投降間隔があいてしまい申し訳ございません。
週1ペースであげられるように努力いたします。
そして多くのUA、お気に入りありがとうございます。
いつの間にか、5000UAとお気に入りの方も140人を超え、嬉しい限りです。
できる限り見てくださる皆様が、楽しんでいただけるよう頑張ります。
妄想の垂れ流しなので、クオリティはお察しですが……
入浴後、そろそろ寝ようかとベッドに身を投げてからスマホを確認する。
何かしらの連絡が入っていないか確認しないと、落ち着かずあまりよく寝付けない。
いまや日課になっているそれを行うと、"着信一件"という無機質な文字が表示されていた。
誰からか詳細を確認したら美嘉からのものだった。
もうすぐ日を跨ぎそうな時間だったが、直接電話してくるあたり普段とは違う。
愚痴だったら長電話になりそうだと独りごちながら折り返し連絡する。
数コールの後、美嘉はもしもしの一言もなく、
『久遠! 莉嘉がアタシもCD出したいって聞かないの!』
出し抜けにCPの内部事情を口走った。
内容に関してはこうなるだろうと察していたことなので特に驚くことも無い。
「あ~、やっぱりそうなっちゃったか」
『やっぱりってことは、久遠は予想してたってこと?』
「さぁ、どうだろう」
『ちょっと! こっちはマジなんだからはぐらかさないでよ!』
「……すぐにわかるよ」
電話をしているうちにいろいろ芋蔓式にわかってきたのだが、CDデビューはやはりNGとLLの二組だけのようだ。
これはCPのデビュー第一弾というだけであって、メンバー全員のデビュー案は武内さんのなかではすでに出来上がっているはず。
少しだけアイドルとの意思疎通ができていない部署がある、と匂わせてはみたが自分の部署だとは思わなかったか。
優秀なプロデューサーであることは間違いないのだが、凝り固まった思考はいただけない。
彼女たちと触れ合うことによって軟化してくれることを祈るばかりか。
この心配も杞憂に終わるだろうけれども。
「莉嘉ちゃんも言ってるうちにデビューできると思うんだけどね」
『アタシもそう言ったんだけど、あの娘、卯月たちばっかりずるいって』
彼女がそう感じるのも仕方ないことだろう。
客観的に見ている自分の立場でも、偶然が重なったとはいえ卯月ちゃんたちにスポットが当たりすぎていることは否定できない。
嫉妬してしまうのも無理はない。あの娘たちにはまだまだ幼い部分があるのだから。
「まあ、そればっかりは時間が解決してくれることを祈るだけかなぁ」
『……アタシ、もしかして早まっちゃったのかな……あの時、あんまり考えないであの三人を選んじゃったけど』
自分が起こした行動には結果と責任が付きまとう。
美嘉が卯月ちゃんたちを選んだことで、CP内部で嫉妬の芽ができてしまったのは事実だろう。
しかし、彼女があの三人を選んだことによってライブが成功したというのもまた事実。
プロダクション全体としてみれば、得たものの比率が大きいのは火を見るよりも明らかだと思うけれど。
「美嘉があの娘たちを選んでなかったらライブが成功したかどうかもわからないし、気にすることはないと思うよ?」
『でも……』
「部署の問題はその部署でどうにかする。結局、僕たちは武内さんに任せるしかないよ。また手伝ってもらえそうな仕事があったら、持って行くぐらいしか僕たちにはできないかな」
『……』
「ケアしてあげたいって言う美嘉の気持ちはわかるけど、いつも一緒にいられるわけじゃないからね。ここはあの娘たちのプロデューサーの武内さんを信じてあげよう」
『……うん』
自分が何もできないことに釈然としないものがあるのか、声にいつもの覇気が無い。
いつもの自信満々な美嘉じゃないとこちらも落ち着かなくなってくる。
「ホント、後輩思いだねぇ」
『あんたがそれを言う? 久遠以上に面倒見がいいやつなんていないわよ……でも、聞いてくれてアリガト。ちょっと楽になった。ちゃんと相談に乗ってくれるあたりとか、地味にポイント高いかなぁ?』
少しでも楽になってくれたのなら、結果的にだが相談役になった冥利に尽きる。
「カリスマJKに褒められるのは光栄だね」
『こっちは結構本気で言ってるのに、すぐはぐらかすんだから……まっ、今日はアリガトね。おやすみ☆』
「おやすみ。薄着で風邪ひかないようにね」
『……だから、そういうところなんだってば……』
呆れたような美嘉の声を聞きながら通話を終了する。
通話中に連絡が無かったか確認した後に、ベッドにごろりと寝転がって目を閉じる。
「やっぱり流れは変わらなかったか」
まだストライキが起きていないので正確な判断はできないが、今までの経験からストライキも起きるとなんとなく予想できた。
あの娘たちの心情を吐露する、という意味では必要なイベントなので、先ほども言ったように目立った干渉はしないほうがいいだろう。
「頑張ってくださいね、武内さん」
そこから数日は特に代わり映えの無い日常を送ることになった。
学校から仕事があれば仕事の現場に、無ければレッスンや打ち合わせのために美城に、といった形でいつもどおりの日々だった。
今日仕事はオフでしかも休日だが、特にすることが無い。
定年退職して無趣味な亭主――ではないが、自分一人の家は閑散としており暇を持て余してしまう。
これなら美城の空いているレッスン室を借りて体を動かしたほうが有意義だろう。
決めたのなら即行動。早速美城に向かう準備をする。
と言ってもジャージや貴重品を持って行けばそれで事足りてしまうのだが。
――今は体を動かすというよりは歌いたい気分だなぁ
借りる許可を得られたレッスン室の鍵をくるくると回しながら目的地を目指す。
生前も何かとストレスが溜まると一人カラオケに行って解消していたなぁと苦笑する。
精神的にはいい大人のはずなのに、何も成長していないとは我ながら情けない。
落ち込み気味な思考のまま歩いていると、
「ありがとうございました」
武内さんとNGの三人にLLの二人がレコーディングスタジオから出てくるのが目に留まった。
武内さんはいつものスーツ姿だが、ほかのメンバーは思い思いの私服を着ている。
スタジオから出てきたということは、どちらかのユニットかあるいは両方のレコーディングを行っていたのだろう。
「おはようございます」
「久遠さん、おはようございます」
武内さんをはじめにみんなも挨拶を返してくれる。
「そういえば、五人はデビューが決まったんだってね。美嘉から聞いたよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「今日はみんなの収録?」
「いえ、今日は新田さんとアナスタシアさんのお二人だけです」
「Да はい。私たちのデビュー曲、です」
「素敵な曲で、ドキドキしちゃいました」
「う~、私たちも早くレコーディングしたいなぁ!」
「はい! 待ちきれないです」
「……久遠はどうしてここに?」
「ん~、一応はボーカルレッスンのつもりで来たんだけど気が変わりそう」
「え~!? なんでなんで! くーやんの歌、生で聴きたい!」
未央ちゃんが駄々をこねてきたけれど、今日レコーディングがあったということはストライキも起こるはずだから。
美城に来たのは暇をつぶせればいい程度のまったくの偶然であるが、一連の騒動を見届けたい気持ちもある。
しかし、彼女たちの顔は期待に満ちている。
この表情を落胆の色に染めるのは心にくるものがある。
表情は変えずに心の中だけで嘆息する。ノーと言えない日本人の典型的な例だ。
ここは、妥協案でも提示してみよう。
せっかく借りたレッスン室をそのまま使わずに返してしまうのも、時間を無駄にしたことに他ならないし。
個人的には、時間がつぶせれば何でもよかったのだけれど。
「じゃあ、何回か歌うぐらいでいい?」
告げると途端に喜色が溢れる。
練習風景を見て聴くだけなのに大げさではないだろうか。
やっていることは、正直彼女たちとあまり変わらないと思うのだが。
「プロデューサーさん、いいですか?」
「はい。まだレッスンまで時間もありますし、問題ありません」
武内さんからの許可も出たようだし、いよいよ逃げられなくなった。
OKがもらえなければ、すぐにでもカフェに向かったのだが仕方ない。
鍵を開けて中に入る。
借りた際は一人で使うつもりだったのに、蓋を開けてみれば七人と大所帯になったものだ。
備え付けのノートパソコンから適当な曲を見繕うとしたところで声がかかる。
「久遠さん、リクエストしてもいいですか?」
「別に敬語じゃなくてもいいですよ? 美波さん」
美波さんのほうが年上なのだから、別に呼び捨てでもかまわないぐらいなのだが。
性格上、上下関係を気にしそうな気質があるので仕方ないのかもしれない。
本人がそれでいいのなら、こちらとしても強要はできない。
「できるだけ慣れていくようにするね」
「接しやすいほうでいいですからね。それでリクエストって曲のですか?」
「はい。いいですか?」
小首を傾げながらお願いしてくる姿は、本人に自覚が無くても破壊力があるものだった。
これは大学内では人気があるのだろうな。大学やラクロスサークルでお近づきになりたい人が何人いることやら。
「別に大丈夫ですよ。特に練習しようと思ってた曲もないので」
「じゃあ、お願いなんですけど"swear"が聴きたいです」
「私も、それ、聴きたいと思っていました」
「"swear"ですか。わかりました」
一応持ち曲のひとつになる。
バラード曲なので落ち着いた曲調で、歌詞を物語にすると傷ついた一人の女の子を守ると誓う、というような曲だ。
"守ることを誓う"という部分から"swear"という名前がつけられたのだろう。
10代と20代の女性層に人気がある曲だとプロデューサーから以前教えてもらった。
おそらくラブソングだということ、歌詞が直球であることや落ち着いた曲調のためだろう。
「では、久遠さん。みなさんをお願いします」
「わかりました。武内さんは定例会議ですか?」
「はい。みなさんもレッスンには遅れないよう、注意してください」
五人が返事したのを確認して、ひとつ頷いてから武内さんは退室した。
時計を確認すると、15時になろうかと言ったところだった。
もし、会議が15時始まりだったとしたら少し悪いことをしたかもしれない。
カフェに行く時間も、ある程度は確保したいのですぐに練習を開始する。
ボーカルレッスンなので歌うだけにとどめておく。バラード曲なのでそう激しい動きも無いのだけれど。
この身体は優秀なようで、体調がすこぶる悪いなどの特殊な状況を除けばめったに音をはずさない。
しかし、自分には765の千早ちゃんのような抜群の歌唱力があるわけでもない。
楓さんのような観客全員の心を掴めるような表現力があるわけでもない。
教科書どおりの歌い方しかできない。
――久遠は、感情表現が苦手だな。
トレーナーさんにいつだったか苦言を呈された言葉が脳裏に浮かぶ。
この世界に興味が無い自分に、感情表現や歌の表現力と言ったものがつかないのは当然だった。
すべてを諦めている自分には、歌詞の世界観などは共感できるはずも無かった。
持ち曲ではあるが、千早ちゃんや美城を代表するアイドルが歌ったほうが収益はいいのではないかと思うぐらいだ。
こんな考え事をしている間でもさすがに何百回と歌った曲と言うこともあり、歌詞を間違えるなどの初歩的なミスはしない。
本当にそういった意味でもこの身体は優秀だ。
四分少々のこの曲を歌い終わり一息つく。
曲を聴いていた五人から拍手をもらうが、あまりためにもならなかっただろうに。
基本に忠実と言う点では少しは見れるものかもしれないけれど。
「あまり聴けたものじゃないと思うけど、聴いてくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
「なんていうか、悲しい曲だね」
「えっ? 私は普通にいい曲だと思ったけど」
「私も悲しい曲だなって思ったかな」
「Да 私も、です」
クール系のみんなには悲しい曲だと思われたようだ。
この曲は、元の単語の意味のように二面性がある。
ある映画を観てそれを悲恋ととらえるか、こんな恋をしてみたいとあこがれるのと同じだ。
聴く人によって感想が分かれると言うのは当たり前のことだが、人はそれぞれ違うということを再認識させてくれる歌でもある。
口々に感想をもらった後は、自分が納得いかなかった部分を反復練習するという、ありきたりなものになってしまった。
久遠自身は気づいていないことだが、その納得いかない部分と言うのがトレーナーからすれば十分OKサインを出せるレベルに仕上がっている。
自分には基本しかない、安定感しかないと思っている彼にとっては許容できるレベルではないらしいが。
元一般人だった彼にとって、大好きだった作品の登場人物と自分が肩を並べるにはこれぐらいしかないと思っている。
変なところで完璧主義なのだ。
そんな狂った反復練習のおかげもあり、彼の異常な安定感は生まれた。
誰かの持ち歌を歌ったとしても、持って生まれた声域の広さとその正確さのおかげで、本家とはまた違う味がある曲になる。
十分アイドルとしての資質はあるのだが、自分を他者よりも低く見ている久遠はまったく気づいていない。
"これぐらいできて当たり前"
その認識レベルに他者と非常に差がある歪な状態で彼はアイドルをやっている。
「じゃあ、そろそろ終わろうかな。みんなも次のレッスンあるみたいだしね」
「ありがとうございました、久遠さん」
「спасибо ありがとう、クオン」
「聴いてばっかりで退屈だったかもしれないけどね」
「ううん、そんなことない。ありがとう」
「ありがとうございました」
「くーやん、ありがとう!」
頷いてノートパソコンを待機状態に戻す。
電源を落とすか、待機状態で電源が入ったままの状態、結局どちらが寿命が長くなるんだろうか。
前世も今も自分は待機状態でおいておくことのほうが多いのだが、どうなのだろう。
五人とは次のレッスンの時間が迫っていたようなので部屋を出てからすぐに別れた。
勝手知ったる美城プロ。
迷うこともなくここに来た道を戻り、無事に鍵を返してからカフェに向かう。
思いのほか事務員さんと世間話が弾んでしまったこともあり、予定よりは遅くなってしまった。
早足になりつつカフェに着くと、案の定、入り口にはテーブルを使ったバリケードが作られていた。
当然のことだが人だかりができている中に、大和さんと楓さんの姿を見つける。
とりあえずは声をかけてみよう。
「週休八日を要求する~!」
杏ちゃんたちの声を聞きながら二人に近づく。
「敵の食糧補給を断つのは戦略の基本であります」
「食を断たれるのはショックね~、うふふふふ」
「おはようございます、楓さん、大和さん」
「おはよう、久遠くん」
「おはようございます、久遠さん」
楓さんはいつもの調子で、大和さんからは敬礼で答えられた。
「大体わかるんですけど、どうなってるんです、これ?」
「ストライキ、のようですね。まずは食糧補給を断つとは、あの娘たちにはサバゲーの才能がありますね」
「まあ、オーダーでもとってゆっくり待ちましょうか」
指を指された方向を見ると空いているテーブル席がひとつ。
四人がかけられるテーブル席を三人で使わせてもらう。
「菜々さん、アイスティーひとつ」
「あ、さっきの冗談じゃなかったんですね」
「二人もホットコーヒーでも頼んでほっと一息つかない?」
「冬ならそれでもよかったんですけどね……僕もアイスティーひとつお願いします」
「私は大丈夫であります」
「たぶんすごい時間かかっちゃうと思いますけど、かしこまりました~」
パタパタとお盆を持ちながら菜々さんが店内に駆けて行った。
入り口はバリケードでふさがれているので、従業員入り口から出入りするのかもしれない。
「お前たちは完全に包囲されている~! おとなしく投降しろ~!」
刑事ドラマでおなじみな台詞を未央ちゃんが店内に叫ぶ。
私服からジャージ姿に変わっているということは、着替えをしてすぐさまこちらに向かったといったところか。
いつの間にか、店内にいるみくちゃんたち以外のメンバーがカフェに勢揃いしていた。
「そういえば、久遠くんは瑞樹さんにストライキが起きるって言ってたらしいわね」
楓さんのオッドアイに見据えられる。
どう答えたものかと一瞬考えたが、飲みの席ですべて洗いざらい話していることだろう。
そう予想を立てると、あまり気にしなくても良いかと開き直った。
「そうですね。そう言いました」
「わかっていたなら、なぜ止めなかったでありますか? 反乱分子はすぐに押さえておくべきだと思うのですが」
「楓さんは川島さんから聞かれているかもしれませんが、あの娘たちに必要なことだと判断したので」
「必要なこと、でありますか?」
「はい」
「うふふ。なら、ここからゆっくり観戦しておきましょうか」
カフェに視線を移すと、莉嘉ちゃんが手を上げて未央ちゃんに言い返しているところだった。
「しないもーん」
「美嘉姉も泣くぞ~!」
「ええっ!? じゃあ、やめるぅ」
確かに、美嘉は莉嘉ちゃんがこんなことをしでかしたと知ったら怒るというよりは泣きそうだ。
と言うよりは最初に怒って、途中から耐え切れずに泣いてしまうタイプだろう。
ああいうタイプはやらかしたほうが罪悪感に耐え切れなくなるから性質が悪い。
未央ちゃんの説得によってあっさりストライキの三人組、みくちゃん、莉嘉ちゃん、杏ちゃんのうちの一人が陥落してしまった。
ストライキをしているのが、一緒に仕事をした三人のうちの二人というのが地味にショックだ。
CDデビューと雑誌の撮影ではベクトルが違うので、無理も無いかもしれないけれど。
「みくたちのデビューを約束してほしいにゃ~!」
「えぇっ? じゃあ、杏もおりるよ……」
「杏ちゃんまで!?」
杏ちゃんは休みたいからストライキしたからね。
純粋な思いでストライキしているのはみくちゃんと莉嘉ちゃんの二人だけだ。
ここで、騒動を聞いて会議を抜け出してきたのだろう。
武内さんが肩で息をしながらカフェに到着した。
「みくちゃ~ん! もうやめよう? みんな困ってるよ?」
それと同時にきらりちゃんが声を上げる。
確かにみんなが困っているのも事実だろう、特にここの従業員のみなさんにとっては。
「デビューのこと、プロデューサーさんに相談してみよう?」
「……したにゃ……何度も……でも、ダメだった。なんで? なんでダメなの?」
みくちゃんの語尾から"にゃ"が消えている。
これはアイドルにあこがれる、アイドルではない前川みくちゃんの気持ちなんだろう。
「CPのオーディション受かって、すごく嬉しかった。これでみくもアイドルになれるんだって思った……でも、卯月ちゃんたちが先にバックダンサーになって、置いてかれて……みくだってわかってるんだよ? そういう世界だって」
みくちゃんの悲しい激白は続く。
「ここに来てからアイドルらしいことしたのは、宣伝写真と雑誌の撮影だけで……そこからはどんどん置いてかれて、ほっとかれて……もっと頑張ればいいの? でも、もっとってどれぐらい? もう、みくわかんない……わかんないよ」
これを聞いている武内さんはどんな気持ちなんだろう。
身を引き裂かれる思いなのか、それとも別の思いなのか。
決意を秘めた顔で武内さんがみくちゃんに近づき頭を下げる。
それに対してみくちゃんは警戒したように身構える。
「すみません、前川さん! デビューについてはみなさん全員分、考えています!」
「えぇ……?」
「ホント!?」
「まだ決定ではなかったので話せませんでしたが、新田さんたちは第一弾。それから第二弾、第三弾とデビューしていただこうと思ってます!」
武内さんの言葉を受け、安心したのかみくちゃんがその場にへたり込む。
「プロデューサー。早く言ってにゃ」
彼女の言い分はおそらくCP全員の思いだっただろう。
「お待たせしました。アイスティーふたつです」
「ありがとうございます」
「それにしても、若いって良いですねぇ……あっ! 菜々も若いんですけどね! 永遠の17歳ですから!」
必死に取り繕う姿が可愛くて、楓さんと二人で吹き出してしまった。
そこからは日が暮れるまで、CPのメンバーが中心になってお店を元通りにしていた。
一応止められたかもしれないストライキを放っておいた罪悪感もあったので、自分も参加した。
お茶会を共にした卯月ちゃんたち三人から微妙な視線を向けられていたが、気づかない振りをした。
中心になった三人と武内さんが元通りになったカフェの前で、菜々さんとオーナーの二人に頭を下げている。
それを苦笑で許しているあたりが、オーナーたちの人柄のよさが伺えると言うものだ。
「さて、これからはどうだったかなぁ」
記憶の奥底を掘り返すために口を出た言葉は、どうやら何人かの耳には届いていたらしい。
「さて、これからはどうだったかなぁ」
意味深に夕焼け空を見上げながら久遠さんが呟いた言葉。
ライブの打ち上げで一緒になった彼が言っていたストライキが起こるという情報。
にわかには信じられなかったが、本当に起こってしまうとは……
それも、私が担当する部署での話なのが笑えない。
アイドルとの意思疎通不足、ですか。
原因と結果が言葉どおりになってしまったことに驚きを隠せない。
「ねぇ、久遠。ちょっといい?」
「凜ちゃん……それに二人も」
「前に久遠くんが言ってたストライキってもしかして……」
「うん、これのことだよ」
あっけらかんと言ってのける。
本当に彼は未来が見えていないのかと疑いたくなる。
「くーやん未来人説が、私の中で浮上しちゃいそうなんだけど……」
「残念ながらそんなことは無いかなぁ」
「……ほかに見えていることって無いの?」
「うーん、それ訊かれると弱いんだけどね」
逡巡する素振りを見せてから、まあいっか、と付け加える。
「可愛い後輩ちゃんたちだし、サービスしてあげようかな。神様からのお告げです、NGのみんなには危機が訪れるでしょう、なんてね」
NGという単語を聞いたときに心臓をわしづかみにされたかのような悪寒が走った。
なぜ久遠さんが、彼女たちにすら教えていないユニット名を知っているのですか。
「NG? 何それ?」
「あ~、まだ武内さんから聞いてなかったかな? やっちゃった感がすごいけど、いいや。三人のユニット名の仮案だよ、NGっていうのは。意味はまた武内さんから聞けばいいと思うよ」
「わかりました……それで危機って言うのは、どんな危機なんですか?」
「サービスはここまで。でも、三人ならちゃんと乗り越えられると信じてるよ。もし、不安になったらメンバーと武内さんを信じていれば大丈夫だから」
「信じていれば、大丈夫」
「うん。特に未央ちゃんと凜ちゃんはね。僕が言えるのは本当にここまでかな。君たちがお城の階段をのぼれると信じてるよ」
久遠さんは三人の頭をぽんぽんと撫でてから、こちらに向かってくる。
そして、私の隣で立ち止まり、
「武内さんも、今日は得るものが多かったんじゃないですか?」
何もかもを見透かしていそうな双眸で私を覗き込んできた。
「はい。みなさんを不安にさせてしまっていたようです」
「武内さんには辛いことかもしれないですけど、もうちょっとあの娘たちに心を開いてもいいんじゃないですか?」
「それは……」
「少しだけ考えてみてください。あの娘たちに必要なのが何なのかを」
「……わかりました」
「ありがとうございます。美城としても、あなたに期待していますから。辛いかもしれませんが、頑張ってください」
久遠さんは言いたいことはすべて言い切ったのか、私に背を向けて歩き出す。
しかし途中で、堪らず呼び止めてしまった。
「久遠さん!」
「何ですか? 武内さん」
「あ……いえ、その……」
勢いのまま声を上げてしまったため、次の言葉が出てこない。
うまく考えがまとまっても、何度目になるかわからない問いを訊いていいものか悩んでしまう。
「あなたは……何が見えているんですか?」
「……打ち上げのときのお願い、使っちゃいますか? それでしたら、それなりにお答えはしますが」
先ほどのように深淵を思わせる真っ黒な瞳で問いかけてくる。
何をその心の奥底に秘めているのか、まったく推察できず感情が一切見えない瞳。
この眼をした久遠さんに見られると心がざわついて動悸が激しくなる。
「……いえ。今はまだ、使わないでおきます。自分でも良くわからないのですが、使うべきではないと思ったので」
「そうですか。まあ、ある程度はNGのみんなに伝えていますから、彼女たちから聞くのが良いかと思います。では、お疲れ様でした。武内さん」
「……お疲れ様でした」
もう声をかけても何も返してはくれないでしょう。
今度こそ、私に背を向けて立ち去っていく久遠さん。
それにしても、今回の予言といい、NGの名前を知っていることといい、本当にどこから情報を得ているのか。
しかし、こちらに不利益なことを行っているわけでもない。
今回のストライキも未然に防げたにもかかわらず、私たちのためにと傍観に徹してくれていた。
ただ、あまりにも発言したことがすべてあたりすぎている。
居心地の悪さを覚えてしまうのも、仕方の無いことだった。
その後で詳しくNGの皆さんに聞いた久遠さんの予言。
NGに危機がある、とのこと。
そして、その解決方法は私を信じろ、ですか。
私が聞いていたことに聞き間違いはなかったようです。
「私は、どうすれば良いのでしょうか」
一人、事務所で背もたれに背を預けながら呟いた。
選択を迫られているのかもしれない。CPのみなさんと、どう向き合うかの――