色々至らない部分があると思いますが、お楽しみいただければと思います。
「うわっ……」
「ん……?」
聞こえてきた悲鳴とともに、階段の上から箱が1つ落ちてくる。
あぶないなぁと心の中で嘆息しながら、落ちてきたのが人間よりましかと思い直す。
自分が拾いにいくのと同時に高身長、強面、三白眼と三拍子そろったスーツに身を包んだ男性が飛び出ていた中身を拾う。
入っていたのはガラスの靴。
御伽噺の中のシンデレラも同じような物を履いていたんだろうか。
男性がそれを拾っているのを横からちらりと盗み見る。
一見したに過ぎないが、どうやらヒールが折れているようなこともないし大丈夫だろう。
ここで自分ができることは特に何もなさそうだ。
上着のポケットに両手を突っ込みながら男性の隣をすり抜ける。
すみませーん、という声を背後に聞きながら目的の場所に足を進める。
が、聞き覚えのある声に気づき、途中でその足を止めた。
振り返って、男性に謝っている少女をじっと見つめる。
「うん。いい笑顔」
口角が上がる感覚を覚えながら、その笑顔に背を向けて再び目的地に歩き始める。
「ここで逢うべきじゃないからね。またの機会に……ね」
それは誰に向けての言葉だったのか。
その言葉は背後の2人に届くことはなかった。
「頑張るのはいいけど、無茶はダメよ」
「えへへへ……ごめんなさい」
トレーナーさんに窘められてしまった。
反省、反省。
でも、頑張りたい気持ちに嘘はない。
無茶はしないで、自分のペースで頑張っていこう。
そうしたら、いつか私も……
コンコンっ
「んぅ?」
「ん? 誰かしら」
トレーナーさんと一緒に顔を見合わせる。
今日は連絡が入っているお客さんの予定などなかったはずなんだけど。
何時だろうと思って時計を確認したら、調整中の貼り紙が貼り付けられている。
そういえば、まだ電池を交換していなかったんだ。
でも、今は学校が終わって少しレッスンしたぐらい。
日は高いし、もしかしたら新しいアイドルの研究生かもしれない。
そう思うと胸が高鳴った。
「失礼します。島村さんはいらっしゃいますか?」
「あっ、はーい」
鼓膜を揺らした声に違う意味で思わず笑顔がこぼれて立ち上がる。
この声は、まだデビューもしていない私の大事なファン1号さんだ。
本当はママとパパが1号2号さんなんだけど、家族を除いて初めてできた私の大事なファン1号さん。
「よかった。ちょっと早かったと思ったけどもう来てたんだね」
入ってきたのは赤いフレームの眼鏡をかけて、黒の帽子を被った男性。
処女雪のように白い肌、帽子からはみ出ている髪もまた美しい白色。
片手には折りたたみ式の日傘を持っていることもあり、初めて会ったときは男性なのか女性なのか区別がつかなかった。
中性的で端正な顔立ちをしているのも、性別がわからないことに拍車をかけている。
この男の人は悠(ゆう)くん。姓のほうはあいにくと私にはわからない。
でも、名前で呼び合う仲なので別段不便はしていない。
「はいっ! この間のシンデレラライブをみたら気合入っちゃって」
「そう。トレーナーさんもお久しぶりです。卯月ちゃん、頑張ってるみたいですね」
「そうね。でも、今さっき無茶をしないように言い聞かせていたところよ」
「えへへ……」
少し恥ずかしくなりながら頬を掻く。
「頑張るのはいいことだけど、トレーナーさんの言うように絶対無茶はダメだからね」
「はぁい」
そう言って頭を撫でられる。
くすぐったくて目を細めるが、嫌じゃない。
むしろ、お兄ちゃんがいればこんな感じなのかなぁと安心感すら覚える。
前にチラッと訊いたことがある。
どうやら同じ年齢らしいけれど、悠くんはそれを感じさせないぐらい大人びている。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「まあ、気まぐれみたいなものかな。時期的に、もうそろそろじゃないかと思ったところだし」
「? もうそろそろ?」
「ん? ああ、あまり気にしないでいいよ」
悠くんはたまに不思議な独り言を言うときがある。
あとは不思議な予言もしてくれる。
「卯月ちゃん。たぶんだけど、もうすぐ君をスカウトしてくれる人が現れるんじゃないかなって思う」
……今のように。
真剣な眼差しで私の目をまっすぐ見て続ける悠くん。
「その人の手を取るかどうかは任せるよ。取るにせよ、取らないにせよいつかデビューできると思うけどね」
「わかりました。でも、どんなことがあっても私は私です! 島村卯月、頑張りますっ!」
私の答えに満足したのか、ふっと笑いながら、また私の頭を撫でてくれる。
それに少し驚きながら、髪を撫でる感触に身をゆだねる。
悠くんはめったなことがないと笑わない。
この人とかかわってから長い時間は過ごしていないが、本当に笑うことが少ない。
――あまりこの世界に興味がないから。でも、約束してしまったから。
あんまり笑いませんね、と苦笑気味に軽く問いかけてしまったときの答え。
何を約束したのか、なんで世界に興味がないのか。
色々訊きたいことがあったが、神妙に、そしてどこか寂しそうに笑う悠くんにそれ以上踏み込むことはできなかった。
でも私は、絶対に優しい人だと思う。
無表情な鉄面皮では決してない。
だって、会って間もない私に色々アドバイスもくれるし、雰囲気はいつも柔らかいから。
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。伝えたいことは伝えたから。差し入れはここにおいておくね。事務所の人たちの分もあるから、また食べておいて」
「すみません、いつもありがとうございます」
「いいよ。好きでやってることだから」
――じゃあ、またね。
律儀に差し入れをテーブルにおいてから、すぐに悠くんは帰っていった。
もっとゆっくりしていってくれてもよかった思う。
お話もしたかったし、お茶でも入れればよかったかもしれない。
本音を言うと、ダンスレッスンも悠くんに見てもらいたかった。
「よしっ。悠くんに応援してもらったし、島村卯月もっともっと頑張りまーす!」
「あはは。じゃあ頑張ろっか、卯月ちゃん」
「はいっ」
気合を入れなおしたところで、またドアが開く音が響く。
悠くんが忘れ物でもしたのかな?
軽くそう思いながらも、私は柔軟体操を再開する。
「んぇっ!?」
私の背中からトレーナーさんの悲鳴が……
おそるおそる視線を上げた先には、スーツ姿で熊みたいに大きな男性が一人。
凛々しくてこれぞまさしく男性!というような風貌だが、三白眼のせいでちょっと怖い。
夜道で出くわしたら私は絶対に逃げると思います。
「島村卯月さんですね?」
「えっ? わ、私ですか?」
見知らぬ男性が私の名前を知っている。
でも、私にはこの男性に心当たりはない。
答える声が震えたのは許して欲しい。
「はい。私、346プロダクションの武内と申します」
名刺を取り出してから渡してくれた。
そこには346プロダクション、シンデレラプロジェクト、プロデューサーの文字が……
「どうして、346みたいにおっきなプロダクションのプロデューサーさんがここに?」
「シンデレラオーディションに島村さんもお受けになられたと思いますが、欠員が3名出てしまいまして……」
「もしかしてですけど、そのプロジェクトに私が……?」
「はい」
起きたことがあまりにも現実離れしすぎていてうまく理解できない。
呆然とした頭に響くのは先ほどの悠くんの言葉。
――もうすぐしたら君をスカウトしてくれる人が現れるんじゃないかなって思う。
本当に、不思議な人だ。未来でも見えてるんじゃないかとも錯覚する。
目の前のプロデューサーさんの手をとれば、私は念願のアイドルデビューができるかもしれない。
なら、私はこのチャンスは逃しちゃいけない気がする。
それに……私は彼に背を押してもらっている。
私の答えは、もう決まっていたも同然だった。
「ハナコ! もう、何処行っちゃったんだろ。いつもはおとなしいのに」
考え事をしていた一瞬の隙をつかれて、ハナコに逃げられちゃった。
もう、あれもこれも全部わけのわからないあの男のせいだ……
――アイドルに、興味はありませんか?
脳裏に響く声。
興味なんて……ない。
私はどうせ何も変わらない毎日を生きていくだけだ。
そう、世の中なんてつまらないだけ。
ワンッワンッ
思考の海に沈みかけていた私の耳に聞きなれた鳴き声が届いた。
「ハナコ!」
探していた愛犬の声は向かい側の公園からだ。
すぐに道路を横切り、桜の花びらが舞っている公園に入る。
「えっ」
ハナコはすぐに見つかった。
自分が飼っている愛犬の姿を見間違うはずもない。
問題はそこじゃない。
あまり人に懐かないはずのハナコが、ベンチに座っている人の足にすごい勢いでじゃれついてる。
あそこまで尻尾をぶんぶんと振り回しているのを見るのは、ずいぶんと久しぶりな気がする。
「どこから来たのかな? リードがついてるってことは、飼い犬なんだろうけど」
その人はさしていた日傘を脇にたたんでから、ハナコを抱き上げて膝に乗せる。
やさしくその頭を撫でる姿は様になっていて、なんていうか、すごい絵になっていた。
周りの喧騒が遠くに聞こえるぐらいに、私はその光景に見入ってしまっていた。
「そっか、君が……なるほど。君の飼い主さんも、かわいい子なんだろうね」
ワンッ
何かに気づいたようにつぶやいた言葉。
それにまるで返事をするかのように、ハナコが答えた。
そんなやり取りを見守っていたが、いつまでも立ち尽くしているわけにも行かない。
私は近寄ってその人に声をかけた。
「あの、すみません。うちの犬が迷惑かけちゃったみたいで」
「ん? 君が飼い主さん? この子のいってたとおり美人さんだね」
ワンッ
また返事をするようにハナコがほえた。
恥ずかしくて頬が紅潮するのを感じる。
初対面でいきなりそんなことを言われるのはさすがに恥ずかしい。
それにしても、なんで最近の私の周りはこんな人ばかりなのだろうか。
いきなり褒められたり、アイドルにならないかと誘われたり。
少し辟易とする……でも、純粋に褒められる分にはうれしいんだけど。
「何か悩んでる? せっかくの美人さんが台無しだよ」
どうやら、顔に出てしまっていたらしい。
「こんなおじさんでよければ相談に乗るよ……ってこれじゃ変質者だね」
「おじさんって、あなたはそんな歳にはみえないんだけ……ですけど」
「まあ、歳は近いと思うけど精神年齢診断で50代だったんだよね~。あと敬語じゃなくてもぜんぜんダイジョブだよ」
敬語じゃなくていいのは正直助かる。私は結構そういうところが苦手だ。
初対面の奴に相談するのは自分でも変だと思うけど、この人なら頼ってもいいと思わせる不思議な感覚がある。
「じゃあおじさんを自称するならだけど、世の中って楽しいと思う?」
「いきなりだね……君みたいな歳でもう枯れちゃってるんだ」
「枯れてるって言うな」
「ごめんね。うーん、そうだねぇ……卯月ちゃんのほうがあれだったから、こっちにももう来てるのかな?」
後半は何かわからない言葉を呟いていたが、小さかったので聞き取れなかった。
あごに手を当てながら、目を閉じて思案顔になる自称おじさん。
十数秒あれこれ考えをまとめていたようだが、閉じられていたその双眸が私に向けられる。
「今が楽しくないと思ってるのは、たぶんその世界しか知らないからだと思うよ」
「世界を知らない?」
「うん。たとえば君はまだ学生だと思うけど、学生っていう世界しか知らないんじゃないかな? 仮に自分が就職したときのこととかって、ほわっとしか思い浮かべられないでしょ?」
「……確かに」
「だから例えばだけど、未知の世界へ踏み出すきっかけがあるんだったら、その手を掴んでみたらいいんじゃないかな?」
君はまだまだ若いんだしさ、と付け加えられる。
「それは、あんたもいっしょでしょ」
「……そう、だね」
「?」
「んーん、何でもないよ。気にしないで。話が逸れちゃったけど、そういうチャンスがあるんだったら飛び込んでもいいんじゃない? じゃあ、そろそろ行くよ。春先とは言っても、この時期はまだ日が暮れるのが早いから……ごめんね。いつかまた会おっか、賢いわんちゃん」
ハナコと一緒にその人はリードを渡してきた。
――もう逃げ出しちゃだめだよ。
ハナコの頭を一撫でしてから日傘を開く。
「あのっ……あんたの名前は?」
私は自分でも気づかないうちに呼び止めていた。
なんとなくだけど、名前を聞いておかなきゃいけないような気がしたから。
「名前……」
逡巡しているように思えた。
言いよどむようなことあったかな、名前を聞いただけなんだけど……
「悠、とでも呼んでくれたらうれしいかな」
「悠。ゆう」
「じゃあ今度こそ行くよ。渋谷凛ちゃん、ハナコちゃん。いずれまた機会があれば」
「えっ。あっ、うん」
私の返事も聞かずに悠は日傘をさしながら公園をあとにした。
それにしても私、自分の名前言ったっけ?
不思議な人、だったなぁ。
たぶん男なのに日傘をさしてるのは珍しいと思う。肌とかが弱いのかな。
髪の色も真っ白だったし。
この時期だからまだ納得はいくが、長袖から見える手首の先も真っ白だった。
女としてのプライドが傷つけられそうなぐらい、美人という表現が似合っている気がする。
いずれまた機会があれば、か。
あれだけ目立つ格好をしてるし、いつかまた会えるかもしれない。
すれ違ったとしても、あれだけ印象が強い奴だし見間違えないだろう。
悠に言われたからじゃないけど、少しはあいつの話を聞いてやってもいいかな。
私は、そう思い始めていた。
後日、私はキラキラした笑顔を見せる女の子に出会った。
名前は島村卯月。
純粋にアイドルにあこがれる、本当に御伽噺に出てくるようなシンデレラみたいな女の子。
興味があった。なんでこの娘はアイドルに興味があるんだろうって。
少しでも知ることができたら、私も何か変われるかもしれないから。
だから思い切って訊いてみた。
「卯月はさ、なんでアイドルになりたいの?」
「正直、私もアイドルがどんな仕事をしてるのかっていうのはわかっていないんです。でも、私がまだアイドルになっていないのにファンになってくれる人が一人いたんです。その人に背中を押してもらったから。そして、私もずっとキラキラしたいと思っていたから、ですかね」
「そう、なんだ」
「わかりにくくてすみません。私もどう言葉にしたらいいかわからなくて」
「ううん。ありがと」
憧れているのにうまく言葉にできないものなんだ……
なりたい理由なんて人それぞれだと思うけど、私も卯月みたいに輝けるんだろうか。
悠が言ってた未知の世界への扉。今回で言えばアイドルへの扉。私に開けることができるかな。
もう一度卯月に視線を移す。桜の花を握り締めながら浮かべた卯月の笑顔。その笑顔に見惚れてしまった。
――私も、こんな風に輝きたい。
一晩じっくり考えた私は、扉を開ける道を選んだ。
これからよろしくね、卯月。それとプロデューサー。