どれほど《
《はい、なんでございましょうか。アインズ様》
《セバスか。ヤトノカミはどうした?》
《八本指の六腕を護衛につけ、先ほど帝国へ向かいました》
ヤトの話を素直に信じているセバスは、シャドウ・デーモンとエイトエッジ・アサシンが護衛に付いていると思い込んでいる。一人だけで行きましたとは言わなかった。
《どういうことだ?》
《武技を使う者の獲得と資金活動の一環で、アインズ様もご存知と窺っていましたが……ご指示ではないのですか?》
何も聞いていないが、アインズの名前を言い訳に使ったことだけは把握できた。
(あの野郎……俺の名前を適当に使ったな)
予期せぬ事態に慌て過ぎて精神が沈静化された。
《あ、うむ。そうであったな! 私としたことが、うっかりしていた。こちらで改めて連絡をしておこう》
《畏まりました、よろしくお願いします》
《
(あいつは一体、何をやっているのだ?)
連絡が繋がらない彼に不満を抱きつつ、こちらの資金稼ぎのために冒険者組合へ向かった。
◆
「ゴブリンが部族連合を?」
ゴブリンとは、悪戯をして人間を困らせたり、オーガを煽って人間を襲わせたりする、小鬼の魔物だ。あちこちのRPGで序盤に出会う魔物として起用される場合が多く、その例にもれず、この世界でも低位冒険者でも倒せる相手であった。しかし、単体では弱くても、オーガを丸め込んで群れを成すとそれ相応に強い。
「北にあるトブの大森林の様子がおかしい。そこのゴブリン達が近隣のゴブリン達をまとめて連合を組んでいるという情報が入ってな」
「ゴブリンにそんな知性があったのですか?」
「群れを組むのは珍しくない。彼らは一匹では弱いからな。しかし、今回は規模が大きすぎる。南の方角にある森と大森林のゴブリンが組んだら、下級冒険者では荷が重い」
「一足先に、トブの大森林の調査は別の冒険者に頼んである。モモンくんは南下してスレイン法国との国境付近にある、南の森を調査してほしい」
スレイン法国と聞き、数日前に出会った漆黒聖典を思い出した。アインズは彼らを敵対勢力と認識していた。あの時は咄嗟のことで場当たり的に対応できたし、彼らには監視を付けている。もし、次に出会ったら同じように振る舞えない。
(スレイン法国か……あまり近寄りたくないが)
そのまま素直に話せず、依頼を断る理由がない。冒険者にとって名指しの依頼は、野良で依頼よりも報酬が高い。ヤトが資金稼ぎをしているからといって、こちらで何もしないわけにはいかない。
「南のゴブリンはどうすればいいのでしょう」
「彼らが北上しトブの大森林へ移動するようなら討伐を頼む。ゴブリンとはいえ、増え過ぎると危険だからな」
「ではその後はトブの大森林へ?」
「うむ、先に調査をした冒険者とカルネ村で落ち合うといい。情報を基に、数が多ければ間引きをしてほしい」
「なるほど。数が不明だからある程度の力を持った者に、と」
「察しが良くて助かるよ。君に限って何もないと思うが、念のため注意をしてくれ」
つまらない依頼とは思わなかったが、アインザックは申し訳なさそうに頼んだ。英雄に頼むならそれ相応の報酬と、それ相応の難度でないと悪いと考えているのだ。
「わかりました。では早速出発をします。行くぞ、ナーベ。」
「はい、モモンさー…ん」
未だにさん付けで呼ぶことに慣れないナーベは、退室するモモンに続いた。
彼らはその足で南の森へ向かった。
◆
南の森はスレイン法国とリ・エスティーゼ王国の境目付近にある小さな森だ。小さい、といってもトブの大森林と肩を並べられるのは、はるか南、アベリオン丘陵を越えた先にあるエイヴァーシャー大森林くらいだろう。南の森の規模はトブの大森林より小さいが、それ相応に森は深く、ゴブリンが群生していても発見は難しい。
家畜用の宿舎の一角を借りて暮らしているハムスケは、度重なる待機に飽きてしまい、今回は付いてくると言って聞かなかった。使役魔獣のハムスケを加えたモモン一行は、森の手前でゴブリンへの接触方法を模索した。
「アンデッドを差し向けてもいいが、時間がかかり過ぎるな。ハムスケ、お前はゴブリンと話はできるか?」
「多少ならわかるでござるよ!」
「そうか、それでは、彼らと話をしてきてくれ」
「畏まったでござるー!」
ハムスケは森に突っ込んでいった。せめて、どんな話をするのか説明を聞いてから突っ込んでほしかった。多大な不安を抱えたまま、モモンは使い走りが戻るのを待った。
想定より早くハムスケが森から戻り、後ろからゴブリンの部族がぞろぞろと付いてくる。
「殿、彼らはトブの大森林に引越ししようとしているでござるよ」
なぜかハムスケは嬉しそうである。
「ハムスケ、彼らはなぜ移動しようとしているのだ?」
「どうやらホーコクに苛められているようでござる」
「ホーコク? スレイン法国か」
「ギッギッギ。ソウダ。ホーコク、ホーコク」
「あそこは亜人種を排除しようとする国家だったな。ゴブリンまで排除しようとするとは、念が入っているな」
ゴブリン達は口々にホーコクと叫び、ハムスケもそれに同調した。
「殿ォ! 拙者からもお願いするでござる! 助けてあげて欲しいでござるよ」
「ペットがモモン様になんたる無礼を!」
ナーベは手刀を打ち込もうと構えていた。
「落ち着け、ナーベ。ハムスケ、彼らは人を襲わないのか?」
「ホーコクに苛められて数を減らされ、戦う力が残ってないと申しているでござるよ」
「見なかったことにするならいいが……ゴブリン達が可哀想だからトブの大森林にまとめましたとは報告ができないだろう」
どうしたものかと悩んでいるモモンに、視界の端から何かが近寄ってきた。
「ん?」
「やあ、何をしているんだい?」
銀色に輝く
「彼らを殺すのかい?」
「失敬な! 殿は彼らを助けようとしていたでござるよ」
ハムスケは怒って反論する。
助けるつもりはないが、殺しても何の意味があるというのか。そうかといって、恩を売ってもゴブリン相手では報われることもない。未だに結論は出ていない。
「悪いが、違う。だが、それも視野には入れている」
「君は何者だ?」
「人に名前を聞くなら先に名乗ったらどうだ」
「それはそうだったね。私は白銀だ」
「色が名前なのか? 私は漆黒のモモン。彼女が相棒のナーベ。エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だ」
「そうか、初めまして、モモン」
最上級冒険者アダマンタイト級と名乗っても、白銀の態度は変わらない。冒険者に興味や接点がない相手らしく、動揺した雰囲気も感じない。白銀は顎に指を掛けて何かを考えていた。
彼の顔はずっとモモンへ向けられていた。
「……君は、何か珍しい物を身に着けていないか?」
「この鎧か?」
「そうじゃないと思う……まさか100年の揺り返しか? 今までにない反応だ」
彼は白金の竜王が操作する鎧だ。竜の財宝に対する知覚能力により、異様なアイテムを所持している相手なのだと気付かれた。
「すまない、君はユグドラシルに関するアイテムを持っていないか?六大神や八欲王、十三英雄が残したようなものを」
この一言はモモンの警戒心を浮き上がらせるに十分だった。眼下に赤い光を宿しながらモモンは白を切る。
「……意味がよくわからないな」
「指輪……かな。その鎧の中に着用できるような装備に、珍しい由来の物がないかい?」
「いくつかの強力な指輪は確かにしているが」
言葉は柔らかいが、白銀の警戒心は強く、決してこちらに近寄ろうとしない。知覚したのは、アインズが所持する腹部にはめ込まれた宝玉だ。最上位アイテムである
「見せてくれないか? ユグドラシルに関するアイテムは強力だ。スレイン法国に渡ると危険なのでね」
モモンは相手からは大した強さを感じなかった。自然と対応も素っ気ない。一歩間違えば交戦へ発展する邂逅は、モモン側だけが緩んでいた。
「お前は何者だ?」
「む、君はまさかプレイヤーなのかい?やっぱり100年の揺り返しかな。」
「待て、先に聞きたい。お前は敵か?」
「君が世界を荒らすのなら敵対する事になる」
白銀は剣に手を掛けた。初めてプレイヤーを知る者と出会い、モモンが最初に考えたのは仲間と出会っているかもしれないという微かな希望だ。
「ナーベ、ハムスケを連れて森へ身を隠せ。戦闘が始まったらすぐに帰還しろ」
「しかし……」
「命令が聞けないのか?」
「……畏まりました」
「殿。どうしたでござる」
「ゴブリンに森に隠れるように指示をなさい」
ハムスケは無垢な瞳で見上げていたが、ナーベに軽く蹴飛ばされながら命令された。二人は見た目よりも仲がいいのかもしれない。
「うむむ、分かったでござるよ、ナーベ殿。」
全員で森へ入っていった。そこまで深い森ではなく、アインズに戻って本気で戦ったら巻き込まれて跡形もない。現状、モモンにそこまでするつもりはない。
「すまないね、人払いをしてもらって。彼女はプレイヤーではないのかな?」
「NPCだ」
「ああ、えぬぴいしい、この世界でいうところの魔神だったのか」
「先ほどから気になっているのだが、なぜそこまでプレイヤーを警戒する。我々は一触即発の空気になっているぞ」
モモンの言葉通り、白銀は剣に手を掛けたまま、いつでも抜けるように構えていた。そしてモモンも相手と適度の距離をとり、斬りかかってきても対応できるようにしていた。
「八欲王は知っているかい?」
「いや、情報収集は別の者がやっているが、プレイヤーの情報は集まっていない」
「そうなのかい? では、簡単に順を追って説明しよう」
白銀は自分が伝説に謳われる十三英雄の一人であること、八欲王と竜王たちの戦争のことなど、プレイヤーの情報を簡単に伝えた。自身が白金の竜王であることはを隠していた。
「それならば、警戒しても仕方がないかもしれないな。急に強い力を持った者がどのような行動に出るかは想像に難くない」
腕を組んで話を聞いていたモモンへ、咄嗟に想像が浮かぶ。一人でこの世界に転移していたら、恐らくは彼と敵対していたはずだ。
「八欲王は本当に最悪だったよ。もちろん、竜王の全てが消えたわけではないよ。今でもどこで何をしているのかわからない者もいるからね」
「では、お前は竜王ということで間違いがなさそうだな」
「ん? そんなこと言ったかな?」
「プレイヤーや竜王に詳しいのは、同じ竜王かそれに属する者しかあるまい」
「ああ、そういうことか……これは失言だったね。君もその姿が本当の姿なのかい?」
「それはお互い様だ。お前は一体、何歳なのだ?」
「それもそうだね」
竜王と明言していないが、白銀の口調はとても軽くなった。どれほどモモンを探っても、交戦に発展する気配がない。所持しているアイテムには興味があるが、初対面で確認すべき事柄、世界に害をなすか、無害な存在かの確認は取れた。
「急いで聞いておきたいのだが、私と同時期に転移してきたプレイヤーには会ったか?」
「君たちが、100年前から初めてだよ」
「そうか……」
白銀には彼のあからさまな落胆が感じられた。
「その鎧の下はアンデッドか?」
「うーん、違うとだけ言っておくよ」
軽く笑って誤魔化していた。気が付けば白銀の警戒が緩くなっている。
「なぜユグドラシルのプレイヤーはこの世界に飛ばされたのか知っているか?」
「すまないが、それは私にもわからない。話を聞いても、向こうの世界のことは理解できないからね」
「そうか……」
新しい情報はなく、モモンは再び考え込む。現実の世界に戻りたいわけではない。41人の仲間がこちらへ来ている、あるいはこれから来る可能性はなんとしても知りたかった。
「私からも教えてくれないかな。君たちの目的はなんだい?」
「目的? ……目的か。そうだな……私達の目的はただ一つだ。かつての仲間を探したい」
「仲間? 君は先ほど私達と言ったね。他にもプレイヤーがいるのかい?」
「ああ、その通りだとも。私達はギルド41人の中で、2人だけがこの世界に飛ばされた。どうしても他の仲間を探し出したい」
「それが君の望みか?」
「その通りだ。仲間を見つけ出し、昔のように未知の冒険に出たい。知らない場所や見たことない魔物と戦い、新たな出会いを繰り返したい。他の全ては二の次だ」
白銀の目から見て彼の言葉は真剣に言っていると思えた。内容は大よそプレイヤーらしくないが、嘘を吐くならもう少しまともな嘘を吐く。
同時に意外だった。
彼らの世界は荒んだ世界で、この世界に来て暴れまわるプレイヤーの方が多いと信じていた。六大神や十三英雄に名を連ねる“彼”や“彼女”のような存在も確実にいるが、八欲王と対峙した白銀からしてみれば、そちらの方が珍しい。
「モモン、君はこの世界で強者だ。だが、暴れまわるのなら敵対しなければならない」
残念そうな響きが籠っていた。
「安心しろ。私は破壊がしたいわけではない。ただ仲間を探したいだけだ。邪魔する者を殺す可能性を否定はしないが、それは竜王であるお前も同じだろう」
「ふむ……弱肉強食は世の常、だね。しかし、あまりこの世界のルールを捻じ曲げないでほしい。この世界にはこの世界なりのルールがあるんだ」
「白銀、だったか? 人間の味方なのか? 敵なのか?」
「どちらでもないよ。ただ、ユグドラシルのプレイヤーにこの世界を壊してほしくないだけなんだ」
彼からすれば、八欲王のように
「白銀よ、私と取引をしないか?」
「取引?」
「私はアインズ・ウール・ゴウンのモモンガだ。この名前を知っている者がいたら知らせてほしい。戦闘だけは避けてくれないか」
仲間に執着するモモンは、場を取り繕って大事な情報を逃す真似だけは避けたかった。
「モモンガ……アインズ・ウール・ゴウンのモモンガと言うのかい? 君の名前は」
「頼む。私達は仲間を探したいだけなのだ」
モモンは頭を下げた。ナザリックの者たちが見たら激昂し、白銀を敵視していた。
「モモンガ、君はどうやら不快なプレイヤーではないようだ。仲間に会いたいというのは珍しいよ。私と出会ったら、必ず伝えると約束しよう」
白銀はもう警戒をしていなかった。攻撃をされたら無警戒に直撃しただろうが、仲間の情報を得る伝手を得たことに喜んでいるモモンが、攻撃などするはずがない。
「名前を改めて教えてくれないか?」
「白銀、白銀のツアーだ。いずれ君の友人も紹介してくれると嬉しいな」
「わかった、伝えておく」
「また会うのを楽しみにしているよ。ああ、先ほどのゴブリン達はできれば殺さないであげてくれないかな。スレイン法国の犠牲者なのだろう?」
「私は殺生が趣味ではない。彼らは安全な場所に連れていこう」
何の価値もない者を生かすも殺すも興味がないが、後々の為にそうしたほうが賢く思えた。
「ありがとうモモンガ。さて、私は帰るよ。漆黒聖典にも逃げられちゃったからね」
「漆黒聖典……スレイン法国のものか」
「おや? 知っているのかい?」
「詳しくはない。文献には載っていないからな。最近、出会った者に思い当たる節があるが、所持アイテムのレア度が高く、年齢層も幅広い連中で合っているか?」
「そうだね……恐らくはその者達で間違いなさそうだ」
「彼らはプレイヤーか?」
「いや、違うよ。だが、プレイヤーの残したアイテムを持っている」
「やはり彼らで間違いないな……。ワールドアイテムは知っているか?」
「わあるどアイテム? ギルド武器みたいなものかい?」
ユグドラシルのアイテムにそこまで詳しくはなかった。
「それよりも厄介だ。世界を変える可能性があるアイテムだ。一つの世界を意味する、究極の加護。それならば、ツアーの警戒する世界への変更が可能だ」
「そうなのか……。詳しい話を聞きたいのだが、今は時間がない。君は普段はどこにいるのかな?」
「エ・ランテルの黄金の輝き亭にくれば、先ほどのナーベがいる。出かけていてもそこで待てばいずれ会えるだろう」
本当はナザリックにくれば確実だが、相手が竜王で、しかも敵対する可能性が否定しきれない現状、ナザリックの場所は話せない。
「わかった。また会いに行くよ。それじゃあ、さようなら」
「ああ、気を付けてな。ツアー」
白銀は手を振りながら来た方向へ戻っていった。
彼が完全に離れるまで待ち、モモンは呟いた。
「ふぅ、ナーベ達を呼ばないと」
呼ぶまでもなく、一団は森からゾロゾロと出てきた。
「モモン様」
「ナーベラル。今後、奴と交戦は絶対にするな。お前たちでは勝てないだろう」
「……はっ。畏まりました」
ナーベは不満そうだ。命を落としてこそ本懐と思うNPCと、死んでしまえば終わりだと思うアインズとでは、態度に温度差がある。
「さて、ゴブリンを連れてカルネ村に行くが、その前に」
モモンは《ゴブリン将軍の角笛》を取り出す。頭部の前部分を開き、髑髏の口でぷあーっと笛を鳴らした。ゴブリン達の数名が、顔に知性を宿らせた。知性を宿らせたものは前に出て、跪いてモモンを見上げた。
「へい、旦那! お呼びですかい!」
(口調が……)
そこはかとなく江戸っ子を思わせる口調だった。
「お前たちは今日からカルネ村で生活をせよ。村人と協力し、村の発展に人間達と協力をするなら、命は助けてやると皆に伝えろ」
「ヘイ! 直ちに!」
(なんか喋ってる……これでカルネ村の人手不足も解消だな)
後で分かったが、喋っていた江戸っ子のゴブリンはこの部族のリーダーだった。他と見分けはつかないが、名をカイワレと名乗った。
「行くぞ。先に行くからついてこい」
モモン一行はゴブリン達を引き連れ、カルネ村へと向かった。
向かう先→1南の森
接触方法→3ハムスケ
出会う相手→3白銀
警戒度1d% 白銀ツアーの警戒度 90% モモン 10%
ナザリックの場所を話す 1d%→70% ダイス失敗