試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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12 扶桑の憂鬱

 のんびりと自分の両隣に美人さんを侍らせて歩いていると、遠くからなんともまあ元気な女性が走ってきた。金剛型戦艦一番艦「金剛」である。夕立と同じかそれ以上の速度で走ってくる彼女。駆逐艦の夕立のタックルでさえギリギリだというのに彼女のバーニングラブ(物理)をまともにくらえば先数日立ち上がれないのが目に見えている……ッ!

 どうしようか、と身構えていたら背後から救世主が駆けた。

 

「HEY! てーと」

「金剛お姉さまぁぁぁぁ!!」

「ひ、比叡!?」

 

 俺達の背後から飛び出していったのは比叡、戦艦がほぼ同速で真正面から衝突しあうという字面だけ見れば大事故間違いなしなこの状況。はじめて遭遇した時は狼狽していたが今はもう慣れたものである。さすが比叡! 俺にできないことを以下略ゥ!

 

(いつもありがとう比叡様)

 

 駆逐艦同士のスキンシップとはまた違った意味で背徳感を感じさせるように抱き合って地面に倒れ込む二人に両の手を合わせると、左隣で歩いていた扶桑がつぶやく。

 

「山城、私達も金剛型みたいに姉妹芸をするべきかしら……?」

「姉様、私達はすでに姉妹で不幸芸をやっています!」

 

 右隣にいた山城がそう言うが、不幸芸をやってるのは君だけだからな。というかどうしてこう今俺は扶桑姉妹に挟まれて歩いているのか、役得ではあるのだけれども。

 

 扶桑型戦艦、簡潔に言えば彼女らは欠陥戦艦と呼ばれている戦艦であった。それは艦娘となった今でも大っぴらには言われはしないが、多くの提督たち、そして本人たちの認識でもある。しかしながら、例によって例のごとくうちの扶桑、山城は改二状態であり燃費はとてつもなく通常の彼女らよりも悪いが、他の追随を許さない最強クラスの戦艦となっている。これにはビックリ。

 

 扶桑は神通と似たような儚げな美人さんで、山城はどこかしら大井に似た陰鬱さを持つ美人さんである。先ほど西村艦隊の同僚であった最上、時雨とすれ違った時の微笑みながら手を振った彼女らは聖母のようでいて、普段からそういった表情をしていれば幸せが来そうなものを、とは思う。少しは雪風を見習って笑顔でいることを増やしなさい。

 

「しかしどうしたんだ、いきなりお茶のお誘いだなんて。そういうのは金剛型の専売特許かと思っていた」

「私達だってお茶会しますよ?」

「姉様の言うとおりです。私達姉妹を筆頭に不幸な艦娘を集めた不幸のお茶会という――」

 

 うふふふふと黒い笑いを出しながら山城が説明をする。なんか肌が寒くなってきたな、けっこうな厚着をしているというのに……。

 

「――ということで私達姉妹が主催でお茶会をするのです。参加者には最上や提督のお」

「山城、少し落ち着きなさい。着きましたよ」

 

 扶桑が止めなかったら永遠とネガティブな雰囲気を背にまとったままの発言が続いていたろう。ナイスだ扶桑! だが山城が言いかけたのは一体なんだったのか。少し気になるが聞くとまた続きそうでむむむ。

 と、少し考えていたのは一瞬。連れてこられた部屋の場所はなんと彼女ら姉妹の自室だった。

 

「ちょっと待って扶桑さん」

「はい?」

「ここ、君たちの部屋だよね?」

 

 そう尋ねてみると、なにを今更といった表情で二人は顔を見合わせた。え、なにこれ俺が何か間違ってたの? だがまあしかしだ、この女の子ばっかりの職場で伊達に半年以上働いていたわけではない。そりゃたしかに初心だった頃だってあるがこれくらい大丈夫さ大丈夫。

 どうぞ、と山城が開いた先の部屋は、普段の服装が和装でかつ和風美人といった出で立ちの二人のためにあるかのような畳部屋であった。ちなみにコタツが出してあり花柄の掛け布団が非常にキュートである。

 

「あまりじろじろ見ないでください」

「山城さんや、無茶をいわんでくれ」

 

 女の子の部屋ということで心がそわそわする。海兵学校の生徒の95割が男性でかつ数年間奴らとの共同生活だったこともあり、女の子の部屋なんてものに長らく縁が無かったのだ。だからこそ艦娘の部屋に入った時などそわそわして落ち着かないため滅多に近寄らないようにしている。たぶんこれで入ったの五回目くらい。

 かーっ! 辛いわぁ~! 女の子の姉妹部屋に一人とか辛いわ~! かーっ!

 

「あれ、というか最上は普段参加してるんだろう? なんでさっき呼び止めたり」

「提督、座布団です」

「ありがとう扶桑。でさ、なんで最上を」

「緑茶と紅茶、どっちですか?」

「紅茶で頼むよ山城。最上は」

「クッキーいります?」

 

 なんでこいつら俺に話させてくれないの! 何度切り出しても遮られたので聞くのを諦めた。扶桑が差し出してきたクッキーは先日霧島が買ってきたもののおすそ分けらしい。こういう小さいところで艦娘同士の交流を感じられるのは、ちょっとここに連行されてよかったかなという気分にさせてくれる。

 や、別に扶桑山城の部屋に行きたくなかったというわけではなくてね。

 

「いい天気……空が青いわ」

 

 コタツの対面に座る扶桑は海に出る格好とはまた違った和装に身を包んでいる。艦娘として戦う扶桑は凛々しくあるが、今のくつろいでいる彼女はお嬢様学校で後輩に慕われるいい家柄のお姉さま、みたいななんとなく頼りたくなるオーラを出している。俺もお姉さまって呼んでみたいんだが?

 

「なんです? 私が紅茶を淹れようとして火傷するんじゃないかとか思って見てるのですか?」

「そういうわけじゃないよ」

 

 対する山城もいつもと異なる和装で。その眉間に皺を寄せるのをやめればいいのに、と言いたくなる。山城も西村艦隊の仲間と会話するときはその刺々しい、内罰的自虐的な面が多少和らぎ穏やかな顔を見せてくれるのだがこれがまあ普段とのギャップでやられてしまう。くそ、なんで艦娘は美人ばっかなんだ心臓が持たねえ!

 

「ならいいけれど……あっ」

 

 唐突に声を出した山城に扶桑が顔を向ける。

 

「提督の分のカップが……不幸だわ」

「山城さんの『不幸だわ』きた!」

「殴るわよ?」

「ゴメンナサイ」

 

 仕方がないので温かいコタツから立ち上がって一旦自室まで戻り自分のカップを取ってきた。おお寒い寒いと言いながら二人の部屋に戻ると、すでに二人のカップには紅茶が注がれていた。カップをコタツの上に置き座ると、その間に扶桑が紅茶を注いでくれる。

 

「遅いです」

「寄り道しなかったんだけど」

「山城、もとはと言えば私達が提督の分を忘れていたのが原因よ?」

「姉様、そうですね。言い過ぎましたすみません」

「いや別にいいさ」

 

 先ほどまで俺が座っていた位置に山城が座っているので二人を左右斜め前に見るような場所に座ることとなる。二人ともが正座をしているのでなんとなくあぐらをかきづらい。現代っ子のためにすぐに足が痺れてしまいそうだ。

 

 そこからしばらくは二人と会話を楽しんでいたのだが、部屋が温かいのと紅茶のいい香りのせいかとてつもなく眠くなってしまう。他人の部屋、しかも女性の部屋ということで眠ってしまうのは非常にまずい。だけれどもまぶたを開けようとしても開かず、体を動かそうにも暖かさと気持ちよさで動きたくないって、全身がそう叫んでいるようだ。

 どうにかして眠気を覚まそうと朧気な意識の中でもがいてみるも、耳元で囁かれた優しい声に背筋がぞくぞくと震えた。

 

「提督、眠いのですか?」

「とっても気持ちがいいんですね」

 

 どちらの声だろうか、先に聞こえたのはすこし柔らかみのある声、たぶん扶桑だろう。もう目を開けているのもやっとだ。右も左も分からない。ならあとに聞こえたのは山城だろうか、でもどこかしら普段とは違った慈愛を感じさせる、

 まるで酩酊したかのような意識の中、二人の声が耳をくすぐる。吐息がかかるたびにビクッと体が跳ねてしまう。

 

「でもまだだめです……もう少しだけ目を開けておいてください」

「眠いのにごめんなさい、けどこれは提督のためなの」

 

 扶桑と思われる声に言われずとも目を開けようとしている。彼女らの言葉は歯抜けで理解することも難しい。ただただ気持ちが良いのだ。

 

「深呼吸をしてください。今よりももっと気持ちよくなれますよ?」

「私と姉様のいうことを聞けば、いまよりももっともっと気持ちよくなる。そうでしょう?」

 

 二人の耳元で囁かれているというのに、どこか遠くなる声にぐるぐるとぐるぐると意識が回っていき、そして闇に沈んだ。

 

 

 

 

『はぁ、空はあんなに青いのに』

『青いのに、どうした?』

『いえ、どうして私達はこんな……』

 

 金剛型、伊勢型、長門型。みんなみんな自分よりも強い、欠陥戦艦と呼ばれた自分たちなんて出番があるわけがない、そう思っていた。でも提督は他の戦艦と同じように使い続けた。

 もし金剛なら、伊勢なら。そう思うことが幾度もあった。だというのに提督は『立派に戦ってきたじゃあないか』と褒めることしかしない。責めるなんて、しない。

 彼を見かけても金剛のように追いかけていくことなんてできやしない。ああは言っても心ではどう思われているのか気が気でなかった、臆病だったのだ。

 

 改二改装をして自分たち二人はまるで生まれ変わったかのような力を手に入れた。山城は姉である自分が第一であったのに、この時期から提督になんとか感謝の言葉を伝えようと四苦八苦するようになったと記憶している。

 そうだ、この頃からだ。彼と会話すると、目が合うと、隣りにいると、空の青さを羨んでいた自分が嘘みたいに世界が美しく見えた。それでも彼に好意を持つ他の艦娘のような積極性は出せずに、うちに秘めた思いを言葉に出すことができなかった。

 

『扶桑姉妹は俺が育てた』

 

 そう言ってドヤ顔する彼を山城が小突いたりしていたけれども、彼とこうやって話していると毎日が憂鬱だった昔を忘れるかのように、春風のような暖かさが胸に染みた。

 その頃だったか、あの「ケッコンカッコカリ」の話が出てきたのは。「私を選んでくれたらいいのに」と何度呟いたか。

 

 結局自分は選ばれず、だけれども戦闘が激化したことによって全員が少しでも生き延びられるように、無事でいられるようにと指輪はもらった。

 生まれ変わっても自分の性分は変えられない。きっとこのまま本音を告げること無く、生まれ変わった彼は自分以外の艦と「ケッコン」をするのだろう。それでいい、それでも今は少しだけ――

 

「気持ちよさそうに寝ているわね」

「はい、姉様。……こちらの気も知らないで、ひどい人です」

 

 山城が私の膝の上に頭を載せた提督の頬を撫でる。そして耳元に口を寄せて、愛の言葉を囁いた。彼女の行動は全部、ついさっき自分がやったことと全く同じで、不器用な山城らしいと思ってしまう。

 

「一世一代の告白を聞いていないだなんて、まったく不幸だわ」

「でも山城、笑っているわ」

「姉様だって」

 

 提督が起きるまでの間、私達はささやかな幸せを噛み締めていた。




扶桑と山城に左右から囁かれるCDはいつ発売ですか?

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