大洗への旅   作:景浦泰明

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第十一話 『大洗 小休止三 あるいは最初で最後の戦車道』

 戦車道の練習を見学しに行ったところ、コーチとして来ていた蝶野さんに見つかった。

 

「あっ! 家出息子!」

 

「置手紙してるから家出じゃないです」

 

 犯行予告をしたので泥棒じゃないですみたいなことを言ってしまったような気がする。旅の途中で少しだけ姉さんのところに泊めてもらっていると説明すると、じゃああなたも練習に参加してみなさい! と何がじゃあで繋がるのかよくわからないことを言われた。

 

「戦車には乗れるし、よく試合を見てるから指示ぐらい出せるでしょう? Try!」

 

 トライじゃないよ。

 

「それいーねー。西住ちゃんチーム対弟くんチームやりゃ良いじゃん」

 

「姉弟対決だにゃあ」

 

「西住殿、姉の凄さを見せつけるチャンスでありますよ!」

 

 なんだか予想外の展開に目を白黒させる俺を放置し、いつの間にかチーム分けまで決まっていた。

 

 まずあんこう、カモ、うさぎ、カバのみほチーム。対してカメ、アヒル、レオポン、アリクイが一意チームということになったようだ。今回は生徒会長さんが審判に加わることになったらしく、代わりにヘッツァーの車長を俺がやるということらしい。

 

 それぞれのチームに分かれて作戦会議に移り、俺は早速河嶋さんから「やるからには勝つぞ!」と激励を受けた。

 

 俺はどうも気乗りしないまま長机の短辺側の椅子に腰かける。

 

「で、作戦はどうするの。隊長さん」

 

 ぼうっとしていると自動車部のホシノさんからそう尋ねられ、なんだか委縮してしまった。いきなり戦車道をやってみることになって隊長なんて、おかしなことになったものだ。というかどうも旅を始めてから女のひとに囲まれることが多くなって緊張しっぱなしなんだが、今回はこれまでの比じゃないなと改めて思う。

 

「あんまり緊張しないでいいからね。模擬戦なんだから」

 

「そうそう。お姉さんたちの胸を借りるつもりでどーんとぶつかっちゃいなって」

 

 ホシノさんに続いて小山さん、ナカジマさんからそう励まされる。

 

「そうだよ! 男子が戦車に乗る機会なんてないんだから楽しまなくちゃ!」

 

「ついでに西住隊長もびっくりさせちゃえばいいのよ」

 

「ジャイアントキリングしちゃおう!」

 

 次いでバレー部の一年三人からもそう声をかけられ、俺の肚も決まる。深く息を吸ってから作戦を話す。

 

 最初はふむふむと頷いていた彼女らが次第にひきつったような表情になり、最後には「やっぱり西住流ってちょっとおかしい」と呟いたのを見て、俺は満足げに笑う。

 

「じゃあ、頑張りましょう!」

 

「弟くんもあれやろうよあれ」

 

 あれというと、あれだろうか。ちょっと気恥ずかしいが、それでやる気が出るならと息を吸う。

 

「では、パンツァーフォー!」

 

 

 

 炎天下の車内はサウナのようになっているんじゃないかと思ったが、予想とは裏腹にひんやりとした冷気と硬質な鉄の匂いに包まれていた。これも特殊なカーボンによるものなのだろうか。俺は小山さんと河嶋さんの後に続いて戦車に乗り込み、車長の椅子に座る。

 

 ここまでくると不思議と緊張はしなかった。車長の椅子から見上げる空に巨大な入道雲が見える。俺はいつかどこかでこの風景を見たことがあるような気がした。

 

「それじゃあ一意君」

 

 小山さんがそう声をかけてきて、俺は無言でうなずいた。エンジンがかかり、鈍い駆動音が響く。

 

 ゆっくりと戦車が動き出した瞬間、俺は全てを思い出した。

 

 鉄の匂い。夏の青空。巨大な入道雲。俺を抱いてキューボラから身を乗り出した母さん。隣を走るⅡ号戦車を見ると、操縦手の窓からまほ姉さんが小さく手を振っているのが見える。一瞬後にキューボラからみほ姉さんが飛出し、元気いっぱいにこちらへ手を振った。

 

 俺は手を振ろうとして体勢を崩すが、母さんがそんな俺の身体をしっかりと抱えてくれていた。母さんの掌が俺の頭をやさしく撫でる。

 

「――俺は、俺は置いてかれてなんかなかった」

 

 思い出が壊れないようにゆっくりと深く息を吸い、胸の奥にしまいこむ。

 

 俺はこれから帰るんじゃなくて母さんに会いに行くんだと思った。

 

 

 

 試合開始から十分後、望遠鏡の向こうに横隊を形成するみほチームが見えた。

 

「じゃあ行きましょう。激突です」

 

 俺のその声に続いて各車から「了解です」と声が響き、鈍い駆動音を響かせて鉄の塊が走り出す。可能ならば林を出るギリギリでトップスピードになるように走りたかったが、距離が足りないのでは仕方ない。みほチームの車両を十分に引き付けることはできた。あとは必要なスピードが出れば向こうのチームが旋回する前に激突できるだろう。

 

 八九式を筆頭にし、後に続くようにしてヘッツァーと三式が迫る。まずは機動力のある八九式をぶつけ、混乱させたところで続くヘッツァーと三式をぶつける。ヘッツァーは長砲身を活かしてレオポンさんと一緒に後部支援に回ることも考えたが、ここで一機でも落とせないことには勝機はない。奇襲で数の優位を得なければみほ姉さんを崩すことは出来ないだろう。

 

 ヘッツァーから身を乗り出す。みほ姉さんもこちらに気が付いたようで旋回しつつ後退の指示を出しているようだが、こちらがスピードを落とさないことに怪訝そうな表情をしている。俺がにやりと笑う。みほ姉さんはようやくそこで俺の狙いに気が付いたようだが、時既に遅しだ。

 

 これが今回の作戦、名付けて「泥沼作戦」だった。

 

 まずみほ姉さんが黒森峰でやったようにチーム全体でレオポンさんを引っ張り、フィールド中央付近にある林に隠れひそむ。そしてみほチームが現れ、十分引き付けると同時に機動力のある八九式を先頭として全員で敵戦車に自軍の戦車をぶつけ強襲する。その後乱戦になるように後方のレオポンに砲撃させ、戦況を泥沼化させる。

 

「うまくいって良かったですね」

 

「こんな無茶なパンツァーカイルがあるか! 下手したら狙い撃ちにされて七面鳥だぞ!」

 

「む、無茶だにゃあ~」

 

「根性ぉー!!」

 

 一瞬の後、青空に轟音が響き渡った。

 

 八九式が激突したのはルノー。まだ発砲はない。次いでヘッツァーと三式も同じようにルノーに激突し、その直後に三機で発砲した。

 

 三機から至近距離で砲火を受けたルノーに白旗が上がる。

 

「レオポンさん!」

 

 それを確認してすぐにレオポンさんチームへと指示を飛ばす。みほチームは既に体勢を整えつつある。俺はすぐに各車後退の指示を出し、ヘッツァーで敵陣深くに切り込んでいく。やがて背後からレオポンさんチームの砲撃が届き、ヘッツァーのすぐ横に着弾する。

 

 危なかった。

 

「ともあれ、泥沼作戦です」

 

「お前ら姉弟はもうちょっとマシな作戦名をつけろ!」

 

 河嶋さんの指摘に憮然とした表情になりつつも、指示を出しつつ反撃されないように立ち回って敵陣をかく乱する。長砲身ゆえにこちらからも撃てない状況ではあるためできるだけ後衛のレオポンさんチームたちと挟撃の形をとりたいが、そういう色気を出して敵を大回りするとあんこうチームのⅣ号から即狙い撃ちされてしまうだろう。

 

「できるだけⅢ突に張り付いて。彼らもこの距離ではうまく動けません。Ⅲ突を挟んで……」

 

 車体に動揺が走る。何とか体勢を立て直して周囲を見渡すと、ヘッツァーのすぐ後ろにM3が張り付いていた。

 

「あ、だめだこれ」

 

 慌てて車内に潜り込んだ直後に発砲音が響き、車内が撹拌されたようにしっちゃかめっちゃかになる。天井のあたりから勢いよく空気が漏れるような音がして、白旗が上がったことを知る。

 

「すみません。一意撃破されました。あとお願いします」

 

 俺は車内で河嶋さんと小山さんにもまれてツイスターゲームみたいになりつつ、うまくいかないものだなあなんて考えた。

 

 

 

 ヘッツァーがやられてしまった後は残った三機が奮戦し、最後は結局Ⅳ号対P虎の一騎打ちでこちらが負けてしまった。

 

 こうして俺の最初で最後の戦車道は終わった。無い知恵絞って出した策で一機撃破できたんだから悪くはないだろうか。結局模擬選には負けてしまったが、これもいい経験になったように思う。

 

「惜しかったねー! ドンマイ!」

 

 そう言いながら磯部さんが俺の背中をバシバシと叩く。

 

「姉さんにはかなわないですね」

 

「そりゃあ西住隊長だからね。でも西住隊長もびっくりしてたぐらいだし、良い線いってたと思うよ」

 

 磯部さんがそういってサムズアップし、それぞれのチームの隊長からも同じように褒められる。あの大洗のメンバーに褒められるんだからそう悲観したものでもないのだろう。俺が照れて頬をかいていると不意に頭に手が乗せられ、俺の頭をやさしく撫でた。

 

 何かと思って振り向くとそこにはアリクイさんチームの猫田さんがいて、なんだかよくわからない笑い顔で俺のことを撫でていた。っていうかこのひと眼鏡の奥の顔がめちゃくちゃ美人だな。松本零○の美女みたいな顔してるぞ。

 

「あ、あの……」

 

「う、うぉぉ、このぼくとしたことが、うぉぉ」

 

 ストロングタイプの変なひとがいる。

 

 もだえる猫田さんを見てみんなで苦笑いしていると、みほチームの面々もぞろぞろと戻ってくる。

 

「いやあ凄かったですねえあの速攻!」

 

「まさかぶつけてくるとは思わなかったからびっくりしました」

 

 澤さんはそう言ってくれるが、あの強襲にも混乱せずしっかりとヘッツァーの背後を取ったあたり、澤さんのほうがずっと上手らしい。

 

「一意君って意外とだいたーん」

 

「だいたーん!」

 

 なぜかわからないが猛烈にからかわれた。

 

「家出息子!」

 

「だから家出じゃないです!」

 

「ちょっと無茶な作戦だったけど、わざと混戦に持ち込んで相手を集中砲火にさらさせる発想はGood!」

 

 家出息子とか言ったり突然褒めたり、このひと本当によくわからないな……。

 

 結局午前のほとんどをこの模擬戦に費やし、この後は簡単な反省会をして終わった。俺が参加したことで迷惑になっていなければと考えたが、みなさん楽しそうだったのでとりあえず自分を納得させることにする。

 

 これが俺の最初で最後の戦車道だった。

 

 

 


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