モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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櫻包囲網

ラナー、ザナックは農場の確認、牧場の調査、村の復興へ向けての調査を行うため、王都を離れていった。

これ幸いとばかりにザナックは長期滞在の準備を行い、ラナーはクライムを連れて行った。

しばらく王都に戻るつもりはないらしい。

 

コキュートスにレベルアップを一任し、アインズは朝から図書館で勉学に勤しんだ。

誰に気兼ねすることなく、支配者としての勉強ができる環境は気に入っていた。

 

「……沈黙都市の情報はないか」

 

読み終わった本を戻して新たな本を手に取り、気になった蔵書をアイテムボックスへ投げ込んでいく。

この時ほど、不眠に感謝したことは無かった。

 

何かの気配を感じて顔を向けると、イビルアイが肩を狭めて、マッチ棒さながらに目の前に立っている。

愛すべき静寂は小さな吸血姫によって妨げられた。

 

「あの、アインズさま」

「イビルアイ、今度は何の用だ。お前の恋は終結しただろう」

「アインズ様、私はキーノ・ファスリス・インベルンと言います」

「ああ、ツアーがインベルンのお嬢ちゃんと呼んでいたな。なぜ本名を名乗る必要がある」

「昨晩ゆっくり考えましたが、私はアインズ様の妻になりたいです」

「……」

 

ここ数日間で、外れやすくなっていたアインズの顎が落ちた。

彼女の心に嵌められていた重たい蓋を、まさか自分が全力で打ち抜いているとは想像もしていなかった。

 

アルベドに応える選択肢だけでも億劫なのに、更なる厄介事に直面して、存在しない心因性の胃痛を感じた。

 

「イビルアイ、私は――」

「キーノと呼んでください」

「……キーノ、私はアンデッドで――」

「問題ありません!私もアンデッドで、長い時間を過ごすことが出来ます!」

「いや、そういう事では――」

「アルベドさんのように体は成熟していませんが、これはこれでいいと思います。」

「意味わかって言って――」

「白銀とリグリットも、ラキュースも頑張れと言ってくれました」

 

食いつきの良いイビルアイに話を遮られ続け、アインズは再び頭を悩ます。

 

思いの丈を告白した可憐な吸血姫は、両手の指のお腹を合わせて、恥ずかしそうにこちらを見上げている。

法や倫理に抵触しそうな少女からだとしても、アンデッドでなければ嬉しかっただろう。

 

元いた世界(リアル)では妾などただの浮気に過ぎず、一夫多妻などアインズの体では喜びよりも手間の方が多い。

頭の悪そうな蛇でも、妾はそう簡単に作らないだろうと踏んでいた。

 

「イビ……キーノ、今はレベルアップの検証を頼む。そろそろ結果も出る頃だろう」

「アインズさま!私はアインズさまが大好きです」

「う……うん……ゴホン! そうか。ありがとう。だが、そういうのは好きな人に向けて言うべきことだろう」

「アインズさまが好きな人です!」

 

キッとした視線と小さな体が合っておらず、少しだけ可愛らしかった。

沈静化した事で、愛の告白による動揺と恥ずかしさは消えていた。

 

「ヤトが帰ってから考えよう」

「ありがとうございます!」

 

満面の笑みを浮かべていた。

 

アインズの中で、自分は元人間であり、支配者として相応しい存在ではないのだと、打ち明ける選択肢が加わる。

億劫で気が進まない選択肢に変わりはなかったが、それで一つの結果が出るのであれば、アルベドを受け入れるよりも前向きだった。

 

受け入れないのなら、選ぶ必要もなくなる。

 

無理に妻を娶る必要はないのだ。

 

「先に王宮へ帰る。キーノも真面目に稽古をするのだぞ」

「はい、アインズさま」

 

アインズは王宮へと転移していった。

残されたイビルアイは、両腕を後ろに組み、落ちていた小石を蹴った。

 

「えへへ……」

 

一大決心した愛の告白と、名前を呼んで貰えた喜びに、図書館には少女のだらしない笑い声がしばらく流れていた。

 

イビルアイは王宮に戻るのが大幅に遅れた。

 

 

 

 

王宮の中庭では、コキュートスがスケルトンを使って騎士の稽古を行っていた。

遠目にセバスがやって来るのを見つけ、残りをブレインとゼンベルに託した。

二人は庭の片隅で並び、立ち話を始める。

 

「セバス、ヒサシイナ」

「コキュートス様、お久しぶりです」

「メイドノ調教ハ上手クイッテイルノカ?」

「はい、人数が多いもので、質の向上に今しばらくのお時間が掛かりそうです」

「ソウカ。ソレヨリ、今日ハドウシタノダ?」

「アインズ様へご相談がありましたので、伺った次第です」

「執務室デオ打チ合ワセ中ダ。思イツメタ表情ヲシテイルガ、何カアッタノカ?」

「……やはり、気づかれてしまいましたか」

「謀反デハナイダロウナ?」

「滅相も無い。私は……女性問題の相談に」

「ヤトノカミ様ノ方ガ適任デハナイカ?薔薇ノオ妃様モアソコニイルゾ」

 

コキュートスが指さした方向では、ラキュースが黒い魔剣でスケルトンをなぎ倒していた。

黒薔薇と蛇が描かれた新しい装備は、違和感なく彼女に似合っていた。

 

「いえ、メイドの処遇に関する事で、やはりアインズ様が相応しいかと。」

「不心得者デモ出タノカ?」

 

コキュートスは顎を嚙み合わせ、冷気を吐き出す。

 

「いえ、個人的な事でございます、これ以上はご勘弁を」

「アインズ様ハオ忙シイダロウ。」

「コキュートス様。私はヤトノカミ様に教えて頂きました。絶対の忠誠が正しいとは限らないと。至高の御方々は、我々の自由意志を望んでいらっしゃいます」

 

セバスの声は澄み渡っていた。

 

「……フム。確カニ、以前ニ失敗シタリザードマン侵攻作戦ニオイテ、私ハ厳罰ヲ覚悟シタガ、アインズ様ハオ喜ビニナッテイタナ」

「その通りです。我々の希望や理想を伝え、その上で判断を仰ぐ事は、御方々もお喜びになるのではないでしょうか」

「…ソウカ。セバスノ提案ヲ、アインズ様ガ何ト仰ッタカ、後デ教エテクレルカ?」

「はい、時間を見てお伝えいたします。」

「忠義ヲ尽クセバ良イトハ限ラナイ……カ」

 

二人で空を見上げてのんびりと考え始める。

強くなることに貪欲なブレインと、すっかり縮こまっているゼンベルが呼んでいた。

 

「コキュートスの旦那!強さを見て下さいよ」

「お願いします……」

「アア、スグニ行ク」

 

コキュートスは木刀を構えて、彼らの稽古へ入った。

セバスは皆を見守りながら、主が現れるのを待った。

 

 

 

 

一方その頃、王宮の執務室では、居残らされたレェブン候と肉の供給源に教わった後、家族計画に関しての雑談に興じていた。

ラナーとザナックは諸事情の調査のため、既に出発していた。

アインズとレェブン候の間には、緩んだ平和な空気が流れていた。

 

「女の子か……難しいな。何が影響を与えるのだろうか」

「成功した暁には、祝いの魔法を頂けると幸いです」

「子供か……俺には……ゴホン! 私は子を成せないからな。子供が生まれたら男女に関わらず連れてくるがいい。私が直々に祝福を授けよう」

「ありがとうございます、魔導王陛下」

「アインズで良い」

「はい、アインズ様」

 

穏やかに笑うレェブン候からは、以前に纏っていた蛇の雰囲気は消え去っており、穏やかで家庭的な貴族に見える。

 

「ヤトにも子供が出来るといいが。」

「奥方と仲がよろしいので、すぐにでも誕生しそうですが。その……種族の違いはわかりませんが」

「あいつはその障害を飛び越えそうだな」

「壁があれば頭から突っ込まれるかもしれません」

「そうだな。奴の子供は抱いてみたいものだ」

 

心から会話を楽しむ話し声が流れる執務室へ、メイドが来客を知らせる。

イジャニーヤが到着したと教えてくれた。

 

アインズは魔導王としてではなく、一コレクターとして意気揚々と中庭へ向かう。

 

 

中庭に着くと、同じ顔をした三名の若い女性が、高速の手話で会話をしていた。

 同じ顔をした女性が、無言で手を動かす絵面は難解で奇抜(シュール)な絵画のようだった。

以前にナザリックへ送った暗殺者と同様の格好をした者が複数、緑色を基調に揃えた女性の背後に待機していた。

 

「お前たちがイジャニーヤか?」

 

死の支配者を見て、彼女たちの手話が止まる。

 

「ヤトノカミから言われてきた」

「名は何と言う?」

「ティラ」

「……妹とそっくりだな」

「どっちと?」

「似ていない。」

「一緒にしないでほしい。」

 

全員が同じ顔、同じ声で不満を露わにした。

 

「……差が分からんのだが」

「英雄と美女を紹介すると言われた」

「どういうことだ?」

「私はばい」

「ばいって……バイセクシャルか? 妙な性的嗜好を持っているな」

「ヤトノカミが桜を見せると言った」

「……あの蛇野郎」

「全て叶えて欲しい」

 

梃子(てこ)でもここを動かぬと言わんばかりに、腕を組んで仁王立ちする。

 小生意気な体に、太々しい態度がよく似合っていた。

 

「ナザリック観光か……。桜花の顔を見に行くのも楽しそうだが、イジャニーヤは配下になるのか?」

「全て叶えるなら考える」

「部下はここに待機をさせ、応接間で話そう。」

「わかった」

 

 悠然とした動作で、応接間へティラを連れていった。

 

 

 

 

「なるほど、皇帝がイジャニーヤを配下に」

「話は以上」

 

 ティラは出された飲み物を飲み干した。

 

「こちらの条件を言おう。ティラはここに住み、忍術を教えて欲しい。部下は現地へ返して構わん。」

「英雄も美女も、紹介されてない。」

「早急に誰かを紹介しよう。」

「中庭の美女に手を付けていい?」

「……誰のことだ?」

「妹達のボスと赤髪の冒険者。」

「駄目だ。妹達のボスはヤトノカミの妻だ。手を付けたら彼の配下にも命を狙われるぞ。赤髪の冒険者は鍛錬中だ、余計なことをされると困る。」

「魔導王を怒らせると怖いと言っていた。本当に強い?」

 

アインズは右手を顔の前にかざし、モモンに変わった。

 

「こうみえても漆黒の冒険者モモンとしての顔もあり、英雄としても名を馳せている。」

「中身は骨?」

「そういうことだ。」

「夜の方は?」

「……何を言っているのだ」

「立ち会って勝ったら考える。」

「立ち合いか……それも面白そうだな。中庭に行こう」

 

二人は意気揚々と応接間を後にした。

 

 

中庭へ着くと、モモンに変わったアインズに視線が集まる。

コキュートスを初めとした稽古に明け暮れる者は全て剣を止める。

イビルアイとブリタが、アインズの扮する本物のモモンを見て、黄色い歓声を上げた。

ラキュースが深いため息を吐いて肩を落とした。

 

「ティラと立ち会う。中庭を借りるぞ。」

「モモン、久しぶりだな!」

 

先日、席を外していたブレインが、気さくにアインズの肩に手を置くが、ラキュースに咎められた。

 

「ブレイン、モモン様の正体はアインズ様よ。」

「……え?」

 

ブレインは石になった。

 

「すまないな、ブレイン。その内に立ち会ってやろう。腕が上がっていれば、今の私に剣で勝つことができるやもしれん。」

「あ…あー、わかっ……りました。王様」

 

彼の石化は即座に解けたが、動揺は続いていた。

それ以上、ブレインに構わず、アインズとティラは中庭へ降り立つ。

 

10mの距離を開けて向かい合い、アインズは二本のグレートソードを構えた。

剣を握る手に力が入り、剣士として立ち会う感覚に胸が躍る。

 

「モモンとして戦うのは久しぶりだ。ティラ、期待しているぞ。」

「本気で殺していい?」

「ああ、構わないとも。手を抜いたら許さん。死んだら私自ら蘇生をしてやろう。」

 

 ティラが顔を歪ませてクナイを構えたのを確認し、期待にあばら骨を膨らませる。

初めてブレインと立ち会った時に感じた、未知な技術と出会えるかもしれない興奮だった。

アインズは心から彼女が欲しくなる。

 

「負けたら私の物になれ。」

「勝ってから言って欲しい。」

 

ブリタとイビルアイが何か騒いでいたが、集中し始めたアインズの耳には入らなかった。

 

「さあ、お手並み拝見といこう。」

 

その言葉で、辺り一面が音を失った。

 

 

 

 

 

最初に仕掛けたのはティラだった。

 

《闇渡り》でアインズの影から現れ、様子見と言わんばかりに背後からクナイを投げる。

 

振り向いたアインズは、造作も無くクナイを払いのけ、ティラに向かって剣を振り下ろした。

技術も何も無く、振り下ろされただけの剣は体を捻って躱された。

 

体を回しながら短剣を突き立て、鎧に刺さったのを確認して距離を取った。

 

「毒だな。」

「効かない?」

「ああ、その程度の毒は効かない。」

 

骨まで到達していない短剣を抜き、無造作に放り投げた。

 一同は悠然とした英雄の戦いに、息を飲み、目を奪われていた。

 

 ティラが何かを狙っているのを察し、アインズは武器を低めに構える。

 

「《大瀑布の術》」

「目くらましか。」

 

アインズが水の中で揺れる影へ向けて大剣を突き立てたが、二本の剣は七色に輝く六角形の盾に阻まれた。

 

「盾は囮だな、後ろか。」

「遅い。」

 

振り向いたが時すでに遅く、ティラは間合いに入っていた。

アインズの兜へ、二本のクナイが突き込まれた。

その隙を逃さず、アインズは剣を手放し、ティラの両肩を掴んだ。

 

「この鎧は顔しか狙う場所がない。目を狙うのは想定内だ」

 

宙に持ち上げられ、じたばたと暴れていたティラは、腕が完全に固定されているのを確認し、諦めたように大人しくなった。

 

「私の勝ちだ」

 

 優しくティラを地面へ下ろし、剣を背中に収納した。

兜に刺さったクナイを引き抜き、俯いて悔しがるティラに返した。

 

「モモンさまぁ……」

 

声を揃えて熱っぽい声を上げる女性達の声が聞こえた。

視線をやると面倒なことになると思い、一切構わなかった。

 

「オ見事デス、アインズ様」

「流石は、我らが主でございます」

「ありがとう、コキュートス、セバス」

 

コキュートスとセバスの称賛が届き、片手を上げて応える。

 

「ティラ、約束通り、お前は私の物だ」

「夜の世話は?」

「……別にしなくてもいいのだが」

「したい」

「はぁ!?」

「私はあなたの女」

「……そういう意味ではない。魔導国の支配下に入れという意味で言ったのだが」

「強い男は好き」

「強い男ならヤトノカミと会っただろう」

「好きなのは強い英雄」

「……中身はアンデッドなのだが、どうする気だ」

「何とかする」

 

 ティラの妙に熱っぽい瞳に、のっぴきならない状況だと気付く。

パンドラを呼び出して立ち合わせればよかったと、痛烈に後悔し始める。

 

「アインズさま!私ならすぐにアインズさまのものに!」

「魔導王様!私も立ち会ってください!そして私を所有物に!」

「ブリタ!私が先だ!」

「愛に順番待ちはありません!」

 

「そこの純潔たち、うるさい。英雄は私を口説いた」

 

五月蠅い、面倒くさい、騒々しいと、うんざりするための三種の神器に辟易したアインズは、黙って騒ぎが静まるのを待ったが収まる気配もなく、纏わりつこうとする女性陣の対応に困って逃げ出した。

 

廊下の辺りで三人に捕まり、全員に抱き着かれる。

イビルアイが右手、ブリタが左腕、ティラが腹部にコアラのように張り付いた。

 

恍惚とした顔をしている女性陣を引き剝がそうと四苦八苦していると、セバスがこちらにやってくる。

 

「お見事でございます、アインズ様。」

「セバス。今日は帝都に行くのではなかったか?」

「はい。この後、出発いたします。その前に少しだけお時間よろしいでしょうか?」

「イビルアイ、ブリタ、ティラ、私から離れるのだ。セバスと大事な話がある。」

 

「あぅ……はい」

「はい」

「チッ……」

 

女性陣の不満を背に受け、二人は執務室へ向かって歩き出した。

アインズが去った後、中庭は口論する女性陣で大層騒がしくなったが、執務室でセバスの悩みを聞くアインズには届かなかった。

 

「なぁ、ラキュースさんよ。モモンは最初からアインズ様だったのか?」

「ええ、そのようね。私も夫から聞いたのよ。日々の業務の息抜きに、モモンに変わっているみたいね」

「……あの人は何でもありだな。魔法詠唱者じゃなかったのか」

「私と戦士長とブレインには期待しているみたいよ。戦士として自分が成長できる相手だって」

 

返事はなかったが、ブレインは口元が緩んでいた。

 

彼の慰めになったのを確認したラキュースは、いつまでも喧嘩している恋敵同士を宥めに行った。

 

 

 

 

執務室で一息ついたアインズは、モモンの姿を解除し、椅子にゆっくりと腰かけた。

セバスは両腕を後ろに回し、主が落ち着くのを待っている。

 

「やれやれ、女性問題にも困ったものだな。助かったぞ、セバス」

「流石はアインズ様です。先ほどの戦い、手合わせ後の魅力ある対応など、参考にさせて頂きます。」

「さて、セバス、私に何か用があったのではないのか?」

「はい。私のような者が恐れ多いのですが、無礼を承知でお願いです」

 

頬に冷や汗を流すセバスは、恭しく跪いた。

 

「お前の働きには満足している。可能な限り応えよう、何なりと申せ。」

「ありがとうございます。実は、人間メイドのツアレを……その、頂いてもよろしいでしょうか」

「妻にするということか?」

「……はい、ツアレを私に下さい」

「まだ手を付けてなかったのか」

「はい、至高の御方々が夜に呼び出すとも限りませんので。」

「……なぜそうなる」

「御方々は人間が好きなのでしょうと、思っておりました」

「セバス、お前の悪い所はその真面目な所だ。少しくらいならヤトを見習っても構わんのだぞ。あいつは何も言わずに手を付けるだろう。現に気が付けばラキュースと恋仲だったではないか」

「……はい」

「ツアレか。好きにしても構わんが、不幸にしてはならん。それを守るのなら、処遇は任せる」

 

ツアレの妹を思い出し、感傷的な気分になった。

彼女の蘇生をと頭に浮かぶが、大切な部下の恋の障害になりかねなかった。

 

「やはり、ペスの考えた通りでしたね。」

「ほう、ペスは何と言っていた?」

「アインズ様とヤトノカミ様は、妻や側室をご自分でお探しになる、と」

「いや、そういうつもりでもないのだが。それより、帝都から連れ帰った者達は、セバスの邸宅、収まらない者は空き家に住まわせるがいい。しっかりした教育を施して、復興する予定の村へ送ろう」

「はっ、畏まりました」

 

セバスを見送るために外へ出ると夕方になっており、中庭には誰もいなかった。

アインズは彼を見送ってから、自室のベッドに横になって読書を始めた。

 

夜にティラが不法侵入してくる一幕や、影から見ていたイビルアイが「私も」と言い出す騒動があったが、アインズは何も言わずに二人の首根っこを掴んで室外へ放り投げた。

 

翌日から、王宮の自室には厳重な鍵が掛けられる。

 

 

放り投げられて壁にぶつかった二人は、その場に座り込んで談合をはじめた。

 

「ティラ、協力しないか?」

「良い匂い……」

「違う!私より美人が多いナザリックへ行きたいだろう。私が妻になるために協力してほしい。」

「私はあなたでもいい」

「わたしが困る。アインズさまの妃候補は絶世の美女なのだ。私一人では太刀打ちできん。」

「魔法で扉壊して三人で楽しむのも悪くない。」

「うるさい!話を聞け!」

 

話の進まない二人は翌朝まで話し続け、アインズを落とすために協力関係が結ばれた。

 

 ティラがどこまで真剣なのかは不明だった。

 

 

 

 

帝都アーウィンタール、指示された金貸しの事務所では、状況が把握できない娼婦たちが烏合の衆へ変わる。

悲壮感溢れる彼女たちは、小声で囀っていた。

 

「……なんで集められたの? 殺されるの?」

「小耳に挟んだ話だと、新しい飼い主に売られたって」

「……そう。短い一生だったね」

「うん」

 

娼館一軒分に該当する娼婦たちは、体を売るしかない自分たちの身の上を呪いながら、新たな主人を待った。

どこかの大富豪が酒池肉林を味わおうと、大枚をはたいて複数の娼婦を囲うのはよくある話だ。

行く末も飽きて捨てられるか、残酷な拷問劇を演じて無残に死ぬかが一般的であり、数名は今の内に舌を噛み切ろうか悩む。

 

入口の向こう側が騒がしくなり、新たな飼い主が現れたと知らせた。

だらしない体をした苦労を知らぬ貴族を想像していた彼女達は、燕尾服の老年執事(ナイスミドル)を見て困惑する。

 

「皆さま、私は魔導国の使者でございます。本日より皆様は魔導国の所有物となりました。早速ですが明日からメイドとしての訓練を受けて頂きます。」

「はぇ?」

「私は魔導国のメイド教育係を務めております、セバス・チャンと申します。以後、お見知りおきを。」

 

一同から悲しげな表情が完売し、鳩が豆鉄砲食らった顔が大量入荷した。

セバスは穏やかに微笑みながら、彼女たちが事態を受け入れるのを待っている。

 

「あーのー……質問してもいいですか?」

「はい、知っている範囲であればお答えしましょう。」

「メイドって、体の奉仕があるって事ですか?」

「いいえ、ただのメイドです。給仕や掃除、来賓の対応など、一般的なメイドのお仕事です。」

「どうして、私達みたいな娼婦を。」

「我らの主は帝国の情報を欲しております。貴族や庶民、冒険者などと肌を重ねる皆様であれば、睦言などで詳しい情報まで精通していらっしゃるでしょう。壊滅した村の復興へ回す人材も必要なのです」

 

ヤトノカミであればそこまで考えると信じて疑わないセバスは、微笑みながら優しく説明を行った。

年配でありながら美形の執事に、娼婦たちは見惚れて黙り込む。

 

 

「では参りましょう。魔導国ではしばらく集団生活を」

「あ…あの……何度もごめんなさい。まだ質問いいですか?」

「はい、何でしょうか。」

「主って、誰ですか?」

「魔導国の王、ナザリック地下大墳墓の主神、アインズ・ウール・ゴウン様と、魔導国の蛇、ヤトノカミ様です」

 

魔導国の情報を知らない彼女達は、この辺りで考えるのをやめた。

誰が飼い主かわからなくても、執事は信用できそうだった。

 

「ご結婚はしていらっしゃいますか?」

「私ですか?」

「はい。」

「結婚はしておりません。予定は……と、今は止めておきます。さあ、夜も遅いので参りましょう」

 

一行は事務所の入り口にてペスが訪れるのを待った。

 

様々な思惑の交じり合う娼婦全員の視線に背中を貫かれながら、セバスは彼女たちが自分に求婚せぬように、そしてこの先の人生が楽しく幸せに満ちたものであれと願った。

 

 犬の頭部を持ったペスが現れた時に、阿鼻叫喚の騒ぎとなり、彼女たちを魔導国に連れていけたのは深夜だった。

 

 

 




何とか11巻発売までに間に合った。

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