赤鬼転生記~異世界召喚・呼び出された赤鬼は聖剣と魔剣を持っていない~   作:コントラス

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プロローグ――part2――

  カッカッと板書をする音が響き、時折、女性教師の注釈が入る。

 5時限目、社会の、日本史の時間だ。

 

 

「この年代では――」

 

 

 淡々と進められる授業。

 黒髪を後ろで纏め、レディーススーツにスレンダーな身を包んだ女性教師、2ーF担任で社会科担当の宮原 陵子(みやはらりょうこ)が教鞭を振るう。

 切れ長で理知的な目付き、纏う生真面目な雰囲気は、男子生徒に近寄り難さを覚えさせると同時に、マンツーマンで個人授業を受けたいという生徒も少なくない。

 32歳の中堅教師。教師歴7年でクラスを持つのは三度目になる。

 宏壱と龍治、秀次、浩司の問題に気付いてはいるし止めたいとも思っているが、宏壱が許していない。

 普段は小声で目を合わせずに喋る彼だが、「見て見ぬふりをしてください。他の先生方には僕は言いませんから」と前髪の隙間から覗く瓶底眼鏡、そのガラスの奥に見える若干赤みがかった黒目が強い意思を持って陵子に向けられた。

 

 

「それでは、浅井君、教科書五十七ページ、三行目から音読してください」

 

「はい」

 

 

 ガタ、と椅子を鳴らして教壇の正面に座る童顔で小柄な男子生徒が立ち上がり、教科書を持って音読を始める。

 それを聞きながら陵子はチラッと宏壱に視線を向ける。

 机の上に広げた教科書を見ている。

 

 

(長い前髪で表情は分かりませんが、真面目な彼が寝ているなんてことはないでしょう)

 

 

 陵子は胸中で呟く。

 前髪で隠れた目。猫背で背が低めに見えるが、背中をしっかり伸ばせば龍治よりも身長が高くなる……そう陵子は予想している。

 

 

(彼が自分の能力を偽っている、私にはそう思えるのですが)

 

 

 成績は中の中。身体能力は高校男子平均を下回り、気が小さく自分に自信がない。これが宏壱を一年の時に担当した教師の見解だった。

 入学当初は同じ中学校から上がってきた同級生や上級生から白い目を向けられ、虐めを受けている節があった。

 だが、入学して二ヶ月で、それは一年の時も同じクラスだった龍治、秀次、浩司にとって変わったのだ。

 陵子はその経緯を知りたいと思っている。

 

 

(彼が入学した時は、積極的に彼に絡みに行っていた)

 

 

 陵子は宏壱から龍治に視線を向ける。腕を枕にして熟睡していた。

 

 

(……それがめっきりなくなったのは、左枝島君達が彼に関わるようになってから。左枝島君達と彼に何かがあるのは明白です。それは左枝島君達が一方的に行っているもので、恐らく彼はそれに気付いている)

 

 

 考えながら陵子は溜め息を吐く。

 推測。そう全ては彼女の推測の域を出ないのだ。

 

 

「はい、浅井君、ありがとうございます。座ってください。……では、続きを――」

 

 

 考えを打ち切った陵子は小柄な男子生徒、浅井 幹好(あさいみきよし)に声を掛けて椅子に座らせ、続きを音読させる生徒を探してとある一点で視線を止めた。

 

 

「左枝島君、続きをお願いします」

 

 

 寝ている龍治を当てた。だが、熟睡している彼は反応しない。

 陵子はカツカツ、と靴音を響かせて龍治に近寄る。

 

 

「左枝島君、授業中です。起きなさ――」

 

 

 不自然に陵子の声が途切れた。周囲の生徒が疑問に思い彼女を見る。

 生徒の視線を集める陵子は目を見開いていて、龍治を起こそうと伸ばされた手も止まっていた。

 

 

「……んっ……? うおっ! 陵ちゃん!? お、俺寝てないぞ!」

 

 

 気配を察知したのか、そこで龍治が目を覚ます。

 彼は陵子を陵ちゃんと呼んで慕っている。不良と恐れられ、殆んどの教師が彼とまともな会話をしない。

 そんな教師がいる中、陵子は粗暴な龍治に怯むことなく接した。根気よく話をして、向き合った。

 陵子は淡々とした口調と、色を殆んど変えない表情で“冷血女”と囁かれている。しかし、一部の生徒は彼女が生徒思いで情に篤いことを知っていた。その一部が龍治や秀次、浩司、そして宏壱なのだ。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 陵子が驚いた理由は床にあった。

 彼女は身体ごとくるりと一回転する。その視線は床に向けられていた。

 その奇怪な行動に生徒達が訝しむ。だが、陵子はそんなことは気にしていられなかった。

 

 

「陵ちゃん? どうしたんだ?」

 

「……」

 

 

 龍治の問いに答えることはなく、彼女の視線は床に固定されたままだった。

 

 

「下になんかあんのかよ?」

 

 

 その視線を追う龍治。そして……。

 

 

「なんだよこれっ!?」

 

 

 椅子を倒して立ち上がり叫ぶ。

 彼が見たものは、教室の中心から教室中を包むように広がった円形の陣だった。

 その反応に生徒が視線を下に向けて龍治と変わらない反応をする。

 

 

「これって……魔方陣?」

 

 

 そんな中、幹好が見たまんまのことを言う。そう、その陣は小説、或は漫画で見るようなものそのものだった。

 象形文字のようなものが何らかの法則に沿って円の中に描かれていて、幾重もの線が折り重なり作られている。

 

 

「浅井、何か知っているのか!?」

 

 

 幹好の隣の席の秀次が聞く。

 ただそこにあるだけで何の反応も示さない陣を気にしながら、生徒だけでなく陵子も幹好に注意を向けた。

 

 

「知らないけど、でも小説とかにはよく出てくるよ。アニメとか漫画でもあるんじゃないかな?」

 

 

 幹好の趣味は読書だ。ファンタジー系からSF、ミステリーやホラー、推理、恋愛、ドキュメンタリー、そのジャンルは様々だ。

 

 アニメ、漫画と言われて生徒達は納得する。言われてみれば、といった風だ。

 

 

「はぁ……誰ですか、こんな悪戯をしたのは? 今、名乗り出れば処罰を軽くします」

 

 

 溜め息を吐いて生徒達の顔を見る陵子。戸惑った視線を返され、陵子は眉根を寄せる。

 演技、そうは思っていない。陵子は自分の教え子を普段からよく見ている。嘘を吐く時の仕草や、隠し事をする時の反応は大体分かっているつもりだ。

 

 

「……山口君、どうかしましたか?」

 

 

 そして普段とは違う反応を見せる生徒を見つけた。

 床に片膝をついて陣の文字や線をなぞっていた宏壱だ。

 

 

(彼が? いえ、有り得ない……筈です。朝にはなかったし、休憩時間の合間にも見に来ましたが、こんな模様は床にはありませんでした。そもそも教室には生徒が常に何人かいるのです。体育でもない限りこの教室が空になることはありません。そして今日は体育がなかった……彼には、いえ、誰にも不可能です)

 

 

 確証はないが有り得ない、そう結論付け陵子は何も答えず、未だに陣に触れていた宏壱に声を掛けようと口を開いた。

 

 ◇

 

「なんだよこれっ!?」

 

 

 龍治がそう叫ぶ前に既に宏壱の視線は床に広がる陣を捉えていた。

 

 

(魔法陣? 見たこともない術式だ。この世界のものじゃないな(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 宏壱は一目でそう断じる。

 この世界、というのは言葉尻をとらえて言うと、この世界にも魔法はある。そう言っているようにもとらえられる。

 だが、それは事実だった。微弱で脆弱な魔法がある。ライター程度の火をおこしたり、コップ一杯分の水を出したり、木の葉が揺れる程度のそよ風を起こしたり、静電気を発生させたりと、生活で少し便利という程度のものでしかないが、この魔法を次世代に受け継ぐ一族が存在する。

 彼らは……残念ながらこの物語にはほぼ関係ないので、詳しいことは省略させていただく。

 

 またも閑話休題。

 

 

「はぁ……誰ですか、こんな悪戯をしたのは? 今、名乗り出れば処罰を軽くします」

 

(悪戯? 違うな。これはしっかりと機能するぞ、先生)

 

 

 宏壱は片膝をついて陣に触れる。周囲の反応を意識の片隅においておき、分析する。

 

 

(文字列、並び……完璧だ。穴がない。突き崩せないぞ、これは)

 

 

 宏壱の蟀谷(こめかみ)からつーっと汗が流れる。

 

 

(だが……意味が分からない。どうやって誰にも気づかれずに書いたか、そんなことはどうでもいい。そもそもインクを使ったものじゃない。魔力とは違う別物だが……)

 

 

 宏壱は陣をそっとなぞりながらさらに思考を深める。

 

 

(……こいつ自体に微弱な力を感じる。多分、先生が左枝島に近づいたときに床に写したんだ)

 

 

 そして、宏壱の思考は用途へと移る。

 

 

(何の目的でこの魔方陣をこの教室だけに設置した? 俺にさえ気づかせることなく――「山口君、聞いていますか?」――……材料が足りないな。行動を起こした瞬間に握り潰してやる)

 

「……何ですか先生?」

 

 

 分裂思考(マルチタスク)と呼ばれる魔法技能で思考を続けながら陵子に向き直る。

 

 

「何、ということのないのですが、随分と考え込んでいたようですね? 何か心当たりでも?」

 

「……いえ」

 

 

 陵子の問いに宏壱は首を横に振って小さく答える。

 

 

「そうですか……気にしても仕方がありません。この事はあとで――」

 

(っ!? 切り離されたっ?)

 

「――山口君、まだ授業中ですよ!」

 

「すみません、少し気になることが……」

 

 

 教室が世界と切り離された。宏壱はそれを感じ取り、陵子の制止に申し訳なさそうに謝り教室の出入り口に向かう。

 

 

(やはり、開かない。完全に世界から切り離された。外の気配を感じない。そのための……? いや、違うな。魔法陣からは何も感じない。まだ作動してないってことだ)

 

「どうしたの? ……あれ? 開かない?」

 

 

 宏壱の行動を見て訝しんだ出入り口の傍に席がある小柄な女子生徒、天海 小春が宏壱の行動に疑問を持ち、窓を引く。だが開かない。

 

 

「なんだ?」「どうした?」「なになに?」

 

 

 異変に気づき始めるクラスメイト達。そして、教室の全てのドア、窓が開かないことに気づくのにさして時間は掛からなかった。

 

 

「あれドアが開かないぞ?」

 

「窓も! 鍵掛かってないのに!」

 

 

 こっちも、こっちも、と騒ぎ立てるクラスメイト達を気にせず宏壱は意図を探る。

 

 

(俺達を隔離した意味、か。アクション映画でよくあるのは毒ガスの実験とか、閉じ込めて殺戮を楽しむとかがあるな。だが、悪意は感じない……ダメだ。分からん。念話も通じないし、多分電波も届かない。外部との連絡手段はない。お手上げだな)

 

 

 そう結論付けた宏壱は自席に戻り座る。騒然としたクラスメイト達はそれに気づいていない。

 

 

「なんで開かないんだよ! このっ! このっ!」

 

「電話も通じない! どうなってるの!?」

 

 

 怒声と悲鳴が響く。突然の事態に教室はパニック状態だ。

 生徒達を宥める立場の陵子は、一人自分の席に座る宏壱を眺めていて、行動を起こさない。

 

 

「どけっ!」

 

「わっ!? ちょっと、危ないでしょ!」

 

「開かなきゃ、こうすんだよっ!」

 

 

 ガンッ!

 

 龍治が窓を開けようとしていた女子生徒を押し退け、椅子を窓ガラスに叩きつけるが、皹を入れることすら敵わずに弾かれた。

 

 

「くっそ、ダメかよ!」

 

「左枝島、流石にやりすぎだ!」

 

「うっせぇ! 他にどうしようもねぇだろぉが!」

 

 

 悪態を吐く龍治に勇気が文句を言う。それに龍治が苛立ったように声を上げて怒鳴り散らす。そして勇気が反論……と、ヒートアップする二人に周りの生徒達が落ち着いてくる。

 

 

「……来たか」

 

 

 そんな中、ポツリと溢された言葉。それと同時に床の陣が光を放つ。

 

 

(やっぱり魔力じゃないな。これに近いのは……神通力、か?)

 

 

 宏壱は陣に流し込まれる力を掴もうと思考に耽る。

 落ち着いているのは、何となく危険なものではないと思っているからか。

 

 

(だとすれば、これを発動させたのはより高位の存在。神に近い奴か、神そのものか……どちらにしろ、この世界でも退屈はしなさそうだ)

 

 

 宏壱は自分でも気づかないうちに口角を上げていた。それは見るもの全てを慄かせる獰猛な笑みだった。

 

 そして、陣の発光が最高潮に達した時、全ての気配が教室から消失した。

 光が収まるとそこには誰もいなかった。

 キーンコーンカーンコーン、と授業終了のベルが鳴り教室外が騒がしくなる。この日、内宮東高校2年F組は、担任を含めた全クラスメイトが世界から姿を消し、大々的なニュースとして取り上げられた。




――キャラクター紹介――



宮原 陵子(みやはら りょうこ)

身長:165cm

体重:42kg

B:80 W:56 H:78

32歳、2年F組担任の女性教師。社会科担当。
冷静沈着で丁寧語を使う。
淡々とした物言いと、殆んど動かない表情筋から『冷血女』と呼ばれることも少なくない。しかし、担当したクラスの生徒一人一人と面談を設けたり、宏壱のために奔走したりと、熱い面も持っている。



天海 小春(あまみ こはる)

身長:145cm

体重:35kg

B:76 W:54 H:73

クラス1小柄な少女。黒髪のショートボブと大きくクリッとした目が特徴。
元気で活発、無邪気で無垢。クラスのマスコットだ。



浅井 幹好(あさい みきよし)

身長:149cm

体重:37kg

男子の中では一番背が低い。大人しくて物静か。読書が趣味で、休み時間は大体自席で本を読んでいる。
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