大洗への旅   作:景浦泰明

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第四話 『滋賀 続継続高校』

 継続高校を伴って旅は続く。

 

 継続の連中は旅慣れているだけあって料理や野宿の設営もそつなくこなし、俺が不慣れなことも快く教えてくれる。旅は思いのほか快適になった。

 

 ミッコは山菜を採ってきたり川魚を釣るのが得意で、山の中で休憩したりするとすぐにそういうものを集めてくる。ふらっといなくなるので初めは不安だったが他の二人からすればいつものことらしく、しかもそのたびに食料を確保してくれるのだから何も問題はないらしい。いつも不敵な顔で笑って、いたずらっぽくて面白い奴だ。

 

 採ってきた食料はアキが調理してくれる。彼女はとても料理が上手で道中大変助かった。面倒見がよく、BT-42の整備や他の二人の生活の管理も彼女がしているようだ。他の二人では自由気まますぎるし、必然的に彼女がやっているというところも大きいだろう。

 

 ミカさんはいつもカンテレを弾いてはわかったようなわからんようなことを言っている。

 

 アキから簡単な料理をいくつか教えてもらい、ミッコから色々な食べられる野草を教わった。俺がこれから先もひとりで旅を続けられるように、ということらしい。

 

「結局、ひとりで旅をしてわかることは、ひとりでは生きられないということなんだ」

 

 山中のキャンプで火を囲みながら、ミカさんがそう言ったことがあった。彼女はいつも手放さず持ち歩いているカンテレを弾くこともなく、澄んだ瞳で寝袋の中のアキとミッコを見つめている。その眼を見て、いつかミカさんもひとりで旅をしたことがあったのだろうと考えた。

 

「そんなことはとっくにわかっているっていう顔をしてるね。みんなどこかで気づくことだ。だけど君はそれを実感してみたくなったんだ」

 

 断言する口調だった。俺は言葉に詰まってじっと火を見つめる。

 

 それきり会話もなく、気が付いたら俺はいつの間にか眠りについてしまった。

 

 目が覚めて、なんだか身体がうまく動かない。

 

 いつのまにか気を失うようにして眠ってしまったためか、夜風にあたって風邪をひいてしまったらしい。

 

 何もない風を装って運転をはじめたが、全身が震えてうまくハンドルを制御することができない。出発してすぐにパンターの挙動のおかしさに気が付いたミッコによって路肩に停めさせられ、額に手をあてられる。

 

「熱があるな」

 

「えー! なんで体調が悪いのにすぐに言わないの!? そんな状態で運転して、事故でもしたら旅を続けられなくなっちゃうよ!」

 

 アキやミッコが騒ぐ声もまるで一枚フィルターを通したように聞き取りにくい。意識がもうろうとして立ち上がることすらできなかった。周囲の状況もよくわからない。

 

 そのとき、このまま病院に連れて行かれてしまったらどうしよう、という気持ちが心中を鷲掴みにした。財布の中の学生証を見られて学校に連絡がいく。学校から母さんに連絡が行って、仕事用のヘリで病院まできて熊本に連れ戻されてしまうのだろうか。あっけないふりだしに戻るだ。俺はまだ走り出したばかりなのに、こんなくだらないことで家に帰されてしまうのか。

 

 頭の中に浮かんできたのは、十連覇を逃したまほ姉さんの思い詰めた表情と、それからすっかりしゃべらなくなってしまったみほ姉さんの背中だった。

 

 全身の力を振り絞って腕を動かした。関節がさび付いたように痛い。何十年も動かされていない機械のように震えた動きで、がたがたと震えながら何かを掴んだ。温かい、そして細い腕。それを離さないようにしっかりと掴んだ。

 

「何か言いたいことがあるのかい」

 

 その声だけ奇妙なほどクリアに届いた。

 

「まだ帰れない」

 

 ちゃんと声になっていたかどうかわからない。朦朧とした意識では、かすれてよく聞き取れない声にもならないような音だったかもしれない。だが掴んだなにかを手放さずにいると、ふと手の甲にあたたかい誰かの手が重ねられた。

 

「君がそういうのなら」

 

 俺はまた意識を失った。

 

 

 

 ――まだ帰れない。

 

 その言葉が呪いのように感じられた。このまま帰ったら俺はまたあの家で自分が存在する意味を見失ってしまう。みほ姉さんがふさぎ込んだとき、母さんに怒られていたとき、俺は何もしなかった。まほ姉さんが思いつめ、みほ姉さんは春を待たずに熊本から去って行った。

 

 それから今まで、何度も何度も自分に問いかけた。俺はなぜここにいるんだ。

 

 戦車道家元に男子として生まれ、戦車道には参加できず、特別勉強ができるわけでもなく、何か秀でたこともない。

 

 俺はなぜここにいる。

 

 それはもしかしたら幼い日からずっと考え続けていたことなのかもしれない。姉二人とともに戦車で出かけ、三人で仲良くアイスを食べた日は思わなかっただろう。だが初めてみほ姉さんに母さん自ら戦車を指導したときはどうだっただろうか。俺は寂しさを覚え、どうあっても割って入れない無力感にほぞをかむような思いをしなかったか。

 

 俺はただ、俺に何ができるのか知りたかった。俺がここにいて良い理由を見つけたかった。

 

 

 

 SF小説とかアクション映画でよく見る、何度も意識を失ってめまぐるしく場面が変わる展開を味わった気分だ。今度は起きたら景色が丸ごと変わっていた。

 

 二段組みのベッドが二つならんだ、宿泊訓練で使われるコテージのような場所で俺は目を覚ました。意識は非常に明瞭で最後に感じたあの身体のだるさは完全に消え去っている。久しぶりに布団で寝たからかここ数日続いた野宿による身体の痛みもない。起き上がって窓を開くと窓の外に鬱蒼とした白樺の森が広がっていてしばし固まった。

 

 意識を失う前までは滋賀県を琵琶湖に沿って走っていたため、これには顎が落ちるような思いがした。風景が違うというか、なんというかもう植生が違う。病院に運ばれて家に送り返されていなかったことはありがたいが、俺はいったいどこまで運ばれたのかと困惑した。

 

 おっかなびっくり部屋から出るとすぐに頬を風が撫で、深い森の香りとほんの少しの潮の匂いが香った。海の近くにいる。そう考えて、ようやくここが継続高校の学園艦なんじゃないかと思い始めた。白樺の森はフィンランドの植生に近い。だがそうなると俺はどれだけの間寝込んでしまっていたのだろう。

 

 ここで考え込んでいても仕方がないと思い森の中を歩いてみようと考えた。コテージへと続く階段を降るとふかふかした柔らかな大地に迎えられ、普段と違った感触に戸惑いながら歩き出す。森の中に入ってすぐにコテージが見えなくなり、俺は幾重にも林立する白樺の檻に囚われたようになった。地面には足首ほどもある雑草が茂り、人間が立てる音は一切聞こえない。

 

 そういえば昔、姉さんたちと三人で森の中を歩いたことがあったのを思い出した。みほ姉さんが「カブトムシがほしい」と言い出して俺とまほ姉さんがそれに付き合った、というのが理由だったように思う。あのときもこんな風に人の営みから隔絶されたような空間で、自然の立てる音がどうにも不気味だった。みほ姉さんはそんなこと気にもせずにガンガン進んで行っていたが、なぜあんな向こう見ずで勇猛果敢な少女がいつしかほえほえして自分の意見もはっきり言えなくなってしまうのかよくわからない。

 

 道すがら何度もブルーベリーがなっているのを見つけ、もぎとって食べながら歩き続ける。フィンランドの森ではこのようにそこらじゅうにベリーがなっておりベリー獲りの大会なんかも開かれていると聞いたことがあるが、同時にその森には毒蛇が生息しているという話を思い出して背中に寒気が走る。頑丈な靴を履いているし長ズボンだから一応大丈夫だとは思うが、はやめに森を抜けたいと考え始める。だがそもそもどちらに行けばいいのかもわからない。なんとなく立ち尽くして空を眺めていると、不意に繁みがざわつき、メッシュでできたトトロみたいな生物が目の前に現れた。

 

「おっ、起きたね」

 

 メッシュのトトロかと思ったものはミッコだった。いや虚無僧かもしれない。虚無僧になったとしても中身はミッコだ。

 

「ミッコ! 虚無僧だったのか?」

 

「コムソー? これはベリー獲りをする時の格好だよ。蚊がたくさんいるし、毒蛇もいるからな」

 

 やっぱりいたらしい。よく見るとミッコの腰のあたりにはベリーがたくさん入ったカゴが取り付けられ、手には骨組みだけの塵取りのような器具を持っている。どうやらしっかりベリー摘みをしている最中だったようだ。

 

 とりあえず付いてこいよ、と言うミッコの後をふらふら追っていくと、毒蛇に関する逸話を色々と披露してくれる。

 

「ここにいる蛇はそんなに毒が強いわけじゃないんだけど、足がめちゃくちゃ腫れてすんごい痛いんだ。こないだなんか一年生が噛まれて保健室に担ぎ込まれてさ、びーびー泣いちゃって可愛そうったらなかったよ」

 

 俺はそんななかをふらふらしてるのか、と言いたくなったがきっと取り合ってくれないのでやめておいた。

 

 ミッコからこれまでの話をきくと、やはり俺は継続高校まで運ばれてきたらしい。熱を出して寝込んだ俺を戦車に担ぎ込み、石川まで運んでくれたそうだ。パンターもいまは車庫でアキの整備を受けているそうだ。

 

「本当にありがとう。みんなのおかげでこれからも旅を続けていくことができるよ」

 

「ま、礼ならアキとミカに言うんだな。熱を出して寝込んでるお前の世話をしてくれたのはあの二人だよ」

 

「もちろん、あったらちゃんとみんなにお礼を言わせてもらうつもりだよ」

 

「お礼だけで済むといいんだけどな。ミカなんか、お前の身体拭いてやったりしてたんだからな」

 

 はぁ? と自分でも驚くぐらい間抜けな声が出る。いま目の前でにやにや笑っている(ように見える)女はいったいなんと言った。

 

「夏風邪だからそりゃ汗もかくって。そのままにしてたら汗が冷えちゃっていつまで経っても直んないだろ? アキにはまだ早いってミカがおまえの身体を拭いてやってたんだよ」

 

 呆然とする俺の前でミッコが突然姿勢をただし「あ、ミカとアキだ! おーい!」と駆け出してゆく。その先には確かにそのふたりがいて、俺はしばし反応もできないまま立ち尽くすことになった。

 

 

 




戦車道大作戦のミッコはキャラがぶれてて面白いです。

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