愛の告白もそうだが、元人間だと告白して引かれることを想像すると、やはり気が重いことに変わりはなかった。
落ち着かない俺は、執務室の豪華な机の前を、餌を探す野良犬のようにうろうろと歩き回った。
「……精神の沈静化が無ければ、心臓が破裂していたかもしれんな」
最近、独り言から支配者ロールが抜けないが、それも慣れた。
やがて、呼び出された正妻候補の二名が入室してくる。
「アインズ様、お呼びでございますか」
「何でしょうか」
二人のタイプが違う女性が入室し、即座に俺の前へ跪く。
「う、うむ、アルベド、私はこれから帝都へ立つ。護衛はブレインとゼンベルを連れていくが、シャドウ・デーモンの手配を頼む」
「既に馬車の影に潜ませております。姉さんにも、抜かりない監視を依頼してあります。」
「そうか……。イビルアイ、特別メニューのレベルアップは順調か?」
「……自分ではわかりません」
「そ、そうだな」
会話が途切れ僅かな間ができてしまった。
アルベドが輝く視線を向けており、求婚だと信じているのだろう。
キーノはいつもと様子の違う支配者に、首を傾げていた。
二人の視線に耐えられなくなった俺は、気づかれない様に深呼吸を行い、本題に入る。
「アルべド、イビルアイ。私は支配者として妻を娶る必要がある。だが、その前に聞いて欲しい。私は人間だ」
アルベドは探るような視線を向け、俺の心情を図ろうとしていた。
余計な誤解を招いても困るので、構わずに話を続ける。
「私は、どこにでもいるただの人間だったのだ。仮初の体としてオーバーロードを使用していたが、ナザリックがこの世界に転移した時に、この肉体を得た。この先どうなるかは私にもわからんが、人間に戻る可能性もある。お前達はそれでも私を愛せるのか聞きたか――」
「私は構いません!」
俺の声は金髪の可憐な吸血姫に遮られた。
「私だって元人間です! アインズ様がいつの日か人間に戻ったとしても……私は……私はあなたと共に生きたい! いつかは別れたとしても……それまで同じ時間を生きたい」
キーノの瞳は潤い、彼女は過去の悲哀による慟哭を交え、俺の全てを受け入れた。
アルベドは何かを考え込んでおり、やはり彼女には難しかったのかもしれない。
キーノではなくアルベドが即答すると踏んでいた俺は、少なからず残念に思った。
「アルベド」
「はい。」
「お前が愛する君主の正体が、嫌悪する人間であると黙っていたのは、悪かったと思っている。」
「いえ、私は――」
「よい、お前の考えている事はわかる。私はこれから帝国へ行き、同盟を取り付けてこよう。戻ってきてからお前の返事を聞かせてくれ」
「アインズ様、私の返事は――」
「人間を嫌悪するお前に、私が人間であると受け入れろというのが難しいのかもしれん」
「アインズ様! 私の返事は決まっています!」
俺の声には失望の声色が色濃く出てしまい、残された人間の残滓が彼女に期待を寄せていたと初めて自覚することが出来た。
それを感じ取ったのか美しい金色の双眸から涙が流れ始めている。
人間を嫌悪する設定と、俺を愛する設定に板挟みになった彼女の涙は痛々しく、改めて己のしでかした設定改変が、どれほど酷い事だったのかと突きつけられた。
「皆まで言う必要はない。幸い、時間はまだあるのだ。元はと言えば、私がお前の設定を戯れに改悪してしまったのが全ての元凶だ。責任を取り、お前の設定を元に戻そう。モモンガに忠誠を誓っている、と」
「アインズ様……それは……あんまりではないですか……」
アルベドの表情はこの世界に転移してから、最も痛ましい絶望に打ちひしがれた表情だった。
俺が彼女を傷つける何かを言えば、この場で精神が崩れるだろう。
「アインズ様……私はあなたに愛されれば他に何も――」
「話は以上だ。今は話すことはない」
意図せず過剰に拒絶する声を出してしまい、アルベドは零れる涙を手で隠しながら部屋を飛び出していった。
全ては俺が設定改変などと戯れをしたのが発端なのだ。
彼女の心を救うことでその責務を果たそう。
金髪の少女が悲しそうな目をして、飛び出していくアルベドを見送っていた。
「キーノ、求婚の返事は戻ってからしよう。その前に、私のどこが気に入ったのか教えてくれないか?」
「あ、あの……はい。英雄然とした態度とプレイヤーの持つ圧倒的な強さが最初でした。だけど、アインズ様がアンデッドだったからです」
「……なに?」
「いつか必ず来る別れ……ラキュースやガガーラン、ティアやティナは人間です。必ず別れる時が来ます。アンデッドの私は、誰よりも別れを多く経験するんです」
「別れ……か」
俺の心には、かつての仲間たちがギルドマスターである俺に引退を宣言し、武器を預けた場面が繰り返し投影される。
「アンデッドのアインズ様とは、永遠の時間を共に歩むことが出来ます。今思えば、自分がアンデッドになってここにいたのは、アインズ様と出会うためだった気がします」
「……キーノ」
寂しい心を押しつぶして仲間の引退を見送り、一人だけのナザリックで過ごす自分と、目の前の悲しい表情をしたキーノが重なる。
自分はまだ蜘蛛の糸に似た希望に縋っているが、彼女はそれさえ許されずに孤独を味わってきたのだ。
キーノの悲しみは、ハンマーで俺の心を強く叩いた。
「やっと……やっと私は、共に歩める人を見つけました。体は未成熟ですが、努力でなんとか補いますから、その……」
真っ赤になって俯く彼女に、人間の残滓が反応する。
「キーノ、こちらへ来るのだ」
「?」
不思議そうに走り寄る彼女を、骨がむき出しの両手で優しく抱いた。
「あ、あいんず様!?」
「……お前の気持ち……私には、痛いほどわかる。かつて共に旅をした39人の代えがたい大切な仲間、彼らがナザリックを様々な事情で去っていくのを、私は寂しさを押し殺して祝福と共に見送ったのだ」
キーノは何も言わなかった。
「行かないでくれと言いたかったが、私のような身寄りもなく、何の価値もない男が、大切な仲間の人生の門出に引き留めてケチをつけるなどできはしない」
支配者としての俺が警告したが、既に自分で止められなかった。
「それでも皆にまた会いたい。話をしたい。冒険をしたい! 俺が嫌いになったのか! 俺に魅力がないから! だから皆が離れていくのか! 本当は不死の命も! この国も! 全てがどうでもいい! もう一度、仲間に会いたいだけなんだ!」
「アインズさま……」
イビルアイは俺の首に掴まり、髑髏の後頭部を優しく撫でた。
精神の沈静化と彼女の優しい手によって、俺の慟哭は静かに収束し、彼女の紅の双眸が涙で潤っていると気が付く。
「一人で悲しまないで……私はずっと側に居ます」
「すまない、取り乱したな。本当は二度と会えないと分かっている。それでも……彼らへ執着するのを辞められない。こんな愚か者が栄光あるナザリック地下大墳墓の支配者なのだから、とんだ御笑い種だ」
俺は自嘲気味に笑った。
「キーノ、失望しただろう。お前の惚れたアンデッドは、過去の楽しかった思い出へ執着することをやめられない、哀れで孤独で矮小な元人間なのだ」
「……私はアインズ様の下を……離れたりしません」
しがみ付く彼女の瞳から、大粒の涙が滴り落ちて執務室の床へ水溜りを作った。
「キーノ・ファスリス・インベルン。悠久の時を我々と共に歩もう。時間に引き裂かれることなく、私の妻になれ」
「……はい」
全てを洗いざらいぶちまけた俺の口からは、素直にプロポーズの言葉が出ていた。
彼女の赤いフードを下ろして長い金髪を手で梳き、可憐な彼女の顔を正面から見つめた。
「恥ずかしいです……」
「今度、二人で沈黙都市を見に行こう。アンデッドで溢れたあの街は、魔導国に有益なものとなるだろう」
「どこにでも、一緒に行きます」
「それから、二人きりの時は……サトルと呼ぶがいい。私の本名だ」
「サトル……サトル! サトル!」
笑顔で俺の名前を叫ぶ彼女は微笑ましかったが、久しぶりに全力で名前を呼ばれ恥ずかしかった。
「えへへ……嬉しいです。でもあの、サトル。アルベドさんは、サトルを心から愛してます。私よりも前からずっと。彼女にも応えてあげてください」
「……検討する。私はこれから帝国へ行く。支配者として一日の長がある皇帝に、妾について聞いてこよう。個人的には一人で十分だと思うが」
「悔しいですが……サトルの隣はアルベドさんがよく似合う……です」
「う、うむ……私はナザリックを留守にするが、アルベドへフォローを頼む。襲われたら逃げるかヤトへ助けを乞え。何があってもキーノでは勝てん」
「わかりました、サトル」
抱きしめていた彼女を優しく降ろし、帝国へ行く準備を整えはじめる。
キーノは俺の自室で嬉しそうに服を選び、予想していなかった平和な時間を過ごした。
こんなのも悪くないかと思いながら、着替えた俺が王都へ帰還した時には夕刻になっていた。
◆
王都正門前では群青を基調にした身軽な衣服に着替えたアインズが、渋るブレインとゼンベルへ馬車を用意していた。
突然に言い渡された帝国への出張に、二人は気が進まない様子だった。
「アインズ様よ、戦争に行くなら御免だぜ」
「ゼンベルよ、心配せずとも好い。ザリュースと会った彼らなら、リザードマンへの抵抗もないだろう。ただそれだけの理由だ。飲み食いは好きにさせてやろう」
「そいつはありがてえ! 喜んでいきやすぜ!」
ゼンベルはとても分かりやすく態度を一転させ、まだ不満のあるブレインが文句を言い始める。
「俺はなぜですか?」
「稽古もできずに退屈だろう。冒険者として活動させてもいいのだが、ガゼフが帝国で活動中にどれほど強くなったか、腕試しも兼ねているのだ」
「腕試しって、戦闘になる可能性があるんですか?」
「帝国の騎士たちの強さを図りたい。場数を踏んでいるブレインであれば、彼らの強さも分かるだろう。さあ、無駄話はこれくらいにし、馬車に乗るのだ」
「少し楽しみになってきましたぜ」
ブレインの機嫌を取り終わったところで、蛇のヤトとセバスが見送りに来た。
「ジル公によろしくッスー」
「アインズ様、お気をつけて」
「セバス、私がいない間、そこの阿呆をよろしく頼む」
「大丈夫ッスよ。ナザリックへ帰りますから」
「ラキュースはどうした?」
「いや…なんかよくわからないッスけど、レイナ……妾と二人で外泊しちゃいました」
「……?」
意味が分からず、また言った本人もよく分かっておらず、二人の支配者は首を傾げた。
「それより、アルベドとイビルアイへ告白は済みましたか?」
「ああ、私はキー……イビルアイを妻としようと思う」
「……え?」
「おお、アインズ様、おめでとうございます」
セバスは素直に祝福してくれたが、ヤトは蛇の姿で首を大きく傾げた。
「アルベドは?」
「うむ、やはり受け入れがたいようだ。彼女の設定を考えると仕方なかろう」
「なんて言ってましたか?」
「返事は決まっていると言っていたが、人間に対する嫌悪がある以上、難しいだろうな」
「ふぅん……」
蛇の瞳を染める赤色が濃くなった気がしたが、気を取り直して明るく言う彼に、疑問や不安は掻き消えた。
「じゃ、お気をつけて!」
「そうだな。先に使者を出しておくか。」
アインズは謁見の日程を伝える使者、
転移ができる彼らには馬車に乗るなど何の意味も無かったが、丸腰で歩いていくのはやはり避けるべきだろうと判断した。
どちらにしても転移ゲートは開かれ、馬車は赤黒い闇に飲まれ、すぐに帝国へと到着したが時刻は夜になっていた。
「セバス、冒険者組合に寄っていくから先に戻ってくれ」
「畏まりました。それでは先に失礼いたします」
セバスが立ち去ったのを確認し、様々な事を考えている蛇神は一人呟いた。
「……気に入らねえ」
◆
主君の為に持てる力のすべてを使って皇帝へ伝言を渡した
残された若き皇帝と主席魔法詠唱者は、見たことも聞いたこともないアンデッドが去ったのを確認し、ジルの自室で秘め事の相談を始める。
「何だったのだ、あの化け物は」
「デス・キャバリエと申していましたな。種族について詳しくは知りませんが……あれ一体で騎士団は全滅するかもしれません」
バハルス帝国の皇帝と主席魔法詠唱者は、見たこともない異形の使者に慄きながらも丁寧に応対した。
ヤトの緩い様子を見ていた影響で、自らが魔導国及び魔導王を侮っていたと気付かされた。
「……ヤトを懐柔させて魔導国と領土を折半する策は、辞めた方が賢明か」
「少なくとも、何か特殊な力を持って異形の配下を支配していると判明しました。タレントの可能性もあります。」
「じい、魔導王の持つ力の底を図りたい。何かいい手はないか?」
「ふむ……私のタレントを使って測りましょう。四騎士には洗脳に対抗する装備をさせるべきかと。秘書官はどこかに隠れて様子を見させては如何ですか?」
「そうだな……しかし、アンデッドというのは本当なのだろうか。生者を憎むアンデッドが国の頂点に坐すというのも、あまりぞっとしないが」
「魔法詠唱者としては興味がありますな」
舞踏会で聞いたガゼフの言葉、魔法一発で国を滅ぼせる魔法詠唱者という件を思い出す。
「一撃で国を滅ぼせる魔法など、この世に存在するのだろうか」
「聞いた事がありません。ですが、魔法は奥が深い。私より優れた存在とは未だに信じられませんが、知識では私を凌駕している可能性も」
「じいは魔法になると我を忘れる。無礼な振る舞いは避けるのだぞ」
「ジルも取り乱さぬように。何かあれば私が転移魔法で連れ出しましょうぞ」
二人は細やかに笑い合った。
◆
アインズは帝国に到着して早々に、アルシェから聞いた高級宿へ移り、誰に気兼ねせず気楽な一晩を過ごした。
翌朝、ブレインとゼンベルが朝食を摂り終わるのを待ち、馬車で宮廷へと出向く。
他国をアンデッドの姿で堂々と歩き回るわけに行かず、バイクのヘルメットに似た顔全体を覆うアイテムを被り、馬車の小窓から街を眺め、宮廷への道を急いだ。
それでも見たこともない豪華な装飾を施した馬車は、道行く通行人たちの目を集めた。
「到着したみたいですぜ」
「そうか、早かったな」
「じゃ、俺が門番に伝えてきます」
「ああ、頼む」
ブレインは颯爽と馬車を飛び降りた。
馬車を降りると厳めしい宮廷の正門で、安物の槍を携えた門番がこちらを訝しげに見ていた。
「よう、アイ……魔導国の国王をお連れしたんだが」
「は、はい!聞いております、すぐに門を開けます!」
緊張して敬礼をする彼は、すぐに門を開けてくれた。
中庭に馬車を止め、アインズが様子を見ながら威風堂々と馬車を降り、頭を覆う何の価値もないアイテムを外し、それらしい装飾の施された
急に明るくなった視界になれると、馬車の前から王宮の入り口、あるいはその奥まで続くであろう騎士の列が目に入る。
「魔導王閣下に対し!敬礼!」
訓練された騎士たちは、最敬礼を行っていた。
「…………歓迎感謝する……帝国が誇る騎士の諸君」
動揺して精神の沈静化が起きてから、ようやく彼らに声を掛けることが出来た。
「頭を上げてくれたまえ。私は同盟国の一要人に過ぎぬ。過剰に気を使う必要はない」
赤い光の瞳とその風貌を恐れた騎士が、鎧の中で震えている音が聞こえた。
静寂が支配した帝国宮廷から、黒い鎧を装備した眉目秀麗な騎士が駆けてくる。
「魔導王陛下、お越しいただきありがとうございます。皇帝陛下が応接間でお待ちしておりますので、私、ニンブル・アーク・デイル・アノックがご案内をさせて頂きます」
「そうか。よろしく頼む。ゼンベル、ブレイン、付き従え」
「へい」
「はい」
砕けた口調の
だが普通の人間のような気配を僅かに残すアンデッドを、長い時間直視することが出来ず、視線は直ぐに前へ戻っていった。
どこであつらえたのか想像もできない高価な衣服、強大な魔力を感じる魔法の
蛇神との謁見で感じた恐怖を軽く凌駕する、死の支配者との邂逅に、ニンブルは体の芯が震えるのを必死で押し殺した。
なんか凄い目で見てたけど、服のセンスが悪かったかな……この杖だってそれっぽい量産品だし……キーノのセンスが悪かったのか?
ピントのズレた心配をするアインズが去り、最敬礼をしていた騎士たちは、肉食の大型動物が去ったような安堵感で、多くの者がその場に座り込んだ。
◆
案内された玉座の間では、若く顔立ちの整った皇帝が出迎えてくれた。
穏やかに微笑む若き皇帝を見て、自分が29歳の冴えないサラリーマンだと思っているアインズは、勝手に敗北感を味わう。
若いなぁ……ヤトと年齢は同じくらいじゃないのか?
「お越しいただき感謝します、魔導王閣下」
威厳こそ足りないが、親しみやすい彼の声を聞き、アインズは心の中で気を引き締めた。
「お初にお目にかかる、皇帝陛下。私が魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンだ。二人とも、皇帝陛下に名乗れ」
「初めまして、皇帝陛下。ブレイン・アングラウスだ」
「ゼンベルだ」
護衛の二人は軽く会釈をした。
「ご丁寧な挨拶に感謝します。来賓に先に挨拶をさせてしまった無礼を許して頂きたい。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、ジルと呼んでくれて構いません。」
「歓迎に感謝しよう、ジル。」
「その、アインズ殿。もしやその護衛の剣士は、あのブレイン・アングラウスなのか?」
「あのブレイン・アングラウスというのはよくわからんが、ブレイン、そんなに有名だったのか?」
「さあ、わかりません。」
「有名だとも。積もる話は後にしよう、ニンブル、アインズ殿を」
「殿はいらん、砕けた口調で話してくれたまえ。対等な同盟国であれば、対等に話してくれて構わない。ここは
「………ニンブル、アインズを応接間へお通ししろ。私もすぐに行く」
「畏まりました、陛下。」
妙な反応だなと思ったが特に気にせず、王として恥ずかしくない立ち居振る舞いを気にするアインズと気楽な御伴は、応接間へと案内されていった。
残された帝国の頭であるジルは、想定外の知性に溢れたアンデッドの支配者たる姿に、遅ればせながら激しい動揺をする。
「じい、どう思う?」
物陰から様子を伺っていたフールーダが現れる。
「強者として振る舞うのだと思っていた。足元を掬う策は講じていたのだが……対等な関係、更には多少自分を下に置く関係を望まれるとは想定外だ。そもそもあれは幻術か? なんだあの顔は? 本物の知性を持った、アンデッドの希少種なのか? じい、あれは」
「落ち着きなさい、ジル」
初回の謁見にて、こちらを散々に脅しつくした知性の足りなそうな蛇と違い、威厳に満ち、部下の気さくな態度を許す器量を感じる魔導王の振る舞いは、支配者として一日の長がある筈の自分が敗北感を抱く程に、絶対の支配者に相応しい存在感だった。
「う…うむ、すまない。じいのタレントで魔力の底は見えたか?」
「ふーむ………どうしたことでしょうか……見えません」
「見えないとは?」
「相手に重なるように見えるはずのオーラが、タレントでも感知できません。探知防御など……まさか、実は全てが幻術なのでは?」
「じい、待機している四騎士を連れ、魔導王との会談に同席せよ。可能であれば、その辺りを明らかにし、交渉を円滑に進めたい」
「畏まりました、すぐに支度をしましょう」
応接間へ行くと、最初の首脳会談だというのにまるで緊張した素振りのないゼンベルとブレインが、出されたお茶請けを齧っていた。
「生魚が食いてえな。これじゃ土食ってるみてえだぜ」
「皇帝に頼んでみたらどうだ?」
「……二人とも静まれ。ジルに失礼であろう」
ジルの姿を捉えたアインズが注意をすると、二人は貝になった。
「やあ、お待たせして申し訳ない」
「構わないとも、ジル。同盟の打ち合わせをしたいのだが、ブレインとゼンベルに帝国の騎士たちを見せてくれないだろうか」
「あ、ああ……ニンブル、二人をご案内しろ」
ただでさえ紅一点が魔導国の蛇に取られてしまい三人になった四騎士を、さらに一名減らされた不安で、ジルの額に冷や汗が流れる。
これで魔導国と帝国の首脳会談には、ジル、フールーダ、四騎士の“雷光”と“不動”が出席することになった。
「では、同盟に関しての話をしよう」
アインズは学校建設の協力要請、法国との戦争が起きた場合の共闘依頼、魔導国の食料不足の解決に向け農場にする土地の貸与、以上三点の
営業マンであれば言葉に詰まる、言葉を噛むなどは許容範囲だったが、魔導王の自分に情けない真似は許されず、落ち着いた口調でゆっくりと言葉を進めた。
その落ち着いた口調が支配者としての格を窺せ、自分が優秀な支配者だと思っていたジルは更なる敗北感を味わう。
「話を聞く限りだと、取り急ぎ我々が協力するのはフールーダの派遣でよろしいのかな」
「同盟に関して何か要望があれば聞こう。こちらの要望は全て述べた、ジルが何かを希望するのなら、私は全力で応じよう」
「それは有難い。そういえば紹介をしていなかった。帝国主席魔法詠唱者と四騎士の二名だ」
フールーダは魔力を感じないアインズを、探るような目で眺めていた。
「四騎士のレイナース・ロックブルズは元気だろうか」
「そちらはまだ会っていない。ヤトの話を聞く限りだと、問題なさそうだがな」
「イジャニーヤを配下に加えたと聞いたのだが」
「その通りだ。彼女……イジャニーヤの頭領は私の部下になった。先に言っておくが洗脳は一切していない。快く協力をしてくれた」
「……その……ヤトがアインズのコレクションに加えると言っていたのだが」
「勘違いしないでほしいが、女としてではない。彼女の使う珍しい術が目当てだったのだ。魔導国の軍事強化にも役に立つだろう」
二度と戦争を仕掛けるなよと牽制された気分になり、ジルは慌てて話題を変える。
過去にリ・エスティーゼ王国へ小競り合いを仕掛けた件を、ここで蒸し返されると交渉が不利になり兼ねない。
「フールーダ、アインズへ質問はあるか?」
「魔導王陛下、私が帝国主席魔法詠唱者のフールーダ・パラダインでございます。魔導王閣下は魔法詠唱者とお聞きしていますが」
「アルシェから話は聞いている。タレントで相手の魔力を測るのだろう?」
「む、そこまでご存じでありましたか。アルシェはお元気でしょうか」
「彼女は仲間や妹と共にカルネ
「そうですか……会うのを楽しみにしているとお伝えください」
「必ず伝えよう」
会話が途切れ、アインズの魔力を必死で探るフールーダの目つきが悪くなり、無礼を働かないかとジルは冷や汗をかいた。
「閣下、なぜ魔力の探知防御をなさっているのですか?」
「アルシェのタレントも似たようなものなのだろう?彼女は私の魔力に耐え切れずその場で嘔吐してしまった。格が違い過ぎるのだ」
「……私は未成熟な彼女とは違います。よろしければ魔力を見せて頂けないでしょうか」
「残念だが、この世界の人間に私の魔力を見せることは無い」
「少しだけで構いません」
「断る」
取り付く島もない返答に、露骨に肩を落とした。
「……そうですか、残念です」
「魔法の深淵を覗きたいというその心意気に応え、私の知識を一部だけ授けよう。いわゆる六大神、四大神と呼ばれる彼らは、私やヤトノカミと同じ世界から来た。つまり、信仰している神々と私は同じ存在なのだ」
口を開けて目を見開き、唖然としているフールーダを気にせず、アインズは知っている簡単な知識を話す。
他の面々は会話に追従する事がかなわず、アインズの高説をただ聞いていた。
「それから、魔法の位階は十一位階が上限だ。部下にも八位階や十位階を行使できる者を複数抱えている。十一位階は使用する代償に何かを失う可能性もあり、何よりも攻撃呪文が――」
言いかけたアインズは会話を途中で切り、別の提案を行う。
「十一位階の魔法を、実演しても構わないがどうだろうか」
「止めてくれ……その……騎士たちが動揺してしまう」
《
ジルが慌てて制止するのも聞かず、フールーダの心は暴走へのアクセルを踏んだ。
「そ、それは是非とも拝見しとうございます!」
「フールーダ、その辺にせよ」
「魔法の深淵をぉぉ!」
「アインズに失礼であろう!黙れ!」
「魔導王閣下! 魔法の深淵を覗けるのなら、魂まで捧げます!」
「いい加減にしろ!」
「やかましい!」
「この糞ジジイ!」
「邪魔するな!」
魔法に憑かれた老年の魔法詠唱者は、首脳会談中だというのに、恥も外聞もかなぐり捨ててアインズの隣に平伏した。
ジルが相変わらず怒鳴っており、護衛の四騎士が戸惑いのあまり武器を構えていた。
「閣下! 後で魔法省をお見せいたしましょう!」
「では明日、その魔法省を案内して頂くとしよう。」
「はっ! お待ち申し上げております!」
フールーダはドアを蹴破って飛び出していき、魔法省へアインズを迎える準備に急いだ。
破壊せんばかりにドアを蹴飛ばした彼に、失恋の痛手に苦しんでいるであろう白い淫魔を思い出し、胃の辺りにキリキリとした痛みを感じる。
同じように胃の辺りを押さえているジルに、妙な親近感が湧いた。
「すまない……優秀な男なのだが、魔法になると我を忘れてしまうのだ」
「気にする必要はない。崇められるのは慣れている。ところで、つかぬ事を聞くが、結婚はしているのか?」
帝国の恥を晒してしまったジルは、話題を変えようとしてくれたアインズに感謝した。
実際は本当に興味があって聞いただけなのだが。
「いや、私は結婚していない。いわゆる妃は持っていないが、愛妾と呼んでいる女が何人かおり、彼女らが生んだ赤子もいる」
「ほう、その若さで大したものだな」
「妾は好きに作れるのだが、正妃となるとそれ相応の女を迎えなければならない。次代の皇帝を生む女なのだ、相応しい美貌と頭脳がなければ意味が無い。それで優秀に育たなければ、妾の子と挿げ替えればいいのだからな」
「……思ったより現実主義なのだな」
「っと……つい饒舌になってしまったようだ。だが、私にとって何より生かすべきはこの国だけだよ、アインズ」
「妾は何人作ったのだ?」
「顔で選んだのが複数、頭脳で選んだのが一人だ」
「……次世代の国の為に、か。何かと参考になるな」
「すまない……その……私よりアインズの方が、よほど支配者らしく叡智と武力を持った存在だろう」
ついつい本音で砕けた話をしてしまったアインズは、密かに心中で脂汗をかく。
「い、いや……見ての通り、私は人間では無い。人間の事はやはり人間に学ぶのが一番だと思ってな」
「好奇心で聞くのだが、性欲はあるのかね」
「……ないことは無い……とだけ応えておく」
「それは良かった。もしよければ、没落貴族の中から令嬢を差し出そう。友好的な同盟の貢物として、綺麗どころを集めて魔導国に送ろうと思うのだが如何だろうか。これから帝国の繁栄にも協力を乞いたい、その友好の証として」
「……悪いが女性は間に合っている。そんなことをせずとも、魔導国が繫栄すれば、帝国もおのずと繫栄するだろう」
「それは残念だよ、アインズ」
女性問題になってから急に歯切れが悪くなったと見透かされてしまい、聡明で眉目秀麗な若き皇帝は、アンデッドであるアインズに警戒を残しつつ屈託なく笑った。
その後、ジルは帝都の散策をアインズが勝手にしないようにと釘を刺し、この日の首脳会談は幕を閉じた。
ジルは得体の知れないアンデッドながら人間臭さを残すアインズの人物像を、蜃気楼の程度しか掴んでおらず、同盟による繁栄に期待はしても、やはりアンデッドへの警戒心は解けなかった。
「友好的な関係の評議国に次ぎ、同盟者の生まれた良き日だ。感謝するよ、ジル」
「全くだね、本当に……全くだね」
腹の底を見透かされないように、若き皇帝は穏やかに微笑んだ。
◆
帝都の高級宿に戻ったアインズは、皇帝がさも当然のように妾を作っている事実に頭を悩ませる。
「アルベド……アルベドには悪い事をしたか……。ナザリックへ戻ったら謝ろう。妾を作らず正妻だけというのも……外聞が悪いかもしれない。だが……うーん……性欲を水で薄めたような俺に……必要か?」
ブレインとゼンベルは翌日の自由行動を言い渡され、意気揚々と酒を飲みに夜の街へ消えていった。
そちらも少しだけ心配だったが、今はアルベドと嫌な別れ方をした件が気になった。
帝国で読もうと思っていた本は宿泊室の机に詰まれ、この日は手を付けられなかった。
◆
翌日、アインズは酒臭い護衛たちに自由行動を言い渡し、フールーダの魔法省観光に出掛けて行った。
「魔導王陛下! 十一位階はどうすれば習得できるのでしょうか。やはり順序正しく六・七・八と上り詰めるべきなのでしょうか」
「……うむ……悠久の時間を修練に掛ければよい」
「既に悠久の時間を修練に掛けておりますが、あと何百年でしょうか」
「才能が物を言う。数百年の時間を掛けても足りない者もいるだろう」
魔法に取りつかれた老人は例の通り話が長く、同行した部下の魔法詠唱者たちがため息を吐くのを視界の隅で捉えた。
アインズも知らない疑問を投げかけ、動揺が気付かれないように必死で誤魔化す。
ジルが同行していたら、彼の僅かな動揺に気付いただろう。
老人の長話を適当にいなしながら階段を底へ底へと降りていき、帝国魔法省の隠匿された最下層へ到着する。
厳めしい扉の前で同行している魔法詠唱者たちが、ごくりと唾を飲んだ音が聞こえ、フールーダは強張った真剣な表情で彼らに声を掛けた。
先ほどまでのアインズが鬱陶しいと感じていた老人は消え、主席魔法詠唱者としてのフールーダに変わった。
「皆、決して油断するな」
「フールーダよ、この先には何があるのだ?」
「はい、究極のアンデッド、外に放たれれば帝都に未曽有の大惨事が生まれる存在でございます」
デスナイトじゃ……ないよな?
魔法の力によってゆっくりと思い扉が開いていく。
アインズは目の前にいるアンデッドを見てため息をこぼし、意味を取り違えた一行は神に近い存在も緊張して息を飲む存在なのかと、いつも以上に緊張で体を強張らせる。
「魔導王陛下、これが私にも支配できぬ存在――」
「期待外れだったようだ」
主席魔法詠唱者の声を無視した魔導王は、究極のアンデッドと称された存在の前に歩み出る。
「陛下! 危険でございます! まだ支配出来ておりません!」
「スキル《アンデッド支配》」
捕らえられていたアンデッド、
アインズが指を振ると、デスナイトの拘束が解けた。
暴れられるかと勘違いして騒ぐに者に構わず、“彼”はアインズの前に跪いた。
「デスナイトよ、フールーダに忠誠を誓え。そこの老人がフールーダだ。また、人間を傷つけることは許さん。人間に尽くし、人間を守り、人間と共に生きよ」
デスナイトは大きく咆哮を上げ、呆然としている魔法詠唱者たちの体がビリビリと震えた。
「フールーダよ、これならデスナイトを使役しながら支配の研究も可能だろう。私への忠誠を解き、自らへの忠誠へ変えてみせよ。上手く習得できた際は、より上位のアンデッドを差し上げよう。帝国四騎士の抜けた穴を埋める、良き護衛となるだろう」
プルプルと震えているフールーダを安心させようと優しく声を掛けたつもりだったが、彼の瞳には魔法へ身を捧げた者の狂気が宿っていた。
「魔法を司る小神を信仰してまいりました。あなたが神と同義であるのなら、私の信仰を捧げま――」
「必要ない。ジルが生きている内は、彼に忠義を尽くせ」
「アインズ様ぁ! 私の話を――」
「すまないが、メッセージが入った。諸君、フールーダを黙らせたまえ」
常識が崩壊した老人は、同様に常識が崩壊して言いなりになった部下に四肢を取り押さえられ、アインズは急遽入った
「アインズ様!!」
「アウラか、どうした?」
「ヤトノカミ様とアルベドが! 殺し合いをしてます! 止めて下さい! 本気の二人は私達じゃ無理です!」
アウラの絶叫は脳みそのない髑髏の中で残響し、しばらく無言で立ち尽くしたアインズは間の抜けた声で答えた。
「………はぁ?」
―次回予告―
アインズさまが帝国と国家同盟を取り付けている裏で、ナザリックでは
光が差し込まなかったアルベドさんの心は引き裂かれ、彼女の自室ベッドでは痛ましい雨が枕を濡らした。
赤い小さな花と毒の黒い果実が混在するナザリックへ、退屈した蛇神が戻った時、彼女たちの心は加速し、新たな事変を巻き起こす。
次回、「この痛み、激痛よりも疼痛」
サトル、私は…貴方と出会うために、生まれて来たんだ。