試作 艦娘たちの憂鬱   作:かのえ

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4 夕立の憂鬱

 鎮守府に犬がやってきた。

 

「てーとくさん! 次はなにをすればいいっぽい?」

 

 そのセリフを言うのはお前じゃない。そうだろ、ミカァ!

 オルガ提督ごっこを早くやりたいんですが、三日月さんの着任はまだでしょうかね。それはともかく、我が鎮守府に赤いおめめの小さな狂犬、夕立ちゃんがやってきました。ちなみに赤目の時点でわかったと思うけれど改二です。先に彼女の姉の村雨など着任したけれど彼女らがなんか変異種だったりしなかったので油断してました。

 よく見なくてもぴょんぴょんと動く頭部の耳っぽい髪の毛がとてもかわいらしいのですが、戦闘時はあの神通さんみたいに敵に全く容赦が無いらしい。こんなに見た目はお転婆なお嬢様なのに。

 

「はいはいステイステイ」

「わふわふ!」

「ようしいい子だ。じゃあそこでしれっと逃げようとしている望月を捕まえに行こうか」

「了解っぽい!」

「ちょ、今哨戒任務し終わったところじゃ……睦月型が勝てるわけ無いじゃんこんな化物……」

 

 目にも留まらぬ速さで駆けた夕立により逃げようとした望月は捕まった。そうは言っても望月さんや、回避値の上限は二人共一緒なんやでと心のなかでつぶやく。こういう数値がどこまで現実に反映されるかは知らないけれど。

 建造して現れた艦娘は全員が練度99と推定できるほどであり、提督として何か指示するまでもなく力でワンパンできているのが現状である。提督不要論が脳内で駆け巡るものの、何故か艦娘たちからはぞんざいに扱われるでもなく、むしろ好意的に接せられて困惑してしまう。

 

「ほめてほめて~!」

「よしよし。んじゃあ二人共補給に入ってくれ」

「えー、補給するなら捕まえなくてもいいじゃん」

「指示聞かずに部屋を抜けだそうとした君が悪い」

「一理ある」

 

 望月はけっこう怠けたがるが、なんだかんだで働いてくれる。いるよね口ではだるいとかもう無理とか言いつつホントは生真面目で誰もやらなくなったら真剣に物事進めちゃうようなの。そういう娘は提督的には結構ポイント高いよ。

 

「時間もちょうどいいしさー、提督も補給、しよ?」

「確かにいい時間だな。少し早めだけど夕食だな」

「提督と一緒っぽい? 嬉しいっぽい!」

 

 ぐりぐりと頭を胸元に擦り付けてくる夕立を遠ざけようと腕に力を込めるもピクリとも動かない。軍艦に人間が勝てるわけ無いと知ってはいたけど駆逐艦なら、ていう淡い思いは消え去った。骨が折れたり内臓が潰れる勢いじゃないだけまあいいけれど、苦しいです。

 

「二人とも、何か不満なところとか無いか? いま艦隊を指揮しているのは艦が少ないとは言え俺一人だから、どうしても手の届かないところがあると思うんだ」

「んー、文句ないよ」

「夕立は提督さんと一緒なら毎日が楽しいっぽい!」

「そうか? 無理とかしていないか? 普通は俺以外にもう一人副司令とか置いたりする……」

 

 俺がそこまで言ったところで、少し離れてドアを開けようとしていた望月が顔を向ける。突っ込んできてる夕立に対応するために多少前かがみになっていたため、背の小さい望月でも今の俺と目線がほぼ等しくなった。眼鏡の奥の彼女の瞳は眠たげに半分閉じている普段とは違い、どこか怪しげに光っていた。

 胸元の夕立もこちらに顔を向け、その真っ赤な瞳が俺を射抜く。どこまでもまっすぐで、まんまるな瞳は犬みたいにキラキラと輝いていた。

 

「司令官だけでいいよ」

「提督さん以外、いらないっぽい」

 

 望月はどう読めば良いのか分からない表情で、それに対し夕立は誰が見ても分かる満面の笑みで。全く同じことを返してきた。

 

「……そうか、それならいいんだ。ちょっと前までうちにいた大井がうるさくてな」

「大井さんはすごすぎる人だからねぇ~そうしょげることはないよ。あたしと一緒にゆるくやっていこうぜ。なあ?」

 

 大井やほかの俺の元教官たちは一旦大本営へと移動している。俺が実際に提督としてやっていけるかどうかの報告や、海兵学校の引き継ぎなどなど色々あるらしい。提督と艦娘の繋がりみたいなので薄々彼女らが俺の艦だとは気付いてはいるが、複雑な心境だ。上司というか目上だった人を部下として率いるってなんとも言いがたい奇妙な感覚だ。

 うちの鎮守府にまたやってくるのはいつになるやら。出来れば早めに比叡に帰ってきて欲しい。資材的に運用できないけれど、直感だが彼女なら夕立を制御できそうな気がする。彼女も犬っぽいし。

 

 ようやくまとわりついてくるのをやめた夕立と望月と並んで食堂へ向かう。前世の知識的には艦隊の食べ物は間宮とか鳳翔さんがやってるというのがテンプレだったが、そんな夢のある話があるわけがない。基本的に全員で分担しつつ作っている。もちろん俺もだ。今日の当番は

 

「遅いわよ! クソ提督!」

「ごめん曙。仕事がキリ悪くてさ」

「……」

「曙?」

「……」

 

 こいつだ。綾波型八番艦「曙」、出会い頭からクソ提督と呼んでくるなんともまあ上官に対して反抗的な少女だ。そして返事をしない。あだ名で呼ばないと返事をくれないのだ。

 

「ぼのたん」

「ぼのたんて呼ぶなクソ提督!」

 

 曙、て呼んでも返事しないからぼのたんって呼んだのに罵声を浴びせられた、提督悲しい。

 

「全く、クソ提督が遅いからサラダまで作っちゃったじゃない。残したら承知しないからね!」

 

 プリプリと怒りながらも配膳していく曙、席についた俺は目の前に座った夕立にじっと見つめられる。

 

「提督さんこそ不満は無いっぽい?」

「俺か? 全然ないよ。こんな状況で不満なんて言えないさ。君たちの前では余計にね」

 

 彼女らは小さい女の子ではあっても、記憶には敬意を払うべき経験がある。あの戦争を必死に戦ってきた彼女らを思えばこの程度で音を上げられない。が、しいて言うならば

 

「大本営に認められれば、君たちに雑用なんてさせずに任務に集中させられるんだけどなあ……」

 

 

 

 

 提督さんが寝た。夕方に提督さんが副司令を置くとか言い出したけど、とんでもない。そんなの置かれちゃったら秘書艦として提督さんと一緒に過ごす時間が少なくなっちゃうっぽいし、艦隊に知らない人を入れたくない。だって提督さんは私達の提督さんだもん。

 用事があって大本営や街に行くのだってほんとうは止めたいけど、それが本当に必要なことだから止められない。提督さんが私達のためにやっていることだから。

 

「やっぱり提督さんは私の提督さんっぽい。隠してるところも同じっぽい」

 

 彼の日誌、個人的な内容だから私達や組織に対した配慮をする必要のない本心からの言葉。四六時中提督さんを観察していても唯一分からない本心がそこだけにある。

 

「提督さん、嬉しがってる。女の子として見られてないのは残念だけど、『今は』それでいいっぽい」

 

 犬とじゃれているみたいで楽しいって書いてあった。拒絶されていないとわかると明日ももっともっとひっつきたくなる。嗅ぎ慣れていた落ち着いた匂いではなく、懐かしい若々しい匂いは心臓が弾んできて顔が真っ赤になる。

 

「記憶が無いなら私だけの提督さんにできるっぽい? みんなには悪いけどやる気が出てきたっぽい!」

 

 どうせみんなも同じことを考えているだろう。一番のあの人以外にもアレをみんなに渡して、しかも効果があったということはそれだけ全員にチャンスがあったということなのだ。あの人が着任できていない間にどれだけ距離を詰められるか。

 

「夕立?」

「村雨もお散歩っぽい?」

「違うわ。夕立も寝られるときには寝ときなさい。提督にちょっといいとこ、見せたいんでしょ?」

「……村雨は余裕っぽい?」

「まさか」

 

 姉妹の中で比較的容姿の似ている姉はクスリと笑うと夕立の頭をぽんぽんと叩く。彼にそうされるほどではないけれど、やっぱり心地が良い。

 

「女の子としていいところを見せるのもいいけれど、やっぱり私たちは駆逐艦。アピールするなら海の上、そうじゃないかしら?」

「ぽい!」

「それじゃ、きちんと寝て明日に備えましょ。……とは言っても夕立には歯ごたえ無いかもだけど」

「そんなこと無いっぽい。提督さんが見てくれるなら、いつでも素敵なパーティっぽい!」

 

 素敵な素敵な提督さん。彼をただの新米として扱っている大本営に彼の実力を見せつける。そのためには夕立たちが頑張ると一番の近道っぽい。でも、闇雲に注目させすぎちゃうと彼が面倒な目に合うかもしれないから加減が難しいっぽい。

 

「提督さんは今の地位に不満があるっぽい」

「ふぅん……提督さんだけじゃなくて上にもちょっとだけいいところ、見せなきゃね」

「ぽい!」

 

 見ててね提督さん、提督さんのためなら夕立なんだってするっぽい!


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