十勇士 作:妖狐
「……やはりここへ来ましたか」
目の前にいる者……
それは、長い白髪を風で靡かせる蓮華……いや、久久能智神だった。
「何者だ!?」
騒ぎに駆け付けた信幸は、彼女の姿を見ながら怒鳴った。次の瞬間、久久能智は鋭く尖った木の枝を出し、それを彼に向けて放った。咄嗟に真助は彼の前に立ち、刀でその攻撃を防いだ。
「フフ……流石ね、真助」
「ここでは危険です。
場所を変えましょう」
「いいわ……」
不敵な笑みを浮かべた久久能智神は、木の葉を舞い上がらせてその場から姿を消した。
「……真」
「信幸様はここでお待ち下さい。
僕は、あれを片付けてきます」
刀を鞘に収めると、真助は城を出て行った。彼が出て行ったと同時に、雨が降り始めた。
「ん?雨か?」
上田の城の中……庭に出ていた鎌之介の頭に、一滴の雫が落ち、彼は上を向いた。同じようにして、大助も上を見た。
縁側に座っていた桜華は、降り始めた雨に目を向けた。彼女の傍へ来た青と空は、水滴を振り払うかのようにして体を激しく揺すった。
「うわっ!
もう!青!空!」
二匹に少々怒りながらも、桜華は二匹の頭を撫でて再び、降り続ける雨を眺めた。
森へ来た真助。目の前で木の葉が舞い上がり、そしてそこから久久能智神が現れた。
「フフフ……狙いは分かっているようね?
何故私が、あなたの元へ来たのか」
「この悪しき魂ですよね?君が狙っているのは。
君の考えは、ここで邪魔な僕を殺し悪しき魂を奪い、そしてすぐにでも桜華の元へ行き彼女を奪う……
合っていますか?」
「大当たりよ!大当たり!
あなたが持っているその魂は、伊佐那美を蘇らせるのに必要な鍵の一つなの。
里を襲い滅ぼさせた後、里を隈無く探したんだけど見つからなくてねぇ……そしたら、桜華が見つけたのよ」
「ラッキーと思った君は、優之介と桜華、さらに陸丸と椿をさらおうとしたが、さらうことが出来ずに終わった」
「その通りよ。
話が分かっているなら、早くその魂を渡しなさい。
そうすれば、真助……あなたの命は見逃してあげるわ」
「生憎、大事な娘も子供達も渡す気はありません。
欲しければ、奪ってみなさい」
足を構え鞘から刀を抜き、久久能智神を睨んだ。彼女はまた不敵な笑みを浮かべ、そして背後に無数の鋭く尖った木の枝を出し、彼に向かって放った。
“ドーン”
凄まじい騒音が、沼田城にまで響いた。戦闘服に着替えた信幸は、刀を腰に挿して城を飛び出し、森へ向かっていた。
(真助!!お前一人には、任せられぬ!!)
思い出す過去……
初陣、不安と緊張の中幼かった信幸は、震える手で刀の束を握っていた。
その時、自分の肩に手が置かれ信幸上を向いた。そこにいたのは、若い頃の真助だった。
『落ち着きなさい。
何、肩の力を抜いて稽古通りやれば良いんですよ』
『……』
真助は微笑みながらそう言うと、去って行った。その言葉を、信幸は一瞬たりとも忘れることは無かった。むしろそれは、彼が戦場へ出る際のまじないのようなものになった。
その時のことを思い出しながら、信幸は彼の元へと急いだ。
地面に刺さる無数の木の枝……その中、頭と腕から血を流す真助と、腹部と脚から血を流す久久能智神が、向かい立っていた。
「流石ね、真助。
蓮華の旦那であり、桜華の父親なのは確かね」
「ハァ……ハァ……」
手に力を入れた真助は、刀に雷を纏わせそれを勢い良く振った。久久能智神は避ける隙もなく、腕を切られた。そして刀に炎を纏わせ、それを勢い良く振り下げた時だった。
「真!やめて!」
「!?」
久久能智神の姿が一瞬、蓮華の姿に見えた……彼女の姿が目に映った真助は、刀の勢いを止めてしまった。その隙を狙い、久久能智神は勝ち誇った笑みを浮かべて、鋭く尖った木の枝を彼の腹部に刺した。
「ガハッ!」
口から血を吐き出した真助は、地面に膝をつき息を切らした。
「アッハッハッハッハ!!
やはり、あなたのその赤い目には蓮華の姿にしか映っていないようね!?私は!」
「くっ……」
「里へ着た時、桜華が言ったでしょ?
私はあなたが愛した蓮華でも妻でもない……久久能智神だと」
「……分かっています……それくらい。
けど……
その姿は蓮華その者……」
「……フフフ。
冥土の土産に良いことを教えてあげるわ」
「?」
「この体の持ち主であった蓮華は、里が襲われた日に死んだとされているけど……死んではいない」
「?!」
「私が眠らせたの。
残り僅かな命になっても、黄泉に逝くことを拒み苦しんでいる彼女を、深い深い眠りにつかせた……そして、そのまま体を私が奪ったの」
「じ、じゃあ……蓮華は」
「まだ、深い眠りについてるわ。
けど、目覚めたとしても……彼女がこの世に留まれるのは、せいぜい数分だけ」
蓮華は生きていた……話を聞いた真助の目から、大粒の涙が流れ落ちた。そんな彼の前に、鋭く尖った巨大な木の枝の尖端を、久久能智神は向けた。
「……蓮華(伝えたい……君に、ずっと言えなかったことを……
君に、伝えたいことを)
愛してるよ(桜華……
君も、愛してます)」
“ピチャン”
縁側に座っていた桜華の頭に、どこからか雫が垂れ落ちた。それと同時に、髪を結っていた紐が切れた。彼女は切れた紐を手で拾おうとした途端、結び目が解けまた切れてしまった。その時、湿った風が弱く吹き桜華の髪を靡かせた。
「?」
靡く中、桜華は微かに感じた……真助に撫でられた時と同じ感触を。
「……父さん?」
桜華の声をかき消すようにして、雨脚は強くなっていった。