もう冬まっただ中、世間はクリスマスで賑わっているようだがそんな楽しそうな彼らとは反対に俺の心は憂鬱であった。何がメリークリスマスだ、どうせクリスマス終わったら正月モードになるんだろう俺は知ってるんだからな。毎年毎年もう許さねえからな!
「とは言いつつも」
数日前に陽炎型の18番艦「舞風」がタタンッと音を鳴らしステップを踏んで渡してきた紙を見る。艦隊のクリスマス会ということで、最低限の哨戒を行う人員以外でパーティをするというものだ。他艦隊などから『秘書艦と共に』と同じような催し物へと招待されていたが、地元商店街で艦隊による音楽隊での出し物をするため断っていた。が、まあパーティがあるなら行きたいというのは心情で、艦娘たちの提案は嬉しいものだった。
楽しいこと好きな妖精さんたちはもうすっかりクリスマスムードになっており、衣装がサンタクロースみたいな赤白になっている者が多々いる。視界に赤色がちらついてちょっとうっとうしいが、別に何か支障があるわけでもないのでそのままだ。
「音楽隊は成功だったな」
特に老人たちからの評判が良かった。艦娘たちはもともと本物の艦艇だったために、彼女らに縁のある人物は存命であったりするのだ。共に戦った者、救助してもらった者、国に帰してもらった者などなど。
「そろそろ時間なのです」
「ん、そうだね。切り上げていこうか電」
用意していた包みを持って電と一緒に執務室を出る準備をする。さすがに艦隊の全員にクリスマスプレゼントを渡すとなると、いかに世間よりも高給取りと言えどもお金がかかってしまうのは目に見えているのだ。だからプレゼント交換会ということで各々の負担が減るようにしている。が、別にプライベートでのプレゼントを禁止はしていないのでそこらへんはご自由にといったところだ。
今回用意したものは無難に使えるものとして保冷のできるおにぎり用のケースだ。柄もかわいらしいひよこで女の子が持つ分にはちょうどいい感じだろうし、実用性もそこそこだ。遠征先にでも持って行っておにぎり食べて戦意高揚してもらいたい。
ちなみに参加できない面々のためには他にプレゼントを用意しているので、彼女らにあった時にでも渡そうと思う。
「もうそろそろで新年なのです」
「はやいなあ、電と会ってもう半年以上か」
「艦隊も大きくなりましたね」
「本当に」
気がつけば本当に大きくなっていた。そして進出できる海域も広がって、艦娘たちの練度もあってからベテラン提督の艦隊と肩を並べることも増えてきている。徐々に強くなっていく敵も難なく倒していくので、本当にうちの艦隊は強いなとまるで他人事のように感想を抱く。
ベテラン艦隊の練度の数値はこの国全体で見ればかなりの高レベルでまとまっているのだが、俺の知識からすればまだまだ新人提督といったレベルでしか無い。こんなもので出てくるであろうレ級や鬼、姫といった壊れ連中に勝てるのだろうか? だが、心配しても一介の提督が出来るのはただ艦隊を率いて敵を駆逐することしかない。
部屋から出て鍵を閉めようとしたら誰かの走る音がする。音のなる方へと顔を向けたらウサギみたいなカチューシャをぴょこぴょこと揺らしながら最速の駆逐艦が走ってきた。
「提督~!!」
「島風ちゃん、廊下を走ってはダメなのです」
「プレゼントだよ提督! 早いでしょ?」
何かを抱えて走ってきた島風型駆逐艦「島風」は俺の前で止まるとそれを差し出してきた。案外重量があり、何かと思って島風に聞けばマフラーという。
「マフラーかぁ、今からの季節にはちょうどいいなありがとう島風。けどマフラーにしてはすっごく重い……て、これ違うマフラーだ!」
「バイクのマフラーなのです!?」
重さの時点で薄々分かってたけどさすがはスピード狂といった所か。艦娘も持とうと思えば免許を手に入れられるが、それは艦娘用の特別なものであり戸籍があるというわけではないために自分名義の車などを持つことはない。目の前の島風は最速でバイクの免許を取ってきて自費でバイクを購入しているが、色々な関係でそのバイクは俺所有ということになっている。
つまりこの島風は俺の所有物だからと改造用のマフラーをプレゼントし、交換させようと言うのだ。なんということ!
「いやね、わざわざ俺に渡さなくても自分で交換すればいいじゃないか。実際島風のものなんだし」
「え~、いいじゃないですか提督。かわいい部下のお願いと思って?」
ね、と上目遣いでねだられる。
「いいよ」
「司令官さんはチョロいのです」
電はチョロいとか言うけど男の子ならみんなそうだよ? 可愛い女の子のお願いは断れないよ?
スピード狂であるので公道でバカみたいな速度を出していないだろうか心配になってきた、こんど島風について行ってみることを検討しよう。
またお金がもっと手に入ったら400近く出るのを買いたいとか言ってたのを思い出す。車重とか到底彼女のような小さい子じゃ扱えないものだと思うんだけど……いや艦娘だったな、絶対俺よりか軽々と使いこなすわ。
「それじゃ会場に先に行くよ~! 提督も早くね!」
小さい手を振ってスキップしながら去っていく。俺は手元にある渡されたマフラーを見てため息を一つ、電に扉を開けてもらい執務室に置くことにした。
島風に出鼻をくじかれたが、しばらくして食堂に着く。姉妹艦がいる艦たちはだいたい集まっていて、ほかはかつて同じ隊だったりしたメンバーで集まっている。みんな楽しそうで、那珂ちゃんや龍驤さんなどのサンタクロースの格好をしているのもいてクリスマスなんだなあ、と実感する。思い出すのは海兵学校時代、何が悲しくて野郎でクリスマスを祝わなければならなかったのだ。まあでも鹿島教官のサンタクロース姿は実に眼福だったので良しとしよう。
俺や、食堂についてから姉妹のところへと行った電は先ほどまで仕事をしていたために制服であるが、非番であったりした艦娘は私服でいるようだ。そして俺に気付いて話しかけてきた彼女もそうだった。
「ん、提督。来たか」
「長門……なんか君がこういった服を着ているのは珍しいな」
「そうか? 普段からこういうものだが」
どうだお洒落だろう、と少し自慢気に聞いてくる長門型戦艦一番艦「長門」。彼女の海に出る時の肌面積が多いあの服装だと鍛えられた筋肉が惜しげも無くさらされており、まるでアスリートのような肉体美から勇ましさを見て取れる。しかし、今のベージュのニットワンピースをお洒落に着こなす彼女はスポーティな美女ではなく、たおやかな美人さんであった。
雰囲気が扶桑に似ているといえば普段とのギャップが伝わるだろう。なんか長門ではない別の女性と会話をしているようでどうにも落ち着かない。
「ま、陸奥が全部コーディネートしてくれたのだがな」
「……陸奥か」
「ああ、陸奥だ」
長門がじっとこちらを見つめるのに多少の気まずさを覚えて、逃げるように視線を彼女から外して周囲を見渡す。すると遠くで二航戦の蒼龍、飛龍と会話をしていた長門型二番艦「陸奥」はこちらに気付いた二航戦に押し出されるようにしてこちらにやってきた。この三人は波長が合うのか、かなりの頻度で一緒にいるところを見る。
他に陸奥と一緒にいることが多いのは如月、暁、そして夕雲。大人の女性の見本として尊敬しているのか、時々仕草を真似ているのが見れる。
「はぁ~い提督、お仕事お疲れ様。それで長門はどうだったかしら? 随分と熱心に見てたみたいだけれど」
「い、いや似合うなって。……服を見立てたのは陸奥って聞いたよ、さすがだな」
「あらありがと。じゃあ、私はどうかしら?」
グレーのセーターで長門と同じく普段よりも肌を見せていない彼女は、にも関わらずどこか色っぽさを漂わせていてドキッとする。いつもの服装は体のラインが丸見えどころではないというのに、隠れている今のほうが余計にくるものがある。そしてブラウン系のショートパンツに黒タイツともとから長い脚がさらに長く見える。
正直に言うと見惚れて何も言葉が出なかった。胸元に手を置いた彼女は返事がない俺を不審に思ったか、すこし訝しげな表情で声をかけられる。
「提督?」
「あ、うん。綺麗だ本当に」
小学生並みな感想しか言えなかった俺を、蒼龍と飛龍が小声でささやきあいながら見ているのがなんかムカつく。きっと女の子に耐性がなくてタジタジになっているのがおもしろいのだろうか、ひどい艦娘たちだ。彼女らも今時の女の子というような服装をしていて、とてもかわいらしい。
「ふふ、それじゃあ邪魔者は退散するか。陸奥を頼むぞ提督」
「妬けちゃうなぁ……いこっか飛龍!」
「そうね、七面鳥たべようよ七面鳥! 瑞鶴が来たら怒っちゃうしさ今のうちに」
三人が離れていく。よりにもよって陸奥と二人っきりにさせるなどなんてことをしてくれるんだ。
内心頭を抱えていると、今回の主催である那珂ちゃんを筆頭にした川内型による挨拶が始まった。たぶん那珂ちゃんに巻き込まれる形だったんだろうなあと川内と神通さんを眺める。那珂ちゃんは結構この二人に可愛がられていて、多少のわがままは何でも聞いてもらっているように見える。今回のこれもわがままだったのだろうな。
『メリークリスマス!』
那珂ちゃんのその言葉とともにパーティが始まった。
「メリークリスマス、提督。乾杯」
「乾杯」
隣りに座る、かつて一番最初にケッコンカッコカリをした艦である陸奥とグラスをカチンと鳴らした。果たして俺はこれから平常通りでいられるのだろうか。