モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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椋鳥(ムクドリ)=留鳥

「アルシェ in NIGHTMARE 前編」

★は描写が怪しくなります。その部分を飛ばしても、特に問題ないです




椋鳥は戻らない

 

 昼も夜も、大墳墓には関係ない。

 

 種族として睡眠・飲食が不要な者も多く、不動の忠誠という旗を掲げ、各々の業務を遂行すべく充実した日々を過ごしている。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜が戻ったとなれば仕事も増えるが、それは奉仕できる喜びの増大だ。

 

 浮かれる僕たちと相反し、41人の神々を束ねる主神、アインズは頭を悩ませる。夜も更けていく大墳墓の第9階層(ロイヤルスイート)、円卓の間では独り言が流れている。

 

「……逆に考えてみる。ペロロンチーノさんは本物で……いやいやいや、だから……俺に都合が良すぎる。いくらなんでも」

 

 ヘロヘロが帰還してから収束を見せた彼の独り言は、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜が帰還したことで復活してしまった。

 

「つまり……本物かどうかわからないが、偽物かどうかもわからない」

 

 つるんとした白磁の頭骨を剥き出しの骨の手が撫でた。頭蓋の内部、脳みその入っていない彼の頭は一つの疑念に支配されている。

 

「黒歴史って言ってもあんなに無下にするものかなぁ……俺もだけど」

 

 ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の帰還――それは彼にとって都合が良すぎた。疑いを持つのも止むを得ないが、かといって疑う根拠にも乏しい。

 

 恐らく・多分の域を出ない推論だが、ヘロヘロは本物だろう。

 

 そう断定する根拠はないが、理由はある。彼は再ログインに失敗し、そこで意識が途切れている。それでは、最終日にログインさえしなかった二人は、どうしてこの世界にいる。

 

 もしかすると、敵プレイヤーが姿形を似せているのかもしれない。中庭で使った技が低位のものでないとすれば、レベルカンストプレイヤーが二名も降臨し、姉弟の姿を模しているとも考えられる。

 

 だとすれば、敵対者を喜んで招き入れたことになり、ナザリック大墳墓は危険に晒されている。

 

 しかし、それを立証する根拠は無い。一人になって早々、密かに両名の室内を確認したところ、彼らは本気で眠っていた。

 

 茶釜など婦女子とは思えぬ醜態で、キングサイズベッドの両隣を双子に挟まれ、川の字となって眠りこけている。母親に甘えるようなマーレに押されて寝返りを打ち、アウラにのしかかってを窒息させかけていた。アウラは涙目でむせ返っていたが、桃色のスライムが起きる気配はない。何らかの思惑があって姿を模倣する者が、ああもだらしなく敵地で安眠できるものだろうか。

 

 アインズの希望が詰め込まれた結論は、彼らは本物だ。

 

「ふふっ……」

 

 自然と笑いが漏れた。本物だと思うと、胸の奥が躍るようだったし、肌の張られていない口角は綻んでいる。彼の疑念は、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の帰還を受け入れるための通過儀礼に過ぎない。

 

 引退してユグドラシルを捨てた彼らを、恨む気持ちはない。ゲームとリアル、どちらを選ぶのかなど、尋ねるまでもなくわかっている。最終日、自分の呼びかけに応じてくれなかったからといって責めるのは間違いだ。

 

 アインズにとってユグドラシルは、単なるゲームではない。リアルでは決して手に入らなかった、大切な仲間と会うための場所だ。その仲間にとって自分の優先順位が低くくても、自分は許容できる。一方通行の親愛であろうと、何も持たない自分は彼らを許容するしかない。

 

 いつか、思い出して帰ってきてくれると信じながら。

 

 信じ続け、ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の二人は帰って来てくれた。念のため、ペロロンチーノの言動を探ったが、引退して久しいので誤差の範囲を出ていない。

 

 では、なぜ彼らが、それもヘロヘロより遅れて来た。ゲームクリア(統治による人間救済)の特典報酬とでも言うのか。以前に星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)を使った際、おまけで願いを叶えてくれたのか。

 

「はは……いやいや、馬鹿馬鹿しい。そんなこと、願ってない」

 

 どれほど考えようとも、あらゆる疑問に対して一つたりとも結論は出なかった。

 

 おまけに、夜に打ち合わせをしようと言っていたヘロヘロも翌朝まで顔を出さなかった(バックれた)

 

 

 

 

 アインズ講師による”ようこそ異世界説明講習会”は、中間に食事休憩を30分も挟み込んだ一日8時間、1週間にも及んだ。受講を強制された三名は時間の無駄としか考えていなかったが、アインズはギルドマスターの職権を乱用し、強烈な束縛の恋人(ヤンデレ)並みに許さない。

 

 せめて、嫁から進言して貰おうと結託して企むも、肝心のアルベドは法国から戻らない。彼らは文句を言いながらも、アインズの意向に従うしかない。初めからここまで見越してアルベドを追い払ったとすれば、なかなかの策士だ。

 

 結果、三名は用意周到なアインズを評価したが、疑い深さという彼の欠点を大いに酷評した。

 

 ようやく一週間の軟禁・講習も終わり、晴れて彼らは動き出す。装備も整えさせられ、まず向かった場所は王都の王宮だ。

 

(そろそろアルベドが業務報告に一時帰還するから、逃げるなら今だ。この三人を連れて歩けるなんて……嬉しいなぁ)

 

 アインズの密かな悪巧みは、誰にも気づかれていない。鈴木悟の気持ちなど初めから誰にもわからない。

 

 そうして転移した王都の王宮、転移ゲートは執務室に直結していた。王宮を出発点に観光するのだと考えていた彼らは、軟禁場所が変更されただけと知って口々に不満を言った。

 

「アインズさん、別に王宮はどうでもいいんですけど」

「私はモモンガですよ」

「だって、名前を変えたんでしょ? アインズさん。いつ観光に出るんですか、アインズさん」

「モモンガです……」

「アンデッドでぇ、魔導王でぇ、モッテモテのぉ、アインズ・ウール・ゴウンさんですよねぇ?」

「……モモンガ」

 

 誰もアインズの意見を採用しなかった。

 

 事前呼び出しが功を奏し、ここで執務室の扉がノックされる。入室を許可する前に彼らは勝手に入ってくる。元より対等な関係だと考えている彼らには、従順性の欠片も見受けられない。

 

「久しぶりだね、アインズ」

「普段、仕事を部下へ放り投げておきながら都合の良い時だけ呼び出すとは、これぞ王の特権とでも言いたいのか」

 

 白金の竜王の化身である白銀、七彩の竜王の化身である少年が入室した。虹色の少年は入室早々、眉根を寄せて嫌味を言った。

 

「はうっ!」

 

 桃色の粘液体から怪しげな声が漏れた。

 

「ん? 茶釜さん?」

「あ、ううん。ごめんね」

「……? ツアー、虹色。この三名は私の友人だ」

 

 虹色の少年の機嫌は収まったが、お次は白銀が両眼を光らせていた。

 

「ほう。噂に聞く、アインズ・ウール・ゴウンと41人の神々だな」

「プレイヤーなんだね……」

 

 驚きはないが、内包する感情は差があるように見える。

 

「3人とも、この二人はこの世界を支配する竜王です。今は変化の術で化けていますけど、真の姿はドラゴンです」

「どうも、ペロロンチーノです」

「ぶくぶく茶釜でーす! まだ独身で――」

「黙れ、姉」

「黙れ、ハゲ」

「あ、俺はヘロヘロですー。この二人、姉弟なんですよ」

 

 鳥人と粘液体は電流が走る視線を絡み合わせた。

 

「顔合わせをしておかないと、出会い頭に戦闘という事態は避けたいからな。このペロロンチーノさんは私より強いぞ。それに、ヘロヘロさんは別の意味で厄介だ。この二人と戦えば、ツアーが最強の竜王であろうと死ぬ可能性が高い。絶対に戦うな」

「……アインズ、僕らを何だと思っているのかな」

「我々は竜族だ。所持しているユグドラシル製品の価値はわかっている」

「あー……失礼。ちょっと、聞き捨てなりませんが、別の意味で厄介ってなんですか?」

 

 ヘロヘロは自身の形容に不満を抱き、目を光らせて抗議した。

 

「別に俺はそんなに強くないですよ」

「ほら、ヘロヘロさんは溶かしマニアだから」

「ああ、そういうことね。確かに、戦えばドロドロにされちゃうかもしれないよね」

「む……そうですか」

「魔導王、我ら竜王をわざわざ呼び出しておきながら、そんな失礼極まりない忠告だけかね。御忠告痛み入る……とでも言うと思ったか? 他にも何かあるのではないのか?」

 

 つまり少年は、そんなことで呼び出したのなら許さないと言っているのだ。彼にとって読書に勝るものは存在しない。幸いにも虹色の指摘通り、二人を呼んだ理由はそれだけではなく、アインズは竜王の逆鱗に触れずに済んだ。

 

 改め、咳払いをして役割演技(ロールプレイ)を維持する。

 

「二週間ほど前のことだ。二人の出身国である評議国と竜王国方面へ隕石が落下した。そろそろ、何らかの異変が起きる頃合いだろう。各々、自国の確認へ向かった方がいい」

「ふむ……隕石、か。大火災の象徴、あるいは不吉そのもの。別の見解として神の降臨の前触れ、新時代の幕開け。吉凶、どちらも表し得る事象だ」

「そうか……再び世界に異変が」

 

 少年は隣の全身鎧へ言った。

 

「白金、私は竜王国の視察へ向かう。君も評議国へ向かってはいかがかね」

「指示は余計だよ。私はリグリッドに所用を頼み、彼女は評議国へ向かった。その帰還を待ってからでも遅くはない」

「人の忠告もたまには従ってみるものだ。時間を与えるのは愚行だと思うがね」

「だからこそ、リグリッドなんだよ。彼女は十三英雄だ」

「十三英雄は十三人いてこそ、初めて英雄となるのだろう? この数は奇遇にも、死刑囚が断頭台へ昇る際の、階段の段数と一致している。興味深い一致だが、実に現が悪い。単身では得体の知れないプレイヤーには勝てず、彼女の消息は永久に絶たれるだろう」

「……七彩の、口の利き方に気を付けてくれよ。私にも我慢できないことがあるのでね」

「白金、私は真剣に忠告をしているのだ。これは魔導王の妃の入れ知恵だが……警戒は頭から厳戒態勢で臨むべきだ」

 

 アルベドがいつ王都へ立ち寄ったのか、アインズの知るところではない。法国へ向かう前か、あるいは滞在中に顔を出したのかもしれないが、そちらは尋ねなかった。

 

 白金の竜王はそちらの話題を捨て置き、全身鎧の両眼をぼんやりと光らせてアインズたちを見つめた。

 

「アインズ……その、改めて聞きたい。君たちの目的は何だ?」

 

 この白金の問いは、返答如何によっては戦闘も辞さないものだ。真剣な世界最強の竜王を、隣の虹色は鼻で笑っていた。

 

「目的……か。この二人が戻ったから、私に望むものはない。せいぜい、ナザリックの維持費を賄うために国を――」

「全員集めて冒険ですよね、アインズさん!」

「そうだよぅ。あんちゃん、やまちゃんに会いたいよー! 探しに行こうよ、アインズさん!」

「私はモモンガです……」

「もういいじゃん、名前なんてどうでも!」

「よくありませんよ……」

「1週間も軟禁された恨みですね!」

「思い知ったか!」

「ちょっと……待ってくださいよ。さっきから黙って聞いてれば、私が誰のためにこんな――」

 

 取り留めのない話に移ったところで、ヘロヘロが一歩前に出て解説してくれた。

 

「だ、そうです。白金の竜王、ツアーさん。まあ、適当に冒険してだらだら過ごしますよ。もっと仲間が揃ったら、海底神殿とか空中都市とか行きたいですね。一緒に行きませんか? パーティに人数制限とかないでしょう?」

 

 嬉しそうに口論するアインズたち、これまた嬉しそうに両眼を光らせる暗黒粘液体を見て、ツアーはため息を零した。アインズを基準に考えていた彼の仲間は、どうやら根底的な趣味嗜好からして別の種族と考えた方が良さそうだ。元人間の異形種は何をしでかすか分からないが、アインズが自分より強いと誇らしげに言ったペロロンチーノは、あらゆる視点から人畜無害に見える。

 

 むしろ、”あの”アインズが一人の友人として彼の機嫌を窺っている節さえある。

 

 名状しがたい形状のぶくぶく茶釜はさておき、ツアーの心配は杞憂で終わりそうだ。

 

「ヘロヘロさん……だらだら過ごす時間はありません。ナザリックの維持費を稼がないといけないんですから、冒険どころじゃないですよ。これまで使った分だって全然、補填できてないんですよ。ナザリックが倒産したらみんなが路頭に迷ってしまいます……」

「あ、そうでした。食費だって馬鹿にならないからね。拠点倒産なんて聞いたこと無いけど……うーん、維持費かぁ。いったい、一日いくら必要なんでしょうね」

「実はヘロヘロさんが帰還してから計算をしていません。今は国家の食糧事情の解決が先ですから。養うべき異形種も多いですし」

「えー! もっとだらだら過ごしたいよー! 放っておけば生産職の誰かが帰ってくるってば!」

「働け!」

「働いたら負けかなと思っている」

「ならいっそ死ね!」

「ほー、弟の分際で、姉に向かって随分な口きくじゃねえか!」

「二人とも、喧嘩はやめてと言いましたよね! それから、私はアインズじゃなくてモモンガですよ!」

「いや、それはいい」

「そう、それはいいや」

 

 じゃれ合う彼らを観賞する必要なしと、虹色が体を反転させた。その動きで茶釜も黙り、皆が彼に視線を注ぐ。

 

「魔導王、私は竜王国へ向かう。議会への参加はフロスト・ドラゴンの肥満児がやっている。彼も人間と比べればそれなりに長命で学がある。政治面で問題は起きまい」

「感謝する、虹色」

「竜王国の異変は帰還後に話をさせてもらう。もっとも、私が竜王国から五体満足で帰還できればの話だがね……」

「?」

 

 何か含みのある言い方をして出て行った。知性面で劣ると思っているアインズに、彼の考えていることはわからない――のではなく、頭っから決めつけて真剣に考えようとしなかった。何しろ、これからペロロンチーノたちと国内を回るのだ。待ち望んでいた遠足の集合場所に着いた小学生と何ら変わりない。

 

「アインズ、私はリグリッドを待って評議国へ向かうよ」

「わかった。助力が必要であればここへ戻るといい」

 

 元より、ツアーに政治的な役割は任せていない。彼はアーグランド評議国の永久議員として、魔導国のアインズが軽率な行動に移らぬよう、監視するのが目的だ。異変が他で起きているのなら、そちらの確認を優先するのも当然だ。

 

「アインズ、話は変わるが、商業ギルドの創設に興味はないかい?」

 

 疑問符を浮かべたアインズに代わり、ヘロヘロが目を光らせた。

 

「商業ギルドは、商人が所属する奴ですよね。国内の需給の調整役でしたっけ? 無いなら作ってもいいですが、国内の状況次第じゃないですかね。この国は発展途上らしいですし、下手に管理してしまうと技術の発展が阻害されるかも」

「そうかい? 何らかの形で労働者を守る形態も必要だと思うがね。とはいえ、評議国では導入したのだが、どうも評判が悪い。それについては評議国の結果を見て、また話すとしよう」

 

 白金は体を反転させ、アインズは言葉を投げかけた。

 

「たまには自分の国でのんびりしてくるといい」

「のんびりできればいいがね……」

 

 やはり含みのある言い方をして退室した。まるでアインズだけが肝心な情報を知らされていないような疎外感があった。

 

「なんだかなー……」

「やっべー……虹色くん可愛いー」

 

 アインズには悩む暇も与えられない。茶釜だけ違うベクトルの反応を見せ、アインズの頭骨に冷や汗が流れた。

 

「あれは化けているだけで、本体は大きなドラゴンですからね。それに、虹色は数百年前、既に人間の女性と結婚しています。曾孫は竜王国という国の女王ですよ?」

「ショタに目覚めそう……」

 

 アインズの言葉は聞こえていないようだ。

 

「けっ、腐ってきてんぞ、この姉。見苦しいわ」

「黙れヘタレ! お前にだけは言われたくない!」

「本当に美形が多いんですね。竜王が人間に化けてもあんなに中世的な感じとは」

「まあ、ゲームが元ですからね。自然と顔もそれなりに良くなるでしょう。それより、ナザリックの維持費を稼がないといけません。それに、読まなきゃいけない書類もこんなに――」

 

 言いながら、積み上がる書類の塔の頂上を手に取れば、異世界の文字は読めない。水晶の眼鏡を取り出して読むと、《王宮のメイドが1名、辞職》と書いてあった。相も変わらず、アインズへの報告書類は内容が酷く薄い。

 

「……まぁ、書類は放っておいても大丈夫みたいですね。それなら、これから国内の視察へ行きませんか? これからは三人にも国のお仕事を――」

「嫌だ! 観光がしたい! ショッピングもしたいよー!」

「姉ちゃん、金持ってないだろ」

「う……」

「稼いでから言えよな、そういうの」

「冒険者やりませんか? 強ければ簡単に稼げるらしいですよ。身分証も手に入るらしいですし、ちょうどいいですね」

「いや……ですから……戦闘訓練もしていないのにそんな簡単に――」

 

 取り留めのない掛け合いを遮り、扉が開け放たれた。

 

「サトル!」

「……なんでこうなるのか」

 

 赤ずきんの小柄な入室者が、仮面を外して満面の笑みを浮かべている。対し、アインズは頭を抱えてしまった。この瞬間、アインズの立てていた行動計画はご破算となった。

 

「サトルだー!」

 

 いきなりアインズ目がけて飛び込む。両手を後ろに回してしがみつく少女の姿に、三名は動揺を隠せなかった。

 

「キーノ! 抱き着くな!」

「だ、誰!?」

「……うっそぉ」

「奥さんですか?」

 

 異形の三名はアインズの反応を待っている。王の予定では、イビルアイと仲間が出会うのはずっと先だった。支配者の予定など、下々の物には関係ない。

 

 こうなった以上、イビルアイの前で嘘も吐けない。迂闊に嘘を吐けば、イビルアイの機嫌が収拾つかなくなる。怒ったイビルアイに人間化アイテムを使用されて子供にされた上、裸を公然の場で晒される心的外傷(トラウマ)(えぐ)られてはたまらない。

 

 アインズは肉のない腹を決めた。

 

「……俺の妻です」

「うわー」

「うわっ」

「うわぁ……」

 

 同じ言葉であれど、込められた意味は三種三様で、各々の所作が明確に物語っている。身体言語(ボディランゲージ)はときに、言葉より素早く理解できる。

 

「あ……」

 

 アインズの頸骨へハンガーのように引っかかっていたイビルアイは、恥ずかしそうに飛び降りてから折り目正しいお辞儀をした。小さな彼女が頭を下げると更に小さくなる。仮面をしていないので、赤ずきんからはみ出す金髪がさらさらと揺れていた。

 

「み、みなさん、その……初めまして。サトルの妻です」

「サトルって誰……?」

「いや、むしろ、あなたはだあれ?」

「あ、ご、ごめんなさい……私はイビルアイです。その、いつもサト……アインズがお世話になっております」

 

 好奇の視線が恥ずかしくなり、吸血姫はもじもじと両手を擦り合わせ、幼な妻度合い(メーター)を跳ね上げた。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜の額に、ピキッと血管が浮き出した。姉と弟は心の中で意見を一致させた。

 

(爆発しろ!)

 

 ヘロヘロは嬉しそうにイビルアイへ這い寄り、両眼で彼女をまじまじと見つめた。

 

「ほうほう、これが噂の吸血鬼の奥様ですか。なんて美人……というか可憐、なんでしょうねぇ、アインズ・ウール・ゴウンさーん? 若い奥さんもらって、よかったですねぇー?」

 

 にやにやと笑う黒い粘液体が、他の二名を程よく刺激した。

 

「アインズさん、説明を求めます!」

「魔導王陛下、起立!」

 

 有無を言わさぬ物言いで、ペロロンチーノに至っては英雄のオーラまで発動している。止む無く立ち上がり、イビルアイの隣へ移動した。

 

「ですから、妻のイビルアイです。アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇のイビルアイ。 以上!」

「はっはっは、急がなくても時間はありますよ。馴れ初めから詳しく聞かせてもらいましょうかぁ」

 

 彼らの悪乗りは止まる気配がない。必要な情報はそれで十分だが、乾いた喉を潤すには物足りない。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜はなおもアインズへ詰め寄る。

 

「こんなきゃわいい娘になんてことをするのよ。エッチ、バカ、変態!」

「謝罪と賠償を! なんなら俺にも紹介してくださいよ!」

「説明しる!」

「はぁぁぁ……」

 

 いつも通り、収拾が難しくなる事態を予見し、アインズは深いため息を吐いた。経験上、これからイビルアイに続いて他の蒼の薔薇が入室する。その行動予測から外れることなく、三つ子が入口からこちらを見ていた。

 

「いつもこうなるんだよなぁ……」

「王様、仕事終わった?」

「イビルアイが寂しがって仕事にならない」

「何とかしてほしい」

「ペロロンチーノさん、実は――」

 

 ガガーランは組合に顔を出しており、この場にはいなかった。彼女の容姿に関する情報だけを故意に外し、アダマンタイト級冒険者の説明を終えた。ガガーランに言い寄られるという悪夢を見せれば、ペロロンチーノも少しは大人しくなるだろう

 

「そっかぁ……リーダーの女剣士さん、亡くなっちゃったんだ。お悔やみ申し上げます」

「ども」

「冒険者って過酷なんだねぇ」

「それなりに」

「じゃあ、これからは俺が護衛するよ! 俺らもお金稼がないといけないし!」

 

 ペロロンチーノだけ盛り上がっている。彼の姿と興奮したシャルティアが重なり、改めて創造主だと気付かされた。いつ彼女に応じるのかと指摘するにしても、同じく吸血姫のイビルアイが側にいるこの場では、自分にまであらぬ衝撃が跳ね返ってくる。そう考えた僅かな時間で、彼らの会話は順調に先へ進められていた。

 

「強い?」

「強い! レベルは100だよ」

「種族は?」

「元人間のバードマン。独身です!」

「童貞?」

「う……うん、まあ」

「ウチの女戦士が童貞好き」

「マジで!? 行こう! みんなでパーティ組んで冒険に行こうよ! 背中に乗る?」

「乗る」

「うしっ! 三人とも乗れるから、中庭に行こうか、取りあえず!」

 

 返事も待たずに出て行ってしまった。

 

「はぁ……つーか、あいつ童貞なんて知りたくなかったわ。仮面をつけてるせいで物怖じしないから、いつもより五月蠅いね」

「まあ、まあ、そう言わずに。僕も外の世界を見たかったですし、付き合うのも悪くないですよ」

 

 二人のスライムも鳥の後に続いた。ティアとティナが中庭に案内してくれるので、道案内は必要ない。イビルアイへ先に行くよう促し、さりげなくティラを呼び止めた。

 

「ティラ、ちょっとこい」

「ん」

 

 物陰でひそひそと話すのは、手を付けてしまった件の口止めだ。

 

「――と、いうわけで、その件は内密に頼む。その上で、ペロロンチーノさんとどうなろうと構わん。彼は私よりも強い」

「口は堅い。拷問への訓練は積んでいる」

「流石は忍者だな……」

「どの道、妹じゃ性的に難しい……が、私が惚れる保証はない」

「その辺りは好きにやっていい。よろしく頼む」

「そ」

 

 忍び耐える者は口が堅く、口数も少ない。それは疑い深いアインズも納得できた。彼女にとって(ねや)を共にするなど、食事と等しく欲望を満たすだけの行為だ。過ぎ去った過去に執着するのは、忍者に似つかわしくない。

 

 懸念すべきは、嫉妬に狂ったシャルティアが弱い忍者(コレクション)を惨殺しないかだ。中庭では、とても彼女の耳には入れられない絵面が展開されていることだろう。

 

「まったく……シャルティアを放って。似た者同士なんだから、さっさと相手をすればいいのに」

 

 昨夜の疑念は、いつしかどこかへ飛んでいた。

 

 渡り鳥のように気が付くと戻ってくるソレも、今度は戻らないような気がした。

 

 

 

 

 露出の多い服装のうら若き女性、三つ子を背中に乗せてから、ペロロンチーノの気分は上昇傾向にある。茶釜の上機嫌を凌駕し、放っておけば大気圏を突き破り、真空の暗黒宇宙へ飛び出しかねない。羽毛の地肌に触れる女体の柔らかさ、それも胸部の膨らみが三名分も当たっているのだから、ニトログリセリン級の爆発力を見せていた。

 

「よし、組合に行こう!」

 

 こうなったら誰にも止められない。何の確認もせず、彼は王都の冒険者組合めがけて飛び去った。アインズたちが到着したのは、彼が飛び去った直後だった。

 

「……いませんね」

「まるで渡り鳥ですね……あ、帰ってこないのは渡り鳥とは言わないか」

「あーあ……もうさ、アインズさん。あの馬鹿は放っておいて、私たちは観光しない? 装備も整えてるし、万に一つも死なないでしょ」

「いえ……あのままにしておくと更に面倒な事態になりそうなんですが。いきなり組合に異形種が現れたら大騒ぎになりますから」

「茶釜さん、戦闘訓練も兼ねていると、彼についていくのも考えれば悪くないですよ。報酬で好き勝手に飲み食いすればいいじゃないですか。ショッピングもちゃんと付き合いますよ」

「……まー、そうなんだけどぉ。イビルアイちゃんと話もしたいしー」

 

 件のイビルアイはアインズの三歩後ろで佇んでいる。彼女はアインズと再会してから大人しい。

 

「あ、番外さんだ」

 

 ヘロヘロが顔見知りの番外席次へ声を掛けに向かった。

 

「誰?」

「ああ、彼女は法国の出身で、プレイヤーの子孫です。ヘロヘロさんがお世話になったそうで」

「ふーん?」

「あ、蹴られた」

 

 虫の居所が悪かったのか、番外席次はヘロヘロに回し蹴りを食らわせていた。彼女はヘロヘロを王都へ連れてきた功労者で、無礼な態度を咎めるつもりはない。隣のイビルアイがアインズの袖を引っ張った。

 

「サトル、ヘロヘロさまを助けなくていいのか?」

「モンクの彼があの程度でどうにかなるまい。ちょっと痛い程度だろう」

「もしかして、あの子もハーレム要員とか考えてるんじゃ……」

 

 首らしき場所を傾けている茶釜の傍ら、アインズは組合へ直結する転移ゲートを開いた。

 

 その視界の隅、何やら熱い視線を感じて目を向けると、魔導国で最も多忙な少女が立っていた。彼女はアインズの視線に気づき、こちらへ走ってくる。

 

「アルシェ、か」

「あ、はい。アインズ様、その、業務報告をしたいのですが」

「悪いが今は忙しい。イビルアイ、先に入って組合長へ説明を頼む」

「あ、うん……はい」

 

 アインズにとって仲間は優先順位の頂点だ。アルシェにひどい隈ができていても、さして興味は湧かない。アルシェの苦労は第二次性徴期特有のものだろうと、紙よりも軽く考えていた。

 

「茶釜さん、ゲート開きましたよ。行きましょう」

「あ、待っ! い、いつが空いていますか! 折り入ってお話が――」

「しばらく空いていない。私はかつての友人たちと出かけなければならない。学校の件ならフールーダと話しなさい」

「で、でも! 私はアインズ様に話したいことがあって――」

「神ぃぃぃ!」

「後で聞く」

 

 さ迷うボケ老人の声を聞きつけ、アインズは誰よりも先にゲートへ飛び込んだ。これ以上、厄介事を重ねるのは御免だ。既に十分、面倒なことになっている。そうしてアルシェは無下にされ、自身の優先順位がいかに低いものかと思い知らされた。

 

 やがて番外席次に蹴飛ばされたヘロヘロが頭を押さえ、茶釜に冷やかされながらゲートを潜った。捨て置かれた少女と、無視された髭爺が中庭に残されていた。

 

「……逃げられた」

「神ぃぃぃ! なぁぜなのですかぁぁ!」

 

 実際のところ、報告すべき内容は存在しない。せめて十分程度でも話がしたかったが、遮った師匠へ恨みがましい目を向けた。

 

「む、アルシェよ、どうしたのだ」

 

 取ってつけたように威厳ある振る舞いをしても遅い。

 

「いえ……レエブン侯爵様がお呼びですので、失礼します」

 

 アルシェはその場を立ち去った。

 

 

 

 

 人は目覚めたとき、過ごした夢の全てを覚えていない。それは見知らぬ世界の消滅ともいえる。魔導国で最も多忙を極める人物、アルシェの夢見は悪い。まるで、金糸雀(カナリア)が何らかの危険を察知したかのようだ。

 

 しかし、鳥の言葉は人間にわからない。

 

 厳選された悪夢(ナイトショー)は夜ごと、彼女の快眠を阻み続けている。

 

 昨晩は、父親が暗い部屋に立ってこちらを見ていた。

 

「アルシェ……お前が――」

「お父様?」

「お前さえ犠牲になっていれば良かったのだ! 親を捨てた貴様が、幸せになれると思うなよ!」

 

 アルシェの父親はそう叫び、剥き出された自分の心臓へ剣を突き立てた。間欠泉のごとく血が噴き上がり、赤い雨となって降り注いだ。

 

「っ!」

 

 そうして飛び起きるのも何度目かわからない。だが、この程度で終わるなら今日は随分と優しい。

 

 魔導国へ引っ越した当初、悪夢の頻度は1ヵ月に1回だった。やがて2週間に1回、1週間に1回と周期は縮まっていき、いつしか四日周期、三日周期、二日周期と段階を経て、今では少し眠っただけで見るようになった。

 

 内容は常に、心の痛い場所を的確に突き、父親と母親の変わり果てた姿と絶命までの過程も、毎夜、千変万化する。悪夢から逃避する術は、眠気で意識が保てなくなるまで働いてから帰宅し、底なし沼へ飛び込むように眠ることだ。

 

 そこまでしても夢を覚えていないだけの応急処置で、胸糞悪い感情は常に残っていた。

 

 彼女は仕事を周囲に頼むことなく、一人で独占を続けた。それは、耽溺といっても過言ではない没頭ぶりで、まさに忙殺であった。

 

 昼食を取った後や、暖かい日差しに睡魔を呼び寄せられた時など、ふとした瞬間に意識が途切れると、悪夢の新作が上映された。

 

 時に母親は父親を食い殺していたし、時に父親は母を犯した後、丁寧に殴り殺してからけたたましく嗤った。母親が生きたまま焼き殺される夢は一度や二度ではなく、彼女は黒焦げになった手を自分に伸ばし、妹たちの名を呟いてから絶命した。

 

 片方が餓鬼のような姿にされてもう片方を食い殺すなど、異形に変わる日もある。

 

 母親がアンデッドにされて炎に焼かれる夢では、目覚めてからも断末魔が耳の中で残響していた。

 

 ある日、父親は大蛇に丸呑みにされ、時間をかけて溶かされてから吐き出された。どろどろに溶けたそれは辛うじて生きていた。大蛇の顔を見ると、母親が嗤った顔だった。「ざまあないわね、アルシェ」そう言って蛇化した母は嗤った。

 

 別の日は、父と母が接吻する場面から始まった。ようやく悪夢から解放されたかと思えば、母親は口移しで大量の蚯蚓を胃袋へ送り込んでいた。やがて父親が白目を剥き、膨らんだ腹部が破裂し、無理矢理詰め込まれた蚯蚓たちが爆散した。ニタニタと嗤う母がこちらへ近寄ってきたところで、夢は終わった。その日は、夢が終わってもしばらく叫んでいた。

 

 母は何らかの形で炎に絡み、父は正気を失って狂人になる傾向にある。それらの夢に比べれば、父親がアルシェへ文句を言って自害するなど大そう優しいものだ。そう考えられる時点で、彼女の精神は確実にすり減っていた。

 

 そうやって、どれほどの悪夢の夜を越えたのだろう。

 

 最初こそ、その場で嘔吐したこともあったが、今では憂鬱な気分になるだけで済んでいる。

 

 それは成長という高尚なものではなく、寝不足に加えて他の問題が増え、考える余裕がなくなったのだ。

 

 彼女の悪夢は遂に、現実へその触手を伸ばそうとしていた。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 また今日もアインズに話ができなかった。

 

 ただでさえ出現頻度の低いアインズに、話したいことは山積みだ。世界を統べる王となれば、一人の若い部下に対する態度などあんなものだろうが、いつまで経ってもアインズの順番は回ってこない。アルシェがどれほど苦悩しようと、優先順位が低すぎる。

 

 あれから、レエブン候に呼び出されて議会の議事録を渡された。読み解き、今後へ生かそうとあれこれ考えている内、気が付くと太陽が月に変わっていた。

 

 仕事を抱え込む彼女の帰りは遅い。帰宅は常に深夜を回っていたし、最後に双子の妹たちと食卓を囲んだのは思い出せないほど昔だ。

 

 寝静まった界隈を歩き、自宅の扉を開いた。先日、王宮を退職したメイドが、不安そうな顔でアルシェを出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい、お嬢様」

「テスタニアさん、私はもうお嬢様じゃない」

「そうでした……アルシェさま」

「ん……なに?」

 

 王宮勤めを辞めて、アルシェ宅でメイドをしている女性は、ジエットの母だ。この世界の常識で言えばメイドとして雇うには年齢が高いが、彼女はかつての使用人であり、勝手知った家族構成で話が早い。そのメイドは神妙な顔で、隈の濃いアルシェを見つめた。

 

「あの……雇われの身で差し出がましいと思いますが……もうちょっと早く帰ってこれませんか?」

「……難しい」

 

 嘘ではない。冒険者組合の制度改正、神殿の料金改定、ワーカーに対する新法施法、その他にもフールーダの相手や、評議会の議論まで目を通さなくてはならない。そこまでやってもまだ、時間が足りないのだ。まだ十代の少女に任せるような内容と仕事量ではないが、彼女が助けを乞わないのでどう手を差し伸べていいのか、誰にもわからない。

 

「しかし、このままでは……」

「わかってる。何とかする」

「畏まりました……今日はこれで失礼します。夕食、食べてくださいね」

 

 テスタニア夫人は帰っていった。彼女を見送ることなく、アルシェは着替えて食卓に座る。一人の晩餐、口にする料理はどれもこれも冷めていた。

 

 食後、憂いを帯びた顔で机に突っ伏する。

 

「アインズさま……」

 

 思い出すのは、アインズの優しそうな人間形態だ。それは、恋と呼ぶにはあまりに稚拙で、現実逃避に近い。

 

 アインズの顔を思い浮かべて時間を潰すより、真っ先に妹たちの様子を見ればいい。双子の小さな妹たちは、同じベッドで眠っている。天使のような寝顔を見れば、日々の疲れも癒える。

 

 そう思っていた日々が懐かしくもある。

 

 たっぷりと時間をかけてから、彼女は妹たちの寝室へ向かった。暗い部屋の扉を開いて踏み出せば、足に当たるのは切断された洋風人形の四肢だ。

 

 部屋に散らばる人形の手足をかき集めてから頭を上げると、頭頂部に何かがぶつかった。

 

 差し込む薄明りに目を凝らすと、天井から逆さ吊りにされた人形と目が合った。髪は引き千切られ、くり貫かれた目玉は空洞、切開された腹部には腸代わりの紐が大量に詰めてあった。全体が赤く、斑に塗られているが、出血を表しているのだろう。少女たちは手抜かりなく、とどめのナイフが心臓深くに刺さっていた。よほど強く刺したらしく、刃は体を貫通し、背中から先端が覗いていた。

 

 どれほどの闇を抱え込めば、ここまで辛辣に人形を殺せるというのか。

 

(やっぱり……ネムが死んだから)

 

 ワーカーとして活躍していたかつての仲間たちは、王都へ寄ると顔を出してくれる。その彼らからネムの死を告げられた時の妹たちの顔は、今でも忘れられない。

 

 あれほど仲の良かったネムの死を聞き、泣くでも喚くでもなく、ぞっとするような無表情だった。多忙なアルシェをその目で見ている彼女たちは、ネムの葬儀に行くとさえ言わず、無言で部屋へ戻っていった。

 

 聞き分けの良い双子の幼女は、その日から人形に対する凄惨な処刑を始めた。

 

 アルシェに出来るのは精々、改めて冒険者チーム”フォーサイト”となった彼らに、名指しの依頼を出すことだ。《帝都でフルト家の者を探してほしい》と出されたその依頼は、未だに達成されない。

 

 しばらくの休暇を貰い、自ら帝都を訪ねるべきかと考えたこともあるが、それこそアインズにどんな誤解をされるかわからない。国から国へ渡り、ようやくありつけた姉妹の安住の地を、勘違いで失っては堪ったものではない。アルシェは渡り鳥ではなく、帰巣本能など無い。

 

「アルシェ……その、たまには冒険に行かねえか? おチビちゃんたちも連れてさ。最近、金回りもいいから、ついてこいよ。いい息抜きになるぜ? 王様だって好きにしていいって言ってくれてんなら、そんくらい文句言わねえだろ」

 

 そう言ってくれたヘッケランの気遣いが嬉しかった。

 

「ありがとう。でも、今は忙しい」

 

 働かなければ王都で暮らしていけない。王都の物価は安く、ジエットの母を雇っても余りある貯蓄ができるが、妹たちにお金がかかるのはこれからだ。お金は余っても腐らず、困ることもない。

 

 お金で散々な苦労をした彼女は節約を重視し、メイドも雇わなかった。そうした結果、妹たちはテスタニア夫人を雇うまで、散らかった部屋で、それも二人きりで過ごすことを余儀なくされたのだ。

 

 今思えば、日を追うごとに散らかっていく部屋で、幼い二人だけで出来合いの食事をする寂しさや心の荒廃が、成長に与える悪影響に思い至らなかった。

 

 寝ている二人の頬を撫でると、鬱陶しいとばかりに顔を歪めた。それでも、寝顔だけなら天使のように可愛い。

 

「どうすれば……よかったの?」

 

 例えば、自分は父親と真剣に向き合ったのだろうか。母親に相談する猶予はあったのではないか。ここで自分たちが幸せにならなければ、捨てた両親に顔向けできない。場所を変えて不幸になるのなら、みんなで手を握り合って死ねば良かった。

 

 しかし、それは自分を責めるだけの無意味な考えだ。

 

 父親は過去に囚われて現実を見ず、母親にも諫める力はなかった。借金だけが膨らみ続け、アルシェと母親は娼婦に身をやつし、妹たちは小児愛好家へ身売りされる。父親は手段を売り切っても借金を重ね、最後は路地裏へ生ごみとして転がる。残されたアルシェは、娼婦になって年老いた母と二人で侘しく暮らすか、お金が稼げなくなって野垂れ死ぬのだ。

 

 あのまま帝都にいれば、確実にそうなっていた。

 

「……馬鹿げている」

 

 親を捨てた自分が、今さらあれこれ考えて後悔してはいけない。人形の四肢をおもちゃ箱へ放り込み、幼い二人の部屋を出た。

 

 自室のベッドへ飛び込むと、太陽の匂いがした。横になると睡魔はすぐに訪れる。微睡の中で、彼女の双眸から涙が滴り落ちた。彼女が寝入ってから悪夢が再生されるまでの短い時間、小さな寝言が漏れた。

 

「私は……間違ってない」

 

 

 今日も、金糸雀たちの声は届かない。

 

 

 

 この日から、悪夢は飛躍的に進化(バージョンアップ)した。

 

 

 





現時点で決定事項


悪寄り

モモンガ
ぷにっと
ニンニン
ネアラタ
ブループラネット
??

中立

餡ころ
武人さん


善性

ヘロ
ペロ
茶釜





最後に愛は勝つ?

YES  or  NO

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