勇ましい姿から狼と呼ばれたのではなく、ゆとりのない戦いにしか性能を重視していない姿から「飢えた狼」と呼ばれたという説ある艦の足柄。妙高型三番艦の「足柄」はその評価通りに戦いに飢えており、また歴戦の名鑑でもある。
敵との戦闘時に牙を向いて相手に吠える姿は勇ましい。
(のだけれど……)
砂浜、月明かりの下にひとり佇む彼女に、素直に美しいと霞は感じる。優等生然とした朝潮型一番艦「朝潮」の妹だというのに何かと反抗的な十番艦「霞」は三番艦の「満潮」と共に鎮守府三大ツンデレに数えられている。(三大ツンデレには諸説あり)
癖の強い陽炎型を率いる陽炎と共に朝潮も駆逐艦どころか、大型艦からも一目置かれている艦であると言える。というよりかは多くの妹を束ねる駆逐艦長女たちは例外なく一目置かれる。大衆の前でパンツをチラ見せさせていてもだ。
さて、現在の霞は改二状態である。今現在、縁のある礼号作戦で一緒だった艦たちを率いているのだから当然といえば当然だ。司令部は彼女が積む。本来の旗艦になる大淀が提督の補佐にその力の殆どを割いているための処置であり、もし提督が礼号組で作戦行動をさせようとした時は大淀が旗艦に戻り霞は改二乙に改装されるだろう。
改装の度に「霞のお通りだ~!」と担ぐのは恥ずかしいからやめて欲しいと霞は切に願う。あと積極的にボケたりいじってくる連中であるから率いるのも勘弁願いたい。
美しくもどこかしょぼくれた雰囲気の足柄に話しかけるかかけまいか霞は悩んだが、足音に気付いて彼女が振り向いたので、今更何も言わずに引き返すのもどうかという雰囲気になった。仕方なく声をかける。
「また妙高さんにでも怒られたの?」
「霞ちゃんの中で私はいつも妙高姉さんに叱られているイメージなのね」
「いつも叱られているでしょ」
呆れた表情で霞は足柄にそう言ったが、それは事実である。それに対してうふふとイタズラっぽく笑うだけで足柄は否定しなかった。
ちなみに先日は秋月型にお腹いっぱい食べさせてあげたいと勝手に張り切って揚げ物をたくさん食べさせた結果、普段あまり食べない秋月型をダウンさせてしまうという事件を起こしている。彼女らの食べ残しを喜々として食べ進める加賀に対抗してカツカレーを搔き込む瑞鶴。そして瑞鶴に付き従った葛城に被弾してしまったりなど結構被害が広がった。
この事態に提督は何故か胸元に手をやりつつ編成を組み直すこととなった。妙高姉さん激おこで初風が大層怯えていたそうな。
『食の細い人に重たいものを大量に食べさせる人がいますか!!』
『えぇー、だって前は普通に食べきれてた量なのよ』
『前は前! 今は今です!』
残すなどもったいないという精神の秋月型が無理したのは語るまでもない。食事の量は少しずつ増やさないとお腹がびっくりしてしまいます、と天城が言いながら葛城を看病していた。建造時期が同じ頃だったせいか、雲龍型も秋月型程度の食の細さである。約一名を除いて肉付きがいいのに。
が、その食の細さを足柄は心配しているようで
「だってしょうがないでしょ! あれだけしか食べないで作戦行動だなんて力尽きちゃうわ!」
と主張する。
確かにそれもそうだ、と霞は理解を示す。秋月たちと同じ量の食事で出撃しろと提督に言われた日には「このクズ司令官!」と罵りながら足蹴にするだろう。まずそんなことは起きないだろうが。食事は士気高揚に大きく関与しているのだから霞の対応は当然といえば当然。
しかし、今はそういう話をしているのではない。足柄は許容量以上を食べさせようとしていたのだから霞は咎める。
「バカね。聞くけれど武蔵さんの食べる量をドンと出されて食べきれるのかしら」
霞の問いかけに足柄がイメージした。
『足柄それだけで大丈夫か、途中で力尽きないか? 補給は大事だぞ』
そう言いつつ、武蔵がバケツ一杯のカレーをものすごい勢いでかつ何故か上品に食べ進める姿が容易く想像できる。あと隣で必死になってる清霜の姿とかも。そして島風は適量を掻き込んですでに外を駆け回っていた。
その横で足柄はヒイヒイ言いながら武蔵と同量のカレーを食べさせられるのである。あの超弩級戦艦と同じだけ食せと言われたら絶望するに違いない。
「無理ね」
即答だった。
ため息をついて霞は忠告する。
「他の人も自分と同じって考えないこと。いい?」
「ごめんなさい霞母さん」
「クズ司令官の真似をしない」
ちなみに「霞母さん」と提督に言われた時の彼女は口では嫌そうにしつつも顔がニヤけていたと、とある重巡Aは語る。一体誰なんだ重巡A。
関係のない話であるが、青葉が霞に先日追いかけられていたのが多数目撃されている。なんでも恥ずかしい写真をばら撒かれたのだそうだ。全く関係のない話だ。
「霞ママ……」
「やめなさいったら!」
妙高型で一番のノリの良さが多少鬱陶しく感じる。もしここに足柄と波長の合う大淀がいたら収拾がつかなくなっていたに違いない。大淀を足柄と組む機会を減らしている提督に感謝した。あいつらが一緒であれば霞はいじり倒されていただろうとげんなりする。
「ま、言うとおり妙高姉さんに叱られたのよね。それで反省中ってわけ」
「あっそう」
こうもめんどくさいツッコミをさせられているとさすがに霞も疲れる。こうなるのが分かりきっているから足柄に話しかけるのを躊躇したのだ。面倒になってきたので足柄のいうことを右から左に聞き流そうとする。
が、
「羽黒に男を手球に取るコツを……」
「色んな意味でやってはいけないことをしたわね」
足柄の爆弾発言に突っ込まざるをえなかった。
羽黒という娘は妙高型の末っ子の四番艦である。強烈な個性を持つ姉たちに囲まれているせいか、彼女らとは異なり穏やかで引っ込み思案という内気な性格をしている。もし男に言い寄られたら断りきれずにお持ち帰りされ、翌日変わり果てた姿で発見されること間違いなしである。
持ち帰ろうとした男が。
パニックを起こした羽黒の腹パン一発で男が沈むだろう、かわいそうに。
この弱々しく見える羽黒、四姉妹の中で実は一番火力が高いのだ。人は見かけによらない、どうして武勲艦はこうもおとなしいような娘ばかりなのだろうと、提督が首をひねっている姿を幾度か目撃されている。
見た目も性格もあって、世に放ったら男たちが放っておかないだろう羽黒。彼女に男をどうにかするコツを伝授するなど鬼に金棒だ。火に飛び込む虫みたいにワンチャン狙う男どもが犠牲になってしまうであろう。
しかし、男たちにとって幸か不幸か。艦娘は外との交流があまりない。犠牲になる男は羽黒を指揮する提督くらいなもの。
「羽黒も『これで司令官さんを落とします!』って言ってたし楽しみね」
「クズ司令官、落とされないといいけれど」
意識を、と心のなかで続ける。というか意識を落とされるだけですめばまだいい。重巡洋艦の出力で一般男性がなにかされたら消し飛ぶのが見えている。しかし、それを分かっていながら
「テンパったあの子がなにしでかすか姉の私でも分からないし、楽しみだわ」
と足柄は笑っていた。霞は心のなかで手を合わせる。「クズ司令官、骨は拾って一緒に墓まで持っていくから安心してちょうだいな」と。霞もなかなかにおかしかった。
「そうそう知ってる? 大淀が私達に任務が与えられたと言っていたわ」
「へぇ、あたしたちで」
「沖ノ鳥島にって。戦場が呼んでいるわ……っ!」
うおお、と月夜に吠える足柄。狼なのに遠吠えしないのね、と頭の隅っこで「んにゃー!」と鳴く足柄に対して霞は思う。
この足柄、狼というだけあってやっぱり動物系元締めの比叡の影響下にある。全力で空回りするところなどどこか似ているデース、と金剛から生暖かい目で見られているのを本人たちは知らない。
ちなみに足柄のことを「飢えた狼」と称したのは英国人である。英国からの帰国子女である金剛が足柄のことをどのように思っているのか、提督は聞きたいけれど聞き出せないでいる。
「『礼号作戦実施せよ』、ねぇ」
「提督もこれを見越して霞ちゃんに最近旗艦を任せていたに違いないわ。それに、久しぶりに裏方から大淀が出てきてくれそうでみなぎってくるわ!」
「ええ、そうね……」
バカばっかりな艦隊になりそうだと霞は複雑な心境になる。できれば旗艦は大淀がいいなあ、と思いつつも提督から任されるのであれば全力ですすんで旗艦をやろうだろう。口でなんだかんだ色々いいつつも霞は提督に頼られたい。
「それまでにたくさんカツを揚げておくわ」
「やめなさい」
「これから毎日カツよ!」
「やめなさいったら!」
霞の制止もどこ吹く風といった足柄。作戦が近づくに連れて揚げられるカツの量は増加していき、遠方の作戦から帰ってきた妙高にこってりと絞られるまで止むことがなかった。足柄のカツによって提督は慢性的な胃もたれになり、しばらく苦しそうにしていた。
また後日、羽黒の提督への夜のアタック(物理)を球磨が止めるというハプニングが起きた。さすがは夜戦でとてつもない破壊力を見せつける雷巡三隻を妹に持つ長女だ、重巡洋艦をよく抑えたと提督から感謝されている。
彼女らの夜戦を見た足柄の戦意が更に高揚し、妙高の胃が荒れた。