型月産ワカメは転生者である(仮題)   作:ヒレ酒

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さらに諭吉を投入。
ジャックと玉藻の宝具レベルが上がった(白目


第三話

 間桐慎二の朝は鍛錬から始まる。

 準備運動とばかりに、深山町をぐるりと一周全力疾走。

 車を置き去りにする超速に近所の皆さんも最初こそ驚いていたが、最近では慣れたもの。

 人間の適応能力は素晴らしい。深山町は超人にも住みよい町である。

 

 息も切らさず戻ってきたかと思えば、間も置かず槍で素振りを始める。

 鍛錬は一日にしてならず。継続こそ力なり。

 

 大聖杯の魔力を見るに、第五次聖杯戦争は確実に起こる。

 そして御三家である間桐は確実に巻き込まれるだろう。

 選ばれるのは慎二か、桜か。あるいは両方か。それはわからない。

 だがどう転んだとしても、桜だけは守ってやりたい。ちょっとした兄心である。

 

 慎二は今日も槍を振る。

 ただ一心不乱に。涓滴岩を穿つという言葉を信じて。

 

 

 

 で、そんな慎二がまた突拍子もないことを言い出した。

 

「そうだ、山へ行こう」

「はぁ、山ですか」

 

 午後の紅茶(アフタヌーンティー)を楽しんでいた桜が胡乱気に返す。

 兄の奇行は今に始まったことではない。

 魔術の修行と称して、逆さ吊りになったまま自分を槍で突き刺して死にかけたり。

 はたまた感謝がどうのと言い出し、ぶっ倒れるまで正拳突きを繰り返したり。

 最初こそ驚いていたものの、数年に渡って共に生活をしていれば流石に慣れる。

 というかいちいち反応していたら、それこそ身が持たない。

 

「とりあえず最低ラインとして、TSUBAMEくらいは斬れないとね」

「つばめ、ですか? 別に山まで行かなくても、燕なんてその辺に――」

「わかってないね桜。燕じゃない、TSUBAMEだ」

 

 幻想種TSUBAME。

 かの剣豪、佐々木小次郎を以ってして、奥義を使わねば捉えられなかった怪物。

 型月理論に従えば、山に行けばきっと会える。

 例え会えなかったとしても、この世界の山ならば得るものはあるはず。

 

「そういうわけで、ちょっくら山まで行ってTSUBAMEを斬ってくる」

「はい、わかり――えっ?」

「留守番は頼んだよ、桜」

「えっ」

 

 そう言い残すと、既に準備してあった荷物を引っ掴んで出ていく慎二。

 呼び止める暇もなかった。あのバイタリティには感心する他ない。

 今から追いかけても無駄だろう。となるとやるべきことは一つ。

 

「とりあえず学校に連絡しなきゃ」

 

 (バカ)暴走(アレ)が始まったので、暫く休学します。

 桜は溜息を吐きながら、いつもの定型文を担任に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、慎二は山にやってきたのである。

 型月世界の誇る超人達を排出してきた修験の場、山。

 ここでなら新たな境地が見出せるはずだと慎二は確信していた。

 

 キャンプ地は、適当に歩いてたら見つけた霊地っぽい場所。

 地脈の流れ的に、神秘が残っているとしたらこの辺りに違いない。

 

 背負っていた荷物を下ろし、方位磁石と地図、そして双眼鏡を取り出す。

 バードウォッチングならぬ、TSUBAMEウォッチングの始まりだ。

 

 とはいえだ。

 神秘の薄れた現代で、そんな都合よく幻想種なんて見つかるわけもなく。

 

 山に籠って一週間。

 雨の日も風の日もTSUBAMEを探し、山を駆け回る日々。

 結果、慎二は立派な野生児と化していた。

 

 ターザンよろしく野山を駆け回り、SHIKA(鹿)INOSHISHI()を狩る日々。

 ここに至り慎二は理解していた。

 自然と共に生きる――否、自然と、ひいては世界と一体になる環境こそが山。

 

 なるほど、型月世界の山育ちが強くなるわけだ。

 どこぞの開祖が武術で根源に至ろうとしたのも頷ける話だった。

 偉大なる先人達には頭が下がる思いである。

 

 そんなこんなで山生活を満喫し始めた頃。

 慎二の前を何かが横切った――気がした。

 

 山に入ったばかりの慎二では気付くことすらなかっただろう。

 だが自然と一体になった今ならばわかる。何かがソコに居る。

 

 神経を鋭敏に研ぎ澄ませ――耳が捉えたのは、微かな風切り音。

 改造によって強化された視力を以ってしても目視不能な速度での飛翔。

 間違いない、奴だ。

 慎二は両手をクロスさせ気合一発、高らかに叫ぶ。

 

「変ッ身!」

 

 僅かな光と共に現れたのは、蒼銀の鎧を身に纏った騎士。

 説明しよう!

 間桐慎二は気合の力によって、波濤の力を持った戦士、蒼銀(クリード)仮面に変身できるのだ!

 なお、この間はコンマ一秒にも満たない。

 

 さらに鋭敏になった慎二の超感覚が、付近を飛来する物体を確認する。

 こちらを伺うように周囲を高速旋回するナニか。間違いない、TSUBAMEだ。

 

 ついに対峙の機会を得た。自然と気が昂る。

 慎二は死棘の槍を顕現させ構えを取った。

 どこからでも来い。近づいてきた瞬間、串刺しにしてやる。

 

 全周囲に神経を張り巡らされつつ、慎二は機会を待つ。

 ジリジリと焦がれるような空気に、仮面(バイザー)の下で嫌な汗が流れた。

 

 そしてその時はやって来る。

 TSUBAME、一度目の突進。

 

「そこだッ!」

 

 呼吸も打点も完璧だった。

 なのに――

 

「僕が……外した?」

 

 なるほど、これがTSUBAMEか。

 正直に言って甘く見ていた。一筋縄ではいきそうにない。

 NOUMINが生涯をかけた、というだけはある。

 

 ならば――

 慎二は来るべき二度目に備え、再び構えを取った。

 少々卑怯だが、手段を選んでいられる相手ではない。

 そして二度目――来た!

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 間合いに入った瞬間、真名を解放された魔槍が唸りを上げた。

 いくら捉えられぬ相手であっても、この一刺からは逃れられまい。

 TSUBAMEの心臓めがけ、深紅の魔力を帯びた死棘が迫る。

 

「嘘、だろ……」

 

 しかしそれでも――TSUBAMEには届かない。

 絶対だと信じていた魔槍すらも通用しなかった。

 圧倒的な絶望に、握っていたはずの死棘の槍が手から滑り落ちる。

 

「因果逆転の呪いすら上回るってのか、TSUBAMEってやつは……」

 

 まるで勝利を誇示するように上空を飛び回るTSUBAME。

 これこそNOUMINが一生を捧げたとされる、幻想種の力とでもいうのか。

 

 慎二は味わった苦い敗北の味に、膝をつく。

 ここまで圧倒的に“勝てない”と思わされたのは初めてだった。

 

 だが、ここで諦める慎二ではない。

 仮面(バイザー)の奥に闘志の炎が灯る。

 

 勝てない? それでこそ挑戦する価値があるというもの。

 やってやろうじゃないか。燕返し。

 第二魔法の産物? そんなこと知ったこっちゃない。

 NOUMINに出来たんだ。超人たる自分にも出来るはず。

 

 落とした槍を拾い、構える。

 上空を旋回するTSBAMEの瞳が「まだやるかい?」そう語っている気がした。

 

 やるに決まっている。ここまで来て逃げ帰るなんて、男たる自分には出来ない。

 魔術回路を解放。強化魔術を全開に。

 スラスターから過剰に供給された余剰魔力が排出され、蒼銀の鎧が深紅に染まる。

 

「さぁ来い、TSUBAME。その心臓――貰い受ける!」

 

 慎二の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 で、一ヶ月後。間桐邸にて。

 いつもの如くボロボロになって帰って来た慎二に、桜はお冠だった。

 

 大切な家族であるし、せめて帰宅の瞬間くらいは暖かく迎えてやろう。

 そう思っていた。思ってはいたが、実物を前にして我慢などできなかった。

 

「一ヵ月の間、碌に連絡もしないで! 私がどれだけ心配したかわかりますか!?」

「いや……山奥だと連絡手段が――」

「言い訳なんて聞きたくありません!」

 

 頬を膨らませる桜を前に、慎二は正座をしたまま肩を落とす。

 かれこれ二時間ほどこの状態だ。当分お怒りは収まりそうにない。

 

「兄さん」

「な、なんだい、桜?」

「暫くは大人しくしててくださいね?」

 

 ニッコリと笑う桜。

 天使の祝福が如き笑みのはずが、今日に限っては女神の審判に見える。

 慎二の背筋に幾条もの冷たい汗が流れた。

 

「いや、これから燕返しの修行をだね――」

「大人しくしててくださいね?」

「あ、あの――」

「ね?」

「ア、ハイ」

 

 山で修行しても、妹には勝てないらしい。

 暫くの間、慎二は大人しくなった。本当に暫くの間だけだったが。

 

 

 

 で、その後。

 慎二はなんとか、お姫様の機嫌を取ることに成功。

 仲良く買い出しに出かけ、一緒に作った少し豪勢な夕食に舌鼓を打っていた。

 その最中、桜が何気なく尋ねる。

 

「それで兄さん。燕は斬れたんですか?」

「ん? ああ、斬れなかったよ。流石はTSUBAME、格が違ったね」

 

 なんとか二閃までは同時に繰り出せるようになったが、そこが限界。

 アレを捉えるには、さらにもう一閃、同時に繰り出す必要がある。

 

 というかアレだ。そもそも最後の台詞からして負けフラグだった。

 心臓は貰い受けられないもの。古事記にも書いてある。

 

 ともかく少し功夫を積まなければ、燕返しには到達できそうにない。

 悠々と飛び去るTSUBAMEを悔しげに見送り――

 

「今回の修行は幕を閉じた……ってわけだね」

 

 そう締めくくり、慎二はグラスの水で乾いた喉を潤す。

 極めて軽い調子で語る慎二であったが、色々と聞き逃せない部分がある。

 話の途中からフォーク片手に石のように固まっていた桜がツッコんだ。

 

「同時に放つって……何をどうしたらそうなるんですか?」

「並行世界から気合で現象だけを引っ張ってくるんだよ」

 

 ね? 簡単でしょ?

 なんて本人はほざいているが、傍から聞くとツッコミ所だらけだ。

 それってアレだろう。多重次元屈折現象だろう。

 果たして気合で使えるものだったか。痛むコメカミを押さえつつ、桜は尋ねる。

 

「……それって魔法ですよね?」

「まさか、単なる技術だよ。昔はNOUMINも使ってたらしいね」

 

 農民ってなんだ。それより魔法を使っても斬れない燕ってなんなんだ。

 常識の壁が音を立てて崩れる音を聞いた――気がする。

 桜はまた一つ、知りたくもない現実を知ってしまったのだった。

 

 

 




ちなみに波濤の獣をガチャる前のプロットだと、慎二君が臓顕に改造されて、ガチの蟲人間になるシナリオだったり。
ただあまりにもダーク過ぎて描き切れる気がしなかったので止めました。

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