試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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リハビリ作品です。もともとのコンセプトは一話一艦娘のお話だったのだけれどふと思いついた話を書きます。


第一部 彼女と出会うまでの憂鬱 丙
1 提督候補の憂鬱


 生まれ変わり、なんてものがある。よくいう前世の記憶があるとかそういうやつだ。前世の自分は程よく生きていてそれなりの人生を歩めていたはずだというのに気が付けば死んでしまっていた。死ぬときは苦痛がなく死にたいと思っていたために一瞬で意識を刈り取られたその出来事は望み通りだったのだが、まさかこんなことになるとは。

 

 この世界には「艦娘」というのが存在する。そう、あの「艦隊これくしょん」の艦娘だ。なにやらシーレーンはズタズタにされて輸入が制限されているけれどスマホとかそういうのが出来るくらいにこの国が豊かなのは彼女らの働きのおかげだ。食生活はちょっと不満だし前世ほどにはこの国に人間がいなかったりするけれどまあまあに充実した生活を送れているのです。

 

「そこ! あなた手を抜かない!」

「了解です大井教官!」

 

 自分の、前世の知識では練習巡洋艦が身に纏っていた服を着た軽巡洋艦「大井」は俺に檄を飛ばすが……なんか嫌われてる気がする。自慢ではないが、この提督やその補佐をする人員を育てる学校では上位に位置していると思うのだが何故か自分だけ、という事が多い。大井だけに、ではない。

 ほかにも彼女の妹の木曾や、もちろん練習巡洋艦の香取や鹿島などなど多くの艦娘が自分らの教官として指導にあたっているのだがそのほとんどが俺にだけ厳しいような気がする。やはり顔か、顔なのか! 平均的だと思ってたけどほかの提督候補生美形ばっかだもんなぁ。それはそうか、女子のやる気を出すには昔からアイドルと相場が決まっている。

 

「ということでイケメン君、君の顔をくれないか? 同期の仲だろうに」

「いきなりなに言ってるんだい君はね」

 

 ドン引きされた。すると横から口を出される。

 

「鹿島教官がすごく嬉しそうに苛めるのお前だけだぞずるくない?」

「まさかお前、Mか?」

「なにを今更」

 

 聞いたら即答された。やっぱり鹿島はどこでも人気ですねえ、さすがの伝説の女王様だ。……やめてくださいって幻聴が聞こえたのでやめます。

 

 やっぱり提督の殆どは男で、その半分以上が結構整っている顔をしている。ずるい。女性提督もいるにはいるらしいのだが、提督が女性だと部下の艦娘からナメられたりするらしいので素質が相当すごいということでなければ推奨されていないらしい。ちなみにこのナメられるというのはぬるい表現で、お察しくださいというやつだ。

 でも美形提督から一人だけ寵愛受けるとかされても色々あるんじゃねえかとは思うのだけれど何やらうまくいっているからいいらしい。問題はたまに起きるけど。だめじゃん。

 

「いつも思うんだけどお前のそれ、異様だよな」

「もしかしてお前って妖精の親分じゃないの?」

「……大妖精? 提督になったら大妖精提督って呼ばれちゃう?」

 

 友人たちから言われてついふと思いついた事を言う。いや、大妖精提督はないわ。

 今日の訓練や座学が終わって飯を食っていると至る所からわらわらと妖精が寄ってきて「テイトク! オツカレサマデアリアマス!」と敬礼してくる。そしてよじ登る。おいこらやめろカレーが食べづらい服を汚したらどうするんだ比叡教官が洗おうとして布切れにしちゃうだろ。

 

「てかまだ提督じゃないって。というか飯食ってる時くらいは離れて! ねえ聞いてよ! ……あ、みかんの缶詰ありがとう。これは杏仁豆腐かな?」

「さすがは大妖精提督、妖精を使って甘味まで自在に手に入れるか」

「銀蝿か? 大井教官が知ったらヤバいぞ」

「バレナケレバ、イイノデス!」

 

 対面の二人から色々言われるが俺は何もしていない、妖精さんが勝手に!

 

 提督になるための素質とはすなわち妖精が見えて心を通わせることができてかつ、その上で彼女らの協力をえられること。見て会話まではできる人はたまにいるらしいが、協力してもらえるかはまた別。艦娘の艤装を動かすには彼女らの協力は必要不可欠なのでここが一番大事だとか。ちなみに艦娘は普通に心を通わせられるらしい。ずるくないかな。というか艦娘が提督になればいいじゃんと思うけれど同じ艦娘なのに、みたいな亀裂が過去発生しただとか当時提督役をさせるだけの艦娘の余裕がないだとか。

 というかさ、こいつらいうこと聞かないんだけど。こんなんで提督候補やってていいのか俺は。 いうことを聞いてくれない、と言うよりかは良かれと思ってやってくるフシがある。異常に好かれているのだ。過去に例を見ないレベルだとか言われている。

 

「ほんと、はじめて見た時びっくりしたよ。妖精さんの山が歩いてくるって」

「普通に町中歩いてて数匹載ってるのを幾人かから驚いた眼で見られたことはあったけど、さすがは海兵学校。妖精さんも多数生息してるんだなあ……ん、小銭を拾った? 届けておきなさい」

 

 教官の艦娘からのあたりは強いけれど、この妖精さんをどうにかして従わせようとする経験は絶対提督になっても役に立つし、提督になれたらこれはもうすごい勢いで元帥にまでなっちゃうのでは。ふはは今のうちに崇めておくが良い同期共よ。

 

「いたいた! 木曾教官がお前呼んでるよ! なんかテストの回答に気になる点があったって」

「……やだ、イケメンとサシとか怖い」

「はよ行かんかい」

 

 調子に乗ってたら木曾教官に呼ばれちゃった。できの悪い提督(候補)は出荷よ~。そんな~。

 

 やっぱりこってりと叩きこまれたでござる。いやあ木曾教官の眼光はほんと鋭い、美人がかっこよさを追求するとどうなるのかっていう理想形を行ってるよあの人。なんか姐さんと呼んで付いて行きたくなるよね。

 しっかし戦術から体術から万能すぎるでしょあの人達。一応鍛え上げられた海軍士官を載せてた船が人の形になったのだから当然とも言えるけれど、提督っていらなくない? 現場で作戦指揮してもらったほうが絶対に勝てると思うんですけども。

 

「お帰り。やっぱり木曾教官には付いてなかったか?」

「見られるかボケ、おっぱいは付いてたわ」

 

 けどあまり大きくない。

 

「俺、木曾教官になら掘られてもいいかも」

「さっき鹿島教官に苛められたいて言ってたのにどっちなのよおめえは」

「どっちもイケるぜ」

「おい寝る場所変わってくれ」

 

 さっきMを暴露した彼がもっと大きな爆弾を投下してきた。なんだこいつホモか。ま、別にホモだからって差別しないし? ちょっと怖いから離れたいだけだし?

 

「ホモが男ならなんでもいいわけ無いだろ。好みがあるんだ好みが。お前は違う自惚れるな」

「アッハイ」

 

 

 

 

「ったく、ほらおしまい! もうちょっと頭使えよ、いざというときにやられるのは俺達だし、俺らがやられちゃえば頭脳たるお前を倒そうと敵さんやってくるだろうが」

「了解であります」

「いったいった。明日も早いんだ、しっかり体調整えろよ」

 

 彼が敬礼して去っていく。片目で扉を閉めて去っていく彼を見送った彼女はため息を付いた。

 

「きつく言い過ぎたかな……」

 

 左手を撫でる。艦娘はたくさんいるが、提督は自分の艦を間違えることはないし、艦娘は誰が自分の提督なのかを理屈でなく心で理解している。木曾は理解していた、自分の提督が誰なのかを。そして彼がどのような存在で、どんな趣味嗜好をしていて、どう戦って、どういう言葉を自分にかけるのかを。

 

「前世、か」

 

 艦娘は全員前世の記憶がある。一人残らず例外はない。旧日本海軍の軍艦だった彼女らは軍艦として戦い、散っていった記憶を保持している。一部欠損があるものもいるが、それは轟沈の瞬間が多く、それを思いださせるような事があれば体が恐怖で止まってしまう。

 長門や酒匂などが最たる例だ。彼女らに暗所で突然ものすごい光量の光を浴びせれば、いかに武人気質の長門であろうと少女のように身を縮こませ、目と耳をふさいで泣き出すし、酒匂であれば半狂乱になる。それだけアレは彼女らにとってひどい記憶なのだ。

 

 当然木曾も国から離れた地で解体された記憶があるが――彼女の前世の記憶はそれではない。もっと違うものだ。同じ木曾の名前の重雷装巡洋艦としてある提督と闘いぬき、平和を手に入れた一人の艦娘の記憶。彼女の記憶はそれだった。

 人に生まれ変わりなんて無いし、艦娘にだって当然無い。轟沈すればそれまでだ。だというのに記憶を持って生まれ出た木曾。こことは違うどこかの世界で共に戦った彼に会うことは無い、そう思っていたのに。

 

「こうしてまたお前と会えるなんて、感謝するよ。神様ってやつにね」

 

 自身もまた神霊の一種だというのに彼女は神に感謝をした。

 

「アイツには悪いが……出てきていないお前が悪い。今世の最初はいただくぜ」

 

 今年、彼はここを去り間違いなく艦娘を指揮するだろう。もともとが優秀であったし、いずれ常勝の将となるのは分かりきっているのだ。しかも若いうちからその将の下で戦ってきた部下が全てを叩き込んでいる。

 

「練習艦もしまいだ。大井姉さんには悪いが抜けさせてもらうぜ」

 

 木曾はニヤリと笑みを浮かべた。




Segi-Kさん誤字報告ありがとうございました。

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