではン十歳になってまでおねしょをしてしまう。私、生まれてこの方おねしょなんかした事ないのにー。

 とか馬鹿言ってる場合ではない。起きなきゃ。

 ああでも、ああ、この、布団の温もりを手放したくない。

 限界まで……耐えよう。私は頑張れる子。強い子。だからもうちょい寝ててもだいじょーぶ。

 

 ころんと横向きに転がれば、ばらけた髪の中に何かの感触があった。

 んっ? と意識を集中させてみれば、んーと、なんだろ……これ。……平たい……スマホかな。……デュエルディスク?

 頭を浮かせれば、ベッドがキイと鳴った。鎖骨を撫でるように吹雪ちゃんペンダントが滑り落ちる。

 身を起こすのと同時に開いた目には、影に色を濃くした赤色が広がっていた。

 ……?

 うちの壁紙って、赤かったっけ?

 そんな訳ない。だがしかし、現に私の前には赤色がある。

 

 あ、でも、よく見たら白もあった。なんだ、じゃあ普通だ。うちの壁紙だ。

 安心したら眠気が増してきた。

 二度寝しよう。どうせ今日はお仕事なんにもないし。

 布団の中にもぞもぞ潜り込んで丸まると、さっきの自分の思考について不安が浮かんできた。

 ……ほんとにお仕事なかったよね? なんか呼び出しとか、そういうのもなかった…………あー、スマホ確認してないや。

 もぞ、もぞ、と布団から手を出して、ぱたりぱたりと左右に手を這わす。たしかここら辺にスマホかデュエルディスクがあったはず……あ、あったあった。

 硬い物をはしっと掴むと、はしっと掴み返してきた。

 ………………。

 

「――――――!?」

 

 ゾワワッと背中に芋虫が這う感覚がして、思わず跳ね起きる。ふっとんだ布団は憐れにも二つ折りになって死んだ。私も死んだ。……死んだ。

 

「おはよう?」

「……、……。」

 

 女の人の、優しい声が、ゆっくりと私にかけられた。

 ……お母さん?

 ぱくぱくと口を動かして、声が出ないのに喉を押さえる。

 その現象で思い出した。ああ、私、まだ夢の続きを見てるんだ。

 

「初めまして、と言った方が良いのかしら」

 

 目の前にいるのは、お母さんではなくて、十六夜アキだった。

 ……変な夢。

 たしかに私、彼女は嫌いではないけれど、なんで遊星とかジャックとかじゃなくてアキなのだろう。

 

「あら? ……ええと」

 

 手を伸ばして、彼女の長く伸びた前髪の両端、その片一方を、後ろ側から(すく)うように手の平を押し当てて、指を通して梳いてみた。

 ちょっとした重みと、髪の毛に私の体温が移っていく感覚。

 えらくリアルだなあ、なんて考えながら、ぼうっと彼女の顔を眺める。

 ベッドの横に用意された椅子に腰かけた彼女は、困ったような笑顔で私を見つめている。時折瞬きをするから、つられて私もぱちぱちしてしまう。

 

「アキ、起きたのか」

「遊星……ええ、そうみたい」

 

 後ろからの声に振り返ったアキが答える。

 名前に反応して、私は枕側に腕をついて体を傾け、部屋の中央、テーブルがある方を見た。

 

「…………」

「おはよう」

 

 確かにそこには遊星がいた。手袋をしたまま布巾でテーブルを拭いていて、その向かいの椅子にはジャック・アトラスが座り、目をつぶりながら手にしたティーカップに口をつけている。立ち上る湯気はまだその中身が熱い事を知らせていた。

 奥側のソファーには龍亞と龍可の姉弟が仲良くちょこんと座っていて、じーっと私の方を見ていた。

 

「悪いが、勝手に上がらせてもらっている」

「…………」

 

 手を止め、歩み寄ってきた彼がベッドの傍らに屈み、少し見上げるようにして目を合わせてきた。

 え、え、なんで遊星達がここに、と混乱していた私は、その凛々しい瞳にどぎまぎして、ぱちくりとおめめを瞬かせるしかできなかった。

 ややおいて、ふるふると首を振る。大丈夫。無問題(もーまんたい)

 むしろいつまでもここにいてくれて構わない。永久就職してもいいよ? よ?

 興奮気味にぱたぱたとベッドを叩けば、彼は表情を変えずに頷いた。

 

「そうか。……」

「それじゃあ、まずは……遊星?」

 

 ……?

 そっと視線を逸らした彼の目を追って横を見ても、棚があるくらいで何もない。強いて言うなら古い小説が無造作に棚の上に置かれているくらいだけど、彼の目線はどう考えてもそこには向かっていなかった。かといって、棚の扉のハート型の穴を覗いているとか、そういうのでもないだろう。

 さらりと肩から滑り落ちた髪の毛が服を押し、胸とか横腹に引っ付く薄布の感覚に無意識に裾を掴み、伸ばす。縁を飾るギザギザの感触にこしょぐったさが(のぼ)ってきて、それでも私の顔はちっとも動きやしない。

 体の位置を元に戻すのと同時、布団から足を引き抜いて女の子座りになる。ギシリと鳴るベッド。それから、空気に触れた太ももの、熱が失われる瞬間的な肌寒さ。

 …………。

 ……?

 

「!!」

 

 ぎゃーっ!

 私、今、寝巻だ!!

 しかも、現実で着ていたようなかわいげの無いパジャマ上下ではなく、気の向くまま買った薄桃色のネグリジェである。

 夏用。とっても薄くて涼しく、快適。おまけでスケスケ。十二歳用のブラジャーと大人びた装飾の黒いパンティーが丸見えである。

 ひぎぃ。羞恥心で胸の中が城之内ファイヤーだ。幸いなのは、それを気にしてくれたのは遊星だけだって事かな!!?

 

「はい、これ」

「…………」

 

 無表情で悶えていれば、十六夜アキがベッドの頭側の壁に掛けられていた私の真っ黒なドレスを取って手渡してくれた。

 受け取り、いそいそと頭からひっかぶる。本当は下着やら肌着やら着替えたいところだが、こんなちんちくりんボディをしていても大人な女の自覚はあるのだ。相手が子供だろうが大人だろうが、男の前で着替えたり、肌を見せたりするのが恥ずかしいって感覚くらいはある。

 ……目を逸らしてくれた遊星に羞恥だとか興奮だとかは欠片も見えない辺り、ただ『そうするのが礼儀であるからそうしている』ってだけそうなの、私、すんごく悲しいです。

 いや、顔を赤らめられたりしても反応に困るけど。

 

「もう少しすればクロウが戻ってくる。その前にまず、顔を洗って来てくれ」

「……」

 

 疑問なんかすっ飛ばして恥ずかしさやら虚しさと格闘していれば、遊星がイケボで私を殺しにきた。

 待って、待って、その前に手帳……あ、えっと、手帳どこにやったかな!? サイン、サインください!

 

「さ、行きましょう」

「……」

 

 彷徨わせた手を十六夜アキに捕まえられ、そのままベッドから降ろされて、背中に手を添えられる。

 どうしてか彼女は洗面所の位置を知っているらしく、私は抵抗もできずに連行されてしまった。

 こう言ってはなんだけど、意味不明である。……なぁにこれ?

 

「さあ、顔を洗いましょう?」

 

 広い部屋とおんなじように、洗面所も無意味に広い。大きな三面鏡の棚とその前に設置された綺麗な洗面台。そして私専用の頑丈な踏み台。

 十六夜アキに促され、あんまり回らない頭のままこくりと頷き、台の上に片足を乗せてよいしょと身を移す。

 と、十六夜アキは私の腕を取ってするっと袖をずらし、腕を露わにさせた。

 何をするのかと思えば、腕まくりである。

 まるで幼児か何かに対するような動きに戸惑いを隠せず彼女の顔を見上げれば、私の視線に気づいた十六夜アキは、眉を八の字にして「余計なお世話、かしら」と独り言のように呟いた。

 ……たぶんだけど、彼女、私が喋れないのを知っているみたいだ。それで、そのせいで私の、なんと言い表せば良いのか、ええっと……知能レベル? 私がどの程度の行動ができるのか測り兼ねているのだろう。

 

 ここで「自分一人でできる」と突っぱねるのは簡単だ。ちょっと腕を動かして彼女の手を振り払えば良い。

 でもそれって、せっかく親切にされてるのを無下(むげ)にするって事。

 ……私にはとてもじゃないけどできない。

 なので左右に首を振って、いいえ、迷惑じゃありません、と彼女の好意を受け入れる事にした。

 

 甲斐甲斐しく右腕の袖捲りを終わらせ、反対側に回って同じようにした彼女にぺこりと頭を下げる。

 十六夜アキからはどこかほっとした雰囲気が読み取れた。自分のやっている事があっているのか確証が持ててなかった、とかかな。

 彼女と私は初対面のはずだから、お互いどう動いて良いのかなんてわかんないよね。

 ……いきなりこんな事になってる私の方が訳わかんないと言い切れるけど。

 さて、手を翳せば自動でお水が流れ出す便利な蛇口を用いてぱしゃぱしゃと洗顔を済ませた私は、十六夜アキが用意してくれたタオルで顔を拭き、次に歯磨きを始めた。

 

 ミント味の辛い歯磨き粉でしゃーこしゃーこやりつつ、鏡越しに十六夜アキを眺める。

 彼女は制服姿だ。アカデミア、だったかな。そこの生徒だったと記憶している。

 学校は良いのだろうか? そもそも、今って何時だろう。

 ……そう言えば私、昨日何してたのかな。

 

 そろそろ下腹部が大泣きしそうだったので慌ててトイレに駆け込む。

 私の俊敏な動きに十六夜アキがびくっとしたの、ちょっとかわいく感じた。でもそれどころではない。

 ちょっちお行儀が悪いけど、歯ブラシをくわえたままおトイレに立てこもり、ドロワーズを足元までズリ下ろして、スカートを捲り上げて便座に飛び乗った。

 

 少しして、私は片足を上げてドロワを引っ張り、足の合間の向こうを覗いた。

 うにょーっと膝にお腹をくっつけて手を伸ばして、触って確認もしてみた。

 ……大洪水は起こっていなかったようだ。ふぅい。

 

 さて、洗面台の前へ戻り、手を洗ってから歯磨きを再開する。何考えてたかな、と思い起こしてみれば、そうだそうだ。昨日の事に関してだった。

 

 もやもやする記憶の海を掻き分けて記憶を取り出してみれば、私は闇デュエリストを名乗る変質者二人に負けて意識を失った事を思い出せた。

 ……それで、倒れていたところを彼らに助けられた?

 十六夜アキがこうしてやたらと面倒を見てくれているのをみるに、ひょっとしたら第一発見者は彼女なのかもしれない。なぜサテライトに来ていたのかは知らないけど、きっと何かしらの原作イベントがあったのだろう。……わかんないけど。

 まあでも、そんな事はどうでもいいのだ。

 大事なのは命を助けられた事。今、私が生きている事。そして、おそらく寝ている間お世話してもらっていたという事実。

 

 ぺー、と水を吐き出し、タオルで口元を拭い、櫛で髪の毛をさっさかさっさかと梳いて整え――途中から彼女がやってくれた。気持ち良いし、ぼーっとしてる間に終わるのは素敵ね――、準備完了。

 これでいつでもお外に出られるし、人前にも出れます。

 もっともすでにあられのない姿をみんなに大公開しちゃってるんだけどね! ジャック以外みんな見てました!

 顔に熱が集まってる感じはするのに、鏡に映る私はお澄まし顔。この程度、なんでもないわ。なんて、ツンと気取ってるみたいな無表情。内心はこんななのにね。

 このポーカーフェイスのせいで私の対人能力の無さが露呈しないので便利してるけど、よく考えなくても今の私、対人能力0に等しいよなぁ。

 

 お部屋に戻れば、テーブルの拭き掃除は終わったのか、手ぶらの遊星が立って待っていた。

 座っててくれても良かったのに、というかなんでお掃除なんかしてたんだろう。手持無沙汰だったのかな?

 いやまあ、遊星がジャックみたいに紅茶飲みながら寛いでたりしてたらなおさらびっくりだけども。

 

 お話しましょ、という彼の誘いを蹴って一路お手洗いへ向かう私。さっき行ったでしょ、って? 時々またすぐしたくなっちゃうんだよ。気にすんな。

 かんわきゅーだい。すっきりして戻れば、クロウが戻ってくるまで、なぜ彼らがここにいるのかを説明してくれる事となり、私はジャックの反対側の椅子を引かれて座るよう促された。

 反対側に遊星が座る。

 その椅子、家宝にするね。

 

「――と、言う訳だ」

 

 遊星の語るところは、おおむね私の予想通りだった。

 私が倒れてたのを十六夜アキが拾って、保険証やらから住所を知り、ここに届けてくれたんだって。

 で、そのまま看病に移ってくれたらしい。

 このマンション、人っ子一人いないからね、心配しちゃうのも仕方ないね。

 でもずっと傍にいてくれたのにはお姉さん感動だよ。優しすぎるよ。

 ……ところでアキさん、身長幾つかな?? 軽く30cmくらいは私と差があるんだけど。これでは彼女の方がお姉さんに見えてしまう。

 今さらか、そういうの。でも、何年経っても慣れるもんじゃない。だから早く成長したいものだ。来年くらいには170cmくらいになれるかな? 私、女優のシャーロット・ランプリングさんに憧れてるんだー。彼女みたいになりたいなあ。

 

 それで、じゃあなんで遊星達もいるんだろうって疑問に思ったのだけど、それに関する説明もあった。

 アキに用があった遊星をきっかけになんやかやみんな集まったらしい。変な理由だけど、現にみんなここにいるし、私は嬉しいからなんの問題もないね。

 

 話の途中で戻ってきたクロウが作ってくれた卵粥をもぐもぐしつつうんうん頷いてお話を聞いたのち、手帳を取ってきて遊星に突き付けた。

 サインちょーらい。

 それを遠まわしに、回りくどく書いた文章を読み終えた遊星は、紙の上に左右に走らせていた目をそのまま私に向けて、ここに名前を書けばいいのか、と隣のページにトンと指を置いた。ふへへ、そうそう。

 ちょっと困惑していたみたいだけど、ちゃんと『不動遊星より、黒原曜子へ』と書いてくれた。はにゃーん、遊星の誠実な性格が滲み出た文字だよお。

 やった、やった。私がこの夢の世界に来たすべての目的が今果たされた。もう死んでもいいや。

 

「次はオレだ」

 

 今までずーっと黙っていたジャックがカップを置き、手帳を引き摺って自身の前に置いて、遊星の手からサインペンを奪った。

 こんなのは慣れたモノだ、といわんばかりにサラサラッとサインした彼が、私の方へ手帳を押しやった。

 英字で彼の名前が描かれている。躍動感あふれ、また力強い太い線が使われている。これもまた彼の性格を表していた。

 

「…………」

「ふん、美味い紅茶の礼だ」

「……?」

「知らん」

「…………」

「待て、"元ジャック"とはどういう意味だ?」

 

 うわ。

 なんか言葉通じてる、怖い。

 私はただぱくぱく口を動かしているだけなのに、勝手に憤り始めたジャックを遊星が宥める。さすが現キングだ。椅子から飛び出してアキの後ろに隠れながらジャックに追加口撃で「やぁい、ジャックー」と口パクしておいた。

 ちなみに「知らん」とは「紅茶は誰が淹れたの?」って質問に対する答えっぽい。ちゃんと伝わってるかは不明。会話のキャッチボールはできてない感じ。

 

 流れに乗ったクロウもこいつは将来えらい価値になるぜ、と言いつつノリノリでサインしてくれて、十六夜アキも戸惑いながら書いてくれた。

 龍亞と龍可にも頼んでみたら、龍亞の方は乗り気で、龍可の方には遠慮されてしまった。

 でも二人揃ったサインが欲しかったので無言で前に立つ事二十秒で了承を得る事ができた。こういう時、鉄面皮って便利ね。

 なんの価値もないわよ、だって? そんな事ないよ。時価数十億円はくだらないよ。

 

「体の方は大丈夫? 具合が悪くなったら病院に……いえ、こちらに電話して」

 

 さて、大満足の私に、帰り際みんなが心配してくれた。

 たとえ急に具合が悪くなっても、私じゃ病院に連絡はできても、症状や住所を伝える事ができない。

 よってアキと電話番号を交換した。

 やったね私、友達増えたよ。

 

「私や遊星、他のみんなも、あなたの事を気にかけているわ。……ちゃんとみんなを頼るのよ?」

「……」

 

 アキの言葉にこくこく頷いておく。彼女は満足気に笑みを浮かべて、私の頭に手を置いて一撫でした。

 あっこら、ちょうど良い位置にあるからって撫でるんじゃありません! この年になってよしよしされるなんて恥ずかしいよ、さすがに。……手が離れた際に寂しくなったりなんてしてないよ? ほんとだよ。

 

 ところで……。

 壁際に並べておいた等身大吹雪ちゃん人形以下叢雲さん島風ちゃん朝潮ちゃん夕立ちゃんはどこに消えたのだろう?

 

「知らん」

 

 急ぎ手帳に書いて見せたところ、元キングからありがたいお言葉を頂戴した。

 そりゃそうか、彼らが知るはずもない。……寝てる間に泥棒でも入ったのかな。

 でも、十六夜アキが看病してくれていたなら、たとえ誰が入ってこようと撃退してくれそうなものだけど。

 もちろん、デュエルで。

 

「??????」

「……」

 

 玄関口に立つ遊星が、体を捻って私を見下ろす形で止まっている。

 私の頭の上にたくさん浮かんだハテナマークが見えてでもいるのだろうか。

 先に外に出ていたクロウ達が遊星を呼ぶ。一度扉を見た彼は、再度私を見下ろして、こう言った。

 

「手伝ってくれてありがとう、と彼女達にも伝えて欲しい」

「……?」

 

 かのじょ……たち?

 それが誰を指すのかわからなくて小首を傾げるも、外からの呼びかけに「それじゃ」と遊星は出て行ってしまった。

 慌てて手を振ってお見送りする。色々ありがとうございました、ってお礼を言いたいのに、私の口は些細な空気の音しか出せなかった。

 

 閉じた扉にべたっとくっついて耳を押し当て、がやがやとした音が完全になくなるまでじっと耳を澄ました。

 ……みんないなくなっちゃった。

 率直に言って寂しい。さっきまでは凄く賑やかだったのに、一人になると、心細さが凄い。

 

「…………」

 

 とぼとぼと部屋に戻れば、壁際に吹雪ちゃん達が並んでいるのを見つけて、私はほっと胸を撫で下ろした。

 良かった、一人じゃない。

 

 

 それから、数日の間、私はまったりとした時間を過ごした。

 何か悪い事が起きるでもなく、慌ただしくなることもなく、優雅なティータイムを楽しんだり、せっせとデッキ調整に勤しんだり――何故かマドルチェ・プディンセスのカードが無くなっていたので、泣く泣く別のカードを入れた――と充実した時間を過ごしていた。

 そんな折、わが家を訪ねてきたアキ達に誘われて、私は遊星のガレージへと招待される事になったのだ。

 

 めいっぱいおめかしして――といっても、服は代えられないのだけど――D・ホイールに跨って一路秘境へ。

 そして私は、死んだ魚の目をした巨漢に「良い子ちゃんねー」とボディを弄られる憂き目に合ってしまったのでした。

 

「すごい! 回路から何まで遊星のD・ホイール、そっくりそのままだよ!」

「偶然にしてはできすぎているな」

 

 私のD・ホイールのボディだけどね。

 

「あっ、ごめん」

「…………」

 

 片膝をたてて、小型の車体を覗き込むようにして眺めては、繋げたケーブルの先にあるパソコンの画面に目を移し、軍手をはめた手でぱしぱしと弄って、また私のD・ホイールを撫で回す。そんな私の存在を完全に無視しているのは、座ってる状態ですでに私より目線の高いお化け、もといみんな大好きブルーノちゃんである。

 なんか、私のマシンがあんまりにも綺麗だから思わず自己紹介の前に触ってしまったのだとか。

 ……使用回数は少ないけど、結構乱暴に扱ってる記憶しかないんだけど。

 

 僕はブルーノ、と簡潔に自己紹介する彼を見上げていると首が折れそうだったので、諦めて目の前、つまりは彼のお腹辺りを眺める事にした。

 ……ブルーノちゃんが困惑している…………あ、私が言葉を返さないから、無視しかえしてるって思ってるのかな?

 ガレージに入って速攻でブルーノと先程の会話を繰り広げていた遊星は、気を取り直したようにブルーノに私を紹介した。

 こう見えても大人の女性だ、子ども扱いは遠慮してやってほしい、って……ゆ、遊星……!?

 凄い……わかっていても言える事ではないのに、なんでもない事みたいにさらっと……。

 やっぱり遊星は最高ね……。

 

 遊びに来ていた龍亞にデュエルしようと誘われて、やぶさかではないと頷き、彼に付き合って外に出た。

 わりと苦戦した。なんか、デッキの回り方がぎこちない気がする……。なんというか、凄く便利なパーツが一挙になくなっちゃった感じ……?

 お姫様がいなくなった以外、デッキの中身は特に変わってないのに、不思議だ。

 

 さて、私がガレージに呼ばれたのは、何もあのD・ホイールが遊星号と酷似しているからって訳ではないだろう。

 忙しそうな遊星に代わり、アキに手帳を介して理由を聞けば、あなたを一人にしておくのが心配なのよ、と言われた。

 それはきっと、子ども扱いして言ってるのではないのだろう。

 というか、まあ、大人だろうが子供だろうが女の子の一人暮らしで、周りに助けてくれる人もいなければ、私は何かされても悲鳴一つ上げられない身なのだ。遊星達の心配はもっともである。

 だからできるだけここに来るように、また、来れるように計らってくれたんだろう。

 遠慮せず入り浸らせてもらう事にする。

 

 そうそう、せっかくブルーノにも会えたので彼にもサインを貰う事にした。

 このチャンスを逃せば次にいつ書いてもらえるかわからないからね、じーっと作業を観察して、一段落付いた瞬間に突撃して、コードに足を引っ掛けてブルーノちゃん押し倒して、馬乗りになって逆手に持ったサインペン突き付ける凶悪犯になってしまったけど、――やたらめったら怯えるブルーノは、小動物染みていてかわいかった。体はでっかくてかわいくないけど。しかしなぜ怯えられた? ……何考えてるかわかんないからか――無事、サインを書いてもらえる事ができた。

 なぜアンチノミーとも書かなくちゃならないのだろう、と首を傾げていた彼には、てきとーに小首を傾げての誤魔化しをプレゼントしておいた。いずれわかるさ、いずれな。

 

 

 ほとんど毎日ガレージに足を運び、みんなに構ってもらう日々を過ごす。

 そうすると、段々と私は彼らの関係者に組み込まれていって、たとえばD・ホイールの試運転だとか、大会だとかに自然と付き合うようになり、ピットにてチーム5D'sを応援したりと、まあ、そんな感じに。

 

 

 夜道を遊星号が行く。

 私のマンションへ向けて、遊星と私を乗せて。

 最近はこういう風に送り迎えしてもらえるようになった。

 はっきりと要望した訳じゃないけど、私がそれを望んでいたから、汲み取ってくれたんだろう。

 二人乗り用ではない車体の、彼のすぐ後ろに跨って、腰に腕を回してぴったりくっつく形。

 役得。

 残念ながら私もヘルメットをつけているので、ほっぺただとかをべったりくっつける事はできないけど、それでも体温が移るくらいは引っ付いていられる訳で。

 こういう時、私、成長してなくて良かったなあとか思っちゃったりしちゃうのだ。

 

 コーン、と召喚音がした。

 頭上から降り注ぐ光に、遊星がスターダストを出したのだと気づいて、私もデュエルディスクを起動させる。

 エクストラから排出されたスターダストをビームソードに乗っけて、召喚。

 道路の上空に二体の星屑竜が並び、入り乱れるようにして飛んだ。

 

「曜子、今の生活は楽しいか」

「…………」

 

 擬似的なデュエルの状況になり、こうすると私の頭は今がデュエル中と判断するのか、普通に喋れるようになるのだけど、今の遊星の問いにはまるで普段の無口状態と同じように黙りこくってしまった。

 なんだろう、その、息子との距離感がいまいち掴めないお父さんのなんとか振り絞った話題、「どうだ……学校は楽しいか?」みたいなのは。

 

 答えに窮していれば、僅かに振り返ろうとする気配。

 ええと、そうストレートに聞かれると答え辛いのだけど……。

 だから、口で言うのではなく、行動で示す事にした。

 ぎゅっと腕に力を籠めて抱き付く。

 そうすればきっと、私の気持ちが伝わるだろうって、そう信じてる。

 

「……そうか」

 

 フォン、と駆動音が耳元を(よぎ)っていった。

 緩やかな曲道を、車体を傾けてD・ホイールが進む。

 靡く髪の先が風に弄ばれて、その重みに、秘かに息を吐いた。

 

 ぐにゃぐにゃで、ふわふわで、幸せな毎日。

 ……これは夢だから、いつかさめてしまうのかもしれないけれど。

 できれば、この生活がずーっと続いて行ってほしいな、と思った。

 

 

 広い自室の隅っこに置かれた小さな机に、古めかしいCDラジカセが置かれている。

 大きな再生ボタンを指で押し込めば、穏やかな戦慄がなめらかに流れ始めた。

 パッヘルベルのカノン。

 

 反対側の壁際に並んだ人形達の下へ歩み寄り、その中の一体、吹雪人形に手を差し伸べる。

 樹脂に包まれた無機質な瞳が私を見下ろした。

 差し出した手の上に、そっと冷たい手が置かれ、それを握って引けば、彼女はおずおずと一歩を踏み出した。

 キィ、と軋む音は、足下の、カーペットのその下から。

 彼女の動きにぎこちなさはなく、部屋の中央に誘い、手を取り合ってリズムを取れば、段々と笑みが浮かんだ。

 

 弾むフルートの音色に合わせ、くるくると踊る。

 

 どこか遠くに暗雲が立ち込めていた。それを、淡い光に包まれたドラゴンが切り裂き、雲を晴らした。

 

 地上絵の眠る大地に、赤き竜の嘶きが響く。紅蓮の悪魔が一枚のカードに吸収され、新しい力となった。

 

 WRGP(ワールド・ライディングデュエル・グランプリ)が開催され、それぞれのチームが戦い合った。

 遊星達は勝ち抜いた。チーム・ニューワールドを打ち倒し、そしてアーク・クレイドルを呼び寄せてしまった。

 

 Z-ONEとのデュエルを制し、遊星がネオドミノを救ったのは、昨日か、一昨日か、それとも明日か明後日か……。

 どうでもよかった。

 時間なんて、どうでも。

 終わってしまうなら、巻き戻して、もう一度最初からやり直せば良いだけの話。

 今度はもっと仲良くなれるかもしれない。もっともっと、お話しできるかもしれない。

 

 目の前にある顔をそっと見上げる。

 黒髪の、お下げの、素朴でかわいい女の子。

 

 私に妹がいたなら、あなたみたいな真面目で健気な子だったかな。

 欲しかったな、妹。

 ……私と同じ境遇の、私の家族。

 私の悲しみを共有してくれるひと。

 欲しいなあ。

 ……昔は、あったのに。

 昔は、そういうの、できてたのに。

 遊星達じゃ、やっぱり駄目。

 だって彼らは私の家族じゃない。

 どんなに親しくしたって、お友達止まりだ。

 

 ……帰って来ないかな、お母さん。

 お母さんさえいれば、こんなに苦しかったり、寂しかったりしなかっただろうな。

 

 ……いや。

 

 私はひとりぼっちじゃない。

 私には……私には、譲ってもらったマドルチェ達がいる。

 私には、私が作った吹雪達がいる。

 私には、気にかけてくれる友達がいる。

 私は孤独なんかじゃない。だから、寂しくなんかない。

 

 たとえお母さんが帰って来なくても……わたしは……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。