モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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魔女の夜

時はアインズが女性の群れに襲撃され、貞操の危機に陥る前に遡る。

クレマンティーヌとの決闘を制したブレインは、事態の収拾を面倒に感じ、何とはなしに空を見上げていた。

周囲の怒号や野次、“犯せ”と囃し立てる声や軽蔑する視線は、雲一つない青空を見ていると、どうでもよく思えた。

 

「あいつ……何してんのかな」

 

王都にいるであろうガゼフの顔が浮かぶ。

プライドを打ち砕かれたクレマンティーヌの欷泣(ききゅう)を、現実逃避で無視していると、聞き覚えのない声色が放り投げられた。

 

「すみません、何をしていらっしゃるのですか?」

 

特徴のない顔をした貴族の女性が、従者に付き従われて近くに立っていた。

 

「ああ、決闘を挑んできた相手を倒したら、泣き出してしまったんだ」

「あらあら、こんな美人さんに、お可哀想に」

「先に言っておくが、汚い真似はしていないぞ。正々堂々と戦ったんだからな」

「ここまで取り乱すのには、何か訳がおありでは?」

「俺が教えて欲しいくらいだ。アイ……魔導王の名前を聞いて泣き出した」

 

彼女の瞳に興味が宿り、ブレインと距離を詰めて聞き込みを始める。

 

「魔導王陛下の護衛の方ですか?」

「いや、御伴だ。あの人に護衛は必要ないからな」

「そうですか、魔導王陛下は今どちらに?」

「俺も知りたい。俺達に自由行動を言い渡して、宮廷にでもいったんじゃないのか」

「俺たちと仰いますと、お連れの方はどちらに?」

「あそこでヤジを飛ばしているリザードマンだ」

 

そちらに顔を向けると、ゼンベルは空に向かって拳を突き出し、何かを叫んでいた。

 

「噂に聞く魔導国の方に、お会いできて光栄です。魔導王陛下がアンデッドというのも、虚偽ではないのでしょうね」

「まあな。オーバーロードって言ってたか、聞いたことない種族だ」

「オーバーロード? あなたは人間ですか?」

「他に何に見える?」

「隠された真の姿が」

「俺にはねえよ」

 

彼女は上方を見上げ、何かを考えていた。

何かあるのかと思い見上げるが、青空に雲や鳥の姿はなかった。

 

「ところで、こちらの美人さんは頂いてもよろしいですか?」

「俺の連れじゃない……頂くってどうするつもりだよ」

「申し遅れました、私はジルクニフ皇帝の妾、ロクシーと申します」

「へえ、あの皇帝の妾さんねえ」

 

醜くはないが美人でもない彼女を、ついつい値踏みするように見てしまう。

不快な表情を表すことも無く、彼女は淡々と続ける。

 

「その美貌と強さは、次世代の皇帝候補を産むに相応しいでしょう。さぞかし強くて美しい次期皇帝候補を生んでいただけるでしょうね、(おつむ)の出来はいかがですか?」

「いや……知らん。だが、本人があの有様では難しいんじゃないか?」

 

当の本人は泣き声こそ止んだものの、立ち上がれずに地に伏していた。

徐々に瞳の光が薄くなり、そのまま体も消えるのではないかと思える。

 

「やれやれ……面倒だな」

 

考えていることを実行に興すのが億劫だった。

 

見物料を払う闘技場とは違い、タダ見が出来ると踏んだ野次馬は、戦闘の熱が逃げた場に見限りをつけ、諦めてぽつぽつと散っていく。

 

遠巻きに見ていたゼンベルは、顎を大きく開いて退屈そうに大欠伸をした。

緊張感の欠片も感じない蜥蜴人(リザードマン)に、一応は命を救われたメイドが話しかける。

 

「あのー、あなた方は何者なんですか?」

「あん? そうだなぁ……魔導国のモンだ」

「魔導国……あの、魔導国はどんな国ですか? 職を失って仕事を探しているんです。下級貴族の我が家に、私を養う蓄えはなく、家にも戻れずに困っているのですが」

「人間の姉ちゃんもウチ来るか? アインズさまは強くて厳しいぜ」

「連れて行ってくれますか?」

「よし、決まりだな。あんたはブレインの家でメイドでもやれや。うめえ魚料理が食いてえと思ってたんだよ。料理を分けて作ってくれ。質のいい魚は生でもいいぜ。給金はあいつから貰え」

 

 え、そんなんでいいの?

 

無職のメイドは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

「姉ちゃん、名前は?」

「クリアーナ・アクル・アーナジア・フェレックです。よろしくお願いします」

「よろしくな、クリ」

「クリ……クリアーナです」

「俺はゼンベルだ。クリ、料理は得意か?」

「クリアーナです」

 

貴族の地位が弱い帝国では、新たな職探しも難航するだろうと思っていた矢先、不思議な巡り合わせで出会った相手に、その場の勢いで適当に雇われた彼女は拍子抜けする。

 

ロクシーが魔導国の聞き込みとクレマンティーヌの交渉をブレインにしている時、傍らではブレイン邸宅のお世話をするメイドが密かに雇われていた。

 

 

 

 

ここはスレイン法国の大神殿最奥、神聖なる会議室の前。

エルフ国との戦争に関する会議の催しに際し、呼び出された漆黒聖典の若き隊長は、意見を聞こうと顔見知りのもとを訪れた。

 

機嫌の悪そうな彼女は、珍しく素直に会議室の見える廊下まで出てくる。

最奥よりも遥かに手前、大人数を収容することが可能な大会議室には、各地から招集された神殿の長たちが徐々に集まっていた。

 

成人と呼ぶにはあまりに幼い顔立ちの彼と、十代前半に見えるが大きく異なる実年齢の彼女は、並んで壁にもたれ掛かり、立ち話に興じる。

 

「体調はいかがですか?」

「元気に決まってるでしょう」

 

髪が白と黒に分かれた彼女は、顔も上げずに両手で玩具をかちゃかちゃと捏ねまわす。

 

「それは何よりです」

「良いわけない、早く戦争に連れていってよ」

「……私に言われても」

 

玩具を捏ねる音が荒さを増し、隊長に彼女の苛立ちを告げた。

 

「戦争なら私を駆り出せば済むじゃない」

「前々から聞きたかったのですが、よろしいですか?」

「質問を質問で返すとはいい度胸してるわね」

「無礼はご勘弁を……エルフ国と戦争とは、如何なる心境なのですか?」

「ふん……別に、普通だよ。強い相手がいるなら子供を産む」

「それが……いえ、何でもありません。止めておきましょう」

 

隊長は招集された神官たちの姿を見つけ、言葉を止める。

彼の視線は魔導国の神官長に注がれていた。

 

「彼が今日の主役になるでしょうね」

「ふうん、魔導国ねぇ……興味が無いわけじゃないけど、私は自室に戻る。面白そうな話があったら、後で教えてよ」

「よろしいのですか? 魔導国の情報を聞けるかもしれませんが」

「今はいいや、気が乗らないし。あんた、私に勝てたら結婚してあげようか?」

「御冗談を」

「だよね。若いし弱いし頼りない」

 

言いたい放題の彼女は、片手をひらひらと振りながらその場を後にした。

 

「あまり話せなかった、父親が強者であればどうするのか教えてほしかったのに」

 

幼い顔立ちの彼は魔法の仮面を被り、成人の年齢に相応しい顔つきに変わった。

 

「それでも私の立ち位置は変わらない……か」

 

 

大陸中の各国に散らばる神官長は一堂に会し、久々に再開した互いの親交を深め合う者、あまり仲の良くない者と宗教に関する論争を始める者で、会議室は賑わっていた。

その中で、全員が揃う前から、誰よりも注目を集める人物がいた。

 

険しい顔立ちを崩さない年配の神官長、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の神官長だった。

内から漏れる笑みを漏らすまいと、必死で顔を強張らせる。

 

気分が良かった。

 

目の前に顕現した神に忠誠を捧げ、それを認められた自分が、古い神々へ信仰を捧げる彼らへ抱く優越感。

さして優秀でもなかった自分が、自分よりも優秀な者からの注目を一手に集める歓喜。

 

宗教家としては大いに後ろ向きこの上ないが、心中で抱く陰のない前向きな感情に、今にも口元を歪めてしまいそうだった。

踏み絵があれば躊躇うことなく、絵が粉々になるまで踏み(しだ)いただろう。

 

 

 馬鹿どもが、貴様らは旧神への信仰を捧げていろ。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より、直接アンデッドを賜っているのだ。盲目の偶像崇拝者どもめ。

 

魂食い(ソウルイーター)を会議に同席させたかったが、洗脳されたと思い込み、彼らは粛清するだろうと踏んでいた。

事実、参加者の中には、アンデッドが国王として君臨する魔導国担当の彼を、軽蔑した目で見る者もいた。

 

やがて六人の最高神官長も集まり、彼以外の全てが六大神への信仰に基づく祈りを捧げ、対エルフ国の戦争に関する重要会議(ブリーフィング)が始まる。

 

会議の序盤は各国の情勢に関する連絡会とされ、各々が事務的に担当区域の情勢を報告する。

 

「最後に魔導国の神官長。魔導国の国王、アインズ・ウール・ゴウンの話を聞かせてほしい」

 

呼ばれた彼は立ち上がり、少しだけ胸を張って担当国家の情勢を報告する。

全ての者が耳をそばだてて話を聞いた。

 

「魔導国ではさして問題も無く、平和な統治が進められております。当面の目標は食糧難の解決とか」

 

アンデッドに対する嫌悪を持つ数名が、嘲笑の意図を込めて吹き出した。

何を馬鹿なと、蔑む表情が見て取れた。

瞬間的な憤怒を抑え、落ち着いた口調で話を続ける。

 

「それを信用してはいませんが、少なくとも見た目は平和そのものです。治安も非常に良くなりました」

「神官長、魔導王とは謁見したのかね?」

「はい、我々はアンデッドになど屈しないと、毅然とした態度で臨ませて頂きました」

 

場内は一瞬だけざわつく。

その中に混ざって聞こえたアンデッドに対する侮蔑の言葉は、彼を苛立たせた。

 

「素晴らしい、それでこそ六大神を信仰する神官だ」

「魔導王は何と?」

「はい、その後、彼の魔導王と対談を行い、生者への憎悪が無い稀有なアンデッドと分かりました」

「そうか、やはり魔導王は……」

「彼奴への探りを入れると共に、魔導王へ対する数々の交渉の結果として、私はソウルイーターを下僕にする運びとなったのです」

 

「は?」

 

突拍子もない夢物語を話し出した彼に、素っ頓狂な声が投げられ、束の間だが周囲は静まり返る。

 

「……聞き間違いかな。済まないがもう一度説明してくれないか?」

「はい、私は自らの下僕に、ソウルイーターを手に入れました」

 

馬鹿にされたと思った一人の神官長の顔が赤くなり、立ち上がって文句を言う。

 

「ふざけるな! 伝説のアンデッドだぞ! あれ一体でどれ程の死体が積み上がると思っているのだ!」

「座ったらどうかね。話の続きを聞こう」

「それで、魔導国の神官長。ソウルイーターは、魔導王にとってどのような存在なのだ?」

 

落ち着いた声で他の神官長が続きを促す。

 

「どこまで真実かわかりませんが、聞く限りだと幾らでも代わりが利く存在とか。領内を平定するためには人間の方がよほど価値があると」

「人体実験か?」

「魔導国には英雄が二名もいるのに、なぜ悍ましいアンデッドを放っておくのだ!」

 

熱の冷めない神官長に、魔導国の神官長は見下した目で黙り込む。

 

「先ほどから落ち着きたまえ。彼が何者かは我らの中で結論が出ているだろう。何よりも会議はまだ本題にも入っていないのだ」

「そうとも。本日の肝は森の蛮族を滅ぼす件であろう。こんなところで立ち止まってはおれん」

「……すまない、邪魔したな」

「いえ、お気になさらず。話を続けましょう。英雄の一人、ヤトノカミ殿はどうやら魔導王と同じ存在のようです。真の英雄と名高いモモン殿も、どうやら魔導王とは懇意のご様子。お話しできるのはここまでです。いただ…奪ったアンデッドの使役方法や魔力の調査がありましたので。ソウルイーターは魔導国の神殿の庭で、孤児たちの良き遊び相手となり、子供たちも大そう喜んでいます」

「ふざけた口を――」

「本日、連れてこようかと思ったのですが、敬虔な信仰者の多いスレイン法国内を、伝説のアンデッドが闊歩するなど、恐ろしくてできません。ですが、彼はエルフ国の戦争に投入が可能です。仮に死んだとしても、魔導王からまた新たなアンデッドを奪い取ればよいのです」

「いい加減に――」

「そこまで先方には確約を取り付けてある上でお話ししているのです。私からの話は以上です、これ以上の話を聞きたければ、事実を理解してからになさって下さい」

 

頭でっかちの宗教家にうんざりした彼は、相手の返事を遮り、一方的にまくし立ててから静かに席に着いた。

鬱陶しいので退出したかったが、肝心のエルフ国との戦争に関する情報を手に入れずに、手ぶらで魔導国へは帰れない。

以前なら素晴らしい信仰の先輩と敬った彼らも、今となれば哀れに両脚で歩く、盲目の羊に見えた。

 

話を終えても集まった視線はなかなか離れなかった。

 

今までの常識を全力でぶん殴られた彼らは、表面上は平静を装って会議を続けていた。

エルフ国に対する戦乱の話もそこそこに、会議は予定より大幅に繰り上げて終わる。

 

しかし、早々に情報を持ち帰ろうとする魔導国の神官は、興味を示した他の神官たちに捕まり、しばらく魔導国には戻れなくなってしまった。

 

 

会議を終えた六名の最高神官長は、漆黒聖典の隊長を神聖なる最奥の会議室へ呼び出す。

 

「スレイン法国最強の部隊、人類の守り手、漆黒聖典の隊長。顔を上げなさい」

 

呼び出された漆黒聖典の隊長は伏せていた顔を上げる。

 

「魔導国の情勢偵察に向かってもらいたい。神官の話ではどうにも要領を得ず、また信用もできない」

 

彼らは洗脳されているとは判断を下さなかったが、どこまで真実なのかには疑いを持っていた。

確実に判明したことは、アインズとヤトがプレイヤーで、モモンはプレイヤーに近い存在、あるいはそのものであるという件だけである。

アインズとモモンが同一人物という解答には、どう転んでも行きつかなかった。

 

「隊長は武装を最低限のものとし、また装備もせずに所持だけに留めよ。六大神が残した大いなる遺産が、彼の魔導王の目に留まれば、間違いなく騒ぎになる」

「最低限の武装に加え、カイレを連れて行きなさい。彼女は漆黒聖典に籍を置いていないが、万が一、交戦・撤退の必要が出た場合、"傾城傾国"の使用を許可する」

「情報収集が主な仕事だ。国内にはプレイヤーが二名もいる。徹底して交戦は避けよ。魔導国の民との交流も、必要最低限とする」

 

神官の強張った顔は、情報収集の任務でありながら、その重要性を告げていた。

 

「はい、命に代えても遂行致します。お任せください」

「仮初の身分で交流がある者に、絶対に悟られてはならん」

「問題ありません。同僚には他国へ出張と伝えましょう。教え子たちには長期休暇と伝え、別の講師に代替えをお願いしておきます」

「そうか、孤児院で勉学を教えているのだったな」

「いえ、そのように大それたものではありません。神官見習いの雑用として、孤児たちに非常勤で勉学を」

「そちらの手配はこちらで行おう。心配せずに準備に専念するとよい」

「首尾よく事が運んだ暁には、そなたに休暇を与える。森の蛮族共と戦争の前に、英気を養ってもらいたい」

「ところで話は変わるのだが、気になる女性はいないのか?」

「神人であれば、多くの子を成すのが責務であろう」

「……いえ」

 

最も信頼できる隊長に一任し、安心した彼らの話題は隊長の結婚、見合い話へと話題が移っていった。

 

自らが振った賽の出目が、吉か凶かさえ判断できぬままに。

 

 

 

 

ここはナザリック地下大墳墓、円卓の間。

支配者の二人は、それぞれが違う疲労を顔に貼り付け、穏やかに朝食を摂っていた。

 

「どう思う?」

「さあ」

「さあって……」

「いいんじゃねっすか? 魔法は使えるし、不自由ないでしょ」

 

アインズは自分の体が一日経っても死の支配者(オーバーロード)に戻らず、困った胸の内を明かす。

 

「そういや、妾たち。アインズさんと愉快な仲間たちはどうしたんですか?」

「ふざけんなって。複数名、というか全員が夜這いを仕掛けそうだったから、それぞれの部屋に外から鍵をかけた」

「あーあー、かーわーいーそーうー」

 

部屋に間の抜けて間延びした声が流れる。

 

「ナザリックの食事は美味しいなぁ。リアルの食事は何だったんだろうか。あれじゃまるで飼料だ」

「よかったですね、ナザリックを本当に堪能出来て」

「いや、それよりアンデッドにいつ戻るか不安なのだが……」

「俺も目玉焼きにすればよかったな」

「聞いているのか?」

 

アインズは人間の瞳でジロッとヤトを睨む。

髑髏の眼窩に宿る赤い光でないのなら、そこまでの威圧は出来ず、当の本人は気にした様子もない。

どちらも人間化している二人は、傍から見ると旅の冒険者が穏やかに朝食を摂っているような、平和な朝の風景だった。

 

「……はぁ、どうしよう」

「今のうちに子作りをどうぞ。作れる時に作りましょう」

「アルベドもイビルアイも、ブリタ、ティファ、アルシェ、みんな美人だよなぁ……」

 

精神の沈静化が無いだけでこうも違うのかと、ヤトは感心する。

 

「流石はアインズさん、人間の体だと興味津々ですか? お赤飯でも炊きましょうか?」

「朝から下品な奴だ。嫁はどうした?」

「自室で静かに摂ってます。アインズさんが起こしに来るのが、数時間遅ければ、朝から忙しかったんですけどねえ」

「朝っぱらから致すなよ……いや、そんな事より、どうやって調べればいいのだろうか。一時的にの“一時”が何日なのか」

「指輪に聞きますか?」

「ふざけるな。あれを手に入れるために、どれほどリアルマネーを消費したと思っている」

「もういいじゃないスか、お互いにリアルへ戻るつもりはないし。あ、そういえば指輪に願えばリアルと通信できるんですかね」

「む……」

 

実際、アインズもそこは思うところがあった。

だが、三回しか使えない指輪の願いを、娯楽で一回消費してしまった現状で、試しにというにはあまりに重たいリスクだった。

仮に百年後に別のプレイヤーが現れた際、敵対する可能性が無いとは限らない状況で、二度と手に入らない貴重なアイテムは使えない。

 

「この世界の文献をもっと調べようと思う。指輪で交信できる可能性はあるが、次の百年後を待ってからでも遅くはない。何よりもこの世界に異界と通信できる手段があれば、それに越したことは無い」

「そうスか?」

「想像してみろ。どこの誰に通信できるかも不明な状況で、指輪を使って邪神でも呼び出してしまったら、洒落では済まんぞ。それならまだいいが、るし★ふぁーさんが今のナザリックに帰ってきたらどうなると思う?」

 

邪神も決して良くはないが、るし★ふぁーが単身で帰還する有様を、軽く想像しただけで身震いが起きた。

間違いなくナザリックは、黒いてかてかした昆虫で染まるだろう。

 

邪神が世界級の魔物(ワールド・エネミー)だと仮定しても、釣り銭と付録特典(プレミア)が付くほど、るし★ふぁー単体が戻った場合の方が恐ろしかった。

 

「ごめんなさい、俺が悪かったです」

「わかればよろしい……急に思い出したが、お前が帝都から寄越したジエット親子と、フェメール伯爵だがな。ジエットはアルシェと学校建設に向けて図書館で勉強、フェメール伯爵は村の復興へ回すために、レェブン侯の領地へ回したぞ。ジエットの母親は元が使用人の出自だったので、王宮のメイドをやってもらうことになった」

「そうですか。よかったですね」

「不思議なものだ……俺達がこの世界に来て80日以上が経過したが、この世界の事は何一つとしてわかっていない」

「邪神が暴れ回るような世界じゃなくてよかったです」

「そうだな」

 

アインズが目玉焼きの黄身をナイフで潰すと、半熟の黄身が流れ出す。

久しぶりに食器を使って食料を摂取するので、ナイフとフォークの使用がおぼつかなかった。

ヤトを盗み見るとスクランブルエッグをトーストに乗せ、大口を開けて噛みついていたので、アインズも適当に切って口に運ぶ。

ただ卵を焼いただけにもかかわらず、気違い沙汰の美味さだったので、一気に食べてしまった。

 

「それで、結婚式はいつですか? アンデッドに戻ってからにします?」

 

アインズはナプキンで口元を拭いて、コーヒーを啜る彼に応える。

 

「少し様子を見よう。式の途中や打ち合わせ段階で戻ってしまうと、彼女たちが可哀想だ」

「お優しいですねぃ。それでこそアインズさん。俺も悟さんと呼んだ方がいいですか? イビルアイみたいに」

「好きにするがいい……自分が人間になっているので余計に不思議なのだが。ヤト、お前の体はやはり変だ。俺は普通に笑えたぞ」

「へー」

「興味がなさそうだな。お前の口から愛想笑い以外の笑い声が漏れないのはなぜだ? 蛇のアバターとは一体――」

「どうでもいいッスよ。今となりゃ別に不自由してないし。面白いと思ったら意識して吹き出しゃいいッス。それなら場の空気も壊さないし、ラキュースとも結婚できたし、レイナースも手に入ったし、それ以上何か望むのは傲慢じゃないスかね」

「まぁ……お前がいいならいいのだが」

 

アインズの仲間の体を心配する気遣いは空振りに終わった。

 

「コーヒーは、どんな味だ? 俺の紅茶と交換しないか?」

「砂糖とミルク、入れてませんよ?」

「構わん………苦い」

 

人間のアインズは、予期せぬ苦さにピンクの下を出していた。

 

「今日のご予定はどうするんスか?」

「俺たちは魔導国へ帰ろう。アルベドは女性同士で交友を深めると言っていたから、女子会でもするのだろう」

「ふうん……夜には嫁のどちらか返してほしいんですけどね」

「たまには息抜きくらいさせてやれ。俺たちは忙しいぞ」

「仕事ですか……面倒だなぁ。法国の件もあるし」

「デミウルゴスとパンドラが作ったダンジョン、完成したそうだ」

「よっしゃ! 帰りましょう、アインズさん! すぐに! 久しぶりにギルド、アインズ・ウール・ゴウン復活ですね!」

「この馬鹿……」

 

朝食後、それぞれの伴侶たちに挨拶をした両名は、女性陣よりも早く魔導国へ帰還していった。

 

 

 

 

アインズとヤトが王宮執務室にて、デミウルゴスとパンドラの制作したダンジョンの栞を広げ、底意地の悪い造りをしたダンジョン内部の説明を受けている同時刻。

第六階層の原生林入り口の拓けた場所では、大樹から木漏れ日が差し込み、急きょ設置された大型のテーブルに光彩模様を描いていた。

 

招集された者達へ、微笑むアルベドが宴の開幕を告げる。

 

「皆さん、集まって頂きありがとう」

「アルベド。あんた、私の第六階層で勝手に」

「そうよ、だいたいねえ、アインズ様の手前許したけど。敬愛するペロロンチーノ様を裏切り者呼ばわりしたのは、まだ腹の虫が収まらないんだからね」

 

招集された者へ微笑むアルベドに、アウラとシャルティアは不満を投げかける。

未だ、二人の中では尾を引いており、思い出すと腹の虫が騒いでいた。

 

「その件については本当にごめんなさい。私もアインズ様を貶める者へは、苛烈な報復をするでしょう。あなた達の心情は理解しているつもりよ」

「それなら――」

「ペロロンチーノ様とぶくぶく茶釜様の姉弟が、お戻りになるように協力すると約束するわ。今の私には、それが精一杯なの」

「むぅ……」

 

シャルティアはいつに増して真剣なアルベドの表情に何も言えなくなり、アウラは苦笑いをして隣に座るシャルティアの肩を軽く叩いた。

 

「まぁいいわ、約束を裏切ったら殺してやるからね」

 

シャルティアは鼻息を強く吹き出し、湯気の立ち上るティーカップを口にする。

同じテーブルを囲む人間は、険悪な雰囲気にならずに安堵の息を漏らした。

 

のどかな雰囲気で静まった茶会に、ラキュースが口火を切る。

 

「あの、アルベド様。なぜ私たちを集められたのでしょうか。ラナーまでこちらに呼び出して、何か緊急事態なのですか?」

「ラキュース、私はいいのよ。村の復興も順調に進んでいるので、良い気分転換になるわ」

 

名前を言われたラナーは、健やかに笑って答えた。

 

「そう? 元気そうね、ラナー」

「あなたもね、ラキュース。ヤトノカミ様には可愛がってもらっているの?」

「まぁ……それなりに」

「恥ずかしがる年でもないでしょう? 何でも妾を作って大騒ぎになったとか」

「……地獄耳ね。紹介するわ、ラナー。私の家族で、愛妻で、可愛い妹で、彼の妻のレイナース」

「たくさんの立場があるのね、詳しく聞きたいわ」

「また今度、詳しく話をするわね。レイナ、私の友人で元王国第三王女のラナーよ」

「あ、はい。初めまして――」

 

緩やかに雑談する三名の金髪女性に、場の空気が和む。

 

同席しているブリタ、ティラは、高級な紅茶を静かに嗜んでいた。

余計な発言をしてアインズの妾から除外され、ナザリックを放り出される選択だけは避けたかった。

アルシェは子供たちの面倒を見させられ、女子会から除外されている。

 

静かに微笑むアルベドに、不安を感じるイビルアイが質問をする。

 

「アルベドさん、なんで皆を集めたのだ?」

「そうね、本題に入りましょう。単刀直入に言うのだけど、このままだと法国と戦争になるわ」

 

人間種族が息を呑み、アウラとシャルティアの瞳にはおもちゃを目にした子供のような好奇心が宿る。

 

「それは楽しみだわ。強いの?」

「でも所詮は人間でしょー? 強いも何もないんじゃないの?」

「アウラ、それは間違っているわ。相手が強いかどうかではなく、法国の脅威はそのアイテムよ」

「奪い取ればいいじゃない。この世界に私たちより強者はいないんでしょう?」

「仮に、守護者最強であるシャルティアが数名の守護者達と侵攻したとするわね。どうなると思う?」

 

金色の瞳で探るように尋ねた。

 

「シャルティアなら皆殺しにしかねないね、どうせ血の狂乱が発動して血の海にするんでしょ」

「失礼ね! そんなに馬鹿じゃないわよ!」

「馬鹿だと思う」

「おんどりゃー!」

「落ち着きなさい。結果は一つだけよ。シャルティアはアイテムで洗脳され、私たちに牙を向ける。アウラとシャルティアが侵攻した場合、法国は無傷、シャルティアは反旗を翻し、アウラは死亡……と、いったところかしら」

「……」

「……」

 

 最悪の未来予想図に、じゃれ合いを始めようとしたシャルティアとアウラは、言葉を失い黙り込む。

 

「人間の武力など恐れる必要はない。尤も、私たちは人間に対する考え方を改める必要があるのだけど、それはまた別の日にしましょう。彼らの持つアイテム、それはアインズ様やヤトノカミ様のアイテムと同様に、ユグドラシルのアイテムだから恐ろしいのよ」

 

件の顛末を知らないラナーは、アルベドの話を静かに聞き、頭の中で様々な策を練っていた。

 

「最悪の未来とは、何だと思う?」

「うーん……ナザリック地下大墳墓の滅亡?」

「アインズ様とヤトノカミ様の死亡よ。私たちの未来には何の希望も有りはしない。尽くす主も無く、守護者や他の僕が死亡しても、誰一人として蘇生が叶わない」

「アルベド様、よろしいでしょうか?」

 

考えがまとまったラナーは、控えめに手を上げ発言を求めた。

 

「どうしたの、ラナー」

「スレイン法国の最も脅威となる存在は、その洗脳するアイテムだけでしょうか?」

「今のところ判明している情報によると、警戒すべきはそのアイテムね」

「彼の宗教国家は人の世を作るために、古より尽力してきた国家です。何か他にも切り札があってもおかしくありません」

「集められた情報によると、宝物殿の場所に頭髪の色が白黒に分かれた守護者がいると聞いているわ」

「洗脳するアイテムが一つとは限りません。法国と戦争になれば、先方も全ての戦力を投入するかもしれませんわ。彼らへの接触はどのようにお考えで?」

「このままだと、アインズ様とヤトノカミ様が連れ立って法国に行く可能性がある。私としてはそれだけは避けたいの」

「洗脳してくれと頼みに行くようなものですね」

「仮にアインズ様が洗脳されなくても、ヤトノカミ様は危険ね。あの御方はワールド・アイテムと呼ばれるアイテムを所持していない」

 

ラキュースとレイナースの顔色が変わる。

 

「そのアイテムは、ヤトに有用なのですか?」

「ええ、対抗するワールド・アイテムの所持をしていない者には、非常に有用よ。使用に関して何らかのルールがあったとしても、彼らは躊躇わずに二人に使用するでしょう。信仰する神と、理想とする人の世の為に」

「彼が洗脳されると、どうなるのでしょうか」

「決まっているでしょう、操り人形のように命じられれば私たちを殺すわ」

「そんな……」

 

ヤトが洗脳され、命じられるままに仲間を殺害し、その中にラキュースとレイナースが含まれていた場合、今度こそ彼は自害し、自らの意志で死亡した彼は蘇生も叶わないだろう。

 

青くなった二人に構わず、アルベドは言葉を続ける。

 

「閉鎖的な法国は、恐らく外交という手段のアプローチができない。国家の中にそのアイテムがある以上は、こちらからも迂闊に手出しができない」

「言い換えれば、そのアイテムさえ奪えば、彼らは直ぐに無力化できる……と?」

 

ラナーの問いかけにアルベドは頷く。

 

「宝物殿の守護者の実力は未知数なのだけど、侵攻した場合にそれと敵対するのは最後、宝物殿に辿り着いた時よ」

「そこへ到着する前に、彼らは強者を洗脳するでしょうね。洗脳とは恐ろしいものですわ」

「あら、あなたもペットのワンちゃんを、愛で洗脳しているのでしょう?」

「人聞きが悪いです、アルベド様。愛に服従してもらっているだけです」

「そう? 今度、調教の成果を見せてね」

「はい、喜んで」

 

何の策略も無く素直に仲のいい二人は、心から微笑んでいた。

周りで聞いている者達は、ラナーが犬でも飼ったのかと思い、薄々気付いているラキュースは、複雑な表情で苦く笑った。

 

「でも……あのぅ、どうして私たちにこんな話を? 私たちは何の役にも立たないんじゃ」

「そう、大切な点はそこよ。ブリタ、はっきり言うとあなたは弱いわね」

「あ……ぁぃ、よわぃです」

「ブリタに限った事ではない、私、シャルティア、アウラの三名はレベル100。この場にいる人間は10秒もあれば皆殺しにできるわ」

 

勇気を振り絞って恐る恐る尋ねたブリタは、返答の内容に黙り込む。

 

「それでもなお、私たちは至高の御方であるアインズ様、ヤトノカミ様の足元にも及ばない。つまり、力はそれなりに強くても、あの二人が目指す未来に対して、何の役にも立っていないという事なの」

「そうかなぁ……アインズ様は褒めてくれるけど」

「……私は何もしてない」

 

花嫁修業に明け暮れるシャルティアが、急に不安そうな表情になる。

 

「思い出してみなさい。リザードマン侵攻作戦の際、アインズ様は我らの策を察知し、それに合わせるように動いて下さった。王国の使者が想定外の愚者でヤトノカミ様が暴走したにもかかわらず、アインズ様はそれに合わせ、王都の貴族の心を掴んだ。私たちはその間、何をしていたのかしら?」

 

ラキュースは暴走した恥ずかしい記憶と、件の悲しい出来事を思い出し、何とも言えない表情になる。

馴れ初めを詳しく知らないレイナースは、不思議そうな顔で彼女を見ていた。

 

「レベルだけならアインズ様と同等であっても、私たちは何の役にも立っていない」

「アルベドもヤトノカミ様を殺そうとして、アインズ様に怒られたもんねっ!」

「馬鹿! 水を差すな!」

 

一瞬だけ見開かれた金色の瞳に、イビルアイは全身が総毛立つ。

 

「……そうね、私はその件で皆に迷惑を掛け、やはりアインズ様が解決なさった。私たちは御方々の役に立つように創造された存在。しかし、現状は何の役にも立っていない、これがどういうことかわかる?」

「アルベドさん、サト……アインズ様は私たちに何かあれば悲しむだろう」

「イビルアイ、私たちは女よ。アインズ様から与えられるだけの存在ではない、対等に愛し合う一人の女として、ただ突っ立っている訳にはいかないの」

「でも……」

「あなたはそれでいいの? 何の役に立たなくても、アインズ様に認められればいいの?」

「……いやだ」

 

共に歩みたいと願ったイビルアイの望みは叶ったが、このままではそこ止まりだと理解していた。

アルベドには口が裂けても言えない妻としての自負が、小さな足を前に出させた。

 

「ラキュース、レイナース、あなた達はヤトノカミ様の大切なもの。側にいるだけで満足できる?」

「私は……私だってあの人の妻です。ナザリック地下大墳墓の一柱、ヤトノカミの妻です」

「ラキュース……アルベド様、弱くなった私にもできる事であれば、協力します」

 

二人の決意を受け取ったアルベドは、ブリタとティラに向き直る。

中二病に後押しされたラキュース、ちょっと毒されはじめたレイナースは、ナザリックの一員として目を輝かせた。

 

「ブリタ、ティラ、あなた達はどうするの?」

「あ……の、そのぅ…」

「やる、面白そう」

「えぇ……またそんないい加減な」

「このままじゃ追い出される」

「おやぁ? どこかで見た顔ねぇ、あなた女が好きじゃなかったかしら?」

「それは妹、私はどちらもイける」

「夜ごと行なわれる花嫁修業に参加しない?」

「願ったり叶ったり」

「ちょ! ちょっと、ティラさん! アインズ様に怒られますよ!」

「夜に尽くせば大丈夫」

「尽くせばって……夜かぁ」

 

小声でシャルティアとティラは何やら話し始めたが、テーブルの対面で向かい合う両者の卑猥な話し声は、その場にいた全員に丸聞こえだった。

 

「シャルティア、その話は後にしなさい」

「あの、私にできることであれば」

 

ブリタが控えめに同意したのを確認し、アルベドは頷く。

一通りの同意が集まったところで、ラナーが尋ねた。

 

「アルベド様、仰ることはよくわかりました。ですが、私は御二方、どちらの奥方にも妾にもなりませんわ。なぜ私がこちらに呼ばれたのですか?」

「あなたが魔女だからよ、元第三王女様」

「うふふ……」

 

ラナーの口は耳まで裂けた。

ありのままの外見が恐ろしい異形種よりも、知っている顔が歪む方が恐ろしいと、目撃した数名が思った。

 

見かねたラキュースが苦言を呈す。

 

「ラナー、口が裂けているわよ」

「あら、失礼」

 

裂けた口は元に戻り、ラナーは大きい瞳を輝かせ、健やかな笑顔で作戦を練り始める。

 

「早速、作戦行動に移りましょう。私はエルフ国と法国、どちらの対策を行いましょうか」

「話が早いわね。あなたが滞在している村は確か、エルフ国のある森林に近かったわね。隠密部隊を送るから、彼らを使って情報を集めてほしいの」

「お任せください、アルベド様」

「それから、あなたの考えている報酬は、アインズ様に進言しておくわね」

「はい、よろしくお願いします」

 

言葉だけではなく目でも会話をしている魔女二名に、イビルアイとレイナースは首を傾げる。

 

「ラキュース、あの二人は何の話をしているのだ?」

「ラキュース、私にも教えてほしい」

「うぅーん……自信はないのだけど、法国を攻略する作戦について話して、ラナーは何かを要求したみたい。クライムとの平穏な暮らしかしら」

 

現在、ラナーが復興している村の仮宿に、首輪と鎖で繋がれているクライムを見れば全員が理解しただろう。

首輪で繋いだペット(クライム)と、静かに暮らしたいのだと。

 

進展する状況についていけてない者へ、アルベドとラナーは状況を嚙み砕いて説明を始める。

 

「法国は現在、エルフ国と戦争をしている。そちらは私たちで解決をし、法国の懐に入りましょう。情報を集め、冒険者に指示を出し、エルフと我らが敵対するシナリオを作るの。それに際し、最も重要なのが、アインズ様とヤトノカミ様を一定期間、王都から逃さないこと」

「御二人が王都に滞在して頂き、発覚した頃には十分に進んでいるでしょう。エルフ国にはそれ相応の敵対行動をとって頂きます」

「頼んだわよ、ラナー」

「御二方と親交の深い者に協力して頂くのがよろしいのですが、そう都合よくはいきませんね。戦士長あたりに生贄になって頂きましょうか」

 

「ラナー」

「あら、ごめんなさい……うふふ」

 

ラキュースに咎められた物騒な策は、誰一人として冗談に聞こえなかった。

 

「シャルティアとアウラは、表向きはナザリックで待機、影でラナーと協力してエルフ国の情報を持ち帰ってね。私はナザリックにて内政と法国の動向を確認。ラキュースとレイナース、イビルアイ、ブリタ、ティラはアインズ様とヤトノカミ様を王都に釘付けにするため、体を張って頑張って」

「体を張って……」

 

頬を赤らめたブリタの脳裏には、人間のアインズに抱きしめられる情景が浮かぶ。

危機感を覚えたアルベドは先に釘を刺した。

 

「でも夜伽は駄目よ」

「はぁい」

 

生返事のブリタに一抹の不安を感じ、ラキュースとイビルアイに目で合図を送った。

心得たりと言わんばかりに、イビルアイは強く頷いた。

 

「アルシェ、並びにその妹たちは、アインズ様をナザリックに惹きつけるための最後の砦として、しばらくここで暮らしてもらいましょう。イビルアイ、アインズ様が王都に飽きたら連絡をちょうだいね」

「わかりました」

「ラキュース、ヤトノカミ様が法国に行くのだけは、命を賭けて止めさせて」

「はい、お任せください」

「わかりました」

「ではラナー王女に付ける隠密部隊の顔合わせを――」

 

こうして魔女たちによる茶会(サバト)は夜まで続いた。

 

汚名を返上しようと、いつになく真剣なアルベドの政策は、例によって支配者二人の与り知らぬ所で進行し、進むべく未来は現時点で誰も知らない。

 

振られる予定の賽は、歴史が動くのをただ静かに待っていた。

 

 

 

 

 





次回予告

歴史に遺棄される筈だった彼女の台頭により、魔導国は新たな舞台の幕を開く。
覇道を行くアインズとヤト、その周囲に気付かれることなく、彼女は魔導国に下る。
漆黒聖典とブレインの拾得物が足元にいると知らず、支配者たちは世界を謳歌する。

次回、"憤怒編"「day and night」

頑張ってね、ザリュース。


「クルルル……」
「あら、変な手紙を読んでいる場合ではないわ。すぐにご飯あげるからねー」
「キュー……」
「よしよし……族長、飢餓も戦争もなく、平和に暮らせる私たちが見えますか?」

答えはなかったが、一匹の蛍が空に飛んで行った。

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