雲は海へと流れて、蒼天が見下ろす魔導国では、人々の活気ある喧騒が絶えない。
ラナーとジルが王宮の一室で激しい火花を散らしているが、一般市民には何の影響もなかった。
そんな何気ないアインズ・ウール・ゴウン魔導国王都の昼下がり。
とある屋敷では、幼い僧侶の怒号が建物を揺らすほど響き渡った。
「いい加減にして下さい!」
周囲で佇む髭の中年男性、その男性と話している大蛇、隊長を連れて行こうとした二名の女性は、困惑した顔を浮かべる。
全員が同じ表情ではあったが、爬虫類が浮かべた困惑の感情は誰にも認識されなかった。
中年男性の迷う視線を受け、大蛇のヤトは会話を続けた。
「あいつ、なに怒ってんだ?」
「蛇様、やはりまだ幼いのではありませんか?」
「体は成長してるでしょ」
「ウチは以前の組織絡みの店とは違い、健全な店でございます。あまり強引な真似は……」
「アレはスレイン法国のスパイだ。庶民の暮らしを学ぶのも社会勉強で」
「勿論、蛇様の推薦ですので、我々としては構わないのですが、本人がこの有様では」
会話を終えた二人は少年に視線を移す。
当の本人はといえば、梃子でもこの場を動かないとばかりに床に座り込み、
居合わせた全員が、駄々をこねる子供という印象で彼を見ていた。
「やれやれ……お前なぁ、可哀想だろ。彼女たちが」
彼を案内しようと両手を優しく握っていた両側の女性は、申し訳なさそうに頭を下げ、心からの謝罪を述べた。
「申し訳ありません、魅力が足りないのでしょうか」
「お許しください、蛇様」
着飾った彼女たちはヤトの目から見ても美しく、とても娼婦とは思えなかった。
この世界における顔面偏差値の高さに、改めて自身の容姿を引き合いに出し、軽く鬱になる。
駄々をこねる少年でさえ、容姿だけでいえばヤトより遥かに高い偏差値だった。
外見の偏差値で受験できる学校が存在すれば、ヤトだけは落ち、アインズならば案外と進学できるのではと、無意味な妄想へ思考は足をのばす。
その妄想も、漆黒聖典、第一席次の声で雲散霧消した。
「あ、いえ、あなた方が謝る必要はありません。私はそこの蛇に苦言を――」
「でも、ボクは私たちじゃダメなんでしょう?」
「ごめんね、私たちが好みじゃなくて」
男性に対する接客に自負があった二人は、悲痛な表情で謝り、元凶の少年は激しく動揺する。
「あ、その、いえ、そ、そういうわけではなく――」
「何どもってんだよ……」
蛇の呼びかけに彼の視線は動かされ、眼光を鋭くして睨んでいた。
「やれやれ」と首を振り、彼らへ這い寄る。
「可哀想だと思わないのか。真面目に仕事してんのに、そんなに嫌がって」
「それとこれとは関係ありません!」
「何が関係ないのか教えてくれよ。魔導国へのスパイだろ?」
「ですから、私は情報収集を――」
「娼婦こそ情報に精通していると部下が言ってたぞ。最初に案内される場所としては、これ以上ないと思うがね」
「……」
以前にアインズがしていた話を引き合いに出す。
存外、効果があったらしく、隊長は女性の視線から逃げるように俯いた。
「それとも、スルシャーナは骸骨だから、清廉潔白であれとでも教典に書いてあんのか? それなら別に無理強いはしないが、ここで駄々をこねて彼女たちを困らせるのは止めろ。形だけでも終わらせれば、少なくない金額が彼女たちの懐に入るんだから」
「……無理矢理に働かせているのではないのですか?」
「本っ当に失礼な奴だな。直接聞けよ、クソガキ」
俯いていた少年は、思わせぶりに時間を掛けて顔を上げた。
「あの、皆さんは、どうしてこのような場所で働いているのですか? 他にも働く場所はたくさんあると思いますが」
彼の失言に店長が眉をひそめた。
「坊や、何か誤解してない?」
「私たちは好き好んで働いているのよ」
「なぜですか?」
「なぜって……うーん……お客さんが喜んでくれるから、かな」
「私はおかねー。他の人より稼げるから、いい暮らしができるもん。もうすぐ欲しかった宝石が……うふふふ」
「たまに、セバス様にも褒めてもらえるもんね」
「この前、道であったんだけど、頭撫でてくれたの!」
「えー……羨ましい」
「?」
蛇の小さい脳には情報の切れ端も残っていなかったが、目の前にいる娼婦は帝都からセバスが連れ帰った女性だった。
元を正せばヤトが店一軒分まとめて買い取った娼婦であり、セバスの勘繰りによって睦言の情報収集を終えた彼女たちは、晴れて自由の身となって各々が好きな職に就く。
過半数が村の復興、メイドを選んだが、中には今まで通りの娼婦を選ぶ者もおり、少なくない給金で娼館へ回されていた。
自分達が借金ではなく給料の為に働いているという自負は、多大な感謝を魔導王に捧げ、セバスへの好意を招く。
まるで記憶のないヤトは首を傾げ、悩みはじめた蛇と交代して娼館の店長が少年を諭す。
「少年、失礼な発言はその辺にしてくれないか。私たちは人様に何ら恥じることはない。皆が望んで働き、平和な国でいい暮らしをしている。娼婦を人間の底辺や生き恥だと思うのなら、法国とは意にそぐわぬものを馬鹿にする国なのだな」
「違います! 法国は六大神の教義に基づき――」
「私たちだってな、自分たちの仕事に誇りを持っているんだよ。少年だって信じる神を馬鹿にされたら怒るだろ? 同じことをこちらに言っているのがわからないか?」
「……」
彼の発言は少年から言葉を奪い去り、最初に娼館へ連れてきたのは正解だったなとばかりに、蛇は鎌首をもたげて頷いた。
「店長、邪魔して済まなかった。こんな無礼だと見抜けなかった俺の落ち度だ、彼女たちに渡してくれ、迷惑料だと」
娼館の店長は、ヤトが渡そうとした金貨を受け取らなかった。
「いえ、お気になさらず。他にお客もいないので、暇潰しになりましたよ」
「本当にそうかな?」
女性に視線を向けると、唇を尖らせていた。
「あーん……店長、お小遣いちょうだいよー」
「うるさい、仕事で頑張れ。楽して手に入れると、頑張らなくなるからな」
「ケチだなぁ、いいじゃん、蛇様がくれるっていうんなら」
「いいから部屋に戻ってろ」
不満たらたらの両名は、ため息とともに肩を落とした。
「おい、他人の仕事を侮辱した愚か者としてここを出てもいいのか?」
「……」
「蛇様、それ以上は可哀想ですよ」
「大きくなったらまたおいで」
「ばいばーい」
「あ、あの!」
勢いよく呼びとめた少年の声に、手を振って去ろうとした女性は振り向いた。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
生娘の嫁入りの如く仰々しい挨拶に、店長は顔を逸らして笑いを堪え、女性二人は顔を見合わせた。
自然に笑みが零れ、隊長の両手は再び女性に取られる。
「おいで」
「二人で仕事するのって久しぶり!」
今度は振り払うことなく、三人は店の奥へと向かった。
去り際の彼らへヤトは声を掛ける。
「ったく、世話が焼けるガキだ。二人ともよろしく頼む。うんざりするほど色々してやってくれ。二度と魔導国を滅ぼそうなどと思わないように」
蛇は店長の手に、金貨を乱雑に積み上げた。
所持する金貨を全て渡し終え、有り金がなくなっていると気付かない蛇は、娼婦たちに手を振る。
「蛇様、少々多すぎるかと」
「迷惑料も兼ねてるから」
「いえ、あまり甘やかすのは――」
「やったー! ありがとうございます、蛇様!」
「力の限り頑張ります!」
「こら!」
「たまにはいいだろ。こんな日があっても」
「お前たちも早く行きなさい!」
「はーい」
「行こ、坊や」
突発的な高収入の臨時仕事に浮かれた彼女たちの声は、しばらく蛇の耳に届いていた。
「常連になってもいいわよ」
「うふふ、頑張ってね、坊や」
「………はぃ」
室内に案内された少年の体は改めて緊張し、様々な意味で体が硬直していた。
女性に免疫のあるなしに関わらず、予期せぬ展開に頭はついていけなかった。
体はしっかりとついてきたのが余計に恥ずかしく、その分野に免疫力がない生娘のように、終始顔が紅潮していた。
三名を見送った蛇は特にやる事もなく、店長と雑談に興じる。
「店長、客の入りはどう?」
「それなり、ですね。下品な客を切り落とそうと値段を吊り上げました。程度の低い客はいませんが、人数は以前より減りましたね、当たり前ですが」
「病気とかは大丈夫か?」
「今のところは、と前置きがつきますが、大丈夫です。神殿がもう少し庶民的であれば、彼女たちの体調まで管理できるのですがね」
「ふうん……神官長に聞いてみるか」
「よろしくお願いします。若い時に店をやめる女性は、大抵が病気だと決まっています」
「税金が上がるかもしれないが、平気だよな? 孤児院を経営する神殿も、懐事情があるだろう」
「……まぁ、多少は。店が長く続くのであれば、止むをえませんね」
儲けが減るのはあまり芳しくないが、八本指時代の店長とは違い、仕事に真面目な彼は
「神殿に話してみる。ところで、待ち時間に物置で寝かせてくれないか?」
「構いませんが、ここにいてもよろしいのですか? 蛇の花嫁に見つかっては」
「別に俺が客になる訳じゃないし。今日の仕事はガキの子守だ。物置で寝てるから、終わったら起こしてくれ」
「畏まりました」
彼は娼館の待合室で昼寝に入った。
小遣いという一時的ながらも爆発的な効果のあるアイテムに、二名の女性はいつも以上に仕事に専念した。
隊長が石鹼のような香りを漂わせて戻ったのは、休眠し終えたヤトが店長と雑談を開始してから一時間後だった。
「……お前、ヤり過ぎだろ」
「……」
蛇を見つけて我に返った彼は、毅然とした顔で睨んだ。
だが、それも長続きはせず、視線はどこか中空へと移っていく。
失言をしないように口数を減らしたアインズよろしく、清廉潔白な宗教家としては汚れちまった彼は、しばらく口を利かなかった。
「おら、次行くぞ」
ゆっくりと休眠をしていつも以上に頭が冴えている黒髪黒目の男は、少年を引き摺るように連行し、遅い昼食を摂ろうと市場へ向かった。
◆
市場は毎度のことながら活気に溢れ、魚屋の騒がしい客寄せが聞こえ、果物屋は積み上がった商品を談笑しながら紙袋にいれ、肉屋は列をなす客にハムを薄く切っていた。
市場へ充満する人々はせわしなく動き回り、魔導国の蛇だとは気付かれなかった。
二人はそのまま商店街を素通りし、飲食店が多い場所へ移動する。
「おい、昼飯を食うぞ」
「……」
相も変わらず少年は、病に冒されても沈黙を守る
「お前なぁ、身も心も蕩けすぎだろ……漆黒聖典の仲間に言いつけるぞ」
「……あ、はぃ」
「取りあえず昼飯を……」
ジャケットのポケットへ手を突っ込み、何も入っていないのを確認して手を抜いた。
出し入れする前と後で、彼の表情は変わっている。
無言の真顔に一筋の冷や汗が流れ、石畳を局所的に濡らした。
(やべぇ、金貨一枚くらい残しておけばよかった)
銀貨か銅貨くらいは持っているだろうと想定した彼の見込みは外れ、手持ちはユグドラシル金貨しか所持しておらず、異世界の共用金貨は
やや皺の少ない脳みそへ、電気信号を
「少年、お前の財布を貸せ。金貨を忘れたから金を貸してくれ」
「……え?」
「後で返す。手持ちは全てアインズさんに渡してたんだよ」
「……本当に返してくださいね」
ガラスの10代相手に情けないと思ったが、思考が別件に
表情には不満さえも浮かんでおらず、何かを考えて虚空を見ていた。
「よし、それじゃあ昼飯食って次に行こう」
そういいながらも店舗に入らず、いい匂いの露店を冷やかしながら、立ち食いが可能なものを物色した。
鼻を撫でるいい匂いに導かれ、いつもの串焼き屋の前にいた。
「お前は何本食う?」
「……穀物や果物で結構です」
「肉食わないと力が出ないぞ? スパイがそんな弱気でどうする」
「……一本で――」
「おじさん、四本ちょうだい」
「あいよ」
「……」
「初めから聞くなよ」と言いたげな少年は、蛇に背中を向けて周囲を眺めていた。
未知との遭遇を終えた彼の視線は、自然と広場を行き交う女性に吸着する。
湯気の立つ串焼きからは肉汁が溢れ、食欲を駆り立てた。
蛇に対して意固地になっている少年は、溢れる唾液を抑えてヤトを睨んだ。
「……あまり肉は好きではないのですが」
「いいから食え」
隊長の影響で既に陽は赤みを帯びており、露店には二人以外に客はいなかった。
「やっぱりこの時間だと客入り悪いねぇ」
「この時間じゃ仕方ないだろうな。それより、最近は仕入れる肉の質が良くない。そっちで考えてくれねえかい、蛇さんよ」
「あれ? なんで俺が蛇だって知ってるの?」
「……自覚はねえのか? 意外とあんたは目立ってるよ。どこにいってもな」
「そうか……」
「それより、肉の話だがよ。こっちで塩処理をしてるから、しばらくは大丈夫だ。変に処理した肉なんか食えやしねえぞ。腹壊したら困るだろ?」
「まあ、毒はともかく美味しくないのは困るかな。牧場の件は考えておくよ、税金は払ってね」
「負けてくれよ、常連だろ」
「そんなに来てないよ、残念でした」
「ちっ、ケチめ」
店主と蛇は楽し気に会話をして隊長をそっちのけにした。
視線を外された少年は、恐る恐る肉を口へと運んだ。
仄かに湯気が立ち上る肉を頬張り、ゆっくりと咀嚼していく。
解剖された肉の残骸は胃に落ち、入れ替わりに食べる快楽が喉から上がった。
太陽の色は夕刻を告げ、行き交う人の足を早めた。
串焼きを食べ終えた二人は、赤みがさす石畳を次の店へと向う。
財布はまだ帰ってこなかった。
◆
太陽は恥ずかし気に赤みを帯び、王都全域へと赤い光彩を振らせ、夜の準備を始めていた。
夕陽で体を赤くした二人は、店が閉まるのを危惧して急いでいた。
王都の服屋に到着すると、ふくよかな店主が店じまいの準備を始めていたが、最後の客であろう彼らを店主は笑顔と揉み手で迎えてくれた。
「これと同じシャツが欲しい」
「はいはい、如何ほどでしょうか」
「二枚、三枚くらいあれば。あと、この少年にそれっぽい服を見立ててくれ」
「はいはい、少々お待ちを」
待ち時間に鼻歌交じりで服を物色していると、店主に押し負けた少年が出てきた。
第二ボタンまで開けたワイシャツらしき黒い服を着ており、服装はジャケットを着ていないヤトに似ていた。
全身が黒づくめだった。
「……俺の服と似てるんだけど」
「はい、魔導国の蛇様が、新たな部下へ送る昇進祝いとしては申し分ないかと」
部下でも何でもなく、会計も彼の財布から払おうと思っていますなどとは、満面の笑みで押し切ろうとする店主に言えなかった。
想像力旺盛な彼は、孤児を引き取って部下に迎えようとしているのだと勘違いしており、そのまま複数枚のシャツを選りすぐってくれた。
「こちらの薄汚いローブは当方にて処分いたしましょう。ご安心ください、魔導国の蛇様が新たな部下を雇われた祝賀でございます」
好意も過ぎれば仇となり、隊長は全ての不平不満を蛇に叩きつけんばかりに、渾身の怒りを込めて蛇を睨んだ。
裏表のないふくよかな店主は、心から嬉しそうに積み上げられたシャツを紙袋に詰めていた。
何度も声を掛けようとした少年は、その度に店長の
衣服と元気を失った彼は、帰路で蛇を責める。
「……どの顔で本国へ帰れと?」
「……俺に怒るなよ」
ここまでされるとはヤトも想定しておらず、微かな罪悪感を抱く。
重たい空気を引き摺る無言の二人は、日没まで間もない王都をヤトの邸宅へ向かって歩き始めた。
◆
街灯に明かりがともる頃に、アインズからの連絡が入る。
MPが枯渇した彼は、ヤトの邸宅前にて合流した。
隊長を見たアインズの瞳は、疑問符で埋め尽くされた。
「……誰だ?」
「漆黒聖典の隊長です」
「……いや、そうではない。この服は何だ?」
体格こそ成人並みであるものの、顔は十代前半のあどけなさを残していた。
何よりもアインズが気になったのは、その衣装である。
黒シャツ一枚に黒いボトム、シャツは第二ボタンまで開かれ、きっちりと仕舞い込まれたシャツが余計に彼の印象を変えた。
今の彼は髪が長いという容姿も手伝い、夜の街を飛び交う蝶へ奉仕する
敬虔な宗教家とは誰も信じないだろう。
「あなたがアインズ・ウール・ゴウン魔導王ですね? 蛇殿のお陰で、どんな顔をして本国へ帰還すればいいのかわかりません」
「……おい、お前、彼に何をした」
「……いや、別に」
「怒っているようだが」
「……ちょっと童貞を」
「……はぁ?」
その後、異様に歯切れの悪い蛇から聞き出した話で、アインズは深いため息を吐く。
ため息を吐いた後に言葉も続かず、隊長は無言の二人を睨んでいた。
「……」
「……」
「黙っていないで何か仰ったらいかがですか?」
本気で怒っている彼への対応が億劫になる。
MPが尽きたアインズの護衛を兼ね、転移ゲートを開いたエイトエッジ・アサシンは、困惑して周囲をうろうろと彷徨っていた。
唐突に邸宅のドアが開き、ラキュースが笑顔で彼らを迎える。
「ヤト、お帰りなさい。アインズ様も夕食を召し上がって行かれますか?」
こう着状態を打ち破る女神の降臨に、二柱の支配者が召し抱えた沈黙は消える。
「おい、少年、飯でも食っていけ」
「あら、この子は誰? どこかで見た気がするけれど」
「……」
「凄く怒っているわね。また何かしたの……?」
「い、いやー? 俺は知らないよ」
「はぁ……まったく、今日はせわしない一日ね。おいで、ボク。アインズ様もどうぞ中へ」
説明するのが面倒なのは全員が同じであり、促されるままに彼らは邸宅内へと入っていった。
◆
大事な話かと気を回した女性二人は別の場所へ移り、アインズとヤト、少年は湯気の立ち上る食事を前に、何から始めるべきかと考える。
徒っぽい少年は部屋へ案内されてからずっと、人間の姿をしたアインズから目を切らなかった。
「……魔導王陛下。そのお姿は何なのでしょうか。アンデッドとお聞きしていましたが、違うのですか?」
「うぅむ……話せば長くなるのだが」
自分に話が振られないのをいい事にヤトは食事を始め、アインズは旨そうに食事をしている黒髪黒目の男を見た。
視線に気づいた彼は、食事の手を止めることなく強引に話を仕切り直す。
「スルシャーナや六大神についてどこまで知ってるんだ?」
「……」
「お前には聞いてない」とでも言いたげな彼は間を空け、ため息を吐いて止む無く続けた。
「……我らが信仰を捧げる神、隠匿されたスルシャーナ様を含む六大神とは、どこかから数百年ごとに現れる神々です」
隊長が知っている知識は、ツアーと親交のあるアインズからすれば、全て所持する知識だった。
既知の見識を披露し終え、話題は六大神への分厚い信仰へと移る。
人類を慈悲深くも長期間にわたって守護したスルシャーナへの信仰は、以前にアインズが凍結させた湖の氷よりも遥かに厚かった。
スルシャーナ、八欲王、竜王を巻き込んだ大戦争の物語が完結したものの、なぜ法国が人類を守護するのかの話へと即座に移り、アインズが辟易して止めるまで口は回転を続けた。
「つまり、人類こそが神に選ばれた種族であり、他種族は殲滅してしかるべきなのです。そうでなければ、か弱き人類は異形種族の侵攻によって滅亡の一途を――」
「もう良い!」
「……話なげえ、しかもうぜえ」
普段は理知的で冷静な少年も、アインズとヤトが人間の姿で対応したことで、警戒心が薄れていた。
二体の異形種の怒りを買い占めていると知らず、隊長は空気を読まずに続けた。
「アインズ・ウール・ゴウン殿、なぜ止めるのですか? まだ話は終わっていません」
「レイナ!」
「はぁい」
和やかな雰囲気の返事が聞こえ、部屋着ドレスに着替えた彼女がドアを開いた。
昼間の怒りは
「悪い、酒持ってきて。ありったけ全部」
「はい、あなた」
レイナースはすぐに走り去っていき、最後の記憶で怒っていたはずの彼女が上機嫌な様に、ヤトは首を傾げた。
「……どうしたんだろう。嫌に機嫌がいいな」
「前々から疑問だったのですが、なぜ奥方が二人もいるのですか?」
「……神様はオモテになるんだろ」
「こいつは女好きなのだ」
「アインズさんが、俺にそれを言うかね、普通」
「……何と言う下劣な。力ずくで女性を手籠めに――」
「おい、クソガキ。失礼にも限度がある。ちゃんと恋愛結婚だよ」
「……?」
眉をひそめたヤトに言葉は止めたものの、理解は置き去りにされた。
想像も理解も出来ていない少年は、ラキュースとレイナースが酒瓶を設置するまで首を傾げていた。
ヤトは運ばれたグラスを各自へと渡す。
「アインズさんは飲みますか?」
「いや、私は遠慮する。これから忙しいからな」
「ふーん……忙しいねぇ……おい、クソガキ。お前は駄目だ、俺の酒を飲め」
「いい加減にしてください。次から次へと。私は魔導王に情報収集を」
「俺たちの知ってる機密情報、知りたくないか?」
アインズの瞳に好奇心が宿り、珍しく無茶をする相棒に委ねた。
今のヤトなら、情報を搾取する前に殺害することはないだろう。
「酒を飲んで機嫌がよくなれば、互いにより多くの情報を話すかもしれないだろ」
「……既に食事は頂きましたが」
「知らないのか? 男ってのは酒の席で交流を深めるんだよ。嫌ならいいよ、このまま帰っても」
「……本当に情報を頂けるのですか?」
「約束してやる。だが、お前も知っている事は話せ。他に所持するユグドラシルアイテムに関する話をな」
予想以上にまともな友人に、機嫌を良くしたアインズも続く。
「ふむ、それはいい考えだ。宝物殿の守護者に関する情報と引き換えに、あの老婆の蘇生も条件に付けてやろう。魔導国も順調に復興が出来ている。君たちの同僚、陽光聖典に滅ぼされた村も、ようやく形を取り戻しつつある。それらも全てなかったことにしてやる」
「……い、いえ、それは私には関係がな――」
「同じ法国に所属する六色聖典なのに知らないねぇ……ふーん、法国とはただの馬鹿が集まった国か」
「そうだな、ヤト。どうやら期待外れだった。やはり、スレイン法国は滅亡させよう。近隣諸国に竜王国という国家があった。そちらへ戦争の同盟を頼みに行くべきだな」
「あ、楽しそうですね。名前からするにドラゴンがたくさんいるんですかね?」
「いや、実は詳しく知らんのだ」
「なんだ、残念。じゃあ、法国を滅ぼす算段でも始めましょうか。終わったらこいつの首をスレイン法国の神殿にでも投げ込んで――」
「お待ちください!」
普段から最前線で命を張る彼は、自分の体から大切な熱が逃げていくのを感じ、他者より冴えた勘が命ずるままに叫んだ。
悪の
「なんだ、クソガキ。今さら命乞いは聞かないぞ」
「異形種を滅ぼすのは大いに結構だ。私は異形種として白金の竜王と共に、全軍を挙げてスレイン法国を滅ぼそう。我々からすれば、人間こそいがみ合いを続ける異形の種族だ。異形種には異形種の生きる権利がある。スレイン法国は魔導国に直接的な被害も与えている。戦争を仕掛けるのに理由は十分だと思うが」
先ほどから支配者の二人は言葉の端々で情報を漏えいしていたが、自分の対応が原因で魔導国と戦争になる状況が、幼い彼から冷静さを根こそぎ奪った。
「申し訳ありません、言葉が過ぎたことをお許しください」
「今さら首が惜しくなったか?」
「だが、急いだほうがいい。帝国、評議国、魔導国の三国で法国を巡る同盟は構築されつつある。時間も、法国の未来にも、君の人生にも既に余裕はない」
「私は、あなたがたの誘いに乗ります。しかし……なぜ、宝物殿の守護者の彼女までご存じなのですか? いえ、そもそも、陽光聖典はどこへ行ったのですか? 白金の竜王とはどのような御関係で――」
「うるせえな。疑問にはちゃんと答えてやるから、これを一気に飲み干せ」
少年の目を盗み、アルコール濃度を濃くした酒を手渡した。
色はヤトの酒と同じだったが、濃度は足元にも及ばなかった。
「……グラスが大きいような気がします」
「俺も同じもので飲んでるぞ。飲めよ、男だろ? それともまだ初体験も済ませてないガキか、さくらんぼ君?」
普段なら挑発など乗りはしなかった。
昼間に連行された娼館での一件を蒸し返され、隊長ともあろう彼は頭に血が上る。
こちらを馬鹿にして顔を歪める、黒髪黒目の男が憎らしかった。
「無礼な! この程度、いともたやすく乗り切ってみせます!」
「ヤト……えげつないな」
アインズの呟きは、グラスに口をつけた彼に届かない。
異常ともいえる状況に何が正解なのかわからず、強い感情が入り乱れて冷静さを失い、勧められるままに酒を飲み進めた。
◆
支配者の二人は
出来レースで嵌められたと知らず、隊長は順調に酒を飲み進め、怒りではなく酔いで顔を紅に染めた。
異世界で成長した二人は、武力も経験も彼を上回っていた。
ランポッサ三世への手土産に、ナザリックから取り寄せた酒に混じっていた《スピリタス》を、他の酒に混ぜて飲まされた彼は頭蓋が回転を始める。
彼が漆黒聖典の隊長として王都に侵入していれば、情報交換は肝を外すことができた。
隠密行動のためと正規の装備品を全て外し、全ての抵抗力が下がっている彼は、ナザリックから持ち出された強度の酒に敗れ、風格や尊厳まで失いかけていた。
「ふむ……めぼしい情報はこんなものか」
「漆黒聖典番外席次で人類の守り手ねぇ……コイツより強いって言われても、コイツ弱いし」
「まぁ、大したことはないだろう。レベルを100に上げればいいわけではない」
「法国は俺が外交に行きましょうか?」
「いや、念には念をいれ、彼の記憶を読み取ろうと思う」
「レベルカンストしただけの相手なら負けないでしょ?」
「武技やタレントといった未知な能力もある。下手をすると、レベルだけなら120相当まで上げられる可能性も――」
会話の途中で赤い顔の少年はおもむろに立ち上がり、凛々しく叫んだ。
「俺が漆黒聖典だ!」
黒髪黒目の二人は、漫画にて多用されている「バァーン!」という効果音を幻視した。
「……なんだコイツ」
「……どうしたのだろうか」
そこで力尽きたようにテーブルへ突っ伏し、呂律は最後の力を出し切ったようだ。
これ以後、彼の言葉は言葉としてあるべき輪郭を失う。
「わたしらってぇ……ぶたれてうまのおしっこでかおをあらわ――」
「うるせえな……ラキュース!」
「はぁい」
洗い物のためにエプロンをしていた彼女は、濡れた手を拭きながら現れる。
「このガキを空き部屋に放り込んでくれ。布団を掛けてくれよ。お子様は退場だ」
「あらあら、大変ね。レイナー! 手伝ってー!」
赤ら顔の少年は、女性二人に肩を担がれ、ゆっくりと連行されていった。
「あれじゃ朝まで起きませんね……変なガキだ。童貞喪失して舞い上がってんじゃないのか」
「元を正せばお前のせいだ……仕切り直そう。番外席次があちらにいる以上、勝手な真似は避けろ。以前に交わした約束、覚えているよな?」
「んー……勝手に死ぬな、ですよね」
「そうだ。万が一という事もある。勝手な行動は控えろ」
「どうします? ダンジョンにでも放り込みますか? この世界のレベル100がどこまで行くのか知りたいんで」
「それはいい考えだ。監視にシャドウ・デーモンをつければ、勝手な行動もしないだろう」
支配者の二人は、少年から数日間の平穏を奪い去ろうとしていた。
ヤトは空になったグラスに酒を注ぎ、口をつけながら話題を変える。
「記憶操作の方はどうですか?」
「うーん、明日の効果を見て判断する。一通り弄ったのだが、どのように効果が出るのか確認してからだな。そちらは急がないとブレインの嫁が餓死してしまうからな」
「昼間に聞きそびれたんスけど、なんで服が汚れるまで人間を殺したんですか?」
「……女を犯している場面をうっかり覗いてしまってな。可哀想な女が、頭の中でイビルアイやアルベドに変換され、ついカッとなった」
「妄想し過ぎですよ」
「う、うむ。つい……」
「同情しますね、その囚人には……怒ったアインズさんは厄介ですから」
構成員四散にまで追い込まれたギルド、“燃え上がる三眼”が記憶の奥から浮かび上がった。
上位ギルドの連合としての報復だったので、彼らのギルドだけが手を下したわけではないが、アインズの集めた情報は間違いなく壊滅に一役買っていた。
「少なくとも、今の私は人間を虫けらではなく、同種族として見ているよ」
「それも困ったもんですね」
「オーバーロードに戻れば、考え方も元に戻るさ」
「虫けらに、ね。せめて野良犬くらいまでに昇格してほしいんですがね」
「昇格しているさ。お前の妻とか、妾希望の女とか、ガゼフやブレインもいるだろう」
「それはもっと優遇されてもいいッスよ……」
「冗談だ。ガゼフやブレインはともかく、お前の嫁は違うさ」
「そりゃどーも」
ヤトは大人しい度数の酒を注ぎ、残ったおかずと共に飲み下した。
「番外席次の強さは早急に調べようと思う」
「ウルベルトさんやたっち・みーさんがレベル100なら、俺もその番外も、あのガキだって100ですもんね」
「……あの二人は除外しないと、私たちが可哀想だ」
喧嘩の絶えなかった魔法職最強と戦士職最強を思い出す。
「法国の外交は俺に任せてくれませんかね。交戦にはならないでしょ。シャルティアやコキュートスとか、デミウルゴスとパンドラとか、強い奴をまとめて連れて行きますから」
「この通りです」とヤトは拝み手で頭を下げた。
用心深い上司の首は縦に振られなかった。
「ところで、あのガキは殺してしまいましょうか」
「なぜだ?」
「殺して蘇生して、レベルを下げてから法国に送りましょう」
「……酷いな。お前がそんなことを言うとは」
「え? アインズさんなら乗って来ると思ってましたよ。らしくないッスね。敵対者なら滅ぼして然るべきでしょうよ」
「困ったものだな。同じ人間として考えると、あまり酷い真似は気が進まない」
「ギルド、アインズ・ウール・ゴウンは悪ですよ?」
「知っている」
「ならそれに相応しいロールプレイで、敵対国家を滅ぼしましょうよ」
「……お前は家族を守りたいだけだろう」
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンとは、悪のロールプレイに凝りまくった異形種で構成されている。
事実、ナザリックに所属するNPCの大多数は、ナザリック外の者を種族問わずに下に見ていた。
「ウルベルトさんならそうしましたよ」
「……そうかな? たっちさんとウルベルトさんは、同じ方向を向いていたからこそ、喧嘩が絶えなかった気がする」
「同じ方向?」
「二人とも凄くいい人だっただろ? 喧嘩していても俺からすれば仲のいい二人がじゃれ合っているように見えたよ」
過去を掘り起こすアインズは、口調まで人間に戻っていたが、彼に自覚はなかった。
「リアルは本当に酷い世界だった。それでも、正義を信じて真っ当に社会を正そうとしたのがたっちさん。真っ当な手段では変えられないから、悪になって変えようとしたのがウルベルトさん。手段こそ違えども、二人は同じ方向を向いていたと思う。同族嫌悪というやつかな」
アインズは人間になったことで過去を懐かしむ。ウルベルトの生い立ちは家族経歴を鑑みれば、たっち・みーに対する害意は本物であり、害意を受けたたっち・みーにも快い感情は存在しない。この世界に来ていれば異形種として変わった心が仲良くさせるのではないかと、アインズの希望が反映され、事実とは違っていた
「手段が違うからぶつかるってことですか。まぁ、確かに二人ともいい人でしたけど。いや、性格に難はありそうですけど、全員いい人でしたよ」
「悪役に凝ったからと言って、悪いやつとは限らないよ? そもそも悪の理念とは何だ。そのように設定されたNPCはともかくとして、異形種の俺たちはどこ行っても悪にしかならない気がする」
「世界征服とかすれば悪だったんじゃないスか?」
「うーん……俺たちが来なければ、この世界の人類は滅びたような気もする。そう考えると正義になりそうだけど」
「人は結構な数、殺しましたけどね」
「それもそうだな」
アインズは、空いているグラスを掴み、ヤトへ差し出した。
「やっぱり、俺にも酒くれるか?」
「寂しくなりました? この後、アルベドにたっぷりと慰めてもらってくださいや」
「うるさい、緊張することを言うな」
「アルベドによろしく言っといてくださいね」
お酌をするヤトの声は明るく、殺し合いまで果たした部下の恋愛成就を祝っていた。
「はぁ……みんな何してるのかなぁ……」
「今は俺で我慢してください」
「全員集めたいよなぁ……あ、一応言っておくけど、ヤトが消えるのは許さないからね」
「へいへい」
昔話に花を咲かせる話題は、スレイン法国から大きく逸れていった。
結果的に隊長の弱体化問題はどこかへ打ち捨てられ、和やかな雰囲気で酒を酌み交わしていた。
スレイン法国出身の気の毒な少年はこの一日で様々なものを失ったが、奇跡的な話の流れによって弱体化だけは逃れたと知らず、空き部屋のベッドで小さな寝息を立てていた。
◆
ヤトの邸宅を出たアインズは、時間外労働をこなすために王宮へと帰還する。
最初の時間外労働は想定よりも早々に終わり、ベッドの縁へ腰かけて肩を落とす彼の背は、哀愁という二文字がよく似合っていた。
一糸まとわぬ体をシーツで隠し、破瓜を終えたアルベドは不安そうな目で起き上がった。
ベッド上で自覚のないまま無礼な行為を働いたのかと心配する彼女は、慎重に声を掛けた。
「アインズ様……どうなされたのですか?」
「いや……済まない」
「なぜ、謝られるのでしょう。もしや、私に何か至らぬ点がございましたか? どうか仰ってください。愛する殿方を満足させられないなど、女としては失格でございます。ましてや私は守護者統括、絶対神の妻、粗相は許されません」
「違う。違うのだが……」
たっぷりと間を設け、努めて冷静に続けた。
「……私は……上手くできただろうか」
「……私も初めてでございます」
「済まない。その、あまりに……」
「あまりに?」
「あまりに美人だったので――」
「あまりに?」
「聞こえただろう……」
「もう一度、お聞かせいただけないでしょうか」
どうやら自らの粗相ではないと知り、一仕事終えた両者の立場は逆転し始める。
それが直ちにアルベドを暴走させる。
「アインズ様、支配者であらせられるアインズ様が不慣れで失敗したとしても、何を気になさる必要がありましょう。妻である私とイビルアイを相手に、幾度となく練習をなさればよいのです」
「え?」
「妻となった女だけが、アインズ様の支配者として相応しくないお姿を拝見できるのです! なんという光栄の極みでございましょう! あぁ、私の愛しいアインズ様、私の前でいくら失敗なさろうとも構いません。私だけが独占できるのです。愛しいアインズ様を!」
愛が報われて落ち着いたかと思われた彼女は、淫魔としての本能が命じるままに、アインズを床に押し倒す。
「わああ!」
頭を床に打ち付け、目から火花が出る。
剥き出しの背中に床が冷たかった。
「お、落ち着くのだ、アルベド。しないとは言っていないが、床ではなくそこで――」
「もう我慢できません! 私は、私だけの特別な何かを頂きとうございます! アインズ様の特別な何かを!」
当初の予定通りに彼女の愛には応えたが、落ち着くかと思われた彼女は暴走に拍車をかけていた。
今まで以上にアインズを貪り食おうと金色の目を見開き、鼻息も荒かった。
視点を少しだけ下げると眩い彼女の体が目に入り、アインズの冷静さは塵と消える。
「落ち着け! 一体、何のことを言っているのだ!?」
「お世継ぎを作りましょう! いつまで人間でいられるかご自身でも把握なさっていないとお聞きしています! この機を逃せば、次に機会が回ってくるのは百年、もしかすると数百年先かもしれません! 幸い、アインズ様も適齢期で子を成したとしても何らおかしなことはございません。ナザリック地下大墳墓の栄光、魔導国の地盤を確固たるものにすべく、一刻も早くお世継ぎの作成を――」
「頼むから落ち着けぇ!」
「アインズ様ぁあ!」
アインズの抵抗も虚しく、加捕食者は被捕食者を貪り続けた。
単純な腕力差で抵抗することも叶わず、床の冷たさとアルベドの熱に挟まれ続け、長い夜を過ごしたアインズは、数日間だけだがアルベドに籠絡された。
イビルアイとヤトは、アルベドの愛が成就する場面を想像し、魔導国領内の違う場所で笑っていた。
転がり出た賽の目は思わぬ事態を呼び寄せ、誰も知らぬ場所で順調に転がっていった。