大洗への旅   作:景浦泰明

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第十五話 『神奈川県 続聖グロリアーナ女学院』

 

 

 迷子になったらとりあえずじっとしていればいいんですよ、という俺の主張に従い、三人で近くのベンチに座り込んだペコさんだけは「いいのかなあ」という表情で不安げにしていたが、俺は幼い頃からみほ姉さんに連れられて数々の修羅場的迷子道をひた走ってきた男だと主張すると全然安心せずに従ってくれる。みほ姉さんに山とか川とか冒険に引きずり回され、そのたびに迷子になっていたキャリアがあるというのにわからない人だ。

 

 俺が憮然としていると「それは婚活教室で『先生は三度も結婚しました!』といわれるようなものでは」と言われ、ぐぬぬと歯噛みする。

 

 まあそれはそれとしてローズヒップさんの落ち着きようは流石であると言えたが、中空を飛ぶセミをぼけっと眺めているあたりおそらく何も考えていないような気がする。

 

 俺はとりあえずペコさんの気を紛らわせるために足元の猫をひっつかんでべちゃっとベンチに乗せる。たまには役に立ってもらおうと思ったのだが、先ほどから色々なものを食べすぎて満腹らしく媚びる態度にも精彩を欠く。いやこの猫が精彩を備えていたことなどそもそもあったかという点においては大いなる疑問が残るが、それもまたそれはそれである。

 

 一応ペコさんもこの不細工に興味を示してくれたらしく、うどんの生地のように俺に触られる猫を見て少し笑ってくれる。

 

「一意さんはこの猫を連れて旅をしているんですか」

 

「置いていこうとしてもついてくるから、仕方なくです」

 

 そう答えるとペコさんは「はぁ」と頷いて俺と同じように猫をなではじめる。多分俺の言っていることがよくわからないのだと思うが、こいつのしつこさは実際に味わってみなければわからない。寝ている間に出発したはずなのにいつのまにかリュックの中にいるし、絶対に化け猫か何かだと思っている

 

「ペコさんは聖グロの戦車道チームでどういうことをしているんですか」

 

 今度は俺のほうからペコさんに質問してみる。その言葉に彼女は少し答えにくそうにしていたが、じっと見つめるとすこし照れたように答えてくれる。

 

「えぇっと、一応副隊長です」

 

 その言葉に驚いておぉ、と声が出る。聖グロリアーナといえば高校戦車道でもかなりの名門だし、一年生にしてその学校で副隊長をやっているというのはかなり凄いことなんじゃないだろうか。俺が感心しているとローズヒップさんからも「ペコさんはすごいんですのよ!」と声が上がる。

 

「ダージリン様の言った名言を誰が言ったのか全部当てちゃうんですの!」

 

 それって確かにすごいけどそういう凄いで良いのだろうか。謎の勢いと意味の通らなさに俺が首をかしげているとペコさんが顔を赤くし、その様子をみてローズヒップさんも首をかしげる。その反応を見てペコさんが「もー!」と声をあげてローズヒップさんをぽかぽかと殴りつけていた。

 

 しかし聖グロで紅茶に関連した名前を付けられるのは少なくとも幹部クラスの隊員だけだと聞いたことがあるし、それを信じるならふたりとも校内ではかなりの実力者なのだろう。

 

「じゃあこれからは二人が聖グロを引っ張っていくんですねえ」

 

「もっちろんですわ! 先輩たちが恥ずかしくないように来年こそ優勝!」

 

 ローズヒップさんが立ち上がって拳を握り、それをみたペコさんがあははと苦笑する。猪突猛進のローズヒップさんと冷静沈着なペコさんでいいコンビなのではないかと思う。

 

 それからもしばらく三人で話をしていると、やがて長い金髪を後ろで束ねた女性と豊かな栗色の髪を三つ編みにした女性が現れ我々と合流する。俺は喜んで駆け出していく二人を眺めながら猫をなで、やれやれよかったと息を吐き出した。

 

「あれほど勝手にどこかへ行くなと言っただろ~!」

 

「あぁ~! ごめんなさいですの~!!」

 

 合流した栗毛のひとがローズヒップさんの側頭部を拳でぐりぐりするのを横目に見つつ、金髪のひとに自己紹介する。金髪のひとがアッサムさん、ローズヒップさんを痛めつけている三つ編みのひとはルクリリさんというらしい。あだだだだだだ! と悲鳴をあげるローズヒップさんをうるさく思っていると、アッサムさんからの「あなたが携帯の充電を切らしていたのも原因のひとつですよ」という声でルクリリさんが言葉に詰まりお仕置きをやめる。

 

「まったく、私たちが卒業したら大丈夫かしら……」

 

 アッサムさんが額に手をあてて考え込むのを見て、先輩方も色々大変なのだなと他人事のように思う。俺はルクリリさんから迷惑をかけて申し訳ないと謝られ、なんだか恐縮してしまう。ローズヒップさんと一緒になって肉まんとか食べていたのだから謝られるとこっちが困る。

 

「一意さん、よろしければ聖グロリア―ナにお立ち寄りになってはどうでしょう。我が校の隊長が是非に、と」

 

 一通り自己紹介や挨拶が済むとアッサムさんからそんなことを言われ、それが先ほどからローズヒップさんが言っていたダージリン様かと思い出す。大方姉さんと友達だから俺が旅をしていることを聞いたのだろう。それにしたってこう運よく会えたのもおかしいような気がするが、まあそういうこともあるだろうか。

 

 先のエキシビションマッチの結果も気になっていたことだし、俺はぜひにと彼女らに同行することにした。

 

 

 

 聖グロの学園艦はめちゃくちゃでかい。

 

 これまでに立ち寄った中ではおそらくプラウダのほうが大きいのだろうが、ひとつ前に見た学園艦が大洗のものだったため余計にそう感じる。俺は聖グロのメンバーの後ろを追いかけながらその威容に圧倒され、見上げるあまりに後ろに倒れそうになった。ローズヒップさんが自分のことのように「大きいでしょう!」と自慢するのにも呆けた返事が出てしまう。俺は半ば呆然としつつも前を歩くひとたちにおいていかれないように歩き、タラップを抜けて市街地へと出た。

 

 聖グロの学園艦は街全体がレンガ造りになっており、おそらく実際のロンドンもこんな風景なのだろうと思わせる様子になっている。これで霧でも出ていればまさに、だろうか。街の中を巨大な二階建てのバスが走り、信号機の形も日本で一般にみられるものとは大きく違っている。雪と森しかないプラウダとか森しかない継続とは大違いの都会ぶりである。昔観たイギリスを舞台にした魔法使いの映画にもこんな風景が広がっていたことを思い出した。まさに異国情緒である。

 

 俺は見るもの全てにウキウキと心を弾ませながら彼女らの後を追い、市街地を抜けて学園にたどり着く。校門から見える巨大な時計塔が目を引き、おそらく英国のビッグベンを模したものなのだろう。校内に入るとそこにもしっかりと整備された英国風の庭園があり、外観だけを取り繕ったものではないのだと知らされた。通常の学校ならばグラウンドに当たる部分が全て庭園として造られているほどの巨大さにも関わらず、その設計はまるで定規で測ったかのような美しい左右対称である。

 

「これがいわゆる紅茶の園、というやつですか」

 

 俺がそう尋ねると、ルクリリさんから「そうだ、よく知っているな」と感心したように褒められる。聖グロに入学して戦車道を受講する生徒たちはいつか紅茶に関連した名前をいただき、この紅茶の園で茶会を楽しむことを夢見るとまほ姉さんから聴いたことがある。ただ、まほ姉さんから言わせると「プチブルだ!」ということらしい。あの発言にはちょっとネタに走ったところがあったが、黒森峰に入学して以来時折こらえきれずああいう思想が出ることがあるなと思う。というか褒めてもらえたからいいが、男が女子校の内情に詳しいのもなんだか気持ち悪いような気がする。

 

 やがて園内を進んでいくと薔薇園を通り抜けた先で美しいガゼボにたどり着く。巨大な鳥かごのようなそこには小さな円卓が備え付けられ、彼女たちがめいめいに席につく。聖グロは英国風の教育に力を入れているとは聞いていたが、まさかこれほど徹底していたとはと感嘆のため息が漏れる。その柱には巧妙な薔薇の細工が施され、日焼けなど一切なく真珠のような輝きを放っている。

 

 俺はオレンジペコさんがひいてくれた椅子に座り、落ち着かないようにきょろきょろとあたりを見回す。

 

「今紅茶を入れますから、一意さんはゆっくりなさってくださいね」

 

 そう声をかけられ、なんだか居心地の悪さを感じながら頷き返す。なんというか、これはあまりにもテンプレートに想像される『乙女の花園』というやつだなあと思い、その中に男ひとりでいる自分がひどく不釣り合いなもののように思えるのだ。

 

「そういえば、ダージリンさんという方は?」

 

 ふと気になってそう尋ねると全員が首をかしげる。俺がここにくることを望んだのはそのひとのはずだったが、いまだに姿を見せないことが気にかかる。アッサムさんから「彼女は変わりものですから、また何かおかしなことでもしているんでしょう」と言われているのを見て、隊長なのにひどい言われようだなと笑う。

 

 アッサムさんが立ち上がってペコさんの手伝いをし、円卓には俺とルクリリさんとローズヒップさんだけが残される。なんとなく手持無沙汰の感があってぼけっと二人を眺めていると、ルクリリさんから「私が淹れるよりもオレンジペコに淹れてもらったほうがおいしい」といわれる。別に責めているわけじゃないのだが。

 

「私は以前思いっきりこぼして以来ゆっくり座っていることにしましたわ!」

 

 お前はもうちょっとなんとかしたらどうだと思っていると、全く同じようなことをルクリリさんが発言してガシガシと彼女の頭をなでる。どっちもどっちのような気がするが、お嬢様学校と聞いていた聖グロにもいろんな人がいるのだなと思う。

 

「では、ついでですので一意さんにはきゅうりでもとってきていただきましょう」

 

 俺がいつまでたってもそわそわとして落ち着かないでいると、アッサムさんから突然そう声をかけられた。

 

 聖グロのあまりにも女子校然とした様子に委縮しきってひたすら猫をなでていたため、突然の提案に何を言われているのかよくわからなかった。というかいったい何のついでなんだ。あとなんできゅうりなんだ。

 

「きゅうりですか……」

 

「イギリスではアフタヌーンティーにサンドイッチは当然。サンドイッチにきゅうりは当然」

 

 呆けた感じで問い返す俺に対してすぐにルクリリさんからの返事が返ってくる。そのあまりにも自信満々の物言いにすこしたじろぎ、なんだか勢いに負けて頷いてしまう。彼女のいうところによると隊舎の裏に野菜の温室があり、きゅうりもそこになっているので適当なやつをもいできてくれということだった。だんだん自分がどういう立場なのか分からなくなりつつ、曖昧に返事をして温室に向かった。

 

 

 


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