今日は大井と木曾がうちにやってきている。大井はそのまま着任ということで、つかの間の平穏がここから崩れ去っていく可能性が見えて仕方がない。でも、ここでこういうこともあろうかと! ある重雷装巡洋艦を建造していたのさっ!
「提督ただいまー……て、北上さん!?」
「あ、大井っち。久し振りだねー、百億年ぶりくらいかな?」
「まったく二人は仲がいいな。久しぶりだ提督、知らないうちに大所帯になってるじゃあないか。さすがは俺が認めた男だ」
重雷装巡洋艦の球磨型三番艦「北上」四番艦「大井」五番艦「木曾」、なんというか以前聞いた雪風艦隊なみにヤバい三人である。一応、重雷装巡洋艦の北上改、大井改は確認されてはいるが彼女らはまあ常識的範囲に留まっている。この三人は……現在の我が国で止められる艦が我が艦隊所属を除きほとんどいないということでお察しだろう。空母で先制攻撃するか潜水艦でどうにかしなければ、対抗できない。こいつらに阿武隈を突っ込んだらどうしようもないことになる。もしかすると北上と衝突してしまうかもしれないけどね。
俺は薄々気付いている。ゲームで育成していたそのまんまの状態だうちの艦娘は。気付くの遅いとか言ってはいけない。
ゲームはゲームだ。どれだけ無茶な進撃をして、疲労を無視してレベリングしようとも決して責任の重圧に苦しまなければ、艦娘に嫌われるということもない。無論、オレンジ疲労が出た瞬間編成から外して大破撤退するごく普通な鎮守府ではあったが、それでもこの世界の最前線に比べれば出撃頻度や攻略海域の難度があまりにも高い。
練度測定で50が最大というのもこの出撃頻度や難度といったことが原因だろう。あとゲームではクリックで一瞬で出撃できるけれども遠くに行くにも時間かかるしなぁ……。
ん、ゲームそのまま? ケッコンカッコカリ?
この世界だとケッコンのケの文字すら出ていないんだけれどどういう扱いになるんだ、やだちょっと怖い。てかこの目の前の三人って……わかったこの話はやめよう。ハイやめやめ。
「ったく、大本営のやつら。俺が重雷装巡洋艦と分かった瞬間こき使いやがって」
「うふふ」
「……大井姉さん、なにか知ってるのか?」
「ええ。私を置いて海兵学校をやめようとした可愛い妹にちょっとした罰を……誰とは言わないけど」
怖っ! 大井教官やっぱり怖い!
「ゲッ、気付いていたのか! ということは大本営に俺を雷巡とチクったのはもしかして」
「うふっ♪」
愕然とする木曾に、なんとも形容しがたい笑みを浮かべる大井。恐れおののきながらその様子を見ていると、両肩をポンポンと叩かれる。
左を叩いたのは球磨型姉妹の長女、一番艦「球磨」だクマー。自称意外と優秀な球磨ちゃんらしいがとんでもない、優秀どころではなく川内型改二連中に匹敵するレベルの性能をもつ超優秀な球磨ちゃんだ。
そして右を叩いたのは二番艦「多摩」だにゃ。猫じゃないと言うけどまあ猫である。冬まっただ中の今、出撃せずに自由に過ごしている時にずっとコタツで丸くなっているので説得力がない。ちなみに比叡筆頭の犬連中は雪の中喜んで鎮守府を駆けまわっている。
「大井のアレは諦めろクマ。個性として受け入れてやってほしいクマ」
「いやでも球磨ちゃん、妹の将来を思ってどうにかしてよ。な?」
「大丈夫にゃ。大井を嫁にする男は器がでかいから問題にゃい」
「多摩ちゃんまで!?」
二人との会話に夢中になっていたために背後からの攻撃に備えることができなかった。肩をガッと掴んでグッと押さえられてミシミシと力を加えられる。最近どうも敏感な耳元に大井の吐息がかかるが、ピンクな雰囲気にならずただただ怖いという感情しか浮かんでこない。
「提督? 私の陰口かしら……?」
「い、いえ滅相もありません大井教官!」
「だ・か・ら。私はあなたの艦なのよ、今は……うふふ」
助けてといった想いを瞳に乗せて球磨ちゃん、多摩ちゃんに目を向けるが、目の前の二匹は肩をすくめるだけでなにもしてくれない。ちくしょう! 君らの妹だろう? どうにかしてくれ!
いや、この時のために俺は北上を建造していたのではなかったのか。暴走した大井を止めるために北上を呼んだのではなかったのか!
建造できる艦娘は選択できないというのに混乱した思考は選んで建造したと叫ぶ。後々考えればこの時の俺、パニック起こし過ぎだろ。
「阿武隈だ~今日も前髪キマってるねぇ」
「ちょ、北上さんやめてください。聞いてる? やぁめぇてぇよぉ~!」
駄目でした。
しばらくした後、落ち着いてから球磨型五人姉妹と俺の六人で食堂へと向かった。ちなみにさっきまで北上にいじられていたアブゥは第一水雷戦隊の会カッコカリのために初回はいなかった暁を加えた第六駆逐隊全員プラスの曙、計六人で出かけて行ってしまった。
前回、一人前のレディとして響とミックスジュース対決をした暁であったがコーヒーにメロンソーダ、アセロラ、カルピスを混ぜた謎の飲み物の前に轟沈。やはりフリーダム響には勝てなかったよ……。なお勝者の響のコメントは「ウォッカも混ぜたいな」だった。ファミレスにウォッカ無くてよかったと思います、はい。
「榛名に清き一票を!」
「あ~、そこの君ィ。赤城に一票入れてやってくれ」
食堂では何故か妙にキラキラしてる榛名の実質的な双子の妹である金剛型四番艦「霧島」と、反対にげんなりしてる龍驤さんが選挙活動を行っている。当艦隊名物の赤城vs榛名の一環だろうか。榛名が着任してから主に金剛型姉妹主導で行われているそれは長年の因縁にケリをつけるべくやっているとのこと。因縁って?
「ああ! それって赤城団と榛名団のことだな。運動会の組み分けをなんでも上毛三山でやってるとこからきてるんだ」
「へぇ、木曾って物知りだな」
「いや、俺も教えてもらったんだよ。てい……いや、忘れてくれ」
木曾の豆知識にふむふむと頷きながら椅子に座る。右に木曾、左に大井、正面に球磨ちゃん。俺から見て球磨ちゃんの右に多摩ちゃん、左に北上である。適当に席を取ったのに平然と北上の真正面を取るあたり、さすがはうわさに聞く姉妹愛っぷりだと感心。
「じゃあまだ木曾一人だけ着任できない記念、乾杯クマ」
木曾以外でかんぱーいとグラスを鳴らす。
「ちょ、球磨姉さんひどくないか!?」
「せっかく可愛い妹をいじってあげてるんだからもっとリアクション取れクマ~」
さすがは色物揃いの妹を束ねる長女だけある。長女といったら主に川内や金剛のせいでちょっとアレなイメージが定着しつつあったが、ここ最近の球磨ちゃんに暁のおかげでだいぶ緩和されつつある。
「多摩姉さん、私がいない間に提督が他の女に欲情とかしてなかったかしら?」
「ちょっと大井さんなにを聞いてんの隣に俺いるよ? 提督いるよ?」
「大丈夫だったにゃ。最近扶桑姉妹に骨抜きにされてたから艦娘以外の有象無象に鼻なんて伸ばせないはずにゃ」
「多摩ちゃんもなんで知ってるの」
一気に恥ずかしさがこみ上げてくる。なんで知っているんだあの扶桑姉妹の部屋での失態を、しばらく顔合わせづらかったんだからな。あんな和装美人に膝枕されてたとかもうね! 良かったけど!
「だってよ大井っち。北上さまと一緒に提督骨抜きにしてみるー?」
「それはいい提案だわ北上さん!」
「球磨も混ぜろクマ~」
「多摩も、にゃ。ご飯食べたら球磨型のお部屋に拉致……じゃなくてれんこ……じゃなくて招待するにゃ」
「ちょっと本人がいる前でそういう物騒な言葉使わないでくれるかな?」
拉致とか連行とか……ハイパーコンビ主導の骨抜きって物理的に骨抜かれそうなんですがそれは。
「お、俺も参加したいかな~って」
「えー、木曾って夜にはまたここ出るんでしょ?」
「北上さんの言うとおりよ。大変残念だけど可愛い妹を泣いて見送ってあげるわ。ね、多摩姉さん球磨姉さん?」
「にゃ」
「クマー」
隣で可哀想なくらいにずぅんと木曾が落ち込む。今まで凛々しい姿しか見ていなかっただけにその姿にはどこかしらキュンとくるものがあるし、末妹って大変なんだなあとしみじみ感じてしまった。なるほどだから電はプラズマに……これは違うか。
「提督、姉さんたちが苛める」
「愛されてるように見える、いいねえ姉妹って。俺も混ぜてよ」
「提督が私の妹になるの? あっはっは! 面白いね~。球磨型の六番艦の誕生だよ球磨姉」
「北上以下は全員雷巡クマ。提督も重雷装巡洋艦になるかクマ?」
艦隊の中で一番愉快な姉妹たち球磨型。彼女らとの楽しい夕食は始まったばかりだ。
※
「ねえ大井っちは気付いた?」
「……ええ」
夜、なんだかんだ口八丁手八丁で木曾を翌朝までこの鎮守府に置けるように上と交渉した球磨は多摩、木曾、そして提督と飲み直しに行った。ここ球磨型の部屋で電気を消して横になっているのは北上と大井だけである。二人は気付いていた、自分らと木曾が三人並んだ時に気まずそうな表情をした提督を。左手に注がれた視線を。
「記憶を持っていないフリ、だったのかなぁ」
「それはないわ。教導しててズブの素人ってのはいやというほどに分かってしまったわ」
「ならどうして?」
一番最初、本命としてアレを渡された彼女に続いて戦力増強とアレを渡されたのは雷巡三人だった。雑魚払いやとどめを魚雷で確実に行えるわけの分からない汎用性に夜戦時の超火力。戦力増強目的なら雷巡はうってつけだ。様々な場面で活躍し勝利をもぎ取ってきた三人に渡すのは効果的である。
「記憶はなくてもどこかで覚えてる、たぶんそういうことなのね。ひどい人」
大井は提督に一番キツくあたっているように見えるがその実、彼を深く愛しているというのはこの艦隊では皆が知っている。本当は自分一人のものにしたいと思いながらも、彼の本当の幸せを願うがために泣く泣く引いた彼女。彼へのあたりの強さはそんな内心を悟られないためというのもあるかもしれない。北上はそう考えている。
はぁ、と溜息をついて北上は寝返りをうった。親友のような関係の妹の苦しそうな顔を見たくはなかったのだ。そして、同じような顔をしている自分を見られたくなかった。かるい友人のように提督に接しているのは大井と同じく本心を悟られたくないから。
「みんな、さ。色々だよね。提督に振り向いてもらおうとアタックするか、一歩引くか、無関心を装うか、すでに諦めているか」
「そして提督は誰にも靡かずにここまで来た。来てしまったのね北上さん」
「ん、もういつ目覚めるかってところだよ」
彼女が来る、提督の一番が来てしまう。
「目覚めてどう思うんだろうね。愛し愛された人が記憶が無い状態ってのは」
「きっと私達以上に衝撃をうけるはずよ」
「そうだねぇ」
北上は左手をそっと右手で包み込み、まるで胎児のように丸まった。
「これだけ思い破れた娘がいるのにもし提督が裏切ったなら……自分を抑えられずに彼を海に沈めそうで怖いわ」
「大丈夫だって大井っち。きっと提督たちは……ね?」