IS〈インフィニット・ストラトス〉~天駆ける空色の燕~ 作:狐草つきみ
夜、それは茜色を失った空が藍色に染まる時。
「ここがそうね」
そんな時間帯のIS学園の正面ゲート前に、猫を連想させる小柄で華奢な少女が、体格とは不釣り合いなボストンバックを抱えて立っていた。
まだ暖かみを含んだ晩春の夜風が、二又の尻尾を思わせるツインテールに結った髪を揺らす。その髪は、夜に溶け込む艶やかな黒髪をしていた。
「………んー、あ。そう言えば、受付って何処よ?」
呆れ顔で上着のポケットの中を漁る。すると、見た目に違わぬ彼女の性格を表したかのように、くしゃくしゃに揉まれた紙切れを取り出した。
そこにはボロボロになりながらも、少女が今向かうべき場所が書かれている。だがその場所が分からない。
「……あーもー! 本校舎一階総合事務受付って何処なのよー!!」
夜の学園に、悲痛な少女の嘆き声が響き渡る。無論、それに答えてくれるような人は誰も居ない。
落胆して溜め息を吐くと、少女のツインテールが大きく揺れる。
(そうだ! 空から探せば良いのよ!)
名案だと顔を明るくさせるが、脳裏に嫌なものが過った。あのタウン○ージ三冊分の分厚さに匹敵する「学園内重要規約書」が。
「うう……名案だと思ったのにぃ~! しょーがないわねぇ、自分で探すわよ、自分で」
もう一度落胆してから、不貞腐れるように言って少女は歩いた。立ち直りが早いのもまた、彼女の性格の現れか。
そもそも、まだ転入手続きすら済ませていないのに、ISを起動させたら事を起こしかねない。最悪、外交問題に発展しかねないらしい。少女には知ったことではないが。しかし「それだけは絶対に止めてくれ」と政府の
(ま、何せこのアタシは重要人物サマだもんねー。その辺は弁えるべきかしら)
ケラケラと笑いながら、腕を後頭部に回して少女は校内を闊歩する。このまま騒動を起こして、政府を泣かせてみるのも面白いかと考えたりしていた。
「でもま、アタシの転校を取り消されるのも困るし。しばらくは大人しくしてやりましょーかしらねぇ」
口角を吊り上げて八重歯をキラリと光らせながら、少女は目の前に見えてきた校舎を前に、誰に言うでもなくそう言ったのだった。
■
翌朝の早朝、食堂にて僕は朝御飯を食べていた。隣にはセシリアが座り、対面にはいっくん、その隣を箒と最早定番化したメンバーで食べていた。因みに今日の朝は親子丼。重たいものを食べるとどうなるかなんて言ってはいけない。
そんな時だろうか、急に誰かに呼び掛けられたのは。
「ねぇ、君があの空ちゃんよね?」
「うん?」
親子丼の最後の一口を食べ終えて、ご馳走様と告げた途端に話し掛けられた。
誰かと思って横へ振り向くと、見知らぬお姉さんが――って、クラスメイト以外の人はよく知らないんだけど――眼鏡の奥の瞳を輝かせて、カメラ片手に立っていた。
「あのぉ、失礼ですけど貴女は?」
寝起きから間もないためかあまり機能していない頭を働かせて尋ねると、お姉さんは「しまった」と言いたげな顔で驚く。それから一転してすぐさま笑顔を作り直しては自己紹介してくれた。
「ごめんなさいね、私の名前は黛薫子。新聞部の副部長やってるの。気軽に薫子お姉ちゃんって呼んで良いわ。って言うかそう呼んで!」
(本音が出てるってば……)
僕は呆れ半分で微妙な顔をすると、そんなことはさて置きみたいな感じで、薫子先輩はメモ帳とペンシルを用意していた。
「それじゃあ早速、今度のクラス対抗戦の意気込みを聞かせて貰うわね」
「クラス対抗戦の? ……うーん、僕が優勝できるとは思わないけど、でも
えへへと自信無さげに笑うと、目に見えぬ速さでカメラで目茶苦茶撮られてた。
言葉も聞けて写真も撮れて、薫子先輩は大満足した顔で頷くと、次にいっくんの方へ向き直った。
「さてお次は織斑一夏君! この前の代表戦は残念だったわね~」
「えっ、俺!?」
まさか次が自分だとは予想していなかったのか、箸を片手に驚いていた。努めて素知らぬふりをしていたのに、自分にまで飛び火するとは思ってなかったんだろうね。
しかしそこは新聞部。軽くスルーして薫子先輩は笑顔のままいっくんへと尋ねる。
「実は前々から、織斑君に対する質問はエベレスト並みにあるのよ~」
「ま、まさか……」
顔を引きつらせるいっくんに、薫子先生は別段気にしない感じで安心なさいと言った。
「質問攻めにはしないわ。日刊新聞に質問コーナーを作って、寄せられた質問を解消していくだけだから」
「質問攻めと変わんないじゃないですか!」
嘆かわしくツッコムいっくんを助ける人は、この付近には居なかった。箒とセシリアは知らぬ存ぜぬで、さっさと教室へ向かっていった。
僕も何故かセシリアに付いていかなければならない関係上、食器を持って仕方がなくいっくんを放置する。いっくん、君のことは忘れないよ……。
ショートホームルームが始まる前には何とかやって来れたいっくんは、目に見えて相当疲れている様子だった。
「質問攻めお疲れ様」
「まさか、これが毎日続くのか……」
朝から疲れた顔を見せるいっくんを余所に、聞き慣れ始めた始業のチャイムが鳴った。同時に千冬先生と真耶先生が入ってきて、恒例のホームルームが始まる。
特に伝達事項も無く、授業の確認だけで済んだ後は直ぐに解散となった。
「――ああそうだ、咲白」
「何です?」
去り際の千冬先生に呼ばれ、僕は何かと思って千冬先生の傍まで駆け寄る。
「お前の機体の申請についてだ。放課後、職員室にまで来い。少し面倒かもしれん」
「……はい」
僕もそれを聞いて分かっていたように頷く。
直後に振り返ると、教室では今度のクラス対抗戦について盛り上がっていた。僕は疑問符を浮かべ、丁度近くに居た箒に尋ねてみる。
「この盛り上がりようは何?」
「む、ソラか。……今度のクラス対抗戦の景品は知っているか?」
「景品?」
へぇ、そんな物も用意されているのか。でも流石に景品は興味な――
「何でも、スイーツの年間フリーパスだそうだ。そんな物の何が良いのや……ん?」
箒がクラスに対して目を瞑りながら呆れを見せる。途中で言葉を止めて片目を開いて僕の方を見ると、僕の目は既に輝いていた。
「どうしたのだ?」
「欲しい」
「はぁ?」
思わず箒は変な声を上げてしまう。そんなことを気にする素振りもなく、僕は態度を変えずに箒に振り向く。
こんなチャンスは二度と無いかもしれない。やるなら今だ、今やらないで誰がやる。
「お菓子だよお菓子! 年間フリーパス! 一年間!」
「まあ確かにそうだが……」
「甘いものに勝るもの無し! よっしやるぞー!」
燃え出した僕に、箒は目も当てられないといった様子で深く深く溜め息を吐いていた。そんな所にいっくんもやって来る。
箒の姿でも見かねたのか、箒の肩を叩いて励ましているみたいだった。
「まあそう呆れてやるなって、箒」
「一夏、お前なぁ」
「大丈夫だろ、勝っても負けても」
そこまで言った時だろうか。いっくんが言い終えたと同時に、教室の戸が勢いよく開かれる。
「残念だけど、優勝は二組が貰っていくわ!」
その声に、クラスの全員が振り向いた。そこには、大体僕と似たような背丈の女の子が立っていた。
大きく揺れるツインテールに口許からキラリと光る八重歯、お転婆とも取れる格好はまさにその性格を表していた。
「この
『中国代表候補生!?』
その女の子の口から出た言葉に、クラス全員の声が重なる。自信満々に答える少女は、僕らの反応には満足を示していた。
「お、おい、鈴なのか?」
「あら、一夏お久し振りね。一年ぶりかしら?」
「ああ……でも何で鈴がここに?」
いっくんの顔見知った態度に、少女――鈴は挑発的な態度から一転、明るく懐っこい笑顔を見せた。でもいっくんでさえその理由は知らず、この子がここに居ることに疑問を持っている様子。
「さっき言ったじゃない。中国代表候補だって」
「お前が?」
「何よ、信じらんないって言うの?」
いっくんの態度にイラつきでも感じたのか、その身長差もあって鈴は下から睨み上げるようにいっくんを見上げていた。
流石にその凄みにも耐えられず、いっくんは「分かった分かった」と言いながら納得する。
「そう。……あぁそだ、後のお昼、一緒に食べない?」
「お昼? それだったら別に構わないが」
「そ、じゃあまた後でねー」
そう言っては颯爽と居なくなり、まるで嵐が過ぎ去った後のような教室は、未だに唖然とするばかりだった。
しかし、その直後にはここでも二つの嵐が完成しようとしていた。
「「一夏(さん)、後で話があるんだが(ですの)」」
「……え?」
その後のいっくんを見た者は居るとか居ないとか。取り敢えず今日も平和だ。
今日は七月七日、七月七日と言えば七夕。そして七夕と言えば、箒ちゃんの誕生日ですよね!
……と言うわけで今年もおめでとう箒ちゃん。どうせならリメイク前に上げたやつでも載っけようかと考えたけど、まだそこまで進んでなかった。地道に書き溜めしていたは良いけど、あと数話届かず。……残念、無念、また来年。
ではまた次回、ノシ