モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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Witch craft works

 

 

 リ・エスティーゼ王国がアインズ・ウール・ゴウン魔導国に変わると同時に、ランポッサ三世は国王を引退した。

村の復興で王都から体よく去った子供たちはランポッサ三世に構わず、余暇を少々持て余していた。

 二人の子供、ザナックとラナーが不在の王都で他にこなすべきことと言えば、ヤトが惨殺した長男と、今は亡き妻の墓参りくらいである。

 足しげく毎日通っていたものの、最近ではいざ出掛けるようとすると天気が悪くなり、しつこいから来るなと亡き家族から言われているようで、彼の元気は落ち込んだ。

 長男の残した家族、嫁いだ他の娘たちに会いに行こうにも、引退した彼への対応を腫れ物に触る扱いに感じ、自然と足は遠のく。

 突然に降って湧いたガゼフの申し出に、鬱屈とした気分が積もっていた彼が、二つ返事で飛びつくのも無理はない。

 

 アインズとヤトはささやかな手土産を持ち、それなりに構えた元国王の邸宅を訪れ、ガゼフ、ブレインと共に楽しく酒を飲む、つもりだった。

 想定外だったのは、ランポッサ三世の鬱憤が十二分に溜まっていたことである。

 王都で購入した酒ではなく、気を回してナザリックから酒を持ち出し、過剰に高貴な酒の効果で上機嫌になってしまったことも、愚痴る彼を活性化させた。

 

「アインズ殿。ザナックとラナーは村の復興ということだったが、なぜ私は王都で待機しなければならないのだろうか。私も世襲ではあり、さほど有能ではなかったかもしれないが、曲がりなりにも一国の主だったのだ。村の復興には協力できると思うのだが、私は既に用済みなのだろうか。このまま与えられた邸宅、与えられたメイド、与えられる日用品に埋もれていかなければならないのかね」

 

 長きに渡る公務を愚かな貴族に振り回されて疲弊し、隠居して余暇を過ごしてほしいと気を回したアインズの心遣いは、彼にしてみれば余計なお世話だった。

 退屈を持て余した彼の愚痴は長く、肝心の新国家に対する所感へは、未だに到達していなかった。

 精神の沈静化もない彼は、額に汗をかきながら隠居した国王の長話を一方的に聞かされ、助けてほしいと目で訴えていた。

 

 アインズの視線を無視したヤトが、小声でガゼフを責める。

 

「ガゼフ、心のケアまでしといてくれよ」

「申し訳ない。だが、私もこのような姿は初めて見る」

「そこの二人、聞いているのかね」

「……聞いてます」

「……申し訳ありません、陛下」

 

 小声の密談まで拾われてしまい、彼の耳は現役のようだった。

 アインズ、ガゼフ、ヤトがやり込まれていく様子に、ブレインは湧き上がる笑みを堪えた。

 

「アインズ殿。そのお姿は何なのだね。もしやそれが真の姿なのかな? ならばアンデッドなどに化ける必要が、どこにあるというのだろうか」

「いや、これは魔法実験の失敗で――」

「王国領内に転移した件も、元を正せば魔法実験の失敗に端を発すると聞いている。失敗するなら、新たな実験に手を出す必要がないのではないだろうか。何よりも国民は慈悲深いアンデッドと一様に話し、十分に親しまれていると見える。最近では道行く国民が、神殿まで配下に収めたと話していたが、異形種に排他的な神殿勢力をどう思うのかね」

 

 アインズの聞きたい話は重要なものではなかったが、冷静に話ができる道を辿るには溜まった膿を全て出してやらねばならず、会話の目標とした山の一合目は、頂上と同程度の遥か遠くに見えた。

 管をぐるぐると巻くランポッサ三世はアインズに一任され、王の話を邪魔せぬように右腕たちは別の話をはじめた。

 

「クレマンティーヌはいつ治してくれるかね」

「罪人で人体実験をした後だとさ。記憶を弄るんだから、実験しないとおっかなくて使えないってよ」

「ブレイン、その女性戦士にはいつ会わせてくれるのだろうか」

 

 ガゼフの中で膨んだ想像上のクレマンティーヌは、ガガーランに瓜二つだった。

 同じ苦労を味わうであろうと踏んだ、ガゼフの仲間意識は強い。

 

「会っても物言わぬ人形じゃあ、仕方ないだろ」

「心配しなくても、アインズさんが記憶の操作を罪人で試したら、元気になって会える。そろそろ手配した罪人も届くからな」

「む、そうか。ブレインも大変だな」

「?」

「?」

 

 彼女の顔を知っているブレインとヤトは、ガガーランを当てはめて想像しているガゼフの、理由が分からぬ気遣いに顔を見合わせた。

 誤解を解こうにも何を誤解しているのか分からず、ブレインは構わずに話を続ける。

 

「あいつは俺より武技を使える。教われば、ガゼフを追い抜く日も近いかもしれないな」

「へえー、俺も教わろうかな。元々、その女はアインズさんが攫う予定を破棄して殺した女らしいし」

「ヤト、武技など使えなくても、既に十分な強さがあるだろう」

「いや、この前、部下と大喧嘩しちゃって。性能だけに頼るなって、危なく殺されかけた」

「魔導国の蛇も、部下には殺されるのか?」

「まぁ、強かったな。アインズさんの嫁なんだけど」

「……そりゃおっかねえ嫁さんだな」

 

 ブレインは無限大に膨らんでいく恐ろしい想像を、酒と共に飲み干した。

 

「ヤトも修業してみてはどうだ? その素早さは天下一品だ、更に速く動くようにすれば――」

「いや、素早さは限界だ。たまに頭が置き去りにされるけどな」

「それを訓練してはどうだろうか。法国との戦争が控えているのだ、鍛錬しても罰は当たらないぞ」

「……メンドクセ」

「時間はあるだろ。王様が記憶操作の練習をしている間に、ヤトにしかできない鍛錬でもしてみろって」

「考えとく。素早さに頭をついていかせる鍛錬は、何がいいかね」

「王都を走り回るか?」

 

 以前にアインズの使い走りで、王都中を奔走させられた記憶が蘇る。

 夜は体全体が眠気により使い物にならないだろう。

 鍛錬や修業が云々ではなく、夜の時間外労働ができなくなるのが惜しかった。

 

「嫁が寂しがるかな」

「亭主は強い方が喜ぶと思うがね。薔薇の花嫁に相談してみろよ」

「元帝国四騎士殿にもだ」

「……聞いてみるか」

「おい、ガゼフ。旧王様の話はまた続いてるぞ」

 

 彼の話は目を離した隙に益々盛り上がっていた。

 顔に面倒くさいと書いてあるアインズは、聞いている振りだけして酒を飲んでいた。

 アインズの困り顔は、そうそう見れるものではなく、ヤトは口元を歪めて眺める。

 

「ヤト、ゴウン殿を助けなくてよいのか?」

「やだよ。愚痴の対象が俺になるだろ」

「そこの三名、話を聞いているのかね」

「……ほら、言わんこっちゃない」

 

 既に時遅く、旧国王の注意はアインズから逸れていた。

 顔だけではなく体までヤトの方を向けて、瞳にはヤトが映り込んでいた。

 

「魔導国の蛇、ヤトノカミ殿よ。長男を殺した件を引き摺ってはいないが、このような場で私の話を聞いても罰は当たらんのではないだろうか」

 

 笑いを堪えるブレインを羨みながら、ヤトは必死で愚痴に代わる話題を探る。

 とは言え、昨今の内政にさほど関わっていないヤトに、提供できる話題は限られていた。

 

「ランポッサ三世さん。第三王女は、ちょっとアレですよね?」

「身内贔屓かもしれないが、あれは他の娘と比べ、少し変わっているようだ」

「知ってたんですか? じゃあ、どうしてあんな風になったんでしょう」

「ふむ、あれが提案した政策の殆どが、平民の地位を向上させるものだったが、貴族の横やりを受け、解体させられてしまった。あの時、強引にでも娘の策を推し通していれば」

「……何の話ッスか?」

 

 なぜラナーが魔女になったのかという問いを投げかけたつもりだったが、横に大きく逸れた返答に疑問符が浮かぶ。

 

「ラナーが心身ともに美しいという話ではなかったのかね?」

「いや、そうではなくて」

「では、いかにして黄金と呼ばれるようになったのかの話かね。あの美貌をみればわかるであろう。再び身内贔屓で申し訳ないが、ラナーはあれを産んだ母よりも美しく成長した。その金髪は黄金の二つ名にふさわしいと思わんか?」

「……そッスね」

 

 彼の返事は非常に投げやりだったが、気付いたのはランポッサ三世以外だった。

 

「拾ったクライムと連れ添って歩くさまなど、実に微笑ましいものだ。今ごろ二人で蜜月を過ごしているのだろうか。それに関してはアインズ殿、ヤト殿には感謝に尽きん。私はあの娘も不幸にしなくてはならないのかと思っていたが、私が全てを失ったことでこの国の統治は進み、平和な国家へ変容した。彼女も幸せになる選択ができて、父親としては感謝に尽きない」

「はー……そーですねー。おい、ガゼフ、気づいてないぞ。ラナーのこと」

「ヤト、先ほどから何の件について話しているのだ?」

「こいつも気づいてねぇー……」

 

 君主と従者が似た者同士なのだと、アインズとヤトは妙に納得する。

 どちらも身持ちが固そうだった。

 前から知ってたよと言いたげに、ブレインが深く頷いていた。

 

「聞いているのかね、ヤトノカミ殿。ラナーを手籠めにしようとお考えなら、お止めいただけないだろうか。あの娘は愛した従者の若者と結ばれようとしている」

「は、はあ……知ってます。嫁が二人いるんで、興味ないッス」

「興味がないだと? それもそれで困るのだ。これでも国内で最も美しい娘だと自負している。多少の興味を持ち、彼女の幸せに協力を――」

 

 知るかと言いたかった。

 

 相手が貴族であれば強引に話を蹴飛ばしたが、長男を惨殺した経緯に負い目を感じるヤトは、元国王に何も言えず、畏まって話を聞く。

 話し相手のバトンはヤトに回り、アインズが口に手を当てて感情を隠していたが、黒目に貼りつく愉快な感情は隠しきれていなかった。

 愚痴から身内の自慢話へと移行したランポッサ三世は、王として君臨した者が持つ、独特の落ち着いた声色で長い演説を再開する。

 

 この懇親会を最も楽しんだのは、膿を全て吐きだしたランポッサ三世だっただろうと、参加した全員が体で感じた。

 疲労困憊のアインズとヤトは、ガゼフ、ブレインと別れ、足取りも怪しく帰り道を辿る。

 

「疲れたッス……」

「少し放っておき過ぎたかもしれん。村の復興、あるいは開拓を彼にも任せてみるか」

「アルベドに相談してみりゃいいんじゃないスか。呼び出したついでに、手も付ければちょうどいいッスよ」

「……連絡しようかな」

「その気になりました?」

「酔った勢いのまま押し倒すようで、気が引けるのだが」

「何言ってんスか、毒無効でしょ?」

「……」

 

 ステータス異常を防ぐ装飾品は、今夜も頑張って酩酊という名の毒を防ぎ、御蔭で二人が酒で酔うなど考えられず、精神が高揚しているのは酒席が持つ独特の雰囲気が故だった。

 現に、他者と比較してもよく飲んだ二人の足取りは、飲酒前と何ら変わりのない落ち着いたものだ。

 時々、足がもつれたりするのは、精神の疲労が原因だろう。

 

「いいじゃないッスか。男が女を抱くのに理由がいりますかね。抱きたいから抱かせてくれでいいでしょうに」

「いや、したくないわけではない。精神の沈静化がないから、ちょっと緊張するだけだ」

「後悔しても知りませんよ? 先に言っておきますけど、もしアルベドを抱かずにオーバーロードに戻ったら、間違いなく俺とアルベドの殺し合いが――」

「わかっている、任せておけ」

「任せて大丈夫かなぁ……いつオーバーロードに戻るかわからないってのに。そっちの意味で後悔しても知らないッスよ」

「……わかっている。それは私も避けたいからな」

 

 ヤトと別れて王宮に帰還したアインズは、結局アルベドに連絡せずにイビルアイと共に休んだ。

 この選択肢で間違いはなかったと、投げられた賽だけが知っている。

 

 

 

 

 ランポッサ三世が上機嫌で床に就いた頃、領内外れの再建された村では、彼の娘が動きを完全に止めていた。

 

「これは……まさか、そんなことが」

 

 新たに積まれたエルフ国の情報に目を通し、王都の情報へと移行したラナーは、最も警戒すべきアイテムの所有者、カイレの情報が記された書類を持ち、せわしなく動いていた瞳を止める。

 忙しい瞳が止まると、体も自然と動きを止めた。

 

「うふふふ……そう、そうなの。恐らくアルベド様はまだ気が付いていない。私が先に気が付いたということは、これも一つの運命なのかしら」

 

 人間でありながら魔女に限りなく接近した彼女は、何の因果かアルベドより先にこの情報を掴む。

 後は素知らぬふりをしながら、自分の存在価値を高めようと、手に入れた情報を基に今後の展望を組み立てはじめた。

 

「ふふ………ふふふっ……あははははは!」

 

 彼女の部屋からは大声で笑う声が漏れていた。

 その夜、睡眠も飲食も必要な彼女は、興奮(トランス)状態によって身体構造を超越し、独自の着地点を目指した策を練り直した。

 彼女の愛しいペットは、深夜まで主の帰りを待ったが、彼女が戻ることはなかった。

 

 翌日の朝、一睡もしていないラナーの部屋へ、纏められた情報をアルベドに持ち帰ろうとアウラが転移してくる。

 

「どーも!」

 

 片手をあげて愛想笑いをする彼女は、今日も元気が溢れていた。

 

「御機嫌よう、アウラ様」

「アルベドに出す書類はできた?」

「はい、こちらに」

「アルベドに渡せばいいんだよね? じゃあ、あたしは帰るよ」

 

 ラナーは、即座に引き返そうとする背中に声を掛けた。

 

「アウラ様、一つ教えてほしいのですが」

「なに?」

「エルフ国を滅ぼすという件に関して、ダークエルフとエルフの違いはあれど、近親種族としてはどう思われますか?」

「どうって、別にどうでもいいよ。興味ないし」

 

 愛想笑いを浮かべるアウラのオッドアイには、僅かな波紋も生じなかった。

 彼女にとって重要なのはナザリック地下大墳墓とアインズ、ヤトノカミ両名であり、他の有象無象に欠片ほどの興味もなかった。

 

「そうですか、ありがとうございます。アルベド様によろしくお伝えくださいませ」

「じゃあねえ」

 

 余計な話を交わすことなく、アウラは片手を振りながら、赤黒い闇へ還っていった。

 残されたラナーは想定通りだったアウラの返事に、湧き上がる笑みを必死で堪える。

 

 書類を受け取ったアルべドは、ラナーが描いた絵の通りに、帝国のレイ将軍へと使者を送った。

 内務に加えてアインズとヤトがナザリックへ戻らぬように注意しているアルベドが、情報に関してラナーより出遅れたと知ることはなかった。

 

 また、ラナーもそれを教えることはなかった。

 

 

 

 

 秘密結社ズーラーノーン、盟主に従う十二人の高弟だった、カジット・バダンテール。

 彼は所属する秘密結社にて、今や完全にお荷物だった。

 

 盟主と呼ばれる頭領ズーラーノーンの命により、何らかの重大な事実を知っているのではと蘇生されたが、蘇生の付加価値により記憶の一部欠損は、蘇生の恩に報いることを拒んだ。

 レベルダウン、レアアイテム《死の宝珠》の喪失、預かった部下たちの消失、挙句の果てになぜ死んだのかさえ覚えておらず、十二人の高弟の地位ははく奪された。

 ズーラーノーンがこの現状を知って放った言葉は、《後は好きにしろ》だった。

 カジットは組織内の立場が日に日に弱くなり、今や使い走りの仕事まで押し付けられる始末だった。

 

 立場や扱いは重要ではなかったが、追いやられて弱る一方の立ち位置は、蘇生魔法の研究を阻んだ。

 唯一の家族である母親を蘇らせるためと、力いっぱいに歯を食いしばり、歯ぐきから血を流しながら黙々と雑用をこなした。

 

 直近に回ってきた使い走り業務は、行方不明になったクレマンティーヌの捜索だ。

 盟主から事前に付け足された言伝は、やはり《後は好きにしろ》だった。

 生死は問わず、見つからなくても構わない、の意図が含まれているのは承知していた。

 

 長旅の末、魔導国の王都を囲む城壁の前で、カジットはどのように潜入しようかと立ち尽くす。

 警備の緩そうな王都への侵入は容易いだろうが、ブレイン・アングラウスという男が攫ったという情報以外に当てがなく、風貌が目立つ彼が闇雲に街を彷徨うのも気が引けた。

 人の気配を察して物陰に隠れると、馬車が列をなして王都へ向かうのが目に入る。

 

 罪人を詰め込んだ馬車三台を牽引したブリタは、王都の入り口で門番に相談をしており、馬車の列は一時停止していた。

 

 これ幸いとばかりに彼は最後尾の馬車に潜り込む。

 同乗した者たちは捕らえられた盗賊であり、クレマンティーヌを連れ去ったブレイン・アングラウスの情報を探るにはうってつけだった。

 対象の様相を一通り理解したカジットは、途中で馬車を降りて路地裏へと潜伏する。

 

 順調に進んでいるクレマンティーヌ奪取作戦に機嫌を良くした彼は、路地裏を歩きながら次の行動を考え始めた。

 

「クレマンティーヌをさらった男の容貌は掴んだ。次はブレイン・アングラウスの邸宅を――」

「作戦は綿密に練る必要がある。情報収集より、先にブレイン・アングラウスの邸宅を――」

「ん?」

「ん?」

 

 路地裏の十字路にて、漆黒聖典の二名とズーラーノーンのカジットは邂逅する。

 互いに相手と目を合わせて動きを止めてしまい、なかった事にはするには遅すぎた。

 

 相手の素性が分からず、どのような態度に出るかを悩むカジットに対し、場数を踏んでいる隊長が口火を切った。

 

「こんにちは。いい天気ですね」

「あ、ああ。そうだな」

 

 スタートダッシュで、双方に致命的な差が出ていた。

 カジットが出遅れたのを確認した隊長は、怪しい風貌の彼から情報を少しでも多く引き出そうと探りを入れる。

 

「実は祖母と道に迷ってしまったのです。市場に行きたいのですがどちらでしょうか?」

「……市場?」

 

 隊長は返答と表情から、相手がこの国の人間でないと推測する。

 ブレイン・アングラウスの件を探っているとすれば、法国の人間ではなく、選択肢は限られていない。

 カイレの顔にも見覚えがないあろう彼の様子も、その選択肢を裏付けする。

 

「クレマンティーヌをお探しですか?」

「……何のことだ」

 

 カジットは手遅れになってから初めて白を切る。

 既に時遅く、隊長は交戦を覚悟の上で、質問を続ける。

 相手が魔導国の住人ではなく、ましてや裏切り者が身を寄せた組織の者へ、なんら躊躇う必要が無かった。

 

 

「裏切り者のクレマンティーヌを探しているんです。ブレイン・アングラウスという男に匿われているのは掴んだのですが、彼の邸宅がわからず途方に暮れているのです」

 

 微笑む隊長の顔は、絶対に逃がさないと告げており、カジットは取り返しのつかない失態を演じたと気付いた。

 

 何もかも手遅れだった。

 

「まさか……漆黒聖典だな。おぬしたちだけか? 他には?」

「私たちだけです。あなたは、裏切り者のクレマンティーヌが身を寄せた組織の幹部……いや、失礼。末端の使い走り構成員だとすれば、ご同行願えますか?」

 

 さりげなく挑発を混ぜ、隊長は懐から武器を取り出す。

 取り出した短剣を強く握り締めると、柄が長く伸びて槍へと変わった。

 

「貴様! まさか――」

 

 カジットの次の言葉は、くぐもったうめき声で遮られた。

 隊長は槍の柄を彼の鳩尾へと素早く突き込み、カジットは地に伏してうめき声をあげる。

 

「失礼、これ以上に手荒な真似はしたくありません。神殿まで……いえ、私たちの宿までご同行願います」

「ほれ、さっさと歩かんか。聞きたい事が山ほどあるのじゃ」

 

 哀れなカジットは、そのまま漆黒聖典が間借りしている宿へと連行されていった。

 

 

 宿の一室で畏まって正座するカジットは、穏健な尋問に対し実に協力的な姿勢を示す。

 

「自分がクレマンティーヌと共謀したまでは覚えているが、なぜ死んだのかは覚えていないと?」

「その通りだ」

 

 口に手を当てて悩む隊長を前に、カジットは自らの待遇が少しでも良くなれと祈りを捧げた。

 ズーラーノーン内でお荷物となった自分が、漆黒聖典に捕らえられたなど、口が裂けても盟主には話せないだろう。

 話した時点で、カジットは荷物から癌に変わり、組織を蝕み兼ねない彼は放逐、悪ければ廃棄処分され、母親を蘇生させる道は完全に途絶えてしまう。

 

 目的がそこに集約されている彼は、プライドも意地もかなぐり捨てていた。

 

「叡者の額冠について、何か知っていますか?」

「スレイン法国の最秘法、叡者の額冠か。クレマンティーヌが、私の下へ持ち帰ったまでは記憶がある」

「その先、叡者の額冠の行方は知りませんか?」

「……わからぬ。私が覚えているのは、死の螺旋をまき散らそうとしたまでだ」

「そうですか。クレマンティーヌの死因に関わりがあるのでしょうか」

「そう考えるのが自然じゃな」

 

 カイレと隊長は難しい顔をして囁き合う。

 

「おぬしら、儂をどうするつもりだ」

「そうですね……私たちも作戦行動中の身、現状であなたをどうこうするつもりはありません」

「では、これで儂は自由の身か」

「そうもいきません。あなたは秘密結社ズーラーノーンの一員。放っておけば死をまき散らし、多くの人々が亡骸となります」

「頼む、儂は母を蘇らせたいだけなのだ。私のたった一人だけの家族に――」

「申し訳ありません。どのような事情があれど、あなたを放逐はできません。しかし、私たちも多忙の身。ここは協力しませんか?」

「は?」

 

 カジットの口からは自分でも間抜けだなと思うくらいに、気の抜けた声が出る。

 

「ブレイン・アングラウスの邸宅を調べ、私たちに教えてください。その後、あなたはクレマンティーヌを取り戻すことに失敗し、命からがら魔導国を出る。その盟主さんには、漆黒聖典の名を出して頂いても構いません。お互いに見て見ぬ振りをしませんか?」

 

 隊長は幼い顔で微笑んだ。

 自分の半分も年齢が到達していない彼は、心無い天使に見えた。

 

「裏切るやもしれぬぞ」

「交換条件として、私たちもあなたの情報を本国へ報告しません。面が割れてしまえば、母上を蘇生させる研究もやり辛いでしょう。決して悪くない条件かと思いますが」

「……仕方がない、それで手を打つ。おぬしらはここにいるのだな?」

「夜はどちらか宿に残しましょう。私たちの目的は情報収集とクレマンティーヌの身柄です。他は目的外の案件、過剰な詮索は互いにしないということで」

「わかった、そうしよう」

 

「ほれ、わかったんならさっさと去らんか」

 

 追い払われるようにカジットは宿を出ていった。

 カイレの顔には随分と色濃い不満が描かれており、隊長に苦言を放り投げる。

 

「なぜ悍ましいアンデッドを使役する、邪悪な秘密結社を生かしておくのかね」

「カイレ様、我らは大義の下に作戦行動中なのです。法国内ならいざしらず、迂闊な行動をとって碌な情報を持ち帰れず、クレマンティーヌの身柄も押さえられずでは、本国に面目が立ちませんよ」

「それはそうじゃが、気に入らんな」

「これで私たちは、魔導王の情報を集めるだけで済みました。制限がある現状で、行動は少ないに越したことはありません。彼が逃げないよう、今はあのように言いましたけど、処遇に関しては追って検討するとしましょう」

 

 二人は改めて、街に情報収集へ繰り出していった。

 

 

 

 

 囚人を持ち帰ったブリタは執務室で跪き、一連の報告を行う。

 暇そうにソファーへ寝転がって肘をつき、α波が伝染しかねない大欠伸をする蛇には、視線を投げかけなかった。

 褒めてもらえる喜びに、彼女の視線はアインズが独占している。

 

「ブリタ、ご苦労だったな」

「ありがとうございます」

「罪人たちは王宮の地下牢に送ってくれるだろうか。後で一人一人の記憶を操作し、有益な人間となるように変えてから――」

「あの、アインズ様」

 

 おっかなびっくり会話を遮り、ブリタは顔を上げてアインズを見る。

 不思議そうな顔をしたアインズをただ見ただけなのだが、彼女の頬は紅潮した。

 

「なんだ?」

「ご褒美が……欲しいです」

「ご褒美……報奨か? エ・ランテル滞在にかかった経費に上乗せして、白金貨を――」

「要りません」

「え?」

 

ヤトは何かを察して口角を上げた。

 

「抱いてとは言いませんから、抱きしめて頂ければ」

「……」

「ふふんっ」

 

 鼻で笑ったヤトの声が聞こえる。

 反射的にアインズの視線は、ブリタの胸に落ちた。

 軽装の鎧に身を包んでいるため、彼女が持つ体の線は読み取れなかった。

 

 己が下品さを呪ったアインズの眉間には皺が寄り、誤解したブリタはやはり難しかったかと肩を落とす。

 

「……やっぱり、駄目ですか。ごめんなさい、無礼をお許しください」

「いや待て……部下がそれを所望しているというのに、無下にしては魔導王の名が泣くか」

 

 アルベドにも応じないとと懸念するアインズは、縋る視線を投げかけるブリタへ申し訳なく感じる。

 

「ブリタ、こちらへ来なさい」

 

 無下にされるのを受け入れようとした彼女は、微かな期待を小脇に抱えてアインズに近寄った。

 そうは言ったものの、初体験を済ませてそうは日にちが経っておらず、躊躇いと迷いが生じていた。

 僅かな時間を熟考した彼の解答は、非常に清廉潔白(プラトニック)だった。

 

「今はこれで我慢してもらえるか?」

「あ、アインズ、様……」

 

 丁寧に梳かれたブリタの頭を優しく撫でる。

 髪の根元はごわごわしていたが、頬を赤らめる彼女を見て、適切に労に報いただろうと安堵する。

 ヤトの(ぬる)い視線が気になったので適度に打ち切ったが、髪も顔も真っ赤な彼女は十分に満足していそうだった。

 

「さあ、囚人を地下牢に連行してくれ。彼らは明日にでも記憶の実験に付き合っていただこう」

「は、はい! 失礼します!」

 

 元気になったブリタは執務室のドアを乱暴に開き、閉じなかったドアの影で待機していたメイドが、無礼な振る舞いに眉をひそめた。

 

 メイドに聞こえない声量のため息を吐いたアインズは、ドアを静かに閉め、改めてヤトとの会話を再開する。

 

「オモテになりますねぇ、ボス」

「経験を積むと、人は変わるものだ」

「先に言っておきますが、アルベドより先にブリタとヤるなんて――」

「しつこい。何度も言われなくても分かっている」

「ふーん……」

 

 それに関する疑惑の眼差しは、結果を出すまで永遠に晴れることはない。

 

「それより、どう思う? この下水処理班、スライムの件なのだが」

「誰かさんがスライム養殖槽、ぶっ壊しちゃいましたからね。ソリュシャンもさぞかしお怒りでしょう」

「……だよなぁ」

 

 アインズが最後の審判とばかりにアルベドとヤトへ撃ち込んだ超位魔法は、円形闘技場に被害こそなかったものの、ソリュシャンが設置したスライム養殖槽は跡形もなく溶けた。

 後日、何者かが持ち去ったと勘違いし、怒りを露わにアインズへ報告するソリュシャンに、アルベドとヤトの大喧嘩を話せないアインズは、困り果てながら埋め合わせはすると言って納得させた。

 しかし、経緯を知らない彼女が、納得したようには見えなかった。

 

「面倒だから野良スライムでも探したらどうッスかね」

「この世界で野良スライムを一度でも見かけたか?」

「見てないッスね」

「彼女が一番の被害者かもしれんな」

「ま、内政の件は任せますよ。俺はパトロールにでも行きます」

「丸投げか? 体のいいサボりだな」

 

 ヤトは立ち上がって大きく伸びをした。

 王宮に出勤してからずっとソファーで横になっていたため、鈍った体を解そうと腕を回す。

 

「ソリュシャンにもう一度やってもらえばいいんじゃないスかね。別に構わないでしょう。他に急ぎの仕事もないし」

「……気が重いが、連絡しておこう」

「勅命でとでもいえば、アインズさん直々の命令には喜んで従いますよ」

「だといいのだがな」

「明日はブレインの嫁の為に記憶操作の練習ですよね。俺は特訓でもしてます」

「俺も丸一日以上はそちらに従事するだろう。好きにしていいが、あまり暴れまわるなよ?」

「大変心外ですね。じゃあ、明後日にまた来ますねえ」

 

 手をひらひらとさせて自宅へ帰る彼を見送り、アインズは魔力の調整、効率の良い記憶の操作など、そちらの件で時間を割き始めた。

 正門を出たヤトは、欠伸をしながら怠そうに帰路を辿る。

 見知った顔が、過剰に疲れた顔でこちらに歩いてきた。

 

「あ、神官長さん。どうしたんですか、そんなに疲れ果てて」

「これはヤトノカミ様。お会いできて光栄です」

 

 疲弊疲労の特殊効果なのか、彼は実年齢より大きく老けて見えた。

 大袈裟に頭を下げる彼に、周囲の視線が気になった。

 

「堅苦しいのはいやですよ。普通に話してくれませんかね」

「これは失敬。昨日、法国より帰還したのですが、奴らの馬鹿さ加減に辟易しております。大声でアインズ・ウール・ゴウン様への忠誠を誓ってやろうかと思いましたぞ」

「やけに時間かかりましたね」

「彼らがソウルイーターに興味を持ってしまい、なかなか帰してくれませんでした」

 

 別都市に配属されている神官の関心は、魔導王と魂食い(ソウルイーター)に夢中だった。

 長話という事情聴取に、年甲斐もなく一晩も二晩もつき合わされ、疲労を溜め込んで帰還した神官長は、自身の顔が老けこんでいるだろうと自覚していた。

 

「何か面白そうな話はありましたか?」

「実はその件ではないのです。今朝、宛先不明の怪文書が届けられまして。内容に気になる点があったもので、陛下にご意見を伺おうかと」

「へえ、怪文書はなんて?」

「スレイン法国最強の特殊部隊“漆黒聖典”が、陛下及びヤトノカミ殿へ敵対すべく、洗脳アイテムを持ち込んで、魔導国の王都にてスパイ活動を行っていると」

「……迷惑な連中だな」

 

 黒髪黒目の男は、瞳を真紅に染めた。

 

「漆黒聖典という名に心当たりはありませんが、私でも顔を見ればわかるので、魔導王陛下かヤトノカミ殿へ協力を仰ぐようにと、これには書いてありますな」

「……いい度胸だ。こちらから出向く手間が省けた。ワールドアイテムはこちらで預かろう」

 

 ヤトは拳を握り、指をボキボキと鳴らした。

 

「明日は時間ありますか? アインズさんに伝わる前に、こちらで片づけたいですね」

「是非そうさせて頂きたい。エルフ国のとの戦争は戦力を増強している段階でして、まだ猶予があります。何よりもこちらは急を要します」

「明日の朝、神殿に行きます。二手に分かれて奴らを探しましょう」

「よろしくお願いします、ヤトノカミ殿」

 

 哀愁を漂わせてふらふらと帰宅する神官長と別れ、ヤトはアルベドに伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

《アルベドか?》

《どうかなさいましたか、ヤトノカミ様》

《大至急、ラキュースの邸宅にエイトエッジ・アサシンとシャドウ・デーモンの複数配備を頼む》

《何かあったのですか?》

《悪いが、話せるほどの情報がない。今は念のため、配備をしてほしい。何か分かり次第、追って知らせる》

《畏まりました。すぐに配備いたします》

 

 メッセージを切断したアルベドは、執務室の机に座り、頬杖をついて勘繰る。

 ヤトの声は自身が戦闘前に交わしたそれであり、何らかの波乱を予想させた。

 

「急に警備を厳重にするなんて、何かあったのかしら。まさかナザリックに出入りが無くても私たちの策を察知して……いえ、それにしては指示内容が不確かすぎる。私に指示を出すのも不自然ね。気づいたと自ら知らしめるようなもの。何らかの妙な動きを察知したが、それに確証が持てないと判断するのが妥当、か」

 

 エルフ国の書類を置き、仕切り直そうと紅茶を口にしたアルベドは、しばらく姉の所へ出入りしていないと思い至る。

 

「姉さんに、目新しい情報がないか確認をしに行こう。腐肉赤子(キャリオン・ベイビー)を用意しないといけないわね……」

 

 姉妹とは言え、最初のやり取りに時間が掛かるのが億劫だった。

 

 

 

 

 アインズから受け賜った業務命令をこなすレイ将軍は、まだ日が高い時間に家で頭を悩ませていた。

 敬愛するアインズに献上するべく、帝都中のエルフは十分に集めたが、これら全員を内密に魔導国へ運ぶには少々荷が重すぎた。

 繫栄している帝都にでさえ、数軒しかないエルフ奴隷商だったが、買い占めるとなれば十分に場所を取っていた。

 耳の尖がった美しいエルフたちは、彼の自宅から溢れんばかりだ。

 

「鮮血帝は私の行動に勘づいているだろうか。しかし、今さら後には引けない。開き直って大っぴらに運ぶ手も考慮して……」

 

 腕を組んで自室を歩き回り、考えを纏めようとしたが、転移した異形の使者に遮られる。

 突然に現れた異形のエイトエッジ・アサシンに、レイ将軍はアインズが遣わした使者と思い、反射的に跪く。

 

「突然の訪問、失敬。レイ将軍でお間違いないか?」

「はっ、如何にも私が帝国の将軍が一人、レイでございます」

「エルフの買収状況を伺いたい」

「帝都内の奴隷商は全て回り、可能な限り購入を終えております。問題はこれらをいかにして魔導国へ運ぶかでございます」

「明日正午、庭へ転移ゲートを開門致す。それまでに帝都を訪れる準備を整えよ」

「仰せのままに」

「守護者統括より、帝国は表向きに友好的な同盟国家。皇帝に無許可で訪れる行為は避けよとのこと」

「……畏まりました」

 

 レイの返事を聞くや否や、伝令の暗殺者は再び闇に飲まれた。

 “守護者統括”という言葉の意味は不明だったが、アインズの部下なのだろうと想像で補填する。

 

「閣下は皇帝と一緒に来いと。私も表向きはまだ帝国の将軍、それも致し方なし……か」

 

 アインズの自称忠臣である彼は、内心で小馬鹿にしている皇帝の下へと向かった。

 

 

 帝都中央の宮廷、玉座の間にて、レイ将軍は皇帝に跪き、アインズが遣わしたと勘違いしている使者の件を、彼の誤解したままに伝える。

 監視が付いている可能性は考慮しているが、それを直接伝えるわけにもいかず、エルフの件を隠しつつ、奥歯にものが挟まったレイの申し出を、ジルは快く承諾した。

 

「わかった。では明日、邸宅で会おう」

「え?」

「どうした、不思議そうな顔だな。アインズの使者が、帝国が誇る優秀な将軍のもとに、わざわざ出向いてくれたのだ。こちらも礼を尽くさねばならん」

「確かにその通りですが……」

「エルフの奴隷も共に連れていくがいい。では明朝、将軍の邸宅で会おう」

「そこまでご存知でしたか……監視をつけていたのですか?」

「当然だ。帝国が誇る優秀な将が、洗脳でもされては事だ」

「……皇帝陛下、それは少々、言葉が過ぎるのではないでしょうか」

「物の例えだ、気にしないでほしい。さあ、私は明日の支度を始める、今日は帰り給え」

 

 不満を隠そうともしないレイに対し、ジルの態度は穏やかだった。

 ロクシーとの二者会議にて、彼の行動は全て結論付けられている。

 頭を下げて退室していく彼を見送り、確認後に側の四騎士へ声を掛けた。

 

「雷光、バジウッド・ペシュメル」

「はい、何でしょうか」

 

 紅一点が欠けて三名になった四騎士は、レイ将軍が退室したことにより、緊張を解く。

 長めに製造された黒い剣を肩に乗せ、四騎士の一人、雷光の二つ名を持つバジウッドは、顔だけをジルに向けた。

 

「明日、愛妾(ロクシー)と私は魔導国へ向かう。我らの護衛もそうだが、何よりもレイから目を離すな」

「そりゃ、私は構いませんがね。護衛は一人だけですか?」

「魔導国王都の警備は非常に緩いと聞いている。こちらも警備は最小限にすべきだろう」

「しかし、それも魔導王の手の内じゃ」

「そうなった場合、我らは即座に撤退する。撤退は容易ではないぞ」

 

 雷光はアインズの髑髏を思い出し、体の内から湧き上がる震えを抑えた。

 魔導王の奸計に嵌れば、自分程度の命を賭けたとしても、抱える負債が大きすぎる。

 口には出さなかったが、辞退したかった。

 

「大勢の護衛を引き連れていけば、それこそ“敵対国と間違えた”という理由をつけて殺されかねない」

「……それも恐ろしいですね」

「いざという時は頼んだぞ、雷光」

「帝都に妻と妾たちを残して、死にたくはないんですが」

「そうならないよう、互いに最善を尽くそう。私も妾を連れていくのだからな」

「……よろしくお願いしますよ、皇帝陛下」

 

 ジルと雷光は他の四騎士二名が安堵の息を吐いて胸を撫で下ろす横で、特大の苦虫を噛み潰した顔で笑った。

 誰の謀略かは不明だが、翌日の魔導国王都にて、バハルス帝国、スレイン法国、ズーラーノーン、駄目押しにエルフまで集結する。

 ヤトが神官長と協力してカイレを探し、アインズが記憶操作の研究に取り掛かるその日に。

 

引っ越しを前日に控えたブレインは、クレマンティーヌの額の汗を拭いていた。

ガゼフとザリュースが友人の引っ越しを手伝おうと、彼の訪れるのは翌朝の事である。

 

 




次回、閲覧注意が一部あります。

◆《ここから閲覧注意》

とでも書いておきますので、残酷描写が苦手な方は読み飛ばして下さい。


最近、投稿が遅くてすんません

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