モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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31日目まで  ~ナザリック地下大墳墓

 

 夕方に目が覚めたヤトは、食事を摂りながら昨日の作戦内容をセバスに伝えた。

 

「ヤトノカミ様が動けない夜は、私にお任せください」

「よろしく頼むよ。人助けの依頼は必ずやってね。昼間は俺が見回るから」

 

 会議により決定されたのは、ヤトとセバスの行動方針だ。

 

 ヤトは支配者として、それらしい態度をとるように注意する。

 セバスと二人で、可能な限りの善行を行うこと。

 王都でレベルアップの検証をする。

 

 智将デミウルゴスの高説によれば、王国がナザリックの所有物となり、ナザリック地下大墳墓の本体を覆い隠す隠れ蓑として機能する。セバスはアイテムで睡眠不要だ。昼は人助けに関する依頼をこなし、夜は眠っているヤトの護衛につけばいい。

 

「つーわけで、早速、今日から――」

「ヤトノカミ様、あれはもしや、クライムでは」

「なに?」

 

 入口の方に目を向けると、クライムが嬉しそうな子犬の動作で走ってきた。

 

「ヤトノカミ様、セバス様。先日はありがとうございました!」

「クライム、あれから鍛錬は続けていますか?」

「はい! もちろんです!」

「あ、ああ。どうしたのだ、クライム」

 

 支配者の役割演技(ロールプレイ)に自信はなく、予想外の来客に弱かった。これからデミウルゴス立案の計画に移ろうと思った矢先、子犬に出鼻をくじかれてしまう。

 

「実は稽古をつけていただきたくて。いつでもいいと仰ってましたので、失礼ながら今日は時間が空きました。是非にと思いまして」

「そ……そうだったぁー……」

「直にストロノーフ様とお連れの方がこちらに向かっております。」

「えー。そうなの?」

 

 クライムの期待に輝く視線が眩しい。

 

 いつでもいいよと自分で安請け合いした手前、断れなかった。支配者然とした態度は止めた。どちらにしてもレベルアップの検証は必要だ。

 

「セバス、今日は彼らに付き合おう。俺も興味がある」

「畏まりました。クライム、何か召し上がってはいかですか?」

 

 セバスが彼に優しいのは弟子だからか、子犬だからかのどちらか気になった。

 

「そうだな、好きな物を頼んでこい。満腹になると動きが悪くなるから食べすぎるなよ」

「ありがとうございます!」

 

 お尻に尻尾が見えないかと思い、ヤトは目を凝らした。何もついておらず、尻尾は発見できなかった。

 

「もう、いいや……今日はそれで」

 

 

 

 

 その後、宿に着いた彼らと話した結果、宿の中庭が想像以上に小さかったため、ガゼフの邸宅へ場所を移した。

 

「よろしく頼む、ヤト」

「ブレイン・アングラウスだ」

「ヤトッス、よろしく」

 

 武者修行をしていたブレインは、盗賊のアジトでモモンに敗走して挫折後、ガゼフ邸に厄介になっている。仮面の不審者が無警戒に伸ばした手を、ブレインは恐る恐る取った。彼はモモンに敗れてからというもの、人間では越えられない壁を目の当たりにして剣士の自信を失った。怪しい男と握手をするのでさえままならない。

 

 ヤトは玄関の縁石にあぐらをかいて、猫背気味に座り込んだ。

 

 離れた所でガゼフ達が話をしていた。

 

「よお、ガゼフ。本当にあいつは強いのか? 俺を倒したモモン程の強さを感じないぞ」

「ブレイン、私を信じろ。彼は私が会った剣士の中で最強だ」

「信じられん……」

「立ち合えばわかる。私が手も足も出ないのだからな」

「あまりわかりたくないな。短期間で何回も負けたくない……」

 

 ブレインは腕の割に打たれ弱かった。

 

 ヤトは鈍い動きで立ち上がり、刀を構えて庭の中央に立った。ブレインの実力を調べさせたかったので、セバスは後方で見学し、3対1で立ち合った。普段着のヤトにガゼフが装備を整えるよう勧めたが、そこまで乗り気ではなかった。

 

 実力差ははっきりしている。

 

 真剣に装備品を整える気にもなれず、いつもの黒ジャケットと仮面のままだ。

 

「さあ、始めよう」

 

 刀を構えるヤトに対し、3人は一人ずつ斬りかかった。攻撃が通らず、まるで歯が立たない戦況を考慮し、やがて同時に仕掛けて行った。三人同時の攻撃まで弾かれ、当たったと思われる攻撃も何の効果も無い。

 

 ガゼフ低の中庭には、しばらく剣が刀に弾かれる金属音が響いた。

 

 30分程度、茶番劇を演じていると、真っ先にブレインが音を上げた。

 

 ブレインは刀を投げ捨て、庭に大の字で寝そべった。息も荒く、精神的な理由で立ち上がる力を失っていた。

 

「なんだこいつは、化け物か! 勝てるわけがない!」

「はぁ……はぁ……ブレイン……」

「ガゼフ、休憩にしようか」

「あ……はぁ、ああ、そうだな。すまない」

 

 ヤトはセバスの隣に行き、声を潜めて内緒話を始めた。

 

「セバス、彼らのレベルは調べたか?」

「はい、ガゼフ様が35、ブレイン様が32、クライムが16でございます。蒼の薔薇の方々と大きな差異はありません」

「英雄級か」

 

 二人の戦士はともかく、クライムは蜥蜴人(リザードマン)相手でも怪しい。

 

 大の字に寝転がるブレインに歩み寄った。

 

「ブレイン。ちょっといいかな?」

「はぁ……はぁ……なんだ?」

「ガゼフが壁にぶつかっていると話していたのは、ブレインのことだろ。誰に負けたのか教えて欲しい」

 

 この世界では強い彼をここまで追い詰めた相手に関心があった。噂の漆黒聖典化と思ったが、どうやらアインズに拉致されそうになったところを命からがら逃げだしたとわかった。アインズの話にあった、取り逃がした盗賊の用心棒だ。

 

「……なんだ、そうなんだ。一つ聞きたいが、強くなりたいのか?」

「当然だ。だが……モモンに勝てるとは思えん。あいつは……上手く言えないが、人間では勝てない」

 

 自嘲気味に笑った。実力ではなく、彼の気配で見抜いているなら大したものだと感心する。ヤトは彼ならレベルが上がるかもしれないと期待した。

 

「可能性があったら、どうする?」

「そうだな……そんな可能性があるなら、悪魔に魂売ってでもやるかもしれないな」

「その言葉……忘れるなよ?」

「お、おい?」

 

 ヤトは庭の中央に立った。

 

「《眷属召喚》!」

 

 呪文詠唱でガゼフ邸の庭に大量の大蛇が召喚された。鮮やかな色をした大量の大蛇たちは、庭の半分を埋め尽くす量だ。一様にヤトの前へ集まり、静かに頭を垂れて指示を待った。

 

 蛇は蛇なりに跪く。

 

 休憩していたら大蛇の群れが現れたのだ。驚いた三人は武器を構え、蛇達から目を逸らさずにこちらへ避難してきた。

 

「ヤト、何をしたのだ……?」

「ヤトノカミ様、なぜ急に蛇達が!」

「大丈夫、彼らは俺の指示があるまで動かないから」

「あんた……本当に人間なのか?」

 

 ブレインには答えなかった。彼の質問は核心をついている。

 

「彼らは特殊な技術で呼び出した。レベルアップというものがあって、倒した敵の強さや数に応じてこちらも強くなる方法があるんだ。試したいから3人とも付き合ってくれないかな」

「れべるあっぷ、ですか?」

「こいつらを殺せばいいのか?」

「レベルとは強さの階級で、強敵・数を多く倒せば上がっていく。彼らはこのまま無抵抗にしているから倒してくれるか」

「しかし……無抵抗の者を切るというのは」

 

 真面目なガゼフは、無抵抗な蛇を切るという虐殺行為に足踏みした。呼び出した部下らしき蛇たちは一様にヤトの命令を待っている。蛇の瞳を覗き込めば、ヤトへの忠誠が見て取れた。そんな彼らを殺せというヤトが信じられなかった。

 

「本当に強くなれるのか?」

「俺はそうやって強くなった。際限ない殺戮の果てが、今の俺だ。試す価値はあると思う」

「私は反対だ」

「安心してくれ。彼らに関しては殺されたら自分たちの住む世界に帰るだけだ。無為な殺戮よりはマシだぞ」

 

 初日にアインズが魔法で眷属を倒したとき、蛇の死体は残らなかった。それが彼らなりの死に方かもしれないが、MPがある限り、彼らは何度でも召喚できる。今はレベルアップの検証が優先だ。

 

「……ガゼフ。俺はやる」

「ブレイン……」

「ストロノーフ様。私も強くなる可能性があるのなら、やります」

「クライムまで……ヤト、彼らは本当に消えるだけなのか?」

「ああ。死体の山が溢れるようなことはないから、それは安心してくれ」

「……わかった。私もやろう」

 

 いつしかブレインの蝋燭の灯のように弱々しく揺れていた瞳の光は、希望の光にかわっていた。人外にへし折られた心だからこそ、人外によって補強された。光に当てられ、ガゼフとクライムの目にも光が宿った。

 

「クライム、お前は特に弱い。一匹でも多く倒せ。少なくとも多くの蛇を切りつけろ。他の二人に数で負けるな」

「は、はい! わかりました!」

「よし、眷属よ、攻撃せず大人しく斬られろ!」

 

 蛇たちは頭を下げた。誰よりも先に、クライム歯を食いしばって斬りかかっていく。

 

「たあっ!」

 

 蛇は抵抗せずに斬られるが、クライムの一撃では死ななかった。

 

「うおお!」

 

 ガゼフは一太刀で二匹まとめて切っていく。このペースでは、クライムのレベルアップは期待できない。ブレインはガゼフの姿を見て闘志を燃やし、居合の切れが良くなっている。社会復帰ができるくらいには回復しているように見えた。

 

 斬られた大蛇たちは、血も流さず光になって消え、蛇の死骸は一匹も残らなかった。

 

 レベルアップに興じる彼らは忙しいが、そちらが忙しければこちらが暇になる。彼らが全ての蛇を倒し終わるまで体が空いてしまい、ガゼフ邸の玄関で涅槃のポーズで横たわった。

 

「セバスー……宿に行ってガゼフに貰った酒を持ってきてくれない?」

「畏まりました。すぐに行ってまいります」

 

 召喚した眷属が全て消えたのは二時間後だ。

 

 セバスが行って帰ってきて、のんびりと休憩してもお釣りが出た。

 

 全ての蛇を倒し、彼らは地面にへばっていた。レベルが低い相手とはいえ、庭の半分を埋め尽くしかねない量だったので無理もない。今度こそ精魂尽き、誰も立ち上がれなかった。

 

「セバス、彼らの経験値上昇はわかるか?」

「個人差があるにせよ、全員が上昇しています」

「あーそう。誰が一番上がった?」

「はい、ガゼフ様とブレイン様はもうすぐレベルが上がります。ですが……これは……クライムは上がっていません」

「……倒した数が少ないからか? 相手の強さはクライムと同じくらいだから、一番レベルが上がってもいいんだけどな。アップも才能なのか? ユグドラシルじゃレベル100にするよりも、どの職業を極めるかが重要だったから、レベルアップはそんなに大変じゃなかったんだが……」

「はっ、申し訳ありません、勘違いをしておりました。クライムはレベルが一つ上がっておりました」

「適当に考えた理論通りだ。それなら問題ない。この世界でもレベルアップの方法は敵を倒して強くなると実証できた。彼らに変化を確認しよう」

 

 へばっている彼らに声を掛けに行った。

 

「三人とも少しだけ強くなってるが、自覚はあるか?」

「はぁ……はぁ……ヤト、これはなんだったのだ?」

「レベルアップだ。強さのランクで100まである。俺とセバス100、ガゼフとブレインが30超え、クライムが17だな。30越えで英雄級らしいぞ」

「100まで……どのくらいかかるんだ……?」

「それは俺にもわからない」

「ぜぇ……ぜぇ……」

「わ、はぁ……はぁ、私は」

「クライムはリザードマン並みだな」

「リ……りざあどまん……?」

 

 へばっている彼らは、会話も困難だ。

 

「レベルの検証は始まったばかりだからな、数日間は付き合ってくれるとわかるのだが」

「俺はまだ……戦える」

 

 ブレインが刀を杖代わりに立ち上がった。彼の目はまだ生き生きとしていた。とはいえ、体力の限界を超えているので長続きせず、改めてへばった。

 

「ヤト、今日は泊まっていかないか? 家政婦の料理は味が薄いが、美味しいぞ」

「遠慮なくそうする。クライム、今日は帰って休め、レベルが一つ上がっているから体が悲鳴を上げるかもしれない。ガゼフとブレインは明日には一つ上がる」

「わかり……ぜぇ……ました」

「二人とも、ガゼフから貰った酒があるから、落ち着いたら飲もうぜ」

 

 元気づけようとニーッと笑ったのだが、彼らは起き上がれなかった。

 

 レベルが上がっても、疲労のステータス異常は回復しなかった。

 

 

 

 

 王の私財を投じた最高級ランクの酒は、ブランデーの香りに似ていて美味しかった。アルコール度数はかなり高かったが、三人ですぐに空けてしまった。家政婦の味付けがもっと濃ければ、満腹になり深酒せずに済んだ。

 

「ガゼフは結婚しないのか?」

「私は王の為に剣の腕を磨き続ける生活をしていた。この年になっても縁がない上、どうやって交際するかもわからん」

 

 ブレインは顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにガゼフを茶化す。

 

「こいつ、女を知らねぇのかもしれないぜ?」

「ガゼフー、三人で娼館でも行くかぁ?」

「……遠慮しておく」

 

 ヤトがガゼフ邸に泊まっている間、”蒼の薔薇”の面々が代わる代わる部屋を訪れた。

 

 どこに行ったのか誰も知らず、追いかける手段もないので引き返していった。英雄級の彼女たちは組合から放っておかれず、すぐに依頼に出掛けてしまい、宿の主人に伝言を頼んでいった。宿の主人は戻ってきた彼らに、大量の手紙を手渡した。

 

 最初こそメガネをかけて一生懸命読んでいたが、武器屋・装備品・雑貨屋・投資話・弟子入り・生き別れた家族を名乗る者・貴族・冒険者などの怪文書まで混じった案内状(チラシ)の山に辟易してしまい、最後の方は読まずに捨ててしまった。

 

 善行を重ね続け、富と名声が高い彼らと関係を深めようとする人間は、当初、予想された数を遥かに超え、驚くほど多かった。

 

 所詮は異国の言葉で書かれた、翻訳無しでは読めない文書であり、メガネをかけ直す手間が面倒な彼にとって、ゴミでしかなかった。”蒼の薔薇”の伝言は最後まで読まれることなく、ラキュースは音沙汰の無い彼に失望を募らせた。

 

「く……あんな人……期待した私が馬鹿だった……」

 

 ラキュースは全力で怒り、魔物討伐に余計な力が入った。

 

 

 

 

 ヤトが王都に戻ってから、アインズはアンデッド作成で忙しい。作成したアンデッドは円形闘技場にまとめて整列させた。かなり作ったとはいえ、肝心の中位アンデッドの材料が足りない。魂食い(ソウルイーター)級が必要な現状、依り代として使える器が無い。

 

「レベルが低い人間を媒介にするより異形種を使った方が強い。リザードマンの死体か……」

 

 期待されたリザードマンは、アンデッドの種としてあまり役に立たなかった。人間を媒介にした場合と同程度のアンデッドしか作れず、改めてアンデッド作成の法則を検証する必要があった。

 

 とにかく、当面の問題は種の確保だ。

 

「リザードマン以外の死体でも実践するべきか。魔獣がいれば試してみたいが……中・上位アンデッド創造に耐えられるのは種族とレベルのどちらなのだろうか」

 

 闘技場の隅に腰かけ、召喚したアンデッド達を眺めながら悩む。せっかく手に入れたハムスケ、王国最強の剣士であるガゼフを実験台にするわけにはいかない。失敗したら替えが利かないのだ。

 

 視界の端、闘技場の片隅から誰かが走って来た。砂塵を巻き上げ、アインズの前で急停止した。

 

「アインズ様!」

「アウラか。すまんが闘技場をアンデッドの作成に使っている」

「何を仰いますか。絶対の支配者であるアインズ様に、私達の第六階層を利用して頂いて光栄です」

「うむ」

 

 嬉しそうに見上げる碧と蒼の異色の瞳(オッドアイ)。ダークエルフである彼女の金髪を、くしゃくしゃと撫でると、頬が紅を帯びた。

 

「ア、アインズ様……」

 

 骨の手が離れると、顔の赤身はすぐに引いた。

 

「さて、お前にリザードマン達の様子を見てきてほしいのだが、構わないか?」

「はい! 喜んで!」

「手土産を持っていってくれ。魔法で作り出した魚がいい。それから、死体があれば持って帰ってきてくれないか。エイトエッジ・アサシンを連れて行け。彼には転移ゲートのスクロールを渡してある」

「畏まりました。でも、死体を集めるのなら、生贄として殺してみてはどうですか?」

「皆で協力し、統治した領地が水の泡になる事態は避けねばならん。ここは友好的にいこうではないか」

「はい、すぐに行ってきます」

「頼んだぞ、アウラ」

 

 来た時と同じ速さでアウラは走っていった。

 

(アウラもマーレも年齢設定は俺より年上なんだよなぁ。見た目は子供だから、王国を手に入れたら学校でも作るか。人間達と友好な関係も築ける、二人の教育も捗る。どこかの誰かみたいに下品にならないよう、性教育もしっかり教えておかないと)

 

 どこかの誰かさんが、くしゃみをしている気がした。

 

 

 

 

 アウラは魔獣三体と共に森の中を走っていた。

 

 大狼のフェンリル、カメレオンに似たイツァムナー、翼の生えた蛇のケツァコアトル。三体は神話に詠われる魔獣だ。フェンリルはフェンと呼ばれ、アウラを背中に乗せるといって聞かなかった。三匹は背中に食料とアウラを乗せ、目的地の集落へ到着する。

 

「さて、ついたっと。おーい! こんにちわー!」

 

 集落全体に響くよう、大きな声で呼びかけた。門は開かなかったが、声を聞きつけた見張りがやぐらから声をかけた。

 

「は、はい! どなたでしょうか?」

「アインズ様の使者だよ、様子を見に来たんだけど」

「おお、使者の方でしたか。申し訳ありません、見たことのない魔獣でしたので襲撃者かと」

「ごめんねー」

 

 門は急いで開閉され、中から出てきた蜥蜴人たちが跪いた。族長と名乗った蜥蜴に合わせ、皆が一様に跪く様子は忠誠を尽くしていて満足した。ニコッと笑う彼女は、それだけみれば10歳前後の少女だ。

 

「みんな、アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方だ。客人にもそう伝えてくれ」

「誰か来てるの?」

「近くのカルネ村から魚の養殖を手伝って頂ける方がお越しです」

「ふーん。アインズ様の命により、食料を持ってきたよ。みんな、集落の中に運んで」

 

 魔獣達は自分の大好きな主人の命令に、嬉しそうに鳴き声を上げた。

 

「あの、失礼ですが。お名前を」

「アウラだよ。アウラ・ベラ・フィオーラ」

「フィオーラ様。では汚い場所ですが、どうぞこちらへ」

 

 族長達の集会所に案内された。本来ならば汚い家には入らないつもりだったが、大人しく後に続いた。彼らの忠誠を見たアウラは、自らが敬愛する主人を神の如く崇める彼らに気分を良くした。

 

「兄者、その方は?」

 

 集会所の入り口で緑色のリザードマンが近寄ってきた。

 

「ああ、ザリュース。アインズ・ウール・ゴウン様の使者の御方で、アウラ・ベラ・フィオーラ様だ」

「お久しぶりです。族長の弟、ザリュース・シャシャです」

 

 戦の終わった後でアインズが連れてきた従者だったため、彼の記憶には新しいが、アウラはまるで覚えていない。跪くザリュースに、アウラは別件を思い出した。

 

「そういえば、変わったヒュドラがいなかったっけ?」

「はい、彼は奇形のため首が四本しかありません。ロロロは私の家で留守番をしています」

「あの子ちょっと欲しいなぁ。ねえ、ちょうだい」

 

 親に玩具をせがむ子供のようだ。

 

「え? いや、ロロロは大事な家族なので、それは……」

「可愛がるからいいでしょ。お願い」

「いや、しかし……」

「じゃあ私のものって事にしてよ。ナザリックには連れて行かないからさ。たまにここに来たとき一緒に遊ぶくらいにするから」

 

 アウラは珍しい魔獣と遊びたいだけだ。彼女に蒐集欲はない。

 

「む、あ、はい。それくらいであれば……」

「やったね」

「……フィオーラ様、ではこちらへ。ザリュースも来てくれ」

「アウラでいいよ」

「アウラ様、どうぞ、こちらへ」

 

 無邪気に両手放しで喜んでいるアウラに、シャースーリューとザリュースは困惑したまま会議室へ入っていった。

 

 

 

 

 藁葺き屋根の会議室は思ったよりも片付いており、室内も広かった。中に入ると他の族長達と二人の少年が出迎えた。

 

「あ、あの、初めまして。カルネ村でアインズ様のためにポーションを作っているンフィーレアです。ほら君も挨拶を」

「は、ははは、初めまして。ヤトノカミ様におおお世話になりました」

 

 多少は落ち着いているンフィーレアに促され、震えながら挨拶をした少年。見た目がアウラと同年代、10歳前後に見える小さな少年は、緊張して口もまともに回っていなかった。

 

 二人はカルネ村から様子を見るために、実験的に派遣された二人である。ポーションの開発に行き詰まっていたンフィーレア、その付き添いで付いてきた少年。

 

 カルネ村も食糧難を解決するために、農作業に従事する者から人を選べず、止む無く無作為に選ばれた少年が派遣された。森林の蛇達がアインズの配下に入っている事は周知されており、道中に襲われる心配はないため、年齢の下限はなかった。

 

「ふーん。そうなんだ」

「よろしくお願いします」

「お願いします!」

 

 ンフィーレアのお供の少年はアウラの金髪に見惚れ、口を開いて呆けていた。

 

(格好いいなぁこの人。女の人みたいに綺麗だし、年齢も僕と変わらないはずなのに。あの魔獣達が嬉しそうに懐いているなんて。あの赤い服の女の人も綺麗だったけど、この人も……あれ? 男の人だよね……? 僕は何を考えてるんだろう)

 

 光の当たらない、排泄物や生ごみの臭いが混じる不潔な路地裏から、太陽の下で働けて、少なくとも三食の食事ができる環境に連れて来られた少年。ゴミ漁りや窃盗に手を染めてでも妹を守るために必死だった彼は、妹とともに地獄から解放されて汗水流しながら働けるだけのことが嬉しかった。

 

 いくら感謝しても尽きないほどの感謝の気持ちを持つ彼が、尊敬する人が所属する組織の幹部に会い、緊張するのも致し方ない。アウラを見て”男性”と勘違いしたことも、また仕方なかった。

 

 

「んで、みんなナザリックの支配下でまとまったの?」

「はい、部族戦争は終わりました。反発していた者は亡くなりましたので、当初のお話通りに我らを支配下にお加え下さい」

 

 部族戦争は過去に起きた食料を巡る凄惨な戦争ではなかった。

 

 プライドや見栄に固執した者と、種の補完に拘った者の戦いだ。長老と呼ばれる年長者に付いていく者とそれ以外の者では、後者の方が数も多く、戦争というより小競り合いの域を出なかった。結果として年長者が大幅に減る事になったが、今後の事を考えれば子供が減るよりは些細な問題だ。ザリュースが企てた間引きの予定調和を外れず、適度な数に間引きされて部族の境界まで取っ払われた。

 

 ゼンベル率いる血の気の多い部族“竜牙”、その一族全てがナザリックについた事も戦況を有利に進めた。

 

「そっか、じゃあ死体は持って帰るね。代わりに食料持ってきたから」

「ありがたく存じます。アウラ・ベラ・フィオーラ様」

 

 知性の高い族長は深く頭を下げた。

 

「それで、今度は違う問題がでてるんですがよぉ」

 

 ゼンベルは慣れない敬語を使っているため、言葉に違和感がある。白いリザードマンが不安そうに切り出した。

 

「フィオーラ様」

「アウラでいいよ」

「失礼しました。アウラ様、どうやら蛙人(トードマン)が攻めてくるようなのです」

蛙人(トードマン)?」

「彼らが様子を窺うついでに攻めて来たのが数日前。それを撃退した際、カルネ村から持ってきたポーションを使いきってしまったんです」

 

 ンフィーレアが空き瓶を取り出して振ったが、中に液体は入っていなかった。

 

「ふーん。そいつらって強いの?」

「いえ、はっきりいうと我々が弱いのです。アウラ様の連れて来られた魔獣一体で、全滅が可能でしょう」

「なんだぁ、大したことないじゃん」

「御助力頂けるのですか?」

「いーよー。アインズ様も死体を欲しがってたし、お土産にちょうどいいね。アインズ様が心配してるアンデッドの素材になればいいけど」

「ありがとうございます」

「では我々も早速、準備を――」

「あたし一人で足りるよ」

 

 彼女は森の妖精(ドライアード)の手伝いで忙しい弟に引き換え、時間が大いに余っていた。暇つぶしに種族を全滅させるというだけのことで、主人の役に立つ”仕事”ができるのは嬉しかった。

 

 首尾よく運べば、アインズのご褒美も期待できる。

 

「あの、僕も連れて行って下さい。」

「やだよ。面倒くさいし」

 

 ンフィーレアのお供の少年は、魔獣にしがみつけるかも怪しい。一緒に連れていっても役に立たないが、彼の生死そのものに興味がわかなかった。

 

「僕もアウラ様みたいに強くなりたいんです!」

「えー……じゃあフェンに乗れば? 落ちても助けないし、死んでも知らないよ?」

「はい! 頑張ります!」

「あ……あー。アウラ様、彼をよろしくお願いします」

 

 ンフィーレアは少年を止めようとしたが、話の流れに間に合わず、それだけ言うのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 アウラはケツァコアトルの上から、フェンに必死で掴まる少年を振り返った。

 

 フェンにゆっくり走ってと指示を出してはいない。彼女からすれば落ちて死んだとしても興味はなかった。フェンがとても優しいなどと、予想すらしなかった。

 

 三匹の最後尾を走るフェンは、明らかに走る速度を落としていた。全力で走ったら、少年は吹っ飛んで木に激突していた。

 

 程なくして湖の反対側にあるトードマンたちの集落へ到着する。

 

「フェンは優しいなー」

 

 遅れて到着したフェンの顎を撫でると、嬉しそうにキューンと鳴いた。必死でしがみついていた少年は話す気力もなく、フェンの上で息を荒くしていた。

 

「こんちわー!」

 

 初めから皆殺しにしてもよかったのだが、一応どんな種族か見ようと声をかけた。

 

「……げっ」

 

 ロロロがいたケースもあったので何かいればいいな、と思っていたが彼らの姿にアウラはとても後悔する。ギョロッとした飛び出そうな目玉、体を覆う大量のイボ、表面はヌメヌメした粘液で覆われて光っている。蛙に似た亜人ではなく、二足歩行で歩く普通のイボカエルだ。

 

「ゲロ。なんだお前ら」

「……悪いんだけど、リザードマンはあたし達のだから手を出さないで貰える?」

 

 なるべく控えめにいったつもりだったが、それがかえって彼らの増長を助けた。

 

「ゲッゲッゲ。馬鹿かこいつ。」

「ああ、馬鹿だな」

「変な奴らに襲われて弱っている今が攻め時だ」

 

 蛙たちはゲロゲロと笑いあっている。

 

「や、やややめろ! あの人達は大事な仲間なななんだ!」

 

 リザードマンと僅かな期間をともに過ごした少年が、怯えを懸命に抑えて震えながらもこれに反論した。

 

(ふーん……)

 

 アウラは少年を少しだけ見直した。フェンに乗ったままでなければ、もう少し評価が上がったところだが、レベルの低い彼には難しい。

 

「大人しくするなら部族全てを滅ぼさずに済ませるけど?」

 

ナザリックがこんな汚い蛙共に馬鹿にされたのが気に入らなかった。

ここで跪いていれば彼らは助かったかもしれないが、その選択肢は選ぶことが出来なかった。

 

「ギャッギャッギャ!」

「どこかの馬鹿どもにやられた奴らはこのまま滅びるんだ。」

「骸骨なんかに負けたそうだな、俺達だったら簡単に倒してたぜ!」

 

 彼らは非常に素早くアウラの怒りに触れた。

 

 アウラが腰から取り出した鞭を大きく振ると、近くにいた蛙はまとめて千切れた。腰のあたりから引きちぎれた彼らの臓物が辺りに散らばり、周囲は生臭さで溢れる。

 

「みんな、殺していいからね。死体は後で持ち帰るから、あまりバラバラにしないでね」

 

 魔獣は主の命を受け、三匹とも嬉しそうに吠えた。フェンは背中に乗せていた“荷物”をアウラに向かって放り投げる。ゆっくりと放物線を描いて投げられた少年はアウラに抱き留められた。

 

(あ……いい匂い)

 

 少年の鼓動は、今まで生きてきた中で最も高鳴る。

 

 無言でさっさと地面に降ろされ、内心はとても残念だった。アウラは蛙たちの殺戮に興じる、可愛い魔獣達の頑張りを嬉しそうに見ている。その横顔から少年は目が離せなかった。

 

 戦いは一方的で、蜥蜴人(リザードマン)と対等以上に戦える程度の蛙人(トードマン)に初めから勝ち目はなかった。食料としての価値すら見出してもらえず、蟻を踏み潰すかの如くあっさりと殺され続ける。神話や伝説に名を連ねる魔獣達は、老若男女一匹も漏らさずに順調に壊滅させていった。

 

「うえー汚いなあ……」

 

 引きちぎられた内臓が周辺にばら撒かれ、アウラは嫌悪感を隠せずにいる。少年は初めて見る生物の内臓に吐き気を堪えるので必死だった。

 

 蛙人(トードマン)が絶滅するのにさほどの時間はいらなかった。

 

「全部殺したからアインズ様に連絡しようっと」

 

 すぐに《伝言(メッセージ)》を飛ばし、主に報告をする。

 

《アウラか?》

《アインズ様、トードマンが戦争を仕掛けようとしていたので全滅させました》

 

(うぇ! マジで!?)

 

 命令外の注文までこなした彼女に激しく驚いたが、精神の沈静化で覆い隠した。アインズの声はあたかも予想していたかのように落ち着きを払っている。

 

《……ほう。アウラよ、勝手に交戦しては駄目じゃないか。相手が未知の武器を持っていたら大事なお前が傷を負ったのかもしれないのだぞ》

 

 勿論、守護者の自立意志を改めて証明する喜ばしい成果だと考えていた。

 

《可愛いお前に何かあったら、ぶくぶく茶釜さんも悲しむだろう?》

《はい……ごめんなさい、アインズ様》

 

 通話だけで顔は見られないが、内心は可愛いと言われた事で有頂天になる。彼女の顔は緩んでいた。

 

《構わないとも、アウラ。予想以上にお前は優秀な子だ。これでアンデッド作成の実験がはかどり、進行中の計画も進展するだろう。よくやったぞ、アウラ。死体はこちらで引き取る者を手配するので、安心して帰還せよ》

《ありがとうございます、アインズ様!》

 

 褒められた事に喜び、健やかな笑みを浮かべる。声は周りの者には聞こえないが、アウラの満面の笑みは少年からよく見えた。

 

(なんでだろう。同じくらいの男の子にドキドキするなんて……僕はおかしくなっちゃったのかな……?)

 

「さて、みんな帰るよー。あんたもフェンにお礼いいなよ。わざと遅く走ってくれたんだからさー」

「は、はい! ありがとうございます、フェンさん」

 

 礼を言われた大狼は、気にするなとでも言いたげに鼻を鳴らした。彼らが立ち去った後には、蛙の死体が大量に残されるばかりだった。

 

 

 蛙人(トードマン)達はその低い知性によって片手間で全滅し、蜥蜴人(リザードマン)の周辺から完全に姿を消した。弱者が強者により淘汰される事は自然の摂理の一環であり、他に何の意味もなかった。こうして敵を失った蜥蜴人(リザードマン)達はひょうたん湖全てを領地とし、魚の養殖は順調に進んでいく。

 

 

 アウラに懸想しつつ同性愛の性的嗜好に悩む少年は、リンゴが大好きな妹をカルネ村に残し、集落での魚の養殖に、本格的に取り組む。

 

 アウラ個人の信者となった少年は、知識を少しずつ増やし続け、魚の養殖人としての知識を彼らと共に蓄えていく。

 

 自身を同性愛者と勘違いし苦悩しながらも、稀にロロロに会いに来るアウラの顔をみては舞い上がっていた。

 

 

 一部の蛙人(トードマン)は耐性、レベル共に高く、中位のアンデッド作成に使用できるのが三体ほどあった。

 

 種に困窮していたアインズは悦び、デミウルゴスの王国乗っ取り作戦は滞りなく進んだ。

 

 

 




蒼薔薇の伝言に気付く日→10日後
クライムの子犬度→7 現在23

使者→4 アウラ
カルネ村の助っ人 ンフィーレア(固定)
→6 ヤトに拉致られた子供

再抽選→1d4《1兄 2妹 3兄妹 4その他の子》 →1兄

少年の好感度 → 20 クリティカル

修正時の追加ダイス
レベルアップダイス追加 《00は100%扱い》
ガゼフ →80%
ブレイン→90%
クライム→10%  …。

クライムが実はレベルが上がっている可能性→60% 成功


族長クラスの蛙さんが中位アンデッドの素材に使えるのは設定改編です
原作では不可能だと思います。


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