お菓子の国にご招待!   作:月日星夜(木端妖精)

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榊遊矢の出番削除によりペンデュラムの出番も道連れとなったのだ。
コズミック・ブレイザー・ドラゴンの出番もまた犠牲となったのだ。



間違いがあったので無理矢理修正。


RIDE-9 終焉+永遠=思い出

 ひたすら道を歩き続けて、そろそろ足が痛くなってきた頃に、私は闇の中にいた。

 

 ……。

 ……歩いていたら、暗闇に取り込まれた。

 ちなみに現在時刻は午前十時十一分である。

 急に夜が来たとか、雲が太陽を隠してしまったとか、そういう雰囲気ではない。

 尋常ならざる空間に引きずり込まれて、私は戸惑いに戸惑っていた。新たなゼアルを目撃したバリアンくらいに。

 ……相変わらず、表情にはでないけど。

 無表情でおろおろしてる女の子って傍から見たらきっと凄い気持ちわる……いや、不気味なんだろうな。

 

「……」

 

 思考を内側に向ける事で自分を落ち着かせる事に成功した。

 ので、今度はゆっくりと周囲を見渡す。

 いったいここはどこなのだろう。何が起きたというのだろうか。

 ……なんだかむかむかしてきた。モンスターのムカムカではない。

 遊星の(もと)に向かうつもりだった私は、それを邪魔されて、今、すっごく苛立ってる。

 だって、私の幸せを奪われたのだ。そりゃー怒る。怒りの業火放っちゃうぞ。放火魔になっちゃうぞ。

 

「…………」

 

 ぷんすこ怒りながら振り返った先には、人がいた。……子供。

 女の子。

 ドレスみたいな黒いお洋服に身を包み、濡羽(ぬれば)色の髪を腰より長いくらいまで伸ばした、お人形のような……。

 病的に白い肌の中に、翡翠色の瞳が二つ、幻想的に浮かんでいる。

 

 右手を上げてみた。

 その女の子は、ぴくりとも動かない。

 左の方へ三歩くらい歩いてみた。

 その子は目で私を追うだけで、同じ歩数動いたりはしない。

 声をかけようとして、その『私そっくり』の女の子の前でぱくぱくと口を動かすだけになってしまった。

 そして彼女は口を開く気配を見せなかった。

 それで気付いた。

 ……ドッペルゲンガーだー!

 

 背を仰け反らせて『驚いた!』のリアクション。

 みんなと過ごす中で、喋れなくても動けはする事を利用したコミニュケーション術はしっかり私の中に根付いているみたい。今まったく必要無い動きだったけどね。

 

 さて、驚きはしたものの、そこにいるのは私そっくりな何かってだけなので、特に恐怖心などはない。

 最近はこの夢、現実味が強まってきて、一年近くの日数はここが夢だというのを忘れかけさせてしまう程だったけれど、こうやって意味のわからない変な事が起こると、ああ、私夢見てるんだなあって実感する。

 

 立ち止まっていても仕方がないので、正体不明の私っぽいのに近付いてみる事にした。

 目線も、背の高さも、体格も、その能面っぷりも、何もかも私と一緒。

 でも鏡じゃないのはわかる。

 そろっと手を伸ばしても、彼女は手を伸ばし返してはくれない。

 

「……」

 

 あれ?

 少し遅れてだけど、彼女も私と同じ方の手を持ち上げ始めた。

 そのまま伸ばせば手の平を合わせる形になるなー、なんて思いつつ伸ばした手は、乾いた音をたてて叩き落とされた。

 いきなりの事につんのめってしまって、慌てて足を前に出して転倒を防ぐ。

 ひりつく痛みを発する手を押さえ、目を白黒させつつ顔を上げれば、見下すような視線とかち合った。

 

「…………」

「…………」

 

 怖い。

 私なのに、私じゃないみたい。

 いや、まだドッペルゲンガーと決まった訳じゃない。そっくりさんなだけなのかもしれない。

 叩かれた手を庇いつつ一歩後退る。

 と、彼女は左腕を私へと突き付けた。ちょうど一の字になるような形。そしてその腕には、デュエルディスクが取り付けられている。

 ……ああ、そういう事……。

 

 デュエル脳になりつつある私は、即座に状況を理解した。

 デュエルに勝てばこの暗黒空間から出られるとか、そんなのなんだろう。

 ならやるだけだ。目の前の子の正体はデュエル中に判明するだろう。それがセオリーってやつ。

 

 右腰に取り付けられたホルダーからデュエルディスクを取り出し、左腕に取りつける。起動すれば、ビームソードがシュピンと伸びた。

 

 彼女は距離をとるためか、トンと地面を蹴って後ろへ飛んだ。それを二度繰り返し、自然体に立つ。

 ディスプレイ上でカードが回転する。

 

『フィールド魔法、クロス・オーバー』

「戦いの殿堂に集いしデュエリスト達が!」

「……」

 

 びっくりした。

 かなり強めの語調で例の台詞を言い出した女の子に、遅れて私も合わせる。

 

「……モンスターと共に地を蹴り、宙を舞い」

「フィールド内を駆け巡る!」

「見よ、これぞデュエルの最強進化系」

 

 声色は同じなのに、トーンの違いが凄い違和感を生み出している。

 私、あんなに大きな声で喋ったりはしない。

 でも、ARC-Vの口上を述べるって事は、やっぱりあれは私な訳で。

 ……私って、あんな風に喋れたりもするんだなあ、なんて暢気な事を考えた。

 

「アクション――」

 

 ――デュエル。

 ――デュエル!!

 

 天上にあった光球が弾け、カードがばらまかれる。

 ピーッと電子音が鳴り、私の先攻が示された。

 とりあえず五枚引き、手札を確認しつつ彼女の様子を窺う。

 どうにも、なんだか、怒ってるっぽい……?

 

「私のターン。マドルチェ・マジョレーヌを召喚」

 

 暗闇の中に光が迸り、フォークに腰かけた魔女っ娘が飛び出す。

 私の回りをくるりと一周した彼女は、ゆっくりと私の肩の高さまで下りてきて滞空した。

 

「マジョレーヌが召喚に成功した時、デッキから「マドルチェ」モンスター一体を手札に加える事ができる。私はエンジェリーを選択し、手札に加える」

 

 それっ、と可愛らしいかけ声付きで私のデッキを指差す魔女っ娘。

 せり出したカードを指で挟んで抜き取れば、ジャガガッとオートシャッフルされる。……指挟んだら細切れになりそうだなっていつも思う。

 

「この瞬間、手札の幽鬼うさぎを墓地に送る事でマジョレーヌを破壊する!」

 

 語気強めで宣言した彼女の前に、二本角の着物少女がぼうっと浮かび上がり、焔の灯る御札を振る事で呪い的な何かを飛ばした。マジョレーヌは身悶えしたのちに砕けて光の欠片となった。

 幽鬼うさぎ……いや、まだデッキまで同じとは限らない。汎用性の高いカードだから、どんなデッキにも入る可能性はある。

 

「相手によって破壊されたマジョレーヌは墓地からデッキに戻る。……カードを二枚伏せてターンエンド」

 

 デッキがシャッフルされるのを見届け、相手へと視線を移す。

 モンスターがいないまま相手にターンを渡したくはないのだが、二重召喚が手札に無かったのでどうにもならない。出を潰されるときついのはほとんどのデッキに共通する弱点だ。HERO(ヒーロー)?  ………………どうとでもなるんじゃない?

 

「……楽しんでいるようね、あなた」

「……?」

 

 カードをドローした彼女が、不意に話しかけてくるのにぱちくりと目を瞬かせる。

 ……楽しんでる? ……デュエルを?

 

「ここは悪夢じゃなくなった。でも、相変わらず……何も解決できてない。だから私、また生まれてしまったわ」

「……」

 

 なんの話かわからず、黙るしかない。

 いったい何を指して解決できてないと言っているのだろうか。

 ネオドミノを襲った未曾有の危機はついこないだ解決されたばかりだ。

 世界は平和のまま。だから、言ってしまえばすべて解決したも同然。

 

「胸の穴は埋められた? 現実に耐えられるだけの精神を得られた? 夢から覚める覚悟はできた?」

「…………言ってる意味がわからない」

「そんな訳ないでしょ」

 

 目を細めて、睨むような表情を浮かべた彼女からそっと目を逸らす。

 ……なんでそんな事聞かれなくちゃならないんだろう。

 この夢はずっと覚めないし……起きる覚悟も現実に耐える精神もいらない。胸の穴は……それが、ずっと感じていた寂しさの事を指すのだとしたら、そんなのとっくに埋まっている。

 

「まだ、お母さんを待っているのに?」

「…………」

 

 お母さん。

 ……確かに私は、お母さんを待っている。

 ……違う。

 それは、現実の話じゃない。

 だって、お母さんは死んだ。それはもう、散々泣いて、慰められて、受け入れた事。

 ……会えるなら、会いたい。

 けど、会いたいというのはいつまでも現実と向き合えない女々しい感情からくるものじゃなくて、ただ、区切りをつけたいってだけで。

 別れがあんな風だったから、『お母さんを待つ』という事柄は私の中にこびりついていて、どうやっても剥がせなかった。

 ……夢の中でなら会えるでしょ?

 だから私、待ってるんだ。この夢の中に、ひょっこりお母さんが現れるのを。

 

「誤魔化しなんて意味ないよ。あなたは私なんだから」

「誤魔化してなんか……」

「だったらどうして、あなたはあのデパートに行かないの?」

 

 …………。

 ……デパートは、もうないよ。

 燃えちゃったんだよ。もう、違う建物になってるんだよ。

 そんな場所に行ける訳がない。

 

 幼い子供に言い聞かせるように、だけど、ただ胸の中で話す私に、彼女は微かに首を振った。

 

「夢なのよ」

「…………」

「夢の中でなら、なんだってできる。ここでお母さんに会えるって言うなら、なくなったはずのデパートで待つ事だってできる」

「……知らないよ。シティにはあのデパートはなかった」

「創ればいいじゃない」

 

 この子、何を言ってるんだろう。

 たしかに夢ならそういう事もできるかもしれないけど、この夢は凄くリアルなんだ。

 時間は進むし、怪我すれば痛いし、お腹は()くし、眠くもなる。

 壊した物は元に戻らないし、失くしたものはなかなか見つからない。

 だから、そんな突拍子もない事言われても困る。

 

「それができないのは、あなたが現実と向き合ってないから。あなたが……愛や、絆を忘れてしまっているから。あなたが、自分から動く意思を持たないから」

 

 自分から、動く……。

 言われて気付く。

 たしかに私、自分から動く事って滅多にない。

 自主性がなくて、人形みたいって言われた事も何度かあった。

 指示がなくちゃ動けない……なんて状態は、脱したはずだ。

 病院で過ごした十三年の間に出会った人々との会話と社会に出た後の何もかもがリハビリとなって、私は人間らしさを得た。

 ……愛や、絆……それは、友情や、好きって気持ちと何が違うの?

 違わないなら、私は忘れてなんかいない。

 

「マドルチェ・エンジェリーを召喚」

 

 胸の内で反論を並べる私に、彼女はモンスターを召喚する事で応えた。

 ふんわりとした茶髪の天使が仄かに笑みを浮かべて暗闇に下りる。直後、その体が光の粒子となって彼女のデッキに流れ込んで行った。

 ……やっぱり、「マドルチェ」デッキなのか。

 

「エンジェリーをリリースする事で、デッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚する。私はデッキからマドルチェ・パティシューエルを特殊召喚する」

「パティ……シューエル?」

 

 聞き覚えのないカード名に、現れるモンスターを注視する。

 召喚光を抜けて出てきたのは、名前そのもの、パティシエールの女の子だった。ボウルに突き立てた泡だて器をぐりぐりと捻り、いたずらな笑みを浮かべている。

 

「パティシューエルの効果発動。攻撃力と守備力を0にする事でデッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚する」

 

 特殊召喚効果を持ったマドルチェ……そんなの、いたっけ?

 ……新しく出た? ……わからない。

 わからないけど、その効果が強力だというのだけはわかる。

 

「デッキよりDT(ダークチューナー)マドルチェ・コピーフロートを特殊召喚」

 

 また知らないカードだ。

 召喚されたのは、人型でも獣でもなく、円柱の容器になみなみと注がれたブラックコーヒーと、そこに浮かぶバニラアイスのモンスターだった。

 ダークチューナー? ……ひょっとして、私の知らないカードって、彼女の創り出したもの?

 彼女は……ダークシグナーなのだろうか。でも、地上絵は全部封じられていて……それに、彼女には痣がない。

 

「コピーフロートの効果発動。一ターンに一度、デッキの「マドルチェ」魔法(マジック)・罠《トラップ》を一枚選択して発動できる」

「デッキから……」

「マドルチェ・シャトーを選択。発動時の効果処理として、墓地に存在する「マドルチェ」モンスターを全てデッキに戻す」

 

 周囲が明るくなっていく。

 黒一色から、白色やクリーム色に溢れて、甘い香りもふわりと漂ってきた。

 フィールド魔法が張られたために、周囲はお菓子の国に早変わりしたのだ。

 

「パティシューエルの効果発動。このターンに墓地・場からデッキ・手札に戻った「マドルチェ」カードの数だけレベルを上げるか下げるかできる。私はレベルを上げる効果を選択し、デッキに戻ったエンジェリー一枚分、パティシューエルのレベルを上げる」

「レベル5……」

 

 彼女のデッキは純正ではないみたいだけど、マドルチェであるのはたしかだ。なら、もう一体レベル5がいればショコ・ア・ラ・モードに繋げられる。

 エクシーズ・レセプションなんかが手札にあれば、たぶん出してくるだろうけど、だけどひょっとすると……いや、確実に私の知らないカードを出してくるのだろう。

 

「レベル5となったパティシューエルに、レベル10のダークチューナー、マドルチェ・コピーフロートをダークチューニング」

 

 10の光球に別れたコピーフロートが、パティシューエルに殺到し、黒く染め上げる。

 雷が迸り、悲痛な声が闇を裂き、暗闇の中からぬぅっと人影が抜き出てきた。

 ああ、やっぱり。

 ダークチューナーがいるなら、その可能性もあるかもって思ったけど……痣もないのに、どうして。

 

「夢と現の狭間に現れよ。――ダークシンクロ。マドルチェ・エビル・バッド・プディンセス」

 

 四肢を広げ、小悪魔の装いになったプディンセスを目にして、私は私のデッキからプディンセスのカードがなくなっていた理由を知った。

 ……そうか、彼女が持っていっちゃってたのか。

 

「私の、お姫様……」

「今は私のよ」

 

 ぽつりと呟けば、彼女は優雅な仕草で髪を掻き上げて微笑んでみせた。

 どこでそんな動きを覚えてきたのだろう。私がやった事のない動き。

 大人びていて、演技でだってそういった仕草はやらないのに。

 

「そして墓地のコピーフロートをデッキに戻す事で、効果発動。「マドルチェ」魔法・罠カードを一枚選択して発動する」

「同じ効果を、もう一度……」

「マドルチェ・マナーを選択。墓地のパティシューエルをデッキに戻し、バッド・プディンセスの攻撃力と守備力を800ポイントアップさせる」

 

 ディスプレイに目を落とし、彼女のプディンセスの攻撃力を確認する。

 攻撃力、3600……。こっちが出せる打点を軽々と越えてくる。効果破壊かバウンスか、どちらかを狙っていくしかないだろう。といっても、私のデッキにプディンセスはいないから、破壊を狙うしかない。

 

「……あなたは、愛や絆を忘れたんじゃない」

「……忘れるとか忘れないとか、意味がわからない」

 

 そういうのって、忘れるものなの?

 何もしてなくてもいつの間にか覚えていて、それからずっと体の中にあるものではないの?

 ……それとも、そう思っている私の中には、愛や絆は無いというの?

 

「拒絶しているのよ。……ずっと、誰にも心を開かず、誰にだって壁を隔てて接してきた」

「…………気のせいだよ」

「遊星達にすら、そう。向こうが歩み寄ってくれても、あなたは自分を崩そうとも、変わろうともしなかった」

 

 眉を寄せ、私を睨んでそう言う彼女の言葉を、私はうまく理解できなかった。

 だって、あんまり考えた事もなかったし……たぶん人との距離感とかの事を言っているのだろうけど、私は普通にしているつもりだった。むしろ、積極的に話しかけたり、近付いたりもしていたはず。

 彼女は何か思い違いをしているんじゃないだろうか。私は……愛も、絆も、ちゃんと知ってる。

 

「現実では、もっと淡白よね。笑ったりはするのに、誰かのために泣く事も、心を痛める事もない」

 

 それはあなたの心があの日から変わっていないからだ、と彼女は言った。

 ……あの日。……お母さんが死んじゃった日?

 

「ううん。私は、変わった。たくさんの人に会って、いっぱいお話して、この体でいろんな事を体験して……」

「でもずっと、お母さんとまた会う事だけを考えて生きてきていた」

「違うよ。ちゃんと、前を向いて生きてたよ。明日の事を考えて過ごしてたよ」

「どうかしら。それは逃避じゃなかった?」

 

 小首を傾げて問いかけてくる彼女には、どうも違和感を抱かずにはいられなかった。

 私自身だという彼女の言葉は、私の胸をちくりちくりと刺したり、騒めかせたりするから、でたらめじゃないとわかる。

 彼女の言う通り、私は普通に接しているつもりでも、常にみんなと一線を引いて、深く踏み込もうとしなかったのかもしれないし、変わろうだなんて思ってもなかったのかもしれない。

 ……そして、逃避というのも、そう。

 

 この夢は、とっても素敵だ。

 煩わしい事も、辛い事も悲しい事もなくって――最初は、あった気がしたけれど――、永遠にいたいと思った事は一度や二度じゃない。

 事実、この夢はずっと続いている。私が望んでいるから? 夢の主である私が、目覚めたくないと思っているから?

 ……悪い事じゃ、ないよね。誰にも迷惑かけてないもの。この夢の中にいる方が、幸せだもの。

 

「いいえ、あなたは今すぐに目覚めるべきよ……! せっかく遊星が親身になってくれているのに、変わろうとしないあなたなんて!」

「……あなたも、遊星に会いたいの?」

「…………」

 

 肩を震わせ、細い腕に力を籠めて憤った彼女に静かに問えば、ふと表情が消えた。

 彼女が私と同じなら、彼女も遊星達が好きだろうと思っての言葉だったのに、もしかしたら気に障ってしまったのかもしれない。

 そうしてしばらくの間口を噤んでいた彼女は、唇の先を震わせるように囁いた。

 

「あなたが、愛や絆を、忘れてしまっているのがいけないのよ」

「……それは」

「いつまでも夢に縋りついていては、いけないのよ。起きるべきなの」

「あなたが、そういう事にしておきたいって思ってるんじゃなくて?」

「っ!」

 

 目を見開いた彼女は、髪を振り乱して首を振った。

 違う、と、高い声。私へと突き付けられた指は、動揺からか揺れていた。

 

「私は、あなたの心の闇……あなたの悪い部分。だから、あなたが感じる『悪い事』や『悪い感情』は全部私の中にあるの。その私が言うんだから、あなたはそうなのよ!」

 

 横暴だな、と思った。

 なんとなく彼女がそういう存在なのは、話しているうちに理解できてしまっていたけれど、それでも私には彼女が本当の事を言っているとは思えなかった。

 それは他ならぬ私自身が感じている事だったし。

 

 一年もの間、遊星達と一緒にいた。

 凄く身近にいて、何度も言葉を交わして、優しくしてもらって。

 それで愛や絆を感じないだとか、忘れていただとかしていたなら、それって私が壊れでもしてない限りおかしい話だ。

 私は壊れてなどいない。

 そりゃあ、世間一般で言うところの『普通』だとか、『真人間』だとかからはずれてしまっているかもしれないけれど。

 見た目も、生い立ちも、ものの考え方も。

 でもそれは、個性と言い表せる範囲に収まっているはず。

 少なくとも奇異の目で見られたり、鼻をつままれたりしたことはない。

 つまり私は正常なのだ。

 だからきっと、この話は……彼女の言葉は、彼女がそう思い込みたいがためのものなんだろう。

 理由は……なんだろうか。どうして私を『そういう事』にしておきたいのだろう。

 

「目覚めるのが嫌というなら、無理にでも起こしてあげるわ! 魔法(マジック)カード、ハーピィの羽箒、発動!」

「っ」

 

 ごおう、と暴風が私を遅い、一瞬お腹の中身が浮く感覚がした。激しく乱れる髪が顔にかかるのを気にせず顔を庇い、重ねた腕の向こうで二枚の罠カードが砕け散るのを感じた。

 くず鉄のかかしと、聖なるバリア -ミラーフォース-。これで防御するつもりだったから、割られたのは痛い。

 手札にバトルフェーダーはないから、このままダイレクトアタックされたら大ダメージだ。

 ……そうだ、アクションカードを取れば、防げるかも!

 

「私は、アクションマジックハイダイブを発動! モンスター一体の攻撃力を、ターン終了時まで1000ポイントアップさせる!」

 

 ぽてぽてと走り出した私の前で、彼女は地を蹴って近くの青い足場に飛び乗り、再度のジャンプでさらに高い位置へと(のぼ)ると、アクションマジックを拾ってすかさず発動させた。

 ……何、あの俊敏な動き。あんなの、私にはできないんだけど。

 

「これでバッド・プディンセスの攻撃力は4600。消えちゃえ。夢の続きは私が代わりに見てあげる!」

 

 光を受けてきひひと笑う小悪魔姫が、すっと私に人差し指を向けた。

 攻撃の前兆だ。お姫様から目を逸らし、暗い空を見上げてアクションカードを探すも、見つける事ができない。……見つけたところで、地上から二メートルも三メートルも離れた足場に飛び乗る事なんて絶対できない。

 ……このデュエルに負けたらどうなるか、が一瞬頭をよぎった。

 わざわざこんなヘンテコ空間に引きずり込んで、しかもどうやら、彼女の思惑は私の代わりに私として生きる事っぽいから……ひょっとして、死んじゃう?

 

悪姫激光(プディンセス・ビーム)

 

 冷たいものが胸の内を流れる。足を止めて硬直する私に、光が迫った。

 自らを庇う事も、避ける事もできなかった。ただ、迫る車の前で身を竦ませる猫のように、全身を硬くして立ち尽くす事しかできなかった。

 

『手札からトラップ発動、女教皇の錫杖(しゃくじょう)

 

 機械音声に似た老いた声が、後ろの方から聞こえてきた。

 目の前で光が弾ける。だけど私には衝撃や痛みはなく、何が起きたのかよくわからなくて中空を眺めた。

 

『モンスターの攻撃を無効にし、無効とされたプレイヤーに500ポイントのダメージを与える』

「っ!」

 

 十数メートル先に立つ彼女が私とは別の方を睨みつけ――私から見て右の方――、直後に光に襲われ、小さくうめいた。

 振り返れば、大きな機械が浮いているのが見えた。遊星号を逆さまにした、アンモナイトみたいなフォルムの機械。……しわくちゃな顔の遊星が、そこに乗っていた。

 

Z-ONE(ゾーン)……」

『乱入ペナルティ 2000ポイント』

 

 思わず、名前を呟く。

 浮遊する機械に乗り、本体と繋がらず自由に動く機械の手でカードを操るのは、5D'sのラスボス、Z-ONEだった。

 その身を電撃に襲われながらも、Z-ONEは顔色一つ変えずに私に目をやってきていた。

 見下すような、憐れむような――角度的にそう見えるだけだと思うけど、そんな風な眼差し。

 

「なぜ、あなたがここに」

 

 彼女が怪訝そうに問う。

 私もはっとして、今さらZ-ONEの登場に疑問を抱いた。

 すでに倒されたはずの彼がどうして今ここに現れたのか。なぜ、私への攻撃を無効にしてくれたのか。

 

『貴女を目覚めさせるためです』

「……私を?」

 

 彼の目は変わらず私に向けられている。という事は、目覚めさせるとは私に対しての言葉になる。

 ……でもそれなら、なぜ私を庇うのだろう。彼女がこのデュエルに勝てば、どうやら私は目覚めるか死ぬかするみたいなんだけど。

 

「なぜ、私の邪魔をするの」

 

 不思議に思ったのは彼女も同じらしい。

 ゆらりと彼女に目を向けたZ-ONEは、機械音声越しにこう告げた。

 

『彼女を無理矢理に起こせば、現実で生きていく事も、この世界で生きる事もできなくなるでしょう』

「だから代わりに私が生きてあげようとしているの」

『できません。あなたは彼女のほんの一側面に過ぎない。(ゆえ)に、貴女一人で生きていくなど不可能なのです』

「…………」

 

 眼光で人を殺せたら、今頃Z-ONEのライフは0になっているだろうってくらい、あっちの私は忌々しげにZ-ONEを睨んでいる。

 「そんな事ない」とか「やってみなくちゃわからない」とか言わないのは、薄々彼女もわかっているからなのかもしれない。

 彼女は私の悪い部分だと自分で言っていた。善悪併せ持つのが人間なのに、悪い部分だけで生きていけるのだろうかと考えてみれば、首を捻らざるを得ない。

 ……とはいえ、私にはあんまり彼女が悪い子には見えない……のは、私そっくりだからかな。……我が身かわいさ、とはちょっと違うか。

 

 自慢ではないが、私は生まれてこの方悪い事などした事がない。人に話すのも憚られる行為だとか、他人への悪口だとか、そういうの。

 単に無関心であんまり物欲がなかったから、人や世間と接する時間が少なすぎたから、なんにも手を出さなかっただけなのかもだけど、それでも私の中に悪い事をしようって気持ちが浮かんだ事は一度たりともなかった。

 

 なのに私の前に『悪い私』が現れるのは……誰かを好きになったり、近くにいたいって思ったり、逆にまったくそういう風に思わないのが悪い事だから?

 お母さんが好き。また会いたい。そう思うのが悪い事であるからなのかもしれない。

 

「私は、私のしたいようにする。そっちの私には消えてもらう。カードを一枚伏せてターンエンド」

『……元より、言葉で止まるならば貴女は何もしなかったでしょうね。私のターン、ドロー』

 

 すぐ傍で大きなものが動く気配がして、実際機械は大きな手で宙に浮くデッキホルダーから、これまた大きなカードを一枚引き抜いて手札に加えた。

 

『目覚めは穏やかなものでなければならない。それを貴女には知っていただきたい』

「……そんなの知らないって言ったら?」

『大変な事になります』

 

 何が具体的にどうなるのかを、Z-ONEは言わなかった。

 ただ、私が彼女に敗北するのは彼にとって都合が悪いらしい。

 ……私としても、負けたくはない。

 だって負けたら夢から覚めちゃうんでしょ?

 それは、あんまり歓迎すべき事じゃない。

 

『時械巫女を特殊召喚。このカードは私のフィールドにモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できる。そしてこのモンスターは天使族モンスターをアドバンス召喚する場合、二体分のリリースとなる』

 

 銀の杯のような機械が現れ、即座に光に包まれて消えていく。

 

『時械巫女をリリースし……現れよ、時械神メタイオン』

 

 振りかぶり、カードを投げる。投げられたカードは一定距離を進んで立ち上がると、その姿を変えた。

 暗闇の世界に影が落ちる。

 天秤のような形状の人型、その胸部にある紫の鏡面に男性の顔が現れ、ぎょろりとフィールドを見渡した。

 

『バトル。時械神メタイオンでマドルチェ・エビル・バッド・プディンセスに攻撃!』

 

 時械神メタイオンの攻撃力は0。4600のプディンセスに攻撃すれば、返り討ちにされてやられてしまうだろう。

 でも、時械神には共通の効果がある。

 両手を重ねるようにして浮かせ、力を溜めて相手へと放つ動作。目に見えない何かがお姫様を襲い、だけど腕の一振りで弾かれる。

 

『時械神メタイオンは破壊されず、自分への戦闘ダメージは0となる。そしてメタイオンが戦闘を行ったバトルフェイズ終了時、フィールド上のこのカード以外のモンスターを全て持ち主の手札に戻し、戻った数×300ポイントのダメージを相手に与える』

 

 お返しの光線を放とうとしたプディンセスが風に巻かれ、驚き顔のまま光球となって彼女の下へ飛ばされる。強引なバウンスだからか、彼女はかなりの衝撃を受けているようで、押さえつけるような暴風に膝を屈しそうになっていた。

 

「バッド・プディンセスは手札ではなくエクストラデッキに戻る……! そして、お姫様がフィールドを離れた時、彼女は再びフィールドに舞い戻る!」

 

 バババッと身振り手振りを加えながら、せり出したエクストラデッキからカードを引き抜いた彼女が叩き付けるようにビームへと新たにカードを置く。

 召喚光を身に纏い、手に杖を携えて、装いも新たにお姫様が飛び出す。

 

「マドルチェ・ダークロード・プディンセスを特殊召喚する!」

 

 カァーン、と高い音が鳴り響いた。

 Z-ONEは鉄仮面の奥、半分だけ露出した顔を少しだけ動かし、それからエンド宣言をした。

 ならば次は私だ。

 

「私のターン」

 

 デッキからカードを一枚引く。

 …………。

 こんな時に神のカードを引いてしまった。

 手慰みに入れたオシリスの天空竜が勇ましげに翼を広げる姿を眺め、ふぅ、と息を吐く。

 なんだか、気が抜けている。命がかかってる……のかどうかは確かではないけど、実感がわかないからかもしれない。それよりも、私、夢から覚めたくないなって思ってて。

 だから、Z-ONEが出てきてくれたのは助かったけれど、同時に私を目覚めさせようとしている彼の存在は、少し煩わしかった。

 

「マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚。効果で手札の――」

「エフェクト・ヴェーラーを墓地に送る事でミィルフィーヤの効果を無効にする!」

「…………」

 

 止められた。それは、ちょっと、困る。低攻撃力のモンスターをそのまま置いておくのは危険だ。

 手札を見る。今の手札でできる事など何もない。ブラフでカードをセットする事ぐらいだろうか。

 ……いや、展開の足がかりにする為に手札に残しておく方が……でも、場ががら空きになると困るし……。

 ……。

 

「……ターンエンド」

「私のターン!」

 

 結局私は、手札の温存を選んだ。それがどう転ぶかはこれからわかる。

 シュバッとカードを引き抜いた彼女は、その勢いを保ったまま引いたカードを手札の一枚と入れ替え、フィールドに出した。

 

「マドルチェ・ホーットケーキを召喚、効果発動! 墓地のエンジェリーを除外し、デッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚する! 私はエンジェリーを選択!」

 

 彼女は墓地から取り出したエンジェリーのカードを、襟元から服の中に仕舞い込んだ。

 翼を広げてホーッと鳴いたフクロウの横に、茶髪の天使が下り立つ。いつも通り手を組み、祈りのポーズで光となって新たな仲間を呼び出す。

 

「エンジェリーをリリースする事で、デッキから「マドルチェ」モンスターを特殊召喚する! マドルチェ・メッセンジェラートを特殊召喚!」

 

 郵便屋さんが飛び出してくる。と同時、躍動する鞄から一枚のカードが零れ落ちて、それは風に揺られて彼女の手に辿り着いた。

 

「場に「マドルチェ」獣族モンスターがいる時にメッセンジェラートを特殊召喚した時、デッキから「マドルチェ」魔法・罠一枚を手札に加える事ができる。私はマドルチェ・ディザスターバイキングを手札に加える」

 

 カードの絵柄を私達に見せた彼女は、加えたばかりのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「私は、手札から(トラップ)カード、マドルチェ・ディザスターバイキングを発動する」

 

 自分のターンの場合手札から発動できて、このターン受けるダメージはライフを回復させ、回復する効果が発動するたびに相手フィールドのカードを破壊する、という説明に、私は閉口した。

 ……壊れてる。カードの性能が。

 

「そして手札がこの一枚のみの場合、魔法(マジック)カード、地獄宝札(ヘルギフト)は発動できる。デッキからカードを三枚ドローする」

「三枚……」

 

 条件があるとはいえ、三枚とかおかしいって。

 などと心の中で文句を言ったところでプレイ進行が止まる事はない。

 彼女はディスプレイに触れてセットカードを発動させた。

 

「トラップ発動、マドルチェ・ハッピーフェスタ。手札のメェプル、マーマメイドを特殊召喚する」

 

 二つの光が彼女のフィールドに落ち、計五体のモンスターが並ぶ。

 

「私はレベル3のメェプルとホーットケーキでオーバーレイ。二体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

 光が逆巻き、宙に渦を巻いて二つの光を招き入れた。

 爆発。目を焼く白い光がこの空間いっぱいに広がり、それが収まった時には新たなモンスターが誕生していた。

 

「ランク3、虚空海竜リヴァイエール!」

 

 細い体をうねらせる海竜の周囲を回る二つの光。うち一つが弾け、はらはらと落ちて空気中に溶けていった。

 

「リヴァイエールの効果発動。オーバーレイユニットを一つ取り除き、除外されているレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する。私はエンジェリーを選択し、守備表示で召喚!」

 

 服の中に手を突っ込んだ彼女が取り出したカードをディスクに置く事で、再び彼女のフィールドに天使が舞い降りた。だが、もう効果は使えない。

 

「続いてレベル4のエンジェリーとメッセンジェラートでオーバーレイ!」

 

 今度は地上に渦が現れ、二つの光が飛び込み、光柱が立つ。

 

「エクシーズ召喚。暗黒の内から出でよ、ランク4、No.80 狂装覇王ラプソディ・イン・バーサーク!」

 

 いつか私自身も出した、エクシーズモンスターに装備できるナンバーズが彼女のフィールドに現れた。

 有用な効果は一ターンに二度まで使える「相手の墓地のカード一枚を除外する」効果だろうけど、あいにく私の墓地にも彼の墓地にも除外されて困るカードはない。彼女もそれはわかっているのだろう。その効果は使わずに事を進めるみたいだ。

 

「バーサークはメインフェイズ時に自分フィールド上のエクシーズモンスターに、攻撃力1200アップの装備カードとして装備できる。私はダークロード・プディンセスを選択し、装備させる!」

 

 重厚な鎧だけを残して消えたモンスターに代わり、杖を持つお姫様へと鎧が被さっていった。

 小柄な体躯に合わせて装備がリサイズされ、立派なお姫様が誕生する。得意気な笑みは、たとえ敵でも眩しく感じた。

 これでプディンセスの攻撃力は4400。

 

「私は魔法(マジック)カード、夢幻の宝札を発動。自分フィールドのエクシーズモンスター一体――リヴァイエールを除外し、デッキから三枚ドローする。その後、除外したモンスターのランク×500のダメージを受ける」

 

 …………なんなの、そのカードは。それも創ったの? ……卑怯なんじゃないかな。

 インチキとしか言いようのないドローソースに、元々死んでる私の表情筋がいっそう死んだ気がした。

 

「1500ポイントライフを回復し、あなたのフィールドのミィルフィーヤを破壊する」

「くっ……」

 

 申し訳程度にちょこんといた小猫が大量に雪崩れ込んできた洋菓子の波に圧殺されてしまった。

 カードをデッキに戻している間に、彼女は次のカードを発動している。

 

「速攻魔法、RUM(ランクアップマジック)-シグナーズ・パラレル・フォースを発動! 除外されているリヴァイエールを帰還させ、ランクが一つ上のエクシーズモンスターをエクストラデッキからそのカードの上に重ね、エクシーズ召喚する。その後、このカードをそのエクシーズモンスターの下に重ねる。私はリヴァイエール一体でオーバーレイ!」

 

 ランクアップ・エクシーズ・チェンジ。

 彼女の声が爆発する光の中に薄く響き、そして海竜は大剣を持つ鎧騎士へと姿を変えた。

 

「出でよ、ランク4! H(ヒロイック)-C(チャンピオン) エクスカリバー!」

 

 雷鳴の轟く音をバックに、重々しい動作で地に下り立つ新たなモンスター。

 HERO御用達の4000打点。こいつにはゲームエンドされた記憶しかない。

 

「エクスカリバーの効果発動! オーバーレイユニットを二つ使い、次のあなた達のターン終了時まで、攻撃力を二倍にする!」

 

 周囲の闇が蠢いた。

 空間が霧となり、吸い寄せられるようにエクスカリバーの大剣に纏わりついていく。

 それはとても禍々しくて、悍ましかった。

 

 彼女の攻勢はまだ終わらない。

 

「墓地のモンスターを全てデッキに戻し、手札より究極封印神エクゾディオスを特殊召喚!」

『!』

 

 ごう、と透明な炎が燃え上がった。

 足下を通り抜ける風にスカートがはためき、髪が流れる。

 大きなモンスターが彼女の前へ出現した。

 有名な封印されしエクゾディアの亜種モンスター。容易な特殊召喚法とその効果からマドルチェに入れるかどうか検討した事はあったけど、私は使った事がない。

 見上げた神は、真っ黒な体を少し傾けて私達を覗き込んでいる。……攻撃力が0の割には、凄い威圧感だ。

 

「魔法カード、埋葬呪文の宝札を発動。墓地のハーピィの羽箒、ハイダイブ、夢幻の宝札を除外して二枚ドロー! さらにエクシーズの宝札を発動! 自分フィールドのランク4以下のエクシーズモンスター一体を選択し、そのランクの数と同じ枚数をデッキからドローする! エクスカリバーのランクは4! よって四枚ドローする!」

 

 …………。

 

「マドルチェ・ダークロード・プディンセスは、墓地にモンスターが存在しない場合、相手に直接攻撃ができる」

「……!」

 

 う、なにその効果!

 それじゃあ、メタイオンがいても意味がない。

 Z-ONEの手札に戦闘を止める手立てがない限り、ダイレクトアタックされて終わりだ。

 ……見過ごすわけにはいかない。アクションマジックを探すために空を見回して、しかし、いくら目が良くたって身体能力が低ければ取りに行く事はできないと思い直し、Z-ONEを見上げた。

 

「邪魔しないで、Z-ONE! 私は生きたいのよ。幸せになりたいの!」

 

 かけようとした声は、彼女の声に塗り潰されてしまった。

 生きたい。強い口調で言った言葉は、きっと彼女の本心なのだろう。

 ……生きたい、か。

 私は……死にたくないと思った事はあっても、生きたいと思った事ってない気がする。

 だって、死んだらお母さんに会えるかもしれないし。

 死は終わりじゃない。

 まあでも、痛いのは嫌だから、死なないように頑張ってるんだけど。

 

『彼女の中で生き続ければ良い』

「そんな死人みたいなのはいや!」

『貴女が生きたいと願うのならば、それしか道はないのです』

 

 頭を抱えていやいやと左右に振っていた彼女は、やがて動きを止めると、Z-ONEを見上げた。

 

「もう、いい。虚構を消し去ってやる。――バトルよ!」

「Z-ONE、アクションカードを使って」

 

 ようやっと口を挟めた私に、Z-ONEは一瞥するだけで動こうとはしなかった。

 なぜ? 自在に飛べるその機械なら、どこにあるカードも簡単に手にする事ができるはず。

 いや、そもそも探そうともしないのは……アクションカードが何かわからないから?

 

『曜子。貴女がその意思に関係なく現実の世界へと戻された時、どうなると思いますか』

「……? どうも何も、起きちゃったなら生きてくだけ」

 

 どうしてかわからないけど、何もしようとせず、ただ私に問いかけてきた彼の代わりに走り出す。

 その際の答えが納得のいかないものだったのか、踵を返す一瞬、彼の目が細められるのが見えた。

 

「マドルチェ・ダークロード・プディンセスでZ-ONEにダイレクトアタック!」

 

 きひひひー、とわざとらしい鳴き声を発して、お姫様が空へ舞い上がる。

 駄目だ、アクションマジックは間に合わない……!

 

『――――!!』

 

 放たれた光がZ-ONEを貫く。

 防御札はない。私は間に合わなかったし、彼は何もしなかった。

 あっさりとライフが尽き、Z-ONEが脱落する。

 

「っ!」

 

 ボゴン、とどでかい音を発して機械の中ほどが爆発し、炎上し始めた。

 彼を乗せた機械は傾き、徐々に落ちつつある。

 そんな風になっても彼は静かだった。

 静かに私を見下ろしていた。

 

『――貴女はこの夢の中でも、すでに一度罪を犯している。……現実にまで持ち込むべきでない罪を』

「Z-ONE……」

 

 何かが爆ぜる音と燃焼音の合間に、泰然とした彼の声が混じる。

 熱い風が頬を撫でた。機械が真っ暗な地面につき、足下が少しだけ揺れる。

 風に膨らんだスカートがすぐにしぼんだ。

 

『貴女さえ無事に目覚める事ができれば、この世界は貴女抜きで回る……。罪を、自覚するのです』

「罪……? ……私の?」

 

 罪。

 それが何かなんて、私にはわからなかった。

 雪が解けるみたいに淡い光となって消えていった彼は、明確な答えを教えてくれはしなかった。

 ……教えてくれればなんとかできるかもしれないのに、と思ってしまうのは、考え方が子供すぎるだろうか。

 

「自覚なんてする必要はないわ。あなたは今、ここで、終わるからよ」

 

 自分の声が外から聞こえてくる。

 彼女に向き直れば、敵を一人減らしたというのに、あまり嬉しそうな顔をしていなかった。

 そこから読み取れるものはない。……私、人の顔から感情を読み取るのは……苦手だ。

 ただ、『怒ってるような』とか『哀しんでいるような』とか、そんな感じでしか受け取れない。

 彼女は何を思ってそこに立っているのだろう。

 元々同じ人間であるはずなのに、さっぱりわからなかった。

 

「H-C エクスカリバーで、曜子! あなたにダイレクトアタック! この瞬間、手札のジュラゲドを特殊召喚し――」

「…………」

 

 どうやら今度こそ終わりのようだ。

 この攻撃を防ぐ(すべ)はない。

 死にたくないと言ったって、どうしようも無い時はある。

 この夢を失うのは、凄くやだけど……諦めるしかない。

 迫る剣を見上げ、瞑目する。

 そうすると、空気を切り裂く剣の動きや、周囲を蠢く暗闇の音までが鮮明に聞こえた気がした。

 

 ガァン、と激しい音がしてびくっと首を竦める。硬く握った手と強くつぶった目が痛んだ。

 フォォォゥ、と風が抜けるのに似た音が真横を通り抜ける。遅れて、大きな物が傍に来るのを感じた。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果により、攻撃を無効にした!」

 

 風を感じた。

 前髪が額を擦る感覚に目を開けば、一瞬視界が白んで、すぐに元の暗闇に戻った。

 光の欠片が降り注ぐ中で、隣を見る。

 ……遊星がいた。

 赤いD・ホイールに跨り、一枚の白いカードを掲げる彼の装いは、研究者のそれだった。

 ヘルメットもしていなければ、裾の跳ねた服でもなく、ラフな上下に白衣一枚。仕事中に突然この場所に飛び込んできたみたいな雰囲気だった。

 彼の服から香ってきたコーヒーの匂いからして、ひょっとしたら休憩中とかだったのかもしれない。

 

「遊星……」

 

 向こうの私が声を震わせて彼の名を呼んだ。

 

 彼の二の腕辺りに寄った服の皺から、ついっと目線を上げれば、シャープな横顔が目に入る。

 寄せるでもなく寄った眉に、引き締められた唇。仏頂面というのとはたぶん違うけど、いつ見ても明るい人にはとても見えない。

 これで気さくに笑ったりするのだから、人というのはわからないものだ……なんて遊星の顔をジロジロ見ながら勝手な事を考えていれば、不意に彼が私を見下ろした。

 ……その角度。この距離で、僅かに見上げる形で見ると、まるで見下しているような、憐れんでいるような眼差しに感じる。Z-ONEそっくり……いや、Z-ONEが遊星にそっくり、なのか。

 

「なぜ、あなたがここに」

 

 同じような質問をさっきしたばかりな気がする。

 ……いや、私はしてないんだっけ?

 

「導かれた」

 

 短く、それでいてはっきりと、遊星は言った。

 ……誰に、を言わないのはなぜだろうかと思っていれば、瞬きしながら向こうの私へと視線を移した遊星は、そのままこう続けた。

 

「たぶんあれは、人形……」

 

 声音に戸惑いや何かは感じられなかったけど、きっと遊星自身、自分が何に導かれたのかの確証が持てていないのだろう。

 

 扉を開けた先の部屋の中に立っていた人形。それが指さす先を振り返れば、廊下の向こうを指差す人形があって、五つ目の示す先に進んだ時、遊星はD・ホイールに跨っていたらしい。

 一つ一つ、回を追うごとにどうしてか私の事が気になり、ついには私が危険であると悟った彼は、光を越え、この場所へとやってきたのだという。

 話に出てきた人形というのは……聞いた限りでは、私の作ったもの、なのだろうか。

 胸の上に手をあて、そこにあるストラップの感触を確かめる。

 現実を忘れないため、現実を繋ぎ止めるために作った彼女達は、私がこの世界にずっといたいと強く思った時、その意味を失ったはずなのに……まだ、存在している。そして彼女達は、私に現実へ帰れ、と促しているのだろうか。

 なぜだか無性に悲しくなった。

 理由は……わからない。

 ただ、漠然とした痛みが薄く胸の内に広がった。

 

「……カードを三枚伏せてターンエンド!」

 

 ターン終了時、彼女はヘル・ギフトの効果で3000のダメージを受ける代わりにライフを回復した。

 ライフポイント、7700……。

 

「俺のターン!」

 

 空間を切り裂き、異次元より流星竜が戻る。

 その嘶きが私の胸に熱を灯した。

 

 グリップを握る左手、その腕に取りつけられたデッキホルダーに手をかけた遊星は、ターン宣言と共にカードを引き抜いた。瞬間、乱入ペナルティによりライフが半分になる。

 

魔法(マジック)カード、調律を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくカードを1枚手札に加え、その後、デッキの上から1枚を墓地に送る。ジャンク・シンクロンを手札に! そして手札のモンスターを墓地に送る事で、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

 コーン、と澄んだ音をたてて青いボディのガンマンが私達の前へ飛び出した。

 

「手札のボルト・ヘッジホッグを墓地に送る事で、墓地よりジェット・シンクロンを特殊召喚!」

 

 さらに遊星は、手札のドッペル・ウォリアー、墓地のボルト・ヘッジホッグをフィールドに呼び出した。

 一体一体は強くなくても、より合い、一つになる事で真価を発揮するモンスター達。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーとボルト・ヘッジホッグに、レベル1、ジェット・シンクロンをチューニング!」

 

 一つの輪に、四つの光球が並ぶ。

 眩い光が天へ突き立った。

 

「シンクロ召喚! 出でよ、ジェット・ウォリアー!」

 

 ジェット機を模した人型のモンスターが、けたたましい音と共に現れる。

 が、ジェット・ウォリアーは遊星のフィールドでは止まらず、彼女のフィールドまで駆け抜け、エクスカリバーを弾き飛ばした。大剣の戦士は光となって彼女の手へと戻っていく。

 

「ジェット・ウォリアーがシンクロ召喚に成功した時、相手フィールドのカード一枚を手札に戻す事ができる。続いて、レベル1のドッペル・トークン二体とレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 ――集いし闘志が、怒号の魔人を呼び覚ます。

 彼の声によって繋げられる連続のシンクロ召喚。

 次に現れたのは、長柄の斧を持つ狂戦士。

 

「吠えろ、ジャンク・バーサーカー!」

 

 カァーン、と甲高い音が鳴り響いた。

 同時に、狂戦士の声が空間を揺らがせる。

 

「ジャンク・シンクロンを召喚! その効果により、墓地のドッペル・ウォリアーを特殊召喚する!」

 

 フィールドに現れたオレンジ色の調律戦士が腕を広げれば、指し示された方から二重の戦士が復活した。

 その戦士と一つになるために、機械の手がその背に背負った物へと伸びる。

 

「そろそろ止めさせてもらうわ。手札を一枚捨てる事により、速攻魔法発動、超融合!」

 

 びくり、と体が震えた。

 それは何もおかしな現象が起こったからだとか、体に異変があったからではない。

 嫌な名前が聞こえたから条件反射で体が強張ってしまっただけだ。

 彼女の前に立ち上がった緑色のカードからは、全てを合わせる絶対的な力が漏れ出している。

 ……なぜ彼女はあんなカードをデッキに入れているのだろう。

 

「遊星のフィールドのジャンク・シンクロンと私のフィールドのジュラゲドを融合!」

 

 シンクロとは違う召喚法によって、二体のモンスターが混じり合い、一つとなる。

 そしてその光景は彼女のフィールドで起こっていた。

 

「遥か遠き次元に生まれたひとしずくの毒よ、新たな脅威となりて十二次元の先より現れろ! 融合召喚!」

 

 タンッ、と手の平を合わせた彼女が叫ぶ。

 

「飢えた牙持つ毒龍! レベル8、スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴン!!」

 

 中空に渦巻く空間から、その身に幾つもの赤い瞳――に見えるものをもつ、毒々しい色合いのドラゴンが滲み出た。

 完全に体を出した龍が歓喜の産声を上げる。

 淡い光を纏うシューティング・スター・ドラゴンに比べて、とにかく暗いモンスターだった。

 

「このモンスターが融合召喚に成功したターン、相手フィールドの特殊召喚されたモンスター1体の攻撃力をこのカードに加える。よってフュージョン・ドラゴンの攻撃力はシューティング・スター・ドラゴンの攻撃力を加えた数値、6100となる!」

「マジックカード、死者蘇生発動! 墓地のジャンク・シンクロンを復活させる!」

「……」

 

 絶対無敵の力を見せつけられてなお、遊星は微塵も揺るがない。一手を封じられたならば、すぐさま次の手を打つ。

 チューナーを除去しても、死者蘇生で再び揃えられてしまった、その事が不満なのか、彼女は口を噤んでしまった。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 駆動音と共に風が抜ける。

 赤いボディに機械的な姿。

 

「シンクロチューナー! アクセル・シンクロン!」

 

 レベル5のシンクロチューナーモンスター。

 その体に、ふっとクイック・シンクロンの姿が揺らめいて映る。

 

「アクセル・シンクロンは、デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーモンスターを墓地に送る事で、そのレベル分、自身のレベルを上げるか下げるかできる。俺は下げる効果を選択し、墓地に送ったクイック・シンクロンのレベル分、5つを下げ、アクセル・シンクロンのレベルを1にする!」

 

 バッと腕を動かした遊星が、その手を狂戦士へと差し向けた。

 

「ジャンク・バーサーカーのレベルを一つ下げる事で、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

 てんとう虫そのものなモンスターは、最初半透明で現れて、ジャンク・バーサーカーの中を通り抜け、その身に星を宿す事で実体を得た。

 

「さらにジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」モンスターを除外し、そのモンスターの攻撃力分、相手モンスター一体の攻撃力を下げる!」

 

 咆えたバーサーカーが闇の立ち込める地面へと拳を打ち込み、先程素材として墓地に送られていたジャンク・シンクロンを引き摺り出した。

 多少土に汚れている程度で外傷の無かった小さな戦士は、しかし今、狂戦士の握力によってビシリビシリと罅を広げつつあった。

 それを気にせず、バーサーカーが手に持つジャンクを投げつける。

 剛速球。

 残像が見えるほどの速度で放たれたそれは、悠々と浮かんでいたフュージョン・ドラゴンの鼻面にぶち当たり、爆発する事で大きく仰け反らせた。

 思わぬ攻撃により彼の龍は傷を負い、攻撃力が4800まで落ちる。

 

「レベル1のレベル・スティーラーに、レベル1となったアクセル・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロン!」

 

 今度はフォーミュラカーを模したモンスターが飛び出して来た。

 背から炎を噴かせ、ばっちり決めポーズをとった彼(?)の効果により、遊星がカードを一枚ドローする。

 

「もう一度ジャンク・バーサーカーのレベルを下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚する!」

「……」

 

 ここまでくれば、遊星が何をしようとしているのかだいたい見当がついた。

 今彼のフィールドにいるのは、シューティング・スター・ドラゴンとジェット・ウォリアーとジャンク・バーサーカーとフォーミュラ・シンクロン、そしてレベル・スティーラーの五体。

 レベル10、レベル5、レベル5、レベル2、レベル1……。

 つまり、最強のシンクロモンスターを召喚する場が整っている。

 

「レベル5となったジャンク・バーサーカーとレベル5のジェット・ウォリアーに、レベル2のシンクロチューナー、フォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 ぐんと空へ飛び上がったフォーミュラ・シンクロンに二体のモンスターが続く。

 高く高く、どこまでも高く昇っていく。緑輪になる気配も光球になる気配もなく、ずっと遠くの空に昇り詰める。

 

「デルタ・アクセル・シンクロォォォオオオ!!」

 

 天へ手を伸ばす遊星が、ずっと伸びるような声で叫ぶ。

 瞬間、光の柱が地に突き立った。

 

「進化の光、シューティング・クエーサー・ドラゴン!!」

 

 巨大な龍が、ゆっくりと下りてくる。

 ……ゆっくりというのはその龍基準での話。

 その巨体で地上へと向かってくる様は、見た目とは裏腹に強い風を生み、私達の髪や服を覆いに乱してくれた。

 

「クェーサー……」

 

 ぼうっとしたように彼女が呟く。

 私達は、揃って優しい光を降り注がせるドラゴンを見上げていた。

 呆けた顔と、無表情と、笑みを浮かべた満足気な顔。

 三つの表情に出迎えられたクェーサーは、特に声を上げたりするでもなくその場に滞空した。

 ただそれだけなのに、もう、フィールドはクェーサーに制圧されたも同然だった。

 お姫様も、違う次元の龍も、最初の神も、この光の中に半ば姿が隠れてしまっている。

 ……ソリッドヴィジョンで映ると、こんな感じなんだ……。

 

魔法(マジック)カード、一騎加勢、発動! 自分フィールドのモンスター一体の攻撃力を、このターンの終わりまで1500ポイントアップさせる! 俺はシューティング・クエーサー・ドラゴンの攻撃力をアップ!」

「……」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! 一ターンに一度、デッキの上からカードを五枚めくり、このターン、その中にあるチューナーモンスターの数だけ攻撃できる!」

「……」

 

 最初の無言は、彼女がなんともいえない表情の下に流したもので、次のが私。

 ……遊星つよい。

 

「一枚目、チューナーモンスター、ニトロ・シンクロン! 二枚目……、装備魔法、不死鳥の闘翼! 三枚目、チューナーモンスター、デブリ・ドラゴン! 四枚目、……通常(トラップ)、救世の導き! 五枚目、チューナーモンスター、エフェクト・ヴェーラー!」

 

 チューナーモンスターの数は三枚。

 よってこのターン、シューティング・スター・ドラゴンは三回攻撃の権利を得た。

 

「バトル! シューティング・スター・ドラゴンで究極封印神エクゾディオスに攻撃!」

「っ……!」

 

 攻撃力0のモンスターを、攻撃力3300のモンスターが襲う。

 光速で飛来し、有無を言わせず貫いて行く流星竜の前には抵抗も何もあったものでなく、エクゾディオスは一瞬で消滅した。

 

「ぐうぅぅ!」

「シューティング・クェーサー・ドラゴンは、シンクロ素材となったチューナー以外のモンスターの数だけ攻撃できる! 一回目のバトル! シューティング・クェーサー・ドラゴンでスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンに攻撃!」

「っ、ああっ!」

 

 天から降り注ぐ光の奔流が毒龍を押し潰す。

 反撃は許されない。

 ただただモンスターが圧殺されていくだけの光景に、私は圧倒されていた。

 

「くっ、けど、スターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンが破壊された時、相手フィールド上に存在する特殊召喚されたモンスターは、全て破壊される!」

 

 消えゆく間際、毒龍は体のあちこちを破裂させ、真紅の液体を撒き散らした。

 それが雨のように遊星のフィールドへと降り注いでいく。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果を無効にする!」

 

 光が駆け抜ける。

 ボディに両腕を収め、光速の突撃形態となったシューティング・スターが縦横無尽に駆け巡り、毒龍の置き土産を蒸発させたのだ。

 煌めきが降り注ぐ中で、遊星の攻撃宣言は続く。

 

「二回目のバトル! マドルチェ・ダークロード・プディンセスを攻撃!」

 

 お姫様が杖を構え、巨竜を見上げた。

 頑強な鎧を纏い、国を統べる力を手にしていても、シンクロの極致に生まれたモンスターの前では無力。

 

「トラップ発動! 光子化(フォトナイズ)!」

「シューティング・クェーサー・ドラゴンは、カードの発動を無効にして破壊できる!」

 

 腕を振り払うようにしてカードを立ち上がらせた彼女だったが、発動する事なく消滅させられて唇を噛んだ。

 

「だったら、墓地にあるRUM-シグナーズ・パラレル・フォースを除外する事により、このカードの効果でX召喚したエクシーズモンスターの、このターンの破壊を無効にする!」

「だがダメージは受ける!」

 

 赤い焔に似た光が∞を模り、お姫様の前へ浮かび上がる。

 彼女は続けてもう一つの効果を発動させた。

 

「ラプソディ・イン・バーサークの効果発動! このカードが装備したモンスターが場に存在する時に私が1000ポイント以上のダメージを受ける時、このカードを破壊して墓地に送る事でそのダメージを半分にする事ができる!」

「……?」

 

 バーサークにそんな効果はあっただろうか……?

 私もよく使うカードだ、テキストは読み込んでいる。

 でも、そんな効果はなかった、と、思うんだけど。

 

 腕を振り上げた恒星竜のその手に光が集う。

 大きな一つではなく、小さな光の集合体は常に動き、だけど制御されて――それが、振り下ろされた腕から放出される。

 

「あああっ!」

 

 叩き付けるような風と衝撃に、彼女の足が地面から離れ、数メートルも放り飛ばされた。

 私と同じ小柄な体躯だから、どうしたって踏ん張りがきかないのだろう。

 でも、私と違って着地は凄く綺麗だった。猫のように空中で身を捻り、しっかり足から地に着けて、膝を曲げて、ふんわりとスカートを膨らませて座り込むのは、自分なのに見惚れてしまうくらいだった。

 ……私、また気が抜けてしまっている。

 遊星が来てくれて、彼があんまりにも頼もしいから……。

 

「くっ……ダークロード・プディンセスは、この戦闘では、破壊されない……!」

 

 光線が直撃する瞬間、杖を振り上げてバリアーを張っていたお姫様は、今は暗闇の地面にしりもちをついて呆けている。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの、二回目のバトル! ダークロード・プディンセスに攻撃!」

 

 上空で待機していた赤いシューティング・スター・ドラゴンが、頭を地面に向けて落下を始めた。

 落ち行くように見えたのは最初だけ。ぐんぐん加速し、狙いは座り込んでいるお姫様へ。

 ∞の守りなどあってないものかのように貫かれ、お姫様が腰砕けの状態のまま吹き飛ばされた。同時に彼女も大きく後退している。

 この戦闘で発生するダメージは、僅かに100。

 それでもここまでの衝撃が発生するのだ。

 あまり受けたいものじゃないだろう。

 

「三回目のバトル!」

 

 上空から、黄色い流星竜の突撃が開始され、今度もお姫様ごと彼女の体を吹き飛ばした。

 三度目ともなれば慣れた様子で着地して、しかし肩で息をしている。荒く息を吐く姿はとても人間らしくて、それもまた、私がした事のない動きだった。

 

「俺はこれでターンエンド」

 

 静かなエンド宣言。

 お姫様を守っていた紋様が消える。

 ディスプレイに私のターンだと示され、ゆるゆると腕を上げてカードを引き抜いた。

 ……ん。凡庸ドローソースを引いた。……今、私のデッキはほとんど消費されておらず、初期状態に近い。

 このカードを使ってもキーカードがデッキから無くなってしまう事は……あー、ええと、たぶんないだろう。たぶん。

 

「私のターン……。強欲で貪欲な壺を発動。デッキの上からカードを裏側表示で十枚除外し、その後、二枚ドローする。……マドルチェ・ミィルフィーヤを召喚」

 

 再び手札に戻った小猫を召喚し、彼女を窺う。

 ……息を整えているだけで何もしてこない。妨害札はないらしい。

 オシリス、エンジェリー、マドルチェ・シャトー……。

 手札を確認し、取るべき道筋を改めて脳内でなぞる。

 

「その効果により、マドルチェ・エンジェリーを特殊召喚。そして――」

 

 淡々と、いつも通りのプレイをする。

 私にできるのはそれだけだ。

 彼女の気持ちはいまいちわからないから、とりあえず、私は私がしたいようにする。

 私はもう少しこの夢を見ていたいのだ。

 夢を見続けていたい。

 現実がすっごく嫌だ、という訳ではないけれど……。それでも、今の方が幸せな気がするから。

 

「遊星……あなたは、私に言ったよね。私が望むなら、愛や絆を教えてくれる、って」

「……ああ」

 

 プレイの傍らで、彼女と遊星が言葉を交わし始めた。

 耳を傾けつつ、場を整える。

 勝つための場。そのための布陣。

 

「……私は、生きてはいけないの?」

「……」

 

 落ち着いた声で問いかける彼女に、遊星は瞑目して答えなかった。

 考えているのだろうか。生きていいと言うべきか、駄目だと突っぱねるかを。

 

「そっちの私より、私の方がよっぽど生きていける」

 

 答えを待ちきれなかったのか、彼女は自分の胸に手を当てて、一度私に目をやり、遊星に訴えた。

 

「お人形遊びに明け暮れて、その実自分も人形なのに気づいていないその子より、私の方が生きるのにふさわしいと、そう思わない?」

「…………」

 

 遊星は、今度も答えなかった。

 ただ、目を開いて彼女をまっすぐに見つめた。

 そうするとどうしてか彼女は小さく震えて、体をちぢこめるようにして後退った。

 泣きそうな表情に、私の心はちっとも動かない。なんだか痛ましい表情をしているなって思うくらいで……それがおかしい事はわかるのに、私の心は平坦だった。

 

「……っ、だって、だって、私にばかり押し付けて……悪い事が何かもわかってないのに、自分ばっかり生きようとして……生きようとなんてしてない癖に!」

「……ただ生きてるだけでは駄目なの?」

 

 キッとまなじりを吊り上げ、潤んだ瞳で私を睨みつける彼女に、手を止めて問い返す。

 悪い、と言われれば、私はどんな顔をすれば良いのだろうか。

 ……いや、この夢の中では、私の顔は動かないんだけど。

 

「勝手に生きてればいいじゃない、現実の世界で……。その代わりに、私はこの世界で生きさせてもらう。あなたの代わりに」

「それは駄目」

「どうして……? どうして、そんな事言うの……?」

 

 そう言われても。

 私がここにいたいからとしか答えようがなくて、だけど、眉を八の字にして私を見ている彼女に真正直に言うのは、なんだか憚れる気がした。

 とはいえ言わない訳にもいかない。

 ……というか、そもそもどうして私が生きてはいけないみたいな話になっているのだろう。

 同時に、彼女が生きるとか死ぬとか、そういう話になっているのだろうか。

 

 目が覚めれば、日常に回帰する。彼女は夢の世界に生きる。

 それはいやだ。

 なぜ嫌なのかといえば、この夢の方が現実よりよっぽど楽しいからで……。

 どうしてそう感じるのだろう?

 私、別にお仕事とか、人付き合いとか、嫌いではなかったはずだ。

 充実感を得たり、楽しんだり、辛くても苦しくても、頑張ってみたり。そういう風に過ごせていた。

 ならばなぜ私が人形のようだと言われるのか。私が無理矢理起こされると大変な事が起こるのか。

 

 ……罪って、なんだろう。

 

 不意にZ-ONEの言葉が頭を()ぎって、小首を傾げる。

 この世界で犯した罪……悪い事、してないはずだけど……。

 免許がないのにバイクに乗ったから? ……いちおう、免許はあったけど。

 セキュリティとデュエルしたから? それ自体にはマーカーがつくほどの罪はないはず。

 コンビニに行けなかったのは……関係ないよね。

 ええと、変質者に敗北したのも罪じゃないだろうし、まさか等身大吹雪人形を作った事が悪い事なわけがないだろう。

 

 順を追って頭の中に初日から今日までの事を思い浮かべてみても、特別悪い事なんかしてないとしか判断できなかった。

 

 ……あっ、あれかな。

 ……あれが悪かったのかな。

 世間一般で言うところの悪い事なきがするし、確かに人に言うのも憚られるような気もする。

 

「……私の罪って、もしかして、お風呂を汚した事……かな」

 

 ぽつりと呟けば、彼女と遊星が私を見た。

 二日目だか三日目だか、まだ混乱していた時期に、お風呂場で手首を切って死のうとしてみて、湯船を真っ赤にしてしまったけど、あれが悪かったのかもしれない。

 

「そう……そう、ね。あなたの罪は、自分を殺す事に躊躇いもなく、それを悪い事とも思っていない事よ」

「……え」

 

 そっち?

 ……ああ、自殺は罪だとどこかで聞いた事がある気がする。

 罪って、その事だったのか。

 

「生への執着がない。むしろ死後への期待の方が大きいあなたは、でも、この夢には執着してる」

 

 難しい顔をして囁く彼女に耳を傾ける。

 言ってる事は、たぶん当たっている。

 言われて初めて気づいたけれど、たしかにそんな感じだ。

 遊星やみんながいるこの夢が好き。お母さんに会えるかもしれないこの夢をずっと見ていたい。

 ……ああ、そっか。

 無理矢理起こされて、現実に戻されちゃったら、私はナーバスになって死のうとするかもしれない。

 なんとなくそんな気がした。

 

「いつまでも、夢を見ていては駄目なのよ。……現実に生きなきゃ」

 

 独り言のような調子で言う彼女に、私は同調できなかった。

 もう十分現実で生きてきた。夢に逃げ込んでもいいじゃないかと思ったのだ。

 

「お母さん……」

 

 彼女の声は、ほとんど消え入るようなものだった。

 ……生きたい、と言っていた彼女の目的って……ひょっとしたら、お母さんに会う事だったのかもしれない。

 私も会いたい。

 でも、いくら待ってもこの夢にお母さんは現れてくれない。ずっと待ってるのに。

 

「会いには行かないのか」

 

 不意に、遊星の声が私達の中に入り込んできた。

 問いかけのようで、そうでない声音。疑問みたいだけど、それでもない、ふとした投げかけ。

 

「会いに行く……って?」

「遊星、お母さんはもう……」

 

 彼女と私がほとんど同時に喋る。

 どっちがなんて言ったのかが、少し曖昧だった。

 

「墓参りには行ったのか」

「…………」

「…………」

 

 一瞬、遊星が何を言っているのかがわからなかった。

 墓参り?

 ……お墓?

 

 それは、私とはとても縁遠いものに感じた。

 私はまだ墓石を買う程老いてはいないし、親戚や誰かが亡くなったりもしていないから、墓地に足を運んだ事もない。

 ……あれ?

 ……お母さんが死んだのに、どうして私、お墓の事何も知らないんだろう……。

 

「行ったこと、ない……」

「どうして? お葬式には出たよ?」

 

 変だ。

 いや、あの頃は、変だった。

 誰に付き添われてかは思い出せないけど、お母さんのお葬式には出た。

 けど私、理解はできていなかったかもしれない。

 入院して、ずっとしてから、ようやっと死を受け入れた。

 ……受け入れた、はず、なんだけど……。

 

「そう簡単に受け入れられるものじゃない」

「……そうだよね。私、ほんとは受け入れてなんかいなかったんだ」

 

 遊星に言われると、否定する気も起きずに私はその事実を認めた。

 夢ならとか、現実ならとか関係なく、私はお母さんが死んだ事をちゃんと受け止められていなかったんだ。

 死んでしまったのを、本当の事にしたくなかった。

 帰ってくるって、いつまでも信じていたかった。

 この夢に縋りついていたのは、そんなぬるま湯にずーっと浸かっていたかったからなのかも。

 ……遊星達が優しくしてくれるからってのも、あったけれど。

 

 愛とか、絆とか、そういうのも見失ってたのは、ちゃんと認識すると失ってしまったものをはっきり感じてしまうから、か。

 一番強い繫がりだったから。お母さんがくれたもの。

 それに気づくまで、ちょっと時間がかかりすぎちゃったな。

 

「……」

 

 遊星が何も言わずに私を見下ろしている。

 何が言いたいのかはわかる。

 お母さんが死んでしまった事を受け止めたとして、私の気持ちは大丈夫なのか、とか、そんなところだろう。

 今までずっと目を背けてきたから、現実を直視するのは辛いけど、でも、それを和らげるための優しさや温もりはこの夢の中でたっぷりもらったし、現実でだって、たくさんの人に与えられていた。

 だから、大丈夫だ。今なら、夢から覚めても、きっとちょっと泣くだけで済む。

 

「遊星」

「……」

「私、お母さんに会いたい」

 

 見上げた先の遊星は、表情を変えず、私の目をまっすぐに見つめてくれている。

 それだけで勇気が貰えた。

 現実に耐えるための勇気とか、頑張ろうって気持ち。

 

「待ってばかりで、会いに行くなんて考えた事もなかった」

 

 受け入れたつもりになって、ほんとは別のものばかり見て誤魔化してたから、当たり前の話。

 

「それで、会いに行くには、夢から覚めなくちゃいけないんだけど……」

「ああ」

 

 その方法が、よくわからない。

 このデュエルに敗北すればいいのか、それともほっぺたを抓ればいいのか。

 

「これは君の夢だ。君が目覚めようとすれば、いつでも目覚める事ができるだろう」

「……そうなの?」

 

 拍子抜けする。

 そんな簡単な話なんだ……。

 

「……起きるのね」

 

 向こうの私が、なんだか微妙な顔で私を見ている。

 散々起きない起きない言ってた私が、遊星に諭されてすぐに起きようとしているのが複雑なのかもしれない。

 遊星は、遊星だから仕方ない。起きてと言われたら飛び起きてしまう。誰だってそうなる。

 でも、その前に……。

 

「私は魔法(マジック)カード、強制転移を発動する」

「……」

 

 起きるのは、このデュエルに決着をつけてからにしよう。

 中途半端なところで切り上げて起きるのは寝覚めが悪そうだし、何より、彼女をここに置いたままという訳にはいかないだろうから。

 あの子を倒せば、それでもう、未練は断ち切れる。甘い世界から抜ける事ができるだろう。

 彼女だって私なんだ。私が起きれば、彼女も起きるだろう。

 そうすれば、現実で目覚めた私と彼女は一つに戻る。

 代償として良い子ちゃんではなくなってしまうだろうけど、それは、そうじゃないと困るかな。

 

「あなたのフィールドのマドルチェ・ダークロード・プディンセスと、私のフィールドのリヴァイエールのコントロールを入れ替える。そして、クイーンマドルチェ・ティアラミスの効果発動」

 

 私のフィールドにある椅子に優雅に腰かけた女王が、ゆったりとした動作で立ち上がった。その傍らに身を寄せたダークロード・プディンセスが、自身が手にしていた杖をうやうやしく(どこかわざとらしく)手渡す。

 女王の周囲を×字を描くように回っていた光球の一つが弾けた。

 

「オーバーレイユニットを一つ取り除き、墓地にある「マドルチェ」カードを二枚まで選択してデッキに戻す。戻した枚数と同じ数、相手フィールド上のカードをデッキに戻す。私はリヴァイエールとセットカードを選択」

「……セットカードはスターライトロード。……何もできないわ」

「そう。じゃあ、バトルね」

 

 ダークロード・プディンセスは、すでにその姿を元の――私のお姫様に戻している。

 金髪は煌めくようだし、真っ黒なドレスはお洒落で甘い。それと、ほんのり苦い。

 勝気な表情に憂いはないし、腕まくりをしてやる気は十分。

 

「マドルチェ・プディンセス・ショコ・ア・ラ・モードで、……………………私にダイレクトアタック」

「気の利いた事なんて言おうとしなくてもいいんだ、よっ、と!」

 

 ふっと口の端を吊り上げた彼女は、お姫様が腕をぐるぐる回しながら接近してくるのを視界に収めると、地を蹴って後方へと飛び上がった。

 宙にある青い足場を転々と移り、そしてAの文字が記されたカードを手にする。

 ……あれっ。

 こういう時は、素直にやられてくれるのがセオリーでは……。

 

「私はアクションマジック――! あ、トラップだった」

 

 ビリビリと痺れた彼女はお姫様に腹パンされて光と消えた。

 …………勝利!

 

 

 私が目覚めるという事を、遊星はみんなに連絡してくれた。内容は、遠くに引っ越すと、そんな感じだったけれど。……嘘ではないね。

 一年過ごしたマイルームは、一年前と変わらずさっぱりしいていた。

 あんまり物がない。そして、私は起きるだけなので持っていくものもない。

 電話を介してアキや龍亞、龍可、勤務中のクロウの声を聞いてから――ジャックは捕まらなかった――遊星とも別れを告げる事にする。

 長く続いていた夢だけど、本当にもうおしまいだ。

 

「……ああ」

 

 いろいろありがと、ゆーせ。

 いそいそと紙に走り書きして遊星の顔につきつければ、彼は紙を手に取って、ふっと笑った。

 字がミミズみたいにのたくってるのは勘弁してほしい。

 これでも私、凄く寂しいのだ。

 

「じゃあな」

「……」

 

 私の肩辺りに手の平を差し出してくれた彼に、パシッとハイタッチをする。……ロータッチ?

 最後に遊星の手に予めしたためておいた紙を握らせ、私は部屋を後にした。

 待ってくれ! と後ろから声がしたけど、待てない。私はもう行かなくてはならないのだ。

 だから、お部屋に残っている等身大吹雪ちゃん人形以下四名のお世話は遊星に任せるしかなかったのだ。

 でも気になって振り返れば、お人形達は遊星に群がって部屋の中に引きずり込もうとしている。どうやら気に入られたみたいだ。ちょっと嫉妬しちゃうな。

 

 

 柔らかな日差しの中を歩き、ふわふわとした感覚に身を包まれながら、私は思う。

 起きたい、と、胸の内で強く願う。

 周囲の景色がぐにゃりと歪み、足下が覚束なくなって、始まりと同じように目覚めは唐突に訪れた。

 

 

 微かな振動に体を揺らされて、私は薄く目を開いた。

 胸を締め付けるシートベルトが少し苦しくて身動ぎする。

 ここは……。

 香水のような匂いに、暖かな陽光と空調機の涼しい風がせめぎ合う広々とした空間は、車の中だった。

 後部座席の、左の端っこ。

 

「どうしたの、曜子ちゃん。変な夢でも見たのかしら?」

 

 声につられて運転席の方を見れば、スーツ姿のスキンヘッドさんがバックミラー越しに私を窺っていた。

 メイクリストの高柳さん。私の、マネジメントをしてくれる親切な人。

 

「……いえ、大丈夫、です」

「そう? あ、そうそう、曜子ちゃんおトイレ大丈夫? これから高速入るんだけど」

「あっ……お願いします」

 

 聞かれて、唐突に尿意に襲われた。

 ふるるっと体が震えるのに、私は顔から血の気が引くのを感じた。

 これ、駄目なやつだ。

 脳裏に過ぎるのは、夢の中で幾度となく選択したお布団のシーツの白さ。

 

 げんかいだ……オーバーヒートする……!

 

 神は死んだ。

 

 

「大丈夫よ、曜子ちゃん。あたしは怒ってないし、それにほら、大人でも、その、ね? おかしくないから」

「…………」

 

 渋滞なんて地球上から消滅すれば良いのに。

 コンビニで買ったスポーツドリンクを呷りながら、ぶつぶつと呪詛を呟く。

 車に乗り込んで、出発。

 

「今度のは大役よねぇ。頑張り次第では主役取れるかもしれないわよぉ」

「…………」

 

 気を取り直すように言う高柳さんに、私は何も言わずドアに身を寄せて窓から空を見上げた。

 

 

 休日。

 私は、一人であぜ道を歩いていた。

 晩夏のお昼過ぎは涼しく、空気もからっとしている。

 ここら辺は木もたくさん生えているから、なお涼しく感じられた。

 

 風が吹くとさわさわと葉が揺れ、木々が揺れる。

 そっと麦わら帽子を押さえ、飛ばされないよう気を付けながら進む。

 膝にぶつかる薄手の白布は、無地のワンピース。怠惰の極致……いや、お洒落お洒落。

 

 今日は、お母さんに会いに来たのだ。

 小さなお寺の、向かい側の墓地に、お母さんのお墓がある事を調べた私は、空いた時間を使ってここにやってきた。

 普段暮らしている場所からだいぶん離れたところだったから、来るだけでも結構時間がかかってしまった。

 一人でこんなに移動したのは久しぶり……いや、初めてかもしれない。

 

 

 お寺の住職さんに挨拶をしてから、墓地に案内してもらって、お母さんの前に立った。

 十数年もほったらかしにしてしまったから、ボロボロになっているかもと危惧していたけれど、お母さんはつい最近磨かれたばかりのようで、ぴかぴかだった。

 話を聞いてみたところ、要約するとお母さんのお姉さんが三か月に一度は足を運んで掃除をしてくれているのだという。……知らなかった。

 ……その人にも会って、お礼をしなくちゃ。

 

 でも、今日は一日お母さんといるつもりだ。

 話したい事がたくさんあった。

 聞いてほしい事が、たくさん。

 私、寂しかったよ、って。

 でも、ちゃんと生きてるよ、って。

 少しおかしな夢も見てしまったけれど、元気だよ、って。

 

 思っていたより、心はずっと穏やかだった。

 

「…………」

 

 ふと思い至って、肩掛けの鞄の中からデッキを取り出した。

 なんの変哲もない、ほぼ純正のマドルチェデッキ。

 このカードゲームが、私にたくさんの人との出会いを運んでくれた。

 これは、とっても重要な事だから、しっかりお話しなくちゃ。

 

 十数年の間の事を順を追って話していれば、すっかり空は暗くなって、私もへとへとになってしまった。

 喋ってるだけだったのに、いっぱいアクションデュエルした後みたいな……いや、そのたとえは変か。

 厳しいレッスンを乗り越えた後の帰りの車の中みたいな、心地の良い暖かさとまどろみみたいな、そんな感じ。

 がば飲みクリームソーダで喉を潤し、星が満ちた夜空を見上げる。

 虫の音と、葉の囁きと、墓地の中を通る空気の騒がしい声。

 お母さんの前の段に腰かけていると、だんだんと眠気が出てきた。

 …………。

 ……うう、げんかい。

 ちょっとだけ、ここで眠らせてもらおう。

 

 膝を抱えて、お母さんに体を預ける。

 冷たくて、でも、体温が移っていくと、暖かくなる。

 人肌の温もりに私は安心しきってしまって、だから、あっという間にまぶたが落ちて。

 

 お母さん、おやすみなさい。

 むにゃむにゃと挨拶をしてから、私は全身から力を抜いて、暗闇の中に落ちていった。




あとがき。

長い。
ちょっと遊戯王ss書きたくなったから書いたのに、なんか長くなった。
そしてぐだぐだであった。
中盤からもう自分が何書いてるのかよくわからなくなっていたり。
うんまあ、遊戯王ssって、すっごくむつかしいね、って。
おわり。
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