モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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四枚の皿に均等の臓腑を

 

 魔導国領内の青空は何でもない日の象徴だった。

 

 最初に気が付いたのはネムだった。

 

 カルネ村はエンリの嫁入り問題で大いに揺れていた。種族を問わず妙に指導力の高い彼女はカルネ村のアンデッド村長の妻から信頼されており、次期村長―その頃に元号は都市長になる予定であったが―としてどうかと熱心に口説かれていた。存命中の両親は両手放しで喜び賛同したが、彼女と結婚する者が次期都市長として実権を握ることを意味する。エンリとンフィーレアの仲を進めるにあたり、邪魔者が増えた。

 

「お前に娘はやれん!」

「お父さん……本当はそれ言いたいだけなんじゃないの?」

「稼ぎは問題ないんじゃがのう。孫は優秀な薬師じゃから、エンリだけでなくネムまで養っていけるぞい」

「困ったなぁ……」

 

 そろそろ真剣に結婚したいンフィーレアは思い悩む。彼女の父親は頑なに頷かない。むしろ、そのやり取りを楽しんでいる節さえあった。彼らが騒げば騒ぐほど、ネムを筆頭とするお子様たちの目は冷ややかとなる。

 

「もう結婚しちゃえばいいのにねー」

「文句言うのが楽しいんじゃないの?」

「むすこがたちあがったって言ってたー!」

「ネムはどう思う? …………ネム?」

 

 空を指していた。

 

「あれ何かなぁ」

 

 染みがついていた。

 

 雲一つない青空に、半紙に墨汁の雫を落としたような黒点が付着していた。

 

「ほんとだ。なんか黒いのがある」

「きっと神様が覗いてるんだよ!」

「ふーん……アインズ様以外にも神様っているんだ……凄いね!」

 

 染みは夜になると星空に溶け、発見することは難しい。ドワーフ王国に夜行するアインズ一行は空を見上げていたが、夜空に染みは発見できなかった。

 

 一行は疲れていた。睡眠と飲食の不要な三名は問題ないが、魔獣とゼンベルはそうもいかない。急ぎ足でドワーフ国に到着したが、手近な都市は遺棄された街で、動く者も、動かない者もいない。場所が間違っているのかとゼンベルの記憶を読んだが、街並みは彼の記憶通りであり、また彼も見覚えのある街だと騒いでいた。

 

 騎乗している魔獣は主と“主の主”を満足させようと息が荒い。無理をさせて倒れられても困ると判断し、誰もいない都市で野営を執り行った。時刻は早朝だった。

 

「ゼンベル、部下に周囲を探らせる。必要があれば起こすので、お前は休憩するといい」

「へ、へえ……ありがたきささやせ」

「ささやせ?」

 

 蜥蜴人は派手に噛んだ件に言及せず、無人都市の中央広場で横になった。眠気は限界のようだ。鼻提灯でも出すのかと寝入るまで眺めたが、裂けた口からは涎が零れた。視界は寝相の悪そうな蜥蜴から、二人の少女に移る。跪く両者は指示を待っていた。

 

「シャルティア、アウラ、周辺に誰かいないか捜索を行なえ。攻撃を仕掛ける必要はない、見つけたら知らせるのだ」

「はい! で、ありんす!」

「魔獣はどうしましょう」

「休ませてやりなさい。夜通し歩いて疲れているだろう。エイトエッジ・アサシンは魔獣たちとゼンベルを守れ」

 

 全員が一斉に散った。そう時間も経たず、アインズがこれからの行動を立てていると同時刻、シャルティアは遺棄された坑道へ通じる裂け目を発見する。彼女の呼び声を聞いたアウラが駆け寄っていく。

 

「なにか見つけたの? あ、これってあのリザードマンが言ってた坑道だよね。エイトエッジ・アサシン、アインズ様に知らせてきてよ」

「御意」

「露払いは私がやるでありんす!」

 

 神級アイテム、スポイトランスを高く掲げた。誇らしく猛り狂う吸血鬼は友人に止められた。

 

「ちょ、ちょっと、勝手なことしてアインズ様に怒られるよ」

「え? でも、もう眷属を突撃させたでありんす」

 

 舌の根の乾かぬうちに手遅れだと知った。

 

「……本当でありんす?」

「本当でありんす!」

「げへぇ……」

 

 内臓から引き絞ったおくび(げっぷ)に似たアウラの幻滅は、シャルティアの脳内で感嘆の悲鳴と変換され、張本人は盛った胸を突き出している。心なしか鼻も高くなっていた。アウラは頭に手刀を叩き込むのを間一髪で堪えた。

 

「さっさと眷属を呼び戻しなさい! 中に誰かいたらどうするのよ!」

「騒々しいでありんすねぇ、このチビは。心配しなくてもちょっと食べるくらいで我慢するように言い聞かせてあるでありんす」

「それが問題なの! アインズ様の欲しがる情報を持っているドワーフだったら、あんたの眷属を見たらどこかに逃げ出して、情報収集なんかできないじゃないの」

「あ」

 

 己が失敗を察しても顔色は変わらない。元より肌に血の気はない。会話を遮って一体の《吸血鬼の狼(ヴァンパイアウルフ)》が亀裂から飛び出した。主に褒めてもらいたいのか、お土産を足元に献上して”待て”をしている。体躯の小柄さを象徴するかのように、右手首は太くて小さかった。もぎたて新鮮なお土産から鮮血が滴っている。

 

「この馬鹿ー!」

「ど、どうしよう、どうしよう」

 

 

 《吸血鬼の狼(ヴァンパイアウルフ)》は”よし”と言われたのだと勘違いし、尻尾を振って右手首にかぶりついた。利き腕を捥がれて蹲り、人生の全てを諦めて亡き父親に詫びるドワーフのルーン工匠、ゴンド・ファイアビアトには早急な治療が必要だった。彼が救助されたのは意識が途絶えて大分経ってからである。

 

 アインズの胃を痛める旅路はようやっと序章を迎えた。

 

 

 

 

 評議国の北の山はワイバーンの群れが飛んでいた。鴉よりも騒々しい彼らは食事中のようだった。大蛇は視線を竜に戻す。顔を上げた彼の表情は固い。

 

「断る」

 

 白金の竜王は取り付く島もなく、一考さえしない声だった。なおも大蛇は食い下がる。

 

「頼むよ、ツアーしか辿る手立てがないんだ。同じ竜王だろ、助けると思って」

「そこまでいうなら」

「いいのか?」

 

 案外と押しに弱いのかと考えたが、それは泡沫の如く消えた。賞味期限一秒の推察だった。

 

「エルフ国をどうしたのかな? 先日、スレイン法国の戦況を探ろうと彼らの領内を散策したのだが、エルフ国王都が砂漠になっていた。君たちの仕業かい?」

「う……」

「この世界を汚さないでくれと頼んだはずなのだが。噂によると法国と帝国を属国化したそうだね」

「まあ、成り行きで」

 

 竜王は目を閉じて首を振った。虫でも振り払っているようだったが、ため息が混じっていた。

 

「君たちの行動は派手すぎる。これ以上、世界の調和を破壊するのなら、私にも考えがあるよ」

「だってさ、エルフの王はプレイヤー並みに腐った奴だったぞ。あのまま放っておけば奴らこそ世界のバランスを壊しただろ」

「そうなのかい?」

 

「多分ね……」聞かれないように呟いた。ヤトは気まずい話題から逃げ、本題を押し進めた。

 

「頼むよ、ツアー。連絡してくれよ。同じ竜王だろ」

 

 両手を合わせてスネークダンスする大蛇に、再びため息を吐いた。

 

「……ヤト、君は勘違いをしている。竜というものは親兄弟であっても、巣立ってしまえば縄張りを争う敵同士だ。同じ竜王とは言え、赤の他人の私と彼が友好関係にあるはずがないだろう?」

「そうなのか? でも、ツアーは世界の行く末を気にしているじゃないか」

「私が変わっているのさ」

 

 ツアーは大きな顔を上げ、口元を歪めた。なぜ得意げな顔をしたのか不明だが、「フフン」と鼻で笑った。

 

「それともう一つ、君が会おうとしている竜王、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は竜王の中でも特別に変わっている。それも……そう、交尾の相手が……ね」

「……なんだそれ、変態か?」

「そういうことだ。少なくとも、私は関わり合いになるのは御免だね。彼はとにかく面倒な竜王なのだよ」

 

 口が歪んでいないところを見ると事実なのだろう。ツアーの主張にも一理ある。ヤトもアダマンタイト級の変態とは、無駄な縁を持ちたくなかった。ドラウディロンの言っていたアダマンタイト級ロリコンも然りである。何でもアダマンタイト級とつければ性的嗜好が許されるわけではない。“蒼の薔薇”と“朱の雫”でお腹いっぱいだった。彼の妻も含め、蒼の薔薇は特別に濃い。

 

 他の手段を一応は考慮するも、差し迫った現状で他に手立てはない。

 

「なあ、行こうぜ、ツアー。友達だろー?」

「しつこいな、ワイルドマジックぶつけるよ」

「いらないアイテムあげるからさ」

 

 半開きになっていた瞳の瞼が上がる。ツアーの爬虫類独特の瞳はヤトが適当に言っていないか確認していた。竜王の人差し指が伸ばされた。

 

「……その大鎌でいいよ」

「これか? 俺が死んだらあげてもいいんだけど、アインズさんが何ていうかな……あの人は貪欲なコレクターだから」

「実はあれからリグリットと旅をしてね、財宝を入手したのだ。八欲王のギルド武器、そろそろ返してもらいたい」

「でも、あれは危険だぞ。竜王が裸で守るなんて、不用心な」

「裸ではないよ……」

「俺の持ってる不要なアイテムならやるよ、どうせ俺はこの武器以外に使わないし」

 

 竜王の眉はひそめられた。竜であっても多少の表情は作れるらしい。物憂げな竜王は心の内側に意識を向け、何やら自己相談していた。結論がでたのか、大蛇を上から見下ろす。

 

「不要なアイテムをくれるなら、それで妥協すべきかもしれないね。彼がなんというのかわからないが、連絡してみようか」

「サンキュー、ツアー」

「さんきゅう?」

「ありがとうって意味だ」

 

 ツアーは渡したスクロールですぐに連絡を取ってくれた。会いにいくから場所を教えてほしかっただけなのだが、連絡は妙に長かった。時間の経過とともに徐々に肩が震え、連絡を終わった彼の表情は固かった。気楽に話しかけられる雰囲気ではない。

 

「……ツアー?」

 

 呼びかけに応じず、竜王は立ち上がって地団駄を踏んだ。繰り返し打ち付けられる二の足は、直立する蛇の体を大地と一体化させてグラグラと揺らした。

 

「なんだなんだ、どうした?」

 

 やはり返答はない。大地に足形をひとしきり刻印し、深呼吸をしたツアーは大蛇を見据えた。何やら非難がましい色があったが、彼からの説明がない。

 

「……ヤト、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は大陸の中央付近にいる。案内はするが、君たちの持つ財宝と引き換えだよ。あの変態からもらい受けた憂さは、ユグドラシルのアイテムをみて慰めるとしよう」

「約束する。俺はいらないアイテムをいくつか持ってるし、必要なら部下に何か作らせる」

 

 有無を言わせぬ迫力があった。火を見るより明らかに怒っている竜王に気圧されはしないが、申し訳ない気持ちになる。同時に、大人しいツアーをここまで怒らせた”七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)”とはどんな竜王なのか気になった。

 

「約束、破ったらワイルドマジックをナザリックに打ち込むからね」

「俺に八つ当たりするなよ。俺の手持ちアイテムだけでも十分だと思うけど、なんなら法国の財宝でも横流ししてやるから」

「それは楽しみだ……さあ、乗ってくれ。飛んだ方が早い、さっさと行ってさっさと終わらせよう」

 

 大蛇は竜王を駆り、空を舞った。

 

 

 

 

「私はね、魂には個別に与えられた役割があると思っているの。きっとこの世界そのものが、誰かのために作られた世界で、私たち脇役はその何かのために生きているんだって」

「世迷言の類ではないかね。卑屈な人間の考えそうなことではあるが、君には相応しくないように思える」

「何のために生まれたのかなんて、人間臭く考えたことはないのね。悠久の時間の先に何が待つのかなんて、聡明なあなたは知っているでしょう」

 

 彼に及ばなくとも聡明だった彼女から、叡智の頂はゆっくりと剥がれていく。程なくして屍肉の塊となるだろう。

 

「私は行く。生まれ変わるとすれば、次は竜を所望するかね」

 

 天井を見上げて笑った。

 

 頬の筋肉が緩むのを厳しく締め上げ、少年は部屋を出ていく。閉じた扉の音は想像以上に渇いていた。彼女が彼女でいられる時間は直に尽きる。そうなれば同形状の肉の塊でしかない。熟成と腐敗の紙一重はすぐに侵食を開始する。

 

 豊穣な大地は作物を育む。文明の発達は必要ない。法律と秩序もなければ、自ずと人間は平和に暮らす。作り出した豊かな国家で繰り返そう。

 

 命の循環、遺伝子の螺旋階段、魂の渦巻き。

 幾度となく彼女と出会い、刹那を虹色に輝かせ、そしてまた死別しよう。

 

 場面は暗転した――

 

 

 鼻先にふわりと香る風。初秋の空気は湿度が足りない。乾いた風は冷気を孕み、彼を微睡から連れ戻した。眠りを妨げる彼らに不快感を覚えた。ビーストマン国家の著名人、“口だけの賢者”と同郷のプレイヤーが来ると聞いて期待したが、すぐに失望へ変わった。

 

 白金の竜王は盛大に風を巻き上げ、豊かな餌場に強風を届けた。騒々しい登場に彼らの知性を疑う。白金の翼は盛大な風と共に大地へ降り立ち、わずかに残っていた微睡の残滓を吹き飛ばした。在りし日の懐古にもう少しだけ浸りたかった。

 

 背中に大蛇が一体、持っている武器はこの世界のものではない。間違いなくプレイヤーだろう。並みの竜なら武器の希少価値に鼻をくすぐられ、即座に襲い掛かっている。彼我の実力差を計らぬままに。

 

 大蛇は竜王の背から飛び降り、七彩に輝く竜王に歩み寄る。

 敵意はないがこちらへの敬意を微塵も感じない、太々しい態度だった。平然とこちらの個人領域(パーソナルスペース)を侵犯する彼の評価が、為人(人となり)を知る前から数段階下がった。

 

「よう、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)さん。ツアーから連絡あったと思うが、俺がプレイヤーのヤトノカミだ」

「久しぶりだね、七彩。元気そうで何よりだよ」

 

 白金の翼を持つツアーよりも光彩鮮やかに、七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)の翼は陽光を反射して虹色に輝いた。世界級の鉱石に似た翼は、鱗一枚とっても宝石、防具、武器、魔法具など、様々な利用用途があるだろう。来客を手厚くもてなすつもりのない竜王は、静かに顔を上げた。

 

「状況把握に時間を取りたくない。話を先に進めよう。竜王国に関して私に何用だ」

 

 大蛇は白金を一瞥し、彼が頷いたのを確認して本題に入った。

 

「竜王国を魔導国の属国にしたい。あんたの曾孫はあんたの名前に傷がつくんじゃないかと心配している。あんたに許可を貰えば俺たちは竜王国を吸収し、彼らを助ける」

「結構。彼らは何と言っていた」

「彼らって、女王か? あんたの上の曾孫は体を好きにしていいから助けてほしいって言ってたぞ。下の曾孫はさっさと助けろ、体がほしいなら二人分くれてやると言ってた」

「2人?」

 

 虹色は黙り込んだ。竜王国に彼の血を引く曾孫は女王一人。変身ができると把握しているが、それを二人と勘違いするほど愚かではないだろう。

 と、この段階では思っていた。事前情報で過大評価をしていたと知るまで、そう時間はかからなかった。

 

「私の曾孫は一人しかいない。本当に竜王国の話なのかね」

「ん……?」

 

 今度は蛇が黙り込む。

 

「彼女は変身できる。まさかとは思うが、二種の容姿を二人と言われ、その誤解を利用して何か交渉されたのではないかね」

 

 途中で変わったと思っていた少女と淑女は、大蛇の記憶領域にて等記号で結ばれた。

 その反応で全てを察し、竜は静かに首を振る。目を閉じたその表情は大蛇の愚かさを嘆いていた。

 

「……美女と幼女の二種類か?」

「君が経験から学ぶ愚者であると、出会って早々に把握させてもらった。そして竜王国の現状も把握できた。頭の悪そうな大蛇を相手取り、三文芝居を打つまでに状況は切迫しているようだな」

「………」

 

 虹の竜王は口元を歪めた。上から目線の瞳には確かな叡智が宿っており、大蛇は知性で敗北していると知る。隣のツアーを見ると、「な? 面倒くさいだろう?」と表情がわからずとも目は雄弁に語った。

 

「ふん、悪かったな。俺は知性に自信がないんでな」

「君は他の竜王と同様に思い違いをしている。竜王に限らずドラゴンは肉親の情が薄い」

「んー……つまり、俺たちの勝手にしていいのか?」

「然り。場所が場所だったので外壁を作らせ、纏めているだけだ。如何なる種族であろうと外敵は存在する。下位種族である人間を狙う種族は驚くほど多い。私がここで助けたとしても、それは一時的なものでしかない。すぐに次の部隊が彼らの脅威となる」

 

 大蛇の反応は悪い。聞きたいことが2つくらい先取りして放り投げられ、情報処理に手間取っていた。知性を通り越して厭味ったらしかった。

 

「他人事だな。俺たちがやんないとあんたの血を引く人間はビーストマンに食われ、獣の(くそ)になってケツの穴から出てくるんだぞ」

 

 口調や表現が反発するように汚れていく。彼と対峙するにはそれが相応しい気がした。

 知性が同等でないと効果はないと、ヤトが知るのは少し後である。虹色は大蛇よりも遥かに上手だった。

 

「君は食卓に上がる肉がどうやって捌かれるのか考えたことはあるかね。家畜は自由な生き方など想像せず、世界の美しさと醜さを知らないままに捌かれて食われる。それがビーストマンにとっては人間というだけのことだ。気にすべきは私ではなく、隣におわす世界の守護者、白金の竜王殿ではないのかね」

 

 悪としての振る舞いも、叡智の頂きを前にして蝋燭ほどの心強さもない。余計な蘊蓄を天ぷらの衣の如く付着させ、発した言葉は三倍以上に膨らんで返ってきた。その都度、放り投げられたキャッチボールは、大蛇が噛み砕くために一時停止する。待機時間は順調に伸びていた。

 

 見かねたツアーが横から顔を伸ばした。

 

「七彩、君は言葉の端々に棘がある。他の竜王は知らないが、少なくとも私は、君の行動を理解できなくても疎外しているわけではないよ。敵対心のない相手に失礼ではないかな」

「御明察の通り、変態と思いながらも疎外はしていない。理解できないと公言しながらも疎外はしていない。気分は大いに阻害されているがね」

「……喧嘩を売っているのなら買うよ?」

 

 不穏な空気が周囲を漂う。口角を曲げて話している竜王同士は似通った表情ではあったが、旧友同士がじゃれ合っているようには見えなかった。虹色は大蛇に視線を戻した。

 

「誰も私を理解はできない。高い知性を持った故の驕りかもしれないが、理解ができるとも思わない。竜王に限らず、人間は下位種族でしかない。人間にとって牛、豚、鶏、山羊、羊の類がそうであるように」

「いや、そうじゃなくて……子作りしておいてなに言ってんだよ。お前の曾孫は体で払うから俺に国を救ってくれと言ってたぞ。このまま放っておいていいのか」

「一国が滅亡しかねるほど人が死ぬ。だから何だというのだ。今こうしているあいだにも世界の何処かで、下位種族は上位種族に蹂躙されている。ビーストマンの牧舎では知性を与えられない人間が飼料を貪りながら捌かれる日を今か今かと待ち望んでいる。弱肉強食は世界の根源、脈々と受け継がれる血の宿命、不変の真理」

「人間と家畜は――」

「なにも違わない。そう思うのは人間性の傲慢だ」

 

 言葉を先取りされはじめた。大蛇は武力ではなく、その知力に敗北し、大きな徒労感を味わう。虹色は口を歪めて嘲笑した。腹立たしくてもそれを上回る言葉が思いつかない。苦悩に追い打ちをかけるように、虹色はさらに続けた。

 

「この世界を作り出した上位の存在、すなわち神とやらがいるのであれば、月並みだが乗り越えられない苦難は与えない。ここで滅びるのであれば弱肉強食の摂理を超えられなかっただけのこと。最上位種族の竜王は、下位種族同士が争うのを静観していればよい」

「黙って聞いてりゃこの野郎……」

「君たちプレイヤーは上等な料理に混じる虫けらだ。自身が疫病神の自覚なく、世界の主神に収まろうとする。天より授かった強さに物を言わせ、欲望のまま傲慢に他者を支配するか、偽善を以て弱者に慈愛を注ぐ。君はどちらかね」

 

 好感情がないのは知っていた。喧嘩するつもりはなかったが、知性の高い者特有の傲慢に加え、プレイヤーへの悪感情が成す嫌みの連続攻撃(口撃)はヤトのみならず、ツアーの耳にも障った。

 

「七彩、彼らはスルシャーナのような珍しい性質のプレイヤーだ。その態度は失礼だよ」

「白金、大蛇を連れて帰りたまえ。これ以上、話すことはない」

「お前は人間を愛したから子供を作ったんじゃねえのかよ!」

「……」

 

 愚者は時として偉大な功績を生む。奴隷は独裁者を刺し、浮浪者は救世主を育む。ご多分に漏れず、感情のままに放った大蛇の言葉は虹色の記憶を呼び起こす呼び水となる。

 

《魂の還る場所は種族に関わらず等しいと聞く。再利用される魂は新たな種に受肉する。そこに意思が反映されるとしたら、君は何を選ぶのか、聞かせてくれないか》

 

 百年以上も過去の記憶は擦り切れて色褪せる。孕ませた人間の返答が思い出せなかった。

 

「耳当たりが良く、気安い言葉で他者の過去に触れるべきではない。ここが私の縄張りだと忘れぬことだ」

 

 七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は立ち上がり、戦闘を予期して準備した数多の罠を確認する。それを知りながらも、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は相手の縄張り内での戦闘に応じた。並の人間では到底耐え切れない、世界の頂点が放つ殺気が、濃密に辺りへ立ち込めた。

 

「戦うのなら私はヤトの側につかせてもらうよ」

「喧嘩しにきたわけじゃねえんだが、お前は気に入らないよ、虹色。竜王国が属国にならないから死にたくなければ奴らを説得しろとでも言えばよかったのか?」

「然り。ハイエナは獅子が残した死肉を好む。寄生虫は処女の胎内こそよく肥える。限界まで肥えさせたそれは、好事家が油で炒めて食すこともある。豊穣な土地の繁栄を自由に弄んでこそ、プレイヤーとしてあるべき姿だ」

「ふざけんな! 下等生物と見下していながら、なんで子供を作ったんだ。俺だって子供が欲しいのに、お前は平然と見殺しにするのか」

 

 大蛇は一撃を食らわせようと大鎌を構えたが、虹色は反応を示さない。嘲笑する口の歪みは消えていた。改めて七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)は首を伸ばし、至近距離で大蛇を見下ろした。ヤトは思わず身構える。

 

「安心したまえ、戦うつもりはない。ひとつ聞きたいのだが、君は形態変化ができるのか」

「形態って……人間化のことか?」

「そう呼んでいるのか。見せてくれ」

 

 賢者の傲慢さは揺るがない。心の不満をそのままに、ヤトは黒髪黒目の男に変わった。予期した飢えと眠気が襲いかかる。意識は徐々に遠ざかり、慌てて元の姿に戻った。大蛇は頭を強く振り、欲求を跳ね飛ばす。

 

 虹色から目を逸らしたのはわずかな時間であったが、竜王は消え、代わりに美少年がそこにいた。子供特有の無垢な雰囲気はない。風になびく金髪は短く切り揃えられ、光の反射で七色に輝いた。曾孫よりも不純物がなく、毛髪の一本一本が一級の美術品のようだった。

 

「子供だな………ん? ああ!? あのアマ、子供の姿が変身した姿だったんだな。だましやがって……本当に一発ヤっちまうぞ」

 

 曾祖父の前でする話ではなかったが、どういうわけか彼は上機嫌だった。

 

「騙される方もどうかしている。彼女を抱きたいのなら好きにしたまえ。種族に限らず本能の呼び声には逆らえまい。それより、なぜ形状変化……失礼、人間化を解いた」

「物凄い眠気に襲われるんだよ。俺もよくわかんないんだけど、睡眠欲と食欲が爆発する」

「性欲もか。三大欲求は性欲も含まれるが」

「……ま、それなりに」

「白金も形態変化が可能だったな。かつて13英雄として旅をしたとか」

 

 緩んだ雰囲気に身を任せ、雲を見上げていたツアーは顔を戻した。

 

「その通りだよ。もっとも、私の場合は人間大の全身鎧を操っているだけだから、先ほどの欲求とは無縁なのだけど」

「……人間化の名にそぐわない不細工な連中だ。形状変化と称するには過大評価ではないかね。人間に化けるのならもっと勉強したまえ」

「放っとけ、やさぐれ竜王。俺だってなりたくてこんな姿になったんじゃないからな」

 

 美少年は考察に没頭する。白金と大蛇は放置されたが、彼らは構わずに話を続けた。

 

「私は人間社会に紛れても不自然ではない風貌であればいい。世界の情勢を確認しながら、ユグドラシルの財宝を集めるには最適さ」

「ツアーにはお宝を条件について来てもらったんだ」

「それは言わないでくれよ、よりによって彼に」

「なんだよ、欲しいなら欲しいと言わないと、約束を破られるぞ」

「ヤト……ナザリックにワイルドマジック、本当に打ち込むよ?」

「冗談だよ、冗談。あとで宝物殿からこっそり横流ししてやる。これが終わるまで待っててくれ」

 

 緻密な思考を楽しむ少年を阻害するに十分だった。眉をひそめた少年は睨んでいる。

 

「不細工な連中だ。品性の下劣さは疑うべくもない。神は静寂を尊ぶというのは君たちの世界の言の葉であろう」

「連中とは……私も含まれているのかな」

「大蛇になってもなお欲望の奴隷となった人間、世界の神を気取りながら財宝に釣られる俗物の竜王、なぜ含まれないと思ったのかね」

「………今ここで、竜王の数を減らしても構わないが?」

 

 「コォォ」と空気を深く吸い込む音が聞こえた。白金の瞳は淡く光っている。小僧は口を大きく歪めた。変態なる性的倒錯者である七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)と、自称世界の守護者である白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は、相手を理解せぬままに戦闘態勢に入った。ヤトが止めなければ、竜王頂上決戦が観客もなしに始まっていた。

 

「喧嘩するなよ! お前も喧嘩売ってんなら俺が買うぞ」

「失礼、蛇神ヤトノカミ。君に興味が湧いた、改めて仕切り直したいのだが……白金、君は外してくれないか」

 

 「いいのか?」とヤトを見るも、大蛇の表情はわからない。互いに表情で意思の疎通の難易度は高い。白金としては虹色の変態を前に立ち去るのは望むところであったが、喧嘩っ早そうなヤトを残していくのも気が引けた。

 

「大丈夫だよ、ツアー。俺は喧嘩しにきたわけじゃない」

「七彩、ヤトに何かしたらただじゃおかないよ。彼は私の友人で、財宝の提供主でもあるからね」

「安心したまえ、俗物竜王の懸念事項は起きない。理解者はいつの時代も重宝がられるものだ」

「?」

 

 大蛇と白金の頭上に特大の疑問符が浮いた。機嫌を直した理由は不明だが、彼は話を聞く耳を付けたらしい。IQの高そうな小僧相手に、自分まで頭が良くなった気がするヤトは好都合だった。

 

 翼を広げたツアーはヤトに警告する。いつになく真剣な顔だった。

 

「ヤト、戦闘になったら逃げてくれ。彼の知能を侮ってはいけない。力量と武器に差があっても、簡単に埋められてしまう」

「逃げ足を舐めるなよ」

「世界の守護神殿は疑い深い。竜王が約束を反故にしては名が穢れる。私にとっては書物一冊程度の価値もないがね」

 

 納得したのかはさておき、ツアーは来訪時と同様に派手な風を起こして飛び立った。

 青空から何度か振り返ったが、手を振る大蛇に意味ありげな視線を送って北の山へ帰っていった。

 

「手近なところに掛けたまえ。まずは君の体について教えてもらいたい」

 

 

 

 

 虹色は瞳に光を宿しながら、制限の多い人体について詳しく聞き出した。時おり太陽の日差しが反射して目を眩ましたが、話は滞りなく進んだ。肝である竜王国の話題には到達しなかったが、時間制限があるわけではない。恐怖公の眷属が消える前に食らった獣の補充時間くらいはある。

 

「吸血鬼、悪魔、アンデッドに種族を変更すると心が歪むというが、それらとは違う。例えるなら、魔力の代わりに食物を使用して動く搭乗式マジックアイテムに乗っているようだ」

「クルマとかバイクとかかね」

「聞いたことない言葉だ。マジックアイテムの名か?」

「リアルの言葉だ。俺も実物をみたことはない」

 

 とぐろを巻いた蛇は空を見上げた。太陽は羞恥に染められている。戦闘が始まったら逃げ遅れる体勢であったが、互いにその空気はないとわかっていた。

 

「いかに巧妙に隠匿しようとも、事象を辿る足跡は残されている。君は蛇の姿が本体で、人間の姿は仮初だと考えているな」

「ああ」

「人間の姿で毛髪は伸びたか?」

「あー……そういや、伸びてねえなぁ」

 

 無意識に手は頭に伸びる。角の尖った箇所が指を刺した。恥ずかしくなって手をひっこめた。

 

「排泄の回数はどうかね。回数と量は多いか?」

「うーん……1回、あるいは0回。確かに食う量の割には出るのが少ない気もする」

 

 大きな岩に腰かけた少年は、時間のゆとりをもって答えた。

 

「私の推論を話そう。人間の姿は実体を持った幻術だが、それは同時に本体でもある」

「ん……俺は人間で蛇に化けることができるのか?」

「君の心臓は人体という極めて特殊な宝箱にある。人間でありながら人間ではなく、だが人間であることを捨てられない異質な体。即ち、君の心と同じ体の構造をしている。いや、体の構造に心が引き摺られているとも言える……が、奇妙な構造だ」

「八欲王や六大神もそんなんだったのかね」

「伝承によればそうではない。体の構造上、回避できぬ不都合は生じていたようだが、君ほど異常ではない。友人もそうではないのかね」

「……まあ……あまり不都合はない気もする」

 

 アインズは精神の沈静化と、人間を下位種族と見る“程度”の歪みであるように思えた。己が有り方に葛藤を覚えている自信と比べれば、さほど問題があるようにも思えない。唯一の葛藤は、日を追う毎に面倒になる支配者の重責と、それに相応しき振る舞いだけである。

 

「想像の域を出ないが、もし、君が人間化できなかった場合、蛇の体に心は引き摺られていただろう。君たちが言うところの人間性は消滅し、無感情な大蛇か、憎悪と破壊の産物になっていた可能性がある。この世界で性格が変わったと感じたことはないかね。それとも、元より思い悩む性格だったのか」

「……否定はしないな。言われてみればもっと明るかった気もするし、自然な流れで悩んでいる気もする。昔のことはあまり思い出したくないからな」

 

 少年の顔に差す影に冷や汗が流れたが、蛇からは見えない場所だった。

 

「その体に造詣を深めれば深めるほど、冒涜的な存在が君の体を改造したように思えてくる。そこに込められた意志が時おり顔を覗かせ、私ともあろうものが背筋を寒くさせる。天地万物に絶望した者のみ所持を許される底なしの憎悪と悪意、心当たりはないかね」

「……俺、友達いないんだよね。あ、あっちの世界でだぞ。他人と深い付き合いしてないからな、恨まれる意味が分からん」

 

 記憶を探りながらゆっくりと返答した。

 

「神は存在しない。人間が崇めるプレイヤーは異世界の人間であり、概念として最も近しいのは竜王だ。しかし、こうして歪められた生、呪われたと言ってもいい異形の君を見ると、背後に上位の存在を感じ取れる」

「俺はなんにも知らないからな。気が付いたらここにいただけだ」

「好奇心を刺激され、改めて君に興味が湧いた。私が七彩の竜王(ブライトネス・ドラゴンロード)、人間形態の年齢は16歳から18歳、高い知能と美貌は見ての通りだ。明晰な頭脳は比肩すべき者なしと自負している。短い時間だろうが、よろしく頼む」

 

 少年はとぐろを巻いた大蛇に近寄り、右手を差し出した。揺れる短髪は芳香をばら撒き、蛇の鼻に扁桃(アーモンド)の香りが届く。

 

「自分で言うなよ。人間の姿で言うと生意気なガキにしか見えん。俺はヤトノカミ、ナザリック地下大墳墓の支配者、41人の一人だ。今は2人しかいないけどな」

「結構だ。君たちの世界の蔵書を読みたいのだが、取引をしないか?」

「うーん……いいけど、文字が読めないだろ」

「潤沢な時間の浪費に至適だ」

 

 ヤトも問題なく握手に応じ、数回上下に振った後、少年は椅子代わりの大岩に戻った。

 

「君の人格は把握できた。その容姿が指し示す通り、君は人間と異形種の狭間で揺れている。そこで私の意向を確認しにきた、竜王国の未来に手を出すのか否かを決めかね、その参考にするために」

「……知性が高いってのは凄いな……話が早くてついていけない」

「君は言葉の端々で十分な情報を漏えいしている。隠密行動をする際は注意したまえ。情報とは扱いひとつで刃にも黄金にもなり得る」

「そりゃどーも……なぁ、絶対の支配者として振る舞っていれば、中身もそうなると思うか?」

 

 話が変わって少年の片眉が動いた。少し悩んだようだ。

 

「……状況にもよるが、振る舞いは執拗に繰り返すことで自信を呼ぶ。目指す姿があるのであれば、そう振る舞うことから始めるべきだ。中身は後からついてくる。もっとも、才能の壁を越えられるかは当人次第だ。月と太陽には互換性がなく、相手の代わりもできない」

「自分よりも遥かに頭のいい、例えば虹色みたいな賢い部下に失望されずに使えるか」

「賢者は部下にできないというが、それは誤りだ。心ある者は欲もある。求めている結果を把握し、都合の良い過程を与えてやれ。思考の流れを一定に保ちさえすれば、心ある者は自己解釈で満たされる。裏切られる予定でもあるのかね」

「よくわからん……みんな、俺みたいなのにも忠誠を尽くしてくれるいい奴だよ。殺し合いをした部下もいるが、個人的には嫌いじゃないからな」

「支配階級の者ほど好意は言葉にすべきだ。知性が足りない君のような者も、部下を個別に労うことで、幾分か結果を好転できる」

「へいへい、試してみる」

 

 既に会話についていけなかった。活舌の良い流暢な言葉は聞き取れたが、内容の理解とは別問題だ。悩みを見透かしたように少年は立ち上がる。

 

「そろそろ日が暮れる。焚火をするから薪を集めてくれたまえ。私は貯蔵庫から食料を持ってこよう」

 

 落ちている木片を拾い集め、大蛇が口から炎を吐き、薪の束が炎上した。虹色は干し肉と果実を持ってきた。ただ貰うのも悪いと思い、常備している酒を渡した。最高強度のアルコールに喉が灼かれ、口を開けてピンク色の舌を出していた。そこは虹色ではなかった。

 

「風情がない。強ければいいと限らない一例だな」

「やけ酒にはちょうどいいぞ。ところで、何の肉だ? 癖のある味だな」

「ふむ……」

 

 返答はない。虹の小僧は指を顎に当てて悩んでいる。

 

(あのポーズ、流行ってんのかな……)

 

「家畜だ。二本足で歩く獣、種族名をニンゲンという」

 

 既に一通り食べていた。大蛇は小難しい表情で停止する。

 

「人間の頭は煮えるのに一時間も必要とする。肉の汁気が他の家畜と比べて多いためだ。生食するには最適だが、干し肉にするには手間がかかる。よく煮えた脳みそは珍味だそうだ。その部位を好んで生食する魔物もいる」

「なんだよ……」

「人間は脂肪が多い。特にメスは体全体を通して脂肪の筋(サシ)が入る。特に乳房は脂肪の塊だ。食に執着の薄いビーストマンでさえ、過度の油分に耐え切れず放り捨てる。特殊な味を好む個体もいるが、大半の乳房はスープの味付け程度にしか使えず、野に捨てられて魔獣の餌になる。肉として好ましいのは油分が少ない高蛋白のオスだ」

「……おい」

「大陸の中央で名を馳せたプレイヤー、口だけの賢者はビーストマンに手厚い歓迎を受け、家畜の(はら)から取り出された六か月の嬰児を食し、その旨さに我を忘れたと聞いたことがある。彼も元人間だったのだろう、同種食いは倫理観という名の宗教では大罪かもしれないが、たったいま叶った。お味の方はいかがかね」

 

 大蛇はゆらりと立ち上がる。小僧は蛇の瞳を正面から見据え、そして口を歪めた。

 

「俺は元人間だっつってんだろ。何なんだよ……マジで殺すぞ。俺は頭がいい方じゃないがな、喧嘩を売られてるかどうかくらいはわかる」

 

 曇った声で笑う少年は、赤い瞳を見つめた。

 

「価値観がどこまで人間なのかと探らせてもらった。いま口にしているのは野生の羊だ。非礼を詫びよう」

 

 詫びるつもりが表情からは反省の色が見られない。大蛇は毒気を抜かれ、ブツブツと文句を言いながらとぐろを巻き直した。耳には虹色の声が追加で届く。

 

「人間を食したことはないのだな。人間と婚姻したと聞いたが、牛や豚、いわゆる家畜と結婚できるかね」

「はぁ? なに言ってんだ、できるわけな――」

「そう、できるわけがない。他の竜族からすれば、私は家畜と性交渉し、挙句の果てに孕ませて国を作らせた性的倒錯者、変態的異常者だ。異形種でありながら人間に拘る君には少なからず共感を覚え、興味もそそられている。君の知性が高位であれば、我々は良き友人となれただろう」

 

 人間形態の彼にしっとりとそういわれると、愛の告白でもされている気分になる。残念ながら要望には応えられず、同性愛の気はない。反発するように口からは小馬鹿にする言葉が出た。

 

「馬鹿とは友達になれないってか……面倒な奴だな。つまり、人間と子供作ったのに変態扱いして誰も分かってくれないからここで拗ねてるもんっ! ってことなんだろ? お前、賢い竜王のくせに馬鹿だな。知性と賢さは一緒じゃないんだな」

「挑発するなら言葉を選びたまえ。それから、竜王とは種族名ではない。強くなるために生まれ、強くあるべき(カルマ)の名。縄張りと財宝の独占欲の象徴、情なき単一種」

「さっき、変態と陰口叩かれてるって言ってたもんな。お前も大変だな。陰口を叩く弱い竜は殺せばいいだろ、竜王」

「同種族であっても竜王でなければ下位種族だ。虫の鳴き声は風情こそあれ、怒る価値もない。なにより、他者を殺戮し続けた先に何が待っているか知っているか」

「俺つえええ! って優越感か?」

「退屈だ」

 

 虹の少年は立ち上がり、森へ歩いて行った。蛇はしばらく放置され、彼の蘊蓄(うんちく)を噛み砕く十分な猶予が与えられた。戻ってきた彼の手には赤い果実が握られていた。

 

「この近辺にはビーストマンの文明しか存在しない。人間社会の馳走を入手するには骨が折れる。こんな果実でも渇きを癒す一時の清涼にはなるだろう」

 

 放り投げられた果実を口で受け止めて丸呑みにした。シャクシャクと音を出そうにも、獲物に食らいついて毒を注入する牙が二本。これでは腰かけた少年のように、果実にかぶりつくことはできない。

 

「その姿で小まめに食料を摂取しておけば、活力が持ち越されるかもしれん。珍妙な性質を持った種族に転生したのなら、試行錯誤して楽しみたまえ」

「余計なお世話だ……さっきの話、退屈ってなんだよ」

「強くなった竜王には敵がおらず、肩を並べる仲間もいない。徒党を組んでいる竜族もいるようだが、大半の竜は個を好む。集めた財宝と縄張りの管理を恒常的に繰り返す、何も生み出さない消費の流転。ただただ、無意味な生が続いていく」

「無意味な生……」

「ふむ、君はそこにも悩んでいるのかね。昔、全ての生物はこの世界の主役たる存在のために、日々を生きているのだと説いた人間がいた。当時の私は一笑に付したが、あれから数百年経った今は理解もできよう」

「誰だ?」

「私の妻だ」

「人間、ドラ公のひい婆ちゃんだな。愛していたのか?」

「君は見た目にそぐわず甘い表現を好むな。残念だが竜王に情はない。私には及ばぬが、彼女は理知的だった」

「ひねくれてるな……」

 

 夜の帳は少年の頭髪から輝きを奪った。たき火は彼の髪を輝かせず、炎の影は少年を顔に差し込み、怪しい形の影を作った。

 

「生の在り方、そして生の理由に思い悩むのは人間臭くて大いに結構だ。しかし、君は問題をはき違えている。生に理由がないとしても、それが死ぬ理由とはなり得ない。元人間ならば考えたまえ、この世界に受肉した命題、魂の役割を」

「あるわけねえだろ、そんな都合のいいもんが。生まれたから生きるだけだ」

「私の妻は、この世界の生物は私も含めて全てが脇役。世界は誰かのために作られた劇場、全ての生物は主人公のために存在していると言った」

「そんな奴が存在しなかったらどうするんだよ」

「決まっている。私が死に、次の世代、次の次の世代がそれと出会う。あるいは、私が残した何かがそれの手に渡る。魂は肉体を離れると世界に留まり、いずれ大いなる魂と一つになって新たな種へ受肉する。私がいつまで生きるのかさえも、世界の因果に組み込まれている。そう考えれば、私と君の邂逅にも何らかの意味を見いだせる」

 

 持論を展開する少年は得意満面だった。ヤトの脳裏に閃いた仮説。それは灼熱の業火が如く全てを焼き尽くすものでありながら、同時に永久の闇夜を照らす希望の光。

 

《この世の全てはアインズ(モモンガ)のために存在する》

 

 人間としての生に相応しき生活を与えてくれた友人を主人公として、彼に最も近しい脇役に収まり、主役の願いを叶えるために動く一案は、目的地を探す夏の虫に魅力的すぎる眩い光だった。

 

「苦悩に一つの答えを与えよう。人食い鮫は鮫らしくしていればいい。陸に上がって人間面するからややこしくなるのだ」

「何だよ、嫌みは聞き飽きたぞ」

「君は今まで何人、何匹殺したか覚えているか?」

「……数は覚えてないが……大量の人間を殺したな。痛めつけただけの人間もいる」

 

 蛇の声は暗い。それを予期していたかのように少年は話を続ける。

 

「今でもこの世界の何処かでは、人間種に限らず生物が殺されている。ビーストマンの牧舎では知性を与えられない人間が餌を貪りながら捌かれる日を待ち望んでいる。君の悩みはこの世界の強者として相応しくない」

「弱い種族を殺したからって気にするなと言いたいのか?」

「然り。人食い鮫は海洋を泳ぐべきだ。弱肉強食は世界の原理、刃向かうのは世界の否定に等しい。元人間だからといって同族を殺したと悩むのは不毛。眼前にそびえる天秤の測り皿は何を求めている」

 

 少年は人差し指を突き出し、心臓を射抜く真似をした。蛇の表情に変化はない。

 ヤトは初めて答えではなく問題に到達する。

 

「……俺は人間、異形種として、どう振る舞えばいいんだ?」

「それこそが唯一にして大いなる命題だよ。何を見て何を成すのかは、往々にして当人の与り知らぬものだ。大海原に放り込まれた人間と獣、飢えた人食い鮫はどちらを先に食すのか」

 

 虹色は高い知性に物を言わせ、蛇の反論を断つ。彼の指は東を指した。

 

「明朝、日の出とともに東へ向かい、ビーストマンの駐屯地をその目で確かめたまえ。獣たちの誇りと劣等は、決断に迷う君の追い風となるだろう。冒涜的な悪意を以って異形に変えられた君の心は、全てを知ってから人間を守るのか、それとも人間を殺すのか、あるいはどちらも殺さないのか、全てを破壊し尽くすのか」

「選択肢が多いな、オイ。こういうときは二択じゃないのか」

「天秤の皿が二枚とは限らない。重量が均等であっても、種類と味が違えばそれを加味して熟考する必要がある。私は君の天秤が揺れ動く様を静観させてもらおう。身を引き裂くほどの苦悩の末、出した答えにこそ黄金の価値がある」

「いちいち面倒な奴だな……いいのか? 俺が獣に肩入れして竜王国を滅ぼすかもしれないぞ」

「弱肉強食の配剤通りに」

 

 小僧は笑った。彼と出会ってから初めて見た、とても楽しそうな笑みだった。笑う彼に対して、ヤトは己が(はらわた)を引き摺り出された気分を味わう。少年の話は知的好奇心を刺激し、湧き上がった疑問に少年は全て答えてくれた。しかし、依然として大蛇の中で答えは出ない。ビーストマンの駐屯地に顔を出すのは悪い選択ではなかった。

 

《約束じゃ!》

 

 生意気に小指を突き出した幼女の顔を思い出す。幼女と目の前の少年は似ていたが、淑女とはあまり似ていなかった。

 

「……あんたと話してわかったのは虹の竜王は天才馬鹿だってことだ。馬鹿と天才は紙一重っていうけどな、お前は境界線に立ってるぞ」

 

 返答の代わりに笑った。稚拙な例えを馬鹿にされる前提ではあったが、ヤトの十倍以上も年上の少年は続けて笑った。

 

「好きに笑ってろ。さっき、ツアーを止めずにそのまま殴り合わせりゃよかった。長く生きてる分、ツアーの方が勝っただろうな」

「竜王の強弱は難しい。それぞれが得意な戦法、場所がある。攻撃魔法に限って言えば白金に分がある。君の見立て通り、私は死ぬ」

 

 あっさりと死を認めた竜王に、押した腕を引っ張られて転んだ気分になった。

 

「……お前、やっぱ馬鹿だな」

「迎撃準備は整えてあったが、死ねばそれまでのこと」

「人間にでも生まれちまえ」

 

 嫌みは通用しなかった。ここから、放り投げたボールは三倍以上に増えて返り、形状も滅茶苦茶に歪んでいた。普段は周囲を振り回す大蛇も辟易して深い溜息を吐いた。

 ヤトがボールを投げ返さなくても、勝手に球は飛んでくる。

 

「スレイン法国は宗教家が持つ愚かな崇高さを、ご多分に漏れず持ち合わせている。自らの想像力を源泉に生み出した神を崇めるのであれば、興味を惹かれただろう。プレイヤーを崇め、人類の立場を引き上げるために、人間種以外を排斥するというのだから救いようがない。愚の骨頂であり、遅かれ早かれ君たちのような存在に滅ぼされるか、隷属せざるを得なかったが、彼の国の聖歌隊は素晴らしい。百年前には龍の歌声と呼ばれた吟遊詩人いたそうだが、私が聞いたのはそれより以前だ。血の継承が進み、歌うことに特化した人間が産まれていればより進化しているだろう。属国化ならば機会はいくらでもある、一度聞いてみたまえ。知性は芸術を楽しむ権利だ」

 

「一生、聞かずに終わりそうだな……」ヤトの返事は短く、簡潔だった。相槌を望んでいないのか、口は動き続けている。

 

「スレイン法国の教典を読みたまえ。プレイヤーの言行が細かく捏造、虚偽、改変されて記されている。手前勝手な人間愛に満ち溢れた哀れな人間至上主義ではあるが、君たちプレイヤーは学ぶことが多い。忠告しておくが、属国化された宗教家の彼らが次にとる行動は、君たちの後継者を手中に収めることだ。バハルス帝国もそうではないのかね。君の細君が懐妊していれば、彼らは国の全てを犠牲にして君の奥方を攫うか、あるいは取り込もうとする。洗脳アイテムの奪取に成功したのは大きい。神の導きは倫理の柵を超え、非道な行いに手を付ける。自らが畜生まで堕ちたと自覚のないまま、崇高な行いと信じて血塗れの肉塊を大量生産する」

 

「話なげぇ……」既に話は耳を素通りしていた。

 

 遂にキャッチボールの体裁さえ消え、一方的なボールの打ち込みである。小一時間も演説を聞いたヤトの耳は、耳としての役目を終えたがっていた。

 

「ふむ、珍しく饒舌になってしまったな。次は君たちの住んでいた世界を教えたまえ。そちらの情報は乏しい」

 

「げへぇ……まだ続くのかよ」

 

 知識欲を刺激された彼は出力最大(フルスロットル)で話をせがんだ。

 

 

 夜明けまで、今しばらく時間があった。

 

 

 




知識(INT)設定(1ガゼフ30 戦闘時50)
虹色150
普通のアルベド90
デミウルゴス80
パンドラ80
アインズ60 初期値50
イビルアイ40
ラキュース、レイナース50
ヤト40

猫被りラナー80
魔女ラナー110
酷いんアルベド120

100が通常の最高値、これを超えた者はこちらを見ています


七彩の竜王はもっと優しく、ここまで賢くないと思います。
ちょっと頭がいい程度の賢者は書きたくないです
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