モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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21日目 ~翌朝 ナザリック地下大墳墓

 事は一日前の午後に遡る。

 

 自室で食事中のヤトは、アインズからの連絡を受けた。

 

《ヤト、今はどこにいる?》

《ナザリックで五大最悪を試してました》

 

 憔悴しきった彼ら4人は、貴賓室で酒・食事と共に軟禁されていた。とてもまともな精神状態ではなく、食事と酒には一切、手を付けていないが、そこまで面倒は見切れない。

 

 ヤトの目的は彼らを仕上げることで、それはすでに達成している。

 

《何をやっているんだ?》

《エロ最悪はエロ最高に正すべきと提案します》

《……最低だな》

《あれ? なんか引いてません? 最高でしたよ》

《そんな下らない事より、ちょっと守護者の件で話があるから、円卓の間で待っててくれるか》

《なんかあったんスか?》

《今後の方針に関わるかもしれない》

《ふーん……じゃ、円卓の間で待ってますね》

 

 ヤトは肉を丸呑みにし、円卓の間へ向かった。

 

 

 

 

 アインズは戻って早々、蜥蜴人(リザードマン)集落の一件を報告した。

 

「と、いう事があってね」

「……なるほど、意外ですね。どうやら俺はNPC達を舐めてたみたいです。俺達の意志に反したり、独自に作戦を展開したりはしないだろうと」

 

 ヤトの表情は蛇なりに真剣だった。

 

 NPCはどこまでいってもNPCだと考えていた。所詮はゲームの延長線で、創造された存在がAI(人工知能)で動いている程度の感覚だった。それが実際に生きているとなれば話は別だ。とはいえ、ぽっと出た支配者の自分が、彼らに対する接し方について結論は出ていない。

 

 自分に自信がないのが悲しかった。

 

「俺も予想してなかった。子の成長に複雑な感情を覚える親の心境だ……」

「大袈裟じゃないスかぁ? ところで、俺達はいつの間に王国を手に入れると決まったんですかね」

「俺にもわからない。王国を手に入れて、漆黒聖典を無力化するみたい」

「漆黒聖典?」

「ああ、ワールドアイテムを持っているスレイン法国最強部隊だそうだ。よりによって“傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)”を持っていて……」

形成虚空(ケイセイ・コクウ)? なんでしたっけ?」

 

 アインズは両手で頭を抱え、深い溜息を吐いた。

 

「……後でゆっくり話そうか、おバカさん」

「バ……まあ、否定しませんがね。そういえば六腕は手に入れましたよ、武技も使えます。今は四腕ですけどね」

「気になるが、後でその話もしよう。話しておかないと危険なことが多い。取り急ぎ彼らへの対応なんだけど」

「褒めて終わりでいいんじゃないスかね。実績は上がったんでしょう?」

「叱るつもりはない」

「俺は、至高の41人は頭がいい設定は、アインズさんに全部、押し付けてますからね」

「きったねぇー。全部押し付けるか、普通」

 

 ギルドメンバーに振り回されて雑用をこなすアインズは、文句を言いながらも嬉しそうだ。

 

「じゃあ、守護者達に二人で話をして、後で参謀を呼びましょうか」

「情報の擦り合わせか」

「いやいや、俺は頭が悪いからアインズさんの考えていることを教えてくれって」

「それはいい手だ。白銀にもNPCがすみませんっていいわけができるし」

「白銀?」

「それも後で話す。ところで資金稼ぎは?」

「えーと、白金貨が6,000枚相当ですね。一部は現物の財宝で貰いましたけど。」

「……金貨だろう?」

 

 狂った数字が理解できず、ピントをずらして聞き返した。

 

「白金貨ですって。金貨一枚が1万円だとして、その十倍の価値が十万なのでえーと……十万かける六千だから……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、十万、百万、千万、億……億?」

「6億円だな……」

「六億くらいッスか……凄いな! 六億? ええ? ホントにぃ?」

 

 初めて恐ろしい金銭価値に気付いた。大蛇は開いた口が閉じず、アインズは再び溜め息を吐いた。

 

「はぁ……今、気づいたのか……? これだけあればモモンが働かなくても大丈夫だな」

「帝都の闘技場、出入り禁止になっちゃいましたけどね。」

「二日程度しか滞在しなかったんだよな……って出入り禁止ってなんだよ。帝国の出入りが面倒になるだろう」

 

 速乾性の怒りを露わにした。八本指のボスと勘違いされているとは、二人とも知る由もなく、帝国と王国の戦争を止めたのは知る術がない。

 

「なってしまった事は仕方がないです。しばらく大人しくしていますよ」

「王都で物資を買って送ってくれ。俺はナザリックから指示を出す」

「えー……しばらく自堕落に過ごそうかと思ってたのに」

「おま……ふざけるな。散々、好き勝手やって遊んだんだから、内政を手伝え」

「でーすーよーねー」

「孤児達を勝手にカルネ村に送った件だってある。今度はこっちに主導権があるぞ」

「はい……すみませんです」

 

 上辺だけ申し訳なさそうに謝った。

 

「内務を任せるのは不安だから、王都で物資の調達とか情報収集とかになる。基本的にはスキル使って急いで移動してくれ。スレイン法国の者がいると困る。それから、夜は宿でゆっくり寝てくれ。セバスには夜、目を離さないように伝えておく」

「要警戒ですか? まぁ、逃げ足は確かに一番早いッスね。アイテムボックスもNPCじゃ使えませんし、指示も出しやすいんじゃありません?」

「それもある。プレイヤーはプレイヤー同士の方が便利なのは間違いない。”絶対に”揉め事は起こすなよ。蒼の薔薇とデートもするのだろう?」

「んー? あーそうでしたね。忘れてたッスー。」

「何かあったのか?」

 

 性欲値が満たされたので、そちらの分野の興味は沈静化され、積極性が失われている。180度、意見を反転させたヤトに、何かトラブルがあったのではないかと心配した。

 

「楽しみっすー。とりあえず、守護者達を褒めにいきません?」

 

 何でも話す仲間とはいえ、性欲がエロ最悪を使って満たされたというのは、流石に気まずかった。

 

「そうだな、先にそれを済ませよう」

 

 

 

 

 玉座にて守護者達が跪く。

 

 ヤトは玉座右端で腕を組んで立っている。

 

「まずは皆を労いたい。此度の作戦、実に見事であった。私はお前達を褒め称えたい。自慢の部下であると」

 

 跪く守護者達は嬉しそうだった。

 

 特にデミウルゴスは震えていた。

 

「各々が独自にナザリックの為に有益であると判断し、私に相談なく動いた事は問題があるかもしれない」

 

 アインズは少し間をあける。

 

「だが、その策によってナザリック周辺は完全に平定された。皆が独自に動かなければ、ここまで事を進めるのは出来なかっただろう」

「勿体なきお言葉、感謝致します。我ら守護者各員、必ずやナザリックの為に、よりよい実績を上げてみせます」

 

 現場指揮官のデミウルゴスが代表して答えた。

 

 アインズは顔をあげ、コキュートスを見た。

 

 凝視するアインズの眼窩が赤く光った。

 

「コキュートス、お前は此度の作戦で何を思い、何を感じ、何を得た。皆に説明せよ」

「ハッ。私ハリザードマンヲ侮リマシタ。彼ラガ何ヲシヨウト負ケナイト。デスガ、統率ノトレタ連携ニヨリ、戦況ヲ思イ通リニ運ベズ、苦戦ヲ強イラレ、ソシテ予想シナイ戦力、アインズ様ノ出現デ私ハ敗レタノデス」

 

 それでもモモンに負けることはない。負けたのはデミウルゴスの連絡があったからこその結果だ。

 

 しかし、現れた者がモモンではなく、ヤトなどのプレイヤー級であれば、コキュートスは首を刎ねられて死んでいた。それは考えられる限り最悪の結末だ。アインズは激昂して暴れ、何の実績も上げられずに金貨を消費して蘇生され、得るものはなく、損害だけが出る。下手をすれば激昂したアインズまで失ってしまう。不意打ちの一撃で失敗するのはモモンとヤトくらいのもので、絶好の機会を他のプレイヤーなら逃さない。

 

「うむ、その通りだ。全力で戦って勝利を収める事はおまえなら簡単だ。だが、作戦としては最悪だ。彼らは大量の死者を出し、作戦の本懐を成し遂げられたかはわからない」

 

 アインズは立ち上がり、金色の大きな杖の先端で地を小突く。

 

「心せよ! 決して敵を侮ってはならん! 漆黒聖典のアイテムを奪い、彼らを無力化する策をたてよ。そして我らに報告するのだ。不備があれば我々で正そう。良策はナザリック全軍を以て実行しろ。思えば、お前達と肩を並べて死線を潜った経験はなかったな。これからは我らと共に戦え! 戦場に付き従え!」

 

(アインズさんすげー。これってもうロールプレイの域じゃなくない?)

 

 魔王という言葉を頭に浮かべた。ヤトはアインズのロールプレイに口を挟めず、隅っこの方で腕を組んで立っていた。

 

「オオオ。至高ノ御方々ト肩ヲ並ベテ戦エルノデスカ……」

「必要であればそうしよう。各自、鍛錬を怠るな。」

「オオ、素晴ラシイ。必ズオ役ニ立ッテミセマショウ」

 

 コキュートスは感動のあまり涙を流しそうだった。

 

 昆虫族である彼の複眼から、涙が流れることはなかった。

 

「守護者達よ、成長を遂げるのだ。そして、ナザリックの繁栄の為に尽力せよ!」

 

 一際、大きな声だ。

 

 ヤトは彼が同じ人間だったと忘れ、大墳墓の魔王に見惚れていた。

 

「慈悲深きアインズ様。独自で動いた私達を責めるどころかそれを逆手にとり作戦を修正し、あまつさえお褒めのお言葉を賜るとは……流石は私の愛しい御方です!」

 

 アルベドは目を潤ませ、恍惚の表情を浮かべている。

 

「アインズ様、その深淵なる御心は我らには見通すなどできないでしょう。ならば、必ずや守護者一丸となりナザリックの永遠の繁栄を成し遂げてみせます」

 

 珍しくパンドラはオーバーアクションが無く、跪いたままで答える。落ち着いた彼はまさに参謀と呼べた。

 

「我らを自由にお使いください。御方々のためならば、忠義の下に命さえ投げ出してみせましょう」

 

 ニヒルな笑いでデミウルゴスが続いた。

 

「ナザリックノ名ノ下ニ、絶対ノ忠義ヲ」

「全ては御方々のために」

「お、王が永遠に君臨できる世界を」

「捧げると誓います!」

 

 参謀ではない守護者達の言葉は少なかったが、息が合っていた。リザードマンの作戦の影響かもしれない。ヤトは今までNPCと侮っていた彼らを心の底から見直し、これからは対等な存在として向かい合うと決めた。

 

 ゲームの延長線にいる気分だった彼は、この時初めてこの世界が現実だと実感したのかもしれない。変貌してしまった彼の心は、仲間を大事に思うことで改めて血が通った。それは(かえ)って彼の未来を苦しめていく。

 

 蛇の首に真綿が回され、ゆっくりと締まっていく。

 

「我々は円卓の間で会議をする。参謀の三名は付き従え」

「畏まりました」

 

 5人は円卓の間へと去っていった。

 

 

 

 

「すまない、三人とも。私はアインズ様の考えの全ては理解ができていない。教えてくれないか?」

「はい、私からご説明いたしましょう」

 

 デミウルゴスの話によると、ナザリックは王国を手に入れようとしている、らしい。掌握した八本指と二人で高めたお互いの名声を利用し、王国内の小競り合いを操作しようとしている。既に六腕は手中に収めたと聞いて、デミウルゴスは感銘に震え、話が止まった。

 

 地域の平定は王国を手中に収めることから始まり、その他に脅威である漆黒聖典の無力化も並行して行われる。

 

「話はわかった。私達は今後の展開を話し合うので、三人は下がってよい。」

「あ、そういえば本を大量に盗んできたから情報精査をお願いする」

 

 大量の本と財宝と思われる煌びやかな物を、アイテムボックスから出した。

 

「この財宝はパンドラに管理を任せる。なんかバハルス帝国がくれた」

「おお、これは素晴らしい。ナザリックの宝物庫にまた一つ美しい財が加わりました!」

 

 パンドラは大量の財宝を抱えて震えている。二つの指で掴まれたダイヤが、ミラーボールのように光を反射させた。

 

「情報戦は私の最も得意とするところだ。漆黒聖典の無力化に役立つ事があるかもしれぬ。アルベド、情報精査を頼んだぞ。」

「はい! 必ずや、アインズ様のお役に立ってみせますわ!」

 

 そうして三人は部屋を後にした。

 

 よく食べ、よく寝ていたヤトとは違い、アインズは疲労が溜まっている。彼のロールプレイや蜥蜴人の集落から継続して行われている。彼らが退室してから、一団と深い溜息を吐いた。

 

「はぁぁー……次は、お互いに何があったか情報交換しよう」

「はい、了解です」

 

 二人はお互いの情報交換を徹底し、僅かな差異も無きように注意して話をした。漆黒聖典や白銀の存在は知らないままだと非常に危険だ。全ての情報共有を行い、それは後日、改めて守護者達にも伝わる。途中でヤトのしでかした内容による説教も混ざり、時間は過ぎていく。

 

「しかし、改めて考えると本当に好き勝手やっているな」

「いやー、かなりこの世界が理解できましたよ。帝国の懐事情とか、主席魔法詠唱者とか」

「第六位階まで使えて主席なら俺はどうなるんだ」

「神様じゃないですかね?」

 

 あながち間違っていない。

 

 話が終わる頃には朝になっていた。

 

 早速、ヤトは王都で買い物して物資を送る役目があるので、早いうちに王都へ戻った。

 

 危険分子が世界のどこかにいる現状、逃げ足の早い彼は王都を東西南北、あちこちを走り回るのに最適だ。彼以外の者は、常に危険分子の警戒をしなければならない。モモンとヤト、セバスで協力すれば早いが、買い物の内容が決まっていない。

 

「さて、じゃあ俺は王都へ帰ります」

「ああ、俺もカルネ村にナーベとハムスケを迎えに行かないと。報酬貰ったらナザリックに帰っているから、何かあれば連絡する。しばらく王都で大人しくしてくれ」

「指示待ちッスね。望むところッス。ところで蒼の薔薇との会談は一緒に来ますか?」

「行かないよ。6億も手に入れたんだから、今後の財政状況を考える」

「そうだと思ってたッス。じゃあお気をつけて、アインズさん」

「分かった。そっちも気を付けてな」

 

 二人はしばらくの間、平和だが忙しい日々を過ごすことになった。

 

 ヤトは安請け合いで使い走りになり、死ぬほど後悔する。

 

 蛇は骸骨の好奇心を舐めていた。

 

 

 

 





モモンが王都へ行く可能性→4 行きません。


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