モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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こんにちは、異世界

 

 

《おかえりなさいませ、ヤトノカミ様!》

 

 声は轟音となって玉座の間に響き、モモンガとヤトの体を物理的に震わせる。守護者達は一斉に声を上げた。彼らの暑苦しいほど強い眼差しは、「キラキラ」と効果音を発していた。無表情だった彼らは、嬉しそうに彼らを眺めている。

 

 モモンガはアンデッドが所持する精神の沈静化を繰り返し、ヤトは思考停止して固まっていた。

 

「あ、………あのぅ……マップ・時計とか消えてんですけどー……?」

 

 一足先に意識が復帰したヤトが、沈黙に堪え切れなくなって声を発した。周囲を伺いながら控えめかつ小声でモモンガに問う。不安に満ちたヤトの声で、精神の沈静化を繰り返していたモモンガも動き出した。放射線の如き熱い視線は止んでおらず、モモンガは極度に緊張しながらも応じた。

 

「サーバーダウンが延期? しかし、NPCが声を……運営からは何も来てなかったし」

「これ、サーバーがどうとかじゃなくないですか……?」

「モモンガ様、ヤトノカミ様、どうかされましたか?」

 

 アルベドの声で支配者たちは目を上限まで見開き、瞬間的に声のした方へ顔を向けた。

 

 玉座の隣に立っていた白い淫魔が、モモンガに近寄っていく。モモンガはそんな指示を出しておらず、思わず身構えた。露出された白く豊かな胸は、姿勢よく歩く彼女の動きに合わせて揺れ、視界一杯に胸の谷間が入った。モモンガは改めて精神の沈静化を行なった。下品な事で精神の沈静化を使う自分が恥ずかしかった。

 

「いや、コンソ……」

 

 急に言葉が途切れたので、アルベドの目は不安が濃くなる。反射的に鈴木悟の優しい声で応えていたので、改めて声色を支配者らしきものに仕切り直した。

 

「いや、GMコールが利かないようだ」

 

 件の淫魔はモモンガの発言が理解できず、二歩下がって跪いた。

 

「申し訳ありません。愚かな私には《じいえむこおる》が何かわかりかねます」

「いや、気にするな、忘れてくれ……ヤトノカミ」

「なんでしょう……モモンガさん」

 

 ヤトはどう答えるのが最適なのかわからないままだ。元より役割演技(ロールプレイ)は苦手な部類に入る。先ほどの切り込み隊長という言葉も、適当に記憶から拾ってきただけだ。

 

「何か気が付いたか?」

「何か……起きてますね、何かが」

 

 様子のおかしな支配者たちに、赤い絨毯の両脇に並んでいる守護者・僕たちもざわめき始める。未だに彼らの考えていることがわからない。NPCを集めたことが災いし、身動きすらまともにできない膠着状態に陥っていた。進退窮まった事態を打破すべく、モモンガは困窮の末にその場しのぎの妙案を思いついた。

 

「守護者たちよ。己の守護階層・及び領域内全てを、僕を総動員して協力・連携をとり、隅から隅まで異常がないか調査せよ。その後、階層守護者に報告し、各階層守護者は私に報告、ヴィクティムの階層確認はアルベドが支援せよ」

「仰せのままに」

 

 傍らに佇むアルベドは、守護者統括として皆を代表して返事をくれた。

 

「セバス」

「はっ、御前(おんまえ)に」

 

 白い髭を生やした身なりのいい執事が一歩前に歩み出た。

 

(命令して……大丈夫だよな?)

 

 支配者たる悠然とした振る舞いとは裏腹に、心の器は溢れんばかりの不安で満ちていた。しかし、どれほど迷おうとも、今はやってみるしかない。

 

「プレアデスを連れてナザリックを出ろ。周辺地理を1km範囲まで確認・捜索・索敵を行なえ。特に知的生物との接触には細心の注意を払い、丁寧に交渉をした上でナザリックに連れてこい。報酬は言い値で構わん。交渉が決裂するようであれば即時撤退、無傷で情報だけを持ち帰れ。何より優先すべきは情報だ、交戦は愚策と知れ」

「畏まりました、モモンガ様」

「総員、行動開始。私とヤトノカミは円卓の間で話がある。守護者級のものが代表して報告にくるのだ」

 

 事態は切迫している。誰かの返事を待つことなく、二人は目で合図をして円卓の間へ移動した。

 

 

 

 

 支配者たちのおわす円卓の間。モモンガ、ヤトの両名の会話は弾んでいない。沈黙の中、腕を組んで頭を悩ませている。彼らにお茶を出すメイドはナザリック内を散策中で、円卓上には何も乗っていない。部下の目がない場所で打ち合わせをしようと思ったまではよかった。異世界転移という異常事態を受け、何から手を付けていいのか考えあぐねていた。

 

 またも沈黙に堪え切れなくなったヤトは、言葉の石礫(いしつぶて)を投げつけた。

 

「……どう思います?」

 

 冷静なモモンガも応じた。

 

「……NPCは意志を持っているとしか思えない。あんなに大量のNPCを運営が動かすとは考えられないし、ログアウトもコンソールが開かない以上はどうしようもない」

「異世界へ転移ですか……?」

「その可能性が高い……かな」

 

 ヤトは考えることを放棄し、モモンガに従おうと勝手に決めた。あとは好き勝手に提案すればいいのだから、楽な立ち位置だ。

 

「夢ですかね? ちょっと外を散歩でもしません?」

「それはだめ。もし異世界に転移していたのなら強い敵に出会った場合、そのまま死亡という可能性がある。敵のレベルもわからないから」

「まあ、そうですよね。全てがレベル100ってことはないでしょうけど。いや、でも……こんな事が現実に起きるとは……」

「対応としては、事実関係が把握できるまで異世界転移と判断かな。そうなるとNPC達が襲って来ないとも限らないけど」

「エクレアとか?」

「バードマンLV1なんかどうでもいいよ……」

 

 部下がいない場で支配者としての振る舞いはせず、モモンガは気楽な口調に戻っていた。

 

「正直、もう死んだって構わないスけどね。現実に戻っても誰にも必要とされないし、俺はもうリストラ候補だし、ボケて徘徊している母が一人だし、クビになったら文字通り首括った方がいいかなと。そんな世界に何の未練が……」

 

 蛇は生き血を滴らせるかのように、つらつらと心情を打ち明けた。働けなくなった人間は死ぬしかない。そんな世界で彼の気持ちは共感できた。気になるのは一つだけだ。

 

「母親は?」

「気にならないわけではないですけど、ボケる前に言ってたんですよ。私は見捨ててもいいから、必ず幸せになれって」

「本当に?」

「……まぁ、言ってたのは本当ッスね」

 

 それ以上は追及しづらい話題だ。かつて共に時間を共有した仲とはいえ、立ち入った話題に入り込める関係ではない。

 

「そっか、俺も同じだよ。家族はおろか、リアルでは友達すらいないから。誰にも必要とされてないのは、母親に手間をかけることすらできない俺の方だと思うよ。営業マンっていっても所詮は沢山の消耗品、歯車の一つだ。俺みたいのは社会から消えても気づかれないさ」

 

 モモンガの眼窩には暗い闇が広がっていた。

 

「友達は……俺が居ますよ」

「ああ……そうだよね」

「……」

「……」

 

 久しぶりに再会した両者は、相手が自身へ抱く感情に自信が持てず、相手の心を目隠しで探すような会話をしていた。異形種となった相手の感情を外見から読み取るのは困難を極め、互いの心を伺う二人には沈黙が流れた。

 

 大蛇は思考放棄し、甲高い声で静寂を打ち破った。

 

「モモンガさん、これってハッピーエンドですかね」

「何がハッピーかはわからない。おまけにエンドじゃなく始まったばかりだし、この世界で死んだらそのまま死ぬ可能もあるからね」

「真面目ッスね! モモさん!」

「当面は情報収集に当たろう。あとNPC達の忠誠の確認とか。ていうか……魔法って使えるのかな……」

「あーモモンガさん? リアルで魔法使いになったからって、プックク」

 

 ヤトはわざと吹き出した。蛇に笑いという感情は存在しない。所詮は愛想笑いだが、挑発行為で相手を怒らせるのは悪い癖だが、結果的にモモンガの心は少しだけ晴れ、二人の間に浮いていた重たい空気は溶けた。

 

「そういう意味じゃないよ」

「それにしても随分と冷静ッスね」

「アンデッドは精神作用に耐性があるからかもしれない。動揺すると何かに抑圧されたように落ち着きを取り戻す。精神の沈静化っていうか」

「そりゃ羨ましい限りで」

「ヤトだって冷静じゃないか。何の反応もなかったし」

「うーん……何て言うか、人間だった時より鈍くなってますね。夜の湖に石を投げたみたいな。まだ体に馴染んでないんでしょうか。暴走モードとかあったらどうしましょう」

「よくわからないよ……しかし、違和感があるなぁ。俺もヤトも普通に話しているのに、口の動きと合ってない」

「アバターの特殊性ですかね。他のNPCはどうなんでしょう」

「アルベドの口と言葉は合っていたよ」

「美人でしたね」

「……そうだね」

 

 二人は雑談や冗談を交えてしばらく会話を続けていた。

 

 

 

 

 階層守護者たちは報告のために円卓の間を訪ねた。同じプレイヤー同士で話は尽きることはなく、話し足りなかったが彼らを無下にできない。最初の守護者シャルティアは、入室してその場で跪いた。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン。御前に」

「ご苦労だったな、シャルティア」

 

 モモンガの支配者に相応しき声色の褒め言葉を受け、頭を下げていたシャルティアは紅潮した顔を上げた。

 

「あぁ……愛しきモモンガ様、私が支配できぬ愛しき君」

 

 少女の容姿に反して艶っぽい吐息で、モモンガの首に向けて両手を伸ばして迫った。ヤトは揺れる彼女の銀髪から、さぁぁっと銀色のハープが奏でる美しい幻聴を聞いたような気がした。幻聴を聞いていないモモンガは、突然に抱き着かれて激しく動揺している。

 

「ちょっ、お、お」

 

(おぉ! フラグ発生の瞬間だ!)

 

 変な声を上げて動揺するモモンガを、隣の蛇は面白そうに見守った。

 

「失礼します、アウラ・ベラ・フィオーラ……ちょっ、ちょっとシャルティア! モモンガ様に何してるのよっ!」

「同じくマーレ・ベロ……あ、あれ? お姉ちゃん、落ち着いてよぉ!」

 

 第六階層守護者であるアウラ・ベラ・フィオーラ、同じく守護者であるマーレ・ベロ・フィオーレが肩を並べて入ってくるが、モモンガにべたべたするシャルティアを確認したアウラは、駆け出して飛び蹴りを食らわせ、突然に走り出した姉に弟は動揺しながら追従した。足蹴にされたシャルティアは無様に回転しながら壁に激突した。

 

 アウラの足が少しだけ右に逸れていれば、モモンガもろとも椅子が倒れただろうと、ヤトは心の中で残念がった。どうやらラブコメ的などたばた物語の様相を呈しているので、血みどろの惨劇の物語ではなさそうだ。

 

「いたい! ちょっと何するのよ! せっかく我が君に愛の睦言を――」

「あんた、何言ってんのよ! 至高の方々が会議で使う大事な円卓の間よ! 私達みたいな守護者は入れるだけでも恐れ多いのに、無礼な真似をするなんて信じらんない!」

 

 モモンガとヤトは言い争う二人の守護者を見て、実の姉弟であったギルドの仲間を思い出した。

 

「失礼いたします。遅くなり申し訳ありません。第七階層守護者、デミウルゴス、御前に」

 

 ウルベルトが智謀の悪魔であれと創造した階層守護者、デミウルゴスは言い争うシャルティアとアウラを見て、やれやれと眼鏡を正してため息を吐いた。

 

「マーレ、デミウルゴス、ご苦労であった」

 

 言い争う二人を無視して、モモンガは両名を労う。そうしてアウラとシャルティアはバックミュージックとなった。室内で彼女らの喧騒は良く響いたが、無視できないほどではなかった。

 

「失礼します、守護者統括アルベド、御前に」

「うむ。シャルティアとアウラもその辺にして席につくがいい。特に席順は決めていない、好きな席に座りなさい」

「申し訳ありません!」

「申し訳ありません!」

 

 創造主が姉弟の影響もあるのか、謝罪の声は驚くほど一致していた。

 

 アルベドはさも当然とばかりにモモンガの隣へ腰を下ろし、アウラと喧嘩していたばかりに先を越されたシャルティアは、歯をギリギリと鳴らした。隣の席はヤトが座っているので、椅子取りゲームの枠は一つしかない。

 

 その少し後、コキュートスが来て階層守護者は全て揃った。場を繋げる話をせず、セバスを呼び戻して下界の報告を聞いた。

 

(席はたくさん空いているのに、何で俺たちの方に集中して座るんだ……?)

 

 二柱の支配者は、同一の疑問をぼんやりと浮かべた。

 

 

 

 

「草原?」

 

 モモンガの眼窩に妖しい光が宿り、顎は少しだけ開いていた。

 

「はい、かつてナザリックがあったはずの沼地は見当たらず、広大な草原が広がっております。北の方角に森林を確認致しました」

「そうか……やはりナザリックに何かが起きているようだな。アルベド、デミウルゴス」

「はっ」

「強固で柔軟な情報共有システムを構築し、不測の事態、特に未知なる敵対者の想定に備えよ。全階層、ナザリックの警戒を2段階引き上げてくれ」

 

 その後、マーレにナザリックの隠蔽を指示し、モモンガはヤトを見つめた。ヤトはモモンガの意向を理解して頷き、努めて穏やかに声をあげた。役割演技(ロールプレイ)に自信はなかったが、先ほどまでのモモンガを参考に、自分なりに演じはじめた。やってみれば何とかなると軽く見ていた。

 

「ゴホン! みんな、俺は帰還する事ができた。しばらく留守にしてすまなかったな。これから先、私が消えることはない。安心してくれ」

 

 モモンガのようなロールプレイは苦手な彼は、それが限界だった。彼らからの返答はなく、心中で冷や汗が流れる。無言は受け取り手に雰囲気を読み取る力を要求するが、蛇の知性はかなり低かった。

 

(え? 何これ? 俺、嫌われてんの?)

 

 一部の守護者が震えているのを確認し、喜んでいるのだと勝手に判断した。それ以上は考えなかった。

 

「守護者達、階層の警戒にあたれ」

 

 モモンガの声に彼らは一斉に返事をし、円卓の間を後にした。

 

 

 

 

 二人きりになった途端、モモンガは机に突っ伏して大きなため息を吐いた。毛の生えていない白磁の頭部は照明で白く光っていたが、隣のヤトは何も言わなかった。

 

「疲れる……NPCたちは忠誠を誓っているのかな? 俺たちについてどう考えているのか聞けばよかったかも」

「うーん、大丈夫じゃないッスか?」

 

 偉そうに腕を組む大蛇は、器用に椅子にもたれ掛かりながら答えた。

 

「他人事だと思って……やっぱり不安だ」

「あんまり心配ばかりしてると、胃が無いのに胃潰瘍になりますよー?」

「冗談じゃなく、本当になりそうだよ……」

 

 守護者達の忠誠を考えれば杞憂なのだが、慎重な彼に気にするなというのも難しい。

 

「忠誠心が心配なら、各階層を単独で確認するしかないッスね。恐怖公やニューロニストみたいな五大最悪の部屋まで余すことなく」

「うっ、それはご遠慮願いたいな。NPCならともかく、生きているとなれば話が別だ」

「屋外の状況を自分たちの目で見たくないですか?」

「……確かに、どうなっているのか気になる。その前に自分の部屋に行こう。体を確認したいから」

「肉の無い骨の体ですもんね。人のことは言えませんけど……俺は鱗だらけですから。薬をやることなく、文字通り人間やめちゃいましたねぇ」

「体の確認が終わったら、空の散歩と行こうか」

飛行(フライ)使えねえッス」

「使えるアイテムがあるから平気だよ」

 

 やっと気が抜けると思い、意気揚々とドアを開いた二人だが、室外で待機をしていたプレアデス2名に付き従われた。重い忠誠に不慣れな二人は、視線を意識して歩く姿もぎこちなく、かなりの時間を費やして自分名義の部屋へ入った。

 

 

 

 

 モモンガの自室についても、黒髪夜会巻きのメイド、ユリ・アルファはいつまでも付き従った。放っておくと永遠に追従されそうだと、モモンガは声を掛けた。

 

「ユリ・アルファ。私は自らの体を確認する、席を外せ」

「畏まりました、部屋の前にて待機しております。何かあればお声かけを」

「すまないな……」

「いえ、お気になさらず。それでは、失礼致します」

 

 ユリは姿勢を崩さず、静かに部屋を後にしていった。歩く姿は百合の花という言葉が脳裏に浮かんだ。閉まったドアに安心してため息を吐き、興味深そうに新たな白磁の肉体を触りはじめた。

 

 寸分違わず同時刻、ヤトノカミの自室にて、同様の会話が繰り返されようとしていた。

 

「ルプスレギナ、ちょっと体を確認するから外出て」

「お手伝いは必要ありませんか?」

「男性の恥ずかしい所まで見るから、出ることをお勧めする」

「はっ! はい! 申し訳ありませんでッス!」

 

 ルプスレギナは顔を赤くして扉の外へ走った。「私も見たいッス!」と言われたらどうすればいいのか心配していた大蛇は、安堵のため息を吐いた。

 

 

 一人になってから確認したところ、モモンガは食欲・睡眠欲を感じず、性欲は人間の時に比べ激減していると知った。感情の起伏はあるが、何かに抑圧されたように沈静化される。これを感情の抑制化、あるいは精神の沈静化と名付けた。

 

 試しに先ほどのアルベドを思い浮かべて動揺を引き起こすも、やはり沈静化されてしまい、平常時の冷静な精神状態へと移行した。賢者のように頭が冴えている感覚に類似する現象は知っているが、下世話な方向へ動きかけた思考を厳しく律した。

 

「実戦使用せずに無くなっちゃったか……」

 

 冷静沈着なモモンガの呟きは誰にも聞えなかった。

 

 

 少し離れた部屋で、ヤトは三大欲求が弱体化していると感じていた。感情の起伏も感じず、喜怒哀楽を感じるのか不安だった。長すぎる冬眠から起きた蛇のようで、思考の動きも鈍かった。

 

「どうも変だな。感傷が無いというより、笑いたいのに笑いがでないというか。でも期待してワクワクするというのはどういう事だ? 喜びや楽しみはあるのか? じゃあなぜ笑えないんだ? まさか……引退するというのはアバターを冬眠させるということなのか?」

 

 まるで一から構築されたクローンのように、体と頭の動きが鈍い。試しに過去の嫌な記憶や現実に残した親を思い出してみるが、やはり悲しみや怒りは感じなかった。把握しきれない何かが残っている気はしたが、検証は後回しにされた。彼は人間だった時から思慮深く行動することが苦手だ。

 

「動揺や困惑はどうなんだ。まさか二度と本気で笑うことができないのか? マジかよ……全て愛想笑いになるのか。なんか半端だなぁ……あ、男にとって重要な下半身はどうなった?」

 

 下半身を確認した彼は、人間だった頃と大きく変わった体の一部に激しく動揺し、自分が動揺できることを知った。

 

 

 

 

 重要な体の部位を含む身体構造が蛇へと変態し、健全な青年として強い衝撃でひとしきり悶えたヤトは、全身が映る姿見に移動してスキルを使用した。

 

「スキル《人化の術》」

 

 淡い光が大蛇の全身を包み、彼は人間の姿へ変わった。頭部に差し込まれていた長太刀は腰に携えられていた。

 

「……なんか体調悪い?」

 

 体のどこかで違和感があるが、原因がわからない。人化した姿は中肉中背、適当に伸ばした艶のある黒髪、半分だけ開いた眠たげな目、口は定位置でへの字を描いていた。

 

 悪くはないが美形でもない、そんな印象を与える顔面偏差値だ。

 

 彼は下半身の衣服をめくり、自らの体を確認した。

 

「蛇のアレは見るに堪えなかったが、これはいいものだな。……間違った、モノがいいな!」

 

 嬉しそうに衣服を戻した彼は、空中のアイテムボックスに手を突っ込み、大きなバックルを取り出した。そのまま下腹部に押し当てると、左右に収納されていたベルトの革が体を一周し、自動で適正な長さに締まった。

 

「ちゃきーん!」

 

 バックルの上部に着いた大きなスイッチを叩くと、バックル中央が赤く光る。

 

「スカイ、変身!」

 

 右腕を左上から右上に扇を描くように回し、右腕を腰に当てて左腕を右斜め上に差し出した。体が白く発光し、イナゴを模した全身鎧(フルアーマー)が全身を覆う。目を見開くと複眼が赤く光り、目を細めると消えた。

 

「2秒間の猶予があるってだけで、ポーズ決めなくてもいいんだけどね。無事に変身できた。結構、似合ってる? これで行動しようかな!」

 

 特撮ヒーローを模したベルトは、《飛行(フライ)》の魔法が使えるだけのユニークアイテムだ。このアイテムを作成する依頼(クエスト)に拘っているところをウルベルトに馬鹿にされ、それを見たたっち・みーがなぜか反論し、いつもの喧嘩に発展した思い出が蘇る。

 

 実際に装備できるとなれば感傷も一塩で、鏡の前で様々な姿勢(ポーズ)を取った。新しいおもちゃを手に入れた子供と何ら変わりない。

 

「懐かしいな……たっち・みーさんの取ってたジャスティスだけ異常に強かったんだよな。宝物庫にあるかな。あの人、特撮ヒーロー大好きだったからなー、俺もだけど」

 

 彼のみぞおちの辺りから唸るような音が鳴り、瞼が急激に重たくなった。

 

「人間になるとお腹が減って、眠気も増えるな。あ、やべ……眠い……腹減った……まずい、このままじゃ寝落ちする」

 

 急いで人化の術を解除すると、眠気と空腹感は消えたが鎧の装備も外れた。確認作業を終えた大蛇は、外へ出歩く期待によって先ほどの問題など忘れ、モモンガの自室へ這い寄った。

 

 

 

 

「おーいモモンガさん、入りまスよー?」

 

 無礼講とばかりにノックもせずドアを開くと、モモンガは両手を広げてまじまじと見ていた。全裸の可能性も考慮したが、どうやら体の確認は終えたらしい。

 

「ヤト、やっぱりアンデッドだったよ。食欲・睡眠欲は感じない。性欲は……微妙になくもないけど」

「俺は人間の時の半分くらいですかね。人化の術を使うと空腹と眠気が異常に増える感じでした。アレも色々と検証を……」

「アレ?」

「ええ、男のアレです」

「ふーん……じゃあ外の散歩に行こう。はい、これはフライのアイテムね」

 

 モモンガは下世話な返事を軽く受け流し、小さな青い首飾りを手渡した。部屋の外で待機をしていたユリとルプスレギナは、《飛行(フライ)》の使えるナーベラルに交代し、三名は外へ繋がる第一階層を目指した。

 

 正直なところ、誰かがいれば人目を意識した話しかできなくなる。

 

 自由にさせて欲しかった。

 

 

 

 

 三名は第一階層に到着して早々、配下の将に指示を出していたデミウルゴスに見つかり、ナーベラルだけでは不安なので自分も御伴すると言われ、断る理由も思いつかずに一行(パーティ)は四名に増えた。

 

 死の支配者(オーバーロード)と蛇神は、部下のナーベラルとデミウルゴスを引き連れ、光り輝く夜空の下へ着く。

 

「《飛行(フライ)》」

 

 夜空への感傷も従者がいれば話せない。二人はすぐに上空へ舞い上がった。雲の上まで飛んでから周囲を見渡した。眼下に広がる雲海、眩い星たちに手が届きそうな夜景は、絵画のように美しかった。大きな月は巨大な照明器具のように周囲を照らし、星空は裸眼で流星を捉えられるほど澄んでいた。肌寒く感じる冷たい風には雨と緑と土の匂いが混じっていた。地表は雲海に覆われ見えず、下界を見下ろす自分が神になった気分にさせた。

 

 御付きの二人を忘れ、素の雑談に興じた。

 

「星が……宝石箱みたいだな。ブループラネットさんに見せてあげたいよ」

「他の39人も来てるんですかね……」

「現状では情報が少なすぎる。判断が出来ない」

「またみんなで冒険ができたらいいスね。現実世界なんか捨てて……」

「そうだね……」

 

 絶景の感動を沈黙で味わった。

 

 モモンガより早く飽きたヤトは、デミウルゴスへ尋ねた。

 

「デミウルゴスもウルベルトさんに会いたい?」

「当然でございます」

 

 理知的な彼は即答した。

 

「守護者を初め、ナザリックに属する全て、自身の創造主に会いたくない者など存在しません」

「確か、ヤトはウルベルトさんに負けて、そのままノコノコ付いてきたんだよな?」

「その通りで。魔法職なんて馬鹿にしてましたが、自分がいかに弱かったか知りましたよ。前衛でも大して強くなかったですけどね。デスペナを繰り返して職業をいろいろやっている内に、どんどん弱くなっちゃって……」

「すぐ死ぬので有名だったからな。何人のメンバーに文句を言われたか。蘇生魔法は燃費が悪いんだから」

 

 眩しすぎる月明りに体を照らされ、二人は昔話に興じた。ナーベラルとデミウルゴスは、彼らの昔話を楽しそうに聞いている。美しい夜景よりも、至高の41人の話こそが彼らにとっての宝石だった。

 

「情報を集めて、仲間を探しに行きましょうね」

「ああ、もちろんだよ……」

「ん? あれは」

 

 雲の切れ間から覗いた下界で、城壁に立ったマーレが魔法を行使し、ナザリックの隠蔽のために周辺地域の土を集めていた。巨大なモグラでもいるかのように周囲の土砂は浮き上がり、マーレの元へ馳せ参じていた。

 

「作業を始めてそう経ってないと思うが、顔を出しておこう。ヤトはどうする?」

「俺はもう少しここにいます。ぼーっとするのが好きなので」

「分かった。先に自室へ戻るとしよう」

 

 モモンガはデミウルゴスと降りていった。

 

 残された大蛇は空中でとぐろを巻き、しばらく空を見上げた。これが異世界に転移した夢であるなら、ずっと覚めないで欲しかった。どうせ現実に戻ったところで、楽しいことなど何もない。憂鬱な日常の妄想に飽きた大蛇が後ろで待機するナーベラルを盗み見ると、彼女は澄まし顔で佇んでいた。《ツンデレ》に造詣の浅いヤトは感情を読めなかった。

 

「ナーベラル・ガンマ」

「はい、こちらに」

 

 黒髪ポニーテールを揺らし、彼女は空中で跪いた。

 

「君の創造主は誰だったか教えてくれ」

「はい、私の創造主様は弐式炎雷様でございます」

「あぁ、そうか。あの人か……建御雷さんと仲がよかったけど、ナーベラルもコキュートスと仲がいいの?」

「私は至高の御方とはあまり接点がありませんでした。ですが、武人建御雷様が創造なされたコキュートス様とは、懇意にさせて頂いております」

 

(えっ? そうなの?)

 

 澄ました顔のナーベラルを見つめるが、懇意にしている場面は想像できなかった。

 

「コキュートスとは立ち合いとかしたりするのか?」

「いえ、武器の使い方や知識をお聞きしています」

「あぁ、確かに。それなら納得できる」

 

 NPCが自由意志で行動を取るようになってからさほど時間は立っていないが、このような記憶があることに疑問を抱いた。

 

(もしかすると弐式炎雷さんと建御雷さんの間で何かやりとりがあり、NPC創造時に設定を加えたのかもしれないな)

 

 「よっしゃぁああああ!」と誰かの叫びが聞こえ、今まで考えていた思考はセーブする間もなくデータが消えた。遥か上空まで響く大きな声に驚き、慌てて地表へ降下した。

 

 

 

 

 ナザリックの城壁へ降り立った彼らは、両手のこぶしを握り締めるアルベドと、ため息を吐くデミウルゴス、手の甲を嬉しそうに眺めるマーレを見つけた。肝心のモモンガは影も形も見当たらなかった。

 

 少しだけ心細かった。

 

「あれ? モモンガさんが居ないが、どうしたんだ? アルベド、何かあった?」

「これはヤトノカミ様、何でもございません。モモンガ様より指輪を賜っただけでございます」

 

 左の薬指にしっかりと嵌められた指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが輝く。左手をしっかりと立てて、指輪を見せつける様子はまるで花嫁だ。

 

「なんだ、婚約指輪か?」

「はいっ!」

「えぇえっ!」

 

 強く返事をするアルベドに、マーレは驚愕の表情を浮かべた。よく見ると、マーレの左薬指にも同じ指輪が嵌められている。

 

「あ、あの、ヤトノカミ様。僕も婚約指輪なのでしょうか」

「んんっ!? マーレは男の子だから、その……感謝の――」

「そうよ、マーレ」

 

 ヤトの言葉を遮りアルベドが続けた。視界の隅にいるデミウルゴスが、音を立てずに深いため息を吐き出した。

 

「あなたは男の子だから、一人の女としてモモンガ様からご寵愛を賜る事ができないの。より一層の忠義を尽くすようにと仰せつかった、モモンガ様への期待に応えてこそ、その指輪に込められた意味を全うできるというものよ」

 

 耳の中を素通りしていくアルベドの言葉に、何か言い表せぬ違和感があった。小さい違和感は雪だるま式に膨らみ、モモンガが何かしたのではとの疑念に変わる。

 

(後で問い詰めてみよう)

 

「モモンガ様が……アルベド様に……婚約を……?」

 

 激しい動揺に脳を揺らされたナーベラルの呟きが聞こえたが、そちらは無視をした。

 

「アルベド、男は押しの強い女が苦手だから、ほどほどにな。モモンガ様は女性経験が豊富ではない、間違っても押し倒したりはしないように」

 

 言い切ってから密かに後悔した。ギルドの面々を至高の41人と称し、過大な忠誠を尽くしているとしても、迂闊な個人情報で忠誠が薄れるような真似を、慎重なモモンガは快くは思わない。

 

「貴重なご意見、感謝の極みにございます。今後の参考にさせていただきますわ」

「そ……そうだな。俺もモモンガさんの部屋で話があるから、あとは任せたぞ、マーレ」

 

 自身の役割演技(ロールプレイ)に自信はなかったが、アルベドの反応に満足してナザリックへと戻った。ゲーム内と違い、実際に意志のある(しもべ)に対しての発言は言葉を選ぶ必要があり、上手く演技のできないヤトはそれが必要ない立場を考えた。

 

「次から発言に気を付けた方がいいな」

 

 モモンガの自室へ向かう途中に呟いた言葉は、煌びやかなナザリックの壁にぶつかり、虚空へ溶けた。

 

 

 

 

「モモちゃん!」

 

 モモンガの自室のドアは、蛇神の全力で開け放たれた。開けた両開きの扉は轟音を立てて壁にぶつかり、反動で再び閉じた。モモンガが音に驚いた様子はない。

 

「あ、はい。なに?」

「アルベドに何かしました?」

「うっ……うーん、ちょっと設定を」

「設定を?」

「…設定を弄りました」

「……ほう」

 

 明言せずに歯切れの悪いモモンガを見て、叩けば埃が出ると嗅ぎとった。

 

「どのように変えたんでしょうか?」

「いや……ちょっと……

「ちょっと?」

「愛してるって……」

「だれを?」

「……モモンガを」

 

 支配者は変な間を入れながらも、渋々と白状した。叩いて出た埃が想定以上に大きかった。これから提案する案件はことを上手く運べそうだ。

 

「えぇっ!?」

 

 予想外に大きな声を上げた大蛇に、モモンガは悪戯が見つかった動揺で精神の沈静化が起きた。

 

「あーあ……アルベドはモモンガさんに対する愛情が振り切ってるっぽいスよー。今後の動向には注意をした方がいいかもしれませんねぇ」

「なぜ?」

「モモンガさんを愛しているってことは、言い換えるとモモンガさん以外は愛していないってことでしょう? ナザリック内でモモンガさんを巡る反乱の伏線ですか?」

「いや、それは拡大解釈じゃないの?」

「杞憂で終わればそれで良しとしましょう。石橋は叩きすぎても壊れませんから」

「……頭の片隅に置いておく」

 

 女性経験のないモモンガはアルベドの設定改変を後悔したが、それよりも蛇に情報を漏らしたことを悔やんだ。異世界転移して舞い上がる彼は、アルベドとの結婚を勧めかねない。現に、目の前で偉そうに腕を組む赤目の大蛇は、確実に何かを企んでいた。考えなしの彼の行動はモモンガに読めない。

 

「さて、モモンガさんも好きにやってることですし、僕のお願い聞いてもらえますか?」

「いや、好きにって……なに? 聞くだけならいいよ」

 

 ヤトの提案は、アウラに魔獣を使いナザリックを中心に半径5キロ圏内の、知的生命体の調査を行わせてほしいというものだ。早く外出したいという蛇の魂胆が透けて見える様だった。ナザリック外へ出ることにモモンガは消極的な姿勢であったが、アルベドの設定変更の交渉材料を提示されてしまい、断ることもできなかった。外出したいと、はっきり明言していないのも分が悪い。

 

 ゴーレムクラフトのクズ野郎こと、るし★ふぁーに仕込まれたであろう、「やだー! ずるいー!」という駄々に辟易したのも理由の一つだ。

 

「ところで魔法の実験をしたいんだけど、六階層に行かない? ちょうどよく闘技場があるから」

「あぁ、いいッスよ。どうせアウラに会いに行きますし」

 

 この世界に転移してから初めての魔法は《伝言(メッセージ)》だった。アウラに無事繋がり、他の魔法は六階層の円形闘技場にて試す運びとなる。

 

 アウラへの連絡を切断したモモンガは、かつての仲間へ《伝言(メッセージ)》を飛ばしたが、対象がこの世に存在しないかのように空振りに終わった。

 

 

 

 

 闘技場内へ転移すると、既にアウラは目の前で跪いていた。

 

「いらっしゃいませ。モモンガ様、ヤトノカミ様。第6階層へようこそ」

「邪魔をするぞ、アウラ」

「アウラ、モモンガさんは魔法の試し打ちをするそうだ。モモンガさん、根源の氷精霊(プライマル・アイス・エレメンタル)召喚してください」

「わかった」

 

 モモンガは中央に歩み出て、体の内に感じる魔法を唱えた。

 

「《根源の氷精霊召喚(サモン・プライマル・アイス・エレメンタル)》」

 

 どこからともなく水が集まり、巨大な球体を形作り、空中で凍り付く。やがて氷の球体は砕け散り、根源なる氷の精霊が召喚された。屈強な上半身を持つ彼は、冷たい呼気を吐き出した。

 

「で、俺がこれを討伐します。そこで見ていてください」

 

 ヤトは背中に収納してある黒い大鎌と小太刀を取り外す。数秒と待たずに、闘技場中央の精霊へと走っていった。

 

「ちょっと、冷気属性は弱点じゃ……まぁいいか、やばそうだったら消せばいいし、精霊相手に負けないでしょう」

「頑張ってください! ヤトノカミ様!」

 

 満面の笑みでグローブをつけた手を振り回す、男装の闇妖精(ダークエルフ)が叫んだ。

 

 ヤトの戦い方はギルド加入前から一貫している。

 

 高めた素早さを生かして誰よりも早く敵へ突っ込み、斬撃スキル《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》を幾つも打ち込んで敵の数やボスの体力を削る。モモンガも使用可能な、第10位階魔法の《現断(リアリティ・スラッシュ)》に相当する威力を持ち、何よりも前衛の特技としては燃費が良い。

 

 不意打ちや捨て駒担当で、ナザリックの先発隊だった。

 

(同じ先発隊の他のメンバーに怒られてたな……)

 

 特化した素早さに物を言わせて一人で突っ込み、同じ先発隊で置き去りにされた他のメンバーが着くころには息も絶え絶えで、実際に死体となって蘇生待ち状態も目立った。勝手に突っ込んで勝手にやられるとは何事だと、クエストクリア後に彼が怒られていた場面を思い出す。

 

「スキル使用。先陣の初太刀・運向上(中)・先制攻撃」

 

 攻撃を仕掛けながらスキルを併用し、その度に自身の中で黒い何かが湧きだした。どす黒い何かに身を委ね、全力の衝撃波を放った。

 

「《超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)》!」

 

 鎌の刃が輝き、横に伸びる衝撃波が飛び出した。衝撃波は空を切り裂きながら精霊へ向かって進んでいく。難なく精霊を切断し、敵は上下二つに分かれた。

 

 すぐに体を接合し、ブレスを吐きながら腕を振り回して反撃へと移る。体勢を崩したヤトは、右手の拳を交差した両手の武器で防ぐ。剛拳の一撃からはダメージを負わず、数メートル後退して済ませたが、口から吐き出された冷気のブレスは武器で防げなかった。

 

 それ以上の吐息を食らうまいと、衝撃波を乱発して精霊を細切れにした。運向上のクリティカル抽選には失敗したが、体力の底をついた精霊は光の粒子に変わって闘技場の砂へ混ざった。

 

「モモンガさん! 弱点属性なのにシッペ程度しか痛くなかったよ!」

「もう少し考えて戦ったらどうだ。命は一つしかないのだぞ」

「ごめんなさい、モモンガさん」

「お見事でした、ヤトノカミ様」

「ありがとう、アウラ。ところで頼みがあるんだけどいいかな」

 

 マーレのように自分も何か頼まれたいと思っていたアウラは、眩しいほどに目を輝かせた。アウラに命令を伝達した後、今度はヤトが眷属召喚を発動し、モモンガの魔法の実験に付き合う。

 

 宙を舞い、多種多様な魔法を行使するモモンガは、実に楽しそうに遊んでいた。闘技場の隅でとぐろを巻いて、蛇はぼんやりと見ていた。

 

「あの分だとしばらくかかりそうだな。召喚した眷属って俺が昼寝しても有効なのかな? 別に眠くないけどね。しかし、眷属って言ったものの、大蛇を見てもあまり同族って感じがしないなぁ」

 

 召喚した大蛇を魔法で全て消し去ったモモンガは、こちらに手を振っている。「おかわり下さい」といわんばかりの彼は、次の眷属を注文してきた。

 

「ヤト! 眷属召喚の眷属は倒したら消えちゃうから、アンデッドに変えられないみたいだよ」

「はーい、了解でーす。眷属召喚追加」

 

(数時間はこのまま魔法練習に付き合うことになるかな)

 

 とぐろを巻いて頬杖をつきながら空を見上げた。

 

 造られた偽りの夜空は満点の星空だ。

 

 周辺の村や異世界の知性体に思いを馳せ、モモンガが女性と夜を過ごす場合、どのように致すのだろうかと考えた。

 

 人間を辞めたことに何も感じないことはない。

 

 しかし、今ではガスマスクを必要とせず、固形栄養食ではなく一般食が手に入り、仕事も何にもなくゆったりとした時間を過ごせることを考慮すれば、今の方がいいに決まっている。現実に置いてきた母親は長く生きられないが、今さらどうにもできない。現実へ帰る手段を見つけるころには、介護者の消えた母親は死亡している可能性が高い。

 

(今さら……何にもできないしな)

 

 見たくもない現実から強引に目を逸らせた。

 

「モモンガさんは結婚適齢期だから、誰かと出会って恋したり結婚したりすんのかな……」

 

 ローブの影から見え隠れする彼の下半身を探ったが、闘技場を縦横無尽に暴れ回る彼の体は窺えなかった。彼は異世界へ飛ぶ前からアルベドを選んだ。固定した誰かがいれば、新たに妾を探す必要もない。改めて彼の用意周到さに感心した。

 

 

「……俺も彼女欲しいなぁ」

 

 

 まだ見ぬ誰かに物思いを膨らませた。

 

 明けない夜空を見上げて月を探したが、どこにも見当たらなかった。

 

 月光を懐かしむ蛇神をよそに、異世界転移した彼らの一日目は流星のように彼方へ過ぎた。

 

 

 






報告順番1d6→2→3→4→6→1→コ→セ
設定変更発覚30%→気付かない
御付きプレ モ1d6→1ユリ ヤ1d6→2ルプ
ヤトの顔面偏差値 10d10→54
デミウルゴスと遭遇?→遭遇
アルベド好感度1d6→5 憎悪-5
設定変更発覚ロール→発覚
アルべドの好感度発生ロール 1d6→2 現在53

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