練度が高くなればなるほど艦娘は性能を上げていく。もし着任したばかりの艦娘と熟練の提督の下で何年も戦ってきた同型の艦娘が演習を行った場合、よほどのラッキーパンチをもらわないかぎり後者が圧倒し勝利する。人体での戦闘を行う上での慣れということもあり、建造されたばかりの艦娘がそうでない艦娘たちと演習を行うということは、人体の上手い扱い方を習うということが一般的であった。
だが、今ここで行われているのは新造艦と十年近く敵深海棲艦と戦ってきた艦との演習であるにも関わらず、前者が後者を歯牙にもかけないレベルで翻弄していた。
新造艦で変異種の神通、後に神通改二と正式に登録されるその艦は自分の下につく駆逐艦と共に大本営が観測した中で最大練度である神通改率いる水雷戦隊と激しい戦闘を行っている。
この神通改は最前線を任される提督の下でエースとして戦ってきた艦娘だった。練度47という史上最高のそれに自信を持っているし、またそれにあぐらをかくこと無く鍛錬を欠かさない『神通』という艦について提督たちがイメージするそのままの少女だった。
「これで最近建造されたばかり……!」
毎回演習の度に感じる戦慄を隠せない。それは彼女率いる水雷戦隊もだし、その上にいる提督の言葉だった。陣形の変更、速度の緩急などといったものから体に迫った砲撃のかわし方という、明らかに人体に慣れている動き方。別にナメてかかっていたわけではない。戦果が異常と言われつつも、それは新造艦の範疇だろうと思っていた過去の自分に一言物申してやりたい気分だ。
(あれが、私)
最近海兵学校を卒業したばかりだというのに特例で提督になった若者が建造したという変異種の神通。様々な鎮守府に現れた神通達の中でも最強と言われた己を遥かに超えたその戦いぶりは、まさしく戦場の華だ。
艦娘はその修羅場を乗り越えた数に加えて提督との絆によってその練度が上がっていく。強い敵と戦う機会があるはずもない新参の彼女がここまでの力を持つということはそれだけ提督との絆が強固だとでも言うのか。
いいや、絆だけでもない。彼女の指揮や戦い方もそれこそ測定可能最大の50に迫る47まで伸びた己よりも遥かに細い勝ち筋を拾う死闘を勝ち抜いてきたかのような繊細さがある。
「きゃっ!」
『霞さん、大破です。引いてください』
「まだ行けるわよ!」
『大破判定です、引いてください』
副提督の通信が入る。相手神通が率いる朝潮の魚雷が命中したのだ。もっともこれは妖精さん謹製の訓練用でダメージが入るわけではないのだが。魚雷を放った朝潮も小破判定が出ている、彼女はこの鎮守府の朝潮であるためにどれだけの実力があるのかは知っていた。しかし旗艦の違いか、いままでに見たことのないような戦果を上げているように見える。
(駆逐艦の扱い方も
一体どういうことだ。しかも提督のサポートが無い弱体化した状態でこれだ、もし提督が指揮をする対深海棲艦戦ではどういう強さになるのだろう。神通はそう思いながら、異常な別の自分から学ぼうと、勝ちを拾おうと死にものぐるいで海の上を駆け、砲撃を放つ。
「まだです、あなた達の限界はこれ以上のはずです! 陽炎!」
「妖精さん大丈夫!? よし、てーっ!!」
演習の様子をモニターで見ながらこの鎮守府の提督は腕を組む。横に立つ副提督は指示を出さず、両方の損壊状況が変わった時だけ声を出していた。そして約十分後に演習終了、結果は変異種の神通率いる艦隊が半数生き残ったのに対してこちらは全滅、D判定の完全な敗北であった。
提督は気付かないうちにこわばっていた体を解すかのように大きく息を吐く。艦隊にあの神通が派遣されてからそろそろ一週間、確実に自分達の練度は上昇していると感じていた。
あの鎮守府は異常だ。新造艦のはずが測定できない練度を持ち、艦時代に多大な戦果を上げた艦娘の多くが変異種である。大本営は彼女らを調べて、他の鎮守府の艦娘にも同じような改装が出来ないかと考えているらしい。
「あれがアイツの『神通』……なるほど教官たちが妙に気にかけていたのは、才能を認めていたからですね」
「彼女は君がよく話題に上げる例の」
「はい。同期で、主席のやつの艦娘です」
ただし年齢はあいつが結構上ですが、と付け加える海兵学校を二番で卒業した副提督。彼はその成績以上の力もあり数年もたてば最前線で艦隊を率いているだろうと言う稀代の天才、というのが提督の中での評価だった。才能だけで言えばここの艦隊を率いている自分では敵わないレベルで、経験を積むことが出来ればいずれ元帥まで上り詰められる。なぜなら彼の父親は元帥であり、徹底的に海の男になるように磨き上げられてきたのだから。
だが、その天才をして勝てずに一番に立った男があの神通の提督なのだ。
「あいつの吸収速度は気味の悪いほどでした」
副提督は思い出すかのように瞳を閉じる。
「子どもが自転車に乗るために普通なら三輪車から慣らすなどするのをすっ飛ばして補助輪なしで自転車を与えられる。はじめはこぎ出すことなく倒れてしまうのに、一度でも自転車走らせてしまえばカンを取り戻すかのような速度で乗れるようになり、気がつけば段差を乗り越え悪路を走行している。あいつはそんなやつです」
「艦にある歴戦の司令官や艦長と戦ってきた記憶を参照し、変異種である彼女が変異種としての力でもって記憶通りの戦いかたで戦果を上げた。なんてことは」
「ありえないですね。あの動き方は海兵学校で彼が好んだ戦い方だ。しかもあの神通はそれを自然に行っているように見えます。提督もそう思われたでしょう?」
「ああ……だが建造したばかりの艦に戦い方をどうやって覚えさせたんだ」
訝しみながら、そして羨むように遠くの神通を見つめる。副提督は思う。自分の上に立つこの提督は新参の癖に頭角を表している例の同期に対して珍しく好意的な者だった。彼と同期で仲も良かったので、ここに配属されたことを感謝している。
例の変異種ばかりの艦隊から様々なところへと艦が派遣されていると聞く。そして同型艦で現在最高練度の艦と模擬戦を繰り返し、幾度もボロボロになるまで叩きのめす。最高練度という奢りを打ち砕かれ、限界と思っていた実力の上を示され、全体的な艦娘の地力が底上げされつつある。
まったくすごいやつだよ、と副提督は口の中で呟いた。
「私はあの神通が味方でよかったと思うよ。なんだあの火力は、重巡洋艦並みかそれ以上だ」
「艦娘は我々の思う艦のイメージが力を宿したものという考えがあると聞きます。神通は数ある軽巡洋艦のなかでも特筆されるべき戦果を持っている艦です。我々のそういうイメージが強くあの神通に宿ったのでしょう」
「ああ、なら納得だ。かの鎮守府の変異種はほとんどが武勲艦だったはず……先生方も興味津々に違いないな」
艦娘についてわかっていることは少ない。艦の記憶を持ち第一に国を守るということを信条とする少女たち、全員が全員目の覚めるような美少女。一般に知られているのはこのレベルである。
学者は艦のカウンセリングや妖精との対話を通じて艦娘の正体というものを探っているのだがなかなかに上手く行かない。何年もよくわからないままのために『深海棲艦とは艦娘の沈んだ後の姿』なんてことも囁かれたり『深海棲艦は地球が遣わした人間を滅ぼすための生物』だなんて都市伝説も広まる始末。そして艦娘、または深海棲艦を尊いものとした新興宗教団体も現れるなど混沌としつつある。
艦娘とは何か、それを知るための手がかりになるかもしれない例の艦隊の変異種たち。あの艦隊に目を向けているのは大本営だけではないのだ。
モニターを眺めてつつ思案していた提督がポツリと呟く。
「君も、そして彼も素晴らしい……新しい時代の波が来ているのかもしれないな」
「提督?」
「敵が再び集まっていると聞いた。偵察機の情報では今まで見たことのない艦が出てきているらしい。そんな中、彼が現れたのは偶然ではないだろう」
これは必然だよ、と提督は強く口に出した。
「敵艦隊前線泊地……これまでにない戦いになるな」
彼はパソコンに入っていた『改艦娘改装計画』と書かれたデータを呼び出した。この計画が順調に進み自艦隊の被害が少しでも減ることを祈る。そして、今まで聞いたことのなかった敵の泊地について聞いた副提督は目を見開いて冷や汗を一筋流す。
「来年の夏、覚悟しておけ」
副提督は上司のその言葉に敬礼を返すも、動揺した心は収まることがなかった。