大洗への旅   作:景浦泰明

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第十八話 『静岡県 続大学選抜チーム』

 

 

 

 自己紹介によって少女が島田流家元の子であり、なんと昼間圧倒的な実力を見せ付けたセンチュリオンの車長であると知った。

 

 名前は島田愛里寿さん。十三歳なのに飛び級して大学に通っているらしく、なんというかマンガとかアニメみたいな天才である。まあうちの上の姉も国際強化選手だから負けていないだろう。国際だぞ。しかもまだ高校生。彼女は大学生です。昼間のセンチュリオンの動きは確かにすごかったが、まほ姉さんならきっと負けないだろう。

 

 話がそれた。

 

 「あなたとそっくりなひとにこの間、ボコミュージアムで会ったわ」

 

 俺からの自己紹介が終わると彼女からそんなことを言われ、すぐにみほ姉さんのことだとわかる。まほ姉さんはそんなにボコが好きじゃないようだし、俺はもちろん愛里寿さんと会った覚えはない。それはうちの姉で、今年の高校戦車道大会で優勝した大洗の隊長だと伝えると、彼女はなんとなく神妙な顔つきになっていた。

 

 先ほどとは打って変って大人しく黙り込んでいるが、どうやらあちらの興奮状態のほうが彼女にとっては珍しいことらしい。猫によるボコぼこぼこ劇場が終わると次第に落ち着きを取り戻し、今では俺の言葉にも三度に一度くらい返事を返す程度だ。怖がられているのかもと思ったが口数が少ないだけで普通に返してくれるし、単に物静かで内気なだけらしい。

 

 俺はというと初めて会った他の家元の関係者ということで嬉しくなり、これまで全く共感を得ることのできなかった『家元あるある』の引き出しからどんどん話題を出す。

 

 「子供の頃とか戦車乗り回すよね」

 

 「……空砲撃ってすごく怒られた」

 

 「俺も庭の木の枝を折ったよ。まあ撃ったのは下の姉さんなんだけど」

 

 これまでの人生でこれほど家元あるあるが盛り上がったことがあっただろうか。俺はいままで学校でこの話題を出すたびに「西住にナメた真似すると戦車で喧嘩売りに来る」とか「西住にオカマって言ったやつの家がアハトアハトで粉々にされた」とかいう根も葉もない噂を流されてきたのだ。彼女もそういった話はこれまで誰ともできなかったらしく、そのうち笑顔を見せてくれるようになった。

 

 「こんなふうに人と話したの、久しぶりかもしれない」

 

 話が途切れたとき、ふいに愛里寿さんがそうつぶやいた。小学校の途中からまわりは戦車道の大人ばかりになり、飛び級して大学に進んだ今では同年代の人と知り合う機会はほとんどないらしい。

 

 「じゃあ休みの日とかどうしてるの?」

 

 「……録画したボコを見るとか」

 

 不意に目頭が熱くなり、俺は眉間の両側を抑える。休日まで俺を捕まえて戦車の講釈をしてくる上の姉も大概だが、まさか下の姉のような人間がこんなところにもいたとは。

 

 「だからこんな風に、普通の話をしたのは久しぶり」

 

 そう呟く彼女の表情がほころび、手に持ったボコのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 

 「たのしい」

 

 「じゃあ俺たち、もう友達だね」

 

 彼女の瞳にちいさなはてなが浮かぶ。

 

 「三歳も離れてるのに」

 

 変なところに噛み付くやつだなと思い、そんなことは気にしなくて良いと言った。

 

 「一緒にいて楽しかったんだから、もう友達だよ」

 

 愛里寿さんが少し黙ってボコをもてあそび、それから隣に座る俺のことを見上げる。

 

 「じゃあ一意って呼んでもいい?」

 

 「もちろん! 俺も愛里寿って呼ぶよ!」

 

 「……ありがとう。一意」

 

 その言葉に笑みが浮かび、それから足元にいた猫ものろのろと座っている愛里寿に歩み寄る。まるで下校する児童を狙う不審者のような動きだが、愛里寿になでられるとゲル化して地面に寝転んだ。

 

 それからもしばらくくだらない話をしていたが、ふいに俺たちの声に混じって「たいちょー!」と誰かの声が聞こえてくる。

 

 「あ、メグミ」

 

 どうやら声の主は愛里寿の知り合いらしく、いつまで経っても戻らない彼女のことを心配して探しに来たようだった。愛里寿の瞳が困ったように揺れ、しばらく中空をさまよったあとで俺の方を見る。

 

 「戻らなきゃ。みんなが心配してる」

 

 「それじゃあ、俺もそろそろホテルに戻ろうかな」

 

 そういって立ち上がると、左手にひっかかりを覚えて少しよろめく。何かと思うと愛里寿が俺の服の袖を引き、さっきと変わらず俺のことを見つめていた。

 

 「一意を、大学のみんなに紹介する」

 

 「え」

 

 驚いて問い返すともういちど『友達だから、する』と駄目押しされ、俺の脳裏にそれはちょっとどうなのだろうと疑問符が浮かぶ。

 

 それはちょっとどうなのでしょうか。俺は段々と近づいてくる「たいちょーどこですかー?」という声を聞きながらそう問いかけていた。

 

 

 

 「みんなに悲しいお報せがあるわ」

 

 しんと静まり返った大テーブルにメグミさんの声が響く。先ほどまで飲めや騒げやの大盛り上がりだった席は今や水をうったように静まり返り、メグミさんの言葉に耳を傾けている。

 

 「隊長が男を捕まえてきました」

 

 直後、大テーブルは阿鼻叫喚の騒ぎに包まれ、ありとあらゆるところから「隊長に先をこされたっ!」「やっぱり昼間あの男捕まえておけばよかった!」と悲鳴がきこえてくる。

 

 「静かに、先ほど友達になった西住一意だ。みんなも仲良くするように」

 

 隣に立った愛里寿が前に出ると一瞬で騒ぎが静まり返り、全員が声をそろえて「はい」と返事をする。俺は先ほどまであまり喋らずに静かに返事をしていた愛里寿と、今堂々と隊員たちの前で声をあげた愛里寿の違いに驚き、やはりこの歳で隊長を任せられるのには相応の理由があるのだなと感心した。

 

 「それでは引き続き楽しむといい。じゃあ一意はこっち」

 

 そう言って俺の袖を引っ張る愛里寿を見て隊員たちが色めき立つ。俺はなんとも言えない居心地の悪さを感じながら大テーブルを進み、その中ほどにある席に案内される。途中「すごいなさすが忍者すごい」とか「忍者戦術には房中術もある!」とかちょっとやばい会話も聞こえてきた。もしかしなくてもここは酔っぱらいの集まりである。さすが大学生ともなるとジュースでは済まないのだ。

 

 愛里寿が示した席は彼女のすぐ隣で、その周囲には先ほどのメグミさんと眼鏡をかけた気の強そうな女性。それからなんというか、至極当たり障りのない言い方をすれば大変包容力のありそうな女性のふたりがいた。愛里寿から紹介を受けたところによると眼鏡の方がルミさん、包容力のありそうな方がアズミさんというらしい。俺は年上の方々に囲まれて少し委縮しながら自己紹介する。

 

 「一意、緊張しないで。みんな良いひとたちだから」

 

 「俺は愛里寿と違って年上の方と接する機会が多いわけじゃないから」

 

 ひとつふたつ上ならともかく、大学生というのはひとつ壁の先にいるように見える。丁度中学一年生のときにみた三年生の先輩が別の生き物に見えたときのようだ。

 

 「あら、もう呼び捨てなんて」

 

 「流石西住流だ。進む姿に乱れなし」

 

 「ここで前哨戦ってわけね」

 

 またよくわからないことを言われて西住流に風評被害が。このままでは実家に帰った際の母さんとまほ姉さんからの教育がさらに激しさを増してしまうと思い、ちょっと表情が苦くなる。気を取り直して横合いからアズミさんに差し出された飲み物をぐっと口に含み、とにかく美味しいものをたくさん食べて乗り切ろうと思った。

 

 三人は大学選抜の中で愛里寿を支える副官の立ち位置にあるらしく、そのコンビネーションで繰り出されるバミューダアタックで倒した敵は数知れず、らしい。だがバミューダアタックという名前はルミさん以外にはあまり評判がよくないらしく、アズミさんとメグミさんのふたりが「またでたバミューダ」みたいな顔をし、愛里寿はちょっと複雑そうな表情をしていた。結構かっこいいと思っているのだろうが、他のふたりからの評判が良くないからあまり主張できない感じだ。

 

 「どうなんだろう。俺もカッコいいと思うけど男だからですかね。愛里寿はどう?」

 

 「えっ、わっ、私も悪くない、と、思うぞ……」

 

 突然俺から意見を求められて困惑する愛里寿だったが、なんとかつっかえつっかえそう答える。その表情に少し赤みが差し、抱きしめたボコのぬいぐるみが大きくたわむ。ボコは今日もぼこぼこになってるなあと思いながら「ほらー! やっぱり! 隊長もかっこいいって言ってるだろ!」と大きく攻勢に出るルミさんを眺める。

 

 「まさか隊長を味方につけてくるとは……!」

 

 「ミミミ三姉妹のパワーバランスが大きく崩れてしまうわね」

 

 「隊長! 次のコンビネーションはふたりで名前を付けましょう!」

 

 喜ぶルミさんに後ろから肩を掴まれ、愛里寿が困ったように笑う。その様子をほほえましく見守っていると、左隣のアズミさんがしなだれかかるようにして肩に肘をのせてくる。非常に配慮した言い方をすると大変包容力のあるそれがふんわり腕全体に触れて全身が石のように固まる。男子校に通う男子高校生にとってこのひとの存在は非常によくないのではないか。耳元で「上手じゃない」とささやかれ、それが先ほど愛里寿に話をふったことだとわかっていても脳が爆発しそうだった。というか直後に滝のような鼻血がでた。

 

 「一意! どうしたの!?」

 

 「ただのはなぢだから、きにしないでくれただのはなぢだから!」

 

 俺は必死にアズミさんを押しのけながら鼻を抑え、心配する愛里寿をどうどうと落ち着かせる。メグミさんから渡されたポケットティッシュで鼻を抑えていると、周囲から他の隊員たちもどやどやと寄ってきた。

 

 「鼻血だしてる!」

 

 「おいアズミ! おまえさてはやりやがったなー!」

 

 「少年も隊長がいるのにダメなやつだ」

 

 「隊長ー! 戦車が恋人で良いんじゃないですか!? それも良いものですよう!」

 

 「それで良いなら別にかまわないと思うけど、酔ってるのか……?」

 

 そしてあっという間に周囲が人の波に埋め尽くされ、しっちゃかめっちゃかの中でいつのまにか俺も愛里寿も大きな声で笑っていた。宴会はどこまでも終わりが見えないように続き、いつの間にか愛里寿がその場の中心になって隊員たちから可愛がられている。その人の波がいつまでも途切れず、ようやくお開きにというときにようやく再び話すことができた。

 

 「つかれた……」

 

 ちょっとげっそりした愛里寿がそう呟き、俺はその姿を見て本当に疲れたのだなと笑う。

 

 「すごくいい仲間たちだな」

 

 そう話しかけると愛里寿は少し照れたような顔をして「そうみたい」と答える。ボコを強く抱きしめるその姿に先ほどのさびしそうな様子はなく、彼女もまた沢山の素晴らしいひとたちに囲まれているのだと思った。

 

 

 

 翌日、朝食を愛里寿と一緒にし、それから俺はまた旅を再開することになる。

 

 旅立つ前、携帯電話を持った愛里寿から「アドレスを交換しよう」と言われ、十三歳でも持たされているものを俺はいまだに許可されていないのかと驚愕する。というか「ごめん、携帯持ってないんだよ」と返事をしたときの愛里寿の表情のほうがショックだった。それって不便じゃないの!? と尋ねられても、不便だけどどうにもならないことだってあるよとしか答えられない。

 

 俺はせめてと思い実家の住所を書いた紙を愛里寿に渡し、そのお返しとして愛里寿直筆のアドレスを書いた紙をもらう。

 

 「次は俺の姉さんも紹介するよ。ボコが大好きだから、きっとすぐ仲良くなれると思う」

 

 そう伝えると愛里寿は複雑そうな表情になり、小さなこえで「きっとすぐに会えると思う」と答えた。俺もそう思ったので愛里寿に笑顔をむけ、そして再びバイクにまたがる。

 

 「じゃあ、携帯買ってもらったらすぐに連絡するよ。またね」

 

 「うん、またね。……ごめんなさい」

 

 最後の言葉はよく聞き取れなかったが、愛里寿の表情は笑っていたのでネガティブな言葉ではないと思う。最後の最後で猫が愛里寿のぬいぐるみに強烈な一撃を加え、それをみて二人で笑った。

 

 

 




ジョジョリオンの新刊がめちゃくちゃ面白いです

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