ワンパンマンと過負荷な弟   作:キャー、サイタマー

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前編

もしも生まれ変わる事を許されたのならば、どんな人生を体験したいと願うものか。

お金持ちの家庭に生まれたいとか、幸せな家庭に生まれたいとか。

健康な体が欲しいとか、優れた頭脳が欲しいとか。

彼氏が欲しいとか、彼女が欲しいとか。

結婚したいとか。

 

でも夢見がちな私たちは、特別な力を求める。

現実の世界じゃなくて、空想の世界を求める。

健康な体では足りず、不老不死をーー

優れた頭脳では足りず、全知全能をーー

あるいは憧れたキャラクターの全てを望む。

それを私は望み、そして手に入れた。

 

ーー僕は『めだかボックス』の球磨川禊だ。

能力は『大嘘憑き』と『却本作り』の2つ。

『大嘘憑き』は「無かったこと」にするスキルで、

『却本作り』は「対象を自分と同じ性能まで劣化させる」。

これらのスキルは『過負荷』に分類され、劣悪な精神であるほど効果は高まる。

 

そうして生まれた世界は当然、『めだかボックス』ーーではなかった。

『怪人』という生物の起こす事件が、テレビ番組で報道される世界だ。

それら怪人の存在が、秘密にされているという事はないらしい。

これだけならば何の世界か見当も付かなかった事だろう。

でも、兄の名はサイタマでした。

 

ーーワンパンマンかっ!

 

『おにーさんは将来、禿げるよ』

「おまえなー、不吉なこと言うなよ」

 

兄であるサイタマの運動能力は高くない。

学校の中で足が速かったわけでも、力が強かった訳でもない。

喧嘩に慣れている人と戦えば、兄は手も足も出ない。

そういう時は兄に代わって、僕が敵を片付けた。

兄は『異常』のない『ノーマル』で、異能の欠片も見えなかった。

 

この兄は、こんな怪人だらけの社会で生き残れるのか心配だ。

『ワンパンマン』のサイタマではなく、同名の別人という可能性は、もちろん考えている。

ずっと兄の側に居たいけれど、進学した兄は家を出た。

兄の隣へ引っ越すなんて、気楽な一人暮らしなのに嫌がられる事だろう。

そんな僕の悶々とした毎日は、兄が卒業するまで続いた。

 

「やばい、就職先が見つからない。どうしよう」

『やったね!』『これで、おにーさんもNEETの仲間入りだよ!』

 

「おまえなー、他人事だと思って適当なこと言うなよ」

『まさか!』『おにーさんと僕は大切な家族じゃないか!』

 

「その大切な家族だった両親に、おまえ何したよ」

『あれは不幸な事故だったね』『まさか僕らの両親に、あんな秘密があったなんて……!』

 

とは言っても大した事じゃない。

両親が互いに隠していた恥ずかしい秘密を暴露した程度だ。

あれは兄の進路について両親が口煩くなっていた頃の事だった。

きっと僕は悪人だったから、兄は普通に育って欲しかったのだろう。

誰もが兄のために最善を尽くしていたーーだから僕も悪くない。

 

『安心しなよ』『就職先が見つからなかったら、僕が養ってあげるから!』

「不採用前提かよ。そこは俺の就職先が見つかるように祈ってろよ」

 

『良いこと考えた』『おにーさんの就職先が見つからない事を祝って、パーティーしよう!』

「おい、やめろ。おまえは俺の不幸を何だと思ってるんだ」

 

『もちろん食事代は主催者である僕が出すよ』

「ーー何時にする?」

 

『今から!』『レストランに予約したら、おにーさんを迎えにいくよ』

「おい、無理すんなよ。スーパーマーケットの刺身で良いからさ」

 

『大丈夫だよ』『貧乏なおにーさんと違って僕は、お金持ちだからね!』

「それ、盗んだ金じゃねーだろーな」

 

『もちろん仕事して稼いだお金さ!』『盗むなんて、そんな事するはずないじゃないか!』

「あー、そうか。なら悪かった」

 

『ちゃんと相手に所持金を出すように言って、譲ってもらったんだ』

「強盗じゃねーか!」

 

電話を終えた僕は、鏡に向かって化粧を施す。

化粧と言っても、顔のシミを隠す程度だ。

前世と違って僕は男性だから、手の込んだ化粧なんて変だろう。

『球磨川禊』の正装である黒い学生服に着替えて、僕は外出した。

ポケットからレーダーを取り出して、兄の体に埋め込んだ発信器の位置を確認する。

 

兄と合流した僕は、大事なくレストランで食事を終えた。

カニ怪人と会うことも、アゴの割れた子供と会うこともなかった。

仕方ないので、兄が面接に落ちた日は食事へ誘うことにする。

会う度に兄の表情は暗さを増し、声も力を失っていく。

そうして堕ちていく兄を見るのは嬉しかった。

 

「なんかキモいのが出たぞー!」

「怪人だー! 逃げろー!」

 

また面接に落ちた兄を迎えに行く途中で、そんな声を聞く。

僕はレーダーの位置を確認して、軽く走り始めた。

睡眠薬で眠らせた兄に、内緒で発信器を仕込んだのは正解だった。

住宅区の道路上で発見した兄は、いつものようにスーツを着ている。

目の輝きは失っているけれど、まだ傷は負っていなかった。

 

『おにーさん、聞いたよ』『就職難から、ついに怪人になったんだね!』

「俺じゃねーよ、どう見ても人間だろ。怪人は下半身剥き出しのカニ野郎だ」

 

『へー、怪人と遭遇したんだ』『よく無事だったね、おにーさん』

「目が死んでるとか言われて見逃された」

 

『あはは、就職難で良かったね』『幸せそうな目だったら、きっと殺されてたよ』

「良くねーよ。今日も俺は無職のままだ……ん?」

 

『どうしたんだい、おにーさん』

「……いや、何でもねー」

 

兄の視線を追えば、公園の子供に行き着く。

そこにいるアゴの割れた子供は、サッカーボールを抱えていた。

いや、違った。ボールは抱えているのではなく、割れたアゴに挟まっている。

子供型のアゴ怪人と見間違うけれど、あれは普通の子供だ。

兄の会ったカニ怪人に落書きしたため、あの子供は命を狙われている。

 

「見~っけ、タァ!!」

 

カニ怪人の大きなハサミが、子供へ振り下ろされる。

僕の隣から駆け出した兄は、その子供を抱えて跳んでいた。

公園の地面を抉ったカニバサミは硬く、人体を楽に潰せるだろう。

とても勝ち目のない戦いなのに、兄は子供を逃がそうとしている。

チラチラと送られる兄の視線から目を逸らし、僕は様子を見守っていた。

 

「キミ~、何のつもりだい。まさか、そのクソガキを庇う気かい?」

「おいおい、まさかとは思うが子供の悪戯ごときで殺意を起こしてるのか。よく考えろよアンタ」

 

『ワンパンマン』となる兄にとって、始まりとなる戦いだ。

兄は怪人に勝つので、下手な介入を行うべきではない。

怪人と対する兄からヘルプサインを受けても、ダメだったらダメなのだ。

もしも僕の手で怪人を倒せば、兄は『ワンパンマン』に成らないかも知れない。

そんな事で悩んでいる間に、兄は怪人に殴り飛ばされていた。

 

『あっ』

 

一瞬、頭に血が上る。

瞬きする間にカニ怪人は、巨大なネジで貫かれていた。

このネジは僕のモデルとなった『球磨川禊』の武器だ。

つまり反射的に僕は、カニ怪人を攻撃しちゃったらしい。

地面から身を起こした兄と、僕は視線を交わして微笑む。

 

『ーー今のなしで』

「待てよ、バカ野郎」

 

僕は『大嘘憑き』を使って、「無かったことにした」。

するとネジで貫かれたカニ怪人は消え、傷一つもない新たなカニ怪人へ戻る。

とは言っても記憶は消えていないので、僕に対する突っ込みは止まらない。

問題のカニ怪人も意識はあったのか、兄よりも僕の方を警戒していた。

後退りを始めたカニ怪人の足下にネジを撃ち込み、その動きを止める。

 

『僕の事は気にしなくていいから』

「いえ、やはり子供の悪戯に怒るのは大人気ないかなーと」

 

『いいから続きをやれよ』『その殻の中にあるミソを地面にぶちまけられたいのか』

 

「……キミ~、何のつもりだい。まさか、そのクソガキを庇う気かい?」

「もう、おまえがやれよ。あきらかに俺って、いらないだろ!」

 

『そんな事はないよ、おにーさん』『その子供の生死に、僕は興味を持っていない』

『この場で子供を救えるのは、おにーさんしか居ないんだ』

 

この公園の周囲は静かだ。

住人は避難しているから、人の姿はない。

面接で落ちて逃げる気力も湧かなかった兄と、

怪人の胸に乳首の落書きをしたバカな子供と、

カニを食べすぎて怪人となった元人間しか残っていなかった。

 

「プクククク(悲)、とりあえず死ね!」

「うおおおおおお!!」

 

カニ怪人の飛び出ている目を引き抜けば、兄の勝利だ。

しかし僕の攻撃を受けて、カニ怪人は慎重になっていた。

カニバサミで挟んだ兄をホールドすると、緩やかに閉じていく。

兄の武器であるネクタイは空振りして、その勢いを失った。

やがてカニバサミは閉ざされ、兄の体は真っ二つになる。

 

『あっ』

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

カニランテ様と名乗るカニ怪人と戦って、俺は死んだ。

カニバサミに体を挟まれて、押し潰される痛みを覚えている。

しかし目覚めてみれば俺は、弟に抱かれて腕の中にいた。

十代の頃に成長を止めた弟は、いつまでも若いままだ。

こうして弟の近くにいると、なにか良い香りが漂ってくる。

 

『さすがだね、おにーさん』『まさか、あの怪人を倒してしまうなんて!』

 

巨大なネジに貫かれて、カニランテはミソを撒き散らしていた。

どう見ても俺じゃなくて、弟の仕業だ。

あの不思議な力を使って、また茶番を繰り返す気はないらしい。

俺がカニランテを倒した事にして、強引に話を進めようとしている。

カニランテに狙われていたガキは、近くに見当たらなかった。

 

「おい、あのガキはどうなった」

『さあ?』『どっかいっちゃった』『どうでもいいね』

 

「少なくとも、おまえは手を出していない訳だ」

『まさか!』『おにーさんを放って行く訳ないじゃないか』

 

喧嘩となると毎回、こんな感じで決着する。

生まれながらの最終兵器な弟が、すべてを台無しにする。

弟の言葉を借りて言えば、『また勝てなかった』だ。

俺は自力で敵を倒し、そうして勝つべきだった。

俺の戦いを最後まで続けて、俺の力で勝つべきだった。

 

「思い出した……俺、小さい頃ヒーローになりたかったんだ」

『ああ、あれね』『僕は踏み台にされる悪役に同情してたよ』

 

「サラリーマンじゃなくて、あからさまな悪役を一撃で打っ飛ばすヒーローになりたかったんだ」

『悪役だからと言って』『外見で差別するのは良くないと思うよ』

 

「今日で就活は止めだ。俺はヒーローになる」

『そっかー』『僕も、おにーさんを応援するよ!』

 

そう言うと弟はネジを取り出した。

大きなネジの尖った先端は、俺に向けられている。

いったい、そのネジを何に使うつもりなのか。

嫌な予感を覚えて逃げ出そうと思ったものの引き留められる。

俺の体は、弟の腕によってホールドされていた。

 

「おい、やめろバカ。なにをするー!!」

『安心してよ』『これは幻覚だから』

 

弟は笑顔で、俺にネジを叩き込んだ。

よく見れば、いつものプラスネジではなくマイナスネジだ。

ネジの頭部に彫られた溝の形に、プラスとマイナスの違いはある。

そのネジに突き刺された俺の体は、急激に劣化していった。

体から力が抜けて、呼吸も息苦しさを覚える。

 

『ーーこれは却本作り。おにーさんの肉体・精神・技術・才能、それら全てを僕と同じものにする』

 

世界は一変した。

とても世界が恐ろしいものに感じられる。

空気に潰されそうなほど、世界は重い。

目の前で揺れる白いものを摘まむと、それは髪の毛だった。

まるで恐ろしいものに遭遇した時のように、俺の髪は白くなっていた。

 

『大丈夫だよ、おにーさん』

『もしもヒーローになれなくても』

『僕が責任を取って、おにーさんの面倒を一生みてあげるから!』

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