十勇士 作:妖狐
そこに、久久能智神の姿は無かった……ただ彼は、目の前の状況に絶句した。
大きく空いた真助の腹部……辺りは彼の血で赤黒く染まっていた。
「真助……
真助!!」
上半身を抱き起こした信幸は、彼の名を呼び叫んだ。真助は、虫の息で最後の力を振り絞るかのようにして、自身の手を動かし上げた。上げてきた手を、信幸は掴み彼を見つめた。
「……カ……テ」
聞き取れない声でそう言うと、真助の手は信幸の手から力なく落ちた。
「……し……真助ぇ!!」
激しく降る雨の中、信幸は彼の体に伏せて泣き喚いた。
激しく雨が降る中、桜華は大助の部屋で青達と遊んでいた。空を相手にしていた鎌之介は、ふと彼女が下ろしている髪に目を向けた。
「なぁ、桜華」
「?」
「髪、いつもみたいに結わねぇのか?」
「結ってた紐が切れたから結えないんだ。
この際だから、父さんが来たら新しいの買って貰おうかなぁって思って」
「あれ、桜華のお気に入りだったのに平気なの?」
「あの結い紐、元々父さんが母さんとお揃いで買ってくれたやつだったんだ」
「そっかぁ!だからあんな大事にしてたのか」
「うん」
「真助の奴、早く来ると良いな!」
「うん!」
嬉しそうに、桜華は笑みを浮かべて頷いた。
数日後……
土砂降りの雨の中、黒い袴に身を包んだ信幸と部下が、上田城へやって来た。
信幸の気配に気付いた桜華は、期待に胸を膨らませながら、障子を開け外に出た。だが、背を向けた信幸の傍にはいつもいるはずの真助はいなかった。
「来られない用事でも出来たのかな……父さん」
傍にいた青に話し掛けながら、桜華は青の頭を撫でた。
数時間後、信幸は話を終えると城を出て行った。彼の後を桜華は追い駆け呼び止めた。
「ねぇ、父さんは?」
「……」
何も答えない信幸……彼は懐から何かを取り出すと、それを桜華の手に渡し黙ったまま去って行った。
呼び止めようとしたが、彼の背中を見た桜華は追い駆けなかった。ふと、手に渡された物を見た。それは青い結い紐だった。
「……これ、父さんの。
何で……
(何だろう……この、胸に引っ掛かるもの)」
胸に手を当てながら、桜華はしばらくその場に立ち尽くした。
その報せが、才蔵達に知らされたのはその日の夜のことだった。
「……し、真さんが……」
「……死んだ……」
耳を疑うかのようにして、佐助と才蔵は幸村の言葉を繰り返し放った。
「……昼間、信幸様が来たのって」
「彼の死を報せに……
兄上の話じゃ、久久能智神が彼を襲おうとし、それを阻止したのが真助だった。
久久能智神と戦うと言い残し、城を出て行き森で殺り合ったそうだ」
「そして勝てずに、そのまま……」
「そうだ……」
「……魂……
真さんが持ってた、あの悪しき魂は?!」
「恐らく奪われた。
兄上が持ってきた、真助の遺品にはその様な物は無かった」
そう言いながら、幸村は風呂敷に包まれた真助の遺品を見せた。
遺品の中には、折れた刀が布に包まれて入っていた。
「これって……」
「久久能智神と戦った際に、恐らく折れたのだろうと兄上が……
武田の右腕とも呼ばれていた男が、こうも無惨に……」
「……桜華には、何て」
「……」
黙り込む幸村……
才蔵達の後ろにいた六助は、ふと遺品の中にあった一冊の書物を手に取った。中を開いてみるとそこに書かれていたのは、あの悪しき魂と四つの勾玉についてのことだった。
「真助は、その悪しき魂について調べていたらしい」
「え?」
「この書物に自身が調べたことを、記している」
「何て書いてあんだ?」
「……伊佐那美は、器を封印され魂でしか動き回ることが出来ないとされている。
魂だけでは、身動きが取れない。そこで神々の力を借り自然を操る光坂一族の者の中へ入り、共に成長した」
「なるほど……
この事を、武田は知っていたから光坂は、彼にしか仕えなかったのかもしれん」
「他には何て書かれているんだ?」
「あ、はい。
後は、出雲大社についてですね」
「出雲大社?」
「出雲の地下には、古くから黄泉への扉があると言われています」
「その扉の向こうに、伊佐那美が?」
「はい。
扉の前には大岩があり、その岩にある五つの窪みに上の窪みに緑色の勾玉、下の窪みに赤い勾玉、左の窪みに黄色の勾玉、右の窪みに青い勾玉、そしてその中央の窪みに悪しき魂を嵌めた時、伊佐那美は蘇る」
「それが正しければ、桜華達が危ないぞ!」
「奴が再びここへ来るのも、時間の問題だな」
「警備を更に厳重にします」
「頼む。
鎌之介達には、明日話す。真助のことは」
「何やってんだ?桜華」
「!?」
甚八の声に、才蔵達は驚きすぐに襖を開けた。そこには、目に涙を溜めた桜華が立っていた。彼女は才蔵に話し掛けられる前に、その場から駆け出し去った。
「桜華!!」
「しまった……聞かれていたのか!」
「……何があったんだ?」
幸村達の方に顔を向けた甚八の目に、真助の遺品が目に入った。すると、傍にいたレオンはその遺品からある物を口に銜え甚八に見せた。
それは、真助が生前手首に着けていた青いブレスレットだった。
「……何で、こんな物がここに……
真助に何かあったのか?」
彼の質問に、佐助達は目を背け何も答えなかった。その中、才蔵は拳を強く握りながら言った。
「……死んだ」
「……は?」
「真さん……死んだんだ」
その言葉に、甚八は一瞬頭の中が真っ白になった。そして、手に持っていたブレスレットを落とした。
部屋へ入り、障子を閉める桜華……壁に背中を預けながら座り込んだ。
『真さんが……』
『死んだ』
佐助と才蔵の言葉を思い出した桜華は、目から大粒の涙を流し、一人静かに泣いた。
彼の死を悟ったのか、森にいた青達は空に向かって遠吠えをした。その遠吠えは、激しく降る雨の音に負けないくらい、どこまでもどこまでも鳴き響いた。