大洗への旅   作:景浦泰明

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第二話 『サンダース大付属 下関へ』

 熊本を抜けて福岡に入ったころ、山沿いの平地に大量の戦車が走っているのが見えた。

 

 通常、高校戦車道ではルールとして三十両までしか戦車を出すことは出来ないのだが、眼下に見える大部隊は間違いなくその倍以上の戦車で隊列を組んでいる。しかもそのほとんどが米国のシャーマンだ。

 

 門前の小僧なんとやらというやつで、俺も実際に戦車道をやるわけではないもののそれなりに戦車道には詳しい。あれほどの数の戦車を有し、しかもその全てがシャーマンとなれば、間違いなく長崎のサンダース大付属だろう。非常に資金に余裕のある学校で備品などが大変充実していると聞いたことがあるが、あの大部隊をみればそれも頷ける。あれほどの数の戦車が走っているのは大会の開会セレモニーか家元の襲名披露のときぐらいのものだ。

 

 幸い渋滞にも巻き込まれなかったため、今は時間に余裕がある。俺も家元の子として生まれた以上人並み以上に戦車に興味はあるため、今回の旅では各地にある戦車道を行う学園艦なども見て回りたいと考えていた。

 

 ハンドルを傾けて平地に向け、すこし平地から離れた丘の上を目指して走っていった。道が荒れているからかなんども車体がはねてハンドルを御すのに苦労したが、丘の上は素晴らしい見通しで大戦車部隊がくまなく見渡せた。

 

 横列、縦列、雁行、方円。様々な陣形をかわるがわる作り上げる様子は美しく、さすがは戦車道の名門サンダースだと息を吐いた。今年は惜しくも初戦で敗れはしたものの、敗れた相手が優勝校であればそれも決して恥ではないだろう。

 

 ふと、一両の戦車が隊列を離れてこちらに近づいてくるのが見えた。最初は次の訓練のために移動しているのかと思ったが、一両だけまっすぐこちらに向けて向かってくるのを見るとどうやら違うらしい。少し離れた遠くで車内からブロンドの美女が現れ、こちらに向かって大きく手を振った。知らない人なのだが、俺も何となく手を振りかえしてみる。すぐそばまで近づいた彼女がおや? と首をかしげるのをみて、まあそうなるだろうなと思った。

 

「アリサー! みほじゃないよー!」

 

 どうやら姉と知り合いらしい。ブロンドさんは通信機に向って「すごく似てるけどちがうー!」と叫んでいる。俺はエンジン音にかき消されないよう、できるだけ大きい声で彼女に声をかけた。

 

「西住みほは姉です! 俺は弟!」

 

「What!? アリサ! ナオミ! 聞いた!? みほの弟だって」

 

「なんとまほの弟でもあります!」

 

「Jesus! まほの弟だって!」

 

 そりゃ当たり前だろと思ったが、どうやらなんにでも驚いてくれるひとらしい。

 

「Hi! 私はケイ! 西住流の弟は!?」

 

「一意です! 西住一意! はじめまして!」

 

 いつのまにかケイさんの車両に二両ほど戦車が合流し、それぞれにエンジンを止めて中から人が出てきた。ひとりはボーイッシュな雰囲気の背の高い女性。もうひとりはそばかすのある小柄な女性だった。名前はそれぞれナオミさんとアリサさんといい、ふたりともサンダースではかなりの実力者らしい。

 

「へぇ、大洗の隊長によく似てるわね」

 

「こうなると黒森峰の隊長が本当にふたりの姉かどうか疑わしくなってくるな」

 

 ナオミさんの言葉は俺自身いつも思っていることだったのでけらけら笑っておいた。

 

「みなさんは戦車道の特訓ですね。邪魔しちゃってすみませんでした」

 

「良いのよ! みほの弟が見られてよかったわ。訓練中にいきなりアリサが『大洗の隊長がいます!』って言い出した時はトラウマになってるのかと思ったけど」

 

 トラウマという言葉にすこし面食らい、怪訝な表情になる。まほ姉さんのTHE 西住流といったパワフル戦車道ならともかく、みほ姉さんがそんな激しい戦い方をするだろうか。

 

「みほ姉さんにそんなひどいことされたんですか?」

 

 そう尋ねるとナオミさんとケイさんが大声で笑い始め、アリサさんは悔しそうな表情で唇を噛んだ。

 

「ちがうちがう! この子ったら試合中に大洗の無線傍受をやったのよ。それでお仕置きされたから、大洗には良い思い出がないわけ」

 

「無線傍受ですか。それはまた……」

 

 おそらく反則かスレスレの行為なのだろうが、そこまでしてでも勝ちたかったという気持ちは大事なんだろうなと思う。このひと夏をかけた戦車道大会にみんな情熱を燃やしていたんだ。

 

 その後ケイさんからの誘いでサンダースの休憩に合流させてもらい、たっぷりのフライドポテトとコーラで迎えてもらった。サンダースはアメリカ風の教育に力を入れているとは聞いていたが、こんなところまでアメリカナイズされているというのはちょっと驚きだ。というかここの生徒の将来が心配になってくる。

 

 そういえばまほ姉さんも黒森峰に行って以来何かにつけてふかしたジャガイモばかり食べているし、学園艦の教育には洗脳じみたものがあるように思う。姉さんが中学生のころに家に来ていたツインテールのひとはイタリア風のアンツィオ高校に行ったらしいし、もしかしたら今頃は「パスタをお食べ!」って感じになっているかもしれない。俺はなんだか学園艦の教育方針そのものに疑問を抱き始めていた……。

 

 食事をいただきながら話をしていたところ俺が背負っていた荷物の話題になり、ここでは正直にみほ姉さんに会いに行くところだと答えた。何はともあれ走り出したのだから、今更ごまかしても仕方がない。

 

「下関からフェリーか? それとも福岡空港から飛行機とか」

 

「いえ、全部原付で行こうと思って」

 

 そう答えると全員が「Wao!」と喝采をあげた。みな口々に旅の無事を祈ってくれたが、アリサさんだけは腑に落ちないようで、なぜそんなことをするのかと尋ねてきた。きっとこれから何度も同じことを聞かれるのだろうなと思って、俺はいま出来る限り自分の考えてることを言葉にしておきたいと思った。

 

「ただ会いに行くだけなら飛行機でもなんでも良いとは思うんですが、それだけじゃいけないような気がしてて……。

 みほ姉さんが熊本からどれだけ遠くへ行って、どういう所でどうしてもう一度戦車道を始めようと思ったのか。自分の足で見に行って、そういうことを知りたいんです」

 

 まあ、もちろんお金を豪勢に使えないのもあるのだけど、とは言わないでおいた。かっこついたしかっこつけておこうと思った。

 

 俺の言葉を聞いて場が一瞬沈黙に包まれ、次いでケイさんがバネで跳ねるようにして俺に飛びついてきた。まほ姉さんに負けず劣らずのあれに包まれ、あれに押しつぶされて俺の喉から低い声のカエルみたいな声が絞り出される。

 

「みほのこと大好きなのね!」

 

 ケイさんがそう言って、ナオミさんとアリサさんがにやにやと笑う。

 

 姉さんのことが好きだったのは確かだったから上手く言葉を返すことができなかった。俺は姉さんのことを理解したかった。嫌々戦車道をやって、黒森峰から戻ってくるたびに憂鬱そうな顔をしていた姉さん。学校に行かなくなって毎日暗い顔をしていた姉さん。たくさんの荷物を抱えて寂しそうな顔で行ってくるねと俺に笑いかけた姉さん。――優勝旗を抱えて仲間たちと笑う姉さん。

 

 少し見ないうちに姉さんは大きく変わっていて、俺が姉さんに感じていた暗い親近感はどこかへ消えてしまった。姉さんは大洗でなにかすごく大切なものを見つけたのだと思う。そして俺もそれを知りたいと思った。戦車道ができないなら自分なりの方法で走り出してみよう、そう考えた。

 

 ケイさんに向って笑う。

 

「きっとそうです。だから姉さんに会いたいんです」

 

「OK! じゃあもっとたくさん食べて、すぐ出発しなさい! お金がないならスーパーギャラクシーで送ってあげようかと思ったけど、そういうことなら私たちで見送ってあげるわ!」

 

「え、いや、それはちょっと」

 

「遠慮しない! 全然かまわないんだから!」

 

「いや、なんか暴走族みたいじゃ……」

 

「GOGO!!」

 

 追い立てられるように食事を詰め込んで、それからやっぱり追い立てられるように俺は戦車大隊に見送られた。

 

 はっきり言って六十両近くの戦車を後ろにつけて走るのは恥ずかしく、俺は消え入りたい気持ちでいっぱいになりながら50㎞ほどを走った。別れるときには空砲まで鳴らしてくれて、サンダースのその心意気はありがたいが一刻も早く長崎に帰れとも思う。

 

 ケイさんは別れるときにはまた出会った時のように大きく大きく手を振ってくれて、俺もそれに応えるように大きく手を振った。長いブロンドの髪が陽の光に照らされて金色に輝き、そして鉄の塊の中に消えていった。

 

 俺はそれから体力の続く限り走り続け、そして夕焼けになる少し前に関門大橋にたどり着いた。原付でこの橋を渡ることになったら多分殺されちゃうよなと思っていたが、どうやら原付や自転車はエレベーターに乗って海底に架けられた通路を歩いて向こう岸に渡るらしい。なんと通行料金は20円だ。

 

 パンターを押したままエレベーターに乗るのはなんだか違和感があったが、それよりもさらに海底トンネルでパンターを押しながら歩道を歩くことのほうが不思議だった。どこまでも長いトンネルで出口も見えない。俺はそこをひたすら歩き、そしてトンネルの中で福岡から山口県へ越境した。

 

 トンネルの中にはほかにも人がいたが、誰もかれもどこまでも続くなだらかな勾配に疲弊して無言だった。それはもちろん俺も同じで、ようやく最初と同じトンネルから出るためのエレベーターにたどり着いたときは感嘆のため息が漏れた。今まで生きてきてこれほどエレベーターの振動を心地よく思ったこともなかっただろう。

 

 激しい振動とともに外に出るとすっかり西日が差して世界は茜色に染まっていた。関門大橋のケーブルに赤く条線が走り、そしていままさに九州に向けて陽が沈もうとしていた。今日はこれで休もうと思っていたが、なんとなくもう一度パンターにまたがって走り出した。

 

 

 




感想ありがとうございます。
大変励みになります。
ガルパンの絵を描いている人は「パスタをお食べ!」の画像を各校のキャラでパロディした絵を描くべきではないかと日々考えています。
https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%91%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%92%E3%81%8A%E9%A3%9F%E3%81%B9&num=30&safe=off&espv=2&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjz8P7dsJjNAhVEHKYKHY4oB0UQ_AUICCgB&biw=1024&bih=651

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