モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

29 / 135
19日目 帝都アーウィンタール

 

 

 翌日、仮面を外したヤトは六腕達と闘技場に来ていた。図書館に忍び込んだ際、仮面を見られていたため、素顔で誤魔化そうとしていた。

 

「ふむ、倍率は間違いないな」

 

 掲示されている試合の倍率は2.8倍と1.2倍だ。恐らく倍率の低い方が勝つだろうと思いながら確認すると、やはり1.2倍の数字だけ残っている。ヤトの頭上で電球が光った。

 

 ヤトは妙案を思いつき、彼らに指示を出す。

 

「エドストレーム、お前は受付に顔を見られていないし、女だ。俺の代わりに賭けてこい」

「はい……おいくらでしょうか」

「控えめに白金貨1,500枚を2.8倍に賭けてきてくれ」

 

 全然控えめではなかった。八本指の軍資金が白金貨1,000枚だったので、十分に狂っている。生ゴミでも渡すように放り投げられた手提げ袋を慌てて受け取り、彼女は受付に走っていった。

 

「VIP席に案内されそうになったら断っといてくれ」

「我々はどうしましょうか」

「俺はちょっとやることがあるから、チケットを持った彼女を皆で護衛してくれ。次も必ず俺たちが勝つ」

「はい……」

 

 今日も彼らの顔は暗い。

 

 ヤトは闘技場の案内図を確認し、目的地へ向かった。

 

 

 

 

 この試合は闘技場に設定されている階級(ランク)の防衛戦だ。AA~Eまでのランク制度で、戦う者の報酬や名誉が変動する制度を導入していた。最初の試合は、Dランクの王者の防衛線だ。体格・経験・武器などを考慮しても、挑戦者に分が悪い試合く、倍率も手堅い。

 

 観客の歓声と共にモーニングスターを持った大柄な男と、何の変哲もない剣を持った小柄な男が会場へ現れる。開始の合図と同時に、小柄な男が走り出す。それを迎え撃つために、モーニングスターの棘付き鉄球を振り回す王者。強く振り回し過ぎたのか、モーニングスターは壁に向かって一直線に飛んでいき、鉄球が壁にめり込んでいた。

 

 突然に武器を失った王者は状況に混乱し、男の剣をまともに受けた。

 

「いてえ!」

 

 肩から血が流れたが、今は武器を取らなければならない。肩を抑えて壁際に走るが、そこで転倒してしまう。

 

「え?」

 

 頭から地面に倒れた男は何が起きたかわからず、立ち上がろうともがいているが、挑戦者は隙を逃してくれない。小柄な挑戦者が男を滅多切りにし、やがて会場は血で染まっていく。

 

 誰も予想しなかったGIANT KILLING(番狂わせ)だ。

 

 ヤトがこの場にいなければ、闘技場は十分な儲けがでていた。全ての観客が多種多様な感情を込め、大きな歓声を上げた。その下、試合会場へ続く通路の角で、ヤトがニヤニヤしながら壁にもたれ掛かっていた。

 

「やればなんとかなるもんだな。ボロ儲けができた」

 

 彼がスキルを使って本気で走る姿や、武器を奪って壁に放り投げる姿、足を蹴飛ばして転ばせる姿は、向上した素早さを捉えるものはおらず、誰にも見られていなかった。

 

 若干の眠気を感じながら、六腕の下へ歩いていった。

 

 

 

 

 受付に戻ると、六腕が帝国の衛兵に囲まれている。まだ換金はできていないが、六腕は殺気立っていた。闘技場の内部で乱闘騒ぎが起きてもおかしくない修羅場だ。

 

「お、おい。なんだ、何事だ?」

 

 予想外の事態に、ヤトは少し焦る。衛兵は近寄ってくる黒髪の男を見つけ、彼がガラの悪い5人の雇い主だと把握した。

 

「あなたが、このチケットの所有者ですね? 払い出しを別室で行いますので、ご同行願います」

 

 剣に手を掛ける衛兵は、金を払ってくれそうになく、六腕もまた血の気が多かった。

 

「ふざけんな! ここで払えばいいだろうが!」

「舐めんなよ、衛兵共が!」

「落ち着け、とりあえず行ってみよう。騒ぎを起こして金が手に入らないのは困る」

「……はい」

 

 花が萎れるかの如く、途端に大人しくなった。

 

「さあ案内してくれ」

「こちらです」

 

 結局、昨日と同じVIPルームに通された。

 

 

 

 

 案内された応接間には、昨日の帝国主席魔法詠唱者であるフールーダが腰を掛けていた。

 

 昨日に続いて彼に会い、ヤトは焦っていた。前日と違って仮面は外しているが、声と髪は変えられない。幻術の使えるアインズが羨ましく思った。

 

「ようこそ、お呼び立てして申し訳ない。腰をかけてくれ」

「はあ」

「む? その髪……貴様、昨日の夜は何をしていた?」

「昨日は、護衛と宿におりましたが……」

「嘘を吐け! このこそ泥めがっ! 衛兵!」

 

 あっさりと見破られた。六腕が応戦しようとして、応接間は一触即発になる。ヤトは面倒に感じ、椅子にもたれかかった。

 

「ちょっと、ちょっと、落ち着いて」

「問答無用! 食らえ! 人間種束縛(ホールドパーソン)!」

 

 魔法を放ったが、ヤトは涼しい顔をしていた。

 

「無駄ですって。早く換金してもらえないですか?」

「なぜだ、なぜ効果がない。マジックアイテムか、厄介だな」

「白金貨を早く」

「衛兵共! こいつを拘束しろ!」

 

 六腕が衛兵と交戦しようとしているが、ここは実力差を見せて収束を急いだ。

 

「六腕、手を出すな。壁際で待機だ」

 

 表向きは護衛の彼らは、護衛対象から離れて壁まで後退した。

 

 5人の衛兵が拘束しようと試すが、何一つとして上手くいかない。剣で斬りかかる者もいたが、ソファーを切っただけだった。

 

「もう実力差わかったでしょ、謎のじじい」

「なっ。何者なんだ」

「さあ白金貨をください。まだまだこれから稼がなければならない」

 

 帝国が破産するまで勝つ、相手はそんな顔をしていた。

 

「……白金貨は無い」

「え?」

「白金貨はもうない」

「……なるほど、お財布事情はあんまりよくないと」

「そうだ。元本はお返しするので、お引き取り願いたい」

「お断りします。あるだけの白金貨とないなら人材とか財宝とかなんでもいいから、かき集めろ。エドストレーム、勝ち金はいくらだ?」

「3,780枚でございます。」

「ほら、さっさと皇帝にでも伝えてきて。フールーダの身元なら白金貨1,000枚で引き取ってやってもいいですよ? 本当はいらないですけどね」

「いや……それは難しいだろうな。そんな大金が用意できな――」

「知るか、胴元なんだから何とかしてくれ。それとも帝国は、こんなケチくさいやり方で勝つ国ですか?」

「……皇帝陛下に相談してくる」

 

 帝国と皇帝を馬鹿にされるわけにはいかない。

 フールーダは肩を落とし、年相応の哀愁を漂わせながら部屋を出て行こうとした。

 

「あーちょっとまった」

「なんだ?」

 

 哀愁漂うフールーダは鋭い言葉による追い打ちを覚悟する。

 

「白金貨2枚ほどあげるから、俺達全員分の昼飯を用意してくれ。なるべく多めに、美味しいもの」

「10枚にしてくれ」

「無理。2枚しか駄目」

「……衛兵、急いで手配をしろ。最高級品にしろと伝えておけ」

「はっ!」

 

 フールーダの様子を見る限り、待ち時間は長そうだ。前日と同様、大量の料理に加え、酒まで手配し、室内に食欲を刺激する匂いが満ちる。ヤトは一瓶、独占して、寝転がってアルコール中毒よろしく飲み始めた。

 

「ほら、遠慮せずに食えよ、お前ら」

「よろしいのですか? 我々も食べて」

「いいんだよ、別に。俺の護衛なんだから飯食わないと力がでないだろ?」

 

 ニッと笑う彼は二十歳前後の若者に見えた。六腕は彼を見直して、労働環境が悪くないなら就職するのもいいかもしれないと思った。

 

 その希望は一日しか持たない。

 

 

 

 

 フールーダが賊を確保して現れると信じて疑わなかった。

 

 しかし、皇帝の前に現れた老人はがっくりと肩を落とし、一日で随分と老けたように見えた。捕らえる予定の賊もおらず、単身で現れた彼を見て皇帝は全てを察した。

 

「最悪だな……追加して勝たれるとは……」

「申し訳ありません。どうやら特殊なマジックアイテムを所持している可能性があります」

「名前は聞いたか?」

「いえ、護衛は六腕と言っていました」

 

 若き有能な皇帝はその名に聞き覚えがあった。

 

「そうか、王国の犯罪組織が妙なアイテムを手に入れたから侵攻にきたわけだ。六腕とは王国に巣食う犯罪組織の武闘勢力だ」

「なるほど、それならば納得ができますな。彼らが大人しく従っているところをみると、恐らくあの男がボスなのでしょう。低位の冒険者、ワーカーでも使わないような弱い防具を装備しているのは、身元を隠すためなのでしょう」

 

 酷い誤解だった。

 

 この勘違いは、後々まで糸を引くことになる。

 

「王国の犯罪組織に付け入る隙は与えん。急いで財宝を用意させ、引き渡しの際に二度と来るなと伝えるんだ」

「畏まりました」

「ご丁寧に大きな声で八百長を匂わす真似をしてくれたのだったな。もしかすると闘技場にスパイがいるかもしれない。運営者を総入れ替えだ、すぐに手配しろ」

「早速、準備に取り掛かります」

「ああ、よろしく頼む」

 

 フールーダが去った後で、皇帝はブツブツと物思いに耽った。

 

「考えられる最悪の展開だ……勧誘を頼まなくてよかった。王国と同様、内側から瓦解させられていたところだった。損害は王国との戦争に影響がでるな。ここまで戦力を削ったというのに、帝国としては金額以上の大損害だ。王国が犯罪組織を野放しにしている事だ。イジャニーヤが手に入っていれば、ここまで苦労せずに済んだのだが。明日から全ての経費を削減か……私も質素な生活をしてみるか」

 

 叡智に溢れる若き皇帝は、損害の補填をどうするかで再び動き出した。

 

 間違いないのは、毎年恒例のリ・エスティーゼ王国との小競り合いは、戦争資金が欠乏して延期するしかない。公的資金に大打撃を食らうのは、戦争を起こすよりも手痛い。今回の損害を補填するに、軽く5年はかかる。無理をして戦争を起こすより、二度と今回のような事態を招かぬよう、闘技場の改革をし、より強固な利益体質へ改善する方が最優先だ。

 

 フールーダが手も足も出ない犯罪組織を抱え、今もなお腐敗を続ける王国など、放っておいても弱っていく。

 

「くそ……やってくれたな、犯罪組織を野放しにする王国が。やはり、あの国は早々に潰さねばならない」

 

 頭を書き毟ると、美しい金髪が抜けた。

 

 

 

 

 大量の財宝を荷車に積み、可能な限りの白金貨を渡され、そのまま闘技場を追い出された。急展開にヤトと六腕は呆然と立ち尽くしていた。空っ風が吹き、西部劇などでコロコロと道路を転がる回転草(タンブルウィード)が、右から左へ転がっていった。

 

「出入り禁止だってぇ……」

「そのですね……」

「アインズさんに怒ら……」

 

 怒られるわけがない。理由は右手に持ったはち切れんばかりの財布と、背後の財宝が物語っている。自分が八本指のボスと勘違いされているとも知らず、アインズの喜ぶ顔を思い浮かべ、守護者のようにニヤけた。骸骨なので表情はないが、喜ぶに信じていた。

 

「怒られるわけないわな。財宝貰ったし、白金貨もたくさん稼いだし」

 

 彼の稼いだ白金貨は合計で6,364枚だ。一部は現物支給だったが、1枚十万円として現代社会の貨幣価値に換算すると約6億円だ。他国に比べて多少は裕福な帝国とはいえ、影響がないはずがない。仮に八本指に軍資金を返したとしても、5億の大金がナザリックへ流れ込むのだ。

 

 返すつもりは毛頭なかったが。

 

「せっかく来たから、ちょっと服を見たい。夜には出発するから、馬車の手配をしといてくれよ」

「私が数名といってまいります」

 

 短期間であったが、裕福な暮らしをさせてもらっていたサキュロントは、素直に進んで従った。刃向かって殺されるより、服従して甘い汁を啜った方がいいに決まっている。

 

「ああ、よろしく。はい、小遣い。夜までに行くから、待機をしててくれ」

 

 白金貨を数枚、数えずに渡した。

 

 渡した数枚が数十万に該当するが、金銭感覚は崩壊していた。

 

「ありがとうございます。我々は街の入り口で待機をしております」

「わかった。それから、他の奴も宿を引き払って、帰り支度をしておいてくれ。この財宝もお前たちで守っておいてくれ。俺は買い物に行く」

 

 再び、白金貨を手近な者へ渡した。

 

「財宝は何としても守れよ?」

「はい」

 

 ヤトは当初の目標の一つ、お色直しをしようと帝都で最高級の店を探しに出かけた。

 

 ラキュースと会うのにみすぼらしい格好はできない。

 

 他に理由はなかった。

 

 

 

 

「大変によくお似合いですよー……」

 

 年配の女性は嬉しそうに服を褒めた。

 

 首元のボタンが開いたワイシャツに似たな白い服、黒いベストのようなチョッキ、ジャケットを思わせる黒い上着、先が尖がったブーツ。

 

 ラフな格好に着替えたどこかの若手社長だ。見ようによっては夜の街で女性へ甘い言葉をささやくホストにも見えた。

 

「南方の”すうつ”と呼ばれている服をイメージに、お抱えである一流の職人達が編んだものでございますのよ」

「いいですね」

 

 このまま日本に帰ったとしても通用しそうな格好だ。

 

 彼は異世界を心の底から謳歌していた。

 

「全部でいくらですか?」

「金貨50枚になりますが」

 

 初めから値切られることを前提にした高めの金額だ。

 

 現実世界の金額に換算して50万円で、帝都で最高級のブランド店とはいえ、そこまで法外なわけがない。来店時のみすぼらしい格好が気に入らず、店の店主はヤトを舐めきっていた。買えないなら衣服を引っぺがし、バケツに水でも浴びせてやろうと思っていた。

 

 金銭価値が崩壊しているヤトは何も言わない。

 

「はい、白金貨5枚。古い服は捨てといてくださいねー」

「うぇえっ!?」

 

 目をひん剥いて驚く女性も気にならない。早く王都へ帰ってラキュースに見てもらいたいと、ヤトの機嫌は過去最高に良い。

 

(人化の術はカスタム可能だから、一度服を着替えるとずっとそのままなんだよな。そのうち、予備の服も買っておこう。髪も切った方がいいかな?)

 

「じゃあまた来ますねー」

「ありがとうございましたー!」

 

 ヤトが出て行った後で女店主はぼやく。

 

「もっとぼったくればよかったわ……まさかあんなに金、持ってるなんて……はぁ」

 

 店主の、ここ最近で一番の失態だった。

 

 

 

 

 その後、ヤトは手持無沙汰で帝都を徘徊し、帝国の情報を集めた。武器はどこの店も似たり寄ったりで、珍しい武器と出会うには特別な伝手がないと難しい。

 

 冒険者の一線を越えた者達はワーカーと呼ばれ、善人も悪人もその中にはいる。

 

 この国では亜人種は奴隷という扱いを受けているが、期限付きの労働者の意味と同等である。

 

 中には”そのような”奴隷が売っている店もあった。

 

 夕日が沈む直前、帝都の入口へ到着した。既に財宝は積み込まれており、サキュロントがヤトを見てお辞儀をした。馬車に乗り込む前、馬の手綱を引く従者へ声をかけた。

 

「ちょっとトブの大森林に向けて走らせてくれ。寄るところがあるから」

「……? へい、畏まりやした」

 

 よくわかってない馬車の従者は、地獄へ向けて出発した。

 

 

 ヤトは移動中、馬車の揺れに心地よさを感じて睡眠に落ちた。

 

 気持ちよく寝ている彼の横で、サキュロントはこいつについていくのも悪くないかもしれないと呑気に考えている六腕。彼らは想像もできない程の最悪な事態に陥る。

 

 後日、王国と帝国の戦争が無期限延期だと聞いた彼は、自分の仕業だとは知らずに「へー」と軽く流した。

 

 誰よりも大きな彼の功績は誰にも気付かれず、情報は人から人へ流れていった。

 

 事情を知る由もないアインズは、帝国の闘技場を出入り禁止になった件で余計な不満を溜めていた。

 

 

 





ジルが六腕に気付く可能性→50% 成功
王国の評判下落70% →成功、あんな国どうでもいいよ的な

八本指の評判上昇 1d%→80% 


見た目値上昇→1d20 →3 合計55点


帝国イベント発生率→60% 失敗
ワーカー遭遇率→10% 失敗
アルシェ遭遇率→ 40% 失敗





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。