モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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解説は活動報告。


スキンダンスへの階段

レイナース邸宅からの帰り道、ヤトは肩を落として歩いていた。

予定通りにこっぴどく振ったものの、酒の勢いもあって過剰に言い過ぎたと、思い出して暗い気持ちになっていた。洒落た振り方など思いつかない彼は、はっきりと言うつもりではあったが、泣いている可能性を考えるといい気分はしなかった。

 

そうでなくても、翌日に宮廷で顔を合わせる確率が高い。

彼女とどの面下げて会えばいいのかと、苦悶していた。

いつかの、唇と胸を思い出してしまう。

 

「勿体なかっ……いや、ハーレムなんて冗談じゃない」

 

心中を誤魔化すように呟いた。

異世界転移した一般人が、数多の浮名を流す宿命に不満を抱きながら、落ち込んだ彼は宿へ向かった。

 

 

 

 

宮廷で催された魔導国対策の会議に、まだ結論は出なかった。

時刻は深夜に差し掛かろうとしている。

行き詰った会議は静寂をもたらし、見るに見かねたフールーダが話題を変えた。

 

「ジル、百年ほど前に私が旅をしていた時、馬車に同乗した某国の秘書官から聞いた話です」

「聞かせてくれ、何か参考になるかもしれない」

 

「赤く純度の高い宝石を運搬中に、盗賊に襲われました。国宝級の宝石を奪われ、慌てた彼は宝石が出回れば分かるよう手配をしたのです。しかし、半年たっても宝石はおろか、情報さえも出回りませんでした」

 

年季の入ったフールーダの話に、皆が聞き入っていた。

 

「別件で、盗まれた現場付近の村を訪れた彼は、幼い子供達が赤い宝石を蹴って遊んでいるのを目撃しました。盗賊は宝石を捨てていたのです」

 

「なぜ盗んだ? 誰かに頼まれたのか?」

 

「それが楽しいと思ったからです。世界には損得や利害で行動しない者がいます。そんな相手に、買収も、交渉も、説得も、脅しや理屈も通用しません。世界を破壊してでも、自分が楽しみたいだけなのです」

 

「……そんな者がいるだろうか」

 

「同盟を断れば、彼らは喜んでこの国で金貸しを始めるでしょう。化け物が営む性質の悪い金貸しは、この国の人口を減らし、治安を悪化させます。それこそ奴らの……いえ、そちらこそが本来の目的かもしれません。あの歪んだ蛇の顔、理性ではなく破壊衝動や殺戮欲求に身を任せかねません。ガゼフ・ストロノーフを含む魔導国側三名の怯えた顔は、まだ覚えていますぞ」

 

視界の端で蛇と向かい合った四騎士が、死の恐怖を思い出し体を震わせた。

“激風”ニンブルは色白の顔を蒼白に変えた。

 

「王国最強の戦士が怯える怪物……か。王国貴族を惨殺した蛇は、奴で間違いないな」

 

こめかみに指をあてて間を空けた。

悩みながらジルは言葉を続ける。

 

「フールーダ、魔導国に行って無事に帰ってこられるか?」

 

「陛下、私は奴の話を信用したわけではありません。私より優れた魔法詠唱者の存在など、とても信じられません。魔法に携わる者として、興味はありますが」

 

「問題は魔導王か……今までこちらに回ってきた情報は、全て真実の可能性が高い。情報通りだとアンデッドという話だが、さすがにこれは虚偽ではないか? 情報を駄々漏れにする、馬鹿の心理はわからん」

 

ジルは忌々しそうに顔を歪めた。

 

「しかし、素直に同盟とは、腹の虫が治まらんな」

 

黙って聞いていた秘書官が、ジルへ進言した。

 

「陛下、飼い殺しにしている貴族を、引き取らせては如何でしょうか」

 

「それはいい考えだな……貴族を集めて舞踏会を開き、奴へ挨拶をさせよう。待遇に不満のある貴族は、魔導国へ下るだろう。人間社会の知識も、おつむの出来も足りなそうな蛇に、一矢報いる事が出来るかもしれない。レイナースが明日には来る、より詳しい話を聞くとしよう」

 

(かそけ)き光明の如き希望は、ジルの心を小さく照らした。

 

用途の少ない貴族であれば、魔導国に下って損害を与えるだろう。

あわよくば情報を持ち帰ってくれる可能性もある。

仮に殺されたとしても、帝国としての損害も無い。

 

ジルの表情は数時間ぶりに、穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

翌日、ジルの理想通りの状況が宮廷では展開されていた。

怪しげな全身鎧の蛇は、舞踏会と聞いた途端に動揺を始める。

 

「……い、異形の蛇が参加するのはまずいだろ」

「その姿なら人間にしか見えないよ、ヤト」

 

 この姿で参加しろと言いたいのか……? 

 

 

玉座に通されたヤト一行は、同盟の返事だけ聞いて帰ろうと考えていた。

予想しなかったジルの申し出に、ヤトが過剰に動揺する。

踊れない・話に自信も無い・ドレスコードが分からない、テーブルマナーの知識も無いなど、数々の不安要素が頭に浮かぶ。

 

四重苦(カルテット)で収まりそうになかった。

 

「貴族に面通しが出来るだろう。同意の上なら魔導国にお連れしても構わない、そちらに損はないと思うのだが」

「いや、しかし」

「まさか、踊れないなんてことはないよな?」

 

穏やかな笑顔が、氷の冷笑に見えてくる。

踊れませんと言いたかったが、前日に好き放題やったこの状況で、素直に腹の内を見せる気分にもならなかった。

レイナースの一件も加わって、気分も暗かった。

 

「魔導国の支配者ともあろうものが、舞踏会程度(・・)であたふたするのはどうだろうか。」

「フン、暗殺仕掛けた礼は、まだしてないからな」

「おや? 昨日は水に流すと言わなかったかい?」

「……」

「王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ殿、貴殿も護衛として参加して欲しい。もちろん他の方々も構わないよ、歓迎しよう」

 

「旦那、俺は遠慮するぜ。代わりに頑張ってくれや」

「私も人間社会の事はよくわかりませんので、辞退します」

 

ガガーランとザリュースが、早々に逃げ道を断つ。

魔導国と帝国が同盟する式典に、戦士長だけ出席というのはあり得なかった。

 

思い込みや勘違いが激しいとしても、ジルは帝国を率いる皇帝なのだ。

ぽっと出支配者のヤトが、気軽にいなせる相手ではない。

 

「魔導王陛下にもお会いしたいのだが、時間を考えると難しいだろう。妻を連れて来る時間も無いだろう。踊りのパートナーを探して欲しいのだが、よろしければこちらで斡旋しようか?仮に(・・)踊れなくても問題ない、美しい淑女を紹介するよ」

 

穏やかな笑顔の口端が、僅かに歪んだのをヤトは見逃さなかった。

 

「……舞踏会、明日だよな? 俺がいなくても」

「ヤトがいなければ話が進まないだろう?」

「俺だけ……」

 

「私も護衛として参加する。安心してくれ」

 

 宥めるガゼフの言葉は、砂漠のように渇き始めた未来図に、一滴たりとも清涼をもたらさなかった。

心細いと思っても、既に口に出せる雰囲気ではない。

 

ガガーランを盗み見ると、笑いを押し殺して苦しそうな表情をしていた。

蛇神の彼がやりこめられている様は、そうそう見れるものではなかった。

 

「都合が悪かったかな?明日であれば、貴族が全て集まる。君達にも都合がいいと思うのだが。」

「……わかった、明日の夜にまた来る」

 

足早に玉座の間を後にした。

報いを受けた気分になり、個人的にやるせなかった。

 

彼らが退出した後、ジルは愉快そうに笑った。

 

 

 

宮廷を出た彼らは、帝都の広場で頭を悩ませる。

 

「俺、踊れないんだけど……」

「頑張ってくれや、旦那」

豪快に笑ったガガーランを見て、ザリュースも密かに口元を歪めた。

仮にガガーランが踊れたとしても、踊りがどうというより絵的にまずかった。

 

「ラキュースを呼んでもいいが……この国の踊りを知っているかわからない上に、時間が無い。フルト家に……長女は送ってしまったな。金貸しに……娼婦も送ったな。ジルの紹介した女で手を打つべきか……」

 

他に知り合いがいない帝国では、これ以上の妙案も浮かばなかった。

レイナースが貴族出身の騎士と思っているヤトは、彼女が踊れると考えもしなかった。

三名を宿に返した彼は、歩きながら考え事に耽る。

ガゼフは心配そうに何度か振り返っていた。

 

広場の中央で子供達が両手を空に伸ばしていた。

何か解決の糸口になればと思い、彼らに話しかける。

 

「何しているんだ?」

「雲をつかんでるのー!」

「そうか……掴めるといいな」

 

足掛かりにもならず、金貸しから買い取った者を性急に送った事が悔やまれる。

他に踊れそうな貴族と言えば、ナザリックの黒い油虫しか思いつかない。

彼にはあまり触りたくなかった。

 

 

「踊りの上手い女性を知らないかな?」

「しらなーい」

 

一緒に空を見ながら、頭を悩ませた。

今夜は晴れそうだった。

 

 

 

 

《星になったスピアニードル》

 

スピアニードルは、白くてふわふわした丸い生き物です。

怒ると柔らかい毛が針に変わります。

 

スピアニードルは、人間が嫌いでした。

 

毎日毎日、誰も寄せ付けまいと針を立てます。

 

「すぐに裏切る人間なんか大嫌いだ」

 

ご飯をくれた優しい人間を、針を立てて追い払いました。

 

 

そんなある日、病気になってしまいました。

 

心配した人間が食事を持ってきてくれます。

他人が怖かった彼は、針を立てて傷つけました。

やがて彼の周りには誰も近寄らなくなります。

 

お日様とお月様を繰り返す度に、彼の体は悪くなっていきました。

血を吐いて、痛みに怯えて、震えて眠ります。

 

 

永い眠りに落ちる前、しくしくと声を出して泣きました。

 

声は小さな女の子に届きます。

スピアニードルを見つけた女の子は、優しく抱き着きました。

弱っていて、もう針は立てられません。

 

「ごめんなさい」

「だいじょうぶだよ。わたしがいるからね」

 泣いて謝る声は女の子にしか聞こえませんでした。

 

女の子は優しく撫でてくれました。

 

暖かい温もりに包まれ、安心して死んでいきました。

孤独で寂しがり屋の魔獣スピアニードルは、星になって仲間と輝いています。

 

もう寂しくありませんでした。

 

 

 

 

暖かい暖炉のある一室で、私は母親の膝の上に小さく座り、読まれる絵本に見入っていた。

読み終わった後、悲しそうに母親を見上げた。

 

「おかあさま、スピアーニードルかわいそう……」

「大丈夫よ、お友達と一緒にお空で輝いているのだから」

 

母は僅かな間を空けて、優しく言葉を続けた。

 

「レイナース、寂しい時は寂しいと言わなければいけないのよ」

「わたし、言います! 寂しい時は寂しいって言います!」

「そう、あなたは強い子ね。自分の気持ちに素直になるのは、とても勇気がいるのよ」

 

笑顔の母は、幼い私の頭を撫でた。

理解はできなかったが、褒められて嬉しくなった私は母に抱き着いた。

 

 

 

幼い頃の夢から目覚めると、応接間で泣いたままの格好で眠っていたらしい。

立ち上がると、固まった体がコキコキと音を立てた。

急激に循環し始めた血液で、立ち眩みが起きる。

 

凝り固まった体をほぐす事から始めた。

 

 

宮廷に連絡し、体調不良を理由に休暇扱いにしてもらう。

騎士として弱体化し、精神的に滅入っている状況で、帝国四騎士が務まるはずも無い。

 

明日は必ず朝から来るように言っていたが、何かあったのだろうか。

 

 啓示のように現れた、幼い頃の夢を思い出す。

 

寂しいと認めることはできたが、その後どうすればいいかわからなかった。

この先、何を目的に生きればいいのだろう。

 

誰でもいいんだろと言い放った、黒髪の男を思い出す。

 

数日間、私の世話になっておきながら、傷つけようとする酷い言い草に、悲しみと同時に猛烈に腹が立つ。

 

一発くらい殴られてもと言いかけた言葉を思い出し、お礼参りをしてやろうと、町娘の普段着に着替えて顔を洗い、彼らの滞在する宿に向かった。

 

口実は何でもよかった。

 

一人でいたくないだけなのだ。

 

 

 

広場に差し掛かると、見覚えのある奇妙な全身鎧が、子供達と何かを話していた。

 

早足で彼に近づいていくと、向こうも私に気付く。

 

「あ……お、おはよう」

「もうお昼ですが」

「ああ、そうだな。じゃあな」

 私を避けるように手を上げて立ち去ろうとした。

 

「待ちなさい、よくも言いたい放題言ってくれましたね。話があるので、付き合いなさい」

「いや、今日は忙しいから」

「いいから来なさい」

 

強引に彼の手を掴んだ。

 どうなるにせよ、自分の気持ちにケリを付けなければならない。

 

「俺は明日の舞踏会に向けて踊りの相手を探さなくてはなら――」

「舞踏会?」

 

彼の手を掴んだまま、舞踏会の言葉が私の動きを止める。

隣の子供達が面白そうに見ていた。

 

「ジルの奴が仕組んだんだよ。踊れない俺は、明日までに踊れる相手を探さないと」

「私が踊れる。」

「……えぇー?」

 

 鎧で表情は窺えないが、疑っているのだと声が物語っていた。

 

「踊りは私が教える、今夜は私の家に泊まるといい」

「遠慮する。ジルが踊れる貴族を紹介するって」

「ラキュースに嘘を吹き込むために、魔導国へ行くぞ」

「……」

 

顔を横に向けていた昆虫の鎧は、ようやく私を真正面から見据えた。

自分でも汚いと思ったが、彼を繋ぎ止める手段が他に思い当たらなかった。

 

「本当に踊れるのか?」

「これでも貴族の嗜みは身に着けているが、舞踏会なら新しいドレスが必要だ」

「……仕方がない。先に言っておくが、俺は妻がいるし、妾を作るつもりはない。それをよく覚えて」

「早く行こう」

 

何か言い続ける彼を遮り、手を取って歩き始めた。

 

今夜は寂しくなさそうだ。

 

 

 

 

ヤトは異常事態の報告に、アインズへ連絡をする。

明るい声のアインズは、話を聞いて真っ先に吹き出した。

 

「ぶっ」

「笑い事じゃないス、代わって下さい」

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で覗こうかな」

「……怒りますよ」

「代わるのは無理だ、魔導国は忙しい。せいぜい頑張ってくれ。ついてくる貴族がいるなら好きにして構わん」

「他人事ですね……正直、笑えないんですが」

「他人事だよ。日頃の行いが悪いからだ」

 

「だって……アインズさんが悪のロールプレイしろって」

「頑張れ、魔導国の蛇! 面倒だったら蛇に変わるのも手だぞ。シャルティアでも、そちらに送るか? プレアデスの誰かでも構わないが」

「いえ……余計に拗れるんでやめときます」

「転んで情けない姿を見せるなよ?」

「……自信ねえッス。マジで代わってくれませんか」

「舞踏会なんて俺だって避けるわ。念のため暗殺対策で毒対処はしておいて」

「何もしなくても、元から対処済みです」

「それじゃ、後は頑張ってくれ! アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ! ナザリック地下大墳墓に永遠の繁栄を!」

 

最後は投げやりに《伝言(メッセージ)》を切断された。

報告を受けたアインズが、魔導国執務室で楽しそうにしている姿が、容易に想像できた。

 

憂鬱なため息を吐き出しながら、ガゼフへ舞踏会は現地集合でと連絡をする。

真面目な彼はとても心配していたが、それどころではなかった。

 

 貴族の女性向けにドレスを販売している店に戻ると、レイナースは着せ替え人形のように次々とドレスの試着をしていた。

知識のないヤトは、全身鎧を解除し入口のソファーに座って欠伸をした。

 

「宝石が赤なのだが、やはり青のドレスがいいでしょうか」

「ピンクなどもお勧めですわ。最新のドレスがピンク色ですのよ」

「試着したいのですが」

「はい、こちらへどうぞ」

 

腕を組んで舟をこぐ彼は放置された。

商売っ気の盛んな貴族の女性店主は、髪を整え、装飾品を揃え、化粧品まで選んでくれた。

 

「奥様、とてもお似合いでございますわ」

「綺麗……」

 

久しぶりに見た呪われていない自分の顔は、施した化粧や装飾品で飾られており、彼女自身が見惚れる程に美しかった。

さりげなく奥様と呼ばれた事は、反対側の耳から抜けていった。

 

「唇にも紅をお差ししますわね。唇が厚めですので、さぞかしお似合いでございましょう。舞踏会でしたら、殿方の視線を独り占めですわよ。旦那様を羨む視線がさぞかし集まる事でしょうね」

「ふふ……ありがとうございます。お金はあそこの人にお願いします」

「はい、畏まりました。お買い上げありがとうございます」

 

貴族の店主が請求書を回すために、ヤトを揺り起こした。

金額に何か文句を言っていたが、鏡に見惚れるレイナースの耳にまで届かなかった。

 

 

 

 

夜になり手早く食事を済ませた二人は、踊りの稽古に入った。

 

「ドレスを踏んでいる! そこで足を出すな!」

「……すまん」

 

日頃の恨みと言わんばかりの厳しい稽古は、困難を極めた。

 現実社会で一介のサラリーマンである彼が社交ダンスの経験などある筈も無く、身のこなしの荒い彼は練習用のドレスを何度も踏みつけてしまい、その都度彼女は本気で怒鳴った。

 

昨晩の罪悪感も重なり、彼女に主導権(イニシアチブ)を握られていた。

 

「ここで相手を抱き寄せろ。愛する人を抱くように」

「……こうか?」

「下手くそ! もっと優しく抱き寄せろ!」

「うぅ……」

彼女の怒りには、個人的な感情も含まれていた。

 

「私は、綺麗だろうか?」

「はい」

「私をどう思う?」

「美人」

 

下を向いて足の運びに気を取られているヤトの生返事は、彼女の心へ染み込んでいく。

仮初の甘い時間に微笑んで浸っていると、不意に左足を踏みつけられた。

 

「痛っ! 足を踏むな! 馬鹿っ!」

「すいません…」

 

怒られ続けてしょげるヤトを見て、前日の溜飲が下がる彼女は、その後も厳しい指導に熱が入る。

アインズより厳しい彼女の個人授業によって、不器用な踊りはそれなりの形になったが、気を抜くとまだ足を踏んづけていた。

 

凛々しい女性の怒鳴り声は、ヤトが眠気と精神疲労で倒れる深夜まで、一人暮らしの邸宅に響いた。

 

 

 

 

ソファーで眠りこける彼に毛布を掛け、私は寝室に入った。

 

昨日まで記入した空想日記のページを破り捨て、白紙のページを開く。

この日、書いた内容は空想では無かった。

 

自分の気持ちをはっきりさせようと、彼の嫌いな所、好きな所など、書いては破り捨てる作業を繰り返し、ノートのページは数枚しか残らなかった。

そこまでしても、自分の心に結論は出なかった。

 

重たい寂しさは無く、心が軽くなっていた。

 

 

踊りの練習で感じた、彼の体温を思い出す。

 

誰かと肌を重ね合えば、寂しさは刹那だけ満たされるだろう。

虚しさが残ったとしても、今は誰かを追いかけていたかった。

 

 

私は覚悟を決めた。

 

帝国四騎士レイナース・ロックブルズは、自宅でしくしく泣くような弱弱しい女ではない。

両親を粛清した私が、孤独に泣くなどあってはならない。

 

仮に全てを失ったとしても、自分の運命は自分で勝ち取る。

 

私は明日、宮廷に行かなければならない。

 

全てのページを破り捨て、そのままベッドに入った。

もう空想日記は必要ない。

 

 

眠りに落ちる前、窓から三日月が見えた。

 

 

 


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