大洗への旅   作:景浦泰明

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第五話 『石川? 続々継続高校』

 あのあとミカさんとアキの二人と合流したところ、まずアキから身体の心配をされ、次いでかなり強めの口調で体調が悪い時はしっかりと自己申告をしなければならないと叱責を受けた。

 

 俺の熱はかなりひどいものだったらしく、一時は本当に病院に連れて行こうかどうか悩んだほどらしい。俺は心配をかけたことについて何度も謝り、自分をここまで運んで看病してくれたことについて何度も感謝した。

 

 最後には「本当に心配したんだから。次からは正直に言わなくちゃだめだよ」と念を押され、俺はその言葉にしっかりと首肯した。その間ずっとミッコがミカさんの肩に腕を回してにやにやとこちらを見ていて、本当に良い性格をしていると思う。

 

「ミカからもなんか言ってやりなよ」

 

「……大事なことは全部アキが言ってくれたからね」

 

 ミカさんはそれだけ言ってまたカンテレをぽろぽろとつま弾いた。その変わりない様子になんとなく安心する。このひとはもし継続が廃校になると告げられてもこうして何も変わらずカンテレをつま弾いているのじゃないだろうか。そう考えてしばしの沈黙が流れた後、ふとミカさんがその手を止め

 

「ただ、元気になったようで良かったよ」

 

 と言った。

 

 俺はその瞬間猛烈に顔面が熱くなるのを感じ、掌で顔を覆った。ミッコが目を真ん丸に見開いて、アキがなんだかむっとしたような表情で俺とミカさんを見ている。

 

 一瞬後にミッコの馬鹿笑いが一帯に響き、ミカさんが「うるさいよ」と声をかけた。

 

 

 

 体調も回復したし旅の続きに出ようと思ったが、そう申し出たところアキとミッコから慌てて引き留められ、すごい勢いで「病み上がりなんだから無茶しちゃだめだよ!」と怒られてしまった。ミッコからも同様のことを言われ、すでに万全である自分の体調を思って釈然としない気持ちになる。

 

 だが必死に引き留める二人からなんとなく焦ってるような雰囲気も感じ、もしかしたら途中でパンターを落っことして修理する時間が足りていなかったりするんだろうかと考えた。だとしたら折角助けてくれた人たちに恥をかかせるのも悪いしと思い、俺は何も言わずに継続高校での滞在を了承した。

 

 そうするとふたりは目に見えてほっとしていたので、どうやらそういうことなんだろう。

 

 突然やることがなくなってしまい、何もせず橋の上に座り込み雲が流れていくのを眺めたりしていた。石川は雲の流れが速いなあなんてことを考えていると、いつの間にかすぐそばにミカさんが座っていた。なんとなく頬が熱くなる。

 

「色々障害は増えていくかもしれないが、気が済むまでやればいい」

 

 俺はその言葉に微笑み、看病してくれたことへの礼を言う。ミカさんは少しだけ頬を緩め、「君がこれからどうするのか興味がわいたんだ」とだけ返された。

 

 それからしばらく二人で水面を眺めたりしていると、今度はミッコが隣に座って釣り糸を垂らしていた。

 

「釣れるのか」

 

「ちっちゃいやつばっかりだけどな。でもまとめて揚げてレモン絞って食べるとうまいんだ」

 

 それは良いなあと思う。ミッコはたらした釣り糸の先をまっすぐに見つめていて、それ以上話しかけることはためらわれた。しばらくそのままぼうっとしていたが、アキに呼ばれて全員でのんびり動き出す。

 

 まるで時間がどこまでも引き延ばされて永遠の中にいるように感じる。

 

 それから、三人の手伝いをするという形で俺も彼女たちと共同で生活をした。

 

 継続高校はいったいどこに学校があるのか、本当に一般人が住んでいるかすら定かではなかった。とにかく森ばっかりで、時折潮の香りが漂ってきたりするので船の上であることは確かなのだが、土地勘がなく森を出られないのでそれもはっきりとはしない。

 

 俺は結局森の中でアキと一緒にベリー摘みをしたり、一日中大量の薪を割ったりして過ごした。

 

 薪割を知ることができたのは非常に素晴らしいことだ。俺は一日中薪割をしたことでその快感と奥深さに触れ、そのうち斧の先が自分の腕の先であるかのように感じることすらできた。このまま薪割の素晴らしさについて語ることはあまりにも簡単であり、俺は日が暮れるまでその話を続けられる自信があるが、今はひとまず中断する。だがひとつだけ俺は世界中に声を大にして言いたい。薪割は良い。

 

 さておき、ここでもミッコのサバイバルスキルやアキの料理に助けられた。ミッコは今まで通り魚を釣ったりキノコを採ってきたりと活躍し、アキはそれをいつも美味しく調理してくれる。ふたりは「男手があると捗る」と言ってしきりに感謝してくれたが、俺は彼女たちに言われるがまま手伝うばかりだった。

 

 彼女たちは常に自分たちの役割を意識し、そのことを念頭において行動している。戦車道の訓練に同行してBT-42に乗せてもらった際それを強く感じた。彼女たちは言葉を交わさなくても通じ合い、ミカさんの指揮のもとで的確に目標を撃ち抜いていく。自分たちの役割を完璧にこなし、全員で勝利に向かっていく。

 

 俺の目にはそんな彼女たちがとてもまぶしく映った。

 

 夜になると全員で広間に集まり、めいめいに好きなことをして過ごす。アキは静かに本を読んだりしていることが多く、ミッコとミカさんが暖炉の前で向かい合っていることが多かった。時折みんなでミカさんのカンテレを聴くこともあったが、基本的にはそれが彼らの定位置のようらしい。

 

「ミッコ、世の中にはどんな意見も存在していいと私は思う。だけどそればっかりは承服しかねるな」

 

「じゃあミカは薪の皮を下にして暖炉にくべるっていうんだな。本物のフィンランド人はそんなことしない」

 

 夜が更けてくるとふたりはこうやって毎晩言い争った。

 

 これがあまりにも有名な薪を暖炉にくべるときは皮を上にするか下にするか論争だと気が付いたとき、俺は生きているうちにこの論争を間近で見られることに感動し、そして二日目の夜にはどうでも良いからさっさと薪をくべろと考えていた。お前らは本物のフィンランド人じゃないと言ってやりたい。

 

 おかしなことに継続高校に滞在している間に気温が刻一刻と低くなり、二日目の夕方頃には三人とも暖炉の前で猫のように丸まることとなった。

 

 二シンの塩漬け、ジャガイモ、茹でたザリガニ、ブルーベリーのパイ。そんなものを四人で暖炉の前でかたまって食べた。ザリガニを初めて出されたときはそう言われてぎょっとしたが、要はエビだし汚水にいるアメリカザリガニとはそもそも種類が違う。俺はすぐに彼女たちと同じ食生活に慣れることが出来たが、食後にミッコがガリガリと噛み砕く黒くて変な風味のする飴だけは勘弁してもらいたかった。その様子を見るミカさんもどこか不快そうな様子だったし、おそらくあいつがおかしいんだろう。

 

 

 

「一意君にしかにしかできないことがあるよ」

 

 三日目の夜。ミッコが眠りこけミカさんが自室へ戻った後にふたりで会話をしていたところ、そんなことをアキから言われた。

 

 そのとき俺は継続高校での暮らしについて色々尋ね、その内容に逐一驚いていた。アキの料理はすべて高校に入学してから身に付けたものらしい。半自給自足のような生活をしている継続高校ではそれぞれができることを見つけ、お互いに助け合って生きるそうだ。

 

 俺はすこし卑屈っぽく笑い、「俺なんか家では何もせずにごろごろしているから、継続に通ってたら今頃ミイラだな」と言葉を返した。アキはちょっと笑って、それから静かな声で先ほどの言葉を俺にくれた。

 

「前にミカが言ってたんだ。たくさん人が増えて世界が複雑になって、自分のやるべきことが分からなくなることがあっても、ひねくれたりせずに探し続ければ、きっと自分のやるべきことが見つかるって」

 

 いったん言葉が途切れて、アキがこちらを覗き込む。炎で照らされた顔はなんだかとても幻想的に見えた。

 

「私もそう思うよ。だから、一意君がやるべきことっていうの、探してみれば良いと思う」

 

 それから心地よい沈黙が訪れ、時折薪がはぜてパチパチと鳴る音だけが広間に響く。俺たちはしばらくみじろぎもせずにそれを眺めていた。

 

 俺はだいぶたってからようやく、擦れた声で「ありがとう」と言えた。

 

 

 

 四日目の朝、三人に連れられて小さな小屋の中でパンターと再会した。

 

 どれだけひどい状態になっているのだろうと考えていたが、久方ぶりの対面を果たしたパンターは以前と全く変わらないボロぶりで、俺はなぜ今までパンターを見せくれなかったのかといぶかしむ。

 

 アキとミッコはそんな俺の様子を見て苦笑いを浮かべ、ミカさんは「勝手に思い込むもんじゃない」と不安なことを言う。

 

 その様子を見て何かおかしい、と思った。

 

 雲がやたらと早かったこと、日を追うごとに低くなっていった気温。

 

 旅を再開させてくれなかったことに関しては何かあるとは思っていたが、もしかしてそれを過少に考えすぎていたのではないだろうか。

 俺が恐る恐る、震える声で

 

「ここってどこ?」

 

 と尋ねると、アキが気まずそうに顔をそらした。 

 

 だんだんと顔から血の気が引いていく俺のことを無視して、三人はいそいそとパンターをBT-42に固定していく。

 

「あきらめろよ」

 

 俺の肩を叩いてミッコがそう声をかけ、ぐいぐいと俺の背中を押す。俺は何もできないままそのまま戦車に乗り込み、車体が走りだしてようやく正気を取り戻した。

 

「まて、ここはどこなんだ。いまいったいどこにいるんだ」

 

 必死になって隣に座るミカさんに尋ねるが、相変わらず澄ました顔でこちらを見向きもしない。

 

 戦車がどんどん速度をあげ、周囲の風景が瞬く間に移り変わっていく。ミカさんが「ふっ」と不敵に笑う。

 

「日々移り変わるものについて尋ねても仕方ない」

 

「学園艦は出航しているのか!? 俺はいまどこらへんにいるんだ!?」

 

「何度も言わせないでほしいな」

 

 ちゃんと説明をしてくれと叫ぼうとした直後、ミッコの雄叫びが車内に響き渡る。

 

 「天下のクリスティ式、サスペンションも世界一ィィイィィイイイイイイイ!!!!」

 

 その瞬間、まるで無重力状態になったように俺たちは車内で宙に浮いた。アキの苦笑い。涼しげな顔をするミカさん。そして俺とミッコの絶叫が車内に響く。

 

 俺は必死にもがいて車内でしがみつけそうなところを探し、最終的にすがるようにミッコの座席にしがみついた。

 

 いったい何秒間叫んでいただろうか。ジェットコースターでもこれだけ長い間落下した経験はないような気がする。時間が引き延ばされて、自分の声もどこか遠くで聞こえてくるようだ。気が遠くなりそうになった頃、車体がばらばらに砕け散ってしまうような衝撃とともに着地した。

 

 それからも戦車は止まらず、ミッコはまるで古代ローマの猛将のごとく雄叫びをあげて走り続ける。俺はもう声をあげることもできずに必死でミッコの座席にしがつき、ようやく戦車が止まった時には全身の骨を抜かれたように虚脱してしまった。

 

 ミカさんの手を借りてようやく戦車から這い出ると、そこは前も見えないほどの吹雪で覆われた雪原だった。

 

「ここどこ……」

 

 呆然とする俺のことを放置し、三人はまるで映像を早戻しするようにテキパキとパンターをBT-42から降ろす。

 

「じゃあここでお別れだ」

 

「また継続に来るといい。次は旅の結果を教えてほしいな」

 

「プラウダのひとたち、みんな優しいから大丈夫だよ!」

 

 ミッコ、ミカさん、アキがかわるがわる俺に向かって声をかける。俺が雪原の上に立って目を白黒させていると、突然ミッコがニヤッと笑った。

 

「もう来た!」

 

 そう叫んだミッコの視線の先を追うと、そこに戦車の大部隊が迫っていた。IS-2、KV-2、間違いなく昨年姉さん率いる黒森峰の戦車隊を破ったプラウダ高校の精鋭たちだった。ミッコが舌なめずりし、捕まえられると思うなよー! と吠える。

 

 もうすべてわかっていたが、俺にはどうすることもできなかった。これは半行事化しているプラウダと継続の鬼ごっこだ。

 

 俺を残した三人は熟練の兵士のように素早く戦車に乗り込む。

 

「捕まって拷問なんかされんなよ!」

 

 最後の最後でミッコが叫んだ内容は、あまりにも不吉なものだった。

 

 BT-42が走り去り、背後からプラウダの戦車大隊が迫る。俺は傍らにパンターを抱いてどうすることもできずただ立ち尽くす。

 

 そしてついにプラウダの重戦車たちが現れ、盛大に雪煙をあげながら俺の横を通り過ぎていく。最後に残った一両が俺の目の前で停車すると、中から黒髪の背の高い女性が現れ、凍り付くような視線で俺のことを見た。

 

「逃げ遅れですか。継続は逃げ足だけは早いと思っていましたが、考えを改めなければいけませんね」

 

 俺はとりあえず母さんと二人の姉さんのことを考えることにした。もしかしたらこの土壇場で俺にテレパシーが発現して三人に別れの言葉を述べることもできるかもしれないと考えたからだ。

 

「どうしますか」

 

 目の前で俺を射殺すように見つめていた女性が呟くと、ややあって戦車の中から妖精のように可愛らしい女の子が現れた。まるで雪の妖精のようだ。

 

 彼女の姿をみた瞬間「もしかしてこれは助かるんじゃないか」という淡い希望が胸に芽生えた。こんな可愛らしい女の子がひどいことなんてできるはずがない。どうすれば許してくれるだろう。お馬さんごっこかな? 俺でよければどんどんやろうと思った。

 

「決まってるわ。捕虜は尋問して拷問したうえでシベリア送りよ」

 

 脳が活動を再開した時、俺はこれまでよりも更に熱心に母さんに向けてのメッセージを送り始めた。

 

 

 




書くために調べてたんですが、フィンランドのご飯ってあんまり美味しそうじゃないんですよね。ニシンのパイみたいな伝統料理出てきたし。ベリーとザリガニはよさそうです。

あと自分でも何やってんだこいつって思ったんですが、第一話っきり話数を頭につけてないのはすっかり忘れてたからです。

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