大洗への旅   作:景浦泰明

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第六話 『洋上 プラウダ高校』

 

 

 あの後なすすべもなくプラウダの戦車道チームにひっとらえられ、(彼女たち曰く)偉大なる同志カチューシャさんの御前に引きずり出されることとなった。

 

 俺はというといまや完全に委縮しきっていた。そもそも女の子ばかりの学園艦に不法侵入したというだけでも問題しかないというのに、それに加えて道中どんな言い訳をしても一言も言葉を返さないプラウダ戦車チームの面々や、カチューシャさんの隣に控える二人の女性の冷徹な瞳が怖すぎたというのが理由として大きい。

 

 小柄な体格で勘違いしそうになるがカチューシャさんは三年生でプラウダの隊長らしく、それも不必要なほど俺をおびえさせる。

 

 ふと、以前まほ姉さんが言っていたことを思い出す。プラウダはここ数年めきめきと実力を伸ばしており、その裏には非常に優秀な隊長の姿がある。その名も『地吹雪のカチューシャ』と。

 

 あのときは高校生にもなって二つ名はよくないのではとか考えていたが、この旧ソ連然としたチームをまとめ上げる隊長ならばそういった仰々しい名前を付けたくなるのも頷けるように思う。

 

 そしていま、ついに偉大なる同志カチューシャさんから俺に対する尋問が始まった。

 

「あんたがミホーシャの弟ね」

 

「西住一意です……」

 

 雪原でしばらくすると「なにが尋問じゃ! ここは法治国家やぞ!」なんて考えていたが、戦車部隊の面々や宿舎の様子を見るうちに「もしかしたらプラウダは表面上青森の飛び地を名乗っているだけで、いつの間にか北の大きい国に併呑され静かなる前線基地として機能しているのかもしれない」という考えが脳の大半を占めるようになった。

 

 俺はいまやビッグブラザー率いる党に拉致されたウィンストンの末路を思わずにはいられないでいる。

 

 つっかえつっかえ自己紹介を終えると、カチューシャさんの背後に控えていた女性が一歩前に進み出て事情聴取が始まった。俺はこれまでの旅について話し、そして継続高校に置いていかれてされてここにたどり着いたことを説明する。カチューシャさんはところどころ興味深そうにしていたようだが、隣に立つ黒髪と金髪の女性はぴくりとも表情を変えなかった。

 

 説明を終えると、椅子の上でふんぞりかえったカチューシャさんが声をあげる。

 

「継続はこれからしばらく帰港する予定がないんでしょうね。うちはあと二日もすれば青森に帰港するから、うちにちょっかいだすついでにアンタを置いて行って本土に届けようとしたんだわ」

 

 その言葉でようやく俺がプラウダに置き去りにされた理由と、アキからの「大丈夫」という言葉の意味がわかった。すべては俺が旅を続けられるようにとの配慮だったことを知り、継続のメンバーに一瞬だけ感謝をする。

 

 が、よくよく考えたら虎の穴に放り込むような真似をされた気もした。

 

「そのようなことをしてあげる理由などありませんが」

 

「まあいいじゃない。ミホーシャに借りを作っておくのも悪くないわ! 指導者たるもの器の大きいところを見せてあげなきゃ!」

 

「さすがですカチューシャ」

 

 俺を放置したまま「でしょー!」と盛り上がる様子を眺め、どうやら歯を抜かれるとか何のためにあるのだかよくわからない変な回転する軸を回す仕事なんかを言い渡されないようで安心する。

 

 というかそんなことをしてあげる理由がないと言っていたが、それに対してカチューシャさんが「それもそうね!」とか言って賛同したらどうなっていたのだろう。もしかして海に放り出されるのか。それとも本当にシベリア送りにされるのか……。なんにせよこの場では聞かれたことにだけ答えようと思った。

 

「さて! そうと決まったらアンタには何をしてもらおうかしら!」

 

 側近の女性との会話を終え、カチューシャさんがこちらに向き直る。

 

「肩車はノンナがいるから必要ないし、子守唄の伴奏もクラーラがいるわ。残念ながらこのプラウダは鉄壁の布陣よ!」

 

 カチューシャさんがそれぞれの女性を肩で示すと、両隣に従うふたりが心持ち自慢げに胸をそらす。肩車と子守唄の伴奏で自慢げなのはどうなのか。もっと戦車道で重要な役割を負っている人たちじゃないのか。

 

 それはともかく、俺がプラウダのためにできることはなんだろう。しばらく考えたが、これしか思い浮かばなかった。

 

「……薪割とかすごく得意です」

 

「はぁ? 西住流ではまだ薪で火を起こしてるの? 熊本ってそうなの? なんにせようちはとっくにオール電化よ」

 

 一瞬で切って捨てられた。オール電化じゃ仕方がない。プラウダ高等学校すごい。

 

「はー。じゃあもうこっちで決めちゃおうかしら? 採掘場に行きたい? 森林開発? 安心していいわ。ウォッカだけはいくらでも支給してあげるから」

 

「お、お母さん……」

 

「カチューシャ、あまり驚かせるものではありませんよ」

 

「聞いたノンナ!? お母さんだって! かわいー!」

 

 俺の心の中で絶対この女ぎゃふんと言わせてやるぞという気持ちがすくすくと成長していた。三年生でお姉さんだからって調子に乗りやがって。まほ姉さんに比べたらお前なんて雪の妖精みたいなもんなんだからな。生まれてこの方冬将軍と一緒に暮らしてんだぞこっちは。

 

 そうして切歯扼腕する俺を放置してカチューシャさんは機嫌よさそうに笑い、とりあえず保留ということで! と宣言した。

 

 

 

 

 結局俺は採掘場にも森林開発にも回されず、その日はカチューシャさんとノンナさんに連れられてプラウダ高校を見て回ることとなった。

 

 屋外へ出ると、先ほどまで前も見えないほど激しかった吹雪はすでに落ち着いていて、油絵の具で幾重にも塗り重ねたような厚い雲だけが残っていた。周囲は一面の銀世界で、鬱蒼とした森がそれを縁取る巨大な壁のように俺たちを囲んでいる。

 

 前を進むふたりの足取りは軽いが、俺はというとこれほど降り積もった雪の上を歩くのは初めてでどうにも苦戦してしまう。途中で何度も支給してもらった長靴を雪に取られてしまい、見かねたノンナさんが腕をとって助けてくれる。

 

「普段のように歩くのではなく、そう、足の裏全体で雪に乗るようにして、小さな歩幅で歩いてください」

 

「焦らずにゆっくりよ。王者のような貫録で進むの! このカチューシャ様のように!」

 

 俺はノンナさんの上で反り返るカチューシャさんを眺め、この場合王者のように進んでいるのはノンナさんではないかと悩む。まあ輿の上に担がれているようなものかと思い、素直に頷いてノンナさんについていく。

 

 雪の上を歩くのにも慣れたころ、森のそばに巨大な工場が見えてきた。見た目からすると工場というより巨大なガレージとでもいうべきだろうか。俺の背の何倍もある高い扉をくぐると、そこには大量の戦車がずらっと並び、プラウダの生徒たちが忙しそうに走りまわっていた。

 

 継続の後だから余計にそう感じるのかもしれないが、とんでもない大工場だ。俺が居並ぶ重戦車に見惚れていると、物陰からカチューシャさんのそばに小柄な女子生徒が駆け寄っていた。

 

「か、かちゅーしゃ様~!」

 

「ニーナ! 遅いわよ!! 被害報告!!」

 

 それからニーナさんが「車輪が……砲塔が……」とカチューシャさんに報告するのを小耳にはさみつつ、俺はふらふらとプラウダの戦車を見学させてもらった。後ろから「継続めぇ」「カチューシャ様、おら次にあいつらが来たらふんじばってやるだ」とか聞こえてくるがしらんぷりをする。時折ニーナさんの視線を背中に感じるが無視だ。

 

 プラウダ高校の格納庫ならきっとそれがあるはずだと思い物色していると、手前から三列ほど進んだ先で俺はその戦車を見つけた。

 

 IS-2。

 

 二次大戦で使用された重戦車で、俺の一番好きな戦車だ。とくにプラウダ高校で使われるIS-2は雪上戦を想定してか白く塗装されており、重戦車らしい無骨さもそこそこにその美しいフォルムが強調されているように思える。俺はIS-2をこれほど近くで見られることに興奮し、生まれて初めての経験に周囲を何度も往復しながら全体をくまなく眺めた。

 

 不思議なもので、プラウダ高校に対してやそこで運用される戦車にも暗い負の感情を抱くことは無かった。黒森峰の十連覇を阻んだ宿敵で、みほ姉さんが出ていく原因のひとつとなった学校ではあるが、そういう気持ちはいつのまにかどこかに消えていたらしい。

 

 以前はすこし恨んだこともあったかもしれないと考える。だが大洗との準決勝や、優勝旗を掲げた姉さんの笑顔を見た後では、俺がそんな気持ちを抱くことすらおこがましいように思えた。

 

「IS-2がそんなに珍しいですか」

 

 不意に後ろから声をかけられて振り向くと、ノンナさんが後ろに立っていた。その肩の上にカチューシャさんの姿はない。

 

「IS-2が好きなんです。かっこいいし」

 

「……西住流の子だから、ドイツ戦車が好きなのだと思っていました」

 

 そう言われて考えてみるとドイツ戦車にのめりこんだ覚えはないような気がする。確かにまほ姉さんはパンターが好きだと言っていたしみほ姉さんもII号が好きだったはずだが、俺はIS-2の前はセンチュリオンが好きだった覚えがある。必ずしも身近なものを好きになるというわけではない。

 

 考え込む俺の返事を期待する風もなく、ノンナさんが俺の隣に立つ。

 

「次の試合で私が乗る車両です」

 

 IS-2の砲身に視線を向け、その車体を愛おしげに撫でる。そしてそのまま顔だけをこちらに向けた。

 

「ぜひ、カチューシャと色々話をしてみてください」

 

 その言葉にあっけにとられ、俺はしばし固まってしまう。いったいどういう意味なんですかと尋ねても、ノンナさんは優しく微笑むだけだった。その瞳は俺に向けられているように見えて、実際もっと別のものを見ているように見えた。

 

「深い意味はありませんよ。ただカチューシャがあなたの旅の内容に興味を示していたようですから」

 

 ノンナさんはそれだけ言うとすぐカチューシャさんに呼ばれて駆けていき、ぼうっとしていたら俺も「西住来なさい!」と怒られた。

 

 みほ姉さんはミホーシャでまほ姉さんはマホーシャ、俺は西住らしい。母さんを連れてきたらシホーシャと呼ぶだろうかと想像していたらこらえきれずに吹き出してしまい、そのうえ母さんにパイルダーオンしたカチューシャさんのことを想像し、笑いすぎて死にそうになってしまった。

 

 結果として宿舎に戻ることになった際、俺は車体後部にくくりつけられた橇に必死でしがみつくことになった。時折カチューシャさんが車体から体を出してはこちらを振り向き

 

「言葉も出ないみたいじゃない! これからガンッガン働いてもらうわよ! 働かない者食うべからずなんだから!」

 

 と叫んでくる。

 

 俺は心の底から「一刻も早く青森についてくれ」と願っていた。

 

 

 




今日はお休みしようかと思っていたんですが、第五話の段階で平均文字数が4444、総文字数22222でなんだか気に食わなかったため急遽書くことにしました。

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