DMMORPG、通称「ユグドラシル」のオンラインサービス終了を受け、数年前に引退したゲーム内の友人から送られてきたメール。
ともにゲームをプレイしたのは短い時間だ。他の仲間に比べて印象が薄いであろう自分でも、せっかく呼んでもらったのなら参加すべきかと、
(せっかくだから……最後に遊ぶなら何をしようかな)
翌日に迎える最後の時に備え、高齢の母親が寝ているのを確認してから布団へ潜った。
◆
幸か不幸か、通勤している会社での立場はここ最近で急激に悪化していた。帰宅時間は十分に早かった。予定通り、痴呆の母親を強引に宿泊可能な施設へ預けた。己を縛る鎖から解放され、自由の身となった彼が浮かれて帰宅し、ゲーム内にログインできたのはサービス終了5時間前のことだ。
ゲーム画面は荘厳な造りの廊下が広がっており、物語に出てくる神殿を思わせる。ゲーム内の建造物なので当然だが、掃除は丁寧に行き届いていた。廊下の次元が歪み、角を生やした大蛇が現れた。
「本当に久しぶりだな、このアバター見るのは」
彼の利用していた
種族アバターは蛇神で、頭部に刀装備が可能だった。その気になれば武器が3つも装備できる。現在、何も装着されていない額は、目を90度回転させたような裂け目が開いていた。
汗水と時間、
額に開いた小さな裂け目が、彼に何かを連想させた。
「装備品が無いと、アレみたいだな」
誰もいないのをこれ幸いと、下品なことを呟いた。むしろ誰かがいても構わないとさえ思っていた。運営規定には引っかからず、アバターに変化はない。
「さて、まずは骸骨さんを探しに行きますか。他のみんなも来てるのかなぁ……」
少し先に見える円卓の間へ向かった。
望み薄だとわかっていたが、他の仲間にも会いたかった。
◆
中心に巨大な円卓が置かれ、周囲を取り囲むように椅子が並べられている豪華な広間は、国家首脳会談で使用されてもおかしくない造りだ。久しぶりに再会した
「久しぶりだね、ヤトくん」
「水くさいッスねー。ヤトでいいですよ」
「あぁ、そうだった。久しぶりだね、ヤト」
ギルド名アインズ・ウール・ゴウンは複数の加入条件が存在し、ヤトノカミは加入当時20歳になったばかりであった。最盛期の人数41人の中で、彼の加入は後期に分類され、引退も早かった。41人いる仲間の大多数より年下の彼は、相手に敬語を使われるのが苦手だ。初対面の相手に気さくな口調を強要し、真面目で固い性格のギルドメンバーに怒られた経験もある。それが面白いし、何よりも楽だからだ。
やまいこはよく徒に刺激され、
「モモンガさんはどうですか? 特にお変わりないッスか?」
「そうだね、俺は昔と変わってないよ」
「それはよかったです。俺の方は色々ありまして……」
後輩の責任を取ったために、窓際の閉鎖部署に回されたこと。同居する母親が認知症を発症し、結果だけ鑑みれば帰宅時間が早くて助かっているなど、雰囲気が暗くならないよう注意しながらモモンガに打ち明けた。
久しぶりに再会したというのに、下らない愚痴を言っている自分が情けなかったが、存分にため込んだ不満は風船から逃げ出す空気のように、漏れ出したら自分でも止められなかった。
モモンガは文句も言わず、彼の話に相槌を打ってくれた。
「俺には家族がいないからわからないけど、たった一人の家族なんだよね」
「いや、そんなに大それたもんでもないスよ。人は死ぬ前に弱るから、できることをするだけです」
「そうだね。でも、元気そうでよかったよ。いつ誰が体調を崩してもおかしくないからね。ガスマスクが無いと外出さえままならないから」
「まぁ、それは変わらないかと思いますよ。ところで、玉座にNPC全員集めて記念撮影しません? スクショですけど」
「面白いね、それ。あと4時間で終わってしまうんだよな……本当に楽しかったなぁ……」
ヤトは泣く顔のスタンプを出す。
「そんなにしんみりしないで、次のゲームがありますよ。さぁモモンガさん、宝物殿に行きましょう! 装備を取りに行きたいんで、付き合ってください」
腕を上げてガッツポーズをし、モモンガを促した。
(次のゲーム、か。でも……みんなには会えないんだよ)
嗅覚の鋭い蛇でも、ギルドマスターの寂しい内心は嗅ぎ取れなかった。
「行こうか、宝物殿に」
◆
「おぉ、久しぶりだな。パンドラズ・アクター!」
モモンガが作成した変幻自在のNPC、ネオナチSSの軍服を着たパンドラズ・アクターは、魔法職最強だったウルベルト・アレイン・オードルに化けていた。
「これってどんな設定でしたっけ?」
「……あまり言いたくない」
「最後ですよ、ほらほら」
「……最高峰の知能を持ち、仲間の能力を80%まで使用できる、だよ」
仲間の姿を永久保存する役割を担っていたのだが、そこまでは言わなかった。仲間が精魂を込めたNPCは覚えているが、自分で作ったとなれば話が別だ。モモンガの黒歴史は軍人並みの直立不動で彼らを見ていた。
「やっぱり格好いいなー、バフォメット。俺も素早さを優先しなければ悪魔にしたのに」
「誰よりも早く突っ込んでいって、すぐやられてたよね? 素早さを優先すれば他の耐性が落ちると、わかっていたでしょうに」
徐々に当時の記憶が
「あー、それは反省してないッス。それが生き甲斐でしたから。レース形式のクエストがあれば、俺が大活躍でしたね……そんなのありませんでしたけど」
「ワールドクラスでも敵に、あっさり殺されるのはどうなんだろう……」
「あははー。……ところでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはどうしました?」
「置いてきたけど、どうかしたの?」
「格好いいじゃないスか。玉座に行く前に装備してくださいね?」
「はいはい」と片手をあげたモモンガは宝物殿に入っていき、大蛇も後に続いた。二人はすぐに戻ってきた。大蛇は赤と黒で彩られた大鎌を掲げ、過去でも振り返るように自慢を始めた。
「見てください、この赤黒い
「君が弱いんだよ……職業はよく考えて取ろうね」
精魂込めて作成した装備は久しく見ておらず、それでもまともなNPCも作らずに入れ込んだ装備品だ。思い出が蘇ったが、蜃気楼のように揺らいで消えた。機嫌を良くした大蛇は盛り上がり、懐かしさも手伝って、気分が高揚した。
モモンガからしてみれば、宝物殿で過去を懐かしむときに見ていたので今さら何をという感情が強く、彼の対応は冷めていた。
「おでこに装備してあるこの刀はデザインを建御雷さんに協力してもらって」
「だから知ってるって」
「一見して弱そうな小太刀ですが、実は耐性強化と負属性特攻が入ってて」
「知ってるつーの、しつこいな」
「ではこの」
「もういいよ」
脳へ直結している機械から
《ヘロヘロさんがログインしました》
「おお、ヘロヘロさんだ」
「円卓の間に移動しよう」
◆
「いやー、ナザリック地下大墳墓がまだ残ってるなんて、思いもしませんでしたよー」
「あ、ナザリックはみんなで作ったギルドですからね」
ヘロヘロの発言に、大事に思っていたのは自分だけなのだろうかと疑問に思う。ヤトは間違いなく彼よりだろう。みんなで作り上げたギルドなのに冷たい対応だと、モモンガには思う所があった。
「ヘロヘロさんも引退した口でしたもんね」
41人いたギルドの仲間たちは、大半が引退してゲームを去った。現実世界で夢を叶えた者、家族のために諦めた者、単純に飽きた者、仕事が忙しくてログインできなくなった者、それぞれの理由は違えど、現実での生活を優先する気持ちはわかっている。
それでも、いつか誰かが帰って来てくれる希望は捨てられなかった。モモンガの現実には友人も、家族も、恋人も存在しない。感傷に痛めつけられるモモンガの心情を、楽しく笑う二人が理解しているのかは怪しかった。
「そうそう、転職を機に引退したから、何年振りだっけな……」
「仕方ないですよ、リアルがないと生きていけませんから」
「あんなクソみたいな世界でも、それなりに色々ありますもんねぇ」
「メイドのAIだけ作って暮らせるわけじゃないから……そうしたいのはやまやまだけどね」
三人はしばらく昔話に花を咲かせた。時の流れは早く、ヘロヘロは時間の経過に気付く。
「あぁ、もうこんな時間か。二人とも、明日は朝が早いので、私はそろそろ……明日の仕事で使うプログラムの予習もしないといけないし」
「えっ? 帰っちゃうんですか?」
「まぁね。二人とも、今日は会えてよかったです。次にお会いするときは、ユグドラシルⅡとかだといいですね」
「是非! またゲームしましょう、ヘロヘロさん」
「お疲れ様ッス!」
ヘロヘロと呼ばれたスライム種、
《ヘロヘロさんがログアウトしました》
「……またどこかで……か。どこで会えるんだろうね」
「他に誰も来ませんね。11時だというのに」
「……仕方ないよ、リアルを優先するのは当たり前だから。夢を叶えた人や、まだ夢に向かって走っている人もいる」
「そう、なんですけどね。あ、モモンガさん。NPCを集めませんか? 可能な限り全て。分担すれば間に合いますよ」
「そうだったね……やろうか。最後なんだし」
初めてモモンガは、死の支配者とは思えない明るい声をだした。
「じゃ手分けしましょう。俺は上層階で、モモンガさんは下層階のNPCで。ヴィクティムも呼んでくださいね」
「エクレアは?」
「エクレア……裏切りペンギンでしたっけ? 餡ころさんもいい趣味ですよね。いいじゃないですか、呼びましょうよ」
「……恐怖公は?」
「呼ぶに決まってるじゃないですか」
「あはは」と、蛇神は感情を込めずに言葉だけで笑った。
「そうだね、じゃ時間もあまりないし、行こうか」
二人は指輪の転移機能で持ち場へと移動していった。一足先に、モモンガが玉座の間へ到着した。居並ぶ守護者は指示に従って赤いじゅうたんの側へ跪く。ヤトが残りのNPCを引き連れて戻れば、さぞや荘厳で神話のような光景が広がるだろう。
「意外と早かったな。ヤトはまだ来ていないようだし」
ふと隣を身えば、水晶で作られた玉座の横で、純白のドレスに漆黒の翼を生やした美しい
「アルベドか……どんな設定だったかな」
このあと、創造主により作られた長い設定と、最後の一文《ちなみにビッチである》を不憫に思ったモモンガは、その一文を改訂する。《モモンガを愛している》と。自分でやっていてどうかと思い、恥ずかしくなって淫魔の顔を見れなくなった。誤魔化すように渇いた笑い声を出した。
「はは……何やってんだか、俺は。……これで本当に最後か……みんなもう少しで消えるんだ。寂しいなぁ……過去に戻れたらいいのに。またみんなに会いたいなぁ……」
小声で呟いた彼の声が、すぐ隣で静かに佇む白い淫魔に聞こえたかどうかは定かではない。それが後々にどんな効果を生むかなど、誰にも予測のしようがない。
ヤトはそれからすぐに玉座を訪れた。
◆
赤い絨毯が玉座へと伸びる荘厳な最下層にて、ヤトはモモンガへ
「さぁ、始めましょう、王様」
「うむ……ゴホン! よくぞ帰還した! 我らアインズ・ウール・ゴウンの切り込み隊長よ!」
「留守にしてしまい申し訳ありません。我らナザリック地下大墳墓の悠久なる支配者」
入口から玉座へと伸びる赤い絨毯を、努めてゆっくりと進み、玉座付近で跪いた。両側で跪く守護者達も合わせ、いっそ清々しいほど美しい眺めだった。
「我らの作り上げたナザリック地下大墳墓は永遠に不滅だ! お前は私の大切な剣だ。これからも私の為に生き、私の為に死ね」
「お望みとあらば、自らの首さえも掻っ切ってみせましょう。自分の命さえも、モモンガ様のために献上して見せます」
一瞬の閃光が走り、シャッター音が響きわたる。スクリーンショットで保存し終えたヤトは、立ち上がって成果を確認した。
「まぁ、こんなもんかな。スクショの保存はできました。ありがとうモモンガさん」
「後で俺にも送ってね。こうやってNPCを並べると、なかなか壮観だね」
しばらく、沈黙が場を支配した。
「……モモンガさん。次に何かゲームやるときは必ず誘って下さい」
ヤトは直に消え去ろうとする過去の風景、ゲーム内の思い出に感銘を受け、少しだけ目を潤ませた。仮想現実の体ではなく、現実世界の黒い瞳に潤いの膜が張る。もっと早く復帰していればという後悔、明日から何の価値もない日常に戻るという寂寥が、最後の最後でヤトの胸に溢れた。
「わかった。また一緒に遊ぼう、ヤト」
気持ちを汲んだかは定かではないが、モモンガはヤトが聞きたい言葉を発した。
「もう時間ですね。さようなら、モモンガさん」
「うむ、苦しゅうない。さらばだ、
感傷的な二人は軽く笑い合った。
「ああ……本当に……楽しかったなあ」
「そうですよね……」
未来を歪める何者かの手が届く0時まで、一刻の猶予もない。
現実世界で取るに足らなかった二人の運命は、日付の変更をもって捻じ曲がっていく。
それを知るものはいない。
主人公の種族→1d4・1鳥・2蛇・3狼・4蛾→2
パンドラを作ったモモンガの意図に気付く5d20>25以下→31
混乱から復帰 1d6 偶数モモ 奇数ヤト→3