モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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南 修羅モード
北 インフェルノ(作者のレベル的にも)




八咫鏡-昴前哨戦

 

 王都の夜、月光が王都全域へ差し込み、静かに犯罪組織の暗殺を照らした。全員、所定の位置に潜伏し、後は帝国を待つばかりだ。

 

「お兄ちゃん、時間だよー」

 

 ヤトの腕時計から、かつての仲間が幼い声を装い、殺戮の定刻を伝えた。隣の下位冒険者は怪訝な目でヤトを見上げていた。引き抜かれた長太刀に月光が反射し、冒険者の背筋に悪寒が走った。

 

「さあ、始めようぜ」

「はい。では先発を」

「いや、必要ない。俺が一人で突入するから、逃げていく腰抜けどもを任せる」

 

 相手の返事を待たずに駆け出し、ドアを右足で蹴破った。ドアはそのまま外れて飛んでいき、通路の壁に激突し建物全体に侵入者を大声で知らせた。

 

「全員出てこい! 土下座をして命を乞え!」

 

 演技(ロールプレイ)が下手くそな彼の夜は始まったばかりだ。

 

 

 更に同刻、王都の対面、東で、漆黒のモモンは二本の大剣を引き抜いた。

 

「そろそろ突入している頃か。では我々も行こう」

「モモン殿、一人で先陣を切るのですか?」

「問題ない。安心して付いてきてくれ」

 

 盗賊スキルがないモモンは、ドアにグレートソードを突き立てた。何も知らない哀れな構成員は、肉塊となって拠点を紅に染め、月光は血の赤を引き立てた。

 

 拠点に六腕がいないと知り、東西で先陣を切った二人の英雄は、それぞれの場所で同様に呟いた。

 

「外れだ……」

「外れか……」

 

 

 六腕は四人しか残っていない。ナザリック勢にあてがってしまうと、時間稼ぎにもならない。セバスとナーベも、雑魚しかいない拠点の制圧を開始した。自然と六腕の4人は残りの場所に配置され、南北は存外、苦戦を強いられていた。

 

 

 

 

 ”蒼の薔薇”は北の拠点の扉をぶち破った。北の拠点は二か所が隣接する大型拠点だった。彼女達にとってははなはだ迷惑なことに、目的の”闘鬼”ゼロとエドストレームの二人が立ち塞がった。

 

 扉をぶち破ったガガーランは、冷や汗を流しながらも平静を装い、片手を上げて気さくに挨拶した。

 

「よお、いい夜じゃねぇか」

「蒼の薔薇……ここは暗殺部門の元締めだ……俺達の邪魔をするな」

「……」

 

 会話が棒読みのゼロと何も話さないエドストレームは、ガガーランの挨拶には応えず、命じられた言葉を淡々と喋った。後方支援のイビルアイが吐き捨てるように言った。

 

「ふん、やはり内紛か。暗殺部門と警備部門が喧嘩でも始めたとでもいうのか?」

「油断しないでイビルアイ。あれが闘鬼ゼロよ」

「大きい拠点を選んで正解」

「六腕と暗殺部門、どっちも潰せる」

「馬鹿が……俺達の邪魔を……」

 

 ゼロが言い終わる前に、イビルアイが魔法を唱えだす。

 

 (タンク)役のガガーランが刺突戦鎚を構え、皆の前に出た。

 

「ティア、ティナ。私達はあちらの女性を」

 

 高レベルのイビルアイを邪魔してはならない。双子は同時に頷き、距離を取るために横へ移動していく。エドストレームはその意を汲んで、ゼロから大きく距離を取った。彼女はここで死ぬ以外の命令はされていなかった。

 

「うおお!」

 

 ゼロの一撃を武器で相殺したが、全ての勢いを殺せずガガーランは大きく後ずさる。

 

「《クリスタルランス/水晶騎士槍》!」

 

 イビルアイは隙を逃さず、魔法による一撃を放った。

 

 直撃を食らい、胸に風穴を空けられたゼロは、息も絶え絶えに地面に横たわった。彼も指示された台詞を言い終えれば、与えられた役目が終わる。

 

 小さく赤いフードがマグロの値踏みをするように彼に歩み寄った。

 

「馬鹿が……俺達は暗殺部門の暴走を止めにきた……もう終わりだ……この国は亡びる」

「言い訳はあとで聞いてやる。心臓を貫いてはいないのだから、ラキュースが来たら生きられる程度までは回復をしてやろう」

「ここで殺しちまってもいいと思うがな」

 

 ガガーランにいつもの茶化した雰囲気はなかった。彼らのこれまでの悪行を考えれば、ここで殺してもお釣りがくる。

 

「聞け……内乱により暗殺部門は暴走した。禁呪のマジックアイテムを発動し……奴らを止めろ」

 

 命じられたとおりに、妙な間を空けながら棒読みで話す彼の言葉は、まるで信憑性に欠けていた。やがてラキュース達がエドストレームを倒し、戻ってきた。あまりの手ごたえの無さに、彼女たちも首を傾げていた。

 

「お疲れ様。こちらは終わったわよ。どうしたの、二人とも」

「暗殺部門が何かを企んでいるようだな」

「奴らを止めろって言ってんだけどよ、どうする?」

「様子を見てきましょうか。二人ともたの―― 」

 

 ラキュースの言葉を遮り、目的地であった彼らの拠点から二本の火柱があがる。

 

 拠点二つを焼き尽くせるほどの、巨大な炎は天まで伸び、王都全域へ作戦開始を通達した。

 

 東西の四か所で火柱を目撃した各員は、開始に際して気を引き締めた。

 

「行くぞ、ヤト」

「わかったよ、アインズさん」

 

 聞えていなくても会話しているかのように呟いた。

 

 

 

 

 一仕事終えたヤトが石に腰かけて休憩していたところ、拠点内から誰かの悲鳴が聞こえ、冒険者達が逃げてくる。顔面蒼白の彼らは、死の恐怖に顔をひきつらせた。

 

「どうした?」

「アンデッドが! 化け物がぁ!」

「なんだあの化け物は!」

 

 ゆっくりした足取りで、血を滴らせるアンデッド二体が屋敷内から出てきた。

 

 笑顔が描かれた仮面、両手の指がメスへ変化した不死者。

 

 両手に鉤を構え、体中を包帯で覆った屈強な不死者。

 

 入口からは多量のスケルトンが見え隠れしている。彼らは項垂れたまま動く気配がなかった。屋敷内から溢れるスケルトンで周囲が包囲されるのも時間の問題だ。

 

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)屍収集家(コープスコレクター)……」

「あれは何なんだ!」

「どうやら想定外の事態が起きたらしいな。全員下がって周囲の警戒を。こいつらは俺が殺す」

 

 ヤトは白い小太刀と長めの黒刀を両手にそれぞれ構え、アンデッド達へ向かっていった。

 

「行くぞ、亡者共!」

 

 久しぶりに使う聖属性小太刀のために仕組んだ練習試合だった。襲い掛かってくるまで待つ予定だったが、我慢が出来そうになかった。この地点のみ、他に比べてかなり早く交戦を始める。

 

超斬撃衝撃波(ギガスラッシュ)!」

 

 彼は戦闘訓練の経験がない。余計なMPの消費とスキルの浪費が、制限付きの肉体へどのような事態を招くかなど考えもしなかった。

 

 

 

 

 自由なヤトとは違い、モモンに扮したアインズに時間的余裕はない。モモンは両手で剣を大きく伸ばし、体を回転させて周囲のスケルトンを薙ぎ払った。彼の担当する東には、スケルトンしか配置されていないが、すぐに移動しなければならない。

 

「皆、警戒を怠るな! 何が起きているのか不明だが、スケルトンなど恐れるに足りない!」

 

 ミスリル級冒険者達は彼の鼓舞により、冷静さを徐々に取り戻す。

 

「そ、そうだ! 相手がスケルトンなら俺達でも十分だ! モモン殿、ナーベ嬢を助けてやってくれ!」

「すまない、あちらが問題無ければ戻ってくる。少しの間、ここは任せるぞ」

「任せてくれ! 英雄の殿(しんがり)くらいは務めてみせる!」

 

 救国の英雄と名高い彼に頼まれ、彼らは闘志を燃え上がらせた。

 

 モモンはナーベの担当している方角へ、全速力で走った。途中で立ち止まり、周囲を窺って草むらへ身を隠す。尾行や監視が無いのを確認し、用意された隠れ家へ入っていった。

 

 

 

 

 王都の北方では、屋敷を燃やし尽くした炎が消え、焼け跡から三体のアンデッドが現れた。

 

 全身が骨で構築され、その形は馬に似ている。四つ足で悠然と進む体全体から、黄色い霧が立ち上っていた。不味いものが出たと、全員が直感した。

 

「イビルアイ、あれは?」

「ヤバイやつ?」

魂食い(ソウルイーター)だ。三体でビーストマン十万を殺戮したという……」

「私達の難度は九十と言われているけど、あれはどのくらいだと思う?」

「百から百五十だ……」

「おいおい……マジかよ」

「残りMPにもよるが……倒せても一体か二体だ。逃げた方が賢明だが、どうする?」

「それは無理よ。私達が逃げたら、王国が滅びることになるもの」

 

 気楽に話しているが、全員が死を予感した。せめて、蘇生魔法が使えるラキュースだけが生き残れば、隊として復帰はできる。武器を握る手が汗ばみ、敵の一挙手一投足で冷や汗がでた。

 

「近寄ってくる! 離れろ!」

 

 三体の魂食い(ソウルイーター)は、ゆっくりした所作で倒れているゼロに近づいてくる。距離を詰めさせまいと、彼女達も後方へ下がった。馬が倒れている主を心配するような動きで、鼻先をゼロの胸へ降ろした。

 

 ゼロに近寄った一体の、体から立ち上る霧の量が大きくなった。

 

「魂を……喰らっているのか」

 

 骨の馬は月を見上げ、セイレーンを思わせる甲高い声を上げた。高音の咆哮は遥か彼方まで進んでいく。月光に照らされて白磁の骨を輝かせ、魂を食べて強さを増した魂食い(ソウルイーター)はその場に腰を下ろした。

 

 他の二匹も動かず、こちらの様子を窺っていた。

 

「何が起きているの?」

 

 王都にいる任務中の冒険者たち全て、脳の中で反響する低い声を聞いた。

 

《初めまして、王国の冒険者諸君。私はナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウン》

 

 聞こえた者達は周囲を探すが、誰の姿も発見できなかった。

 

《ヤトとセバスが世話になっている。今、王国に起きているのは禁呪、死の螺旋によるアンデッド召喚術。我々が八咫鏡(やたのかがみ)と呼ぶものだ》

 

《術式はこちらで解除するが、解除と同時に彼らは襲い掛かってくる。術式の解除に必要な時間は十分程度だ、その間に各自武装を整え、交戦に備えてくれたまえ》

 

《ヤト、おまえは北に向かい蒼の薔薇を助けよ。あそこにいる物はまずい。漆黒の英雄モモン殿、御助力を頼んでも構わないか?》

 

 誰にもモモンの姿は見えなかったが、返事をしたらしく話が先に進められた。

 

《感謝する。二人共、急ぎ北へ向かえ。他の地点にはナザリックから援軍を寄越そう。術式の解除後、召喚されたアンデッド達を全て倒せば終わりだ。高位の神官を中心部の広場へ向かわせる、怪我人と犠牲者の死体はそちらへ運べ》

 

《行け、ナザリック地下大墳墓の玉座を守りし戦闘メイド、プレアデス達よ》

 

 

 

 

 ガゼフストロノーフは上空を見上げて笑みを浮かべる。姿は見えなかったが、彼の姿は海馬から容易に再生ができた。底が知れない大魔法詠唱者(マジックキャスター)、アインズ・ウール・ゴウンはこちらへ協力をしてくれている。

 

「ゴウン殿、久しいな。流石はヤトの主だ」

 

 ガゼフの部隊は、デスナイト二体、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)一体と向かい合ったまま、膠着状態だった。アインズの指示通り、敵は動かずにこちらを見ていた。

 

「総員、敵の攻勢に備えろ! 援軍まで持ち堪え、一人も死ぬな。絶対に生きて帰還しろ!」

 

 尊敬する隊長の鼓舞に、兵士たちは剣を掲げ叫んだ。

 

 ガゼフはこの世界でも最も頼りになる存在を背後に感じながら、当たり前の正義を貫ける幸運を噛みしめた。

 

 

 

 北では“蒼の薔薇”が、ガゼフ隊と同様に魂食い(ソウルイーター)と向き合い動けずにいた。

 

「聞いたか、ラキュース。英雄が二人もこちらに向かってくるぜ。」

「ええ、あれがヤトの主なのね」

「持ちこたえられる?」

「奴らが連携を取らなければ、二匹は倒せるかもしれん。そうでなければ逃げ回るだけで精一杯だな」

「鬼ボスがいれば生き返る。私達でやる」

「私だけ逃げ回る訳には――」

「おいおい、落ち着けよラキュース。おまえが死んだら誰が生き返らせてくれんだよ」

「修羅場は慣れてる」

「生きてたらナザリック」

「わかった……無様に逃げ回ってもいいから、なるべく死なないでね」

 

 視界の端で魂食い(ソウルイーター)が立ち上がるのが見えた。

 

 絶望的な戦力差で、それでも彼女らは剣を取った。

 

 

 

 

 中位アンデッド二体を倒したヤトは、冒険者達と周囲の警戒をしていた。先ほどのアンデッドはすぐに屠れたものの、増援がないとは限らない。膨らんだ上弦の月は満月と変わらない眩しさで夜を照らしていた。

 

 物陰から足音がする。顔を向けると、メガネをかけ、髪を夜会巻きにした知的な美女がこちらへ歩いてくる。見慣れた顔を凝視するのも悪いと思い、視線を月に戻した。彼女はヤトの傍らに立ち、目を伏せて頭を下げた。

 

「お久しぶりでございます、ヤトノカミ様」

「ユリ、お前がこの地区担当か」

「はい、御下命を賜っております。後は私にお任せを」

「わかった。俺は蒼の薔薇の増援に向かう。冒険者を守り、アンデッド共を全て殺せ」

「仰せのままに」

 

 ユリは微笑み、両手を前で組んでお辞儀をした。その動作は洗練された美しいメイドのそれだった。

 

 いつの間にか増えた人影に気付き、冒険者が近づいてきた。

 

「あの……ヤトノカミさん、彼女は?」

「ああ、紹介しよう。ナザリックの戦闘メイド、ユリ・アルファだ」

「メイドが援軍……なのですか?」

「安心してくれ。ここを更地にできる程度には強いから」

「……」

 

 とても信じてはもらえなそうにない。これ以上の説明は時間の無駄と思い、ヤトは立ち上がった。どのみち、戦闘が始まれば嫌でも彼女の実力は知れる。

 

「任せたぞ、ユリ」

「はい、後程お会い致しましょう」

 

 ユリの一礼を待たずに、ヤトの姿は蜃気楼のように揺らいで消えた。やがて、上空から骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が二体降りてくる。突然の敵増援部隊に、統率の取れていない冒険者たちは恐慌状態に陥った。

 

「ひっ! 勝てるわけがない!」

「皆さま、落ち着いてください。あれは私が引き受けます。周辺の警戒、雑魚の討伐を」

 

グオオオオオ!

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)二体の咆哮が周辺に響き渡り、騒音で体の水分を震わせた。ユリは落ち着いた動作で、両手にガントレットを嵌めた。

 

「プレアデスがユリ・アルファ。至高の御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様の命により、敵対アンデッドへ、鉄槌を!」

 

 打撃属性に弱い骨系モンスターは、モンクの彼女に最適の相手だ。魔法が効かない相手だったが、スケルトン系のモンスターは総じて打撃に弱い。瞬時に距離を詰めたユリの一撃は、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の片足を粉砕した。

 

「おお!」

 

 つい今し方まで疑っていた冒険者から歓声があがる。一体の頭骨を粉砕したあたりで、現金なもので、恐慌状態から復帰した冒険者はスケルトンの討伐を開始した。

 

「術式の解除までまだ時間があります! 雑魚を逃がさないで下さい!」

 

 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を撲殺しながら呼びかけた。見惚れていた数名の冒険者たちは我に返り、スケルトンの雑魚の掃討へ移る。

 

 この地域のアンデッドは、任務に燃えるユリの両手(ガントレット)によって術式解除前に全て討伐された。

 

 

 

 

 ナーベは敵が体を揺らしてこちらを眺めているのを、同じようにぼんやりと見ていた。この後の流れは、味方増援を受け入れ、モモンと合流して北へ向かうのだ。余計な戦闘を開始してモモンの邪魔はできない。

 

 いつ襲ってくるかわからないデスナイト三体に、下位冒険者は何もしないナーベに苛立っていた。彼らにしてみれば見たことも無い恐ろしいアンデッドで、彼女より格下の自覚がある冒険者には死活問題だ。

 

「ナーベ殿、これは一体……何を相手にしているのだ!」

 

 ナーベは反応を示さず、詰め寄ろうとした彼と彼女の中間地点から緩んだ女性の声がした。

 

「こんにちわぁ」

「ひっ!」

 

 声を掛けられた冒険者は、体が跳ねあげて驚いた。

 

「援軍なのですぅ」

 

 エントマが手で口元を隠し、嬉しそうに目で笑う。口元を隠したのは冒険者が美味しそうだったからで、目が笑ったのは姉のナーベと久しぶりに会ったからだ。

 

 ナーベも久しぶりに会った妹に微笑んだ。

 

「エントマ。よろしく頼むわね」

「はぁい、任せてぇ」

「そこの羽虫は捕らえた貴族と娼婦達を守って屋敷の警戒を。ここにいると彼女の戦闘に巻き込まれて潰されますよ」

「はいぃ! 畏まりました!」

 

 彼は態度を一変させ、足をもつれさせながら走り去った。男性なら美女に会えたことを喜ぶべきだが、表情の動かない女性に感じる不穏な気配は、敵のデスナイトよりも恐ろしかった。

 

「じゃぁ、始めちゃいますぅ」

 

 開始から全開のエントマは、背中から四本の蜘蛛の脚を出し、敵に向かって進軍を開始した。エントマの人形が蜘蛛の脚にぶら下がっている光景は、目撃した者に深く印象付けられた。

 

 ここに配置された冒険者達は、一人の例外なく、心に深い傷をおった。

 

 蜘蛛を見てこの日の恐怖を思い出し、大多数が冒険者を引退した。

 

 

 

 

「うわあ!」

 

 騎士が叫び、紙一重で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の足を避けた。哀れな騎士は体勢を崩したことで、目の前に立ったデスナイトの一撃を避けられなかった。上下に分かたれた彼は無残に道路に赤い絨毯を広げ、ガゼフのこめかみに怒りの血管を浮き出した。

 

「隊長!」

「くそ! 何人やられた!」

「五名が戦闘不能!」

「援軍が来るまで持ちこたえろ! 死ななければ勝ちだ!」

 

 部下に気を取られていた彼の目前に、デスナイトのフランベルジュが迫る。

 

「隊長!」

 

 単調な攻撃は容易に軌道が読めたが、人間を辞めた彼の一撃に耐えられるかわからず、ガゼフは殉死の覚悟を決めた。

 

 直後、鼓膜を破ろうとする甲高い金属音が鳴り、ガゼフの命を奪おうとしたフランベルジュは飛ばされた。弾かれた武器は家屋の側面に突き刺さり、武器を奪われたデスナイトは不思議そうに掌を眺めていた。

 

「助けに……きた」

 

 か細い声につられて顔を向ければ、赤金のロングヘアに迷彩模様のアイパッチとマフラーをしたシズ・デルタ(CZ2128・Δ)が、建物の屋上からこちらを見下ろしていた。体に釣り合わない大きな銃から、標準の赤い光がデスナイトへ当てられている。

 

「援軍か……感謝する! 全軍、突撃だ!」

 

 シズの援護射撃により、デスナイトの武器と大盾は弾き飛ばされ、一気に攻め込むならここが好機だ。しかし、武器が無くてもデスナイトは強く、肉弾戦でも充分に負ける要因だった。

 

 シズは装備品の変更を行った。

 

 走り出した騎士団は、先で待ち構えているデスナイトよりも、背後で光を溜め込んでいるシズの大銃こそ脅威だと、道の左右に別れた。余計なものがいなくなった道には、デスナイトと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が一直線に見えていた。

 

自動照準(オートロック)……充電……撃鉄……発射(シュート)

 

 放たれた光線はデスナイトの体に大穴を開けて貫通し、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)まで届いた。光線は竜の体を正面から打ち抜き、光の通り道には何も残らなかった。

 

 騎士は戦場に関わらず未知なる力に呆然と立ち尽くす。

 

「凄いものだ……ナザリックの武力は」

「はい、それにとてもお美しいです」

「そうだな……? 我々もいいところを見せに行くぞ」

 

 胴体部分を失ってなお手足だけでもがく、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)へ向かっていった。突撃しようとした騎士団は、よちよち歩きのイワトビペンギンに邪魔をされる。彼は騎士たちの前に武蔵坊弁慶よろしく立ちはだかり、御自慢のカールした金髪を櫛で梳いた。

 

「お待ちください、ここは既に陥落したとみていいのではありませんか」

「……」

 

 ガゼフと部下の騎士たちは、目を見開き動作を停止した。アンデッドが出現した時とは違った意味で、言葉も出てこなかった。

 

「私はナザリックの副執事長、エクレア・エクレール・エイクレアーです。親しみを込めてエクレアとお呼びください」

 

 左手を腹部に当てて器用にお辞儀をする”彼”の所作は、訓練された執事のそれっぽく見えたが、ただのペンギンにも見えた。

 

「早速ですが、諸君らは執事に興味はありませんか?」

「……いや、我々は王国の騎士団なので」

「男性執事はアインズ様の御付きはできませんが、やりがいのある仕事があります。これを機に転職を考えてみてはいかがでしょう」

「……すまない、戦闘中なのだが」

「戦闘はシズがいれば問題ありません。よろしければあちらで詳しい話などをさせて頂きたい」

 

 シズが射撃によってアンデッドを全て打ち抜いても、イワトビペンギンによるガゼフ勧誘は続いた。

 

 出鼻をくじかれた騎士たちは、

 

 

 

 

 王都の南東で、ブレインとクライムは全力疾走していた。

 

 ガゼフから借り受けた騎士数名を前に走らせ、殿として最後尾を走る。彼らのすぐ後ろからスケルトンで構成された巨人、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)が、建物を潰しながら這い寄ってくる。

 

 巨人の手は、今にもブレインとクライムを体内の一部にしてしまおうと手を伸ばし、二人は必死で巨大な手を躱した。いつまで持つかわからず、クライムは悲鳴を上げた。

 

「無理です! ブレイン様! あんなものに勝てるわけが!」

「いいから走れぇ!」

 

 再び、二人へ巨大な手が振り下ろされようとしていた。地を這う巨人は手が届く距離まで迫り、彼らは激痛を予感して歯を食いしばった。

 

 巨大な人骨の腕は掲げて止まり、腕の先からスケルトンに分解されて周辺に散乱し、大量の骨となって石畳の路地に転がった。分解されたスケルトンは負の原動力を巨人の動作に使い果たし、五体満足だが二度と機能を再開しなかった。

 

「な、なんだ。どうしたんだ」

 

 大量の骨の山の中がもぞもぞと動き、中からメイド服を着た金髪の美女が現れる。彼女は緩慢な動作で骨の山を下り、体に着いた汚れを払った。

 

「ふぅ……こちらは終わりましたわ。ご安心下さいませ」

 

 貴族の令嬢を思わせる振る舞いで、スカートのすそを軽く上げてお辞儀をした。逃げていた騎士たちも戻り、胸に手を当てて挨拶をするその仕草に、ブレイン以外は見惚れた。

 

「プレアデスはソリュシャン・イプシロンですわ、宜しくお願い致します」

「ああ……援軍か。助かったぜ」

 

 安心したブレインは、地面にへたり込む。

 

「さあ、皆様。中央広場に移動しましょう。けが人の手当てを致しますわ」

 

 瞳に暗い光が宿っているが、絶世の美女と言っても過言ではない美しさだ。誰も彼女以上の美人を知らなかった。クライムでさえ、主とどちらが綺麗かと脳裏を天秤が過る。

 

(あら、見惚れているのね。何人か食べちゃってもいいかしら)

 

 眼差しに熱を込める騎士とクライム、冷徹に餌を値踏みするソリュシャンと、双方は激しい温度差があった。ソリュシャンはリーダー格らしきブレインに近寄り、座り込む彼を見下ろし、彼もまたソリュシャンを見上げた。

 

「なあ、あんた。どうやって倒したんだ?」

「中に入り込んで核の部分を破壊しただけですわ」

「そうか、もう俺の出番はなさそうだな」

 

 自嘲気味に笑うブレインに、ソリュシャンは美味しそうな男を見つけて、女神のように微笑んだ。

 

 彼が女好きだったら命が無かったかもしれない。

 

 

 

 

 

「さあ、あなたが最後です。すぐに逃げなさい」

「あ、え、う……」

 

 ツアレと名乗った女性は冒険者に引き継がれた。

 

「セバス殿、彼女達は我々が守ります。アレには勝てませんので」

「畏まりました。敵はお任せ下さい」

 

 作戦通りに娼館を襲撃した彼らは、遊んでいた貴族、遊ばれていた娼婦を無事に確保していた。

 

「敵はデスナイト三体です。私一人で問題ありません」

 

 この地域にスケルトンは配置されていない。雑魚に気を取られ、今後も王都で活躍をするであろうセバスの強さを、冒険者の記憶に焼き付けるためだ。相手がデスナイト三体であれば申し分ない。

 

「術式の解除を待ち、交戦と致しましょう」

 

 セバスは交戦に備え、中断に構えた。

 

 やがて彼らは襲い掛かってくる。

 

 人間形態の彼は、一般的に手を抜いた状態なのだが、デスナイトを一撃で倒せるダメージは負わせた。セバスは無駄な動きをせず、一撃でデスナイトの頭を胴体から飛ばしていく。頭は周辺の家屋へぶつかり、腐ったトマトのように赤黒い液体を滴らせて潰れた。

 

 デスナイトの耐久力は必ず持ち堪えるというもので、頭を飛ばしたくらいで彼らは怯まない。

 

「化け物か……」

「ああ、あの化け物、頭を飛ばされ――」

「セバスさんが、だ」

 

 彼の言うことももっともだ。

 

 頭を飛ばしてもセバスに油断した様子はない。頭部が無くても攻撃を続けることを知っていたかのように、セバスはアンデッドが死に切るまで拳をとめない。その容赦のない振る舞いは、鬼神のような働きだ。

 

 三体のアンデッドが動かなくなって、彼は一息ついた。

 

「皆様、お疲れ様でした。我々は中央広場に移動を開始いたしましょう」

 

 和やかに微笑んだ。

 

 彼の圧倒的な強さを目の当たりにして、恐怖を覚える娼婦たちと貴族。そんな彼らの心情を理解したのか、セバスは黒く染まった拳を隠し、穏やかに微笑んだ。

 

「あ、あの、ありが……ござい……ます……」

「当然のことをしたまでです」

「泣いても……いいですか」

「どうぞ」

「うあああああ!」

 

 号泣するツアレはセバスの胸を濡らした。彼女の叫びで女性達の緊張が解れたのを感じ、セバスは北へ目を向ける。今ごろ交戦しているであろう人外の支配者へ。

 

「御武運を」

 

 

 

 

 正直なところ、ナーベは待機が苦手だ。考える必要がないので一見すると楽だが、忠誠を尽くせず、いつ現れるとも知れない来客、モモンを待っているのは時間の無駄遣いで、何の生産性もない。退屈はナーベの天敵になりつつあった。

 

 妹のエントマが周囲の家屋に足で穴を開け、空中戦を展開して暴れまわる姿を、ナーベは口を半開きにして見ていた。宝物殿領域守護者の顔に似て穴の開いた顔。退屈という天敵は美女の顔を埴輪に変える。

 

 モモンがこちらに駆け寄って来るのに気づき、真面目で美しい顔に戻した。

 

「ナーベ、我々は北へ向かう。フライで飛ばしてくれ」

「畏まりました。モモンさ……ん」

「ところでここの援軍はまだ到着していないのか?」

「いえ、あそこで交戦中です」

 

 エントマは背中から四本の巨大な蜘蛛の脚を生やし、デスナイト二体を相手に暴れている。攻撃を避ける際、足を広げて家に穴を開けながら上に躱していたため、周囲の家屋は穴だらけだ。

 

「……付近に冒険者の姿が見えないのだが」

「怯えて屋敷の中に入ってしまいました。娼婦たちの警護にあたっています」

「……そうか」

 

 もはや何も言うまいと諦めた。

 

「エントマ、私達は北へ向かう。先に注意しておくが、人を食べてはだめだぞ」

「はいぃ、畏まりましたぁ」

 

 巨大な脚にぶら下がった人形のように、体を左右にふらふら揺らしながら片手をあげた。

 

(プレアデスの配置をもう少し考えた方が良かったか)

 

 他の拠点はどうなっているかと気になり、アインズは最寄りの拠点も覗いておこうと考えた。その結果、到着が少し遅れるが、ヤトがいるなら問題ないだろうと思われた。

 

「行くぞ、ナーベ。私のいた地点も確認していこう」

「畏まりました」

「お気を付けてぇ」

 

 エントマはデスナイトと遊びながら、建物に穴を空けつづけた。

 

 モモン一行は北上し、ルプスレギナの担当拠点に着く。

 

 スケルトンと冒険者の構図が展開されているが、ルプスレギナの姿は見えない。それどころか、援軍に数を減らされた様子もない。数に押し切られて疲弊する冒険者側に、確実な犠牲が出始めていた。

 

 当のルプスレギナは周囲の屋上で、スケルトンが冒険者を虐待する戦況を、胡坐をかいて見ていた。

 

「うわーやばいっすねー。頑張れスケルトン。あぁ、もう、そこ! そこっすよ!」

 

 腕を振り回し、実況に熱が入った。

 

「いひひ、あの顔……ぐぎゃ!」

 

 頭に衝撃が走り、目から火花が出た。

 

 両手で頭を押さえ、恐る恐る振り返ると、拳骨を食らわしたモモンが腕を組んで立っていた。赤い光がルプスレギナを睨み、体から絶望のオーラが漏れている。

 

 明確に怒っていた。

 

「あ、アインズ様!」

「ルプスレギナ……お前は何をしているのだ」

「はい、監視していました。」

「早く彼らを助けろ……厳罰を食らいたいのか?」

 

 有無を言わさぬモモンの声は低く、支配者としてのそれだ。ルプスレギナは全身の毛穴が開くのを感じた。

 

「ひっ、も、申し訳ありません! すぐに行ってきます!」

 

 聖印を象った巨大な両手武器を取り出し、急いで屋上から飛び降りていった。

 

 このエリアの犠牲者が一番多かった。

 

 スケルトンを薙ぎ払い始めたルプスレギナを確認後、モモンはため息を吐いた。

 

「余計な事をしていたら遅くなってしまった。急ぐぞ、ナーベ」

「モモン様、ルプーが申し訳ありません」

「もうよい、それよりヤトが心配だ。常に眠気と戦う必要のある人化した体で、MPとスキルを使いながらあれに勝てるのか……」

 

 二人は北の死線へ急いだ。

 

 モモンの心配通り、北は無残なものだった。

 

 

 




ペンギンがいる確率→当たり
援軍《1二人で 2守護者と 3プレアデスと 4支配下の亜人や魔獣》
→プレアデス

蒼の薔薇に先に駆けつける→ヤト
配置ダイス《1ユリ 2ルプス 3ソリュシャン 4シズ 5エントマ》
ペスは中心にて怪我人の治療(確定)


補足
モブ冒険者のレベルは低めに設定してあります。

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