艦隊にペットが増えた。猫に犬っころである。増えたペットの猫のほう、多摩ちゃんは今日はのんびりと出撃しにいった。朝起きたら枕元に無実のイ級がお供えされてたりしないかちょっと心配だけど流石にそれはないよね……ね?
後日起きた時枕元にあったのは小判だった、何があった。
「秋時雨……良い雨だね」
「そうね、落ち着くわ」
執務室等がある建物から少し離れたところ、木で出来た長い椅子に座って俺は時雨と古鷹に挟まれていた。晩秋の雨に頭上の和傘が打たれて音を立てる。古鷹の言うとおり、どこか気持ちが落ち着いてくる気がする。もしかしたら雨の音や周囲の風景からくるものではなく、物静かな時雨と穏やかな笑みを浮かべる古鷹に挟まれているからかもしれない。
時雨からぴょんと飛び出た犬の耳のような髪の毛は夕立のそれと同じくどういう原理かぴょこぴょこ動く。可愛い。
「止まない雨はないけど、もしこのままずっと降り続ければ僕は提督の隣に永遠にいられるのかな?」
「それはないだろ。この和傘引っこ抜いて執務室に帰るわ」
「……もう」
ぷくーっと頬を膨らます時雨、その白い肌からまるで餅のようだなと思い押してみたい誘惑に駆られる。二人っきりなら衝動に任せてやってたかもしれないけど古鷹もいるしやめておいた。古鷹みたいないい子に失望されたくないもんね!
時雨が肩にぽんと頭を当てる。前々から思ってたんだけど艦娘ってスキンシップが好きだよね。夕立とか突っ込んでくるし那珂ちゃんはハグしてくる。大丈夫? 提督は男だよ? オオカミさんだよ?
「気付いたら23隻もここにいるのかぁ、戦果をある程度評価してもらえて資源とか融通してもらえてるのもあって結構余裕があるな」
「そろそろ大型艦を狙った建造をするつもりですか? 加古を是非お願いしますね」
古鷹が加古を建造してくれと言うが、まあ俺の思い通りの艦が建造できるわけでもなく確約できない。一応、ここには俺にひっついてきてる妖精さんたちがいるし聞いてみるか。
「あはは、狙い撃ちは厳しいかな……な、妖精さん。古鷹がこう言ってるんだけど加古を建造できるかな?」
「ムリ!」
「ですよね~」
一回だけ建造するのを見学したことがある。資材を建造したい艦の出そうな割合で運び込んだ後、妖精さんたちが何やら唱えながらふしぎなおどりをするのだ。そしてピカッと資材が光ったかと思えば資材があったところには艦娘が瞳を閉じた状態で現れる。まるで意味が分からんぞ。
この眠っている状態で艦の記憶と人体のすり合わせとか色々あるらしいのだが、なんとバーナーで炙るとそれがすぐに終わって目覚めることが出来るらしい。人間に向かって汚物は消毒だ! をしているような気分で実際コワイ。なのでうちではバーナーを一切使用していません。
「白露とか扶桑、山城も頼むよ」
「だってよ妖精さん」
「ゼンショシマス!」
それ無理なやつだね。
「それにしても提督は人気者だね。僕が着任する前には神通さん、那珂ちゃんを派遣して今は鳥海さんか。提督自体にも演習のお誘いがたくさん来ているんでしょ?」
「そうだな。いやあ艦隊が強すぎて俺までそういう評価されちゃってるから肩身が狭くてね」
大本営からの熱烈なラブコールにガン無視するのも悪いので艦を派遣することでお茶を濁しているが、時雨を建造したことでまたうるさくなるだろうなあとは思ってる。「呉の雪風佐世保の時雨」と言われるほどにあの雪風に比肩した強運を持つ時雨はその艦歴もあってか歴戦の猛者なのだ。それが改二で現れて通常の時雨よりもすごいところを見せるのだから、同じく艦歴の割に通常の白露型と性能が変わりなかった夕立とは隔絶した素敵なパーティをする赤いおめめの夕立共々、大本営や他の鎮守府から少しでいいから貸し出してくれとせっつかれている。
「夕立一人じゃ心配だったけど時雨いるならなんとか教導もできるかな?」
「夕立ちゃんは興奮し過ぎると提督以外の言葉耳に入らないからですね」
「いや古鷹、案外俺のいうことも聞かないぞ?」
『敵をちぎってはポイ! ちぎってはポイ! ってするっぽい!』と言いながら一人鎮守府正面海域とは言え敵中枢まで進撃していったのを俺は忘れない。慌てて待機していた神通さんに村雨、敷波を出撃させたけれども笑顔でナニカを顔にこびりつかせ無傷で帰ってきた。こいつやっべぇと思った瞬間だった。だというのに『てーとくさん褒めて褒めて~』と言いながら無いはずのしっぽをぶんぶん振って突っ込んでくるのはいつもの可愛い夕立で、どっちが夕立の本質なんだと真剣に考え込んだ、五分くらい。
「夕立らしいね。でも大丈夫、僕はそんなことしないで提督のそばにいるから。提督に害する奴を出向いて倒すんじゃなくて大丈夫なように提督のそばで守り続けるよ」
「お、おう?」
「ね、提督。邪魔なひとがいたら僕達に言ってよ。提督に害するものは何であっても許さないから」
やだ、時雨さんの目がこわい。人の目を見て話せと言われても実際は目を逸らしてしまう。けど、この子はずっと俺の目だけを見ている。どこかに視線がぶれるなんてことをしないでずーっと俺の目だけを見つめている。
「もう時雨ちゃん、提督が困ってるじゃない。はい提督、時雨ちゃんだけじゃなく私のいいところも見て下さいよ」
こんどはぐいっと古鷹に頬を掴まれて顔を回される。痛くないような適度な動作だったのでほぼ自然に古鷹の顔を見つめる形になる。女の子特有の柔らかい手が頬に触れて、心地が良い。時雨に椅子においていた手をぎゅっと握られたのを感じ取ったが、それ以上に目の前の女の子の異なる色を放つ瞳に吸い込まれた。
綺麗だ、としか言えない。
「提督は重巡洋艦のいいところ、知りたくない……?」
「いいところって」
頬に手を添えられたままゆっくりと古鷹の綺麗な顔が近づいてくる。ほんのりと赤く染まった表情は俺の胸を高鳴らせて、近づいた顔の整ったパーツそれぞれが魅了してやまない。もうどうにでもなれ、と思考を放棄しようとし、そして背後から時雨にぎゅうっと抱きつかれて離された。
なんか取り返しの付かない一歩を踏み出しそうだったのを強引に引き戻されたが……な、なんなんだこれは一体どういうことなのだ!
「あら、雨がやんじゃいました。早いですね」
「今のうちに帰ろうか提督。僕と手を繋ぐかい?」
「あ、ああ」
重巡洋艦はヤバい、そう思いました。
※
「危なかったなあ、あのままだったら提督は……」
夜、僕は自室のベッドの上で枕に顔を埋めながら昼下がりの光景を思い出していた。古鷹さんは卑怯だ、そのプロポーションも立ち居振る舞いも確実に提督のツボを刺激してならない。余裕そうな表情を取り繕おうとして恥ずかしがっていたのも見てみれば提督を興奮させる要因になっていた。
僕、時雨もほかの駆逐艦に比べれば比較的頭身が高いし改装される前よりかは大人っぽくなったと自負しているけれども、やはり重巡以上と戦っていくとなると厳しい物がある。
「どうすればいいと思う?」
「時雨もちょっといいところアピールしたんでしょ?」
「けど古鷹さんの印象に比べたら……て、こら夕立。僕に残る提督の匂いを嗅がない! うわあ!」
スンスンと鼻を近づけさせていた夕立に押されて倒れこんでしまう。夕立はそれに構わず服をめくってまで匂いを嗅ごうとする。お風呂に入って着替えたから服をめくって嗅ぐのは正解だと思うけどもくすぐったい……っ!
お腹に夕立の鼻が触れてピクンと跳ねた。
「……それ!」
「はい?」
「へ?」
急に大きな声を出した村雨に、僕も夕立も反応した。
「いい感じいい感じ! やっぱ白露型は犬っぽさをアピールするべきよ! 時雨は犬、夕立も犬。今はいないけど江風も犬だし耳ない娘も犬耳付けましょ! きっと可愛いわ!」
それは君の趣味じゃないかな、と口に出そうとしてとどまる。夕立がなにか言おうとした気配があったからだ。
「江風は犬というか狐っぽい? てか村雨は犬っぽくないっぽい! 夕立たちと違うっぽい!」
夕立の言うとおりだ。江風の耳というか髪は細長くどちらかと言えば狐っぽい。にゃーって鳴くし……いや、ンなろーって言うか。でもたまににゃーって聞こえるし狐でいいや。
「金剛さんに聞いたけど雨模様の天気を英語ではcats and dogsて言ったりするらしいわ。雨の駆逐艦な私たちにぴったりなちょっといい言葉じゃないかしら?」
「わからなくもないかな?」
ま、犬耳つけるとなれば僕と夕立は関係ないし静観しておこうかな。そしてそんなことがあったのを半分忘れて数日がたった。出撃のために執務室へと歩いていたのだが、遠くから那珂ちゃんの声が響いてきた。なんだ、と思って耳を澄ませてみる。
「あーっ! 那珂ちゃんに許可無く犬耳つけてる! アイドルは猫耳って決まってるんだから外して!!」
村雨が上司に怒られていた。……怒るポイントそこなんだ、あとアイドルは猫耳って初耳なんだけれど。
「今決めたの!」
聞いたらそう言われた、さすが艦隊のアイドルだなあ。
nicom@n@さん誤字報告ありがとうございました。