もしかしたら気分が悪くなるかもしれませんのでご注意ください。
私が覚えている最初の記憶は優しい両親の姿などではなく、冷たい目で私を見下ろす白衣を着た男たちの姿だった。あまりに幼いころだったのでよく覚えてないが、体中に機械を取りつけられていて苦しくて寒くて泣いていた気がする。
次に覚えているのは薄暗いトイレだけがある部屋。あの時はなんとも思わなかったが、今考えると牢屋というのが一番近かったかもしれない。そこには私と同じ5,6歳くらいの子から9,10歳くらいまでの子供が詰め込まれていた。みんな生気のないがらんどうの目をしていて、私はそれがとても怖く見えていつも部屋の隅で蹲っていた。
毎日毎日実験室と部屋の往復。幼い私は何をしているのか理解できていなかったが、喜んでいる大人達を見ていると私も嬉しかった。あんな笑いもしない気持ち悪い人たちと一緒にいるよりははるかにマシだった。大人達は私達とは違ってお互いの事を番号以外で呼んでいたのがその時の私は不思議でならなかった。個体番号以外の呼び方があっては不便ではないのだろうか。
あの後聞いたところによると普通は名前というものを持っているらしい。私達は
それからしばらくして、ある日私に能力というものが使えるようになった。空気中の窒素を手のひらに集めて操れるらしい。能力の使用に必要なことは投薬や変な機械で頭に直接埋め込まれたので使用にはなんの問題も無かった。それからは能力を使っての実験ばかりでちょっと頭が痛かったけど頑張ると飴を貰えたから一生懸命やった。くれる時に糖分は効率よくエネルギーに転換できるとか言ってたけど、あんなに甘くて美味しいものは食べたことがなかったから話も聞かずに夢中で食べた。超超言ってる女の子の方が一杯貰ってるのが羨ましかった。
そんな日々が何年か続いていたけどある日研究所に真っ白な子供がいるのを見かけた。私より年上だったけど真っ赤な目もあって昔研究員が話してくれたウサギの特徴にそっくりだった。
繰り返す毎日に飽きていた頃、研究員が実験の内容が変わると言ってきた。なんでもあの白い人の演算パターンを使って能力の効率化を図るらしい。あの人の能力はとても希少なもののようだ。これでさらに能力を使えるようになれるなら嬉しい。また飴もらえるかな?
………………なにこれ? 私こんなこと考えてない! 私の頭の中に誰かいる!? 嫌嫌嫌、私の中に入ってこないで! ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ…………………………ヤメロって言ってンだろォが!!
この前の実験の後、私の能力が少し変わった。『
………最近物騒なことが頭に浮かんでくる。私はこんなこと考えたりしない。誰も壊したくなんてない。でも私の気持ちなんか関係なく思考が暴力的で攻撃的なものに埋め尽くされる。……怖いよ、誰か助けて…………助けてくれねェなら殺しちまうぞォォ!!
その日私は研究員達を皆殺しにした。能力で引き裂いたり貫いたりぐちゃぐちゃにしたり。実験材料のゴミもみんな殺してやろォとしたンだがどうやら何人かは逃げちまったらしい。もっとたくさン殺したいってェのにもったいねェ。もっと壊したい、殺したい、引き裂きたい、貫きたい、内臓や脳みそをぐちゃぐちゃにしたい、その肉を踏みにじりたい。もっと、もっともっともっともっともっともっとモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモットモット……私に壊させろォォオオオ!!!
「まったく、研究員と連絡が取れないから様子を見に行けと言われて来てみれば、いるのは狂乱した子供だけとはな」
その男はどこからともなく燃え広がった炎の中を悠然と歩いて私の前に現れた。高校生くらいだろうか、ダークスーツを身に纏い、無造作に伸ばした長髪をたなびかせて。何かしらの能力を使っているのか燃え盛る炎を自身を中心にして渦巻かせていた。
「オマエがこれをやったのか? 愉快に暴れているじゃないか」
男はその見るだけで吸い殺されそうな奈落の如き光を湛える瞳を私に向けながら話しかけてくる。見るだけで、いやその場にいるだけで飲み込まれてしまいそうな気がした私は、ただ目の前の怖いものを消したくて制御も考えずにがむしゃらに能力の槍を男に叩き込んだ。
「私の前から消えろォォオオオ!!!」
「いくら狂乱しているとはいえその歳でオレに立ち向かうとは見所があるな。オマエ、名は?」
私の全力を込めた一撃だったはずなのに、男は防御も避けもせずに受け止めて何事もなかったかのように歩み寄ってくる。それが怖くて恐ろしくて信じられなくて、私はただ震えながら見ているしかなかった。今度は私が壊される番なんだ。
「……No.0165」
「名前がないのか。ならばこれからは黒夜海鳥と名乗れ。この黒い『闇』の中を渡る鳥のように。ここでオレに出会ったことは僥倖だ。オレの物になることを許そう」
「あっ……」
私の意識はそこで途絶えている。最後に見えたのは男の瞳に映る深淵と不気味に周囲を蠢く黒い茨だった。…今にして思えばこの時から私は彼に引きつけられていたのかもしれない。私に唯一名前をくれた彼に。
………目が覚めたのは白いシーツが敷いてあるふかふかしたベッドの上だった。研究所の部屋とは違って明るくて清潔でまるで現実感がなかった。私にはもったいないくらいだ。
「目が覚めたのかい? 手荒な真似をしてすまなかった。どこか痛いところはないかな?」
そう言ってあの怖い人が部屋の中に入ってきた。研究所の時とは打って変わって優しく話かけてきたが私は怖くて布団を被って震えていた。彼はそんな私にお構いなしにいろんなことを説明してくれた。彼の名前は御門北斗というらしい。あれでも14歳だというんだから絶対おかしい。これから私は彼と一緒に住んで暗部というところで働くことになるらしい。
あれから彼と一緒に住むことになったわけだが、やっぱり私は怖くて彼がいるときは部屋の隅で震えていた。彼はそんな私の姿を見て笑っていたけれども。ある日彼は私を初めて仕事に連れて行った。人を殺すらしい。…………お前らみンな殺してやるよォッ!
能力を使うといつも誰かを殺したくて仕方がなくなる。私はそれが怖くて布団の中で泣いていた。すると彼が部屋に入ってきて何も言わずに私を抱きしめてくれた。いつもは怖くてまともに見ることもできなかったけどこの時はすごく安心して気付いたら眠ってしまっていた。起きた時も彼が抱きしめてくれていてとても嬉しかった。ありがとう北斗。
それから私は北斗と離れたくなくて毎日一緒に寝たりお風呂に入ったり、時々仕事もしていたけどとても幸せな時間だったと思う。そんな幸福な日々を一年以上続けて、やっぱりあの研究所での光景は混乱していたからで北斗は優しい人だったんだと思っていた。けどやっぱりあれは本当のことで北斗は優しい人なんかじゃなかった。
「さぁ、もう仕事で人を殺すのにも慣れてきただろうから、今日は何の罪もない一般人をこの包丁で殺してみようか」
北斗が彼女だっていう女子高生を家に連れてきた。とてもいい人で私のことも可愛がってくれて手料理まで食べさせてくれた。お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ、とも言ってくれた。なのに北斗は私にそんなことを言ってきたのだ。お姉ちゃんはは冗談だとでも思っているのか笑っている。私も冗談だと思いたかった。でも北斗の目はいつか見たあの輝きを湛えていた。
「しっかりと心臓を狙うんだよ。肋骨の隙間を縫うように刃は寝かせるんだ」
私の手に包丁を持たせて笑顔で笑いかけてくる。流石にお姉ちゃんも何かがおかしいことに気付いたのだろう、顔が青ざめている。
「で、でもこの人は北斗の彼女なんでしょ!?」
「もう飽きたからいらないんだよ。それに海鳥の相手にぴったりだと思ってね」
彼女は廃棄されるんだ。価値がなくなったから。
お姉ちゃんは逃げようとしたが北斗に取り押さえられ、両腕を拘束されて私の目の前に連れてこられる。
「ねぇ冗談でしょう!? 北斗くんったら悪ふざけが過ぎるよ!?」
「オレは本気だよ? ……さあ海鳥、早くしなさい」
「海鳥ちゃんもなんとか言ってよ!? この人を止めて!」
「……………」
「いやっ! 誰か、誰か助けてぇぇえええ!!!」
私は何も言うことが出来なかった。彼女はどうにかして逃げ出そうと暴れている。無駄だ、そんなことをしたって北斗からは逃げられない。悲鳴が、助けを求める声がうるさいほど聞こえてくるがまるで現実感がなかった。目の前のことは夢なんじゃないだろうか。
「さあ、海鳥」
嫌だ。
「さあ!」
嫌だ殺したくない。
「さあ!!」
殺さなかったら私も捨てられるんだろうか?
「さあ!!!」
捨てられたくない…
「殺せ!!!!!」
もう一人ぼっちは耐えられない!
「あああああああああああああああああああああああっ!」
初めて能力以外で人を殺した。
人の体は実は意外と丈夫だったのかなかなか刺さらなくて何度も何度も突き刺した。手が滑って自分も傷つけてしまったがそんことを気にしていられる余裕はなかった。
包丁が何度も突き刺さったぐちゃぐちゃの胸からは鮮血が溢れ出し私の体を濡らしていく。北斗は力を失った元彼女を私の方に押しやると高笑いをあげはじめた。お姉ちゃんの体はだんだん冷たくなってきていて、その痛みと驚愕、憎しみに彩られた表情が私の心を破壊した。手にはまだ胸を刺した時の肉を裂く感触が残っている。
その夜私は北斗に抱かれた。血まみれのままで、お姉ちゃんの死体を目の前にしながら。
すごく痛かったけど北斗を深く感じられてとても嬉しかった。こんなときに喜びを覚えるなんて、私はなんて浅ましい女だろう。生気を失った彼女の目が私を非難しているように思えた。
「海鳥。オマエはオレの所有物だ。離れることは許さない。勝手に死ぬことも許さない。オレの言葉を聞いてオレのために生きろ。オマエはオレが初めて手に入れた物なんだから」
そう私は北斗の所有物。
最初に言われていたではないか。それを忘れて家族ごっこをしていた私が悪い。
私は北斗の最初の物。
ならば北斗の言葉に逆らうことはできない。あの女が死んだのだって北斗に飽きられたのが悪いんだ。だから私は悪くない。
私は黒夜海鳥。
この黒い夜のような闇の中を北斗に先導されて飛び続ける海鳥なのだから。
その後も私は何かに脅えるように、何かを言い聞かせるように北斗との行為に溺れていった。
あの時、私が壊される番だと思ったのは正しかった。
北斗の部屋に新しい住人が増えた。
あの超超言ってた女の子、絹旗最愛と名乗っている。あの子も誰かに名前を与えられたのだろうか。どうやら私と似ているから北斗が拾ってきたらしい。二人は楽しそうに笑っている。私は北斗に飽きられてしまったのだろうか。嫌な想像が頭をよぎるが頭を振ってそれを打ち消す。
「北斗! 私を抱きしめてくれ」
「どうしたんだ急に? 今日はやけに甘えん坊じゃないか」
「超甘えん坊なんですねぇ」
「羨ましいんだろ、絹旗ちゃんは」
「ち、違います!」
「仲良くしろよ二人とも」
私がこんな奴に劣っているはずがない。そう、今までずっと北斗の役に立ってきたんだ。
なあ北斗。私はお前の言うことならなんでも聞く。他に女を何人侍らせようが構わないし、例え統括理事長だって殺せと言われれば殺すし、死ねと言われたら喜んで死ぬ。お前が必要としてくれるなら、そのために体中改造してまで役に立とうと力を求めたんだ。だから…
だから私を捨てないでくれ。
気分の悪くなった方は申し訳ありません。
黒夜の過去を描く閑話でした!
本編の前にこんなことがあったんですねぇ…
まさに外道!な主人公ですがこれでも彼なりに黒夜を愛しているのです。
どう考えてもやりすぎですが(笑)
しかし研究所時代の描写がひど過ぎますねー
陰惨さのかけらも表現できていません。
でも純真な黒夜を書くにはこの時代しかなくて…作者の腕不足を嘆くばかりです。
名前の部分、批判きそうだなぁ……
じつはこの話は黒夜に
「他に女を何人侍らせようが構わない」
というセリフを言わせたいがために生まれました(笑)