死にたがりとシンデレラ   作:いおな

2 / 7
2話

「うわぁ、まるでお城みたいですねぇ」

「さすがは大手って感じだね」

「美城ってこういう字を書くんですね」

 

 仲良さげに話しながら、目の前を二人の少女が通り過ぎていく。

 美城プロに来た興奮のせいか、それとも今日は違う日傘をかけているからか。

 二人が自分に気づくことはなかった。

 

 色々おせっかいをやいてしまったが二人共……いや、三人全員がここに無事来てくれた様で胸をなでおろす。

 スポーツバッグを肩にかけた、快活そうな茶髪の少女も通り過ぎていく。

 

 この世界には、修正力というのでもあるんだろうか。

 自分のようなイレギュラーがいたとしても、ほぼ事前知識と同じようにこの世界は回っている。

 では、自分がいなくなったときの影響はどうなるのだろう。

 考えても詮無きことか……一応はこの物語の最期までみると約束してしまったから。

 

「まあ、今はなんにせよ。御三方、ようこそ美城プロへ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、珍しいね。久遠くんがここに来るとは……」

 

 新館のエレベーターで、美城プロアイドル部門の今西部長とばったり会ってしまった。

 この流れだと確か、先ほどの三人が一緒のエレベーターに乗っていたはず。

 面倒なイベントは避けておきたかったのだが、仕方ない。

 ここで引き返しても変な目で見られるし、このまま居座ることにしよう。

 

「おはようございます、今西部長。CPのメンバーが揃ったと聞いたので、顔でも見に行こうかと思いまして」

「ほほっ。では、30階でいいかね」

「いえ。いきなり押しかけるのもご迷惑だと思いますので、まずは武内さんに声をかけてからにしようと思っています」

「君の場合は、そんなことを気にしなくてもいいと思うがね。では、22階に武内君がいるからそこでいいかね?」

「はい。お願いします」

 

 いつもの柔和な笑みを浮かべながら、ボタンを押してくれる。

 会話が一段楽したので、エレベーターの壁に背を預けて帽子を目深に被る。

 親の七光りとはいえ、このアイドルという世界に長くいすぎたのかもしれない。

 自分で言うのもなんだが、世間の認識としては自分はトップアイドルらしい。

 そして、そのトップアイドルというのは少なからず影響力がある。

 それが所属しているプロダクション内でも同じことだ。

 楓さんや美嘉など、自分と交流のあるアイドルは良くしてくれているが、初めて会う人間はそうもいかない。

 特に新人アイドルはそれが顕著だ。

 

 新人アイドルは"久遠"という存在にあこがれてアイドルになるという子も少なくはない。

 会ったこともない存在の久遠という偶像(アイドル)。

 憧れの存在が目の前にいるとなると、何かしらのアクションを起こすものだ。

 

 今いるのは頻繁に出入りすることのない新館。

 部署が違うので仕方のないことだが、会ったことのないアイドルはここにはたくさんいる。

 実際何人か集まっていた状態のCPの子達には挨拶にいけていない。

 

 なぜ自分が所属している場所で気を回さないといけないのか。

 肩身が狭い。

 

「何階かね?」

「えーっと……」

「30階です」

「うわぁ! どぅどうどお!」

「これは失礼!」

 

 未央ちゃんが閉まる扉に挟まれるというハプニングはあったが、自分がここにいること以外は原作通り。

 アニメで見た分には痛そうに思わなかったが、間近で見るのではやっぱり違う。首をさすっているし、かなり痛そう。

 未央ちゃんの行き先は自分と同じ22階のようだ。

 そういえば、一人だけ違う階で降りていたか。

 

 一瞬の圧力が全身にかかり動き出す。

 敷地内に多くの高層ビルを保有していることもあり、どのエレベーターも高速エレベータを使用している。

 色々な芸能活動で成功しているだけのことはあって、そういった設備に割り振れる金額も多いのだろう。

 時は金なり、を会社の隅から隅までで体現しているようなプロダクションでもある。

 

 すぐに目的の階に到着する。

 "開く"のボタンを押してくれている今西部長に目礼してから降りる。

 あまりここに来たことはないが、武内さんの部署の位置は把握済みだ。

 といっても、今日でその部署も30階に移動となる。

 

「ねぇ、あなたもCPのメンバー?」

 

 未央ちゃんが背後から話しかけてきた。

 歩いていく方向が同じなのだから、彼女がそう思うのも仕方ないのかもしれない。

 あと、容姿のせいもあいまってかよく女性に間違われることがある。

 

「ここの関係者ではありますが、CPのメンバーではありませんね。少し、担当のプロデューサーさんに用があったので来たんですよ」

「そっかぁ、残念。一分でも早くみんなに会いたかったんだけどなぁ」

「……今日の内には皆さんに会えると思いますよ?」

「そうなんだ! 私たちの予定を知ってるってことはあなたもプロデューサー?」

「残念ながらプロデューサーではありませんね。裏方でサポートしていきたいとは思っていますが」

 

 プロデューサーだったら自分もスーツをビシッときめているでしょうし。

 まあ、着たとしてもスーツに着せられている感が否めないでしょうが。

 

 話しているうちに武内さんの部屋の前だ。

 ノックを三回して返事を待ってから入室する。

 

「失礼しまーす!」

「失礼致します」

「本田未央! 本日付でCPに参加させていただきます! よろしくお願します!」

「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 僕を見て驚いた顔をしていたが、それも一瞬のことだった。

 あまり感情を表に出さない人なので、いたずらが成功したみたいで少し嬉しい。

 

「それで、悠さんはどうしてここに?」

 

 "久遠"と呼ばないあたり、武内さんの配慮を感じる。

 久遠という名前のネームバリューはそれなりにあるため、避けてくれるのはありがたい。

 

「おはようございます、武内さん。CPのメンバーが揃ったと聞いたので、挨拶でもと思ったんですけど」

「そうでしたか。しかし、困りました。一応全体ミーティングは予定しているのですが、午後からにしようと思っていたもので」

「あ~、なるほどです。少し、先走ってしまったようですね」

 

 本当は知っていたのだけれど。

 一連の流れが変わっていないか確認しにきました、とは万が一にも口には出さない。

 

「すみません。来られるのであれば、こちらの予定を連絡しておけばよかったですね」

「こちらが早まっただけですので大丈夫ですよ。ミーティングは30階のCPの部署ですか?」

「いえ、午後に皆さんにとっては初めての仕事がありますので、そちらで済ませようと考えています。今日来ていただいた本田さん含め、三人の方以外にはすでに直接現場に行ってもらう形をとっています」

「わかりました。では、また午後にでも伺わせてもらいます」

「お願いします」

「ねぇ、プロデューサー。悠さん、だっけ? 悠さんは何者なの?」

 

 会話についていけず、置いてけぼりを食らっていた未央ちゃんが尋ねてくる。

 

「プロデューサーじゃないってさっきは言ってたし、かといって事務員って感じもしないし。あ、もしかしてアイドルやってるとか?」

 

 本当に元気な女の子だ。

 自分に疑問が生まれたら、解決しないと納得がいかないタイプなのだろう。

 

 どうしましょう、といった視線を武内さんから向けられる。

 未央ちゃん一人なら名乗ってもいいかと思ったが、結局挨拶に行くので二度手間になるという理由で却下。

 ここは適当に煙に巻いておくのが得策か。

 

「未央ちゃんの言うとおり、一応アイドルやらせてもらってますよ。だからほんの少しだけ先輩になるね。でも、ここは女の子の比率が高いアイドル部門だから、個人的には肩身が狭いんだけどね」

「あ~、そうなんだ! これからよろしくお願いします、悠さん!」

 

 非難めいた目でこっちを見ないでください、武内さん。

 なんで自分がアイドルになっているのか、逆にこっちが訊きたいぐらいです。

 それもこれも、元を辿れば母さんのせいだ。

 

「うん、よろしくね……では、武内さん。これからあとの二人を迎えに行くんですよね。僕はお邪魔でしょうし、失礼します」

「はい。では午後にまた」

 

 ピクリと眉が上がったのを見るに、なぜ知っているんだと言ったところなのかな。

 そう思われるのも仕方のないことだけれど、何回かもうポカしているところもあるし今さらだろう。

 あと、これぐらいで気づかれるとは思っていないし、些細なことと流しつつ退室する。

 杏ちゃんあたりならすぐに気づいてしまうかもしれないけれど。

 それに結局気づかれたとしても、あと一年だけだから大丈夫。

 

 今日の予定に関しては、本当に何も変わっていなさそうだ。

 確認はすんだけれど、一気に手持ち無沙汰になってしまった。

 どうしよう。

 カフェで菜々さんとお話してもいいし、夏樹さんのギターを聞くのもいいかもしれない。

 といっても、この時間に彼女たちがいるかどうかはわからないか。

 無難にこのあとの三人のレッスンでも見に行こうかとも思うし悩みどころだ。

 

 適当にぶらぶらして午後まで時間潰そうかな……

 美城プロはカフェやエステ、なんでもござれの複合施設だ。

 アイドルに自分を磨かせることを惜しまない。いくらでも、時間を潰すところはある。

 今日は何処にお世話になろうか考えつつ、エレベーターのボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 

 時刻は変わって夕暮れ時。

 新館のフロントに、きれいなソプラノボイスが響いた。

 

 視線を向けると、美城プロのアイドル部門立ち上げとほぼ同時期にアイドルになった高垣楓さんがいた。

 元モデルの楓さんも、今や世を騒がすトップアイドル。

 泣き黒子が特徴で整った外見をしているが、結構な酒豪であり親父ギャグが好きとなかなかに濃い人でもある。

 一部ではその子供っぽい言動のギャップから、25歳児などとも呼ばれているようだし。

 それでも、ひとたびステージに立つとその歌声でファンを魅了してやまない。

 その楓さんが今日の仕事を終えたのか彼女のプロデューサーと別れてこちらにやってくる。

 

 ちなみに今新館にいる理由は、武内さんと合流するためだった。

 いきなり宣材写真の現場に行くわけにも行かないし、そもそも場所を聞いていなかった。

 連絡を取ってここで合流したのがついさっきの出来事。

 わからないこともなかったのだけれど、また変に思われるのも避けたかったので脳内会議でその案は否決された。

 

「おはようございます。プロデューサー、久遠くん」

「おはようございます」

「おはようございます、楓さん。今日はもう上がりですか?」

「ふふっ、そうなの。今日のお仕事はスイーツのコメンテーターだったんだけど、もう当分、糖分はいらないかしら」

「あはは、おかわりないようでよかったです」

「久遠くんは?」

「CPのメンバーが揃ったと聞いたので、このあと顔を見に行こうかなと思ってます」

「それは素敵ねぇ。私も一緒に行ってもいい?」

「楓さんが来たら、みんな驚きすぎて魂が抜けちゃうかもしれませんよ?」

「それは困るわね。でも、久遠くんが行っても同じだと思うわ」

「美城では肩身の狭い、男のアイドルが見に行くだけですよ」

「……久遠くんはもっと自分の価値をわかったほうがいいわね」

 

 やさしく帽子の上から頭を撫でられる。

 子ども扱いされているようで釈然としないものがあるが、この人はどうも憎めない。

 でも、最後の抵抗とばかりに少しだけ恨みがましい視線を向ける。

 

「一応僕も高校生なので、子ども扱いされるのはあれなんですけど」

「あら、ごめんなさい。でも、弟がいたらこんな感じかなって、いつも久遠くんをみていたら思うの」

 

 それじゃあね、とウィンクひとつ残し、楓さんは行ってしまった。

 

 まだ頭には触れられた感覚が残っている。

 本当に何かと楓さんには勝てない気がする。姉さんにどこか似ている雰囲気なのも理由の一つかもしれない。

 

「プロデューサー!」

 

 生前の記憶に占められていた意識が、未央ちゃんの声によって引き戻される。

 興奮気味に走ってきているのは彼女だけではない。

 卯月ちゃんや凛ちゃんの目も未央ちゃんには及ばないまでも、輝いているのが見て取れる。

 やはり、新人アイドルからすれば"高垣楓"というのは特別な存在のようだ。

 

「ねえねえ! プロデューサーってあの高垣楓と知り合いなの?」

「ええ」

「すごいです!」

 

 感嘆の息が三人の口から漏れる。

 同性からもここまで一目置かれる楓さんは本当にすごいと思う。

 

「悠さんもさっき頭撫でられてたよね!? ねえねえ! どういう関係なの?」

「えっ? 悠くん?」

「悠?」

 

 今気づきましたと言わんばかりにこっちを見ないでください。

 前にあったときと違う格好をしているけれど、帽子を深く被っているせいかな?

 楓さん、美嘉、川島さんなど、それなりにかかわっている人には普通にわかってもらえるからいいけれど。

 

「久しぶり……ってほどでもないかな? まあいっか。卯月ちゃん、凛ちゃん。ようこそ美城プロへ」

「悠さんって美城プロの人だったんですか!?」

「あんたもプロデューサーなの?」

 

 今日これを訊かれるのも二回目だなぁと苦笑する。

 

「未央ちゃんにも同じこと訊かれたけど、プロデューサーじゃないよ。何かとみんなをサポートできたらとは思っているけどね」

「そんなことより、悠さんとプロデューサーは高垣楓とどんな関係なの!?」

「……同じ事務所ですから」

「武内さんと同じく、かな。そんなことよりも……」

「遅刻ですね」

「遅刻だね」

 

 ぴったりとセリフが被った。

 

「すみません。寄り道して、遅くなっちゃいました」

「えへへへ……」

 

 ごまかすように笑ってもダメだよ、未央ちゃん。

 

「きつい言い方になるかもしれないけど、アイドルは時間厳守だからね。遅刻一つで仕事がなくなるってこともあるし、何より信用問題だから。これからは気をつけたほうがいいかな」

「はーい……」

 

 三人とも反省はしているようなので、今後はこういったことも無くなるだろう。

 

「では、そろそろ行きましょう。他のメンバーを紹介します」

 

 武内さんも彼女たちが反省しているのを見て満足したのか、移動を促す。

 これから部署を共にし、一喜一憂する仲間に会うのが本当に楽しみだったのだろう。

 暗い顔から一転。笑顔になるみんなに微笑ましいものを感じる。

 

「同時にみなさんにとって、初めての仕事を行ってもらいます」

「え?」

「みんなのPR写真を撮るのが、今日のお仕事だよ。宣材写真ってやつかな」

 

 道すがら内容について説明する。

 

「CPのHPなども作りますので、個人個人の写真が必要になってくるんです」

「ああ、なるほど」

「悠も撮ったことあるの?」

「あるよ~。アイドルは誰もが通る道だからね。緊張するかもしれないけど頑張ってね」

「う~、何かわくわくしてきた!」

「私は緊張してきました……」

「私も……」

「では、ここで撮りますので。中へどうぞ」

 

 一歩スタジオ内に入ると、結構広いスペースが広がっている。

 壁は白く、セットを半回転に取り囲むように照明が設置されている。

 まさにスタジオといった場所に立ち入ったので、テンションのあがる未央ちゃんと卯月ちゃん。

 

 照明に照らされているのは、ピンクのハートのセット。

 ハートの真ん中の部分は人が一人分座って入れそうな空洞がある。

 左下の部分に"I ♥ MIKA"の文字が装飾されているところを見るに、カリスマJKの撮影だと予想できる。

 おそらく美嘉も、ここに来ているのだろう。

 CPのみんなに挨拶をしたら、顔を見に行ってもいいかもしれない。

 

「このセットで写真を撮るんですか?」

「いえ、こちらです。他のメンバーはもう撮影を始めています」

 

 どうやらこのスタジオと隣接しているところで撮影しているようだ。

 今は先を歩く武内さんの背中を追うことしよう。

 

「あれあれぇ?」

「あ、もしかして残りのメンバー?」

 

 長身の女の子、諸星きらりちゃん。

 そしてCPでは1番のお姉さん、新田美波さんが真っ先に入ってきた自分たちに気づく。

 二人の声に反応してCP全員の目がこちらに向けられる。

 

「ねえねえ! お姉ちゃんたちってCPの仲間?」

「はい!」

「そうだよ」

 

 早速近づいてきた赤城みりあちゃんに優しく返す卯月ちゃんと未央ちゃん。

 みりあちゃんはCPでは1番年下で、まだ小学生だ。

 歳相応に快活な少女で、未央ちゃんとはまた違うベクトルの元気いっぱいの女の子。

 卯月ちゃんたちの返事に隣の金髪の少女と手を合わせて喜び合う。

 

 ここからCP全体の自己紹介が始まるんだった。

 自分は部外者なので終わるまでは、武内さんの陰に隠れさせてもらおう。

 

 みりあちゃんたち年少組から始まった自己紹介も最後に加わった卯月ちゃんたち三人で終わる。

 これで、やっとCPのメンバーが揃ったことになる。

 

「以上、14名がメンバーになります。CP、ついに始動です」

 

 心なしか、武内さんの声にも力が入っているように見受けられる。

 それも当たり前のことか。

 武内さん自身がひとりひとりの笑顔に魅了されて、全員彼が選んできたメンバーなのだから。

 その思いもひとしおだろう。

 

「それで、みなさんにお一人紹介したい人が……」

「あれぇ? なんだかにぎやかだねぇ? 何の集まり?」

 

 場が落ち着いたところで武内さんが一声かける。

 しかし、それに被せられるかのように一人の少女がスタジオに入ってきた。

 

「って、そこにいるのって久遠? なぁにしてんの? こんなとこで」

「……はぁ」

 

 武内さんの背中に隠れているということは一番出入り口から近い。

 スタジオに入ってきた美嘉からすぐに見つかってしまうのは当然の帰結か。

 

 メンバーが揃って熱せられていた空気がまだ冷めきっていないというのに。

 興奮の熱が、"城ヶ崎美嘉"の存在と"久遠"という単語のせいで再熱しはじめた。

 これから起こってしまうであろう展開に、鬱屈とした思いを抱きながら眼鏡と帽子を取って武内さんの陰から出る。

 

 あっ、と息を飲んだのは誰の声だったのだろう。

 

「はじめましての人ははじめまして。CPのみなさん。一応アイドルやらせてもらってる久遠です。これから何かと大変だろうけど頑張ってね。サポートできることがあったらさせてもらうから、気軽に声かけてね」

「イヤ、久遠に声かけられるのってごく一部の人だけだと思うけど」

「そんな一目置かれるような存在じゃないよ、僕は」

 

 一連の美嘉とのやり取りの最中も誰も声を発さない。

 莉嘉ちゃんだけはニコニコと笑っているが、他のメンバーは水を打ったように静まり返っている。

 

「美嘉は撮影?」

「うん! で、隣からにぎやかな声がするなぁって思って来てみたら、久遠とこの娘たちがいたってわけ」

 

 ここでやっと混乱から抜け出したのか、莉嘉ちゃんを除くCP全員の悲鳴が木霊した。

 

「あれ? 悠くんが久遠さんで、久遠さんが悠くん?」

「あの城ヶ崎美嘉と親しげ……ってことはやっぱりあの久遠?」

「だから名前教えてくれるときに渋ってたんだ……」

 

 反応はさまざまだが、理解してくれたようでなにより。

 

 というよりも、今は個人的にCPどうこうよりも美嘉の格好をどうにかしたい。

 健全な男の子としては目のやり場に困る……男の子といっても中身はもうおっさんだけど。

 ホントに布のほうが面積が少ないってどういうことなの。

 背中なんかほぼ肌だけだし……スタジオ内とはいえまだ春先。

 風邪でも引いたら今後の仕事に関わるし、着ていた上着を被せる。

 

「目のやり場に困るから着て」

「ん~? 久遠ってば照れてる? アタシの魅力にめろめろだったりして?」

「そうだね~。めろめろだよ~」

「そんな棒読みで言われたら悲しくなるんだけど……でも、ありがとっ」

 

 にひひっとうれしそうに笑う。

 不意に見せる笑顔は卑怯だと思います。

 

 カリスマJKと仲がいいことに驚いたのか、目を丸くしているメンバーがうつる。

 同じ部署ってこともあるけど、たぶん一番長い時間を美嘉と過ごしているし、この距離感に特に違和感はない。

 

「それで悠……じゃなかった。久遠……さんはどうしてここに?」

 

 いち早く混乱から立ち直った凛ちゃんが尋ねてきた。

 その疑問ももっともだよね。

 

 隣から「あんたまた偽名使ったの?」と言いたげな美嘉の視線が突き刺さる。

 でも、あながちこの名前も偽名というわけでもないんだけどね。

 

「初めてあったときも言ったけど、別に敬語じゃなくていいからね。タメ口で大丈夫だよ」

「それはちょっと恐れ多いというか……」

「じゃあ、おいおい慣れていくっていう方向でお願いしようかな。それで、ここに来た理由だよね? みんなが思っている以上にCPっていうのは美城の中でもおっきなプロジェクトの一つなんだ。だから、その大事な後輩に挨拶しに行くのは礼儀なんじゃないかなぁと思ってね」

「理由としては普通だけど、あんたまた変なこと企んでるの?」

「変なことって……地味にショックなんだけど」

「でも、久遠が目をつけた子たちって何かしら成功していくからさ。そういう風に思われても仕方ないでしょ」

「まあ、この娘たちに期待してるのは否定しないよ」

「お姉ちゃんも久遠兄も難しい話禁止!」

 

 頬を膨らませた莉嘉ちゃんに怒られてしまった。

 CPのメンバーからすれば、後半の会話は完全についていけない話だったから仕方ないか。

 

「莉嘉ちゃんもこう言ってることだし、今日のところは激励に来た程度に思ってくれればいいよ。さっきも言ったけど、レッスンを見るとかアドバイスできればしていくぐらいだと思うけど、これからよろしくね」

 

 ――よ、よろしくお願いします!

 

 全員からいい返事を頂きました。みんな本当にいい娘たちばっかりだね。

 画面越しじゃない、じかに見てもそう思う。

 

 ――今みたいに敬語じゃなく付き合えるようになればうれしいのだけれど。

 

 瞬時に頭から先ほどの思考を叩き出す。

 自分のような異分子はあまり関わるべきではないと思っていたのは、他でもない自分なのに。

 どこかで何かを求めてしまうのは、自分の弱さなのかもしれない。

 しかし、これから起こる未央ちゃんのアイドル辞める宣言などは、できるだけ被害を最小限にとどめておきたい。

 そう思うのも、ただの自己満足の押し付けなのだろうか。

 

「じゃあ、アタシも自己紹介しとこっかなぁ。城ヶ崎美嘉です。部署は違うけどみんなとは仲良くしたいからよろしく~! 妹の莉嘉が迷惑かけると思うけどお願いね」

「お姉ちゃんひどぉいっ!」

「あんたはもうちょっと落ち着きってものをもちなさい」

 

 不満顔たらたらで抱きついて来た莉嘉ちゃんのおでこを小突く美嘉。

 場もいい具合にほぐれてきたようだし、今日のところは退散することにしよう。

 僕がいたら落ち着かないだろうし。

 

「武内さん。今日はありがとうございました。また仕事の合間にでも顔を見に来てもいいですか?」

「いえ、こちらこそありがとうございました。皆さんにとっても良い機会になったと思います。またいつでもいらしてください」

「ありがとうございます。では、またいずれ」

 

 最後に目を細めてメンバー全員を見渡す。

 確かこの後は、美嘉がバックダンサーに三人を選ぶところだったか。

 それに関して言えば特に問題はなさそうだが、他のメンバーへのフォローは必要かもしれない。

 

 自分がかかわってどう変化していくのか。

 そもそもかかわることに必要性があるのかすら疑問ではあるが、仕方ない。

 あと一年だ。

 早く月日がたってほしいものだと独りごちながら、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卯月、凛、未央の三人をバックダンサーに選ぶ許可が取れたCPの事務所。

 彼女たちが退室した後、ここに残っているのはプロデューサーと部長さん、ちひろさんとアタシの四人。

 アタシは気になっていることをプロデューサーに訊こうかどうか迷っていた。

 でも、訊かないとアタシ自身にしこりを残すので訊いてみることにした。

 

「ねぇ、久遠のことなんだけど」

「はい。私も城ヶ崎さんにお聞きしようと思っていました」

「なぁんだ。みんな考えることは一緒なんだ」

 

 口にしてから安心して薄く笑う。

 悩みの種は、やっぱりというか久遠。

 脱力したアタシは、備え付けのソファーに座らせてもらう。

 許可を取ってからのほうがよかっただろうか、と内心焦ったけど、誰も止めてこなかったところをみるに大丈夫だったみたい。

 

「城ヶ崎さんは、久遠さんにCPのメンバーが揃ったということをお話しましたか?」

「ううん。アタシも昨日莉嘉から聞かされて知っただけだから。昨日は別に久遠と連絡も取ってなかったし」

「やはりそうですか……彼のプロデューサーにも確認を取りましたが、そういった話はしていなかったようです。というよりは、彼にもそのことを伝えていなかったので久遠さんが聞くことはできなかったはずです」

 

 プロデューサーが困ったときに癖で出る、首に手を当てるポーズをしながら思案する。

 本当に久遠は不思議が服を着て歩いているような感じだ。

 何を考えて、何が見えているのか……たぶん、彼といる時間が一番長いアタシにもまったく見当がつかない。

 

「彼は美城にアイドル部門ができたときに来たんだったね」

「はい。それまでは765プロの皆さんや、961プロの皆さんとも交流があったようです」

「うちに来てからは高垣楓くん。それに美嘉くんも、彼が連れてきたと言ってもいいような具合だしね」

「久遠くんはモデルだけではなく、あらゆる分野から美城(ここ)につれてきますから」

「それでいて、彼が連れてきた子達はみな才覚を表すと。そんな久遠くんが、今回は何処から情報を得たのかCPのメンバーと接触した、ねぇ。世間での久遠くんのあだ名、予見者というのは本当にうまいあだ名だと思うよ」

「あんたはホント、何が見えてんのよ……久遠」

 

 今ここにはいない久遠を思いながら口をついた言葉。

 力無いアタシの問いに答えをくれる人は、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。