モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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蛇の生殺し

 

 

 博打で不完全燃焼したヤトは、脳を業火に焦がされていた。頭部へ熱せられた火鉢が突きこまれ、未だちりちりと音を立てて脳で燻っている。成すべきことの一切が手に付かず、翌日は一日中、宿に居た。

 

 八本指の調査も、ナザリックの内政の確認も、アインズへの連絡も、何一つとしてやっていなかった。

 

「これがビギナーズラックか。気分がいいな」

 

 スキルを使っているのだから、(ラック)も何もない。依存症の入り口に立っている黒髪黒目の男は、夜を待ち切れずに賭場の前で待っていた。八本指・六腕の調査は彼の頭の片隅にもなかった。

 

 最低限やったことといえば、白金貨をナザリックのパンドラに送り、価値を調べろと指示を出したことだ。それさえもセバスに丸投げであった。セバスは今日も付き従う。ヤトの考えはわからず、深い考えがあるのだと確信していた。護衛で執事の自分が、何かを進言するなど分不相応だと思っていた。

 

 昨日、散々苦しめられた賭博部門の責任者が出迎えてくれた。賭場開帳の定刻よりだいぶ早い時間だったが、階段の下で座り込んで待っている賊を、いつまでもそのままにしておくわけにいかない。

 

「……時間よりも大変にお早い到着で」

「まあな」

「チッ……応接間へお越しください」

 

 ヤトには嫌みの言葉など耳に入らない。上機嫌で階段を上る悪魔が腹立たしかった。八つ当たりに、彼の相手をした壺振りは前日のうちに首を刎ねてしまった。賭場は休業を余儀なくされ、前日の損害を補填することもできない。

 

 ヤトが応接間に入ると、八本指の幹部が待っていた。

 

「ようこそ、八本指へ」

「どーも。帝国のギャンブルは考えた?」

 

 今日はギャンブルが出来ないことが分かり、気分は大きく盛り下がった。先方のボスに対してあまりに失礼な態度だが、誰も顔に出さない。降って湧いた金蔓と思わしき存在に、ここで逃げられるわけにいかない。

 

「話は聞いているが、改めて聞かせてくれ。君は帝国で勝てるのか」

「俺の実力はそこの奴に聞いて。イカサマはすぐわかるし、運もある。俺自身も強い」

「昨日、我々から奪った金貨はどうするんだ?」

「全額、帝国の公営賭博に突っ込む。必ず勝つからな」

「そうか。十分だ。私達も話に乗ろうじゃないか。だが、初期投資の金は返してもらう。儲けは7:3にしてもらおう」

「俺が7か?」

「ははっ、我々が7だ」

「俺がいなきゃ勝てないくせになに言ってんだ、ハゲ」

「軍資金の大半はこちらが出すのだよ、突然に現れた君を信用しろというのが難しいと思わないかね」

「殺すぞ、コラ……4:6だ!」

 

 交渉だったので声を荒げた。

 

「5:5で手を打たないか? すまないがこれ以上は譲れない。軍資金の(ほとん)どを我々が出すのだからな」

「面倒くせえな。変な駆け引きすんなよ、糞ボケが。死にてえのか」

 

 口の悪い黒髪黒目の男をゼロが睨んでいた。雑魚の視線などどこ吹く風で、知ったことではないとばかりに目も合わせない。アダマンタイト級の変態と、余計な縁を持ちたくなかった。アインズであれば滞りなく交渉を進めただろうが、ヤトには無理な相談だ。

 

 最後は総取りすると思っているヤトは、考えることを放棄した。

 

「軍資金はいくらだ?」

「白金貨1000枚くらいなら明日の夜に用意できる」

「10倍だから……金貨1万枚か。思ったより少ない……犯罪組織って慎ましいんだな」

「ははは、この国が貧しいのさ。これが帝国だったらどれほど儲けていたことか」

「なるほど、そりゃ楽しみだ」

「明日の夜、王都の東門で待っていてくれ」

「わかった」

 

 話を終えたヤトは立ち上がった。

 

「こちらから提案があるのだが、聞いてくれないか」

「なんだ?」

「執事の彼は目立ちすぎる。同行は避けてくれるとありがたい。護衛として、私達の警備部門の精鋭部隊を護衛に付けよう。サービスだから金はいらんよ」

「好きにしろ。当たり前だが金は一円も払わねえからな」

 

 馬車が出発する寸前まで引きずるかと思っていた提案は即答で受け入れられた。ボスは拍子抜けし、セバスは驚いて目を見開いた。誰よりも執事の彼が激しく動揺していた。

 

「ヤトノカミ様、それは流石に」

「いいから。俺に考えがある。それじゃまた明日」

 

 軽く手をあげ、ヤトは帰っていった。

 

「……あれは何も考えていないな」

 

 八本指のボスが呟いた通り、博打の業火に焦がされているヤトは帝都で荒稼ぎすることしか考えていない。これは大蛇がぼろ儲けするだけのイベントだと、信じて疑わなかった。

 

 屋敷を出てすぐ、セバスは苦言を呈した。

 

「ヤトノカミ様、私を同行させないというのは、暗殺を仕掛けてくる可能性が高いかと思われます」

「そうな……うむ、知ってる」

 

 危なく、「そうなの?」と聞いてしまうところだ。敵を雑魚だと侮っているヤトは、自分でも驚くほど何も考えていなかった。実際に考えているかはさておき、身の安全が保証されていない旅を執事は許可できなかった。

 

「なぜなのですか?」

「精鋭部隊という事は武技が使えるだろ? なるべく多くの武技使いを集めろとアインズさんから言われている」

「なればこそ、私をお連れいただければ……」

「彼らは俺に勝てるかな?」

「いいえ、万が一にも勝てないでしょう」

「俺だけの方が、奴らは安心して武技を使ってくれるだろ。ついでに帝国で資金集めができる。六腕の調査もできて冒険者に信用も売れる。全てがアインズさんを助けることに繋がるんだよ」

「これは……アインズ様もご存じなのですか?」

「勿論だ。俺は至高の41人を降りたんだから、指示なく勝手に動いたりはしないよ」

 

 当然だが嘘だ。

 

 嵌ったらとことんやりつくす彼の心は、中途半端で終わってしまったギャンブルに燃えていた。自らが危険になる可能性が浮かばず、警戒心はない。八本指が洗脳系のアイテムを持っていなかったのが救いだ。

 

「それは失礼しました。護衛はシャドウ・デーモンとエイトエッジ・アサシンでしょうか?」

「ああ、それも手配してあるから安心してくれ」

「流石は至高の41人であらせられるヤトノカミ様です。私の浅はかな考えをお許しください」

「いや、俺もアインズさんに言われただけだよ。あの人は凄いよな、本当に」

 

 会話の流れでなんとなく本当にアインズに頼まれたような気分になり、遠い目で彼方を眺めた。アインズが聞いたら銅鑼(ゴング)と共に説教が始まっていた。

 

(あ、そうだ。面白いことになったから期間を延ばしてとアズスに……メンドクセ、明日でいいや)

 

 大蛇の化身の頭は博打一色だ。口元を緩めた黒髪黒目の男は、だらしない笑みで宿へ戻った。口元には眠りに落ちてからも、笑顔が張り付いていた。

 

 

 

 

 翌日、好き放題に眠ったヤトは仮面をつけ、足取りも軽くアズスの邸宅に来ていた。適当にアズス相手に時間を潰せば、約束の出発時間にちょうどいい。時刻はティータイムに最適だ。

 

「すみませーん」

「はい、どちら様でしょうか」

 

 扉を少しだけ開いて年配のメイドが顔を覗かせた。仮面の妖しい男がアズスにアポなしで会いに来たことを告げると、不用心にも応接室へ通してくれた。物珍しそうに貴族の屋敷をきょろきょろと見渡していると、眉をひそめたアズスが現れた。今日の彼は武装しておらず、白シャツに袖のないジャケットのようなものを着ていた。

 

 普段着の彼を見て、やはり貴族なのだと思った。

 

「……事前に連絡を貰えるとありがたいのだがね」

「貴族みたいですね」

「貴族だよ、それも王国貴族。私も暇じゃないのだが、今回はちょうどいい。こちらへ来たまえ」

「ここでもいいッスよ」

「駄目だ、先客がいる」

「そッスか……」

 

 新たな出会いに胸は躍らなかった。

 

 アズスの後に従い、窓がある客間へ通された。窓から差し込む日差しに明るく照らされた部屋で、ピンクのドレスの若く美しい女性が待っていた。黒髪黒目の男は面食らって動けず、彼女は立ち上がってお辞儀をした。

 

「初めまして、ナザリックのヤト様。かねてよりお噂は伺っております」

 

 所作の1つ1つが美しかった。肩まで降ろしたくるくるとカールした金髪、ピンクの唇、エメラルドを思わせる瞳、ヤトは思わず声を漏らした。

 

「ヒロインがいる」

 

 言葉の意味が掴めず、彼女は無視して続けた。

 

「蒼の薔薇のリーダーをしております、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと申します。よろしくお願いします」

 

 腰のあたりから体を折り、礼儀正しくお辞儀をした。

 

(やっべー……こんな美人と話したことねえぞ……)

 

 既に帝国で博打する件など吹き飛び、微笑んでこちらを見る女性から目が離せなくなった。セバスが声をかけるまでヤトは硬直していた。

 

「ヤトノカミ様?」

「あ、あう、と……し、失礼しました。あの、あなたのように美しい人とお会いしたことが無かったもので、だから、その、すみません」

「光栄ですわ、ありがとうございます」

 

 社交辞令だと思っていた。

 

 ヤトも謝罪して頭を下げたのはいいが、動きがぎこちなく、ぜんまいの切れたブリキのロボットだ。頭を下げたのも赤くなっていそうな顔を見られたくなかったからだ。仮面をつけていることも忘れていた。

 

 ラキュースは聞いていた人物像とあまりに違うヤトに、叔父を目で見た。アズスも普段と違う素直な態度を見て、思わずちょっかいを出したくなった。

 

「どうだ? 私の姪は美人だろう? 何なら嫁にどうだ? はっはっは」

「是非、お願いします」

 

 間髪入れずにそこは同意できた。

 

 少しだけ緊張がほぐれた。

 

「お二人とも。私のお相手は自分で選びますわ」

「はい、すみません……あ、ちなみに彼は執事のセバスです」

「初めまして。セバスとお呼び下さい」

「よろしくお願いします。どうぞ、おかけになってください」

 

 相変わらずセバスは後ろで待機すると聞かなかった。ヤトはラキュースの目の前に腰を掛ける。彼女自らヤトに紅茶を煎れ、小さな咳払いをして話し始めた。アズスがラキュースの隣に腰かけたが、彼女しか目に入らない。

 

「本当に何からお聞きすればよろしいのかわかりませんが、早急にお聞きしたかったことを聞いても?」

「あ、はい、なんでも」

「先日、子供達を拉致して、それを止めようとした者を殺害したとお聞きしたのですが、本当ですか?」

 

 微笑んでいた顔が、どことなく険のある顔に変わった。首を傾げながら素直に答えた。

 

「拉致……か。まぁ、拉致しましたね」

 

 ラキュースは笑顔で怒りを露わにした。器用な怒り方が珍しく、ヤトは見惚れていた。

 

「やはり、あなたは信用できません。本当は八本指の手の者ではないのですか? 願わくば、早急にこの街から出て行ってくださいませんか」

「おい、ラキュース。そんな言い方は」

「ですが、ここ最近の噂は本当に暗い内容です。人身売買に手を染めているとも聞いています」

「あー、そっか……そうですね。確かに、そう見えますね。説明をすると、彼らはカルネ村に居ますよ」

 

 ヤトは有無を言わさぬ彼女の怒りが収まるのを感じた。表情は変わらないが、顔に差し込む影が違う。

 

「カルネ村で他の村人達と共に、畑仕事に精を出してますよ。食事は食べられる、屋根のある場所で眠れる、生ごみを漁らなくていい、暴力も振るわれない。そんな環境に彼らは居ます」

「え?」

 

 豆鉄砲でも食らったきょとんとした顔は、先ほどの澄ました顔よりも好ましかった。

 

「まぁ、拉致っちゃ拉致スけどねぇ……批判は受けます。勝手な気分一つで、暗いスラム街の路地から、陽の当たる小さな村へ拉致をしたのですからね」

「あの、詳しいお話を伺っても?」

「いや、禁断の果実がちょっと……」

「き、禁断の……?」

「あ、林檎のことで。元はといえば子供達が可哀想だから、カルネ村に攫っただけなんですよ。子供達に暴力を振っていたやつはどこかに放り出しましたよ」

 

 ふざけて余計な言葉を挿入しているが、ヤトの口調は少しずつ暗くて静かな声になっていく。子供達の一件で街の人間達の対応が気に入らず、沸々と黒い泡を立てて憎悪が蘇った。あの時、気に入らないもの全てを惨殺しておけばこうはならなかった。

 

「人身売買の噂はなんなのでしょうか」

「強者というのは根も葉もない噂を立てられるもんでしょう。まぁ、子供達を攫ったのは事実無根じゃありませんが」

「で、では武器屋を襲撃して品物を横流ししたことは?」

 

 ラキュースはあらぬ疑いをかけてしまったと危機感を抱き始めた。慌てた顔は徐々に赤くなっていく。子供の拉致は誤解だが、武器屋を襲撃したのは紛れもない事実で、ヤトは再び首を傾げた。

 

「うーん、私の所持しているこの刀は名刀ですからね。奪おうとする者は多いんですよ。あの武器屋、用心棒を雇って武器を奪おうとしたので身を守っただけなんです。あ、武器はちゃんと買い取りましたよ。店主は殺してませんからご安心を」

 

 半分は嘘だ。

 

 ぽかーんと口を開けている彼女に、既に見惚れる気分ではない。記憶の底から浮かび上がった記憶は脳に居座り、周辺を黒く染めつつあった。

 

「それで? 子供達はお返しした方がよろしいですか? 小さな村で土を弄りながら楽しく暮らすよりも、スラム街で小さく震える野良犬のように過ごせと? 慎ましい生活を捨てて、生ごみを漁って生きろと? 本気でそう思いますか?」

 

 仮面が無ければ感情の籠らぬ爬虫類の視線をまともに受けた。いくら美しい女性であっても、愚かで知性のない者は彼の好みでない。ヤトの王都に対する失望は、行きつくところまで行っている。

 

 女性に飢えていても、彼にとっては所詮、ゲームのキャラクターと同義だ。彼女が死んでも、いくらでも替えはいる。ラキュースが次の返答を誤っていれば、この場で解体された可能性があった。

 

「い、いえ。申し訳ありませんでした……その、本当になんとお詫びをしたらよいか。ガゼフ・ストロノーフ卿が、彼は人間ではないかもしれないと話しておりましたので、人間では無いかのような極悪人という意味かと思いまして……全て、私の勘違いが原因です」

 

(あの野郎……余計なこと言いやがって)

 

 ごつくて憎めない顔の男を思い出し、暗く静かな水面の空気が消えた。ふぅと一息ついて、仮面を外した。太陽の光が憎悪の残滓を溶かしてくれるようで、良い気分の切り替えになった。

 

「そんじゃ、改めて話ができますね」

「申し訳ありません。この非礼はいつか必ずお詫びいたします」

「私からも謝るよ、ヤト殿。姪を許してあげてくれ」

 

 アズスは今まで見たことも無い、痛みを堪える真面目な表情だった。身内を守ろうとする男の目だ。付け入るなら今が好機と言えた。

 

「……いやですね。許しません」

 

 暗い顔をする二人を余所に、ヤトは少し考え込んだ。

 

「あ、す……」

「す?」

「好きな男性のたが、タイプはどのような方か、を教えてくれれば、全部、無かったことに……」

 

 噛んでしまい、恥ずかしさが際立った。

 

 顔が熱くなった。

 

「おいおい……」

「私の好きな殿方は強くて優しい、それでいて自分の道を真っすぐ進んでおられる方です。私より強ければ嬉しいですわ」

「ラキュース。お前まで何を……」

 

 微笑みながら答えた。彼女もアダマンタイトのリーダーだ。この程度はすぐ反応できる。どこかの冒険者であれば「惚れましたー!」と叫んでいた。単純に人の状態で増加している、今まで一回も満たされていない性欲値の影響を受けているだけなのだが、高鳴る胸の心拍を一目ぼれと勘違いした。

 

「ところでガゼフ・ストロノーフ卿を立ち合いにて倒されたと伺っておりますが」

「あー……まぁ、立ち合いはしましたよ。彼の武技を食らってぶっ飛ばされましたから、とても倒したとは、ねぇ」

「ストロノーフ卿が自ら刃が立たなかったと、クラ……若い兵士に話していたようですが」

「……」

 

(あの野郎、重ね重ね余計なことばかり言いやがって。気を使ってやったのに、戦士長が素直に負けを認めるなよ)

 

 殺意はないが、次に会ったら目潰しくらいはしてやろうかと思った。

 

「お聞きしたいことは山のようにあるのですが……よろしいですか?」

「あ、と、じゃ、その、交換条件にしませんか? あなたの情報を教えてください」

「情報ですか?」

「俺が知りたいのはラキュースさんの情報です。交際している男性はとか、今までお付き合いした方はとか」

 

 いきなり下の名前で呼んでいた。

 

 彼はどもりながら話しているが、取り繕ったところは見られない。ラキュースは下の名前で呼ばれた驚きも加え、ヤトの人物像が把握できた。元来、彼の性格はこんな感じなのだろう。叔父がふざけた奴だと怒るのがわかった。

 

 口からは女性らしい笑みが漏れた。

 

「くすっ。その程度のことでしたら喜んで」

 

 どちらにしても装備品が無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)なので、重要な情報が一発でわかってしまう。何より、未知なる存在に追いかけられるのは悪い気がしない。見た目は美形ではないが、決して嫌悪するような容姿ではない。

 

「盛り上がっているところ悪いがね、その前に八本指の報告があったのではないのか?」

「あ、忘れてました。今夜から警備部門の六腕と帝国に行ってきます。八本指の全財産、白金貨1,000枚を持って」

 

 常軌を逸した内容に、二人は満月のように目を丸くして、ただ、ただ、長い沈黙で答えた。

 

「実は八本指の賭場に調査に行ったら目をつけられちゃって。流れで帝国の賭博場を食い荒らす流れに」

 

 本当は遊んでいただけですと言いたいところだが、ラキュースの前で馬鹿をやるのは気が引けた。今さら遅すぎるが、そこだけは取り繕った。

 

「君は何を考えているんだっ! 殺してくれと言っているようなものじゃないか!」

「そうです! 勝っても負けても六腕は殺すために同行するのですよ!」

 

 この街に来て最も大きな声で二人は叫んだ。やはり二人は親戚なのだと感心した。血の繋がりとは不思議なものだ。

 

「まぁまぁ、そんなに怒らなくてもぉ……」

「君は事態の深刻さを理解していない!」

「彼らはアダマンタイト級に匹敵する実力者、それが六名もいるのですよ!」

「うーん……セバス、あの場にいた大きな男が六腕かな?」

 

 振り返った主に、執事は数歩前に出て答えた。

 

「はい、かなりの強さでした。他と比較をすると、芋虫と雀でしょうか」

「雀……」

「彼が何人いればセバスに勝てる?」

「不可能です。十人いても二十人いても勝てません。かすり傷を負わすことが目的であれば、何回かやれば可能かと」

「ど、どういうことだ。彼は六腕より強いのか?」

「”彼が”じゃないと思うけど……。セバス、俺が戦ったら彼らは勝てるかな?」

「重ねていいますが、不可能です。1秒で死ぬか2秒で死ぬかの違いでしょう。5秒以上、持たせることが出来るのであれば、彼らに惜しみない称賛を送ります」

 

 セバスは主の強さを誇らしげに語った。

 

「だ、そうです。私の強さがわかりましたか?」

「ん。うん。そうだな」

「叔父さん……」

 

 姪はなぜ納得するんだと言いたげなに叔父を見た。

 

 アズスは納得したわけではない。情報が大きすぎて、喉につっかえただけだ。飲み込んで消化し終わるまで随分と時間がかかりそうだ。

 

「アズスさーん。俺をアダマンタイトにしてくれてもいいんじゃないッスかねえ?」

「ヤトノカミ様、アダマンタイト級は強さだけではなく人間性も求められます。軽率に子供達を攫ってはいけませんわ」

 

 子供に諭すように柔らかく言われてしまった。何か言い返そうかと思ったが、エメラルドを思わせる澄んだ瞳は、彼を照れさせるには充分だ。ヤトは素直に俯いた。

 

「はい。僕が悪かったです」

「ですが実力が保証されているのであれば、何もしなくても勝手に上がっていきます。ヤトノカミ様が犯罪に加担しない事を願いますわ」

「じゃあ、交際している男性はいらっしゃいますでしょうか?」

 

 先ほどから切り出すタイミングを間違ってばかりだ。感情の起伏がないからといって、アインズと同様に冷静な判断ができるとは限らない。

 

「交際している男性は居ません」

「彼女はこう見えてお転婆なんだ。この前も見合い相手にお茶をぶっかけて追い払ったとか」

「なんて羨ましい」

「う、羨ましいのか……?」

「叔父さん、この場でそれを言うのはどうかと思います」

 

 ニコニコと笑っているが、何やら物騒な笑みに感じた。今のヤトはラキュースに感情をぶつけられているアズスに嫉妬していた。美しい女性に感情をぶつけられるなら、どんな事態が起きてもご褒美ではないのかと、何の役にも立たないことを考えた。

 

「それより本当に六腕と帝国に行くのか?」

「ん、ええ、もちろんです。ついでに六腕を捕まえて財政面に壊滅的な打撃も与えておきますね。お金は貰いますけど」

 

 冷静になった彼は、“それらしく”振る舞った。

 

「いや、それは困る。金銭でなんとかなる被害者たちに返済したいのだが」

「それは構いません。私が不在の間に金額を調べてください」

「今夜、出立でしたね?」

「帝国は遠いんで」

「私とラキュースも影に隠れて護衛をしよう。すぐに準備を」

「遠慮します。逆に私がラキュースさんとアズスさんを守らなければなりません」

「いや、しかしだな」

「いやいや、本当に勘弁してくださいよ」

「いやいやいや……勘弁も何もないだろう! 相変わらずふざけた男だ!」

 

 ラキュースはヤトと出会ってから初めてため息を吐いた。この先、延々と吐き続けるため息の、記念すべき第一回目が吐き出された瞬間だ。

 

「無事に戻ってきたら私に報告をお願いします。叔父様は、明日には王都を離れてしまいます」

「あー、そっすか。忙しいッスね」

「……興味がなさそうだな」

 

 既にアズスのことは二の次だった。

 

「帰ってきたら、その……二人で会えませんか?」

「お断りします」

 

 即答だった。

 

 せめて悩んでほしかった。

 

「えー……やはり俺はラキュースさんに相応しくなかったですか。そうですよね……王国貴族でしたもんね……はぁ……」

 

 恐らくは、一考さえせずに答えたラキュースをみて、がっくりと肩を落とし、首を垂れた。介錯人を待つ死に装束の切腹人に等しく、背後から絶望のオーラが出ていそうだ。ここまで落ち込まれてしまうと、ラキュースにも罪悪感が芽生える。元より、ラキュースとヤトの考えは食い違っている。

 

「い、いえ、そうではないのです。仲間がヤトノカミ様に口説かれたと聞いていますので、あまり恋多き方は好きではありません」

「仲間?」

「蒼の薔薇のイビルアイがヤト様に口説かれたと聞いていますので」

「アン……イビルアイって少年じゃ……ん? 女性?」

 

 アンデッドの部分は隠した。本気で少年だと思っていたことは疑いようのない事実だ。 何やら雲行きが怪しくなり、ラキュースは妙な勘繰りをした。

 

「そっか、女の子だったのかぁ……」

「もしや……女性と知らずに、少年だからこそ口説かれましたの?」

「……え?」

「ですから、その……若い男の子が好き……とか」

「いや……いやいや、違いますよ。本当に口説いていません。小さな子供だったし、アダマンタイトにも興味があって。決して、少年愛などではありませんよ。本当に。お願いですから信じてください」

 

 少年愛好家と誤解されては溜まったものではない。冷や汗が出そうなほど必死で否定をした。出会ってからコロコロと表情の変わる彼が面白くなり、ラキュースは見入ってしまう。整髪料を使っていない黒髪が、頭が揺れるのに合わせて左右に揺れた。光を反射させない艶のある黒髪が珍しかった。

 

「では、蒼の薔薇と会談でも致しませんか?」

「……二人きりがいいです」

 

 まるで初恋相手に告白をする少年だ。セバスは主人の弱弱しい姿を、おいたわしやと悲しい目で見た。アズスは男の影がない彼女に言い寄る者が、こんな怪しくて奇妙な男なのが複雑だった。

 

「ラキュース様。この御方はナザリックにおいて2番目に強く、仁徳の高い慈悲深き方。私からもお願いします」

 

 セバスからも頭を下げられ、ラキュースは考え込んでいる。「今は」という前置きがつくが、ナザリックで2番目に強いというのは事実だ。ラキュースはまたもや下の名前で呼ばれ、ナザリックという言葉について考え、セバスの助力は役に立っていなかった。

 

「蒼の薔薇との食事というのは情報交換の真面目な場です。あなたの所属するナザリックに関するお話や、カルネ村での一件もお聞きしたいですわ」

 

 カルネ村では、ヤトが人間でないと公言してしまっている。

 

 脳裏に不安が過る。

 

「その後でもよろしければ構いません。不束者ですが私をエスコートして下さいませ」

 

 彼女が頭を下げる姿で、不安の全てが天に溶けた。

 

「私個人としましても、お聞きしたいことが山ほど――」

「はい! なんでもかんでも、あることないことお話ししますよ! 好きな人はラキュースさんです!」

 

 既に自分でも何を言っているのかわかっていない。ここまでずけずけと言われ、ラキュースも頬を少しだけ染めた。身を乗り出して彼女の手を握ろうとする賊を、アズスが(たしな)めた。

 

「お、おいおい。ここは私の家なのだが」

「アズス様! 若い二人に任せて席を外して頂けるのですね! 多大なお心遣いに感謝を捧げます。後で靴でも磨いておきます」

「出て行けということか……」

「アズス様、私は個人的にお聞きしたいことがあるのですが」

 

 セバスは主人のために空気を読んだ。クライムの件を聞くのに、これ以上の機会はない。彼の主が誰なのか、把握しておけば次の訓練に生かせるかもしれない。セバスは一貫して真面目で堅物だった。そしてアズスは連れ出され、若い二人が残された。

 

 二人きりの空気に、僅かな緊張と緩やかな楽しさを感じた。

 

「改めて、どうして王国にいらっしゃったのですか?」

「実はウチの王様が転移魔法の実験をしていたんですけど、あ、魔法詠唱者なんですけどね。実験の失敗でナザ……拠点まるごとカルネ村の近くへ転移してしまって」

「みんなというと他にもお仲間が?」

「ええ。ナザリックは正式名称をナザリック地下大墳墓といいます。他にもメイドとか色々な者が」

「まあ、大墳墓をお造りになるなんて珍しいですわ。どなたのお墓なのですか?」

 

 大墳墓と聞けば普通の女性は引いていく。大墳墓に住んでいるなど、まともな神経ではないと思われても仕方がない。しかし、彼女は突っ込んできた。それも、瞳を輝かせながら。

 

「いや、大墳墓というとお墓を想像しますけど。地下10階層からなる広大な美しい神殿になっているんです。他にもお酒を飲むところ、来客用の貴賓室に、地下なのに美しい夜空が見える円形闘技場、溶岩が煮えたぎる火山、吹雪で凍り付く雪山、広いお風呂もあるんです。料理もお酒も最高級品ですし、墳墓とは名ばかりなんですよ、格好いいじゃないスか」

「それは素晴らしいわ! 私も一度拝見してみたいです!」

 

 両手を合わせて嬉しそうに笑った。

 

 饒舌に話している彼の目は出会ってから一番、輝いていた。ラキュースの翡翠の両目が輝きを増し、猫を殺しそうな好奇心が彼女を急き立てた。少しでも探りを入れようとする意志などとっくに消えていた。

 

「じゃ、王様に話しておきます。蒼の薔薇の方々をお呼びしてもいいかと。なんなら朱の雫の方々もまとめてお呼びしても大丈夫です。お泊りなら来客用のお部屋をご用意させますので」

「そんなに大勢で押し掛けて、ご迷惑ではないかしら」

「自慢したいんですよ。きっと王様もそうでしょう。大切な仲間たちと作ったナザリックを」

「大切な仲間、あなたのような方がまだ他にもいらっしゃるのですか?」

「……みんな遠くへいってしまいました。私もナザリックに偶然、戻った時にここへ」

 

 少し悲しい目をしていた。

 

 仕事が忙しくてユグドラシルを引退してからだいぶ経っている。ユグドラシルとナザリックを捨てた自分が、ナザリックの一柱として君臨していいのだろうかと、今更ながら疑問を感じた。それ故に、NPCと親交を深めるのは気が進まない。誰かが少しでも反発すればヤトには言い返せない。前々からなるべく考えないように目を背けていた。

 

 ヤトは世界にアインズと二人きりという思いが強い。

 

 人間を辞めたヤトの胸へ、時おり去来する感傷は存在意義の消失だ。

 

 急激に落ち込んだ悲しい空気に、ラキュースは何かの事情を察した。

 

「何か事情がおありなのですか? 私達に出来ることであれば協力させてください。八本指壊滅の立役者になる方ですもの、誰も無下には致しませんわ。そうだ、ラナー王女にも話をしてみましょう。情報を集めてくれるかもしれません」

「王女様と交友があるなんて、アダマンタイトとは凄いんですね」

「私が第三王女のラナー姫と友人なのです。落ち着いたら協力して貰えないかお話をしておきますね」

 

 嬉しそうに協力を申し出る彼女を、心から可愛らしいと思った。

 

 仲間などいるはずがない。ユグドラシル最終日、呼びかけに応じてログインしたのはヤトとヘロヘロだけだ。先ほどまで子供のようにはしゃいでいたヤトは、急激に大人びた。

 

「いえ、彼らもこの大陸ではない場所にいるかもしれません。私達の故郷は遠いのです。どれほど遠くなのかわからないくらいに」

「まぁ……そうなのですか……」

「それに自分の手で探し出したいんですよね。見つけたら来るのが遅いと責めてやりますよ」

 

 穏やかに微笑む彼に、今度は本気でときめいた。

 

「話は変わりますが、いままで交際した経験もないんでしょうか」

「私は家を飛び出して冒険者になったのです。叔父様の影響もあり、両親の反対を振り切って家を出たのです」

「意外とお転婆なお嬢様なんですねぇ」

「活発なお嬢様は御嫌いですか?」

「大好きです! 婚約したいくらいです!」

 

 適当でいい加減な求婚で、彼女も口元を隠して笑っている。

 

 この言葉を後で思い出し、恥ずかしくなって顔を赤らめるのはラキュースが一人になってからだ。

 

 扉が開かれ、セバスが戻ってきた。

 

「ヤトノカミ様。お話し中に申し訳ありませんが、そろそろお時間となります」

「えー? もう少しー。もう面倒臭くなってきたよー。もう行かなくていいよ、メンドクセ」

「ヤトノカミ公」

「公?」

「大事な任務なのだから遅れてはまずかろう」

「まぁ、そうなんですけど……」

「ヤトノカミ様、お戻りなればいつでも会えますわ」

 

 依頼で忙しいため頻繁には会えないのだが、こうでも言わないと本当に依頼を破棄しそうだ。ラキュースも彼の人物像を掴んでいた。彼は蛇のように蛇行して目移りし、あっちこっちと面白そうな方角へ進むに違いない。

 

「ヤトノカミ様、参りましょう」

「はぁい……アズスさん、長居をしてすんません。お茶も御馳走様です」

「アダマンタイトにでもなってラキュースと婚姻でも結んでくれ」

「ありがとございます! 叔父様!」

「ちょっと叔父さん!」

「それじゃ、また。ラキュースさん、アズスさん」

 

 屋敷を出て一歩、ヤトは冷えていく外気と同様、急激に気分を冷やしながら後悔した。

 

(なんて下らないことで王都を離れることになったんだ。一緒に行動して八本指を倒せば楽しかったに違いないのに……いくらでもチャンスもあったのに……)

 

 心の底から後悔をしているヤトは、死刑台の13階段を上るように重い足取りだ。あれほど燃え盛っていたギャンブルの業火も、ラキュースの澄んだ翡翠の両目で完全に鎮火されていた。

 

「嗚呼、面倒くせえぇ……うーん、いや……やっぱり面倒くさい。なんて余計なこと言ったんだ」

「何か、仰いましたか?」

「なんでもないよ……」

 

 こうして彼は好みの美女とのデートを捨て、むさ苦しい5人の男と一人の女をぞろぞろと引き連れて帝国に向かった。

 

 

 




ラキュースの好感度ロール1d20→20

イビルアイは激おこぷんすか

ラキュース性格
武装していない時、王国貴族のお嬢様。中二病を患ったのは家を飛び出す前後。夢見がちなお嬢様が中二病の女性に変貌。冒険者の最上部で活躍する彼女が些細な社交辞令・口説き文句で動揺しない。

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