モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

126 / 135
がちょうたちの沈黙

 

  ペロロンチーノとぶくぶく茶釜がベレニスの別宅へ厄介になり、のんびり気ままな居候生活を満喫し始めた数日後、大神殿の会議室にて6名の神官長が招集された。

 

 会議室の掃除を終え、一息ついた6名の神官長は着席する。静寂の中、最高神官長の声が流れた。

 

「神都周辺の治安を維持すべく、六色聖典の補助として前線に立っている多忙の中、時間を割いて頂き感謝する。次回の会議前に、神官長だけで集まるべきだと判断させていただいた」

 

 その意図は知れている。

 

 会議に出席する総勢12名の責任者たち。アンデッドを所持しているのは神官長の6名で、それ以外の機関長、元帥などの6名は所持していない。故に、やっかみや嫉妬で会議が滞るのを避けるべく、事前の意思調整に招集された。

 

 と、表向きの口実は出来上がっている。

 

 つまるところ、神官長6名のうち、2人でも結託してしまえばそれが最大派閥になる。相手を黙らせるために背景とする暴力、魂食い(ソウルイーター)が2体以上揃えば、誰も文句を言えなくなるのだ。そのための牽制なのだろうと、ベレニスを含めた5名は懐疑的な視線を向けるが、誰も指摘はしない。

 

(我らも各々が別のことを考えているのでしょうね。この私も含めて……)

 

 彼女の私見は正しい。 

 

 そう遠くない昔、一枚岩となって六大神を崇拝し、全身全霊で信仰を捧げていた彼らも、今では6名が6名とも別の思想に囚われている。根幹は同じであれ、過程に差があれば別物だ。勢力や派閥は思想に共感を覚える者を磁石のように取り込んで成長しながら力をつけていく。彼らの度し難いところは、自身の思想をひた隠しにし、誰も公言しようとしない。それ故に、結託するような事態は起きず、法国の分断を避ける唯一の救いとなっていた。

 

 六大神を崇め、人間世界の平和を目指していた彼らの頭上、超高高度から落下したアインズという隕石が彼らから磁力を奪った。

 

 依然として神官長、6色を維持す。

 

「と、このように、現状で我らは個を維持している。無論、考えが同じだと理解しているが、我らが結託していると思われる事態だけは避けねばならない」

「その通りだ。責任者を二分、あるいは三分するのは悪手。神都を細切れに分かつ戦争に繋がりかねん。それも、人間と人間の、な」

「我ら6名は決して結託せず、神都の平和のために尽力する姿勢を示す必要があるわ。次回、責任者会議の前日、改めて集まりましょう」

「その必要はない。今回は相互の意思確認という意味が大きい。何か問題があれば、会議で提示すればよい。改め、それでは一週間後にここでお会いするとしよう」

 

 ベレニスが挟みこんだ提案はさりげなく蹴落とされ、会議は平穏のまま終わった。

 

 皆が頭を下げ、無言で席を立つ。最後に立ち上がったベレニスに、若手の土の神官長が微笑みながら話しかけた。

 

「サンティニ女史、御付きのソウルイーターの姿が見えませんね」

「彼は町の外で見回りをしているわ」

「小耳に挟んだのですが、担当なさっている郊外の花畑が燃えたようで」

「魔獣を狩ったのよ。彼は手加減が難しいみたいね」

「そうでしたか。お互い、何を考えているかわからぬアンデッドの調教に苦労しますね」

「ええ、本当に、異形種の考えていることはわからないわね。それでは失礼」

 

 微笑みながら頭を下げ、歩を進めた。白々しい会話を適当に切り上げ、ベレニスは大神殿を出て行く。途中、何度も振り返り、尾行を確認した。

 

 火の神官長にしてふくよかな老婆、ベレニスは帰路を避け、市場へ足を向ける。帰宅先は家族が待つ我が家ではなく、普段は誰もいない別宅だ。この仕事はどれほど信頼できる者であろうと、他の誰かに頼めない。

 

「ふふっ……」

 

 二人の口論を思い出すと、口から含み笑いが漏れた。本当に仲の良い姉弟だ。姉の口は悪く、独身の淑女とは思えぬ振る舞いであったが、険悪にならずに言いたい事を言えている。

 

 絶対強者のアインズを軽く越える暴力を持つ天使と粘液は、与えられるまま怠惰に過ごすことを良しとせず、ことあるごとに花畑の件を蒸し返して精力的に働いてくれた。

 

 桃色の彼女のお陰で別宅の床は舐めても問題ないほど輝いているし、鳥人は神都周囲の見回り、焼き畑を魔法の弓で打ち抜いて耕しながら花の種を撒いている。弓で耕しているのに、出来栄えは悪くなかった。都市郊外の見回りを兼ね、魂食い(ソウルイーター)は花の水やりに出張っている。

 

「ただいま」

 

 別宅の扉を開くと、「茶」と書かれた紙を頭部らしき場所に貼りつけ、ほっかむりをした桃色の粘液体が床を雑巾がけしていた。

 

「あ、お帰りなさい」

「はい、ただいま」

 

 スライム的視覚のぶくぶく茶釜は、物体の輪郭しか識別できない。人の顔、色、質感などは描写されない。そのふくよかな体系で判断されるのは気分がいいものではないが、他に判断の材料がない。

 

「もうすぐ床掃除が終わるからねー」

「弟さんはどちらへ?」

「畑を耕してんじゃないかな」

「あまり長い時間、外を出歩かないでほしいわねぇ」

「大丈夫だよ。あれでも遠距離系だから。誰にも見えない遥か上空から矢を撃って土を掻き混ぜるなんて簡単だって」

 

 ぶくぶく茶釜は嬉しそうにすり寄ってくる。姿形こそ異形だが、声は幼さの残る淑女だ。

 

「それよりー、御飯はなぁに?」

「シチューとパンを作り置きしておくから、明日に食べなさい。今日は肉と魚を焼くわ」

 

 ベレニスも穏やかな声で応じた。

 

 人間を餌とする種族が多い異形の世界で、元が人間のプレイヤーであろうと、異形種と人間は決して相いれることはない。ミノタウロスとして新たな生を受け、数々のマジックアイテムを発明し、人間の地位向上に尽力した”口だけの賢者”でさえ、人間を口にしているのだ。彼らがどれほど人間らしく振る舞おうと、どれほど人間に優しくしようと、鎌首をもたげた大蛇が好奇心で小鳥の巣を覗き込んでいるのと何ら変わりがない。

 

 心を許してはならないと頭ではわかっているが、事はそう簡単ではない。

 

 夕食が肉だと知って喜ぶスライムを見下ろし、刹那の物思いに耽っていると、扉が開かれた。黒いローブで全身を覆い隠したペロロンチーノだ。顔には「ペ」と書かれた紙が張り付けてある。

 

「ただいまー」

「あ、お帰り」

「お帰りなさい」

「……疲れたー」

 

 入室して早々、ローブを引っぺがしてからソファーへ倒れ込んだ。飛び込んだ衝撃で、数枚の羽毛(フェザー)が丁寧に磨かれた床へ落ちた。

 

「ほら、仕事仕事。掃除が残ってんよ」

「勘弁してくれよー……MPがすっからかんなんだよ」

「駄目男だな、これは」

 

 姉は桃色の触手で弟の頭をはたいていた。

 

「その辺にしてあげなさいね。食事を作るから休んでいなさい」

 

 もはや見慣れた光景だ。ベレニスはくすりと笑い、料理を作り始めた。

 

「ありがとー……ベニーお婆ちゃーん」

「せめてテーブルの掃除くらいしろ、このごく潰し」

「姉ちゃんこそこの前、昼寝してたじゃんよ。もっと働け」

 

 仲の良い姉弟のやり取りを背後に聞きながら、にんじんの皮をむき始める。そんな単純作業の時に限って、頭は妙に回る。

 

 彼らが人間をどう思うか気になるところではあるが、それは禁じられた(パンドラの)箱だ。鍵をこじ開け、蓋が開いてしまえば、彼らは自覚してしまうかもしれない。

 

 この世界の人間が虫けら同然の下位種族であると。

 

 人間は慣れる生き物だ。ぶくぶく茶釜のスライム的な動きも、ペロロンチーノの恐ろしい顔面も、見慣れれば愛嬌がある。今ではぶくぶく茶釜がすり寄ってくると可愛らしいとさえ思えるし、ペロロンチーノも羽毛に覆われた背中を櫛で梳いてやると気持ちよさそうにくつろいでくれる。

 

(彼らに人間を殺してほしくないと思うのもまた、人間の身勝手なのでしょうね……)

 

 何時だって二人は、ベレニスの料理を美味しそうに食べてくれる。手のかかる子供が増えたようで悪い気はしなかった。

 

 それもまた人間なのだ。

 

 ベレニスは配膳を終え、六大神へ祈りを捧げた。二人はこちらが終わるまで黙って待っている。この二体の異形種には人間の心がアインズよりも残っているのだ。

 

「さあ、食べましょう」

「いただきまーす!」

「いただきまス」

 

 食器がカチャカチャとぶつかる音だけが聞こえる。二人の皿が空になるのを見計らい、ベレニスは咳払いをして神官長らしき威厳のある声色に変えた。

 

「二人とも、よく聞きなさい」

「?」

「改めて言わせていただく。我々は人間と異形種だ」

「へー」

「へー……じゃねえよ! どうしたんスか、ベニー婆ちゃん」

 

 ペロロンチーノの声が大きくなった。

 

「この国に来るのがあと数か月早ければ、私たちは間違いなく敵対していたでしょう」

 

 アインズがこの国を属国にすべく乗り込んできたのも、世界級の洗脳アイテム”傾城傾国”の奪取を終えていたからだ。魔導国の属国とならずに相互無干渉を維持した法国に二人が降臨していれば、躊躇うことなく”傾城傾国”を使用し、魔導国への切り札にペロロンチーノとぶくぶく茶釜を利用した。洗脳さえ事前に終えていれば、放逐して彼らの拠点に潜り込ませ、内部から破壊できる。

 

 地獄が生温く感じる未来が、黒々とした大きな口を開いて待っていると知らずに。

 

「私も魔導王と出会って変わってしまった。今では、そうならなくて良かったと思っている。二人とこうして楽しく過ごせるのだからな」

「なーに、それ。なんか穏やかじゃないね」

「洗脳とかマジ勘弁してくれよ……」

「お前は実機プレイが楽しめないからな!」

「こっちは真面目に話してんだよ!」

「黙れ。このケモノ!」

「見た目だけなら姉ちゃんのほうが下品だぞ!」

 

 二人のやり取りでベレニスの口角が緩んでしまい、咳払いで仕切り直した。

 

「我ら人間はか弱い。六大神――つまり、人間プレイヤーを信仰し、縋らなければ進めないこともあろう。たとえそれが、異形種の迫害という危険思想へ偏ったとしても」

「ふーん……大変だよね、敵が多いって」

「この世界は、人間を餌と見做す異形種が多すぎるのだよ」

 

 会話に間が生じた。ベレニスは閉じられている箱の蓋を少しだけ開いたのだ。隙間だけ開かれた箱から何が飛び出してくるのかと思い、こめかみを冷や汗が流れた。

 

「そりゃあ、俺ら、人間をやめちゃったけど、人間とかは食べられないよ、なぁ?」

「無理無理、エグいって。アニメは日常系が好きかな」

「日和ったな、姉ちゃん」

「じゃあ、あんたは人間食べんの?」

「無理ッス」

 

 一先ず、彼らが人間を虐殺する未来は避けられたように思える。13段もある階段を、1段だけ降りたことで安堵のため息を吐いた。

 

「タブラさんなら食べちゃうかも……」

「否定はできないな……」

 

 それ以上、箱の蓋を開く勇気は持ち合わせていない。

 

「ゴホン……少なくとも私は、二人に人を殺してほしくはないのだ……」

 

 この時見せた彼女の顔は、悲壮な表情だった。空気を読んだ二人が黙り込む。

 

「人間は弱い。神人の血を引く法国最強の彼女でさえも、お二人なら簡単に殺せてしまうだろう。だがそれは、人間としての魂を削る行為なのだ。時には力も必要だが、むやみやたらに殺すべきではない。人は必ず報いを受ける時がくる。得るべき人間世界のため、部下へ邪魔者の暗殺を指示してきた私が言うべきではないかもしれないがな」

「暗殺……」

「大変だったんだね……ベレニスさん」

「侮辱され、知人を傷つけられ、激昂する場合もあるだろうが……殺さずに済むならそうしてはくれないか」

 

 二人は老婆の顔を覗き込む。

 

 魔導国の使者が破壊された件で、アインズがそろそろ何らかの行動(アクション)を起こす頃合いだ。そちらで何も起きなかったとして、直に神官長の会議が開催される。二人はその時に公の場へ姿を現さなければならない。個人的に隠匿していたのだと他の5名が知ったら、どんな策謀を疑われるかわからない。

 

 そして何よりも最悪なのは――

 

「もし、私の身に何かが起きたとしても、決して感情的に怒らないでほしい。絶対に、魔導王と敵対だけはしないでおくれ。巻き添えを食って死ぬのは、罪のない国民たちだ」

「それはないでしょうよ……」

「私はもう、十分生きた。先日のアンデッドは魔導王の使者だ。恐らく、直に彼らがこの地を訪れる。これまで部下たちに汚れ仕事を命じてきた報いとして、私の命を取られても致し方あるまい。私はスレイン法国の責任者なのだからな」

 

 自嘲気味に笑う老婆へ、二人は声を荒げた。

 

「大丈夫だってば! モモさんはそんなに鬼畜じゃないから」

「俺が言うよ。世話になったから殺さないでやってくれって」

「ありがとう、ぶくぶく茶釜様、ペロロンチーノ様」

「様づけはやめてよぅ、なんかむず痒いからさぁ」

 

 ベレニスは次の提案が良く聞こえるよう、少し間を空けた。ここまで、彼女の想定通りに話が進んでいる。

 

「私は、この国を二人に任せてもいいのではないかと考えている」

「あー……そういうのパスー」

「あら、悪くないと思うけど、駄目かしら」

 

 ベレニスの口調が砕けたのを確認し、二人がいつもの調子に戻っていった。

 

「いや、ちょっと強いだけの一般人が王とか、無理スよ」

「ちょっとやそっとではないわ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下を越える者は、世界征服も容易くできる。あの忌々しい八欲王のように」

「ワールドチャンピオンのギルドだっけ?」

「ん、多分だけどな」

「やーね、男って。どいつもこいつも下品で」

「それには同意するわ」

「悪かったよ……」

「二人はそんな性格ではない。あの魔導王さえ超える武力が存在するのなら、他国へ戦争のけん制として、これ以上ない抑止力となろう。そうして魔導王と親交の厚い御二人は、法国と魔導国を強く繋げるはずだ」

「なるほど……」

 

 ぶくぶく茶釜は合点がいったとばかりに頷いている。

 

「納得すんなよ! やだよ、俺。王様とか言われてもさぁ」

「ハーレムできるよ」

「違うんだよ! 恋愛がしたいんだよ! わかるだろ、ギャルゲーもこなす声優なら。出会って恋して攻略してみたいな」

「キショッ!」

「弟にキショイといか言うなよっ!」

「んー……まぁ、私も女王陛下とか言われるのは勘弁かな。女王様ならいいけど」

「うわ……引くわ」

「冗談だよ、馬鹿」

「やはり駄目か?」

 

 ベレニスの声は縋りつくようなものだったが、ぶくぶく茶釜の答えに変化は見られない。桃色の触手が体の両側から生え、体の前で交差した。

 

「だめぇぇー」

「いや、気持ちだけ受け取っておくんで、無理ス」

「そう言うだろうと思っていたわ。それならば、年寄りの頼みを一つだけ聞いてもらえない?」

「できることなら何でもやりますよ」

「あ、でも、できることだからね」

「まさか、お孫さんとの結婚とか?」

 

 孫との結婚を勧められるのかと思い、ペロロンチーノの鼻息で顔面に張り付けていたペ印の紙が浮いた。居候生活とはいえ、土いじりの日々に出会いもへったくれもない。火の神官長ベレニスは穏やかに笑った。

 

「それは考えてはいるけど、まだ早いでしょう?」

「はい、すみません」

「それは止めた方がいいと思うけどな」

「おい」

「コホン……数日後、法国の責任者12名が大神殿に集まる。領内の農業用地開発のため、魔導国へ依頼する内容を吟味するためだ。二人はその場へ顔を出してもらいたい。それが私への恩返しだと思っておくれ」

「……」

「い……いいですとも……」

 

 ぶくぶく茶釜が辛うじて返事をした。およそ快諾とはかけ離れた暗い声であったが、言質さえ取れれば後はどうにでもなる。初めからそれが目的だ。

 

「そう、それは良かった。それじゃあ、食事のお代わりを持ってくるとするわね」

 

 二人が王になり、この地を治める提案に乗ってくれれば万々歳、そこで断られても次の提案が受け入れやすい。これまでのやりとりから二人が権力に執着する性格ではなく、世話になった老婆へ協力してくれるだろうと知っているのだ。

 

 

 いつも騒々しい異形の晩餐は、時間でも止められたようにしめやかになった。

 

 嫌な行事までの日々はあっという間に過ぎていく。会議開催までの7日間は、矢が右から左へ過ぎ去るように一瞬で去った。

 

 

 

 

 そして総勢12名の責任者が集う会議の日、ベレニスは人目を避け、誰よりも早く会議室に到着した。恒例となっている会議室の掃除を一人で終え、熱めの茶をのんびり啜っていると、彼女に遅れて12名が集まった。

 

 問題はその部屋へ通じている隣室だ。

 

「なぁ、姉ちゃん、なんで俺ら呼ばれたんだ?」

「知るかよ……」

「演説とかすんのかな」

「出来んの?」

「無理。姉ちゃんは? アフレコとかで慣れてるだろ?」

「いや、無茶苦茶言うなよ」

 

 引退して久しく、今さら役割演技(ロールプレイ)などできそうもない。

 

 ふくよかなで優しいベレニスの意図はわからない。呼ばれるまで隠れているよう言われたもので、彼らは息を殺して身を潜めた。聞き耳を立ててみるも、彼らの話はよくわからない。人間関係の細かい話までは聞いていないし、彼女も教えてくれなかった。

 

「どうだ? 何か聞こえるか?」

「あんまり仲良さそうじゃないね」

「そうなの?」

「空気的にね。伊達に声優やってないからな」

 

 彼女の見立て通り、会議室は和やかとは言い難い。

 

「魔導国への依頼として、魔導国へソウルイーターの追加購入、法国管轄地域の村の開拓、この二点だ。美術系の財宝を売却し、必要な経費をねん出しよう」

「冒険者組合の誘致はどうなさったのですか?」

「そちらは慌てずともよい。今は領内の開発が優先だ。他に何かあれば挙手願いたい」

 

 議長は周囲を見渡したが、誰の手も上がらなかった。

 

「茶番だな……」

「同感だ」

 

 光と闇の神官長がため息交じりに吐き捨てた

 

「私は最近、この国の制度そのものを疑問に思う。最高神官長など、今後の神都に必要ないのではないか?」

「魔導国と同様、議会制にすればよい。いっそ、全ての機関を解体し、魔導国と帝国より議員候補の手配をしてみては?」

 

 黙っていられないのは神官以外の責任者だ。

 

「そうやって神官だけでゆっくりと国をいいように操ろうというのですかな」

「あまり我らを舐めないでいただけませんか、神官長殿。ソウルイーターという武力を手に入れたとはいえ、この国には王がいない。その話を魔導王の耳に入れても良いのかな?」

「皆さま、落ち着いてください。議会制は賛成ですが、神官長という職務そのものが必要ないでしょう」

「左様。六大神を属性別に分けたのは人間の勝手な想像だ。6つの宗派そのものが、本来は必要ない。最高神官長は議員に最適ともいえるな」

「貴様ら……気でも狂ったか! 六大神の御方々があってこそ、今の人間の生活だろう!」

 

 体裁だけでも会議という形を保持していたが、これをきっかけに崩れ去ろうとしていた。ベレニスが軌道修正しようと発言する。事前に想定していたものより、大幅に暴走しようとしていた。

 

「それは違うわ」

 

 全員の視線が彼女へ収束した。

 

「地位などこの国には必要ない。法も簡潔なものに改正し、国民を各々が望む生活へあてがってやればいい。財宝など売り払い、ソウルイーターの購入にあてればいい。違うかしら?」

「違う!」

 

 光の神官長が机を叩いて立ち上がった。その顔は血色の良い赤ら顔で、今にも血管が切れそうだった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は神だ。種族、魔力、配下、どれをとっても、スルシャーナ様は足元にも及ばないだろう。だが、彼は……あまりに人間から遠すぎるのだ」

「……?」

「初めから王になるべく生を受けた存在と、一般人が力を持ったゆえ他者へ慈愛を注ぐのではわけが違う。我らはか弱い。魔獣に震えて身を寄せ合い、村や部落を形成しようとも、魔獣一体で台無しになるのだ」

 

 彼の意見に同意を示すものが多く、誰も口を挟まなかった。

 

「この世界の人間の苦悩など、彼には永遠にわかるまい。なればこそ、人間は人間同士で結託し、陛下の介入する余地がなくなればいい! 人間は人間の手で平和を掴み取らなければならない!」

 

 光の神官長を除く他11名、片眉がピクッと反応した。

 

「彼らの意向を尊重し、協力すればこそ、スレイン法国はこれまで通りの宗教を維持できる。神人の血を絶やさぬよう、国を維持すればこそ、スレイン法国として魔導国へ貢献できるはずだ。それ以外にないのだ! 違うか!」

「違う!」

 

 怒鳴り声を上げて即答したのは闇の神官長だ。

 

「宗教を笠に着せる背徳者が! なぜ素直に崇拝ができんのだ!」

「何だと、貴様!」

「魔導王陛下は人間を守護するべく負の生を受けた存在。これまで崇めてきた6柱の神々は確かに慈悲深く、そして尊い。彼らなくして、人類の存続はあり得なかった。それは認めよう」

 

 闇の神官長は掌をテーブルへ叩きつけ、全員を睨みつけた。

 

「だが、その実! 彼らを崇めていたからこそ、我らは魔導王陛下と敵対するところだったのだ! 貴様も覚えているはずだ! 獣人どもの小国家を滅亡させた、あの日の鳴き声をな!」

 

 数名の背中を、上から下まで鳥肌と悪寒が走った。あの日の超位魔法を目撃した者は、今でも山羊のような声でうなされて飛び起きる夜がある。

 

「あの恐ろしい魔法が! 紙一重で法国へ落ちるところだったのだ! 悍ましき魔力の一端を目撃し、力の片鱗に震えて眠れぬ日々を過ごし、恐れおののきながらも絶大なる魔力に惹かれた者は多いはずだ…………この私のように!」

 

 胸に手を当て、興奮気味にまくし立てる彼に、光の神官長が反論する。

 

「異端者め……」

「光の信仰系魔法詠唱者は、アンデッドへの偏見がよほど根深いと見える。今なら王都リ・エスティーゼの神官長の心も知れよう」

 

 闇の神官長は全員の顔を舐めるように見回した。

 

「この中にはいないとは言わせんぞ。魔法に携わるものが、頂点の魔力に触れても魅了されないのなら、その者は魔法から退くべきだ!」

「ついに本性を現したな、冒涜者ども!」

 

 再び、テーブルが叩かれたので全員の視線が集まる。至近距離で睨み合う光と闇の神官長を、強い憎悪を込めて睨んでいるのは風の神官長だ。

 

「貴様ら雁首揃えてアインズ・ウール・ゴウン魔導王に与するとは、六大神への恩を仇で返す愚劣な裏切り者だ! 一国を落とせるアンデッドを与えられたが、これまでの宗教まで捨て去るとは見下げ果てた外道! 今すぐ、残った聖典を読んで粛清しても構わな――」

「そうやって怒っていれば、自分は違うと言えますからなぁ、ドミニク殿」

 

 小馬鹿にしたような笑い声を交え、土の神官長が指摘する。瞬間、風の神官長の顔は赤みを増したが、それを土の神官長はせせら笑う。

 

「……もういっぺん、言ってみろ」

「勿論、何べんだって言って差し上げますよ。あなたは自分が英雄になろうとしている。そこの二人が背教者という意見には同意するが、あたかも自分が違うという物言いはおやめくださいませんかね。アンデッドを与えられた我らはそれを放棄せず、誰かに譲渡もせず、現状を受け入れた。その瞬間、全員が等しく六大神の背教者となったのです」

「ちが――」

「なるほど、確かにその通りだ!」

 

 土の神官長は声量を上げ、彼の反論を許さなかった。

 

「法国の責任者総勢12名、六大神の信者をあえて挙げるならば、アンデッドを与えられなかった神官長以外となるでしょう。彼らは、いともたやすく授けられた圧倒的な力に嫉妬しながらも、信仰を捨ててまでアンデッドを得ようとする者はいない」

 

 神官長を除く責任者、元帥、機関長はごもっともだと言いたげに頷いている。土の神官長の口角が歪んだ。

 

「しかしですよ、何の問題があるのでしょうか。我らは六大神への信仰を捨て、人間世界の平和と調和を保つために尽力すればいい。それでいいじゃありませんか。違いますか?」

「違うのだ!」

「アンデッドを与えられなかった者は我らに嫉妬している」

「そんな彼らが信徒であってたまるか!」

 

 元帥、機関長は立ち上がった。今にもそこかしこで胸倉を掴みって額をぶつけ合う、殴り合いが始まりそうな雰囲気であった。

 

「黙って聞いていれば、このジジイ」

「なんだと若造が!」

「アンデッドとは魔導王より賜いし力であろう! 貴様ら神官長は、各々がその力に酔っている!」

「法国を運営する責任者でありながら、使役するアンデッドの武力を笠に着せ、この国の指針を操作するなど言語道断!」

「なぜ軍事機関にその力を譲渡しない! それさえあれば、この国、領内に展開すべき村を守護し、人間世界の平和に尽くせるというものだ! 違うか!?」

「はぁぁぁぁー……」

 

 静観していた水の神官長が、これ見よがしにため息を吐いた。

 

「全員が逸脱者だ……プレイヤーに惹かれるとは」

「ほ……ほぅ、抜かしたな、ジネディーヌ老」

「自分だけは愚か者でないという、その根拠を御教授願いますかね」

「あたかも自分が賢者であるとのたまったのだ。それ相応の根拠があろうな」

 

 こめかみをヒクつかせ、皮肉がたっぷり詰め込まれた返答を投げかけ、怒りを押し殺しながら視線が収束した。

 

「世界において最も重視すべきは調和。水面は泡立たず、波立たず、なればこそ静寂という名の平和が守られよう。この世界にプレイヤーの加護は不要。それが六大神であろうともな」

「ふ、ふふ……馬鹿馬鹿しくて怒りも湧いてこんわ」

 

 そう言う闇の神官長の笑みは静かだが、顔は十分に怒っていた。

 

「彼らは力を誇示しないが、世界の本質に迫る事実をあけすけに暴露し、周囲に影響を与える。現に、魔導国首都に住んでいる人間たちはより強く成長し、より強い武器を取っている。プレイヤーの影響を受け、王国戦士長のガゼフ・ストロノーフは、最強剣士の称号をブレイン・アングラウスに明け渡した。噂に聞く彼の剣は、プレイヤーの喉元へ届くようだ。今や彼に対応できるのは神人と彼女のみ」

 

 その情報は誰も知らず、誰も返事をしなかった。

 

「それ即ち、一国の武力が増大し、人間国家だけで見ても世界の調和が崩れることを意味する。天秤が片方だけ、極度に重くなるのは未来に支障がでる」

「失礼、何が言いたいのか、はっきりと仰ってはいかがでしょうか」

「やがて偏った武力は争いの火種となり、プレイヤーの消えた未来の世界を戦禍に巻き込んでいく。プレイヤーとは超越者だ。しかし、同時に逸脱者でもある。静寂を保つ水面のような世界に投げ落とされた大岩に過ぎん。水面という一つの世界の存在さえも揺るがすのだ。最古にして最強の竜王、白金の竜王猊下をこの国へ誘致し、人間国家の調和を実現するべきだ」

 

 得意げに放たれた水の神官長の言葉は、怒りの火種がくすぶる彼らへ燃料(ガソリン)をぶちまけただけだった。

 

「ほざいたな!」

「それこそ思考停止した愚か者でしょう」

「偏った武力というのなら、ソウルイーターを放棄すべきだ」

「ほう、そう言いだしたのなら、ご自分も破棄するご予定ですかな。軍事機関はいつでも受け入れて差し上げますが」

「黙れい! 貴様ら……人間国家を作り上げた六大神へ唾を吐く気か。天に唾を吐けば、自らに返ってくるぞ」

「人間の国家にプレイヤーは必要ない。人間が英雄になればいい。プレイヤーなど所詮、力を持っただけの一般人だ」

「財宝に目が眩む竜王になど頼れるものか!」

「人間こそが英雄にならなければならない。人は同じ人間でありながら、神々しい者を崇拝するのだ」

 

「もういい!」

 

 ベレニスの悲鳴にも似た叫びで議論が休戦した。

 

「ふー……これでは烏合の衆ね。今日び、コカトリスの群れだってこうも騒々しくはないわ」

 

 ベレニスは首を振る。数名、怒りで頭が真っ白になりかけているが、彼女の考えを知るのが先決だ。

 

「魔導王陛下に啓蒙され、欲を浮き上がらせた私たちは力を持つべきではなかった。私はソウルイーターを火滅聖典に譲り、冒険者組合の誘致に動くわ」

「ふざけるな!」

「こちらは真面目に話しているのだ」

「冒険者組合の誘致には賛成します」

「黙れぃ!」

 

 誰かが投げた湯呑が壁に当たって砕けた。誰が誰に投げたのか、感情が高ぶり過ぎて誰にも分らなかった。

 

「実は……先日、プレイヤーと遭遇したわ」

 

 静寂が訪れたが、それも長くは持たない。

 

「まさか慈悲深き神々への恩を――」

「黙れい! 崇めるべきは魔導王陛下であろう!」

「まさか……魔導王陛下へ反逆を?」

「馬鹿な……早すぎる」

 

 別の神官長から歯を食いしばっている音が聞こえた。

 

 その反応だけで各々の立ち位置は把握できた。

 

「彼ら……姉弟の関係の2名だが、彼らは魔導王陛下の御友人で、所持する武力は魔導王よりも上だそうよ。しかも、出会い頭に魔導王の使者を容易く屠っている。異変を察知した魔導国の首脳、あるいは魔導王その人が、もうじきこの地へ降臨なさる」

 

 皆の頭に浮かんでいるのは、彼女に出し抜かれたという危機感だ。人間が容易く殺される異形なりし世界へ人間として生を受け、プレイヤーという暴風雨がいつともなく吹き荒れる危険地帯。アインズという暴風雨(スーパーセル)に支配されながら、己が生きた証を得ようと素直に欲をかいた。

 

 それもまた人間らしく、彼らを責めるつもりはない。

 

 彼女の思惑は、思想がバラバラの神官長5名をすっぱ抜き、自らの命さえ秤に載せ、法国を一つにまとめる。これは、そんな舌戦(ゲーム)なのだ。ベレニスは幼き時分、磁力を付与した積み木を散らばし、互いに吸い付こうとするそれらを、くっつかないギリギリの間際に設置して遊んでいたことを思い出した。

 

「私は訪れた魔導王陛下へ、責任者として相応しく、命を献上するわ。あの方は人間をアンデッドへ変えることができる。火滅聖典へこの身を捧げ、彼らにはこの地を守護してもらう」

 

 しかし、見方を変えれば彼女の部下、火滅聖典は魂食い(ソウルイーター)とデスナイトを受け継ぐ。それはつまり、拮抗していた天秤の偏りとなり、この国で最も力を持つのは彼女の遺志を継ぐ火滅聖典となる。

 

「許さぬ……貴様、火を司る1柱のあの方を――」

「何も問題はありません。自らその力を放棄し、若き力を育てるのもまた、人間世界の未来へ繋がりましょう。これまでお疲れ様でした、ベレニス・ナグア・サンティニ女史」

「そんな身勝手が許されると思うか!」

「どれほど我らが手を汚してきたと思っている!」

「死にたいのなら勝手に死ねぃ!」

 

 魔導国の属国、スレイン法国の会議室で、がちょうの群れががやがやと騒いでいる。言いたい放題に言われながら、ベレニスは何の反論もせずにいた。

 

 情報とは、扱い一つで黄金にも毒薬にもなりえる諸刃の剣。問題は手に入れた情報の使い道だ。生かせない者が手に入れた情報など無用の長物。彼女は情報を生かすべく、黙って待っているのだ。隣の部屋で話を聞くぶくぶく茶釜とペロロンチーノが、怒りを堪えきれずに入室し、彼らを一つにまとめる瞬間を。

 

 想定通り、壁一枚隔てた場所でぶくぶく茶釜は大そう怒っていた。

 

「なんか……みんなムカつくわ。ベニー婆ちゃんを苛めやがって!」

「ちょっ、 まだ呼ばれてないだろ! 落ち着けよ!」

「元アイドル系声優に気安く触るな! このエロケモノ!」

 

 姉の華麗なアッパーカットがペロロンチーノの下あごを直撃した。

 

「いっ……てぇぇー!」

 

 姉弟がじゃれ合っているあいだに、隣室から乱暴に扉が開かれた音が聞こえた。

 

 

 

 

 準備万端、策を女郎蜘蛛のように張り巡らせ、満を持して会議に臨んだベレニスも知らないことがある。場が混沌として収集つかなくなったとき、魔導国の領内では必ず起きる事があるのだと。

 

 突如、喧しい音で扉が開かれ、がちょうの群れは一斉に扉を向く。

 

 全員の視線が集まる入口、最初に見えたのは黒の全身鎧と赤の全身鎧、その隣に双子の闇妖精(ダークエルフ)だ。どういうわけか、彼女らは入室しようとしない。やがて、中央の暗がりから悠然とした動作で入室してくるのは、黒いローブに骸骨の様相、アインズ・ウール・ゴウンその人だ。

 

「何だ、この騒ぎは。騒々しい、静かにせよ」

 

 言われなくても黙っている。

 

 彼の動作は緩慢で、得体の知れない迫力を感じさせる。瞬間、全員が額に玉のような汗を浮き立たせ、恐怖に唾を呑んだ。魔導王は一人ではない。黒々とした体を波立たせる、両眼をピカピカと点滅させる黒い粘液体を引き連れているのだ。

 

(うわぁ、モモンガさん高圧的だなぁ……)

 

 ヘロヘロは全員と初対面で、紹介されるまで発言を控えていた。

 

 アインズは促されるまでもなく、手ごろな席へ腰かけ、ヘロヘロもそれに倣う。アインズからしてみれば、責任者たちが突然の訪問に驚き、口を閉ざしているのはいつもの事だ。このような状況は、ドワーフ国、竜王国を属国とした際に経験している。今さら動揺や疑問はない。

 

「今日が会議なのだと知り、勝手に邪魔させてもらったぞ。先日、魔導国の使者が滅ぼされた経緯について、何か知っている者は申し出ろ」

「私です」

 

 ベレニスは誰よりも早くアインズの前に跪いた。11匹の烏合は虚を突かれ、軍配はベレニス一人へ上がった。黄金の情報を持つ彼女と11匹のがちょうでは、どちらへ旗が上がるか考えるまでもない。

 

「ゆっくり話しを聞きたいところだが、事態は差し迫っているはずだ。その目にしたものを包み隠さず、全て話せ」

「畏まりました。これは陛下にとって吉報となりえるでしょう。順を追ってお――」

 

 ポコッと柔らかい何かを殴った音で言葉がせき止められた。すぐに騒々しく口論する声が聞こえてくる。

 

「いってえぇぇ! だからちょっと待てって!」

「うるさい! 姉より優れた弟などいねぇぇ!」

「あら?」

「なんだ?」

 

 何かを叫ぶ得体の知れない異物が、別の扉を蹴破って飛び込んできた。

 

「誰か隣にい……うぇえっ!?」

 

 アインズはプレイヤーの襲来かと思い立ち上がったが、間抜けな叫びしか出なかった。体はすぐに硬直し、指先一つ動かない。人はあり得ない事態に出くわすと、頭が漂白されて反応さえまともにできないことが多い。唯一、アインズに出来た事といえば、顎を外れんばかりに限界まで落としただけだった。

 

 それも彼に限った話ではない。言いたいことが山ほどあった神官長、元帥、機関長でさえ、異形種のこれまた異質な姿に、何の言葉も出てこなかった。彼女に見覚えのあるアインズとヘロヘロ、関連するNPCたちでさえ、記憶の彼女を更に醜悪にしたような桃色の異物へかける言葉がない。

 

「オラァ! 優しいベニー婆ちゃんを苛めんなら、私が相手になってやる!」

 

 その容姿はあまりに酷く、指摘するには刺激的で、そして卑猥過ぎた。

 

 いきり立つ桃色のスライムの体は怒りで硬直し、血管のような筋が浮き立っている。顔に張り付けた紙に《茶》と書かれているが、直視をしてはいけないような気分にさせた。それが誰かは明白だった。

 

「全員、歯ぁ食いしばれぇ!」

 

 オラつく桃色の粘液体は、触手を伸ばしてシャドウボクシングしている。無言の会議室に、触手がシュッシュッと空を切る音だけが流れた。

 

 がちょうの群れは無理矢理に黙らされた。

 

 いつもは回りを巻き込み、なあなあで上手くやってきた彼は、知らず知らずのうちにがちょうの仲間入りをしていた。アインズへ新種の精神的外傷(トラウマ)が刻まれた。

 

 

 精神の沈静化を繰り返すアインズとヘロヘロが、現実を受け入れるまでしばらくの猶予があった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。