モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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光の翼ひろげて

 

 

 

   『誰が駒鳥殺したの(Who Killed Cock Robin)

 

 

 

 

  ペロロンチーノは背中が痒い。

 

  辛うじて手が届かない肩甲骨付近、蜚蠊(ゴキブリ)でも這っているような痛痒感がある。それもこれも、ベルリバーの説教が切欠だ。未だ、彼の翼は蝋で出来ている。

 

 背中を掻いてくれる人物に心当たりはあるが、今さらどの面を下げてのたまえるのか。だが、素知らぬふりで頼むべきだと本心では理解している。いくつになっても、感情とは実に御しがたい。

 

 掻き毟って蝋の翼を破壊したい衝動を抑え、むず痒いまま辿り着いた獄門前。シャルティアの部屋の前で、二名の女性が騒いでいた。

 

「タブラ・スマラグディナァァ! どこだぁぁ、どこにいる!」

「落ち着いてください! アルベド様!」

「ラナーは奴を知らないから落ち着いていられるのよ! 奴こそ真の邪悪、他者の苦しみこそ至上の愉悦、底なしの悪意を具現化した外道。生かしておけば、必ずモモンガ様へ害をなす!」

「お怒りをお鎮めください!」

「奴だけは帰還してはならない! 何があろうと、奴だけは殺さねばならない!」

 

 アルベドだけは他のNPCと違うとは聞かされていたが、父親に反発するあまり殺意を抱く次女とは変わった趣向だ。それでもタブラ・スマラグディナならば、これを見て喜ぶように思えた。

 

「そんなに怒らなくても……」

 

 ペロロンチーノの小さな呟きで喧騒が打ち消され、残されたのは水を打った静寂。沈黙の視線に耳鳴りがする。たった今まで理性を失って大騒ぎしていた金色の両目が、鳥人を捉えて離さない。視線には明確な敵意が宿っており、文字通りの鳥肌が立った。

 

 控えめに言ってとても怖かった。

 

「何か御用ですか? シャルティアを無下に扱うペロロンチーノ様」

「ご機嫌麗しゅう、シャルティア様を毛嫌いする、造物主であるペロロンチーノ様」

「あ……うん」

 

 明確に棘のある二人に口ごもった。

 

「これ以上、シャルティアの心を苛もうと? どれほど彼女を苦しめれば満足なさるのですか」

「いや、そんなつもりは」

「まさか、ここにきて今さら、そんなつもりは無いと? 本気でそうおっしゃっているのですか?」

「……ぅ」

「はぁ?」

 

 シャルティアの顔を見れば一歩だけ前に出るかもしれないと思っただけだ。その煮え切らない態度に、アルベドの瞳は険を増している。

 

「アルベド様、ペロロンチーノ様は金糸雀(カナリア)を迎えにいらしたに違いありませんわ」

「……そうだといいわね」

 

 友達の嫁には、すっかり嫌われてしまっている。

 

 女性がヒソヒソと囁き合った合議の結果、取り急ぎこの場は、絶望的な心境が渦巻く部屋の扉を開くことで落ち着いた。蝋人形並みの作り笑顔で、アルベドが念を押す。

 

「いいですか、ペロロンチーノ様。シャルティアは防衛の要であり、我らのかけがえない同胞です。よくご理解の上、扉をお開きください」

「……はい」

「大丈夫ですわ、アルベド様。ペロロンチーノ様も神に等しき力を持つ御方。愛を謳うカナリヤさながらのシャルティア様を、よもや! 無下に扱うなどありえません。そうですよね、ペロロンチーノ様?」

「……はぃ」

 

 魔女たちの警告は五寸釘の呪詛のごとく、繰り返し同じ場所へ打ち込まれる。鳥人の精神耐久力は面白いようにガリガリと削られ、数値はマイナスへ振り切った。

 

 この先なにがあろうとも、ラナーとアルベドには絶対に手を出さないと固く誓った。

 

 緊張して体が固くなる鳥人が無言で見守る中、ゆっくりと扉が開かれていく。ペロロンチーノの唾を飲み込む音が過剰に響いた。アルベドの剛力によって、すぐに扉は開け放たれる。

 

「シャルティア、出てきなさい! ペロロンチーノ様がお越しになられたわ!」

 

 だが、誰もいない。

 

 醜い素顔の王子様を待つ穴倉の姫君は忽然と姿を消した。

 

 華やかな装飾がなされたベッドの縁。小さな手紙に殴り書きされた小さな文字。

 

『探さないでください』

 

 紫色の殺気を湧き上がらせるアルベドが、髪を掻き毟って怒鳴った。

 

「あぁのぉ大馬鹿野郎がぁぁ! こんな手紙を残して誰も探さないと!? 本気でそう考えたのかぁぁ!」

「アルベド様! お気を確かに!」

「があああああ!」

 

 脳の神経を引き千切ったアルベドを見て、ペロロンチーノは余計な刺激をせぬよう退室した。

 

 

 

 

 逃げ出したシャルティアは、迷うことなくどこかへ向かう。産業廃棄物(いらない子)となった自らの不法投棄(自殺)を決意し、ナザリックを飛び出した彼女が最後に会いたいと思った相手がいる場所。

 

 番外席次が不機嫌な顔で酒を呷る隣の席、カウンターに倒れ込んで涎の川を作っていた。

 

 日々、番外席次の飲む酒のアルコール度数が上がり、数日前に頂点へ到達した。癖の強い火酒類ではもやは生温く、最高強度(エストニア)でようやく満足する。何度も顔を合わせてすっかり仲良くなった副料理長は、酒に逃げているのではなくある種の自傷行為だと判断していた。

 

 その副料理長が不在のレストランをふらっと訪れたシャルティア。絡み酒をして勝手に潰れた吸血姫に、番外席次は眉根を寄せていた。人の酒を奪ってがぶ飲みした挙句、不死者(アンデッド)の分際で酒に酔い、品のない噯気(ゲップ)をして倒れ伏している。それで黙ればいいものを、彼女の愚痴は止まらない。

 

 止めに、金を持っていないので会計は番外席次持ちだと言われたもので、うざったいことこの上ない。水のように飲み干したその一瓶で、物価の高い帝都で豪邸が買える金額だ。

 

 副料理長が不在の夜、エストニアの追加購入は難しく、宵の口で呑む酒が尽きた。とはいえ、飼い殺しにされている彼女も、自分で稼いでいないのに不遜な態度といえる。

 

「あなたのせいでお酒がなくなったわ……いつまでいる気なの?」

 

 これが彼女でなければ、ボコボコにして弁済を求めるところだが、魔導王は仲間に手を出したものを許さない。どこまでいっても、番外席次は部外者の壁を越えられないし、本人も超えるつもりはない。

 

 迂闊に手を出して、意味不明かつ訳の分からないとばっちりは御免だ。

 

「らぁってぇ、ペロロンチーノ様に見捨てられ、アインズ様への忠誠まで汚した私はもう、どこにも居場所がないでありんすぅ」

 

 呂律が回らないのは最初だけという点も、いかにも三文芝居に思えた。グラスの三分の一程度、申し訳程度に残った酒を舐めるように飲んでいると、シャルティアが起き上がり、涎を拭ってこちらを見た。

 

「それで、最近どうなの?」

「何が?」

「記憶は戻ったのかって聞いてるでありんす」

「……何の話?」

「ふーん……」

 

 勝手に納得して、グラスに残った氷をガリガリと齧り始めた。さっさと帰ってもらいたいが、酔っ払いが巻く管の終わりはまだ見えない。

 

「あなたもあのソリュシャンって子と同じで、作ったプレイヤーに無下にされたクチ?」

「愛する人の記憶なんて……消えちゃえば苦しまないのに」

「誰かを思って苦しめるなんて幸せじゃない」

「でもぉ……だってぇ」

「ぶっ殺しちゃえば? 何なら私がやってあげようか」

「……あ?」

 

 シャルティアが番外席次の胸倉を掴んだ。

 

「おい、もう一遍、言ってみろ。ぶっ殺されてぇのか」

「いい女は、迂闊に挑発に乗らないのよ」

「うっ……うぅぅ、どうせ出来損ないでありんすぅ! ありんすぅぅぅ!」

「……あなた、他の仲間から馬鹿って言われない?」

 

 こと今夜に限り、彼女の涙腺はすぐに決壊する。シャルティアは机に突っ伏してピーピーと喚きはじめた。

 

「あの金髪のスライムが大泣きしているのを見たから、あなたたち魔神が何を考えているかは知っているわよ。死ぬつもりならやめときなさい」

「……らぁってぇ、愛されないなら生きている意味なんてないじゃないのよぅ」

「それ、相手にちゃんと確認したの?」

 

 所詮は他人事。簡単に言ってくれるが、それが出来たら苦労しない。

 

 シャルティアが恐れるのは結論ではなく過程だ。不要という結論を受け入れる覚悟は決めたが、所詮はそこまでだ。

 

 愛しの創造主から「お前なんかいらない」などと言われて、平静を装えるのは不可能だろう。きっと自分は惨めに泣き喚き、潔い最後など迎えられないだろう。そんな顔を創造主に見せて嫌悪感を抱かれるなど、恐ろしくて想像もしたくない。

 

「最後だと言うのなら、それこそ相手に会うべきよ」

「……」

「最後に言いたいこと言ってすっきりすればいいじゃない。同じ世界にいるならそれができるんだもの」

「ぶー……」

 

 番外席次にそう言われると反論できない。口を尖らせ、カウンターに顎を乗せた。華奢で可憐な指先がそっとグラスの縁を撫でた。

 

 想像力は時に歩を鈍らせる。いつもなら何も考えずに行動するシャルティアですら、現実と乖離した恐怖の未来を想像し、数百キロの鉄塊を両手足に付けられたように動かない。

 

(どうせ丸く収まるんだから、余計な手間を掛けさせないでほしいわね)

 

 そう考えた番外席次は正しい。

 

 指をパチッと鳴らし、グラスを磨いているバーテンを呼んだ。

 

「今この店に置いてある一番強い酒を、瓶で頂戴」

「畏まりました、番外席次様」

 

 新たな瓶の蓋を開き、番外席次の前に置いた瞬間、シャルティアがカウンターを叩いて立ち上がった。酒瓶は驚いたバーテンの両腕から脱走し、床に落下して派手な音を出した。

 

「あーあ……もったいないわね」

「申し訳ありません……」

「ちょっと、あなたね」

「行かなくちゃ……」

 

 文句を言おうと睨んだ隣の席で、シャルティアの視線はここではないどこかを眺めていた。

 

「はぁ? 急に何?」

「あの方が……呼んでる」

 

 カウンターから飛び降りた彼女は、ドレスを翻して早足で飛び出して行った。最初から最後まで一貫し、勝手気ままに言いたい放題されてしまった。

 

「……何なのよ、本当に迷惑ね」

 

 いつからかずっと一人ぼっちだった番外席次は、久しぶりに誰かに迷惑を掛けられた。どうせ放っておいてもアインズの剛運でどうにでもなるのだから、まともに付き合っている方が馬鹿馬鹿しい。そう思いつつ、万事上手くいった彼女とまた会えればいいなと思った。

 

「割れたお酒の代金、王様の名前で宮廷にツケておいていいわよ」

「つけませんよ……そんな恐ろしい真似」

「そう、ならいいわ。お任せで何か作ってくれる?」

「有り合わせでよければ」

 

 シェイカーの音が心地よく、目を閉じた。

 

「ワインクーラーでございます」

 

 喉を過ぎていく甘い香りを味わいながら、気が向いたら冒険者組合に顔を出そうと考えた。

 

 

 

 

 ペロロンチーノは、ナザリック外へ出ると空高く浮かび上がった。雲の上、人目につかない場所まで飛び上がり、静かに滞空して星空を眺めた。黄金のマスクを外すと、顔面を撫でる風が気持ちいい。

 

 気に入っていたアバターではあるが、マスクなしでいられない。現実では感情を押し殺す仮面を被り、異世界に来てまで仮面が外せないだから皮肉なものだ。

 

「ふっ……」

 

 シャルティアの無垢な笑顔を思い出し、含み笑いが零れた。

 

 知性の欠片も感じさせず、無警戒でアホ丸出しな笑顔はこれまで見たことが無い。こちらを信用しきっているし、膨大な期待をされているのがわかる。見ているだけで、こちらまで笑いたくなる。その笑顔に、自分の幼少時代の面影が重なった。

 

 無垢な笑顔も、おどおどとした上目遣いも、構ってもらえなくても寂しさを堪える姿も、姉にべったりだった在りし日の自分を見ているように錯覚した。この先、彼女よりも無垢な笑顔を向けてくれる相手には会えないかもしれない。

 

 それを知りながら、笑顔を踏みにじったのも自分だ。

 

 一度は切り捨てた童心に、異世界まで来て追い打ちを掛けようとしている。現実を何の目的もなく生きるために、ゲーム内に捨てた童心、一人の人間から袂を分かった己が半身。過去、シャルティアを作ったときの自分なら、何のためらいもなく彼女を抱きしめられたのに。

 

 全てを肯定して、思考より行動が先走った過去。

 全てを否定し、思考だけで完結してしまう現在。

 

 精神をすり減らす日常のふとした隙間、幼い頃に好きだった歌を口ずさむと、無性に悲しく感じることがある。

 

 多くのものを捨てて、見たくないものを無視する、嫌な大人になったものだ。これでは異世界を楽しめるはずもない。

 

 なぜか無性に、名前を呼びたくなった。

 

「シャルティア……シャルティアあ!」

 

 草木が眠る深夜、雲の上では風の音しか聞こえない。

 

「情けないなぁ。あは……は……」

「ペロロンチーノ様ぁ!」

 

 背中から、全力で呼びかけられた。

 

 振り向くのを躊躇ったのは、自らの顔面偏差値の低さが故。自分はまだ、そんな下らない事に拘っている。過去に殺した駒鳥は、こんなに帰りを待ってくれていたというのに。

 

「ペロロンチーノ様、シャルティア・ブラッドフォールン、御身の前に! 誰よりも早く馳せ参じたでありんす!」

 

 きっと彼女は、パットがふんだんに詰め込まれた胸を張り、心なしか鼻も高くして、得意げになっているだろう。すぐ調子に乗るところも、昔の自分とそっくりだ。

 

「御用とあれば、天の果て、地の果て、世界の果てまで、馳せ参じるであっりんす!」

 

 それも最初だけで、勢いはすぐに死んだ。

 

「第一第二、第三階層の守護者である私であれば……どこまでも……御供でき……んす」

 

 大地へ墜落する小鳥のように、少女の声は徐々に乱れていく。

 

「どこまでも、一緒に行けまず……ぅっくっ……ペロロンチーノざまぁぁ……」

 

(もういい、喋らなくていいから)

 

 嗚咽は徐々に大きくなり、自分への苛立ちで握った拳が震えた。

 

「せめて最後にお顔を……おみせくだざいぃ……出来損ないのわだじにぃぃ」

 

 振り向けば、涙と鼻水、涎で顔をぐしゃぐしゃにしたNPCが泣いていた。

 

 天真爛漫だった彼女は見る影もない。まるで親からはぐれた幼子のように、自分はここにいると泣いている。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいぃぃ!」

 

 何度も、大粒の涙を拳で拭い、開いた唇を震わせ、自分に価値が無いことを謝っている。彼女は何も悪くないのに謝り続け、謝罪の度に頭が下がる。もう、顔を上げることもできないのだ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 そっと彼女へ近寄り、頭に手を置いた。掌から、彼女の体が硬直したのが伝わってくる。

 

「……ごめんな、シャルティア」

「ごめんなさいぃぃ! ごめんなさいい!」

 

 恐る恐る、こちらを見上げる彼女の涙は止まらず、顔から不安は消えない。いつ、拒絶されても覚悟は出来ていると言わんばかりだ。

 

 駒鳥は、二度も殺さない。

 

「俺は帰ってきたよ」

「ぐすっ……」

「だから、その……ええと、あれだ、ずっと俺と一緒にいるように。俺が、こんな素顔でいいのなら……だけど、どうかな。俺で、いいかな」

 

 初めて女性を口説いたのだから、気の利いた台詞など言える筈もない。それでも彼女の救済には十分だった。

 

「ごめんな、シャルティア。俺はどこにも行かないよ」

 

 声にならない叫びを上げて、野暮なことを聞くなとばかりにシャルティアが抱き着いた。武闘派な彼女の力に押され、二人仲良く雲を貫いて地面に落ちていった。

 

 ペロロンチーノは、そっと彼女の華奢な体を抱きしめた。このまま堕天しても、二人でなら何も怖くない。次に目を開いたときは、今度こそ自分らしく振る舞えるだろう。

 

「月が綺麗だなー」

 

 貫いた雲の穴から覗く半月が綺麗だった。

 

 

 

 

 誰かにお礼を言われたような気がして目が覚めた。

 

 草原に落下によるクレーターが出来ており、自分たちはその中心部に転がっていた。雲の上から落下したのに傷一つない。シャルティアが自分の羽毛に顔を埋めて、未だに泣き続けている。

 

「シャルティア」

「ふぁいぃ……」

「ぶっ」

 

 顔に思わず吹き出してしまった。可憐な少女の面影などなく、痛ましくも無残な顔でありながら、どこかコミカルな愛嬌を感じさせる。

 

 小川で顔を洗わせ、落ち着いた二人は川っぺりに腰を下ろした。

 

「明日からしばらく、二人で出かけようと思うんだけど、ついてきてくれる?」

「はい! どこまでも!」

「ん……」

 

 未だ、正面から見つめると過去の自分の恥ずかしさが蘇る。こればかりは時間と回数を重ねるしかない。

 

「ところで、その……シャルティアって処女なの?」

「は、はい! その、でも……花嫁になるため修業ばかりしてたので、同性とは経験が……つまり膜が」

「うっ、眩しい!」

 

 頬を赤らめながら、彼女は縋るような目線を送ってくる。天の川が物足りなくなる眩しい視線に思わず目を抑えた。まだ彼女の中で自信が確立されてないようで、ペロロンチーノの挙動で表情に不安が浮かぶ。

 

「そうなんだぁ、楽しみだなぁ!」

 

 無理矢理に明るい声で叫んだ。

 

「そうですか? よかったぁ……でありんす!」

「あ、でも、ここでシャルティアといるから、浮気とかハーレムとかできないよな……仕方ない、そっちは諦めるかなぁ」

「うぉっほん!」

 

 偉そうな咳払いをして立ち上がった彼女は誇らしげに胸を張る。どうせ禄でもないことだろうと、ペロロンチーノが生温かい目で眺めた。貴族の悪役令嬢よろしく、胸に手を当てて声高々に叫ぶ。

 

「これでも一端の淑女でありんすから、正妻が私なら別に気にしないんす! ペロロンチーノ様とあろう御方が、私しか女を娶らないのは、それはそれで気に入らないのでありんすから」

「そ、そうなん? でも、俺、女性経験に疎いんだけど」

 

 シャルティアが両手を叩いた。

 

「私で肩慣らしをした後に探せばいいでありんす。同じ翼人族としてハーピーなどはがいいでありんす。山脈のどこかに住んでいる奴らなら、人間を想定した練習には相応しいかと。知性が低いのに体は人間に近いので、戯れに空中で犯すのも楽しいのでは」

「……なにそれ、エロい」

「うふふぅ、これでもペロロンチーノ様の嗜好は誰よりも理解してるつもりでありんす」

「あ、うん……そうか、そうだね。でもちょっと恥ずかしいから、ありんす言葉はやめていいよ」

「そうですか?」

「そうですね」

「ペロロンチーノ様がそう仰るのなら、やめます」

 

 少なくとも会話で恥ずかしさを覚えなくて済む。後は男女として向きあうだけだ。

 

「じゃあ、しばらく二人っきりだね」

「まさか! これはハネムーンであり……すか?」

「あー……もうそれでいいよ、うん」

「きゅぅぅ!」

 

 シャルティアは鼻血を出して頭から後ろへ倒れた。気絶したらしく、頬を叩いても意識が戻らなかった。不死者(アンデッド)の癖に気絶するとは理解に苦しむが、起こしても面倒なので自分も横になった。

 

 

 翌朝、軽く水浴びをして翼を広げると、朝陽で翼を覆っていた蝋が溶かされ、蛹から孵化したような新しい純白の翼が輝いた。翼そのものが光で出来ているかのように、天使のような四枚羽が光った。

 

 過剰な武力を所持しながら行く、下世話な異世界二人旅の門出には上等すぎる。

 

「そろそろ行こうか、シャルティア」

「はいっ、ペロロンチーノ様!」

 

 羽ばたいたペロロンチーノへ浮かんだ素朴な疑問。

 

 黒歴史扱いされたNPCは一部だ。黒歴史にすらなれなかったNPCは、プレイヤーの記憶から消えているだろう。ぶくぶく茶釜も、ヘロヘロもそうだった。その彼らが互いの素性を知らずに異性として出会ったのならどうなるのか。

 

(どうせまともな恋愛経験もないんだから、最後は丸く収まるんだろうなぁ……)

 

 辿る道はさておき、結果は同じに思えた。何か問題が起きても剛運のモモンガか、知性の高いベルリバーが自分と同じように解決してくれる。

 

「な、シャルティア」

 

 振り返ると、背中に乗せたシャルティアが嬉しそうにニコニコと笑いかけた。

 

「はい、なんでしょうか!」

「呼んだだけ」

「あ……でへへへ」

 

 知性を欠片ほども感じさせない笑顔だが、自分のために笑ってくれる女性がいる。ただそれだけでこんなに満たされるのだ。

 

 

 四枚羽の天使の背で、駒鳥は息を吹き返した。

 

 

 

 この日からしばらく、魔導国からペロロンチーノとシャルティアが失踪した。とても忙しくなった二人は、アインズ、アルベドなど、あちこちからの連絡を全て無視した。

 

 

 

 エランテルの城壁が半壊する数日前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







これでも大分、下ネタをカットしました

ペロ×シャル
バカップルお休みのお知らせ


次回、「ナーベラル・ガンマの激怒」


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