明け方、ナザリック地下大墳墓の円卓の間で、調理された大きなステーキが大皿に積み上げられていた。雄々しくそびえる肉の岩から流れる肉汁が、シャンデリアの照明を浴びて美しく光り、見た者の食欲を刺激して唾液を溢れさせた。
大蛇は頂上の肉へフォークを突き立て、口に運んでいく。咀嚼されることなく丸呑みにされ、飲み込まれる度に細長い身体が蠕動を繰り返した。
「肉、美味しいよ、モモンガさん。こんなのリアルじゃ見るもできないってのに」
「丸呑みしているのに味なんかわかるの?」
額に手を当てて呆れたモモンガは、眼窩の怪しい光で笑顔の大蛇を見つめた。蛇の笑顔は非常に理解しづらく、歪んでいる口元で笑顔だろうと判断した。蛇は次の肉にフォークを刺す。
「いやほら、ボクは蛇ですし。でも何の肉なんでしょうね」
「……人間?」
肉を運ぶ手が空中で静止し、それを迎え入れようとした口も開いて止まった。ややあって、肉は蛇の口にめがけ、再び動き出す。
「まさか、勘弁してくださいよ。モモンガさん」
「冗談だったけど、あながち冗談じゃないかもよ。ナザリックには例外の一人を除いて、人間がいないからね」
「それはまぁ……ン、そうなんですけどぉ」
話の途中で喉を大きくならし、肉を飲み込んだ。飲み込まれた旨そうな彼の位置は、蛇の体を降下していく膨らみで特定できた。
「……人間って誰でしたっけ」
「……桜の木」
「あ、そっか、いましたね」
「それよりどう思う? アウラの話」
「フォアイル、バーに酒を取りに行ってくれる? 一番いいやつを1瓶ね」
話を聞いているのか怪しい蛇はまともに返答をせず、フォアイルと呼ばれた金髪ショートカットの活発そうなメイドにお使いを頼んだ。
彼女は笑顔で頭を下げた。
「畏まりました、ヤトノカミ様。では失礼致します」
彼女が走り去ったのを確認したモモンガは、語尾を強くしてヤトを責めた。
「聞いているのか?」
「はい、すんません。えーと、北北西の森林内にリザードマンの集落、西に小さな村落でしたっけ?」
「そうだよ。二つも見つかったっていうから、アウラを急いで帰らせたんだよ」
「食うのに夢中ですみません」
謝っている大蛇からは反省の意が汲めず、モモンガは眉間に皺を寄せた。髑髏の彼が寄せ集めた透明な皺は誰にも見えない。
「食べても何の意味もないでしょう。飲食と睡眠が不要のアイテムを装備してるんだから」
「好奇心で」
「……それなら仕方ないね」
美味しそうな匂いを周囲に漂わせ、楽しそうに食欲を満たすヤトが少しだけ羨ましかった。骨の体では物を食べるなど夢のまた夢だ。
「それで、リザードマンといえば、ユグドラシルでは好戦的な種族だったと思うんだけど。湖に魚を飼っているって、何かの見間違いかな?」
「
「この世界の人間が、何かの皮を被った別のナニかでない限り、話は通じるだろうからね」
「みんな化け物だったりして」
「冗談に聞こえないな……」
もっとも恐ろしいのは、村人のレベルが100を超えていることだ。レベル100が上限のプレイヤーがレベル上限1000の世界に飛ばされれば、そこには絶望しか待っていない。
「手土産をもって情報収集に行けばいいじゃないスか。ここからそう離れてないんでしたっけ?」
「アウラを呼んで詳しい話を聞いてみよう」
モモンガはすぐに《
◆
敬愛する支配者の招集に舞い上がり、アウラは埃を舞い上げる全力疾走で駆けつけた。報告によると、百人近くの人間が農作業をしているのが見えたと言った。満面の笑みで報告をする彼女に報いようと、モモンガは星の砂の如く美しく流れる髪を掬い、頭を優しく撫でた。
赤色に頬を染めた彼女の口元が緩む。
「えへへ……」
親子のような二人はほのぼのとした雰囲気を漂わせ、周囲の者へおすそ分けしようとしていた。モモンガの姿は、家事を手伝った子供を褒める良き父親に見える。
「お役に立てて嬉しかったです! またなんでも仰ってください、モモンガ様!」
風を切る音を笛のように奏でながら、アウラは持ち場である第六階層に帰っていった。 邪魔をせぬようにドアの外で様子を窺っていたフォアイルが、入れ違いで入室した。
「お待たせ致しました、ヤトノカミ様」
茶色の液体で満たされた瓶が、ヤトの前に差し出される。散々に肉を飲み込んだ蛇の口元は微かに涎で濡れ、鱗を数枚だけ光らせた。蛇の肉体が酒を欲していた。
「ありがとう、フォアイル」
「滅相もありません、お役に立てて感激でございます」
一礼後に室外まで下がっていった。
「みんな大した忠誠ですね。モモンガさん」
肉を食べるのも、酒を飲むのも生まれて始めてだ。グラスに酒を満たして恐る恐る口をつけると、高級ウィスキーの芳香が立ち上った。そのまま一気に飲み干したが、毒無効の効果によって酔う事はなく、身体的な変化も見られなかった。
気分は少しだけ良くなった。
「本当だね、もし一人でここに転移してきたらと思うと、ゾッとするよ」
「あー……それは俺も怖いッスね。モモンガさんは、胃袋無いのに胃潰瘍とかになりそうじゃないッスか」
今にも笑いだしそうな声で軽口を叩いた。モモンガは内臓のない身体の胃の辺りをスカッと撫でて胃袋が存在しないことを確認し、小さな咳払いで仕切り直した。
「さて、小さな村落という事と、農作業で慎ましく暮らしている村という話だ」
「そうですね、他に手早く検証したいことといえば……あ、そうだ。フォアイルー」
「はい、なんでございましょうか、ヤトノカミ様」
室外で待機していたメイドは、上機嫌らしき蛇の声を聞きつけて入室した。唐突にメイドを呼んだ理由が分からず、モモンガの頭上には巨大な疑問符が出現していた。
「頼みがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんなりとお申し付けください」
「パンツみせて」
「ちょっ! おまえなに言っ――」
「畏まりました」
「えええっ!?」
死の支配者は、恥も外聞もかなぐり捨てて動揺の叫びを放った。冷静に考えれば、ギルドに所属するメンバーを至高の41人と呼称して忠誠を誓い、忠義に応えるためなら命さえも投げ出す彼らは、望めば自身の体を喜んで差し出してくれる。複数回にわたって精神の沈静化を図ってからそれを理解した時には遅く、事態は進められていた。
夕日のように顔を真っ赤に染め、スカートの裾を両手でそっと摘んで持ち上げたフォアイルに対し、ヤトは赤い瞳で純白の下着を見つめていた。
「あの、初めてなので至らぬ点がございましたら――」
「おぉ、純白のレースがまぶ――」
両者が言葉を終える前に、骨が剥き出しの拳骨が蛇の頭部へ振り下ろされた。「ボコッ」というペットボトルをへこませたような音が鳴り、鱗に覆われた頭部の感触が骨の右手に居座る。
「やや、ヤトノカミ様! モモンガ様、どうし――」
「……フォアイル。スカートを正しなさい」
「は、はい! 見苦しいものをお見せして、申し訳ありません!」
美しいメイドは自分の下着が気に入らなかったのだと慌てふためき、スカートを下ろして身なりを正した。下着が隠れたことで安堵したモモンガは、努めて冷静に馬鹿な仲間の行動を埋め合わせた。
「こちらこそ変な事を頼んで悪かった。改めて仕事を頼もう。明日、情報収集のため、近隣の村を訪れたい。他のメイド達と協力し、明日の正午までに手土産の食料を準備せよ。食料を積みこむ馬車と我々が乗る馬車も必要だ。護衛にはセバスとユリを連れていく、隠密の護衛としてエイトエッジ・アサシン、シャドウ・デーモンを手配せよ」
「はい、畏まりました。すぐに始めさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はいっ!」
勅命を受けて喜ぶ彼女は元気な返事で部屋を出て行った。「痛い……」と呟いて頭を撫でている、隣のヤトへ顔を向ける。
「モモンガさん18禁に触れる行為は問題がないようで――」
「なに考えてんだ、馬鹿!」
モモンガは懇々と説教を垂れた。
説教の出口が見える頃、ヤトが「でも所詮はNPCですし」、「忠誠マックスなんで平気ッス」などと根拠のない反論をした影響で、説教の時間は延長されていった。
「大事な仲間が残したNPCなんだ。今は意志を持って動いているんだからな。だいたい、あの子達にちょっかいを出そうとするなんて倫理的に――」
「うへぇ……」
「聞いているのか?」
「はい……」
後日、湾曲された噂を耳にしたアルベドが、「モモンガ様にご寵愛を賜るなど恨めしいぃぃ! 妬ましいぃぃ!」と、地の底から這いあがる声で渦中のフォアイルに嫉妬したと、メイドたちの間で囁かれた。
噂は当然ながら二人の耳にも入り、迂闊に余計な真似をしたヤトは、年上の友人から同じ説教を再び食らう羽目になった。
◆
翌朝、ナザリックの入り口には馬車二台がつけられたが、出発時間はずれ込んでいた。
白い淫魔がモモンガに縋りつき、駄々を捏ねまわしているのだ。
「モモンガ様、護衛が少ないかと思われます。私をお連れ下さい、防衛に特化した私であれば、下等な人間共が歯向かって来ようと返り討ちにしてご覧にいれますわっ!」
人間を下等生物と断定し、モモンガに危害が及ぶと信じて疑わないアルベドは、満ち潮さながらになかなか引く気配を見せない。
「アルベドは信頼しているのだが、今回はそのような事態にはならん。戦争を起こしに行くわけではないからな」
「しかし、愛する殿方の護衛に付いていきたいと思うのは、一人の女として当然の事ではないでしょうか」
「あ、はい」
設定で自分を愛するように変更してしまった負い目により、モモンガにこの交渉は荷が重いように思えた。ヤトはやれやれとため息をつき、助け舟を出す。
「アルベド、モモンガ様はお前に自分の家であるナザリックを守って欲しいと思っているのだよ。その一人の男としての気遣いを無にしては、一人の女として失格なのではないか?」
「そ、それは本当ですか、モモンガ様!?」
「う、うん、まぁな」
露骨に歯切れの悪い返事なのだが、アルベドに気にした様子はない。愛情という大義名分は、都合のいい箇所だけをこれまた都合よく解釈させた。
「私としたことがその愛に気付かないなどと……失礼いたしました。それでは、御帰還をお待ち申し上げております、一人の女として!」
最後の言葉は異様に強調されていた。優しい後光がアルベドの後頭部から照らし、輝く淫魔の笑顔にヤトは鬼子母神という神様を思い出す。
「留守を任せたぞ、アルベド」
モモンガは、逃げるように豪勢な造りの馬車に乗り込んだ。ヤトは大蛇の姿だとかさばるため、人間に化けて続く。
彼らの乗る馬車は魔法スクロールによって召喚されたゴーレム馬に牽引され、二人の馬車はセバスが担当を、手土産の馬車はユリが担当する。
「セバス、ユリ、不測の事態の際は、私に連絡をしなさい。他の何を放ってもすぐに向かいます」
「畏まりました」
「行ってまいります」
二人はアルベドに頭を下げ、村に向けて馬車を走らせた。
◆
「ギルド名を名乗る?」
「ああ、この世界に転移したのは我々だけではなく、ギリギリでログインした他の仲間もいるかもしれない。私たちは運良く二人だったが、単身でどこかに飛ばされた仲間は、途方に暮れて彷徨うかもしれない」
「モモンガさんの名前はみんな忘れないでしょう。本名でいいんじゃないスか」
「より間違いない方を選ぼう。ギルド名なら忘れないだろう。特に最初の九人は」
「……まぁ……そうですけどね」
ヤトは呼びなれたモモンガの名前が変わるのが不満だったが、ギルドマスターであり、一人でナザリックを守り続け、復帰した自分を優しく迎えてくれた彼にそれ以上は言えない。素直に楽しめばいいだけなのにと、口の中でもごもごと文句を垂れた。
「ヤトのアバターは蛇だけど、何か秀でたところがあったっけ?」
「スピードですよ。足だけは早いッスよ。逃げ足も」
「ふーん。ガチビルドプレイヤーにでもなっていれば安心だったのに」
「ペロロンチーノさんみたいなのは無理ですよ。それに、人と同じはちょっと」
「みんな個性強いからね……41人集めたいなぁ。あと39人もいるのか」
「40人と言っても間違いではないですけどね」
「……それは難しいだろうな」
「話は変わりますけど、ペロロンチーノさんの種族名ってなんですかね?」
「バードマンだったから、サンダーバードとかじゃなかったっけ?」
「ふぁ……あーあ……」
返事の代わりに大きな欠伸がされた。
「……人が話している時に欠伸をするな。自分で聞いたくせに」
「馬車の揺れが……気持ちよすぎて……」
「この話を振ったのは誰だと――」
会話の途中にも関わらず、人化による身体変化の眠気に強襲され、馬車の心地よい揺れの後押しも手伝って、耐えきれずにスヤスヤと寝息を立てはじめた。
「……寝ちゃったよ。二人しかいないのに気持ちよく眠りやがって」
人間の三大欲求と無縁のモモンガは、移動時間を潰す相手が
彼の不満を解消するかのように、優秀な脚力を持つゴーレム馬は全力で草原を駆け抜け、さほどの時間を掛けずに小さな農村へと到着した。
◆
馬車を村の入り口に停めたセバスは颯爽と飛び降りた。手近な村人を探しすべく、無事に村へ侵入を果たす。入ってすぐの小さな畑の前で、腰を屈めて作業をしている女性を見つけた。
「お仕事中、申し訳ありません。そこのご婦人」
「え? きゃあっ!」
顔を上げた彼女の視界には、身なりの良い執事が立っていた。農作業の集中は途切れ、セバスを上から下まで眺めた。整えられた髭に鋭い眼光、穏やかな口調で顔立ちは整っており、着ている衣服も一級品だ。声を掛けられて驚いた夫人は、農作業の土で衣服は汚れ、髪も整えていない自らの身なりが恥ずかしくなった。逃げ出したい内心だけは必死で堪えたが、顔が赤くなるのは防げなかった。
明らかに動揺している彼女へ構うことなく、モモンガから指示された内容を伝えた。
「私はこの近くに転移してきた
「あ、はい、え?」
村で農作業に明け暮れるだけだった何気ない一日は、極めて特別な日に変貌を遂げた。状況はなかなか飲み込まれず、異変が喉につっかえた彼女は混乱する。
慎ましい生活を維持するために必死で働き、自分を見て育った二人の娘も働き者だ。この生活がずっと続くだろうと思っていた彼女の地盤は、一人の執事を見ただけで揺らぎ始めた。
セバスは少しでも落ち着くように、彼女に微笑みかける。心なしか顔の赤みが増し、先ほどよりも動揺しているように見えた。
「は、はは、はい! すぐに呼んでまいります!」
赤い顔の彼女は村の奥に駆けて行った。
◆
ドアをノックする音が馬車内に響く。
「失礼します、モモンガ様、ヤトノカミ様。恐らく、直に村長が来ると思われます」
「御苦労、セバス。ヤト公、そろそろ起きろ」
「んー……ふああぁ。よく寝た……」
口を限界まで開き、腕を上に大きく伸ばして欠伸を行なった。人間化した蛇の口は、どの角度まで開くのだろうかと、モモンガは興味深そうに彼の口を覗き込んだ。
ピンク色の舌が鎌首をもたげ、覗き込むアインズを咎めていた。
「……なんスか。何か入ってました?」
「い、いや、何もなかった……それより、私がロールプレイを行うから、軽々しい発言は慎んでくれ」
「大丈夫ですよ。モモンガさんが魔王なら、俺は部下でしょ? 社長と平社員が同じ口調じゃ、逆に変ですよ」
「うぅむ……何か違う気がする」
「嫉妬マスク、お似合いですねい」
「放っておいてくれ……全然、嬉しくない。ほら、この世界で初めて人間と遭遇するんだから、ちゃんとしなさい」
「はい、もう大丈夫です」
内心ではもう少し昼寝したいと思っていたが、朝方に十分な説教を食らった状況で、不要な怒りを買うのは御免被りたかった。説教の一件から、モモンガの口調が雑になっていることも気になった。
細い目を少しでも大きく見開き、腰に携えた長い太刀に手を当てながら、堂々と馬車を降りるモモンガに続いた。
◆
先ほどの女性はセバスの依頼通りに村人を連れてきていたが、村長だけではなく、大量の村人を吸着していた。人だかりは弧を描いて遠巻きに馬車を囲い、不安と好奇心で満ちた視線を浴びせている。
一人の小柄な男性が、セバスの元へ歩み寄った。
「私がカルネ村の村長でございます」
「初めまして、村長様。私、執事のセバス・チャンと申します。これより私の主が降りて参りますので、少々お待ちください」
セバスの言葉とほぼ同時に装飾品で飾り付けられた煌びやかな馬車の扉が開かれ、黒いローブに身を包み、泣いているのか怒っているのか判断しかねる仮面を付けた、
セバスとユリはすぐに跪いた。二人が跪いたことで、何かとてつもなく重要な人物が降りてくるのだと、村人たちは同時に息を呑んだ。
モモンガの悠然とした振る舞いに、村人たちはどこかの王族が来たのだと、極めて自然に考えた。彼の後に続いて降りたのは、黒髪黒目で腰に武器を差した男性だ。南方に住むと言われる黒髪黒目の男、携えているカタナという珍しい武器を見る限り、魔法詠唱者の護衛なのだと、やはり極めて自然にそう思った。
村長一人に村の案内をしてもらい、情報収集を行なおうと想定していた。気楽に考えていたモモンガは、村人総出の視線に体を蜂の巣にされ、密かに精神の沈静化を図った。
カルネ村は農作業や薬草の販売などで生計を立てている小さな農村だ。ゴーレムの馬も見たことなければ、豪華な装飾を付けた馬車も、黒髪黒目の異邦人に対する一切の見識もない。突き刺さる好奇の視線に耐え切れず、モモンガは
「初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウン。異国の魔法詠唱者です。友人のヤト、従者のセバスとユリです」
紹介された三人は軽く頭を下げた。
「実は転移魔法の実験で失敗をしてしまいましてね。我々の住処ごと、この付近へ転移してしまいました。不幸な事故で急に別の大陸に転移をしてしまったもので、情報を教えて欲しいのですが」
「そうでしたか、それは大変でしたね。及ばずながら知っていることでよければ、ご協力いたしましょう」
「ほんの気持ちですが、手土産をお持ちしました。あちらの馬車一台分の食料がそうなのですが、村の中に入れてもよろしいですかな?」
「馬車1台分!?」
「……少なかったでしょうか」
「めめ、滅相もない! この村は冬を越すための蓄えを作るために、なんとか暮らしている村です。なんのお礼もできませんが……」
モモンガは片手を突き出し、村長の言葉を制止する。
「いえいえ、私達は誠意ある対応をしたいのです。村長殿もこの大陸・国の知識、硬貨や普段の暮らしについて、知っていることを全て話していただきたい。我々はそれ以上に何も望みません」
「おぉ、なんと仁徳のあるお方。わかりました、全てお話ししましょう。馬車は誰かに案内させます。エモット」
「はい」
先ほどセバスが声を掛けた女性と、その伴侶であろう男性が前に出る。
「馬車を広場にご案内して差し上げなさい。ゴウン様は護衛の方と、汚いですが私の家へご案内します」
「感謝します、村長殿」
「セバス、ユリ、馬車を村の中へ運べ。終わったら村長殿の家に来るといい」
「畏まりました」
モモンガとヤトは、案内に従って村長の家に向かった。
「アインズさんじゃなくゴウンさんになっちゃいましたね」
「う、うむ……日本式ではないようだ」
「行きましょう、ゴンさん」
「……アインズにしてくれ」
「アインズ・ウール・剛運……なんちゃって」
ふざけて囁き合う二人の声は、前を歩く村長にまで届いた。
「何か仰いましたかな?」
「い、いえ、何でもありません。行きましょう、村長殿」
「大丈夫ッス!」
「……?」
一瞬だけ不思議な顔をした村長は、改めて自宅へ向けて歩を進めた。
◆
エモット夫妻に案内され、セバス達は村の中央広場まで馬車を牽引する。その後ろを先ほどの村人たちが、ぞろぞろと列をなしてついてきていた。大名行列さながらに、子供たちは嬉しそうに食べ物を見ていた。
「お姉ちゃん、あれなに?」
馬車のすぐ横を歩く姉妹。赤髪の妹は銀色に輝く馬を指さし、手を引く姉に尋ねた。当の姉はメガネをかけた黒髪メイドに見とれ、声は耳まで到達しない。馬車を案内しているエモット夫妻の娘であるエンリ・エモットは、美しいユリの姿から目が離せなかった。
「綺麗な人……」
メガネをかけて整った顔立ち、小奇麗にまとめられた黒髪、首元のチョーカー、立ち居振る舞いも姿勢がよく、それだけで美しさを感じさせた。ユリは自分を見続けている娘の視線に気が付き、優しく微笑みかける。我に返ったエンリは顔を赤くし、ネムに視線を移した。
「ネム、どうしたの?」
「あれ、何かなぁ」
「ごめんね、ネム。私にもわからないよ……」
「お姉ちゃんでもわからないんだ。凄いね!」
案内された広場は、広く開けた場所で周辺には物見櫓が建設されていた。恐らく村の全人口であろう群衆は、馬車一杯に詰まれた食料を見つめて固まっていた。
「さて、早速ですがどちらへ運びましょうか」
「……」
「?」
セバスとユリの食料運搬は遅々として進まなかった。
◆
朴訥な村長夫妻は、転移に失敗した
「南方の異国に、そのような方々がいらっしゃると聞いたことがあります」
村長はヤトの姿を見て言った。
アインズに反射的な疑問が湧いた。
(南方に日本人に似た者が住む国? ユグドラシルから転移してきた者達が、集団で住む国なのか? 時期が合わないのはなぜだ)
アインズは考えを一旦止め、村長の話に耳を傾けた。
話をまとめると、このカルネ村はリ・エスティーゼ王国の領内に所属している小さな村だ。リ・エスティーゼ王国とは周辺の西を統べる王政国家で、東の方にあるバハルス帝国とはカッツェ平野で戦争という名の小競り合いを繰り返している。小競り合いが行われる際、カッツェ平野に最も近い城塞都市エ・ランテルに、徴兵された兵士たちが集結する。
荷物の置く場所が無い場合は、カルネ村も場所を提供する事があるようだ。魔法に関しては、この村の北にあるトブの大森林に、薬草採取に訪れているエ・ランテルの薬師の青年が魔法を使えるが、魔法そのものは特に問題がないようだ。《冒険者》という存在があり、薬師の護衛に付いてくるのをよく目にしている。
言葉を拾い上げたヤトの目が輝いていた。
(異世界で未知の冒険に出るのは、多くの仲間が夢見た事だったからな……)
密かに彼に同意を示し、村長の話に耳を戻した。
冒険者組合は王都とエ・ランテルにあり、他の国にあるかは知らない。このカルネ村を大きく南下していくと、宗教国家スレイン法国がある。村長は諸外国の情報に疎かったが、村を訪れた冒険者の情報によるとリ・エスティーゼ王国の王都では、貴族が幅を利かせていると言う。
他にも貨幣・暮らし・平野にはアンデッドが多い・1年の暮らしの流れ、村長夫妻には子供が出来なかった、村人達の相関図・恋愛関係など、村長は知りえる限りの全てを話そうと必死になっていた。
教えてくれと言ってしまった手前、それは興味がないと言い出しづらい雰囲気だ。まったく無関係の色恋沙汰まで聞く羽目になった。アインズが仕方なく話を聞いている横で、ヤトは退屈そうに欠伸をしていた。
カルネ村に限ったことではなく、リ・エスティーゼ王国の暮らしは厳しい。
帝国との小競り合いに働き盛りの男手が徴兵され、悪くすればそのまま帰らぬ人になる。カルネ村も例外ではなく、残された男手だけでは足りず、動ける女性も農作業に駆り出され、子供達まで薬草をすり潰して仕分けをし、村人全てが協力し合ってようやく一年を、特に厳しい冬を越えられる。戦争で男手が足りなくなっても納税額が下がるなどの恩赦もなく、暮らしに余裕はない。
そんな村に、馬車一杯に積まれた食料を放り投げられ、反射的に受け取ったはいいが彼らには何も差し出せるものがない。知り得る限り、洗いざらいの情報を渡そうとするのも無理なかった。
長きにわたる色恋沙汰の話を遮り、アインズは村長へと申し出た。
「村長殿、貴重な情報ありがとうございました。一つ提案があるのですが、我々はこの村に、数日間だけ滞在しても構いませんか?」
アインズの申し出を、「まともなもてなしが出来ない」という理由で断ろうとする村長夫妻に対し、場所だけ貸してくれればいいと強引に納得させ、渋々と提案を吞ませた。
◆
彼らが村の広場に着く頃、既に日没の時刻が迫っていた。
セバスとユリを手伝っていた村人たちは、何かを始めようとする魔法詠唱者の動きを見守り、作業は一時凍結された。
馬車が止められている村の中央広場にてアインズは魔法を発動させ、《
何もなかった広場に貴族の住む住居を思わせる要塞が現れたので、目撃した村の老人は奇跡を見たように声をあげて跪いた。老人を宥めるアインズをしり目に、ヤトはそそくさと要塞の中に入った。
神の降臨だとめそめそする老人を宥め疲れたアインズが要塞へ入ると、ソファーに横たわって欠伸をするヤトが見え、蹴飛ばしてやろうかと迷った。すぐ後ろに続いたセバスとユリのおかげでヤトは命拾いし、アインズの足はカタパルトを発進しなかった。
改めて二人の支配者は机に座り、今後の打ち合わせに入った。
簡易的な打ち合わせによって、この世界における文化・魔法・一般教養・アイテム価値、異形種に対する認識を、早急に調査すべきだと方針が固まる。
「セバス、ユリは村人の農作業を手伝え。少しでも多くの情報を集めよ。ヤトは異形種に対する認識調査を行なってくれ」
「はいはい。了解ッス」
セバスとユリは跪いて頷いた。
「私は隠密行動を取り、アイテムの調査を行う」
「泥棒ですか?」
「なぜそうなる……」
「忍び込んで人の家を漁るんじゃ……」
「……違う。普段の生活でマジックアイテムの類を使用しているか確認する」
「ああ、そういうことか」
「それから、自分たちが異形種であることは、何があっても話すな。全員が周知徹底せよ」
「畏まりました」
「畏まりました」
「畏まった」
「……」
一貫して軽い態度のヤトを不安に思い、目を細めた。髑髏の眼窩に変化はなく、ヤトがそれを察した雰囲気もない。先ほど、やはり蹴りを入れておくべきだったと後悔した。
打ち合わせを終えた四名はそれぞれの部屋に戻っていく。セバスとユリにも部屋が与えられたが、僕として優秀な両者は護衛をしていないと落ち着かず、支配者二人の室外で待機し、そのまま朝まで寝ずに過ごした。
一息ついたアインズは情報収集に活用すべく、《
蛇の化身である黒髪黒目の男は、部屋に入ってすぐに眠り、太陽が昇っても起きることはなかった。
メイド 1d10→フォアイル
アルベド憎悪1d6→ -5
アルベドの好感度ロール
1d6→ +6
近くにいた人間→1d4→エンリママ