試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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4 憂鬱な真夜中

「あ、トッポ食いてえ」

 

 唐突だった。真冬、とてつもなく寒い外気温のせいで室内の温度も全く上がらない。暖房を使えば良いのだろうが、貧乏性のために炬燵で我慢している。そういったものは全部国が払ってくれるといっても申し訳がないのだ。

 でもなあ、外に出たくもねえよなあとぐだぐだとそのまま仕事を続けて数十分が経過、腹はさらにくぅくぅと鳴りはじめて、また炬燵の上のみかんも全て食べつくしてしまった。妖精さんが。

 

 なんでミカン食べようと思って皮を剥いたのに自分が食べられないのだ……。

 

「炬燵様~、結婚したんだからご飯出してよ~」

 

 返事はない。それはそうだろう。

 先日炬燵様と結婚したはずなのだが、恥ずかしがり屋なせいか一切口をきいてくれないし体を温める以外に何かをしてくれる様子すらない。布団に浮気してやろうか? しかしうんともすんともいってくれない。提督は寂しい。

 

 最寄りでトッポを売ってあるところ、もしくは持ってそうなやつを脳内に浮かべる。鎮守府の売店は開いているのだろうけれども遠い。近くの艦娘の部屋から強奪してくるのが一番早いだろう。しかし都合よくトッポを持っているような娘はいるのだろうか、いやいまい。

 

 諦めて寝よう、そろそろ日付も変わる頃だと電波時計を見る。寝ないと明日に支障が出そうな時間だ。炬燵様のコンセントを抜き、浮気相手の布団へと向かおうとしたその時、ノックがされた。

 

「どちらさま?」

「大井です」

「ひぇ……」

 

 こうやって夜遅くに艦娘が訪ねてくるのはそう珍しいことではない。特に用事がないのにやってきて好き勝手していくのはほぼ毎晩といっても良いだろう。

 正直いって、今日訪ねてきた大井は苦手である。別にその性格がどうとかそういうのではなく、自分の教官だった過去と部下である現在の立場の逆転がむず痒いのがあるのだ。

 

 そして一番大きいのは、かつてイベント海域での切り札として運用するためにケッコンカッコカリしていたっていうこと。ケッコンカッコカリの話は大井に限ったことではない。北上や木曾のような戦力目的でした娘、そして普段使いの多い潜水艦娘もだ。

 一番気後れするのはやはり最初にケッコンカッコカリをして、一番使って、練度も唯一上限に達した陸奥だということは言うまでもない。

 

 艦娘らは俺がゲームでやっていたことを現実に起きたことであると、そしてゲームの提督の生まれ変わりが俺だと思っている。

 確かにそう、そうではあるのだが――ゲームの俺と彼女らが作り上げてきた絆を横取りしているようで。

 

 だから知らんぷりをしている。しかしこのままでは良くない。

 

「開いてるよ」

 

 提督が声をかけると同時に扉が開かれた。「開いてるよ」の「開」を口に出したと同時にだ。やだこわい、この人きっとなんて声をかけても部屋に入ってくるつもりだったに違いがない。

 

「……廊下とほとんど温度変わらないじゃないですか提督、暖房付けましょう」

「いや炬燵様で我慢できるしいいかなーって」

「風邪ひいて困るのは提督だけではないのですから、付けますね? 全く、自己管理もできないのかしら」

 

 猫なで声からのドスの効いたつぶやき。冬の夜なだけあってよく声が通る通る……怖い。

 部屋に入ってきて真っ先に暖房を入れた彼女の手にはタッパが握られていた。はて、何だろうかと思って見つめているとその視線に気がついたのか炬燵の上にそれを置いた。

 

「なんだこれ、ってチョコ?」

「はい、チョコレートです。本命なので気合を入れました」

「――北上に?」

「おすそ分けです。毒味役DEATH」

 

 発音が怪しくなかっただろうか。

 俺は彼女の真意を知らないふりをして当たり障りのないように返答をする。

 

 そういえば数日後はバレンタインデー、世間では女の子たちが好きな男の子に頑張ってチョコレートを渡したりする甘酸っぱいようなイベントであり、モテない男子からするとそんなイベントなど存在しないように振る舞う悲しい日である。

 我が艦隊においてチョコレートを受け取る数が多いのは明らかに自分である。そりゃ男女比が1:100以上なのだからそうだ。もし全て受け取り消費するとなれば酷いことになるのは火を見るよりも明らかであるために、

 

『提督にチョコレートを渡すのは禁止します』

 

 と電が事前通達をしていたのだった。ありがとう電、助かったぞ電。だから俺の器に茄子を入れるのはやめような、好き嫌いはダメだぞ。え? たけのこを入れるな? ははこやつめ、俺はきのこ派だ。

 そして戦争が起きたのだがそれはさておき。

 

「電さんは提督にチョコレートを渡してはいけないと言っていたけれども、バレンタインデーではないですしこれはおすそ分けですから」

「なるほど」

 

 やはり抜け目のない性格をしていらっしゃるようで。

 

「今から珈琲を入れるのもなんですし、ホットミルクでお召し上がりくださいな」

 

 勝手知ったる我が家みたいな感じで、数あるマグカップの中から俺のお気に入りを取り出し、ホットミルクを作ってくれた。来客用とごちゃまぜになっているのに迷いなくそれを選び出すのはさすがと言えば良いのか、なんというか。

 

 タッパを開くと、そこには柔らかそうなチョコレートがサイコロのように四角くあった。生チョコというやつだろうか、爪楊枝も簡単に刺さってしまう。

 

「まだ食べないでくださいね、ミルクと一緒のほうが美味しいと思います」

 

 まだ温まらない、とつぶやき電子レンジを再び使う大井。ようやく温まったと彼女がカップを持ってきたときにはもう日付は変わってしまっていた。

 まず先にチョコを一口。

 

「……美味しい」

「良かった」

 

 さっきまで少し硬くてそして甘いお菓子を食べたいと思っていたのに、彼女の持ってきたそれが美味しかったおかげですっかり忘れ去ってしまった。

 そして彼女がじいっと見つめる中完食し、ちびちびとミルクを飲む。充分に温められたそれのためか、体もぽかぽかとしてきた。それどころか少し熱さすらある。炬燵の暖かさもあるのかぼうっとしてきて、急激に眠気がしてきた。

 基本的にデスクワークとはいっても激務だ。それなのにこの時間まで起きていたのだから当然だろう。数日かけて資料作りをする予定だったがついつい捗ってしまったためだ。

 

「聞いてます? 提督?」

「きいてないよ」

「聞きなさい」

「あい」

 

 低い声にほんの少し覚醒する。寝るなら布団で、歯を磨いてからと彼女は言っている。お前は俺の母親かなにかか? ちなみにママはこの鎮守府に十人くらいいる。

 彼女のいうことは最もなので素直に従う。布団に潜り込むと彼女は部屋の電気を消し「おやすみなさい、提督」と言って出ていこうとする。しかしそれを見届ける前には意識を手放して夢の世界へと旅立ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、こんな夜遅くに一体なにをしていたのかなお嬢さん」

「夜戦馬鹿こそなにやってるのよ」

 

 大井が部屋から出ると、壁と同化するようにして自然と立っていた川内に声をかけられた。こんな真冬だというのに冬らしい装いはマフラーだけな川内であったが全く寒そうな気配を見せていない。寒そうでないのは大井も同じで、へそ出しだというのに平然としている。極寒の冬の海にいつもこの服装で出撃しているのだから平然としていてもおかしくはないか。

 

「いやあ、可愛い乙女が愛しの男性のもとへ夜這いしたとなったら野次馬したくなってね」

「そ、毎晩のようにそれはもう可愛い女の子がこの扉から出てくることでしょう」

「わかってんじゃ~ん」

 

 ニマニマとした笑みを浮かべて大井に絡んでいく川内。正直なところ、ウザい。

 川内はこうやって提督の部屋を訪ねてくる艦娘を冷やかすことが多い。毎晩毎晩、誰かが出てくるたびにこうやって声をかけている。出てきた艦娘は「また川内だ」と彼女を見るたびにもう何度目になるかわからないため息をつくのだ。

 おっさんが可愛い女の子に絡むかのような面倒臭さを発揮する川内、たまにセクハラもするしたまったもんではない。

 

 今日の標的たる大井は面倒くさそうな表情を隠すことなく応対する。

 

「別に特別なことはしてないわよ」

「ふうん、まあ大井がそう言うならそうなんだろうけど」

 

 中で大井がなにをしたのかを全てわかっている様子の川内は笑みを浮かべたままだった。

 

「今年の出来は?」

「――悪いものを渡すって? この私が?」

 

 睨みつけてくる大井に川内は聞いただけじゃん、と肩をすくめる。

 

「作っている時少し失敬したけど眠くなるようなもの、入れたでしょ」

「正解。相変わらずおかしな味覚をしているのね」

「ニンジャだからね」

 

 ニンニン♪と忍者が印を結ぶような動作で川内はおどけた。

 寝付きが悪いと提督が話していたために、大井はほんの少し睡眠薬を混ぜてみたのだがそれを川内は言い当てた。ニンジャの味覚はヤバイ級なのだ。

 

「味覚が正しくないと美味しいお料理は作れないからね」

 

 しかし当の本人はそれすら当たり前のことのように、誇ることがない。

 

「あなたと同等な比叡さんの前でも同じこと言える?」

 

 そんな川内に大井は疑問を投げかけた。

 もし某格付けチェックに出たら全問正解連戦連勝間違い無しであるのにも関わらず、自らが料理や演奏をするとおかしなことになる金剛型の一隻の名前を大井は上げた。気合を入れすぎた結果永遠と空回りをし続けるハイスペックぽんこつ戦艦を脳裏に浮かべた川内は肩をすくめる。

 

「何事にも限度って必要だよね」

「どっかの川内型に言ってやりたい言葉だわ」

「うちの妹がごめんね?」

「……言うだけ無駄ね」

 

 こいつ全く自覚してねえ、と大井は額に手を当てる。

 大井は提督のことが好きだ。だからこそ川内の好きな人を四六時中見ていたいという気持ちはまあわかる。分かりはするが、川内のストーキングだけはさすがに気持ちが悪い。愛しの彼をストーキングするのに飽き足らず、提督に害がありそうな連中もその対象になっている……らしい。鎮守府内にもたらされる情報はだいたい彼女か青葉が持ってくるため皆がそう考えている。

 ただいつも、提督に忍び寄る悪い輩に対処する以外、張り付くようにしている彼女がどうやっているのかは些か疑問がある。やはりニンジャは実在したのか、影分身の術でも使っているのか。大井は深く追求するのは無駄だと割り切っているため好奇心はあっても聞くことはない。

 

 それよりも大井は気になることがあった。

 

「アレはどうなの?」

「ん、上々」

「そう、ならいいの」

 

 全艦娘からチョコレートを受け取って提督が体調、懐事情の双方かわいそうなことにならないためにチョコレートを渡す行為は禁止されているが、さすがに何もないというのは寂しい話だ。

 ということで、艦娘全員からということでどでかいチョコレートケーキを作成することにしたのだ。こうすれば全員で提督にチョコを渡して日頃の感謝とか伝えられるし、何より楽しめる。しかし全員で作るのは不可能なために年で持ち回りの当番制にすることとなった。

 今年のチョコレートケーキの総指揮は川内型がとっている。

 

「いつだったっけ、律儀にチョコをホワイトデーまでに全部食べて提督が酷いことになったの」

「忘れてしまったわ、そんな昔のこと」

「ふぅん……一番取り乱してたのは誰だったか」

 

 川内は大井が青い顔をして自分たちの責任だと自分を責めていたのを覚えている。

 今でこそ艦娘たちは提督への高感度がMAXを振り切っているが、さすがに出会った最初からそうだった訳ではない。川内はずっと大井が提督を嫌っていると思っていたために、その姿を見て驚いたのだった。

 

「『前』は毎年恒例だったけど『今』ははじめて……喜んでもらえるかなあ」

「自信がないの?」

「そういうことじゃないけどさ」

 

 どういうケーキが出来上がるのかは、作っているメンバー以外には非公開。大井もどんなものが出来上がるのか期待している。

 

「あ、そういえば」

「なに、もったいぶらないで早く言ったらどうなの」

「まあまあ急かさないで」

 

 提督の部屋から少し離れたところでふと川内が呟く。ここなら大丈夫だろうという判断だった。 自分の掴んだ情報を聞いた大井がどういう反応するのかわからなかったからだ。

 

「提督、上官命令で帰郷するらしいよ」

「上官命令で帰郷……? どういうことなの」

 

 大井は正月も実家に帰ることなくここにとどまっていた提督を思い出す。そのうち暇な時にでも実家に顔を出しに行くのだろうかと思っていたのだが、上官命令で帰郷とは一体どういうことだろうか。なにやら面倒な匂いを感じ取った。

 そしてそれは正しかった。川内は続ける

 

「表向きは正月の埋め合わせなんだけどね」

 

 その時期に『偶然』同窓会があって、しかも『偶然』命令を出した上官の娘がそれに出席する。

 川内は提督に同郷だからと気安く接触してきたその上官をマークしていたのだったが、なんともまあ偶然が重なったことだ。ご丁寧にも同窓会に娘が出るからよろしくな、とまで言って。

 

 そのことを伝えた川内は何かが割れる音を聞いた。音がした大井の手元を見てみれば、そこには割れたタッパがあった。

 

「そう、そんなことが」

 

 ドス黒い瘴気を撒き散らすかのような雰囲気で笑い始めた大井。そして川内はせっかく帰省するのに厄介事に巻き込まれそうな提督に頭のなかで手を合わせた。


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