赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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第七鬼

「それじゃあ頼んだよ。リンも2人の言うことを聞くんだよ」

 

「うん!」

 

 

 『福門亭』の女店主の魔人族女性が自分の娘の頭を撫でながら言う。

 少女、リンは満面の笑みを顔に浮かべて母親に答えた。

 

 

「任せてください。擦り傷一つ付かせません。ね? 山口君」

 

「うん、大丈夫です。それじゃあ、行こうか、リンちゃん」

 

「はーい。お母さん、行ってきまーす!」

 

「気を付けて行くんだよ」

 

 

 『福門亭』の女店主に見送られながら、宏壱と晶はリンを連れ立って歩き出す。

 リンを真ん中に、右に宏壱、左に晶が並んで歩く。目指すは南の門、そしてバセット山だ。

 

 

「み、三船君も冒険者登録したんだね」

 

 

 そんな道すがら宏壱が聞く。

 

 

「うん。昨日の朝食時に、山口君が言っていたのを聞いて興味が出たんだ。それに楽しそうだし、カエデさんも勧めていたしね。だから昨日のお昼頃に登録しておいたのさ。それで、今日のこれが初仕事なんだ」

 

「……そうなんだ」

 

「よろしくお願いするよ、先輩」

 

「僕も冒険者になってまだ二週間も経っていないんだよ? 先輩なんてそんな……」

 

「先輩は先輩さ。長さは重要じゃない。先か後かが重要なんだよ、この場合はね」

 

 

 そう言って晶は宏壱に片目を瞬いて笑った。

 

 

(おいおい、何だそれは。すれ違う女性方が頬を赤らめてるぞ)

 

 

 晶の仕草を視界に納めていた多様な種族の女性が顔を赤らめて視線を逸らす。そして次にそれを向けられた陰気な青年、宏壱に嫉妬の目を向けた。一部男性が混じっていることは気にしないようにしていると、宏壱の袖がくいくいと引かれた。

 宏壱が下を向くと、リンが宏壱と晶の顔を見比べていた。

 

 

「ん? リンちゃん、どうしたの?」

 

「コーイチ兄ちゃんはアキラ兄ちゃんの知り合いなの?」

 

 

 2人のやり取りを見て、リンが小首を傾げて聞く。

 

 

「うん、僕と三船君は同郷なんだよ」

 

「どーきょー?」

 

 

 リンは言葉の意味が解らず、可愛らしく小首を傾げる。

 

 

「同じ街で産まれたって意味だよ」

 

「そうなんだ。どーきょーなんだね」

 

 

 厳密には同じ世界ということになるのだが、それを各王達が秘匿しているため、言うことはできない。言ったところで意味など通じる筈はないが。

 

 それからは「リンはアナちゃんとクエッソくんとどーきょーなんだよ!」と、覚えた言葉を嬉しそうに何度も使うリンに和みながら南の門前まで進んだ。

 

 

「行列だね。これ、出られるかな?」

 

 

 晶が言う。南の門は馬車や冒険者風の者達で列が出来上がっていた。

 その殆んどが引き返してきている。

 

 

「……そういうことか……」

 

「コーイチ兄ちゃん?」

 

 

 宏壱の小さな呟きを拾い、リンが宏壱の顔を見上げた。

 

 

「ん、何でもないよ。三船君、大丈夫だよ。多分通してもらえる」

 

 

 そっとリンの頭を撫でた宏壱は晶に笑い掛けて歩みを進め、列の最後尾に並んだ。

 

 

「山口君、今……」

 

 

 未だ尚、宏壱の顔は目元を隠す前髪と瓶底眼鏡に覆われているものの、口元や頬から笑顔を浮かべたことが晶には分かった。

 

 宏壱は表情がない訳ではないが、普段俯きで人と顔を合わせないため、表情が読み取り辛い。

 しかし、若干俯くのが面倒臭くなってきている宏壱は晶にそのまま笑みを見せた。だから晶は驚いたのだ。

 

 

「アキラ兄ちゃん、行かないの?」

 

「あ、うん、行こっか」

 

 

 立ち止まった晶を心配してリンが声を掛けた。

 見上げるリンに晶は爽やかに笑みを返し、自然にリンと手を繋いで宏壱の横に並んだ。

 

 ◇

 

「山口君の言うとおり、通してもらえたね」

 

 

 暫くして門前の検問を抜けた宏壱達は、バセット山の下腹部、山道から外れた草木で生い茂った山菜採りの穴場で、腰を屈めて山菜採りに勤しんでいた。

 

 

「でも大丈夫かな? 高レベルの魔物が目撃されて、中腹部より上は通行禁止だって話だし」

 

「目撃証言では第4ダンジョン付近で見ただけらしいし、ここからも距離がある。大丈夫じゃないかな」

 

「だといいけど……」

 

 

 綺麗に整った眉を不安気に下げて見付けた山菜をむしり取り、腰に下げたポーチに突っ込む晶を宏壱は苦笑して見やり、自分も傍に合った山菜に手を伸ばす。

 

 

「ダメッ!」

 

「っと?」

 

 

 幼くも鋭い声が響く。宏壱は驚いて伸ばした手を引っ込めた。

 

 

「それはダメだよ、コーイチ兄ちゃん!」

 

「え、でもリンちゃんが見せてくれたアブラソウだよ?」

 

 

 アブラソウとは油分を多量に茎に含んだ山菜で、これをフライパンで炒めるだけで多量の油が分泌されて、油を敷かずに料理ができるお得な山菜だ。

 しかも油にはほのかな塩味があり、味付けが必要ない。

 

 

「違うの! ほら見てここ、トゲが付いているでしょ?」

 

 

 リンが指差す場所、葉の表面には0.5㎜ほどの極細の毛のようなものがびっしり付いていた。

 

 

「確かに……でもこれ刺なの?」

 

 

 作業を中断して宏壱とリンの傍に来ていた晶が聞く。

 

 

「うん、これはしんけー毒なんだって。ひふから入って、けっかんに入って、そこでじんたいのしんけーにさよーする毒を出してまひさせて身を守る……だったかな? えっとね、アブラソウモドキって名前だったと思うよ。死ぬことはないけど、一時間体の自由がきかなくなって、そのうちにゴブリンがおそいに来るから気を付けろってパパが言ってた」

 

 

 バセット山にはゴブリンと呼ばれる醜悪な魔物がいる。

 レベルは低く臆病なため、遭遇しても簡単に倒せる上に、ゴブリンが逃げ出す可能性が高い……が、ゴブリンの強みは狡猾さと群れで行動することだ。

 常に縄張りを意識して巡回している彼らは、無防備な人間を見付けると集団で襲い掛かってくる。

 彼らに鑑定のスキルはないため見た目での判断になるが、女性や子供が1人でいる時に襲い掛かってくる例が多い。

 1体見付けたら、傍に30体いると思え。そう言われるほど集団行動が多いゴブリンは、1人で相手取るには少し面倒な魔物だ。

 

 閑話休題。

 

 

「そうなんだ。ありがとう、教えてくれて。今度から気を付けるよ」

 

「うん!」

 

 

 宏壱がお礼を言うとリンは満面の笑みで返した。

 

 

「でも凄いね。そんな難しいことよく知ってるね」

 

 

 感心した、そんな感情を顔に浮かべて晶は言う。

 

 

「パパが教えてくれるの!」

 

「確か冒険者だったね」

 

 

 山菜採りに勤みながら晶は会話を続ける。

 

 

「うん! いつもはパパと一緒なんだよ! でもお仕事で街を離れてるから今回は別の冒険者さんに頼もうってママが……」

 

「そっか……お父さんいなくて寂しい?」

 

「うんん、ママがいるもん。それにじょうれんさんの冒険者さんだっているし」

 

(まだ6歳程度の年齢だ寂しくない訳がない。でもそれを感づかれまいとする健気さ……可愛いねホント――っ!)

 

 

 晶とリンの会話にほっこりしていた宏壱がバッ! と茂みの方に視線をやる。

 

 

「ん? 山口君、どうしたの?」

 

 

 晶が気付いて声を掛けるが、宏壱は返さない。視線は茂みに固定されたままだ。

 

 

(これは……ゴブリン、だな。……なんだ? 何かから逃げてる? ……これは、有り得るのか? ダンジョンから出てくる(・・・・・・・・・・・)なんて)

 

 

 宏壱は森に入る前に【見聞色の覇気】を発動させていた。

 自分1人、或は晶と2人でならば必要はなかった。しかし、今はリンがいるため完璧な気配察知ができる【見聞色の覇気】を発動したのだ。

 

 

「リンちゃん、こっちへ」

 

「? なーに、コーイチ兄ちゃん」

 

 

 宏壱は視線をそのままにリンを呼ぶ。疑問符を頭に浮かべながらリンは宏壱に従い傍に寄った。

 

 

「山口、君?」

 

 

 晶は見た。普段前髪と瓶底眼鏡で隠された宏壱の目を……。

 傍に寄ったリンを自分の背後にやり、鋭く前方を見据えて右手を背負ったグレートソードの柄に置く。

 

 晶は訝しみつつも自分の聖剣を召喚する。刃渡り2mもある野太刀だ。

 取り回しに不便だが、その斬れ味は凄まじいの一言で、周囲を容易く斬りさることができる。

 

 そうして暫くすると、ガサッ、ガサッ、ガサガサガサッ! と茂みが揺れて姿を現す。

 

 

「「っ!」」

 

 

 その姿を見て晶とリンの顔が強張る。

 

 

〔ギギッ……!〕

 

 

 出てきたのは緑の皮膚をした醜悪な顔の魔物、ゴブリンだ。

 1mほどの身長に突き出た腹。いびつに歪んだハゲ頭に尖った耳。額には1本の5cmほどの角。人形ではあるが、纏う物は腰のボロ布だけだ。

 

 更に1体、2体と茂みから飛び出してくるゴブリン。総勢7体のゴブリンが必死の形相で宏壱達に迫る。

 

 

「っ! ゴブリン!」

 

「待って三船君! 彼らに敵意はない!」

 

 

 駆け出そうとする晶を宏壱が押し止める。

 そんなことをしている内に、ゴブリンは宏壱達の前を横切り駆け抜けていく。……が。

 

 ヒュッ! ドッ!

 

 1体のゴブリンの背中に矢が突き立つ。

 

 

〔ギィイイッ!?〕

 

 

 ゴブリンは悲痛な声を上げて倒れた。そこに、ドッ! ドッ! ドッ! と、幾本もの矢が止めを刺すように追い討ちを掛け、他のゴブリンにも飛来する。

 そしてそれは宏壱達も例外ではなかった。

 

 

「はっ! しっ!」

 

 

 宏壱が晶とリンを背に飛来する矢を叩き落とす。

 

 

「どうして僕達まで標的に?」

 

「この矢を放つ奴が味方じゃないから、だよっ!」

 

 

 晶の疑問に矢を叩き落としながら宏壱は答えた。ゴブリンを襲っている者は人ではない。それは……。

 

 

「アントっ!? どうしてこんなところに!」

 

 

 ゴブリン達が出てきた茂みから、ゴブリン達を追って姿を見せたのは二足歩行の150cmサイズのアリ、アントだった。

 

 基本ダンジョンの魔物が外に出ることはない。それは出る前に冒険者、或は入り口付近で駐留している兵士に滅されるからだ。

 だからこそ晶は驚き固まった。

 

 

「数は17。弓6体に短剣3体、直剣4体、槍が3体、周囲より身体ゴツイのが1体、武器は大剣」

 

 

 後衛に弓、前衛に短剣、直剣、槍を持つアント。それを率いるように最前衛に立つのは一際大きなアントだ。

 瞬時にアントの勢力を分析した宏壱はアキラに視線を向ける。

 

 

「三船君、弓を先に潰して。リンちゃんは僕が守るから」

 

「……ぁ、う、うん。分かった!」

 

 

 アントの出現に唖然としていた晶が、宏壱の声で我に返り、白銀の刃を煌めかせる野太刀を握り締めて駆ける。

 駿足に前衛のアントの中心を突っ切り、すれ違い様に一閃。短剣を持つアント、ナイトアントを2体斬り裂いた。

 

 そうして粒子に変わるナイトアントに目をくれることなく晶は後衛にいる弓を持つアント、アーチャーアントに肉薄する。

 

 

「そっちじゃない。こっちだ!」

 

 

 全アントの意識が晶に向きかけたのを察した宏壱は、近くに転がっていた拳大の石を拾い投げる。

 

 ガッ!

 

 最前衛にいるゴツイアントの頭部に石が当たる。

 

 ギチギチと顎を鳴らし怒りを向ける。それに反応した他のアント達も意識を晶から宏壱に移した。

 

 

(ビンゴだ。多分あのデカイのがリーダーだな。コイツを先に狩れれば他の奴らは浮き足立つ。リンちゃんを守りやすくなるな)

 

 

 そう当たりを付けた宏壱は標的を定めて構える。右手に持つグレートソードの切っ先をゴツイアント、ハイアントに向けた。

 

 

(確か、初速が肝心だったな。怠慢な動きで重心を前に持っていく。そこから一気に……加速! 【突剣】!)

 

 

 スキル【突剣】。要は突きだ。怠慢な動きからの加速で相手の認識をずらし、認識外から突きを放つスキル。

 例によって宏壱は書庫で読んだ指南書を参考にした。

 

 ガッ!

 

 岩を穿ったような固い音が響く。

 

 

「……ぐっ、固い!」

 

 

 ハイアントは額でグレートソードを受け止めていた。

 少し削れた程度だ。宏壱が正面から戦うには些かレベルが足りない。

 

 

「ちっ!」

 

 

 それを瞬時に理解した宏壱は舌打ちを溢して後ろに跳ぶ。直後、宏壱のいた場所をハイアントの大剣が薙いだ。

 

 普通に戦えば宏壱に勝ち目はない。女神の加護がある制服を着ているため、死ぬことはないが、決定打がない。

 それに、相手はハイアントだけではない。

 

 

「リンちゃん、俺の後ろから出るなよ!」

 

「う、うん!」

 

 

 宏壱はリンを背に庇い正面を見据える。

 ハイアントの指示で宏壱に迫るアント4体。短剣を持つアントが2体。槍を持つアントが2体だ。

 武器を持っている時点で、昨日宏壱が戦ったアントとはレベルが違うことが分かる。それは動きにも出ていた。

 

 

(速い……!)

 

 

 ハイアントの薙ぎに比べれば遅い。が、やはり通常のアントに比べて動きが鋭い。その上足並みが揃っている。

 連携が取れることは明白だった。

 

 

「っ!」

 

 

 ガキンッ!

 

 肉薄するナイトアントに宏壱は頭と胴を繋ぐ関節に横薙ぎにグレートソードを振るうが、短剣で受け止められてしまう。

 ざざっ、と少しの後退は見せたが、短剣ごと斬り裂くことはできなかった。

 

 ステータスは宏壱がやや上といったところだ。確実にレベル40はあると見ていい。

 

 

(どうする。【武装色の覇気】を使うか? そうすればあのデカイのにも勝てるぞ。いや……別に俺じゃなくてもいいんだよな)

 

 

 そう結論に至った宏壱はリンを背に守りにはいる。

 絶え間なく放たれる短剣、槍を逸らし、弾く。型などないがむしゃらな攻撃だが、巧みな重心移動、切っ先のブレ、淀みがない。訓練を積んでいる。

 

 

「くっ!」

 

 

 4体のアントの猛攻は止まらない。じりじりと宏壱は後退を強いられる。

 

 

「わっ! コーイチ兄ちゃん、木だよ!」

 

 

 リンが叫ぶ。もう後はない。

 宏壱には心なしかアント達が嗤っているように見えた。

 

 

(俺を殺せるつもりか? ざけんなよっ!)

 

 

 止めだと言わんばかりに四方向から振るわれる短剣と槍。

 

 ガガガガッッ!!

 

 

「コーイチ兄ちゃん!」

 

 

 宏壱はそれを身体で受け止めた。

 

 

「……っ! ……止まったな? 【回転斬り】!」

 

 

 衝撃に顔を歪めたもののダメージはさほどない。女神の加護様々だ。

 宏壱はそれを利用して受けてアントの動きを止めた。そこに【回転斬り】が叩き込まれる。

 深紅の光を纏ったグレートソードが軌跡を描きアントの頭と胴を切り離す。

 

 ズズズズ――――ズゥゥンッ!!!

 

 背にしていた木が【回転斬り】の巻き添えを受けて倒れる。

 

 

「すっ、すっごーい!」

 

「三船君! 露払いを頼む!」

 

「え? う、うん! はぁっ!」

 

 

 アーチャーアントを倒し、直剣を持つソードアントを相手取っていた晶に声を掛ける。

 普段と違う宏壱の言動に呆けていた晶が宏壱の声で我に返り、斬り結んでいたソードアントを斬り裂く。

 

 

「リンちゃん、ここを離れるな。何かあれば叫べ、良いな?」

 

「うん!」

 

「良い返事だ」

 

 

 リンの頭を優しく撫でた宏壱は一点を見据える。ハイアントだ。

 スキル【鑑定眼】も“鑑定眼鏡”も持たない宏壱は相手の情報を読み取れない。しかし、その経験から宏壱は今の自分よりハイアントの方が強いことを理解していた。

 

 

「っ!」

 

 

 ハイアントとの距離を一息に詰める。横薙ぎに振るわれたグレートソードは、ハイアントの大剣に弾かれる。完全に力負けしている。

 

 外に開いた力の流れに逆らわず、宏壱はその場でターンする。

 さっきとは逆方向からの横薙ぎの剣撃をハイアントは腕を盾にして防いだ。

 

 

「なぁっ!? ごふっ!」

 

 

 予想し得なかった事態に宏壱は硬直する。その隙を見逃さず、ハイアントは宏壱の腹部を大剣で貫こうと突き出す。

 だが、制服を貫通することはなく、宏壱を押し出す形で吹き飛ばした。

 

 

「……づっくぅ!」

 

 

 ざざっと浮いた足を地面に付けて膝立ちになった宏壱は突かれた腹部を左手で押さえる。

 

 

「山口君!」

 

「大丈夫だ! そっちに集中してくれ!」

 

「……は? わっととっ! てやっ!」

 

 

 宏壱らしからぬ乱暴な物言いに一瞬呆けた晶にソードアントが斬り掛かり、晶は慌ててソードアントの直剣を弾き、袈裟懸けに斬り伏せた。

 

 

「行くぞおっ!!」

 

 

 それは裂帛の気迫だ。強者へ挑む“必ず倒す”という気概。

 そして距離を詰める。

 

 

「しっ!」

 

 

 放った突きはハイアントの大剣に下から弾かれた。グレートソードが宏壱の手からすっぽ抜ける。

 

 

「山口君!?」

 

 

 武器を失った宏壱にハイアントの拳が迫る。

 

 

(五感はステータスに依存しない。どれだけ俺より速くても、見えてるぞっ!)

 

 

 ハイアントの拳を内側から逸らし、懐に潜り込む。そのまま肩からぶつかり持ち上げて背中側に落とした。

 

 

「【指銃】!」

 

 

 地面に転がるハイアントに即座に追撃。突き立てた人差し指をハイアントに落とす。

 

 

〔ッ!〕

 

 

 ハイアントは横に転がって躱した。外れた【指銃】はまるで水に入るように、スっと地面に埋まる。

 宏壱はそれを気にせず、埋まった指を軸に身体を持ち上げ回転、立ち上がったハイアントの足を蹴って転がす。

 

 

〔ッ!?〕

 

 

 思わぬ奇襲に対応できず無様に転がるハイアント。堪らず大剣を落とす。

 宏壱は地面から指を抜き立ち上がり、立ち上がろうとするハイアントに肉薄、右足を蹴り上げる。

 

 

〔――ギッ!?〕

 

 

 顎からかち上げられ上体が浮く。上げた足を頭が後ろに傾いたことで開いたハイアントの胸部に振り落とす。

 

 ズンッ!

 

 ハイアントにを中心に2mほどの皹が地面に放射状に走り凹む。

 度重なる連撃を加えた。だが……。

 

 

(ダメージは少ない。俺のSTRはこのデカイ奴のDEFを下回る筈だ。決定打がないぞ!)

 

 

 しかし手は休めない。

 ハイアントの足を両腋に抱え込む。

 

 

「うぉぉおおおおお――――!!!」

 

 

 そのまま独楽のようにぐるぐると回転を始めた。遠心力でハイアントの身体が浮き上がる。

 

 

「――――れやあああぁぁぁっ!!!」

 

 

 回転が20を数え、宏壱はハイアントの足を離した。

 飛ばされたハイアントは放物線を描き、晶に迫る。

 

 

「【遠閃】」

 

 

 静かな呟きと共に横薙ぎに振るわれる野太刀。晶の間合いの外にあったハイアントの身体が空中で真っ二つになった。

 

 スキル【遠閃】。細身の刀の専用スキルだ。間合いの外まで真空波を飛ばし敵を斬り裂く。

 

 

「ありゃ、終わったのか」

 

「……口調、違うね」

 

「こっちが本当だ。戦いで熱くなりすぎたな。まだ隠しておくつもりだったんだが。皆には内緒な」

 

「背も高いし……」

 

「ははっ……話は後だ。アントの来た方向。少し気になる。調べる必要があるな」

 

 

 晶の追及を逃れるように乾いた笑いを溢し、真剣な表情を作る。

 

 

「三船君、リンちゃんを連れてマグガレンに戻って報告して人を連れて来てくれ」

 

「山口君は?」

 

「俺はこの先を調べる。他にもアントがいたら大変だ。俺達のように山菜採りに来ている人もいるだろうし、な」

 

 

 南の門を通されたのは宏壱達のようにバセット山の中腹まで登らない者達だ。護衛を付けている者がほとんどなため大事に至ることは少ない。しかし、放置はできないと宏壱は考えていた。

 

 

「……分かった。直ぐに戻るよ」

 

「コーイチ兄ちゃん、気を付けてね?」

 

「おう」

 

 

 晶とリンを見送って宏壱はグレートソードを拾う。

 “魔石”や部位は回収済みだ。

 

 

「さて、何が起きているのか。考えても分からんものは実際に見るしかないな」

 

 

 そうして宏壱は歩き出す。妙にアントの気配が固まっている方向へ。

 

 ◇

 

「はぁっ!」

 

 

 横薙ぎに振るわれたグレートソードがハイアントを斬り裂く(・・・・・)

 

 

「……はっ……はっ……はっ……次から次へと、うっとおしいぞテメェらぁっ!」

 

 

 荒い息を吐きながら宏壱は悪態を吐く。

 

 

「っ! 【鉄塊】!」

 

 

 ぽっかりと空いた穴の暗闇から宏壱の額目掛けて飛来した矢を宏壱は【鉄塊】で防いだ。

 女神の加護も露出した部分までは及ばない。つまり、勇者の弱点は頭と手だ。

 

 

「【嵐脚】!」

 

 

 宏壱は左足を横薙ぎに振るう。真空波が発生して暗い洞窟の中に消えた。追撃の矢が来ない。闇に潜むアーチャーアントを斬り裂いたようだ。

 

 

「【雷神槍】!」

 

 

 更に追い討ちの雷の槍が宏壱から放たれる。【雷神槍】の放電で暗い洞窟の中が照らされた。

 一際大きく放電して【雷神槍】は消失した。

 

 

「はぁっ!」

 

 

 その一瞬で見えたハイアントの飛び出してくる場所を予測し、宏壱はグレートソードを暗闇に向かって振るう。

 

 ガッ!

 

 返ってきたのは固い感触だ。

 

 

「クソッ! 【武装色の覇気】の効果が切れたかっ!」

 

 

 宏壱がこの洞窟を見付けたのは10数分前。少し小高い崖になった場所に空いた穴を守るように5体のアントが立っていた。

 それを宏壱は【武装色の覇気】で自分を強化して倒したのだが、そこから絶え間なく押し寄せてくるソードアント、アーチャーアント、スピアアント、ハイアントをスキルを駆使して倒してきた。

 周囲に転がっている“魔石”や部位の数は30に上ろうとしている。

 

 

「もう一度っ!」

 

 

 宏壱は大きく後ろに跳んで暗闇から突き出された大剣を躱す。着地と同時に……。

 

 

「【武装色の覇気】! くっ! ダメだ! SPが切れた! 発動しない!」

 

 

 発動した時の力が張る感覚がない。気付かない内にSPを使い果たしていたらしい。

 

 

「うおっ!?」

 

 

 繰り出されるハイアントの大剣の横凪ぎを上体を後ろに逸らして躱す。

 

 

「【雷神】!」

 

 

 バリィッ! と一瞬の放電、宏壱の左腕がブレ、次の瞬間には宏壱の拳がハイアントの顎に突き刺さり、上空にかち上げる。

 

 

「おらぁああっ!」

 

 

 雷を纏ったグレートソードがハイアントの胴を切り裂く。

 ユニーク魔法【雷神】は宏壱の全身と武器に雷を附与させると同時に、AGLの数値を大幅に上昇させる効果がある。

 しかし、MPの消費量は凄まじく、今も宏壱は力が抜けていくのを感じていた。

 

 

(何時まで続くんだ! 三船はまだ来ないのか! 【雷神】も保って後1分。それ以上は流石にヤバイぞ!)

 

 

 更に湧いてくるアントを【雷神】による速度で打ちのめす。

 しかし、流石の宏壱にも焦りが生じる。ステータスを開く暇はないが、MPが減っていくのが分かるのだ。

 

 そして、その時が来た。

 ガクッと宏壱の膝が折れる。両手を地面について転倒は防いだが、もう限界だった。出現するアントの数は目減りしているものの、未だ少数ながら洞窟から出てくるアントに対抗する力がない。

 

 

「ぐっ、クッソがぁ……!」

 

 

 滴る汗を拭うこともできずに宏壱は項垂れた。

 近付くソードアントに死を覚悟した……。

 

 

「……んな訳ねぇだろ……!」

 

 

 正面に無警戒に立ったソードアントにタックルを入れる。倒れ伏すソードアントに馬乗りになった宏壱は、頭と胴の関節にグレートソードを突き刺す。

 

 

「掛かってこいやぁっ!!」

 

 

 素早く立ち上がった宏壱はグレートソードを片手に押し寄せるアントを迎え撃つ。

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