モモンガさん、世界征服しないってよ   作:用具 操十雄

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母親機械(ムッター・マシーネ)


※ビーストマンの言語は世界の理にて自動翻訳されております。獣と人間の言語構成は違うだろうと想定し、一部変な言葉がございます。ご理解ください。
※オリキャラの名前を覚える必要ありません。二度と出ません。
※精神・物理ともにグロいんで耐性ない方はご注意ください。約二万文字のこの話は読み飛ばし可能です。最後の一行だけ読んでも話は通じますよ





肉とムッター・マシーネと肉球

 

 

 俺が猪に声を掛けたのは、家畜の腕をなます切りにして刺身よろしく皿に盛りつけていたときだった。振り向いたそいつには立派な牙が生え、人間なら一齧りで肉を食い千切られそうだ。到着早々に人間が調理している場面に出くわして動揺したが、俺は紳士な声を出した。

 

「ここがビーストマンの駐屯地で合ってるかな?」

「うぅ? ……ん?」

 

 自称叡智溢れるドラゴンと話し過ぎて、言葉っ足らずのそいつが過剰な馬鹿に見えた。

 調理されている家畜(人間)は男だった。そいつのこの世ならざる悲鳴は、砂でも詰め込まれたように俺の耳へざりざりと障った。猪は家畜の右腕から先を切断し、断面図は赤い薔薇並みに開いていた。

 

 虹色の住処から駐屯地までさほどの距離はなかった。少し離れた場所で大量のテントがキノコのように並んでいた。俺は再び奴の作業を止めた。

 

「俺は魔導国のものだ。竜王国の件で話がある。族長か隊長はいるか?」

「う……おーこく……たいちょー……?」

 

 本当に過剰な馬鹿だった。猪頭のそいつは別の場所を指さした。

 

「おで、ごはん……あちち」

 

 ”あちち”の意味を”あっち”と解釈した俺は、その場を去ろうと哀れな家畜男性を一瞥した。自分が奴と同じ人間だったと知っている俺は、バレないかを気にした。家畜は痛みに悲鳴をあげて涙を流していたが、言葉は話せないようだ。

 

 わかってはいたが、人間が捌かれているのはいい気分がしない。

 

「……それ、朝ごはんか?」

「うん!」

「美味しいのか?」

「うー、ニゴ、おで、怒る」

 

 断片的な言葉の意味は何一つとしてわからなかった。会話での意思疎通を諦め、手近な建物に入った。室内には肉の生々しい臭いが充満し、鋭い嗅覚が耐え切れず鼻がやられたので建物を出た。誰かいないものかと適当に声を上げた。

 

「おーい! 誰もいないのか!」

「うえーい」

 

 さっきの猪が肉切り包丁を持って走ってきた。俺がそいつをじーっと眺めていると、猪は不細工に笑った。どこか憎めない笑顔だった。

 

「うへへ……」

「またお前か。他に誰もいないのか?」

 

 蛇の脳みそは人間よりも小さいと思うが、猪のはそれ以上だった。そいつは別の方角を指さしたが、何しろ言葉がわからない。意思疎通の手段は絶たれていた。

 

「ニゴ、あちち」

「……困ったな」

 

 どうしたものかと腕を組んで不細工な笑顔を眺めていると、甲高い叫び声が聞こえた。

 やけに低い場所から聞こえたなと思い視線を落とすと、豹の子供が目くじらを立てていた。

 

「ボー! さっさと肉作れ!」

 

 艶のある毛並みが美しかった。体の小ささに反し、生意気を煮詰めたような顔にイビルアイを思い出した。暇なあいつは何をしているんだ。

 

「なんだお前! ボーは知能が足りなくて戦士に回されない。肉を捌くのだけは真面目にやってんのに、邪魔して何が面白いっ!」

 

 別に面白くはない。

 眉間に肉が寄って毛並みが乱れた。大そう怒っている豹のガキは、猪のケツを蹴り上げ、蹴られた側は嬉しそうに笑った。

 

「オラオラ、さっさと仕事に戻れ! サッと切ってツーだかんな!」

「う、うへへへ……オラ、サット切ってツー」

「刺身包丁はそれじゃねえっつってんだろ! ほそっこいの使え! ほそっこいのだかんな!」

 

 がに股の猪はすたこらさっさと駆け出した。

 次の子猫の怒りの矛先は俺に向いた。

 

「で!? あんたはなんだ。ここはチューボーだ」

「みりゃわかる。俺はアインズ・ウール・ゴウン魔導国のものだ。軍隊のボスに会いたい」

「はぁ?」

「俺は異形種が治める人間国家の代表として――」

「待て待て、リクツを言うな。よくわからん」

「あー………」

 

 こいつもあまり知能に期待できなそうだ。

 

「ボスの場所を教えろ」

「なにする?」

 

 生意気なガキは子猫の顔になり、不思議そうに首を傾げた。どうみても猫にしか見えず、妙に可愛かった。つぶつぶした毛並みも色と艶がよく、俺に触ってくれと誘惑した。改めて全身を眺めると、全体的に丸々とした印象を受け、それが奴の可愛さ数値を大きく上げていた。

 

「話がしたい」

「ん……ついてこい」

 

 改めて後ろから毛並みを眺めると、その色艶の良さがわかる。見た目は猫と大差なく、ふわふわした触り心地が期待できた。撫でさせてくれと試しに聞いたが、毛並みを逆立てて怒られたので諦めた。

 

 猫のくせに生意気だ。

 

 厨房兼食堂からそう遠くなかった。駐屯地の先に都市が見え、恐らく最初に落とされた竜王国の都市だろう。途中に通りかかった建物は、生きている肉の保管所、家畜収容所だった。

 

 全員が成人男性以上、年齢は20代から30代に見え、全て体格が大きく、それなりに腹が出ていた。全員が獣のように四つ足で歩き、寝る、食うしかしていない。奴らは全てを諦めたような目線で俺を見て、また諦めたように視線を切った。豹に話を聞こうと口を開いたが、声は自分で思うより暗かった。

 

「……なぁ、こいつら、食料か?」

「……クズ肉だよ、クズ肉! どうせおれたちゃ落ちこぼれだ!」

「はぁ?」

「俺だって新鮮な肉食いてぇけど、攻め落とした街の家畜は必ず一度は牧舎に連れてかれっちまう。子供の肉なんて落ちこぼれには回っちゃこねえ」

「……子供の肉は旨いのか?」

「なんでい、おめえ知らねえんか?」

「……知らん」

「だっせえ。子供の肉ってのはやわっけえんだよ。野生の人間だって肉の臭みのねえ獣のガキを狙ってんかんな。……最高の御馳走……食いてえなぁ」

 

 最高の御馳走とは腹の中6ヵ月、子供の形にすらなっていない胎児なのだと、虹色から聞いていた。

 

 気分が悪くなってきた。

 

「おめえは食ったことあっか?」

「……ない」

「だよなぁ……俺は絶対、手柄を立てて御馳走食うんだ」

 

 遠い目をする食人の獣に掛ける言葉がわからない。俺の意志に反発し、口は自動モードでも搭載しているかのように勝手に動いた。

 

「男しかいないな」

「あん? おめ、馬鹿だな、そんなことも知らねえんか? 馬鹿の三軍にゃ家畜でストレッチ発散する馬鹿たれがいるからよぅ。ここにいんのは落ちこぼれか変態だかんな」

「……ストレスな」

「それな。メスは何度も孕ませなきゃいけねえ。隣の軍じゃ、繁殖に頭を悩ませてるっつーぜ。そいで、出がらしの肉しか回って来やしねえ」

 

 言葉遣いの下手くそな豹のガキは“ニャニャニャ”と笑った。

 

「家畜の子供なんざ届いてすぐに奪い合いだ。ここの馬鹿どもったら、我慢しやしねえ。生きたまま食いついて引き裂きながら奪い合いやがっからよ。俺っち子供の肉なんざ食ったこともねえ」

「……大変だな」

「捌く手間いらねから助かんがな、育つのも待てやしねっから肉はいっつもすくねえんだ。俺だってたらふく食って戦えば強くなれんだ」

「……腹が減るんだな」

「戦士の血が流れてっからな。俺の親父、強かったんだぜぃ」

「……頑張るんだな」

 

 俺の返事は酷く内容が薄かった。話の途中で近寄ってくるビーストマンを見つけた。今度はハイエナだった。獅子や虎が多いと聞いていたが、それらの姿は見えない。獣同士はにこやかに談笑した。

 

「ニー! 朝飯はまだか? 腹減ったぞ」

「ボーが支度してっから待ってな」

「おれ、脳みそが食いてえ」

「ちっ、変態がよ。おめえみてえのがいっから仕事が進まねえ。煮るのは時間かかんだ。てめえの糞でも食ってろってんだ、手間ばっか掛けやがって」

 

 嬉しそうに豹の子を怒らせるハイエナは、ひとしきり笑ってから俺に気付いた。至近距離で鼻をひくつかせ、俺の臭いを嗅いだ。

 

「んーんん? なんだぁ、こいつぁ? 人間くせえぞぉ?」

「入団希望だ」

 

 どうやら俺は兵隊志願者らしい。

 

「おう、そういや、そろそろ全体で侵攻するらしいからよ、精の付くもん頼むぜ」

「俺もいいのか!?」

「ボスに聞いてみな。今なら機嫌良いぜ」

「うっし、おめえもさっさとついてこい」

 

 

 俺を入団希望者だと信じて疑わない子猫は、軍隊の仕組みを教えてくれた。やつらが戦士と呼ぶビーストマンの兵隊は、攻撃力が強い者、賢い者から最前線に送られる。前線部隊の網にかからなかったものは自然と二軍、三軍へ落ちていく。

 それら劣等部隊が任されるのは奪った地域の占拠であり、俺がいる三軍は馬鹿が多いようだ。次の都市を落としたら新たな駐屯地を作る必要が出てくるので軍の再編が行われるらしく、飯炊きに飽き飽きした戦士希望の子猫は期待に目を輝かせた。

 

 話の切りがよくなったところで大きなテントの前に到着した。

 

 ここのボスは猫だった。

 

「ニーニー、今日も可愛らしいじゃねえか」

「俺はニーニーじゃねえ!」

「ふふん……そうだったな。ところでなんだ、そいつぁ」

「入団希望だとよ! それよか、俺も次は戦場に出てえ。出してくれよ」

「そうだなぁ。考えておくが、武器は包丁じゃ、駄目だぞぉ? ガッハッハッハ!」

「オイラも剣くらい振るえらぁ! じゃ、後は任せっからな!」

「おう、下がっていいぜ」

 

 テントの中で胡坐かいて酒を飲む山猫は、俺に座れと促した。この体で座るも何もないので、手近な場所でとぐろを巻いた。入団希望とやらの誤解を解き、俺は竜王国に攻め入るのを止めろと頼んだ。

 

 低姿勢で頼んだつもりだったが怒りはすぐに沸き、山猫の毛並みが逆立った。

 

「人間を攻めるのを止めろだと……?」

「ああ、俺は人間が暮らす国の……王じゃなくて……ええと、えらい奴なんだよ」

「断る。我らビーストマンは命令に従い、繁栄のために戦っている」

「……まぁいい。お前じゃ話にならないから、前線部隊の場所教えてくれよ」

「力ずくでやってみろ」

 

 武力行使した方がわかりやすく、俺の性に合っている。

 

 テントの外に飛び出た山猫は剣を構えていたが、俺に緊張感はない。のそのそと起き上がり、欠伸をしながら隊長格を眺めた。ビーストマンの身体能力は人間の十倍で、レベルが3なら人間でいうレベル30相当だと虹色から聞いていたが、それが本当ならレベル10でレベル100になってしまう。俺は彼らの実力を確かめようと、怒り狂う獣を見た。

 

「死ねぇ!」

 

 お決まりの台詞で斬りかかるも、無効化されて体に届かない。やはりレベル設定は絶対のルールらしい。もっとも、武器はお粗末なもので、届いても鱗一枚剥がせたか怪しかった。

 

 山猫の首根っこを掴み、俺は値踏みするように体に触った。確かに人間よりは逞しい体だが、かつて寝込みを襲われてボコボコに返り討ちした、アダマンタイト級変態の方が強そうだった。ひとしきり確認作業を終え、山猫をテントに放り投げた。建て方が荒かったのか、テントは平らに潰れた。大袈裟にため息を吐いて周りを見ると、俺は取り囲まれていた。

 

 実力を示すにはおあつらえ向きだ。

 

「勝てないから止めとけ。俺は人間側の異形種なんだ」

「ふ、ふざけるなよぉ! おまえ、何するんだ!」

「やっちまえ!」

 

 はっきりいって面倒だった俺は、彼らに反撃せずぼーっとしていた。どうせ一撃も俺の体に届かない。

 

 それが失敗だったと知るのは、少し後だ。

 

「おまええ! 入団希望じゃないんか!」

「だめ……ニゴ」

 

 騒ぎを聞きつけたのか、子猫と猪が包丁を持って立っていた。いきり立つ子猫は猪に宥められていた。

 

「おいおい、お前らは料理人だろ? 無駄死にするなよ」

「蛇、お前は誤解している」

 

 テントをぺちゃんこにした山猫は、口の端から流れる血を払い、残った血を吐きだした。ボスの目はこちらを侮ったものではなく、戦士に宿る確かな光があった。

 

「我々は誇り高きビーストマン。命を守るためにではなく、誇りを守るために命を懸ける。ここにいる全ての者、女子供であってもそうだ」

 

 奴は武器を構えた。

 

「貴様が我らビーストマンの戦士を侮っているのはわかった。傷ついた誇りのために戦わねばならん!」

「そうか、悪いことをしたな。俺は主要部隊の場所を聞きたかっただけなんだが」

「もう遅い! 全員が貴様を生きて返すつもりはない! 全員、死ぬ覚悟はいいかぁ!」

 

《雄々ォォォォォ!》

 

 牙を剥いた獣の咆哮が俺の体を震わせる。

 こうして咆哮する姿を見ると、猫でも立派な肉食獣だ。人間としての心なのか、ビーストマンとしての心臓なのかわからないが、俺の胸が一度だけ強い鼓動を刻んだ。

 

「野郎ども! 命を捨てろ! ビーストマンの意地を見せてから死にやがれ!」

「……逃げるなら殺さないからな」

 

 俺の声に逃げる者はいなかった。どうやら気乗りしない殺しをしなければならない。それでも俺がしたことといえば、飛びかかる奴らの動きに合わせ、額の刀を突きさしただけだ。俺の体はいつかみたいに血で染められていく。囲んでいた包囲網は崩れ、地面に赤い毛皮として散らばった。俺の周囲は腹から落ちた内臓で囲まれ、一歩でも動けば、ばら撒かれた内臓の“ぐにょっ”とした感触が伝わった。

 

「なぁ、もう半分くらい死んだぞ……もういいんじゃないか?」

「あああああああ!」

「だから、無駄だって……」

 

 獣の体は柔らかい。俺が加減せずに拳を突き込めば、柔らかい内臓をかき回して拳は毛皮を突き破る。

 

 胸糞悪かった。

 

 王都で暴れたとき、俺は殺戮を楽しんでいたが、今は違う。こいつらもブレインと同じだ、自分のプライドと見栄と魂を掛けて挑んでいる。

 

 俺は……こいつらを殺すのに相応しいのか?

 

 悩める俺の前に猪と子猫が立った。

 

「……お前らは料理人だろ? 無駄死にするなよ」

「俺は戦士! 誇りを傷つけられて逃げらんねえっ! 逃げるくらいなら死ぬ!」

 

 敵の数は三分の一くらいに減り、相手のボスは生きている。部隊の立て直しに時間はかかる。竜王国のチビ王女とした約束は守った。その場を立ち去ろうとした俺の前に、案内してくれた子猫が仁王立ちした。

 

「逃げんなァ!」

 

 無為な殺戮、惨たらしい死、自殺を望むガキの振る舞いに心がざわつく。

 

「お前こそ逃げないなら……ぶっ殺すぞ」

「くっぅぅぅぅううう……う、う、ううう……うっせー!」 

 

 子猫は牙を剥いて飛びかかってきた。俺に殺すつもりはなく、首を掴んで持ち上げた。そのまま遠くに投げようと思っていた俺の動きは止まる。

 

「ぐずっ……許せねえ……許せねえ……ちくしょぅ……ビーストマンを! 馬鹿にするなああああ!」

 

 首根っこを掴まれ、両脚を宙に揺らす豹の子供は大粒の涙を流した。俺の指に噛みついたが、無効化されて痛みはない。鋭い爪で鱗を剥そうと手を動かしても、一枚たりとも剥がせない。それでも子猫は抵抗を止めなかった。

 

 ボス猫が憎悪を込めてこちらを睨んでいた。

 

「化け物……」

「ああ、そうだ。俺はプレイヤーだからな、お前らからすれば化け物だろう。悪いことは言わねえから降伏し――」

「違う!」

 

 山猫はひときわ大きく叫んだ。

 

「お前は醜い化け物。誇りも信念もない、心を無くした怪物。子供でさえ戦士として死のうとしているが、お前は目を逸らして逃げ出そうとした。恥を知れ!」

「……なんだよ、お前らだって人間殺すだろ? あいつらにも誇りはあるぞ。無駄な殺しは嫌いなんだよ、俺は」

「俺たちビーストマンは食う分だけ殺す。人間は食わないのに殺す。お前は人間のように醜く、化け物のように強い、ただそれだけだ」

「……」

 

 こちらを蔑み、見下していた。影から猪が飛び出る。

 

「はなせぇ!  おでの友達!」

 

 俺は子猫を離した。落下した子猫は泣きながら距離を取り、猪は身を挺して庇う。余程悔しかったのか、子猫は包丁を地面に何度も突き刺した。

 

「ちくしょう! ちくしょうちくしょうちくしょう! あいつ、ぶっ殺してえ!」

「うへへ、おでも、やる」

「ボー、あいつ倒せば、戦士になれっかな。親父みてえな戦士になれっかな」

「せんしぃ! ニゴ、戦士!」

「お前らよく言った! 全員準備しろ! ガキに後れを取るんじゃあねえ!」

 

 涙を拭ったガキと猪は、笑って俺を見た。戦士が死ぬ覚悟を決めた顔だった。俺はやけっぱちになり、皆殺しにする覚悟を決めた。

 

「マジかよ……面倒くせえな……そんなに死にてえなら殺してやるよぉぉぉ……」

 

 絶望のオーラを全開にして攻撃性を高め、俺は大鎌を構えた。

 

「野郎ども! かかれぇ!」

 

 ボスの掛け声で、獣の群れは一斉にかかってきた。情けも容赦もしない、戦士として戦うのなら手加減は無用と判断し、俺は大鎌で切り刻む単純作業を繰り返した。さほど時間を掛けず、俺の両腕は猪と子猫の首を掴んでいた。

 

 他に動けるものはいない。

 

「へへっ……戦士で死ねた」

「ニゴォ……一緒にいぐぅ」

 

 子猫は笑い、猪が隣の子猫に手を伸ばした。俺は両者の首の骨をへし折り、無造作に捨てた。“ボギリ”と濁った音が同時に鳴り、命を絶った嫌な感触が伝わってくる。死にゆく奴らは笑っていた。

 

 全員、命を懸けて誇りを守り、最後まで戦って死んだ。

 

 足元に寄り添って眠る子猫と猪、周囲に散らばる獣の死体。大蛇の俺だけが赤い草原に立っていた。こいつらは嫌がるだろうが、手向けに猫と猪の瞼を下ろした。

 

「……こいつらと人間の、何が違うんだ。食うもんが違うだけじゃねえか」

 

 空は曇り、太陽の姿は見えない。命を懸けて誇りを守ったビーストマンたちの死体を踏み拉いて、俺は次の駐屯地へ向かった。

 

 地獄に底はなく、また地獄と感じるものは人によって違う。半端者ほどそれが多いと知るのは、体に塗られたわさびが沁みてからだった。

 

 

 

 

 たちの悪い酔っ払いのような俺が次に辿り着いたのは、別陣営の家畜小屋だった。少し先にやはり陥落された都市が見え、その手前にキノコ群が見える。そこから少し外れたこの場所、簡素な突貫工事の建物は獣臭く、家畜小屋だとわかる。先ほど見た小屋よりも大きかった。

 

 どこからか話し声が聞こえた。

 

「おい、キュー。こいつら気色わりいな」

「……なんだ、また交尾でもはじめたんか。現地調達した家畜は馬鹿みてえに交尾ばっかやりやがるなぁ」

 

 建物の角から様子を盗み見ると、腕を組んだ獅子の子が短いたてがみをクルクルと指で弄び、「子を孕めば俺らは構わねえけどな」と続けた。虎の子は汚いものでもみたように草地に唾を吐いた。

 

「知ってっか? もうすぐ、大侵攻が始まっぜ。奴ら、黒い魔法で戦士を骨だけにしたってな。こんなのに苦戦してんのかと思うと気分わりい」

「ああ、気分わりい、気分わりいよな」

「今度はメスの奪い合いだぜ、浅ましいな」

「ああ、浅ましい。傷ついたら肉が台無しだ」

「肉は肉らしく、観念すりゃいいのにな」

「ああ、肉は肉らしくすりゃ憎らしい」

「うっわ、気持ちわるっ。なんで口とケツにも突っ込んでんだ? あいつらそこでも孕めるんか?」

「ああ、気持ち悪い、肝悪ちい――」

 

「なあ、お前ら、そこで何してるんだ……」

 

 取り止めのない話に耐え切れず、俺は声をかけてしまった。ライオンと虎のチビは、返り血に染まった俺の体を上から下まで眺めた。

 

「………」

 

 無駄な沈黙が流れ、仕方がないので俺が口を開く。

 

「……魔導国って、知ってるか?」

「まどーこく? ボン、知ってっか?」

「しらね」

 

 さっきの胸糞悪い展開をなぞるのも嫌なので、俺は牧舎を眺めた。そちらもそちらで十分に胸糞悪かった。生を諦めた複数の男が欲望を剥き出しに、片っ端から女と交わっていた。片隅で子供たちが震えている。身を寄せ合って震えながら自分より小さい子を守っていた。

 俺と目が合った子供に死の恐怖が浮かぶ。

 

(最悪だ……)

 

 気分は始まる前から萎れて枯れた。

 

「……すまん、ボスのところへ案内してくれ」

「なにする?」

「話がしたい」

「おめえ、ビーストマンけ?」

「ああ、そうだよ。俺は昔、ビーストマンだった。今の種族名は蛇神だ」

「ジャシンかぁ……ジャシンてなんだぁ? キュー、知ってっか?」

「知らんわ。ボン、案内よろしく。俺はまだ仕事が残ってっから」

「あいよ」

 

 獅子と虎の相性は抜群に良さそうだ。俺は周囲の風景をなるべく記憶しないように、瞳を虚ろに保ちながら子虎の後に続いた。そいつはたまに振り返り、目を輝かせて俺に色々と聞いたが、内容は何一つとして覚えていないしなんと答えたかもわからない。きらきらした瞳が、さっき首の骨をへし折って惨殺した子猫と重なった。

 

「ここな、ボスんとこ。失礼するなよ?」

「ああ、ありがとうな、ボン」

「俺、ボンド・ポルック。後で面白い話、聞かせろ」

「わかったわかった、じゃあな」

 

 俺は周囲と比べて装飾が派手な天幕(テント)を開いた。

 そしてすぐに後悔した。

 

 ボスの豹は食事中だった。

 

 体の小ささから人間の子供だとすぐにわかる。両脚と頭部を切断された死体。刃物の切れ味が悪いのか、切断面はやはり薔薇のように開いていた。俺が固まると同時に豹は牙を剥き、首にかぶりついた。

 

 肉に牙がめり込んでから俺に気付き、ゆっくりと肉をすり潰しながら声をかけた。

 

「誰だ?」

「……」

「おいおい、誰だと聞いたんだぜ? 答えるのが筋ってんだ」

「すまん、食事中だったか。外で待ってる」

「入れや。話くらい、飯食いながらできる」

 

 ご遠慮願いたかった。

 

「おまえさんも少し食うかい?」

 

 俺にとって最悪だったのが、こいつが“いいヤツ”だったことだ。奴はご丁寧に餌の向きを変えて差し出した。開かれた子供の腹は内臓がなかった。当然だ、奴らはちゃんと処置して食う。下処理を綺麗にして空っぽになった子供の腹など見たくなかった。

 顔の前で飛ぶ蝶々でも払うように手を振ると、奴は寂しそうに引っ込めた。

 

「……人間の仔はたまにしか食えないんだが」

「悪い……」

「いや、いい。俺もうんざりしてきた」

「ん?」

 

 再び首に食らいつき、肉を大きく食い千切った。モッシャモッシャと旨そうに肉を食う音が聞こえたが、俺の食欲は刺激されない。

 

「おまえさんの返り血、第三部隊のか?」

「……なぜわかる」

「同胞の血はわかる。獣の香りだ」

 

 嬉しそうに笑った。開いた口から肉の破片が見えた。

 

「悪いが……第三部隊は壊滅させちまった」

「あの馬鹿どもが……誇りと無謀を勘違いしてる馬鹿ばっかだ、あそこは。ニーニャって豹の子がいたが、どうした?」

「………殺した」

「そいつは最後になんと言った」

「親父みてえな戦士になるって、笑いながら俺に戦いを挑んだ。勇敢だったよ……」

「……そうか」

 

 クチャクチャと肉が噛み潰される音しか聞こえない。こいつがあの子猫とどんな関係なのかは知らないし、知らないままにしたかった。それを悟ったのか、豹は何も言わなかった。首周辺の肉をひとしきりこそげとり、そいつはテントを出ていった。

 項垂れる俺にはそいつの声が聞こえた。

 

「副長、あとはみんなで分けろ」

 

 歓声を受けて戻ったそいつの手には酒瓶が握られていた。よくわからないが嬉しそうに酒を勧めた。

 

「飲め、強きもの」

「ああ……」

 

 柔らかい甘みのある酒はとろみのある水と変わらない。今の俺にはスピリタスの焦熱が必要だった。俺はこいつらを皆殺しにする覚悟を決め、本題に入った。

 

「……人間から、手を引いてもらいたい」

「できない。俺たちゃ軍隊として命令に従っている」

「そうだよな……」

「なぜ家畜に肩入れする」

「俺たち異形種が作った国、魔導国の繁栄には人間が必要だ。人間に農業をさせなきゃいけない」

「それは、本当に、人間である必要があるのか? お前たちの仲間、あるいは他の異形種でだめか?」

 

 努めて穏やかな声は部下を諭すような口調だった。俺はこいつの意図がわからなくなった。

 

「人間は醜い。俺に取引を持ち掛けた人間、すぐに殺した。おかげで無駄な肉を食った。さっきのがそれだ。他者を喰らう俺たちビーストマンでさえ反吐が出る」

「どういうことだ……?」

「牧舎を見てこい、話はそれからだ」

 

 そいつは右手を差し出し、出ていくように促した。仕方なく、案内された道をずるずると這って戻った。来るときは気付かなかったが、この駐屯地にはメスと子供もいた。

 装備を調整したり、模擬剣を振って稽古したりと、皆が晴れやかだった。

 

 再び、胸糞悪い牧舎についた。

 

 耳をすませばうめき声やすすり泣く声、女の嬌声などが聞こえてくる。俺の姿を見つけたキューは、持っていた農具を放り投げてこちらに走ってきた。走行は四つ足じゃなかった。

 

「あん? なんで戻ってきた?」

「お前がキューか?」

「ボンはどうした? 案内した馬鹿虎」

「知らん。俺はボスに牧舎見てこいって言われたんだよ」

「……まーた寄り道してやがんな。見たいなら勝手に来い」

 

 子ライオンに続いて牧舎に入ると、すぐに獣臭さが鼻を衝く。これが人間のものと考えると、余計に気分が悪くなった。廊下部分はビーストマンが管理しているとは思えず、手狭で突貫工事の建物でありながらとても清潔だった。

 

「綺麗だな」

「掃除しないと病気になる。そんな肉、戦う戦士にだせない」

 

 入ってすぐの区画は前に見た家畜と同じく、知性のない家畜が諦めた顔で餌を食っていた。さっきは気が付かなかったが、餌は野菜の類だった。

 

「オスが多いな」

「ここはもうすぐ肉にされる家畜な。向こうの区画は一通り全部いる」

「そうか……もうすぐ食料か」

「ん」

「さっき、ボスが子供を食ってたんだが、子供は成長する前に食ってもいいのか?」

「……説明する、来い」

 

 仕事が大変なのか、うんざりしたような溜め息を吐いた。ライオンの子は歩きながら説明をしてくれた。入口手前の区画はいわゆる家畜、つまり家畜として生まれ、家畜として育てられた人間で、全部に知性が無かった。

 そして一番奥にまとめてある家畜は――

 

「おい! あんた俺らと取引してくれよ!」一人の男が叫んでいた。

 

 攻め落とした都市から攫った人間、つまり、竜王国出身の一般市民だった。

 大半の人間はその場で勝利の宴に出されるが、それでも人間の数は多く、牧舎を建てる羽目になったという。キューは効率よい生産体制を作るために、日夜頭を悩ませているようだ。頭が痛いと繰り返し愚痴った。

 

「生産体制に最も害があるのが人間」

「人間を生産するのに人間が邪魔なのか?」

「そうだ。気色わりい」

 

 生粋の家畜部屋にはなかったが、竜王国産の家畜部屋は牢屋のように格子が嵌められていた。先ほど叫んだ家畜は囚人よろしく格子を掴み、頭を半分出している。格子の感覚が広すぎて、適当に急ごしらえしたようでおかしかった。子供なら簡単に抜け出せそうだ。

 

「ところでこの男はなに言ってんだ?」

「自分で聞いてみ」

「そうか……おい、お前、取引ってなんだよ」

 

 そいつは声を掛けられて嬉しそうに目を輝かせ、奥に引っ込んでいった。

 

「なんなんだ?」

「……見りゃわかる。同じこと言った奴、ボスにぶっ殺された。……馬鹿だ、こいつら」

「?」

 

 戻ってきたそいつの手には何かがぶら下がっていた。

 

 人間の子どもだった。

 

 首を掴まれて宙づりになっている二歳くらいの幼児が、この世の終わりとばかりに全力で泣き叫んでいる。後ろから這ってくる女は、男にのしかかられて犯されながら必死で子を求めて震える腕を伸ばしていた。涙が汚れた床に落ちた。

 

「子供! わかるか!? 子供! たくさん作るから、種馬として生かしてくれ! あんたら子供の肉が好きなんだろ!?」

「やめてええええ! 私の子はまだ二歳なのよおおお!」

「うるせえ! どのみち放っておけば全員食われちまうだろうがっ!」

「ぎゃっ!」

 

 男は女の顔をぶん殴った。赤子は母親を求めて泣き叫び、小さくて丸い体をよじり、畜生の腕から脱出しようとしていた。俺は目の前が真っ暗になった。盲目の俺の目に映るように、畜生は格子の間から子供を差し出し、これ見よがしに左右に振った。泣き声は更に激しくなった。

 

「……い! おい! あんた、聞いてんのかよっ! こーどーもっ! 食いたくねえのか!」

「……」

「女は全員孕ませておくから俺たち種馬は生かしてくれ! 女を連れてくれば、好きなだけ孕ませ――」

「子供を返してえええ!」

「うるせえっ! 黙ってろや!」

 

 男は母親を蹴飛ばし、子供をこちら側の地面に叩きつけた。子供は口を全開して顔を歪め、大粒の涙を流し続けた。可哀想になって体を捻る子供に手を伸ばしたが、それより早く家畜の足が子供に落ちた。

 

 頭部から首にかけて踏みつけられた子供は、数回だけ呻いて動かなくなった。優しく抱きあげた子供はまだ温かかったが、この子は二度と泣かない。俺はその子の頭を撫でた。

 

「ほら、死んだそれ食っちまえ! 次の子供作っておくから、俺たちは生かしてくれ! ヤリまくってすぐに次を産ませるからな。俺たちは優秀なんだよ」

 

 ライオンは忌々しいものを見る目で家畜を眺め、目を逸らして唾を吐いた。

 

「すっげ気分わりい。こいつら子供を殺すんだよ、自分の」

「てめぇ……それでも人間かよ。お前は竜王国の人間だろ……なんでこんなことができるんだ」

 

 怯んだのは一瞬だけだった。奴の顔には悪魔のような笑顔が張り付いていた。

 

「へっへへ……ふざけるんじゃねえよぉ! お前らビーストマンが国を落としたんだろ! 俺たち人間を食うために!」

「俺は女王からビーストマンの数を減らしてくれと頼まれ――」

「じゃ、すぐに助けろや! なにぼーっと見てんだこの野郎! さっさと隣の獣を殺しちまえ! 人間を食う獣を全部殺しちまえよぉおお!」

 

 必死で這った母親が、震える手を畜生の足に伸ばした。死んだ我が子を見て瞳は虚ろになり、何も映さない永遠の闇がそこにあった。

 

「私の……可愛い……子供……」

「うるせええ! まだ一匹いんだろうがぁ!」

 

 男は女の顔を踏みつけた。

 

 醜かった。

 

 俺の抱いているビーストマンへの悪感情は崩れて変わり、人間こそが滅びる種族なのかと思った。少なくとも俺は、人間の醜さを圧縮したようなこいつに一秒たりとも生きてもらいたくなかった。

 

 体は自然に動き、背中の大鎌がゆっくりと振り下ろされた。鎌は驚くほどすんなりと畜生の脳天から差し込まれ、プリンにスプーンを入れたときほどの感触もなかった。鎌が挿入面積を増やすたび、そいつは激しく痙攣し、大量の唾液を泡立たせてから動かなくなった。鎌を手前に引くと、死体の前部分が綺麗に裂けて汚物のような音を立てて内臓が零れ、下処理がしやすくなった。チビライオンの愚痴が聞こえた。

 

「あーあ……これ、俺が掃除すんのか……? 掃除道具持ってくる。今夜の晩飯だ」

 

 チビはその場を去った。不思議なことに、奥で交尾する家畜どもはこちらを見もせずに行為を続けていた。犯され、殴られ、踏みつけられ、子を殺された女に回復薬を振りかけた。虚ろな瞳は俺の腕の中で冷たくなる子供を見ていた。母親に返すと抱き着いて大声で泣いた。温めて蘇生するかのように女は強く抱きしめていた。

 

「あの……ありがとうございました……もう……だいじょおぶでし」

「子供……死んじまったな……」

「……お待ちください」

 

 女は他の家畜の目を盗み、隅へ走っていった。奥ではまだ大量の女が種馬志願者に犯されていた。いっそ皆殺しにして床に臓物の絨毯を敷いてやれば、どれほど清々するか。

 

 隅に積み重ねた藁の中から、生まれて間もない子供を取り上げて戻り、女は数回だけ強く抱きしめてから俺に手渡した。気持ちよさそうに眠っていた。

 

「この子を……お願いします。私は家畜として死にます……どうか……この子だけでも人間として生きられるように」

 

「ああ……」俺は受け取るしかなかった。

 

「ありがとう……蛇様、どうか、よろしくお願いしま――」

「オラ! てめえもこっちきてさっさと孕め!」

 

 言葉の途中で種馬(スタリオン)が現れ、女は奥に連れていかれた。赤子に別れの挨拶もできなかったのに、母親は微笑んでいた。俺の手には触っただけで壊れそうな赤子が残された。

 

 気持ちよさそうに眠っているそれはとても温かかった。赤子を起こさぬように気を使い、極度にゆっくりした動作で畜舎を出た。外でキューとボンが待っていた。

 

「あ、きた。なあ、あいつらって、なんで仲間を殺す? 孕まないとこに突っ込んで楽しいか?」

「俺、人間、嫌い」

「……人間こそ、滅びるべきなのかもしれないな」

「滅びちゃ困る。肉は優秀、大勢の仲間が助かる」

「子をたくさん作らせたい」

「……俺は詳しくないから知らんよ。じゃあな、ボンキュー」

「待て!」

「ぐぅ、ご、御馳走、すこしくれ!」

「だ、だ、駄目だ……我慢できねえ!」

 

 こいつらはもう少しまともだと思っていたので、少なからず失望した。

 

「所詮は獣だな……動いたら殺す。これの母親との約束だからな」

 

 忠告も虚しく、食欲という本能は奴らを動かした。俺は尻尾を大きく動かし、二匹を壁まで飛ばした。殺すつもりはなかったが、奴らは全身を痙攣させて動かなくなった。鞭のようにしならせた尾が運悪く脳天に当たったのか、頭のてっぺんが裂けていた。またここのボスに謝る理由ができた。

 

 鱗を通して伝わる赤子の体温が、全ての罪を受け入れてくれるようで心地よかった。

 俺は殺してしまった未成熟な二匹の件を謝ろうと、ボスのもとへ向かった。

 

 

 

 

「食欲のままに襲い掛かるは獣。誇り高きビーストマンに許されない。殺していいのは勝利の宴だけ」

「ああ……そういうことか。本能を抑えさせようとあそこで働かせてんのか」

「そうだ。俺たち二軍。前線部隊に食料が足りなくなったら回す」

 

 意外にもボスはさほど怒らなかった。腕の中で眠る赤子に興味を示しはしたが、特に食わせろとは言わなかった。しかし、俺に向ける目に懐疑的な色が浮かんでいた。

 

「だが……殺す必要はなかった。お前は奴らを食ったか?」

「……いや」

「お前が殺したニーニャは俺の死んだ兄の子だ。あいつは食ったか?」

「いや……襲ってきたから殺した」

 

 豹は牙を剥いて俺を威嚇した。

 

「ニーニャは可愛い姪だった。お前が戻ったら決闘し、敵討ちをしようと思ってた」

「……勝てなくてもか?」

「生きるとは戦いだ。死に至る傷を負う覚悟は常に決めている。戦いを忘れたビーストマンは生きていない野獣だ。だが……お前は戦う価値もない強者だ」

「価値もない……」

「生きていない化け物に用はない」

 

 唾を吐き捨てた。飛沫が俺の体にかかったが、拭く気力はなかった。

 

「一軍のボスは俺の先生だ。この世界の掟を教えた。お前も最前線部隊に顔を出せばわかる。この世界の掟とビーストマンの誇り」

「……ありがとな」

 

 俺の口は自然に感謝を述べたが、奴は露骨に顔を歪めた。

 

「もし、生き返ったらまた来いや。強いお前なら戦ってみたい」

 

 虫けらでも追い払うように手を払った。

 

 奴からすれば俺もあの人間と変わらない。思い返せば、アルベドとの死闘以外は全て、俺は何の対価も差し出さず、虫の羽を捥ぐように惨殺した。強者として相応しいと思っていたが、強い誇りを持つ彼らの前では穢れた存在意義でしかない。

 

 俺は世界の全てから歓迎されていない気がして死にたくなった。

 

 その程度で足元が崩れる自分の弱さを恥じて嘆きながら、赤子を起こさぬようにふらふらと草原を歩いていった。

 

 

 

 

 今日一日で学んだのは、ビーストマンの歓迎はいいことがないということだ。

 

 三つの内で最も大きな駐屯地がこの最前線部隊だった。指揮官のズッキーニは金色のライオンだった。左右に黄と白の虎が側近として立ち、それぞれはディーアールとノックズと名乗った。側近の仲はあまり良さそうではない。黄色い虎は腕に抱かれた赤子を見て呟いた。

 

「赤子、旨そうだな……」

「ディーアール、殺されたいか? 子供は死肉でない限り、宴でしか出ない。勝手は許さん」

「ノックはいつもうざい。いつ殺してやろうかと思う」

「次の戦争で」

「それ、忘れるな」

 

 俺は口げんかする二匹の虎を無視し、ズッキーニを値踏みした。

 

「どうした、食欲ないのか?」

 

 陥落した最前線の都市からは次の侵攻先、竜王国の砦が見えていた。赤子を預けようかと思ったが、駐屯地を前にして夜になっていた。肉の焼ける芳ばしい香り、肉の煮られる旨そうな匂い、時間帯は俺にとって最悪だった。徹底的に牧舎の近辺を避け、気でも狂った酔っ払いのように、前線基地内をふらつきながら赤子を抱く俺は飴玉幽霊のようだ。ビーストマンが走り回る喧騒の中、当然、俺は注目を集め、行く手はボスと側近の虎たちに阻まれた。

 

 話を聞いた彼らは、俺を嘲笑しながらも晩餐会を開いてくれた。

 

 実に迷惑だった。

 

 ズッキーニの持つ雰囲気は緩く、最前線で指揮を執る優秀な指揮官には見えなかった。こいつは返り血がにかわのようになった俺を戦士と認め、最高の御馳走(6ヵ月の嬰児)を用意してくれた。俺に負荷をかけるにあたり、これより効率のよい方法を知らない。

 

 食えるわけもなく、拒否もできず、進退窮まった俺は寝ぼけた赤子をあやした。しかし、ズッキーニは気さくな声で話しかけた。

 

「それ、家畜の乳母に預けろ。安心しろ、お前の獲物だ。誰も取ったりしない」

 

 俺の選択肢はさらに狭まる。

 

 知っていてやっていればかなりの策略家だが、奴の雰囲気はそう言ってない。金色のライオンは豪快に笑い、メスのライオンを呼んで丁重に扱うよう命じた。メスも我が子を抱くように優しく引き取ってくれた。

 

(しかし、よく眠るガキだ)

 

 俺もいっそ眠ってしまいたかったので、際限なく眠れる赤子に嫉妬した。その場にいる全員が非常食だと疑わず、俺は湯気の立ち上るスープで歓迎という名の拷問を受けた。テーブルが揺れるたび、スープの海から未発達の手らしきどろどろの肉が見えた。

 

 食欲はいっそう干上がった。

 

「馬鹿の第三部隊を皆殺しにした強戦士を、歓迎するには御馳走しかない。最後の一体だったが、取っといてよかった。遠慮せず食え」

 

(食えねえよボケ)

 

 そう言えたらどれだけ気楽だったか。裏表のない獅子の笑顔に心が痛んだ。左右に座る虎たちの顔は時間経過で徐々に険しくなり、俺は再び殺戮を予見する。正直なところ、無駄な殺戮は御免被りたかった。今の俺は完全にヘタレていた。

 

「……すまん、二軍のボスから子供の肉を分けてもらったんだ。そちらで食い過ぎて」

「お前、正気か? うちのグランはこれが食いたくて、張り切り過ぎておっちんだ」

 

 まるで俺が“うちのグラン”を知っているだろうと言わんばかりに、黄虎はグランとやらの武勇伝を自慢した。最後までグランが何者なのか説明されることはなかった。反対側の白虎が諫めるまで、奴の口は止まらなかった。俺は出されたスープを突き返す。飲めない理由はこの場で俺だけが知っている。

 

「俺はお前らの仲間を殺したんだ。御馳走は貰えないよ」

「勘違いしている。俺たちは獣人(ビーストマン)。強者への尊敬は皆が持ち合わせている。ここは前線基地、メスも子も戦う。強者はどこにいっても歓迎される」

「……だから俺は」

「本来なら良いメスを世話したのだが、ここに蛇はいない。強者の子は誰もが孕みたい」

「あー……悪い。本当に申し訳ないが、俺はビーストマンになる前、人間だったから人間は食わない。人間が食うものを食う」

 

 あまり褒められた手段ではないが、他に思いつかなかった。虹色が聞けば呆れてため息を吐いただろう。

 

 予想していたが、ここまで笑われるとは思わなかった。

 

 連中はその場で笑い転げ、用意した“最高の御馳走”はテーブルから転落して草原の栄養になった。回りの者が青くなって駆け寄り、土塗れになったぐちゃぐちゃ胎児を鍋にぶち込んで再料理していたが、それでも奴らは笑い転げていた。でかい三匹が草原を転がり回り、俺はぼけっと(クズ)みたいに眺めていた。

 

 奴らはカヒカヒと変な音を立てて空気を吸い込み、にやけた顔で座り直した。

 

「ひひ、悪かった。お前さん、泊まる場所はあんのか?」

「ない」

「これからどうする」

「人間……竜王国への侵攻を止めてくれと交渉する」

「お前は獣人(ビーストマン)側か? 人間側か?」

「決めかねている……」

 

 ズッキーニは口の形をキュウリのように“にへら”と変え、白い虎に指示を出した。白虎はテントから出ていった。

 

「お前は面白い。詳しい話を聞きたいが、今日はもう遅いし、酒も飲んだ。泊まっていけ。世話係を付ける、用があればそいつらに頼め」

 

 白虎が戻り、後ろから白い虎の子供が走ってきた。俺はそいつが連れ歩いているものを見て驚いた。

 

「は、初めまして、ぼくストライク! ご、身辺の面倒を見させてもらうます!」

「ストライク、“面倒”じゃなくて“お世話”だ。“もらうます”じゃない、“もらいます”」

 

 親父は優しく息子の失言を正した。微笑ましい風景だった、傍らで人間の肉が食われてなければ満点をくれてやろう。

 

「なぁ……どうして人間の子を連れてるんだ?」

「ん、まあ、詳しい話は明日。今日は休め。お前、血塗れだ」

 

 お言葉に甘えさせていただき、精神をすり減らした俺はその場を去った。彼らの歓迎から少しでも早く逃げ出したかった。案内されたテントは広かったが、天井は大きな穴が開いており、星が良く見えた。血が乾いてにかわみたいになり、俺の体から凝固した血の塊が落ちた。白の子虎は心配そうに俺を見た。

 

「あ、体を拭きますですか?」

「……一人で大丈夫か?」

「ワカモレも手伝うます」

「ワカモレ?」

「ペット」

 

 人間の子は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 二人は連携して体にこびりついた返り血を拭いた。できれば雑巾ではなく、もう少し綺麗な布で拭いてほしかった。

 

「ストライク、お前は人間をどうして飼っているんだ?」

「この子、親が殺されちゃった……可哀想だから僕が引き取ったです」

「ふーん……ワカモレ、お前は竜王国の子供か?」

「うん……」

「ワカモレ、駄目っ! 三軍を壊滅させたビーストマンだから、失礼言えば殺されちゃうよ!」

「え? 何か変だった?」

「“うん”じゃなくて“はい”だよ!」

 

 白い子虎は人間の子を抱きしめた。ペットというのは非常食という意味ではなく、二人は本当に仲よしに見えた。

 

「いや、気にするな。子供は子供らしくしていい。ワカモレ、話の続きを」

「僕の親、食べられちゃったんだ……国も取られちゃった」

「……そうか」

 

 かける言葉は早々に売り切れてしまった。テントの中は鱗を磨く音だけが聞こえた。作業を終えた奴らは同じテントで丸くなって眠り、俺もとぐろを巻いて上を見上げた。主従関係の二人は寄り添って眠っていた。こんなことなら初めからビーストマンを滅ぼしていれば、奴らの誇りと劣等なんか知らずに殺せたが、今の俺は奴らを対等な存在だと思っている。

 

 忌々しい天秤の秤は大きく揺れていた。

 

《獣たちの誇りと劣等は、決断に迷う君の追い風となるだろう》

 

「あの野郎……なにが追い風だ。完全に向かい風じゃねえか」

 

 ビーストマンの誇りとは戦って生き残ること。

 ビーストマンの劣等とは強い食欲という本能。

 

 一晩かけてビーストマンを滅ぼす覚悟を決め、竜王国を属国化する策を練らなければならない。

 

 不意に、何かぷにぷにしたものが鱗に当たった。寝返りを打った白い子虎は万歳の格好になり、手のひらの肉球はピンク色だった。指で押すと心地よい弾力と柔らかい感触が伝わった。反対側ではワカモレが白い虎を抱き枕にしていた。眉間の毛並みが歪み、抱き枕は迷惑がっているとわかる。暑苦しいのか、虎は両脚の開閉を繰り返し、そのたびに小さなボンボリが股の間で揺れていた。オスなのは間違いなかった。

 

 異形種と人間が共存している様は、俺の心を落ち着かせた。

 

「全部、こいつらみたいになればいいのに……あーあ……疲れた……」

 

 デミウルゴスかパンドラでも呼び出して作戦を練ってもらおうと、俺は考えることを放棄した。

 

 指輪を外すと、すぐ微睡(まどろみ)に堕ちた。

 

 

 

 

 喧騒で目を覚ます。

 

 安らかに眠った気がせず、脳みそが鉄に変わったように重い。実際にそんなことはなく、蛇の頭は普通に起きた。テント入口の隙間から白虎の親子が口論しているのが見えた。

 

「そんなことできないよ!」

「ならば戦場に出せんな」

「グルルゥ………」

 

 親子喧嘩に部外者が介入するのもどうかと思い、態度を決めかねていたところに縦笛に似た音が聞こえてくる。音に誘われて入り口でも何でもない場所から這い出ようと頭を潜らせたが、角が引っかかって破けた。テントをずたずたにしながら外に出ると、ワカモレが笛を吹いていた。

 

「よう、おはよう」

「おはよう……」

「オカリナか?」

「うん、お父さんからもらったんだ」

「なあ、お前、人間の国に来るか?」

「……」

「来いよ。どうせいつかは食われちまう。俺にはその力がある。虎たちは俺が説得するから」

「……本当に? でも……ストライクが」

「怖いのか?」

「心配なんだ……ちょっとドジだから」

 

 俺はチビの頭を撫でた。子どもながら眉をひそめて嫌がっていたが、俺は止めなかった。

 

「これからボスを説得する。魔導国に来れば、お前の親も蘇生してやれる」

「本当に!? お母さんとお父さんに会える!?」

「約束だ」

 

 俺は小指を差し出したが、意味が分からなかったようだ。話し声に釣られて大人の白虎が呼びにきた。

 

「客人、ワカモレ、こっちへこい。ズッキーニが待ってる」

 

 酔いが醒めたズッキーニと二匹の虎は、俺とワカモレを神妙な顔で品定めした。白い子虎の顔は暗いが、親子喧嘩した後だから仕方がない。

 

「客人、よく眠れたか?」

「ああ、まあな」

「そうか。話はこれが終わってからする。ストライク、始めるぞ」

「……でも」

「戦士が通る道、お前は拒否するのか?」

「……」

 

 白虎は腕を組んで子を眺め、その姿に俺は気圧された。子の成長を望む父親の顔だ……と、思うのだが、俺に子がいないのであまり自信はない。

 

「お前の母は優秀な戦士だった。泥を塗るな」

「……うん」

 

 虎の子は人の子に駆け寄り、強く抱きしめた。小さな胸がトッと当たった音がした。

 

「どうしたの? お父様に怒られたの?」

「………ごめんね」

 

 肩に乗せていた虎の口は開かれ、唾液の糸を引く牙が人の子の首筋に突き立った。

 

「え……?」

「え……?」

 

 俺とワカモレの声が重なる。

 

 人間の子の肉は聞いた通りに柔らかく、面白いように犬歯によって元いた場所から引き剥がされていった。虎の子は首の肉を食い千切り続けた。肉は順調にこそげ取られ、赤く濡れた頸椎が露出し、絶命は免れないと教えた。理解が追い付かない俺の反応は手遅れなほど遅かった。

 

「おい! 何やってんだよ! 止めさせろ!」

 

 俺が動くのを察し、二体の虎が立ちはだかる。ズッキーニの声が聞こえた。

 

「これは戦士の儀式だ。人間を殺せぬ者は戦場に立てない」

「ふざけんなよ! 子どもになにをさせてるんだ! こいつらは友達じゃなかったのかよ!」

「肉を食うとは命を喰うことだ。家畜に感謝せぬ獣人(ビーストマン)は戦士ではない。ただの獣だ」

 

 本来なら飛び掛かるべきだったのかもしれないが、絶叫するストライクの慟哭が俺の動きを止めた。人間の子は地面に仰向けで倒れ、虎の子は首の肉に涙を落としながら食らいついていた。動揺する俺は肉の塩気が強そうだと思った。

 

「クチャ……うううううわあああああ! ごめんよお! ごめん! ごめん! ごめん……クチャ……ごめん……クチャ」

 

 人間の子羊は手を上げて子虎の頬を撫でた。もう首の前半分から肉は消え、寸断された動脈から血が噴き出るのが見えた。唇を動かして何かを言っていたが、喉が消えては声が出ない。

 

 だが、俺には何と言ったのかわかった。

 

「おかあさん……」

 

 すぐに腕は落ち、魂が抜けていく。人間の形をした屍肉がそこにあった。

 

 ついさっきした約束は永久に果たせなくなった。簡単に手を差し伸べた自分への怒りも混ざり、やりきれない感情がこみあげ、俺は鎌を地面に突き立てた。刃の部分は全て埋まった。

 

「人間を殺すな! この世の人間は全て魔導国の所有物だ!」

「客人はおかしなことを言う。人間だって家畜を食う。我らが何をした? 家畜を世話して必要な分だけ食ってる。悲しまぬように知性も与えない。世界の掟によれば強い者は弱い者を喰らわなければならない。同じ大地に生まれた命は互いの命を奪い合わなければならない」

 

 俺は彼らの誇りと劣等を勘違いしていた。

 

 奴らは自分たちが肉食で、他者の命を奪わなければならないと自覚している。それは強い戦士としての誇りであり、同時に罪深いことなのだとこいつらは知っている。俺は泣き喚く虎へ向かった。まだ息があれば回復薬で間に合うかもしれない。

 

 俺の前にはボスが立ちはだかり、金色のたてがみがそよ風に揺れた。

 

「幼子が戦士となる大事な儀式を邪魔するな」

「ならここで死ねよ!」

 

 俺は大鎌を引き抜いて柄を獅子に叩きつけた。ライオンの頭蓋は砕け散り、口から脳髄を吐き出した。ボトボトと零れる脳みそは側近の虎どもを怒らせた。飛び掛かった虎どもの攻撃は無効化を貫通せず、首根っこを掴んで大柄な二匹の虎を持ち上げた。白い虎は絞り出すように呻いた。

 

「化け物……」

「ああ、そうだ。俺は化け物だ。お前らが束になっても皆殺しにできる怪物だ。人間に手出しするなら、俺はお前らを全滅させなきゃ――」

「ち……がう……お前は……人間とも獣人(ビーストマン)……とも違う……哀れな怪物」

 

 自覚はなかったが、奴らの命を握る手は力を失った。虎たちは地面に落ちた。振り返ると、白い一匹の虎が人間の子の亡骸を抱きかかえ、涙を流して咆哮した。

 

 何か、とても神々しいものに見えた。

 

 俺は自分がとても汚らわしいものに思えた。それを悟ったのか、白と黄色の虎は畳みかけるように言葉をぶつけた。 

 

「見ろ。子どもはこうして強くなっていく。命を奪う罪の味と大地の掟を知る」

「大地の上に生まれた命はすべて同じ。強いものが弱者を食って大地に命が回る」

「お前はズッキーニの命を踏みにじった。だが、彼が教えた大地の掟は生きていく。誇りは死なない!」

「人間、獣人(ビーストマン)、立場違っても同じ大地の命。お前はこの大地の命じゃない!」

 

 反論も手出しもできなかった。まるで死体に群がる蛆でもみたような顔で、奴らは俺を軽蔑した。

 

「次は戦場で会おう、穢れた人間みたいな怪物」

「ズッキーニの踏みにじられた命、必ず報いる」

「人が集まる前に、非常食持ってさっさと失せろ」

「弔いをする。怪物は歓迎されない」

 

 俺はアインズさんのためにビーストマンを殺し、手柄を立てればいいのだと思っていた。竜王国の家畜にされた国民を取り戻し、獣の死体を持ち帰れば今後の資源としては申し分ないと思っていたし、自然と竜王国も属国になると考えていた。俺の薄っぺらい浅知恵は奴らの誇りの前に無力だ。

 

 俺がしたのは弱肉強食の摂理の破壊。

 戦士の未来を踏み潰しただけだった。

 

「うわああああああああああ!」

 

 崇高な幼い戦士の泣き声が、背後から胸を突き刺した。

 

 赤子が運ばれてくるまで、虎の子の号泣を聞きながらその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 失意の俺は荒野のような草原を静かに歩いていた。ビーストマンの駐屯地と竜王国の砦の狭間。今の俺の心情に似た場所を、どっちつかずの歩き方で彷徨った。

 

 腕の中の赤子は血色がよく、たくさん食べさせてもらったようだ。あいつらは約束を守って赤子を無事に返してくれた。その彼らに対して、俺は彼らのボスを殺害して追い出された。今の俺は異形種の外道(クズ)で、かつて殺した犯罪組織や、盲目の宗教家となんら変わりはない。

 

《元人間ならば考えたまえ、この世界に受肉した命題、魂の役割を》

 

 そんなもの、本当にあるのか?

 

 世界を汚し、欲望のままに他者を殺戮する異物(プレイヤー)はどこに行っても歓迎されず、誰も望んでいない。虹色の言う通り、そうだったとしてもそれは死ぬ理由にならない。

 

 じゃあ、俺は何のためにこの世界に来た。

 人間を守れというなら、歪んだ心にする必要はない。

 世界を滅ぼすなら殺戮衝動を高めりゃいい。

 

 雨でも降ってくれればドラマチックだったが、空はむかつくほどに晴れ、太陽は燃えている。 

 

 俺は空に叫んだ。

 

「俺はぁあ! 何のために生まれてきたんだ!」

 

 神とやらの答えはなく、腕の赤子が泣きだした。

 

 結局はどこいっても同じ。人間はより上位種族に、人間しかいなければ人間に搾取、管理、利用、殺害される。現実世界(リアル)と何も違わない。

 

 醜い人間が平和に暮らせる場所なんかない。俺のような醜い人間(怪物)に居場所なんかない。

 

 腕の赤子は泣き続ける。生きたいと涙を流し、お前も泣けとばかりに泣く。いっそ、俺も一緒に泣きたかった。慟哭に身を委ねて叫んだが、掠れた声しか出なかった。

 

 人間だけが味わえる地獄を知ってしまった俺は、今まで通りに生きられる自信がなくなった。

 

 生きているあいだ世界の真実から目を背け、自分を騙し、裏切り、言い訳を続けなければならない。

 

 

 俺がどれほど苦しもうと、今日も世界のどこかで人が食われる。

 

 

 

 




ニーニャ・ニコル
生意気、オスに見えるがメス、戦士見習。基本は飯炊き。夢見る豹の子はそれなりに楽しくやっていた。蛇に会うまでは
ボー・モーグズ
暗記の天才。戦闘時の脳足りず、飯炊き。力はそれなりに強い。豹の子と友達になるも、名前を間違って覚えた。

キュー・ディワンド
チビライオン、オス。研究家。第二畜舎の生産性を高めるために悩んでいる。家畜の面倒を見るのはあまり好きじゃない。
ボンド・ポルック
虎の子、オス、下品、欲求不満。メス好きだが家畜とはヤらない。嫌々ながら仕事は真面目。

ズッキーニ・ナイトヘッドウェイ
カリスマ指揮官。普段は緩い。覇王色の覇気使えそう。金色のライオン。子供の頃はポン・デ・ライオンくりそつ。青年期まで人間と共に育ち、そして食い殺した
ディーアール・キューブ
黄虎。ボスの側近。武器は戦斧。金閣
ノックズ・クリカルド
嫁がアダマンタイト級ロリコンに殺害される。殉死と納得も子は悲しんでる。白虎。銀閣
ストライク・クリカルド
無垢で純真でまっすぐな戦士見習。両親を尊敬している。ペットは大好きな友達
ワカモレ
人間の子。殴打(ストライク)のペット。脂が乗ってて美味しい。舌の上で蕩ける柔肉

死者は全員蘇生拒否





次回

「いい加減にしろ! どこまで私を失望させれば気が済むのだ!」
「う………ぅぅう……う”わ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」
「あ、待てこら! 逃げんなー!」

次回、「液垂れする出来損なった最高傑作」

「僕は誰にも邪魔されたくないんだ……だから……ここから消えてしまえ!」



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